タイトル:【虐】 糞蟲師 第0話 「」コの章
ファイル:「」コの章 糞蟲師ゼロ.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3364 レス数:2
初投稿日時:2006/09/10-17:35:24修正日時:2006/09/10-17:35:24
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「師匠。出来ました」

少年は自ら作り出したコンペイトウの形をしている薬剤を、
30代前半ほどの女性に手渡した。

「……どれ、効果のほうは……」

女性は近くに置かれた水槽へ薬剤を投下する。
すると、中で飼われていた実装石が動き出した。

『コ、コンペイトウデスゥゥゥ!』

ヨダレを垂らし、貪るように薬剤を口にした。
実装石はトロンとした表情でそれを堪能する。

『甘いデス〜ン。美味しいデスーン♪』

実装石は汚らしくクチャクチャと音を鳴らしながら食べているが、
次第に様子が変わってくる。

『……デボァ! デ、デデデデ! イ、イダイデスゥゥ!』

実装石は口から血を吐き、もがき苦しむようにその場でのたうち回った。

『デギャァァァァァ! デ、デズギャァァァ!』

実装石は口と総排泄孔、ふたつの穴から大量と血と中身を垂れ流し続けて悶死していった。
その様子を無表情で眺めていた女性は、頭を振る。

「……ダメだな。効果が現れるまでの時間と、効果が現れて死ぬまでの時間が、まだ長い」
「……すみません」
「おまえは優秀だ。きっと、私よりも良い糞蟲師になるだろう。
だが、おまえはどこかで糞蟲に対する情がある。
それを捨てろ。おまえがこれから歩む道には、糞蟲の亡骸しかないのだから」

女性は気落ちする弟子の少年の頬を優しくなでてやる。

「おまえは優しすぎるんだ。優しすぎる糞蟲師は、いずれ破滅する。
糞蟲を救うんじゃない。糞蟲に囚われた人々を救うんだ。それが糞蟲師だ。
わかるな? 「」コ」




糞蟲師——。


実装シリーズ、主に実装石に関する事件、
事柄を解決する生業をしている者たちの総称だ。

実装に困る人を助けるのか、実装石を助けるのか、
それは糞蟲師の数だけ考えは異なる。


ただ、彼らは時として自らを犠牲にしてまで、実装の世界へ深く飛び込む。

実装への愛か、興味か、それとも恨みが成せることか。


「」コ。

糞蟲師を目指す少年がいた。
何が切っ掛けでそこへ至ったかはわからない。

ただ、彼はその道を歩もうと、糞蟲師の下へ修行を続けていた。

修行を始めてすでに数年。

夏が陰り、秋が迫る時期、彼は次の段階を踏もうとしていた。




「」コ、16を迎えた頃の話である——。









糞蟲師 

第0話

「」コの章

「 滅火と秋雨 」







数日後——。
「」コは再び薬剤を作り、師匠に渡していた。
師匠は何も言わず受け取り、以前同様に水槽の実装石にそれを与える。

『デプププ。そうデス。おまえらは高貴な私にコンペイトウを渡し続ければいいんデス』

糞蟲は薬剤を喜んで口にした。
刹那、実装石の口から血の塊が吐き出される。

『デボァ……? デゴァ、デズァ!?』

突然起こった異変に実装石も目を見開いて驚愕していた。
実装石が気づく間もなく、総排泄孔からも血流は流れ続けていく。

『デ、デギャァァァァァァーーーーーー!』

突然の苦しみにその場で転がりまわるが、以前よりも少ない時間で、
実装石は力を失っていった。
暴れ方が徐々に弱くなり、ついにはビクンビクンと痙攣だけとなる。
糞と血、そして中身を出し尽くして実装石は水槽で果てた。

それを見ていた師匠は、静かに微笑む。

「あれから数日でこの効果か……。大したものだよ、おまえは」

師匠は「」コの頭を撫でてくれる。
普段、あまり感情を出さない「」コも少しだけ頬を赤く染めていた。

「おまえがここに来て、もう5年か。もう、教えることはないな」
「……そんな。まだ俺は半人前もいいとこです。
まだ教えて欲しいことが山ほどありますよ」
「甘えるな、「」コ。おまえが弟子になった日、私は言ったはずだ。
基礎は教える。だが、それ以外は己で身につけろ、と」

突き放すような師匠の一言に「」コは黙り込んだ。
まだ、自分は師匠に遠く及ばない。
教わりたいことがまだまだあるのだ。
しかし、この師匠は深く関わることを拒否する。

「……「」コよ。おまえは優秀だ。独学で十二分に良い糞蟲師になれるだろう
もう、私に頼るな。糞蟲師は他の糞蟲師とは分かり合えない。
これは、絶対だ」

それは師匠の口ぐせだった。
糞蟲師の数だけ考えがあり、主張がある。
自分が助けようと思った実装でも、それを殺さねばならぬと思う者がいるのだ。

「師匠、ひとつ訊いてもいいですか?」
「なんだ」
「どうして、糞蟲師を目指したのですか?」

「」コの質問に師匠は黙り込んだ。
目を伏せ、一切答えようとしてくれない。
師匠は息をひとつだけ付くと話題を変えて言う。

「……「」コ。最後の課題だ。『箱屋』を生きて連れて来い。
それがおまえがここでする最後の役目だ」


その命令は、卒業が迫っていることをさしていた。







「『箱屋』?」

友人・「」野の言葉に「」コは頷く。
「」コは休日の午前を利用して、
小学校から友人である「」野のもとを訪れていた。

「『箱屋』を生きて連れて帰るのが、俺の最後の役目らしい」
「箱屋かぁ。確かにレアではあるが、捕まらないってわけでもないな」

『箱屋』——。
糞蟲師、または実装に詳しい者たちが固有の実装石を呼ぶ呼称だ。
彼女たちは、ダンボールを加工して家にする技術を持つ特異な実装石である。
いままで謎であったダンボール加工技術は、彼女たちの功績だった。
特殊な刃状の物体でダンボールを刻み、
加工して他の実装石へダンボールハウスを与えるらしい。

どの公園にも必ず一匹はいるのだが、貴重な存在のせいか、
彼女たちは実装石からも庇護されていた。
自分以外の実装石を蔑む彼女たちにしては意外な行動かもしれない。
だが、それほど家を作ってくれる『箱屋』は、
実装石の世界では重要な証拠だ。

彼女たちは、家を与える代わりに色々と他の実装石から優遇を受けているらしい。

「『箱屋』を捕まえるには、駆除後の公園が一番いいよ。
なんせ、庇護してくれていた奴らは全滅。
客がいなくなったんじゃ、箱屋も廃業だし。
そうなると、他の公園へ向かう。そのときがベストだね。
奴らはただでさえ、用心深い。
自分たちの存在が実装石の存命に繋がると思っているから」

「」野はそう言いながら、水槽をいじっていた。

『レチィィィィ!』

水槽の底から親指実装の悲鳴が聞こえてくる。
親指は、大の字で水槽の底へテープで止められていた。
その周りには蛆実装が何匹もうねうねしている。

「さあ、蛆実装ども。ママを食べなさい」

蛆実装たちはレフレフ言いながら、
大の字で寝かされている親指のもとへ這っていく。

「こいつらは何度も飯を抜かして腹が減っているんだ。
一度だけ与えた餌は親指の肉だった。
一度覚えた餌の味。たとえ、ママでも——」

『レフレフ』
『レフーン』
『レヂィィィィィ! 食べちゃダメレチィィィィ!
痛いレジィィィィ!』

蛆実装たちは親指に群がり、手を足を腹を顔を齧りだした。

「身を粉にして母は子に飯を与える。うーん、感動的だね」
「相変わらずエグイことをする」

虐待の快感で打ち震える「」野を、「」コは淡々と侮蔑した。
何を思っても、相手の虐待には口を挟まない。
それが糞蟲師の基本ルールである。

「一昨日、双葉公園が一斉駆除された。狙うならそこだね。
早くしないと箱屋は移動してしまうよ」
「ああ、わかっているよ」

「」コは立ち上がると、「」野の部屋を退室しようとする。
「」野は笑みを浮かべながら、言葉を投げかけた。

「早く立派な糞蟲師になってよ、「」コくん」
「おまえは立派な医者になるべきじゃないな、「」野」




明け方、「」コは早めに家を出た。
夜は実装石も眠る。
どこにあるかわからない箱屋の家を闇夜のなかで探しても無駄だろう。
ならば、一日の始まりを掴むべきだ。
実装石が目覚める前に動き出し、公園内を探索する。

「」コは公園に着いた早々、物陰、雑木林の中に足を向けた。
ダンボールハウスは見つかるが、それは駆除された実装石の元ねぐらだ。
木の穴や物陰を探索しても、見つかるのは遺体処理されなかった実装石たちの死体だけ。
親から仔まで、壮絶な表情で悶死していた。
「」コは軽く目を瞑り、コンペイトウを一粒だけ死体の傍へ置く。

それが死者への餞かどうかはわからない。
ただ彼はそうする。

「」コは見方を変えた。
箱屋は総じて賢いそうだ。
賢い実装石は必ず決まった場所に用を足す。
彼は懐から臭いをはかるセンサーを取り出した。
細かな実装の臭いを捕らえる糞蟲師のアイテムだ。

センサー片手に実装石のトイレを探す。
駆除された賢い実装石のトイレの場合もある。
トイレを探してはゴム手袋で糞を調べていく。
——乾燥している糞ばかりだ。
まだ新しい糞を探さねばならない。

「」コは公園の奥地へ、さらに足を伸ばす。
彼は、ふいに目にしたU字溝に目を奪われた。
そうか、U字溝に用を足す可能性もあるな。
彼はU字溝の底も調べていった。
公園の隅にあるU字溝を探っていたときだ。

U字溝の底に新しそうな糞が浮いている。
「」コは網を外し、糞をゴム手袋で調べた。
——新しい。
ビンゴだ。
ここは、まだ生きている実装石のトイレである。

「」コは網を戻し、物陰に隠れた。
遠目で確認できる位置から、実装石を待つことにする。
これが箱屋かどうかはわからないが、可能性がないわけじゃない。
彼は気配を消し、ただただ実装石の登場を待った。


朝5時——。
そろそろジョギングをする人たちも出てくるであろう時間帯だ。
今日はダメか。そう思っていたときだ。
物陰から仔実装らしき生物が顔を出していた。
キョロキョロと警戒しながら、周りを見渡している。

しばらくして、仔実装3匹は物陰から現れて、U字溝のもとへ走り出す。
パンツを下ろして、用を足し始めた。
トイレも済み、彼女たちはそそくさとその場を足早に去っていく。
——さて、動くか。
「」コは把握出来るギリギリの距離から、仔実装を追っていった。

『箱屋』の家を見つけるためだ。




足の遅い仔実装を追い、数分行った場所——。
そこは公園の奥地に置かれた廃車だった。
なぜそこに廃車があるのかはわからないが、
タイヤがすべて外された乗用車があったのだ。
「」コは物陰に隠れ、廃車のほうへ行く仔実装を目で追う。

開け放たれている扉から、マラ実装が飛び出してきた。
——マラ?
箱屋にマラはいないと聞いていたが……。
朝から生き残ったマラに襲われたのか?
しかし、違った。

マラは仔実装たちの頭を軽く撫でると、車内へ入れてやっている。
愛情深いマラの一家だろうか?
的が外れたかと思ったが、視界にダンボールらしきものが映る。
さらに双眼鏡で車内を探ると、ダンボールらしきものが大量に置かれていた。
車内に住んでいる実装がダンボールを大量に所持するのはおかしい。

——当たりか。
「」コは口の端を軽く上げた。
恐る恐る近づき、リンガルを取り出す。
言葉で説得しとうと思った矢先、マラが飛び出してきた。

『デジャァァァァァ! デズ! デズジャァァァァア!』

激しい威嚇で「」コを迎えてくる。
歯をむき出して、大きく見開いた双眸は怒りに染め上がっていた。
マラもひと際大きくそそり立たせている。
全身全霊で敵意を向けていた。

『ママ、怖いテチュ……』
『死にたくないテチ……』
『だいじょうぶデス。パパが助けてくれるデス』

リンガルが車内の小さな鳴き声を拾っていた。
なるほど、このマラは箱屋の夫であり父親か。
愛情深いマラ実装とは珍しい。
「」コは息をひとつ付くと切り出した。

「話があるんだ。危害は加えない。俺は糞蟲師の見習いだ。
命の保障はする」

『デジャァァァァァァァァァァァ!』

言ってはみたものの、威嚇の声は一層大きくなっただけだ。
ため息を付き、懐から催眠スプレーを取り出そうとしたときだった。
車内から仔実装が姿を現す。
仔実装はこう言った。

『……ママが、ニンゲンさんに会うって言ってるテチ』




結果から言えば、彼女たちは『箱屋』の一家だった。
車内に通された「」コが目にしたのは、片足のない成体実装石だ。
仔実装たちの母であり、箱屋だった。
彼女の周囲にはダンボールが転がっている。
それらは何かしらの物体によって、鋭利に切られていた。

「悪いな。突然、呼んでしまって」
『……ビックリしたデス。でも、糞蟲師さんなら問題ないデス』
『何言ってるデズ! こいつはニンゲンデズ!
私たちの仲間を殺した敵デズ!』

夫らしきマラ実装はいまだ敵意を向けてきている。
その後ろで仔実装たちはこちらを見て震えていた。
歓迎はされていない。当たり前だ。

『静かにして欲しいデス。普通のニンゲンなら逃げるデス。
けど、糞蟲師さんなら話は別デス』
「……おまえさん、過去に糞蟲師に会っているのか?」
『子供の頃、少しだけお世話になったデス。
不思議なニンゲンだったデス。あなたも不思議な感じがするデス』
「そりゃどうも」
『それで、どう言ったご用件デス?』

「」コは言った。
このまま自分の師匠にあたる糞蟲師のもとへ来てくれないか? と。
彼女たちは答えに渋った。
当たり前だ。
いくら糞蟲師とはいえ、ニンゲンの家である

おいそれと立ち向かえる場所ではない。
しかし、箱屋は仔実装をここに残すことと、
夫であるマラ実装を同行させることで承諾してくれた。
あまりにトントンと話がついてしまったため、怪訝に思って「」コは訊く。

「どうして、そんな簡単に承諾したんだ?」
『私は事故で足を失ったデス。けれど、糞蟲師さんはこれをくれたデス』

彼女が取り出したのは、ちょうど良いサイズの松葉杖だ。

『これのおかげでいままで生きてこれたデス。
デスから、糞蟲師さんを信じるデス』
「俺は、おまえさんを救った糞蟲師じゃないぞ?」
『関係ないデス』

箱屋の笑顔は「」コには眩く見えたのだった。




早朝、箱屋とマラ実装を連れて、「」コは師匠の自宅へ到着していた。
中に上がり、箱屋とマラ実装を近くの水槽へ入れる。
そのまま、師匠の登場を待っていた。
しばらくして、師匠が現れるが、箱屋の傍にいたマラを見て表情を曇らせる。

「……「」コはそれはなんだ?」

師匠はマラを指差し、「」コに問う。

「箱屋の夫……らしいです」

敵意をむき出しのマラの横で、箱屋は師匠へ軽く頭を下げる。

「夫?」

師匠は嘲笑うように言う。

「二匹を水槽から出してくれ」

「」コはその通りに箱屋夫婦を水槽から取り出した。

ズンッ!

『デズン!』

一瞬のことだった。
師匠が手にした棒がマラ実装の頭部を一閃。
マラは一撃の衝撃により、地面の染みと化してしまったのだ。

『デ? ……デ!?』

突然のことに箱屋は反応出来ずに、横にいたはずのマラを見る。
しかし、マラはすでに肉塊と化していたのだ。

『デ……。デスゥゥゥゥゥ! デスゥゥゥゥゥン!』

箱屋は泣きながらマラに近寄り、遺体を揺り動かす。
だが、マラは二度と動くことはなかった。

「師匠!」

「」コは抗議の声をあげた。
師匠は、無表情で箱屋を見下ろすだけだ。

「……夫? 実装ごときがか? ふざけるな」

嫌悪に満ちた声音で師匠は吐き捨てる。

『どうしてデス!? この人を殺さなくて良かったはずデス!
用件は私のはずデス!』

箱屋の瞳には、すでに怒りと憎悪が渦巻いていた。

「ああ、そうだ。おまえに用がある。「」コ、おさえろ」

師匠は命令を出してくるが、「」コは顔を背けた。
師匠は弟子の行動を見て苦笑する。

「そうか。それがおまえの糞蟲師としての生き方か。
わかった」

「」コをどかすと、師匠は箱屋を掴む。

『デジャァァァァァァ! デズジャァァァァァ!』

箱屋は威嚇声を出しながら、必死に抵抗する。
師匠は構わずに懐から刃物を取り出すと、箱屋の体をまさぐり、
とある箇所へ刃を突き立てた。

『デズゥゥゥゥゥ!』

箱屋は痛みから絶叫を張り上げる。
だが、師匠は冷静に箱屋の体を掻っ捌き、内臓を探っていた。
ぬちゃり……。
生々しい音を立てながら、師匠は箱屋から何かを取り出す。
それは、鋭い刃状の物体だった。

『デズ! デスゥゥゥゥ! 返してデスゥゥゥ!』

箱屋はそれを必死に取り返そうとするが、人間の力には敵わない。

「「」コはこれが何かわかるか?」

師匠は刃状の物体を弟子に向けて問う。

「これはな。ダンボールを切り、家を作るための刃だ。
そして、偽石でもある。こいつら箱屋の偽石は、特殊な刃状をしている。
これでダンボールを切るのさ」
「……偽石? その刃が?」
「そうだ。親は死ぬと、自らの偽石を仔に授ける。
仔はその偽石で親の意思を継いでダンボールを切る。
それが延々と続くのさ。それが箱屋だ。
少し待っていろ。いいものをやる」

それだけ言うと師匠は箱屋を水槽へ戻し、
偽石を持って再び奥へ入っていった。
残された「」コと、箱屋。
箱屋は重傷を負いながらも、死んだ夫のほうを眺めていた。

「……すまない」

「」コは心底申し訳なく謝罪した。

『……ニンゲンはクズデス……』

その一言は、「」コの心に深く突き刺さる。
箱屋はそれ以上しゃべることはなかった。
なぜなら、彼女を激痛が襲ったからだ。

『デ、デギャァァァァァァ!』

彼女は口、総排泄孔から血を垂れ流し始める。
「」コは、この症状を知っていた。
——偽石が壊されている!?
そう、これは偽石を破壊されるときに起こる現象だ。

『デ! デ! デ! デギャァァァァァッアアァァッァァァオオオオオ!』

血涙を流し、糞を漏らし、中身を爆ぜさせ、
箱屋は壮絶な死を遂げた。
「」コは突然の出来事に呆気に取られるだけだ。

奥から足音が聞こえる。
師匠だ。
手には加工された偽石が握られていた。

「「」コ」

師匠は、ヒモの通された刃状の偽石を「」コの首にかけてくる。

「これは糞蟲師が、弟子に送る卒業の証だ。受け取れ。
おまえは立派な糞蟲師だ」

糞蟲師は、修行の終えた弟子に箱屋の偽石を加工した首飾りを贈る。
地方によって違うが、その地方ではこれが一般的だった。
師匠は「」コに卒業の証を与えると、薄い笑みを浮かべて言う。

「ついて来い。おまえに見せたいものがある」




師匠のあとについて、「」コは地下へと歩を進める。
薄暗い地下への階段を降り、地下室らしきところへ入っていく。
扉を開けると、強烈な血の臭いが「」コを襲った。
天井の小さな明かりに照らされた室内は、虐待の領域である。
室内に様々な虐待アイテムが置かれ、壁も床も赤と緑の血がこびりついていた。

長い年月をかけて虐待をしてきたことが伺える。
どの道具も使い込まれていた。
「」コは師匠にあごで促され、奥へと視線を送る。
そこには鎖に繋がれた二匹の実装石がいた。
片方はマラ実装である。二匹とも気を失っているようだ。

——実装石の夫婦?
そう思う「」コの目に、近くの水槽が飛び込んでくる。
水槽で寝ている仔実装が数匹……。
「」コは仔実装たちの姿を見て、度胆を抜かした。

「……黒髪? 黒髪の実装石?」
「そうだ。染めたわけではないぞ。それは正真正銘、黒髪の実装石だ」

噂や伝承には聞いたことがある。
心から愛し合った人間と実装石の間には黒髪の実装石が生まれるという。
「」コは初めてそれを目にしたのだった。
師匠は、鎖に繋がれている実装石を蹴り上げる。

『デ!』
「起きろ。ショータイムだ」

実装石が起きたのを確認すると、黒髪の仔実装を水槽から取り出した。
マラも目が覚めたようだ。

『デ!? デズゥゥゥゥゥ!』

醜悪な笑みを浮かべる師匠を見て、実装石は悲鳴を上げた。
黒髪仔実装の親なのだろう。

『ヂィィィィィ!』

仔実装も親の声に悲鳴を上げた。

グシャッ!

『チュベ!』

ブン!
グシャ!

師匠は躊躇いなく、黒髪の仔実装を握りつぶし、床へ叩きつけた。

『デ、デズジャァァァァァァァッァーーーーーーー!』
『デズン! デズシャァァァァッァーーーーー!』

親実装とマラ実装はその光景を、絶叫を上げて涙した。
師匠はさらに、黒髪の仔実装を掴み、小さな腕を引きちぎる。

『ジャァァァァァァッァ!』

仔実装の悲鳴が地下室に響く。
師匠は足も千切り、黒髪仔実装をダルマ姿に変えてしまう。
それをミキサーへ入れ——。

ギュイイイィィィィン!

『ジャァァァァァァァッァァ! ママママママァァァァッァァァッァァ!』

母に助けを請い、ミキサーの内側から手を叩くが、
次第に細かに分解されていく。
そして、程よく液体状になっていった。

『デェェッェェェェ……』
『デェェェェェェェズゥゥゥゥゥ』

二匹はただただ涙を流すだけだった。

「どうした? いつものことだろう?
なぜ泣く? 仔が死んだのが悲しいか?
糞蟲の分際で。また黒髪を作らせてやる。
そして、また殺してやる! 何度でも殺してやる!
ハハハ、アハハハハッハハーーーーーーーーッ!」

師匠は、狂ったように哄笑していた。
その一連の行動を見ていた、あまりのことに「」コは目を細めている。
あの師匠が虐待?
いや、それは驚くことでもない。
糞蟲師で虐待を行っている者もいる。

違う。
そうじゃない。
なぜ師匠が黒髪の実装石を手にして、虐殺しているのか?

「……「」コ、おまえは先日、私に訊いたな。
『どうして、糞蟲師を目指したのですか?』とな。
答えてやろう。私は、こいつらに地獄を見せるために糞蟲師になったんだ」
「……どういうことですか?」

「」コの質問に師匠は悲哀に満ちた苦笑を見せる。

「とある人間の夫婦がいた。どこにでもいる夫婦だ。
夫はサラリーマンで、妻は主婦。
妻は仕事から帰った夫が、自分の料理を食べて微笑んでくれるのが好きだった。
幸せな夫婦だった。
その夫婦は、実装石を飼うことになったんだ。
賢い実装石でな。人間のような愛情と心情を持っていた。
子のいない夫婦は実装石を可愛がり、親のいない実装石は夫婦を慕った。
妻は夫と賢い実装石に囲まれて、本当に幸せだったんだ。
ところが——」

夫婦の飼っていた実装石は、ほどなく妊娠した。
夫婦は喜んだ。
まるで孫が出来たかのように。
そして、生まれたのは黒髪の実装石だった。
そのときは珍しい実装石だと思っていただけだ。

しかし、偶然出会った糞蟲師から、驚愕の事実を告げられた。


——黒髪の実装石は、愛し合った人間と実装石の間にしか生まれない。


最初、言われた意味がわからなかった。
だが、真実を知るまで時間は掛からなかったのだ。


「ある日、妻は見てしまった。
実装石と交わっている夫をな。
実装石は、夫婦が可愛がっていた実装だった。
……そうさ、黒髪の実装石は飼っていた実装石と、
愛していた夫の仔どもだったわけだ。
夫は、実装石を愛したわけさ。妻よりもな」

『……ママ。もう、殺してほしいデス……』

実装石は、師匠に懇願してくる。

「その名で呼ぶなぁぁぁぁぁぁっぁ!」

激高した師匠は実装石を蹴って蹴って蹴りつくす。

「おまえが! おまえさえいなければぁぁぁぁぁぁ!」
『デェェェッェェェ!』

殴り、蹴り、突き刺し、実装石を血みどろにした師匠は手を休め、肩で息をした。

「フフフ。なあ、「」コ。夫を糞蟲に奪われた女はどうなると思う?
簡単さ。虐待の道に進んだよ。
だが、ただの虐待では、この思いは晴れない。
妻は知ることにしたんだ。実装石の生態をな。
そして、いつしか糞蟲師なんかになっていた。
ああ、そうだよ。その知識は、
自分を裏切った夫と実装石に地獄を見せるためだけに培ったものだ」

「夫は……。旦那さんはどうなったんです?」

師匠は静かにマラ実装を指差した。

「人間を実装にする術は、意外にもすぐに見つかったよ。
実装の病を埋め込めばいいだけだからな」

「……夫を、自分の旦那を実装石に……」

驚愕の真実に「」コは言葉を詰まらせた。
夫を……、かつて愛した人を実装石へ変える……。
それは、正気の沙汰じゃない。
狂気の世界だ。

「面白いものでな。実装石にしても、交尾させると黒髪が生まれる。
おかげで、何度も産ませて目の前で黒髪実装を殺してやった。
愛の結晶。奇跡の権化。他の糞蟲師が見れば狂喜するな。
私からすれば、黒くておぞましい生物にすぎない。
人間と実装石が交わる? 冗談じゃない!
そんなバカげたことがあるか! そんな行為が許されるはずがない!」

『……の、望(のぞみ)……。私を許してくれデス……』

マラ実装が師匠に泣きながら土下座を繰り返す。

「なあ、「」コ、私は糞蟲に負けた女なんだよ。
人間なのに、実装石に負けたんだ……」

師匠の声は涙に震えていた。

「……教えてくれ、「」コ。
一人前になったおまえに答えてもらいたい。
私は何だ? 糞蟲に負けた私は何なんだ?
人か? それとも、実装以下の生物か?」

師匠の問いに「」コは答えない。
否、答えを見つけられない。
あのとき、師匠が夫婦の箱屋を殺したのは、
仲睦ましい夫婦が許せなかったのだろう。
だが、その気持ちは「」コにはまだわからない。

「な。言った通りだろう?
糞蟲師は他の糞蟲師とわかりあえないんだよ」

師匠の声は深い絶望に包まれていた。






1週間後——。

師匠の家は、業火に包まれていた。
出火元となる原因はわからない。
再び「」コが会いに訪れたとき、
彼が目にしたのが炎に包まれた我が師の自宅だった。

火に覆われる家を呆然と見つめていた「」コを、
秋の雨が優しく降り注いだ。



火事跡から見つかったのは、数体の実装石の遺体だけだった。
人間の、師匠の遺体だけは見つかることはなかったのだ。






その後、「」コは残された箱屋の仔実装のもとを訪れる。
彼は、師匠から貰った卒業の証を仔実装にくれてやった。
形見として、刃の偽石を仔実装にあげたのだ。
仔実装たちは、「あなたを恨むテチ」とだけ言って、
公園の奥へ消えていった。


ああ、俺を恨んでくれ。
それでいい。
それでいいんだ——。












○年後——。

糞蟲師として各地を歩き回っていた「」コは、懐かしき場所を訪れていた。

目の前には長年放置されたままの火事跡の土地。
静かな秋雨が「」コを包み込む。
彼が一歩足を踏み入れたときだった。

『テチー』

仔実装が、火事跡から姿を現す。
数匹の仔実装はこちらを不思議そうに眺め、
親実装は警戒した様子でこちらを伺っている。
親仔でこの跡地に住んでいるのだろう。
「」コは懐からコンペイトウを取り出し、自ら毒見してから地面にまいた。

いまはまだ警戒しているが、自分が姿を消せば問題ないだろう。
彼は一度だけ微笑み、その場をあとにしようとする。
その彼の視界に、ふたつの花が飛び込んできた。

跡地の隅で、寄り合うように咲くふたつの花。

「……師匠?」

「」コは花を見て、そう呟くが、すぐに苦笑した。

「……そんなわけ、ないか」








糞蟲師——。


実装シリーズ、主に実装石に関する事件、
事柄を解決する生業をしている者たちの総称だ。

実装に困る人を助けるのか、実装石を助けるのか、
それは糞蟲師の数だけ考えは異なる。


ただ、彼らは時として自らを犠牲にしてまで、実装の世界へ深く飛び込む。

実装への愛か、興味か、それとも恨みが成せることか。









「師匠、確かに糞蟲師はわかり合えませんよ。
当たり前だ。
実装に狂った人間が虐待師、または糞蟲師になる」



「そう、狂った人間同士では、一生わかり合えない」










糞蟲師 

第0話

「」コの章

「 滅火と秋雨 」


完



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ここまでお読みくださいましてありがとうございます。

「」コの過去を書かせていただきました。
外伝ではないので、こちらへ上げさせてもらいます。

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1 Re: Name:匿名石 2024/03/20-06:20:37 No:00008926[申告]
きっともう作者の方は来られないでしょう
それでも、思いを綴りたくて書き残します
パロディ元になった作品の淡々とした作風と
実装石という虐待ものの元祖になったジャンルの融合
人のようで人ではなく
人に近いのにどうしても分かり合えない
そんな存在との交差
こう言った熾烈な虐待ものは、その対象が愚かしく弱い、醜悪なものであるほど
思考実験的な側面が生まれるものだと自分は思っています
人が愚かしいと醜悪だと思うのはつまり、人の側面だからです
それについて書くならば必ず人の内面も深く理解していかなければなりません
ただ苛烈な加虐性で心を満たすのではなく、書き手自身の弱さや醜さにきちんと向き合いながら書かれた作品は
必ず美しいものだと自分は信じています
このシリーズの中で描かれた人々は、自身の醜さ弱さを知りながら、それにどう向き合うかを書かれていました
0話で書かれていた彼女、その元ネタになった人は、映画で壊れてしまって、人とは違う人に近いものに触れてしまった人間の結末の一つとして強烈な印象をうけました
黒髪を殺し続ける彼女もまた、同じなのかなと思いました
虐待ものに惹かれる人間は、現実で辛い思いをし、鬱屈した感情をどこかにぶつけたい人が多いのでしょう
自分もそうです
ですが、このシリーズを通して、自分は人の人たらしめる部分はなにか
その醜さ弱さも人間であると
美しい人間讃歌を感じました
書いてくださって、ありがとうございました
2 Re: Name:匿名石 2024/03/20-06:43:06 No:00008927[申告]
虐待の元祖ってしぃじゃね
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