タイトル:【転虐観察】 冬のデパートと実装石
ファイル:冬のデパートと実装石.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3101 レス数:6
初投稿日時:2023/02/19-17:40:40修正日時:2023/02/19-18:46:19
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— 冬のデパートと実装石 —
1 続: Name:匿名 2023/02/19-17:43:05 No:00006844[申告]





— 冬のデパートと実装石(1) —
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 秋も終わりに近づいていた。ここは、街中のとあるデパートビルの地下1階にある集荷場。
日中は、何台もの運搬トラックが、ビルの裏手にあるスロープを通じて次々
と出入りする慌しい場所である。
もっとも、今は既に深夜で、人の気配はなく静まり返っていた。
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 打ちっぱなしのコンクリートが、染み出すような寒さをかもすこの集荷場で、その
実装石親子は別れを惜しんでいた。都市に住む実装石たちの中には、子を人間のビル
や地下街にやって越冬させるものがいる。
人間が生活する、暖かく食料豊富な屋内は、屋外の寒さや飢え、野良の同族や犬猫に
よる捕食という危険の中での越冬よりは、生存の確率が高いからだ。
この親実装もその例に倣い、自らの子をこのデパートビルに
「託児」するべく忍び込んだのであった。
子の数は十匹。
末っ子のジュウはまだ蛆実
装で、一番しっかりものの長女、イチの胸に抱かれて眠っていた。
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 夏の終わりから秋の初めにかけて生まれた姉妹たちは、本来なら、親自身による間引きや
天敵による捕食で、もっと数が減っていて然るべきであったが
子煩悩なこの親実装は、あえて間引きをせず、見つかりにくい不便な場所に巣を作って
天敵の発見から子供たちを守ってきた。
しかし、そのことが、皮肉にも一家全員で揃って越冬することを難しくしてしまっていた。
自身を含む家族十一匹全員が篭れるような、越冬用の巣を用意するのも
食料を確保するのも、この善良だが無能で非力な母親には不可能であった。
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 この親実装が、このデパートビルを「託児」の場に選んだのには訳があった。
親実装は、元々飼い実装で、仔実装時代、このデパートのペット売り場で売られていたのだ。
もっとも、彼女を買った主人は、彼女が成体になり可愛らしさを失うと、買った
ときと同様、簡単に彼女を公園に手放したのだが。ともかく彼女は、この建物の構造
が複雑であり、仔実装なら長期間隠れて生活できる場所が各所にあることを知っていた。
 「いいデスか、普段は倉庫や機械室に隠れて暮らすデス。決してニンゲンに姿を見せちゃ駄目デスよ。
食料は、レストランの残飯置き場や、生鮮食料品売り場のごみ捨て場から調達するデス。
お菓子売り場やそうざい売り場の食べ物は美味しいデスが、絶対に手を出しては駄目デス。
売り物に手を出したことがニンゲンにばれたら、建物中に薬をまかれて殺されちゃうデスよ。」
「ワタチたちは大丈夫テチ、それより、どうしてもママは一緒に来ないテチか?」
次女のニィが寂しそうにつぶやく。
「ママは体が大きすぎて、すぐニンゲンに見つかっちゃうデス…。
そうなれば、お前たちにも危険が及ぶデス。大丈夫、春になったらまた会えるデス。」
 一家は、子がデパート、親実装が公園で別々に越冬し、春になったら再び落ち合う
算段になっていた。
. 
 親実装は、仔実装たちを一匹一匹抱きしめると、名残惜しそうにデスデスと鳴いた。
「さ、行くデス。ぐずぐずしていると見回りのニンゲンが来ちゃうデス・・・。」
 まさにその時である。親実装の頬を、懐中電灯の明かりがさっと照らした。
「デッ!」
突然の光に驚き、親実装は眩しさに眼を細めた。ビルの警備員が巡回に来たのだ。警備
員の方も、突然照らし出された大きな害虫に、一瞬度肝を抜かれたが、すぐに気を取り
直し、怒声とともにこちらに向かって来る。
「この糞虫め!どこから入り込みやがった!」
幸い、仔実装たちは、物陰にいたため、まだ見つかっていないようである。
 「早く行くデス!姉妹で助け合って、みんなで生きるデスゥ!!」
仔実装たちは、その声に弾かれたように、コンクリート壁に開いた通風孔に次々と飛び込んだ。
それを見届けると、親実装も通風孔と逆の方向へ走り出した。
自分がおとりになって、仔実装たちを少しでも遠くへ逃がそうというのだ。
「糞ニンゲン!ここには仔実装なんかいないデス、ワタシだけデス!
オマエみたいなノロマに捕まるかデス!悔しかったら追いついてみるデス!」
わざと挑発的な言葉を発し、物陰に隠れながら、地上へと続くスロープに向かう。
もっとも、そんな罵声は、リンガルなど持っていない警備員には、デスデス
という不快な鳴き声にしか聞こえないのだが。
. 
 もちろん、親実装は捕まるわけにはいかない。
春になって、仔実装たちが公園に戻って来るまで、自分も生き残らなければならない。
貨物備品や山積みの段ボール箱に隠れながら、必死で逃げ回る。
しかし、実装石の短い足と脆弱な体力で、人間から逃げ切るのは至難の業だ。
警備員は、リフトカーに隠れた親実装の背後にすばやく回り込んだ。
「デッ!!」
しまった、という表情で振り返る親実装。その瞬間、警備員の振り下ろした警棒が、親実装の肩にめり込んだ。
「デハッ!!」
親実装は肺を潰され、気道から逆流した赤緑色の血を
大量に吐き出すと、警備員の足元に崩れ落ちた。
 「やれやれ、手間かけさせやがって。」
警備員は、気を失った親実装の首根っこを
清掃用のトングで摘むと、集荷場の隣にある従業員駐車場に向かい、そこで落ち葉や
ごみを燃やしていたドラム缶に、親実装を放り込んだ。突然体を覆った熱に、親実装の意識は引き戻された。
しかし、炎の燃え盛る深いドラム缶からは逃れるすべもない。
冬篭りに備え蓄えた皮下脂肪に、たちまち炎が燃え移る。
「デギャァァァァァッ!!」
ドラム缶を内側から激しく叩くが、その手もブスブスと焼け焦げてゆく。火の点いた葉や
ごみを巻き上げながら、親実装は全身がケシズミになるまでドラム缶の中でのた打ち回り続けた。
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 一方、仔実装たちは、通風管の中をまっすぐに走り続けた。
「デギャァァァァ・・・」
背後から親実装の絶叫が響いてくる。
しかし、立ち止まるわけにはいかない。
親は、自らをおとりにして自分たちを逃がしてくれたのだ。
「テチュッ!」
先頭を走っていた長女のイチが、通風管を抜けて真っ暗な部屋へ飛び出した。
「ここはどこテチ・・・?」
闇に怯える妹たちをなだめながら、イチはじっと目を凝らした。
ぼんやりと浮かぶ、積み上げられた無数の段ボール箱。
そこは、集荷場で荷降ろしされた貨物を一時積んでおき
各階にある売り場に振り分けるための仕分け室であった。
. 
 「テェェェ・・・。」
きらびやかな明かりや、暖かい部屋、始終流れる音楽や、溢れんばかりの食べ物とおもちゃ。
デパートについて、そんな楽園のような話ばかり母親から聞かされ
ていた仔実装たちは、予想外の寒々とした光景に落胆を隠せない。
ともかく、今夜の寝床をしつらえなくては。
幸い、家の材料となる段ボール箱は山ほど転がっている。
もっとも、どの段ボール箱にも商品が詰まっており、姉妹全員が入れるようなものはない。
仔実装たちは、二、三匹ごとに分散して、めいめいが手ごろなダンボールを仮の家と決め、取っ手の穴
から中に潜り込むと、皆それぞれの箱の中で、一日の疲れのためたちまち眠りについてしまった。
. 
 朝。
シャッターの開くけたたましい音によって、仔実装たちは目覚めた。
デパートが今日の活動を始めたのだ。
どやどやと人間が話したり、作業したりする音も聞こえ始める。
仔実装たちは、段ボール箱の中で震えながら、取っ手の穴から外の様子を伺う。そこでは、
従業員たちが、昨夕荷降ろしされた商品の箱を仕分けしている最中だった。
 ここ地下1階には、集荷場に隣接してこの仕分け室が、その向こうには生鮮食品売り場があり
地上1階に化粧品やブランド品売り場
2階から3階にかけて婦人服売り場
4階に紳士服売り場やスポーツ用品売り場
5階に日用品や雑貨売り場があり
6階におもちゃとペット売り場
最上階の7階にはさまざまなレストランが設けられていた。
荷降ろしされた商品や食材は、この仕分け室から、貨物用エレベーターを使って
それぞれのフロアに送られるのだ。
.
 仔実装たちが息を潜めている段ボール箱も、その中身に応じて、フロア別に整理されて
いった。仔実装たちは、その様子に不安を感じ始めていた。
どうやら、この段ボール箱は、どこかにバラバラに送られてしまうらしい。
このままでは、姉妹が離れ離れになってしまう・・・。
昨晩分散して寝床を定めたのは失敗だった。
しかし、人間やリフトカーが激しく行き交う中で、みなが再びどこか一箇所に集まるのは不可能だった。
そのうち、1階向けの箱がエレベーターに積み込まれ始めた。
女性用の香水が詰まった箱に、従業員が手を掛けた、その時である。
.
 「テェーン!オ姉チャーン!!」
その箱に、一匹で隠れていた九女のキューが、取っ手の穴から外に飛び出した。
ひとりぽっちの不安に耐え切れなかったのだろう、イチの隠れる野菜の
箱めがけて、テチテチと走って来る。
「テチャッ!こっち来ちゃダメテチュ!早くどこかに隠れるテチュ!」
イチは、泣きながらこちらへ駆けてくるキューに呼びかけるが、キューは完全にパニック状態になっていた。
一方、従業員は、突然飛び出して来た蟲に驚いて、思わず悲鳴をあげ、箱を取り落とした。
箱の中から、ガラスが割れる音が聞こえ、次の瞬間、芳しい香りが辺りを包む。
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 上役らしい年配の従業員が何事かと走ってくる。
箱を落とした従業員が、キューを指差して年配の従業員に何か叫ぶ。
すると、年配の従業員は、傍にあったスプレーを手に取り、
あと一息でイチの箱に辿り着こうとしていたキューに向かって、薬剤を吹き付けた。
 「デチャァァァァァ!!ギョペペペペペ!!」
それを浴びた途端、床に倒れ激しく悶絶するキュー。
左右の目から血涙を流し、口からは赤緑の吐しゃ物を吐き出している。
未熟なキューは、日頃から、しばしば恐怖や驚きでパンコンしたが
今パンツに溢れる糞の量は、かつてないほどだ。
 「ママ・・・オ姉チャ・・・助け・・・クルシい・・・テチ・・・。」
痙攣しながら姉に助けを求めるキュー。
そこに、無情にも、重ねてスプレーを吹きかける従業員。
「テッ・・・テテッ!!」
再び手足を激しく震わせるキュー。もはや声も出ない。その様子を見かねて、イチと一緒の箱に隠れて
いた次女のニィが、助けに飛び出そうとする。それを必死で抑えるイチ。
「離すテチュ、このままじゃキューが死んじゃうテチュ!」
「出たらダメテチュ、ワタチたちも殺されちゃうテチュ!」
「テェェ!オ姉チャンは、自分が助かるためにキューを見殺しにするテチか!」
歯軋りしながら抗議するニィ。目には涙が光っている。
「オ姉チャンを恨みたければ恨むがいいテチュ
でも、ここで出たら、他の姉妹も殺されちゃうかもテチュ!分かってテチュ!」
イチの目にも涙が光る。
 「テベ・・・ッ!」
キューは、背を弓なりにそらせてブルブル震えると、口から赤黒い臓物
を一気に吐き出し、それっきり動かなくなった。
それを見るイチとニィの頬に涙が伝う。
念のためということであろうか、従業員はその動かなくなったキューの体に、薬剤がなく
なるまでさらにスプレーを吹きつけ続けた。
 姉妹は、めいめい隠れた箱の中で、キューの最期を見ながら、声を漏らさぬようこらえて泣いていた。
幸い、人間たちは他の姉妹には気づかず、段ボール箱の積み込み作業に戻って行った。
姉妹は、そのままなすすべもなくエレベータに積み込まれ、荷物とともに
別々のフロアに送られていった。
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 三女のミィと四女のシィが入っていた箱には、様々な色に染め上げられ、一つ一つが
丁寧にビニール袋に梱包された手ぬぐいが詰まっていた。
この荷物とともに彼女たちが運び込まれたのは、3階婦人服売り場の和服コーナーであった。
一緒に送られてきた足袋、かんざしなどの箱は、到着するとすぐに、売り場のバックヤードで
待ち構えていた男性従業員の手で開梱されてゆく。
 やがて、ミィとシィの入った箱にも手が掛けられる。
「テェェ・・・今箱が開けられたら見つかっちゃうテチ・・・。」
怯えるシィを、震えながらも気丈に励ますミィ。
「いいテチか、箱が開けられたら、一気に飛び出して、どこかに隠れるテチよ!」
「分かったテチ!」
人間から逃れる計略を立て、息を飲んで箱が空けられる瞬間を待つ二匹。周囲のガムテープ
が剥がされる音は、永遠に続くかと思われるほど長く感じられた。
 ふいに音が止んだ。次の瞬間、箱のふたが開けられ、まぶしい蛍光灯の明かりが二匹
の目に突き刺さるように飛び込んで来た。しかし、躊躇する暇はない。
「テチャァァァ!」
二匹は、箱を開けた瞬間に現れた害蟲にひるんだ従業員を、さらに威嚇するように叫ぶと、
箱から飛び出した。
 「テッチ!テッチ!」
お互い逆に向かって走る二匹。
「まっ・・・待てえ!」
我に返った従業員は、展示してある着物に向かって走るシィを追いかけ始めた。
唐突のことだったので、
どうやらミィの方には気づかなかったようだ。
 「テチャァァ!来るなテチィ!」
ターゲットにされたシィは、パンコンしそうなのを必死で我慢しながら、涙目で走る。
恐怖で足がもつれ、思ったように走れない。
しかし、何とか着物まで辿り着くとその影に隠れて、そっと走って来た方を覗いた。
 シィは、人間の視線の届かないところに隠れて、逃げ切った気になっていた。しかし、
従業員の目には、着物の影に飛び込む仔実装の姿がはっきりと捉えられていた。これでは隠れたことにならない。
しかし、すでに冷静さを取り戻していた従業員は、それを見て無理に捕まえることを止めた。
彼は、実装石の生態について多少知識があり、興奮したり、
恐怖に駆られたときに、激しく糞尿をひり出す特性を知っていたのだ。
あの仔実装が陰に隠れている着物は500万円する。
その脇に置いてあるかんざしは30万円
帯には100万円の値が付いている。
それ以外にも、高価な和服と、その付属品の並ぶこの売り
場で、仔実装を下手に刺激して品物を汚されてはたまらない。
.
 従業員は作戦を変えた。
着物を見張りながら、ゆっくりとバックヤードに戻り
休憩時間に食べるつもりだったビスケットを持って来た。
そして、それを仔実装が食べやすい
大きさに砕いて、自分の足元に置くと、優しく舌を鳴らしてシィをおびき寄せる。
一方のシィは、人間の追撃が止んで、多少落ち着きを取り戻したものの、まだ緊張は解いていなかった。
人間の優しい呼びかけと、美味しそうなビスケットに、つい着物の端から顔を覗かせてしまったが
すぐに飛び付くようなことはしない。
 従業員は、思ったより用心深い仔実装の様子に、内心イラつきながらも
「ほーら、甘くて美味しいビスケットだよー、怖くないから出ておいでー・・・。」
と、優しげな呼びかけを続ける。
しかし、5分ほど経っても、仔実装はこちらをじっと見ているばかりで
出て来ようとはしない。
 (自分が見ているから出て来ないのかもしれないな…。)
そう考えた従業員は、
「ここに置いておくからね、お腹が空いたらいつでも出て来て食べてねー・・・。」
と、着物に向かって声を掛けると、ビスケットをそのままに、再びゆっくりとバックヤードに戻った。
そして、会場設営用の道具箱から木づちを取り出し、扉の影から様子を伺う。
 しばらくすると、着物の端がもそもそと動き
「テッチューン♪」
と歓声を上げて仔実装が飛び出して来た。
実際のところ、シィは空腹であった。
昨晩一家揃っての最後の夕食以来、シィたち姉妹は何も食べていない。
デパートの中に入れば、ご馳走が溢れている、との
姉妹の期待は外れ、食べ物に未だありついていない上、予想外の危険に晒され続け、逃げ
回って来た。腹が空いていないはずがない。


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2 続: Name:匿名 2023/02/19-17:45:17 No:00006845[申告]
「かかったな糞蟲がぁぁぁぁ!!!」
突然、バックヤードから木づちを持った従業員が飛び出した。
「テェッ!どっか行ってたんじゃなかったんテチュか!」
驚いて跳び上がるシィ。
しかし、今度は逃げるために振り返る暇もなく、シィの頭の上から全力を込めた木づちが振り下ろされる。
「ベチャァア!!」
後頭部を殴られ、シィの顔面はざくろのように真っ二つに割れた。
そこから、わずかばかりの脳味噌が、脳漿と一緒にこぼれ、床を汚す。
従業員は、仰向けに倒れて痙攣するシィの腹に足を乗せ、汁が飛び散らないよう、ゆっくりと下ろしていった。
シィの体中から、ペキポキと骨が折れる音が聞こえる。
「デヂュゥゥゥゥ!!」

苦しみに呻き声を出すシィ。
それに構わず、従業員が足首を2、3回ぐりぐりとひねって足を上げると、
床には、緑赤の血にまみれた、モチともミートパテともつかなくなった、シィの肉塊が残っていた。
「ふう、脅かしやがって・・・。」
従業員が、軍手をした手で、そっとシィの肉塊を摘んで
ビニール袋に入れようとした、その瞬間である。
「テチャァァァァァッァア!!」
シィが殺される瞬間を見た、ミィの悲鳴が売り場に響き渡った。
ぎょっとして振り返った従業員の目に、血涙を流しながら震えるもう一匹の仔実装の姿が映った。
その足元には、先週末に売約済みで、仕立てを待つばかりの絹布が置いてある。
恐怖のためミィが漏らした糞尿がじわじわと染み込み広がってゆくその布は、300万円
もする高級品である。
「うわぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げる従業員。
「テッチャァァァァァァァ!」
それに呼応するかのように、
いっそう甲高い悲鳴を上げると、ミィは従業員の目から逃れようと、膨らんだパンツを引き
ずりながら、じたばたと走り出した。ミィが手足を振り回すたび、糞が飛び散り、周りの
品物を汚してゆく。
「テァァァァ!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
逃げるミィも、追う従業員も、絶叫し、涙を流しながら走り回る。
100万円の絹布が、20万円の女下駄が、50万円の櫛が、10万円の足袋が、
次々とミィの濃緑の糞を浴びて売り物にならなくなってゆく。
「この野郎おぉぉぉ!」
自分の手や服が汚れるのも構わず、従業員はミィに飛び掛り、
丸っこいミィの胴体を捕まえると、ワナワナと怒りに震えながらその顔を睨んだ。
従業員もミィも、涙と鼻水で顔はくしゃくしゃだ。
 「テァァァ!」
恐怖にかられ、胴を握られたまま、従業員の顔めがけて糞を投げつけるミィ。
「おっ!」
その攻撃を素早くよけた従業員であったが、背後から聞こえて来た
「ベチャリ」
という着弾音を聞いて青ざめた。そこには、先ほどシィが隠れていた着物が飾ってあったのだ。
恐る恐る振り向いた従業員の目に、袖が糞にまみれた着物が映った。
 それを見た途端、従業員はミィを握ったまま、力なくその場にへたり込み、しばらく呆け
たような目で天井を見つめていた。
 この15分で、この売り場が出した損害額は一千万円を下らないであろう。
この損害を本店にどう説明すればいいのか。
売約済みの商品もあった。顧客にどう謝ればいいのか。
従業員は、ぼんやりとこれから行わなければならない膨大な事務処理や釈明に思いを巡らせ
ていたが、ふと我に返り、手の中で暴れるミィに意識を戻すと、「おい」と声を掛けた。
「テ?」
びっくりしたように従業員の顔を見るミィ。
「・・・・・・絶対に許さないよ。」
静かだが、らんらんと殺意を湛えたその視線に、再び暴れ
出したミィを硬く握り締めたまま、従業員はバックヤードに消えて行った。
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3 続: Name:匿名 2023/02/19-17:48:48 No:00006846[申告]
— 冬のデパートと実装石 (2) —
 五女のゴォと六女のムゥが潜んだ段ボール箱が運び込まれたのは、5階の日用品・雑貨売り場であった。
段ボール箱は、売り場に到着しても、すぐに
は開梱されず、奥の在庫置き場に一時積み上げられた。人の気配がなくなった
のを確認して、そっと箱から出る二匹。在庫置き場を一通り歩いてみるが、
洗剤やトイレットペーパー、なべや食器など、雑多なものが積まれているだ
けで、食べ物も、隠れるのに適当な場所もない。
「テェェェ・・・こんな所にいたら飢え死にしちゃうテチ・・・。手分けして、食べ物や
隠れる場所を探すテチ!」
二匹は、扉が開きっぱなしの在庫置き場の出入り口から顔を出して
周囲の様子を確かめると、タイミングを見はからって
一気に売り場へと飛び出した。
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 ゴォは、商品棚の陰に隠れながら、広い売り場をチョコチョコと走り回った。
「食べ物なんか、どこにもないテチ・・・。ここのどこが楽園なんテチ?」
不満たらたらのゴォ。夢見がちなゴォは、
「デパートは楽園デス」
という母親の言葉に、暖かい太陽の光がさんさんと降り注ぎ
コンペイトウやステーキの実る木があちこちに生えた、花咲き乱れる草原をイメージしていた。
しかし、実際には、空調のおかげで寒くはないものの、固い石の床に、
食べられもしない商品の棚が列を作る、面白くもない場所である。期待外れもいい所であった。
 その時、ふとゴォの鼻腔をくすぐるような、甘い香りが漂ってきた。
「テチュ?」
思わず立ち止まるゴォ。その香りは、すぐ側にある、贈答観賞用の生花売り場
に置かれた、色とりどりの花が発するものであった。興味を抑えられず、生花
売り場へ向かうゴォ。
 「テェェ・・・!」
生花売り場の中は、ゴォが想像していた、楽園そっくりの景色であった。
売り場の入り口では、アネモネ、ベコニア、クロッカスが、鉢の中
で満開の花を咲かせていた。
奥の方には、ドラセナ、ベンジャミンなど、大きめの室内観賞用の樹木が所狭しと並ぶ。
非耐寒性植物のために、売り場の中は夏のように暖房が効いている。
 シャンデリアのように頭上にぶら下がる、大ぶりのフクシアの花の下を通っ
て、ゴォは売り場に入り込んだ。
 咲き乱れる花々の間を、うっとりとしながら歩き回るゴォ。
「ここはとてもステキな所テチ・・・。きっとここが、ママの言っていた楽園テチ!」
 その時、ゴォの小さなお腹から、
「キュルルルル」
と可愛らしい音が鳴った。
誰が聞いている訳でもないが、思わず顔を赤らめるゴォ。
食べ盛りの仔実装である。
すぐに気を取り直すと
「ここが楽園なら、きっと食べ物もいっぱいあるテチュ!」
とつぶやき、散策を続行する。
.
 きょろきょろと周囲を見渡しながら歩き回ることしばらく、果たして
ゴォは、木の実が生った鉢植えの一群を見つけ出した。ハウスものであろ
う、ヒメリンゴ、イチゴ、ラズベリー、さくらんぼ、トマト、キンカン、
キゥイなどが、季節外れにもかかわらず、小ぶりながらたわわな果実を付けていた。
 ゴォは、手近にあった、ユスラ梅の丸くて赤い実をもいで口に含んだ。
甘酸っぱい味と、爽やかな香りが、胸いっぱいに広がる。
「テェェ・・・。」
しばらくその余韻に浸っていたゴォだが、すぐに手当たり次第に周囲の
果実をもいで食べあさり始めた。ひとしきり満足すると、膨れたお腹を
抱えて、鉢植えの土の上でコロリと横になり、少し休む。
 「間違いないテチュ、ここがママの言っていた楽園テチュ・・・。ここで春まで過すテチュ♪」
腹がこなれると、ゴォは、弁当代わりにさくらんぼの実を
一つもいで小脇に抱え、鉢植えからピョンと飛び降りて、散策を続ける
べく売り場の奥へと歩いて行った。
.
 売り場の奥には、花を付ける植物はほとんど置いておらず、緑の葉が生い茂っていた。
鉢の大きさも、ソテツ、カポック、ナンヨウスギなど、
入り口付近よりよほど大きなものが置いてある。
仔実装にとっては、さながらジャングルのような景色になってきた。
湿度も入り口付近より高い。
 「何だかおっかないテチュ・・・。」
何となく不安を感じるゴォ。そんな
木々の合間から、今度は、ふんわりと優しい乳のような香りが漂って来た。
 「何の香りテチ?」
ゴォは、香りの元を探して、鉢の隙間を潜り抜け
ながら進んで行く。辿り着いた香りの元は、高さ150センチはあろう
かという、背が高く太い草の鉢植えであった。
その草の根元からは、何本もの細い枝が生えており、枝の先には、二枚貝のような形をした広い葉が上下に付いていた。
 その下の方の葉の中にたまった乳液から、不思議な香りは漂っていたのだ。
 鉢の上に這い登り、その不思議な草に近づくゴォ。
葉の上に乗ると、たまった乳液に、恐る恐る舌を近づけて舐めてみる。
それは、間違いなく蛆実装の頃に母の胸から啜った乳の味だった。
 「テチュ~ン♪」
懐かしい香りと味に、夢中になるゴォ。
しかし、時を忘れて乳液を舐めている間に、そっと上の方の葉が降りて来て、乳液
の溜まった下の葉と合わさり、葉と葉の間の空間に、ゴォを閉じ込め
てしまった。
 「テ?」
その事に気づき、きょとんとするゴォ。
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4 続: Name:匿名 2023/02/19-17:49:36 No:00006847[申告]
ゴォをくわえ込んだ枝先は、そのまま、ゆっくりと持ち上がって行く。
薄い半透明の葉の内側からは、外の様子を見ることができる。
エレベーターのように、徐々に上昇する景色に動転するゴォだったが、なすすべもない。
やがて、ゴォを閉じ込めた葉も枝も、ぴったりと草の幹にくっ付いてしまった。
 枝が幹に付いてから周囲を見渡すと、その幹の所々に、半透明の袋状
の部屋があり、中には、一匹ずつ仔実装が閉じ込められている。
ゴォの右上にある袋にも、仔実装が一匹閉じ込められていた。その仔実装は、
ゴォが戸惑っている様子を、膝を抱えて座ったままじっと見ていたが、
次の瞬間、突然悲鳴を上げて暴れ出した。その袋に消化液が注入され始めたのだ。
 この植物は、一部マニアに人気がある「コジッソウカズラ」である。

太い幹の根元に何本もの触手状の枝を持ち、その先端にある上下二枚の
葉がぴったりと閉じるようになっている。
下の葉には、仔実装をおびき寄せる、母乳の香りを出す乳液がたたえられ
これに仔実装が引っかかると、上の葉が降りて来て仔実装を閉じ込める。
そのまま、枝は仔実装
を逃さないように持ち上がって行き、幹にくっ付いて同化するのだ。
一本枝が持ち上がると、次の獲物を捕らえるべく、根元からまた次の枝が生えてくる。
 葉に捕らえられた仔実装は、中の乳液を啜りながら、しばらくは生き
ながらえるのだが、植物の栄養状態に応じて、その牢獄と化した葉の中で、順次消化されてゆく。
 このおぞましい植物の人気の秘密は、仔実装を閉じ込める葉が半透明で
袋状の部屋と化した葉の中で消化されゆく仔実装を観察することができる点にあった。
 「テチャァァァッ!」
ゴォのすぐ傍の袋に閉じ込められていた仔実装は、消化液の注入に気付くと
じたばたと手足を振って暴れだした。
しかし、弾力性のある袋の壁は、蹴ろうが叩こうが破れはしない。
袋の中にはあっという間に消化液が満ち、仔実装はその中でガボガボと溺れていたが
やがて体中から泡を吹き出し始めた。
服が、髪が、皮膚が、目玉が、次々と溶けてゆく。
ぼろぼろになっても、なお袋の中でもがいていた仔実装だが、少しずつ動きが鈍ってゆき
やがて完全に動かなくなると、跡形もなく消化液の中に消えてしまった。
 その様子を瞬きもせず見せられたゴォは、恐怖のためガタガタと震えていた。
パンツから漏れた緑色の糞が、膝までたまった乳液に溶けてゆく。
脇から取り落としたさくらんぼが、乳液に浮かび漂っていた。
.
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 ムゥは、様々な食器を並べた棚が連なるコーナーをさ迷い歩いていた。
棚の下から、別の棚の下へと、人間の気配を伺いながら進むうちに、ムゥ
が辿り着いたのは、鍋物用の食器が揃えられたテーブルの下であった。
 網状のテーブルクロスが敷かれたその上に、様々な大きさの鉄鍋や土鍋、
勺、ガスコンロなどが並んで展示されている。
その傍には、ビデオ一体型のテレビが置いてあり
鍋物用食器のCMビデオが繰り返し流されていた。
 画面には、湯気を立てた鍋料理が次々と映し出される。
キムチ鍋、おでん、湯豆腐、すきやき。
それに続いて、その鍋を頬張る家族の団欒。
家族に混じって、ペット役と思しき実装石の姿も映っており、人間たちと一緒に熱々の
鍋料理を頬張っている。
『もうお腹いっぱいデプゥ~♪』
その実装石が、膨れたお腹をさすりながらひっくり返ると
周りの人間たちは、どっと笑って、その頭を撫でた。
そんな情景が一巡りすると、場面は再び最初に戻り、同じ映像が流れ始めた。
 そんなありふれたCMビデオを、熱心に見る客などいない。
客はみな、テレビ画面には一瞥もせずに通り過ぎて行く。
しかし、テレビを見るのも、鍋料理を見るのも初めてのムゥは別だ。
「テェェェェ・・・。」
その幸福を具現化したような一連の映像に釘付けになる。
ムゥの小さな口からは、滝の様によだれが溢れていた。
 「あのガラスの箱の中には、温かくて美味しそうなゴハンがいっぱい
テチ・・・。優しそうなニンゲンもいたデチ。ワタチもあの箱の中に入って、春
まで面倒見てもらうテチ!」
そう決心すると、ムゥは、テーブルの上から
床すれすれまで垂れ下がる網状のテーブルクロスを、よじよじと伝って
上まで這い上り、テレビ画面の傍まで駆け寄って行く。しかし、どこに
入り口があるのか分からない。
 「テェェ・・・?」
テレビの周りをくるりと一周しても、穴もドアもない。
画面には、先程と同じ映像が、繰り返し流れている。その楽園のような
光景を眼前にしながら、ムゥは途方に暮れてしまった。
 その時、人間の気配がムゥの背後から近づいて来た。
「テテッ!」
キューが無残に殺された光景を思い出し、慌ててすぐ近くの土鍋の中に隠れるムゥ。
 現れた人間は、食器売り場を担当する従業員であった。従業員は、ムゥ
には気付かないまま、テレビに近づき、画面下の丸いスイッチを押した。
すると、画面が暗くなり、機械音とともにビデオの挿し込み口が開いて、テープが出てきた。
そのテープを回収すると、従業員は、背を向けてもと来た方向へ歩き去って行った。
 「テチュ~ン、あんな所に入り口があったテチ♪」
従業員の一連の作業を土鍋の中から見ていたムゥは、合点がいったとばかりに土鍋から這い出し、
再びテレビに近づくと、テープの挿し込み口を体ごと押し開きながら、中に滑り込んだ。
 「テェ?」
予期に反して、テレビの中には、暖かい部屋も、鍋料理もなく、優しそうな人間の家族もいなかった。
それどころか、小さな仔実装一匹立
ち上がるスペースもない。その代わりにあったのは、複雑な機械や基盤、コードなどであった。
 「何でチカこれは?ひどいペテンデチ!」
憤るムゥ。
這いつくばったままデッキの中で方向転換し、外に出ようとした、その時である。
いきなり、黒いプラスチックの箱が、出入り口から差し込まれた。
ムゥがデッキの中で戸惑っている間に、先程の従業員が、別のCMビデオのテープを持って来たのだ。
 「テェェェェ!」
テープに押され、デッキの奥まで突き入れられるムゥ。デッ
キの最奥で、必死に踏ん張って箱の侵入を阻止しようとするものの、抵抗
あえなく、ムゥの柔らかい腹は無残に押し潰された。
「テチャッ・・・!」
口と総排泄口から、ムゥの体内で行き場を失った臓物が溢れ出す。
 何も知らない従業員は、淡々とリモコンの再生ボタンを押した。しかし、
デッキからは、「ウィーン、ウィーン」と、くぐもった機械音がするばかりで一向に再生が始まらない。
不審に思った従業員は、様子を見るべく一旦
テープを取り出したが、次の瞬間
「うわぁっ!」
と悲鳴を上げてそれを取り落とした。
 ビデオテープには、緑色のねばねばした汚らしい肉汁が大量にこびり付いていたのだ。
.
********************************************************************
.
 七女のナァと八女のヤァが潜り込んでいた段ボール箱が運び込まれたのは、
6階のおもちゃ・ペット売り場であった。
その段ボール箱は、売り場到着後も即座に開梱されることはなく
奥の在庫置き場に、他の段ボール箱とともに積み上げられた。
二匹が潜んでいた段ボール箱の中身は、いわゆる「食玩」であった。
エレベーターで運ばれる途中、段ボール箱の中で空腹に我慢できず
二匹が齧り開けた紙箱の中からは、ブラスチック製のロボット人形と
チョコレートを挟んだウエハースが出てきた。
ウエハースなど見たこともなかった
二匹だが、食べ物だということは、甘い香りからすぐに分かった。
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5 続: Name:匿名 2023/02/19-17:50:35 No:00006848[申告]
二匹はウエハースを夢中でむさぼった。
生まれて初めて経験する「甘み」に、二匹は打ち震え、パンツの脇からブリョブリョと糞を漏らした。


 在庫置き場から人の気配がなくなった後、二匹はそっと段ボール箱から出た。
すでに営業時間となっており、在庫置き場の出入り口に掛かるのれん
の隙間からは、売り場の明かりと軽快な音楽が漏れ出していた。
好奇心に駆られ、光の方へ歩み寄る二匹。
そっと売り場を覗いて見ると、そこには溢れんばかりのおもちゃが
所狭しと並べられていた。
 一家が公園で暮らしていたときの姉妹のおもちゃと言ったら、人間が捨て
た弁当に付いていた輪ゴムや、プラスチックのフォーク
公衆便所で拾ったトイレットペーパーの芯ぐらいのものであった。
写生をしていた子供が忘れていった、赤いクレヨンと
母がゴミ捨て場から拾ってきてくれたガチャガチャのゴム人形が姉妹のお気に入りで
いつも取り合いのけんかをしては
叱られたものだったが、そんな思い出がみすぼらしく感じられるほどの
素晴らしいおもちゃの数々に、二匹は目を奪われていた。
それらは、遊びたい盛りの仔実装たちには魅惑的過ぎた。
 「「テッチューン♪」」
歓声を上げておもちゃ売り場に突進する二匹。
(ここは本当に楽園だったんテチュ!)
キューが眼前で惨殺されたことを、二匹の仔実装たちは既に忘れていた。
.
********************************************************************
.
 ナァは、ぬいぐるみ売り場の棚によじ登った。
「テチュゥ・・・」
そこには、大小様々なぬいぐるみが、所狭しと並べられていた。
パンダや犬猫など、動物の姿態を模したぬいぐるみ
丸や四角の奇妙なキャラクターのぬいぐるみの他、
大きな丸い耳を付けた黒いネズミ、服を着た黄色い熊といった、その名称を
明記できないようなキャラクターのぬいぐるみも取り揃えられていた。
 「テチャー!」
傍にあった、自分の背丈と同じくらいの大きさの熊のぬいぐるみに抱きつくナァ。
ふかふかのぬいぐるみに抱かれていると、まるで母の胸に抱かれているような安心を感じた。
「決めたテチ!これはワタチのテチ♪」
熊のぬいぐるみを抱いたまま、棚の上でころころと転がるナァ。
しかし、次の瞬間、ナァの耳は人間の足音が近づいて来るのを捉えた。
 「テェェ!ニンゲンが来るテチ!見つかったら殺されちゃうテチ!」
ようやく人間に見つかる危険を思い出したナァ。
隠れる場所を必死で探す。
ふと、自分の抱いている熊のぬいぐるみの背中に穴が開いているのに気づいた。
抱いたまま転がっているうちに、背中のファスナーが開いてしまったのだ。
中からは、いい香りのする、乾燥した花びらの詰まった袋がこぼれ出ていた。
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6 続: Name:匿名 2023/02/19-17:51:33 No:00006849[申告]
 このぬいぐるみは、ポプリの袋を入れて、香りを楽しめるよう工夫したものであった。
そんな玩具メーカーの考えなどナァには知る由もないが、
これ幸いと、ぬいぐるみの中にあった残りのポプリの袋をかき出し
代わりに自分がぬいぐるみの中に納まった。
ぬいぐるみに偽装して、人間をやり過ごそうというのだ。

 やがて、足音の主が現れた。それは一人の女児だった。
女児は、今日十歳の誕生日を迎え、プレゼントを買ってもらうために
両親とともにこのデパートにやって来たのだ。
彼女は、棚に並ぶぬいぐるみたちを眺めていたが、大きなぬいぐるみの影に隠れるように置かれていた
小ぶりの熊のぬいぐるみに目を留めた。運の悪いことに、それはナァが中に隠れたぬいぐるみであった。
 そのぬいぐるみを、そっと手に取る女児。緊張のため、ナァは女児の手の中でブルブルと震えていた。
.
 「?」
女児が不思議そうにぬいぐるみを眺める。そのぬいぐるみは
心なしか生きているように暖かく、不安そうに震えていた。
「・・・怖がらなくてもいいのよ?」
女児に優しく声を掛けられて、ナァはほっとするとともに、
思わず本能的な反応を、すなわち「媚び」のポーズを取った。
 「テチュン♪」
手を口に当てて小首を傾げる熊のその姿に、女児はすっかり
魅了されてしまった。
「かわいい!決めた!この子に決めた!パパー、ママー、これに決めた!」
女児の楽しげな声を聞いて、両親が歩いてきた。
女児の手に抱かれた小さなぬいぐるみを見て、母が言った。
「そんなちっちゃいのでいいの?もっと大きなのもあるじゃない。」
しかし、女児の心は決まっていた。
「これがいいの!この子はトクベツなの!」
両手で熊を両親に差し出すように見せ付ける。
 大きな人間の眼前にさらされ、ナァは再び緊張して、またしても「媚び」
ポーズを取ってしまう。
「テチューン♪」
そのしぐさをみて、両親も思わず微笑む。
「まあ、かわいらしい。」
「ほおー、最近のぬいぐるみは良くできておるな、これはおもしろい、いいじゃないか。」
「でしょ!これ買って!」
「よーし、大事にするんだぞ。」
歓声を上げて跳び上がる女児。
親子はぬいぐるみを買うため、おもちゃ売り場のレジへ向かった。
 「きみ、これを包んでくれたまえ。」
父親がレジの女性従業員に声を掛ける。
「はい、ただいま!」
棚からプレゼント用のカラフルなビニール袋
を取り出そうとした女性従業員に、女児が思わず抗議する。
「ダメよ!この子は生きてるんだから!袋になんか入れないわ!
抱いたまま帰るから袋は要りません!」
 ふくれっつらをする女児に、女性従業員も両親もおもわず吹き出した。
 「そうね、お友達を袋なんかに入れちゃかわいそうね。」
成長とともに女の子らしい情緒を身につけてゆく愛娘の髪を、母親が優しく撫でた。
 「じゃ、代わりにリボンをつけてあげましょうね」
女性従業員がプレゼント用のリボンを取り出して、熊の耳にそっと付けた。
「ありがとう!お姉さん!よかったね、クマちゃん!」
ほほえましい女児の笑顔に、自然と大人たちの顔もほころびる。
 一方、ぬいぐるみの中のナァも感激に打ち震えていた。
トクベツ・・・かわいらしい・・・いいじゃないか・・・
そんな褒め言葉を掛けてもらったのは、生まれて初めてだ。
 この女児は、自分を友達だと言っている。
何だか知らないうちに、
「クマちゃん」
などという名前までもらった。怖いと思っていたニンゲンだけれど、
この女の子はとても優しい。自分はこの素敵なニンゲン一家の飼い実装になれるんだ・・・。
 うれしいような、照れくさいような、むずがゆいような、でもナァはとても幸せな気持ちだった。
 公園に住んでいたとき、時々近所の飼い実装たちが主人に連れられて散歩に来ていた。
飼い実装たちは、きれいな服を着て、髪もさらさらで、毎日おいしいものを食べて
丸々と太っていた。そして、公園に来るたびに同族たちにエサをまいた。
 われがちにそのエサを奪い合う同族たちを、飼い実装たちは哂い、哀れみ、馬鹿にし、さげすんでいた。
エサの奪い合いをする実装石たちの中には、ナァたち姉妹の母親も混じっていた。
子供たちの食い扶持を得るため同族たちと醜く争う母親・・・。
それを高みから見物してゲタゲタと馬鹿笑いする飼い実装たち。
・・・うらやましい…ねたましい・・・。
ナァたちの心の中には、自分たちの境遇への卑屈な思いと、飼い実装へのねたみが刻み込まれたのだった。
 (これからは、ワタチも暖かくて安全な部屋で、おいしいものをいっぱい食べ
て、いろんなおもちゃでいっぱい遊ぶんテチュ・・・)
ナァの頭の中には、これからの生活への妄想が広がっていた。
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7 続: Name:匿名 2023/02/19-17:52:25 No:00006850[申告]
 「お嬢さん、いい子をお選びになりましたね。その子は、バラやハイビスカ
スのとてもいい香りがするんですよ」
女性従業員が女児に説明する。
 「へー、そうなんだぁ♪」
女児は、胸に抱いた熊に顔を近づけると、胸いっぱいにその香りを吸い込んだ。
 ナァが生まれたのは、公園の中にある公衆便所の大便器であった。
実装石に支配され、管理や清掃が放棄された公園の大便器だ。
生まれてからは、日々生ごみを喰らい、ドブの水を飲んで生活して来た。
家はゴミ捨て場から拾って来た野菜の段ボール箱。
糞尿はそこらに垂れ流しで、パンツの中で漏らすこともしばしば。
服や下着の洗濯など、清水もなく、そもそもそんな知恵もないため、
一度もしたことはない。
 女児は、絹ごしにそんなナァの匂いを胸いっぱいに吸い込んでしまったのだ。
次の瞬間、女児は、ポロリと熊のぬいぐるみを取り落とした。
「テッ!」
いきなり落とされて尻餅を付き、
「チー!チー!」
と手を振り回し女児に抗議するナァ。
一方の女児は、白目を剥き、肩を震わせながら手で口を押さえ、
よろよろと2、3歩歩いた後、意識を失って倒れた。

その口と鼻穴から、多量の吐しゃ物が吹き出る。
.
「きゃぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁ!」
両親の悲鳴がフロアに響き渡った。
 女性従業員が慌てて医務室に電話をかける。直ちに医師と看護士が駆けつけ、
女児の気道に詰まった吐しゃ物を排除した。
女児は意識を取り戻したが、むせび、涙を流しながら嘔吐を繰り返す。
 「もう大丈夫です、しかし念のため病院で検査を受けたほうがいいでしょう」
医師が女児の背中をさすりながら両親に声をかけた。突然のことに青くなってい
た両親だったが、ほっと胸を撫で下ろす。
 その父親の目に、テチテチと声を上げながら逃げて行く熊のぬいぐるみの姿が映ってしまった。
ナァは、突然の事態の急変にパニックになり、この場から逃げ出そうとしていたのだ。
そのぬいぐるみをむんずと捕まえた父親。
背中のファスナーを引っ張ってみると、中から一匹の仔実装が出てきた。
 怒りのあまり眉間に青筋を立てる父親。
唇がワナワナと震えている。
女性従業員へ、その仔実装を突きつけ、一気にまくし立てた。
「君の店ではこんなペテンをやっているのか!
ぬいぐるみの中に、不潔な実装石を入れて子供たちを騙す
とは、一流デパートが見損なったものだ!」
覚えのない疑いに、女性従業員も
目を白黒させるばかりだ。
「せっかくの娘の誕生日を台無しにしてくれおったな・・・
泣き寝入りはせん、訴えてやる・・・絶対に許さんぞ!」
 弁護士であり、街の市議会議員であり、このデパートの大株主でもある父親は
すでにパンコンして下着からほかほかと湯気を出しているナァを女性従業
員の手に押し付けると、娘の背中を撫で、肩をいからせながら、妻とともに
医師に付き添われ歩いていった。
 周囲の客たちが、いったい何事かとざわめく中で、一人残された女性従業員
は、ぽかんと立ち尽くしていたが、やがてうなだれるように手元に残された仔実装に目を落とした。
「テチィ♪」
その視線を受けて、再びナァは媚びて見せた。
 「カワイワタチを飼わせてやるテチ♪」
手の中で、何事もなかったかのようにテチテチ
手足を振る仔実装に、女性従業員は静かに声をかけた。
 「絶対に許さないよ。」
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8 続: Name:匿名 2023/02/19-17:53:48 No:00006851[申告]
— 冬のデパートと実装石(3) —
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 ナァと一緒におもちゃ売り場へ飛び出したヤァは、きょろきょろと周囲を見渡しながら歩いているうちに、いつの間にやら、ペット売り場に迷い込んでしまっていた。
周りには、様々な種類の犬や猫が、透明なケースに入れられて、遊んだり、寝転んだりしている。
 街中で生活する野良の実装石にとって、犬猫は天敵である。
ヤァも、野良猫に追いかけられて、命からがら逃げ切った経験があった。
ここの犬猫は、ケースに閉じ込められ、襲っては来ないようだったが、こんな所で気が落ち着くはずもない。
 「テァァ・・・早くナァと落ち合うテチ・・・。」
困惑しながら、ペット売り場の出口を探し歩くヤァ。しかし、方向音痴なヤァは、返ってペット売り場の奥へ奥へと進んでしまっていた。
.
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[削除]
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9 続: Name:匿名 2023/02/19-18:04:00 No:00006852[申告]
 犬猫のケースが置いてある辺りから少し外れた所に、各種の実装たちの売り場があった。
凛々しい実蒼石や、高雅な実装紅、愛らしい実装雛…。
みな、広く清潔なケースの中で、大人しく眠ったり遊んだりしている。
 そんな実装コーナーの片隅に、何十匹もの仔実装が詰め込まれたケースが一つ、ぽつんと置かれていた。
ケースの床は、目の細かい網になっており、仔実装たちが漏らした糞尿は、床の下にある新聞紙を敷いた皿に落ちる仕組みで、一応の清潔は保たれている。


 しかし、ケースの大きさに比べ、中に入れられた仔実装の数は明らかに多過ぎで、みなほとんど身動きが取れない状態であった。
中の湿度も相当高いのであろう、テチュテチュとかしましく騒ぐ仔実装たちの吐く息がケースのガラスを内側から白く曇らせていた。
 「テェ?」
ヤァは、いぶかしみながらそのケースに近づき、中にいる一匹の仔実装
に話しかけた。
「何でオマエたちはそんな所にいるテチ?」
話しかけられた仔実装は、薄汚れた格好のヤァを、ケースの中からじろじろと眺めながら、蔑むような口調で答えた。
「ワタチたちは、このケースの中で、自分の可愛さをニンゲンに見せ付けているテチ。ニンゲンは、ケースの中から、気に入った仔実装を選んで、飼い実装にしてくれるテチ。飼い実装になれば、暖かい部屋で、毎日楽しく遊んで、美味しいゴハンをもらったり、イイコイイコしてもらえるテチよ♪」
「テェェ?ホントテチか?」
初めて知った「飼い実装になる方法」に、目を輝かせる
ヤァ。ヤァも、飼い実装の恵まれた生活については、野良生活の中で散々見せ付けられてきた。人間に連れられて、一家が暮らしていた公園へ散歩にやって来る飼い実装たちの姿は、みな丸々と肥えており、その生活がいかに恵まれているかを示していた。
また、一時は飼い実装であった母親の話の中に出てくる、人間の家の中の
快適さや、人間に与えられる食べ物の美味しさも、小さなヤァに強い印象を残していた。
 どうすれば飼い実装になれるのか、その方法については、これまで全く知らなかっ
たし、考えたこともなかったが、このケースの中で、良い人間に出会う機会を待てば良かったのか。このチャンスを逃す手はない。
「ワタチもケースの中に入れてほしいテチ!ワタチも飼い実装になって、イイコイイコしてほしいテチュ!」
ケースの中の仔実装に頼み込むヤァ。
 「ダメテチュ!イイコイイコしてもらうには、キレイでお利口でお上品じゃないと無理テチュ!汚くておバカで臭いオマエには、シアワセになる資格はないテチュ!」
仔実装の答えは、にべもない。
「テッ!ひどいテチュ…。ワタチだって、可愛くてお利口でお上品デチュ!ワタチもそのケースの中に入れるテチュ!」
 今このケースの中に入れてもらえなければ、たとえ春まで生き延びても
また野良の惨めな生活が待っているだけだ。
何としても、このチャンスをものにしなければならない。
 偶然にも、その時はケースのふたが外されており、天井は開け放たれていた。外された格子状のふたは、ケースに斜めに立てかけられており、はしごのように登ることができる。
 それに気づいたヤァは、ふたをテケテケと駆け上がると、仔実装たちが隙間なく詰め込まれたケースの中に、意を決して、ぴょんと飛び込んだ。

 突然割り込んできた、臭く汚いヤァに、動揺するケースの中の仔実装たち。
無遠慮なヤァの行動に、みなのブーイングが飛ぶ。ケースの中に仔実装が一匹増えれば、その分、自分たちが人間に選ばれる確立が減ることを、みな感覚的に理解していた。
 そうでなくとも、既に寝るにも横になるスペースがないほどの混雑なのだ。
「テェェ…」
殺気立ったみなの気迫に戸惑うヤァ。
ケースの中は一触即発の雰囲気だ。
 しかし、タイミング良く、立ち並ぶ棚の陰から、一人の人間が現れた。
すると、みな、ヤァのことなど忘れたように、一斉にそちらを向き、可愛らしく小首を傾げて、
「「「「テチュ~ン、テチュ~ン♪」」」」
と、媚びるような鳴き声を上げ始めた。
「テッ?ミンナ何してるテチ?」
突然のみなの態度の変化に驚くヤァ。すると、最初に喋った仔実装が、ヤァの背中を後ろから突っついて急かした。
「ホラ、オマエも早く可愛いポーズでアピールするテチ!ワタチたちを買ってくれるニンゲンかもしれないテチ!」
 それを聞いて、ヤァも慌てて人間に向けて媚びポーズをとる。
 みな必死であった。
このケースの中は、あまりに居心地が悪い。早く良い人間に買ってほしい…。
しかし、ケースに近づいて来たのは、このペットショップのアルバイト店員であった。
もっとも、ヤァにも他の仔実装たちにも、客と店員の区別などつかない。
店員がケースの前まで近づき、店のマークが入ったエプロンがはっきりと見えるようになっても、
みなテチテチと鳴いて、なおアピールを続ける。
 店員は、仔実装たちに一瞥することもなく、事務的に丸状のえさをみなの頭の上にばら撒くと立てかけてあったふたをケースの天井に載せ直した。そして、背を向けて立ち去ろうとする。
 その様子にがっかりした仔実装たちは、一様にポーズを取るのを止め
諦めたような、ふて腐れたような顔で、お互いの頭の上に載ったえさを手に取り、ボソボソとかじり始めた。
 しかし、店員は、ケースに背を向けたまま立ち止まると、突然、再びこちらに向き直りわざとらしくケースの中の仔実装たちを一匹一匹眺め始めた。
 油断していた仔実装たちは、びっくりしたように、かじりかけのえさを放り出し、慌てて媚びポーズと甘え鳴きを再開した。
「「「「テチューン、テチューン♪」」」」
店員と視線が合うたびに、仔実装たちはいっそう大きな声で
甘え声を出し、周りの仔実装を押しのけるようにしてアピールをする。
そんな仔実装たちの様子を、にやにや笑いながら一通り眺めたアルバイト店員は、
「お前ら、毎日エサをやりに来るオレと、お客との区別もつかねぇのか。
お前らみてぇなバカじゃ、仮に売れても、三日ともたずに捨てられるだけだろーな。」
と独りごち、からからと笑って、傾いた値札を立て直し、歩き去って行った。
 値札には、丸っこいカラフルな書体で書かれた
「1匹100円!2匹お買い上げの方には、もれなくもう1匹差し上げます!」
との文字が、景気良さげに踊っていた。

 そんな店員の独り言の意味するところは知るよしも無いが、ケースの中の仔実装たちは、結局今回も誰も選ばれなかったことを悟り、黙々と食事を再開した。
 他の仔実装たちより前からケースの中で暮らしてきた、やや大きめの仔実装たちだけが、最後まで名残惜しそうにケースの向こうを見つめていた。
 皆をまねて、味の無いえさをカリカリとかじるヤァに、先程の仔実装が話しかけてきた。
「オマエはものを知らないおバカテチ、ここにいるミンナは、厳しい訓練を経てき
た、選ばれた実装石テチ。」
「テェェ?どういうことテチ?」
「ワタチたちは、ミンナ遠くの工場で生まれたテチ。そしてすぐにママから引き離されて姉妹たちと一緒に、厳しい試練にかけられたテチ。
試練に耐えられなかったコは、容赦なく殺されたテチ。そして、飼い実装になる資格のあるコだけが選別されて、このデパートに連れて来られたテチ。」
「テェェ・・・。オマエ、ママと離れ離れで暮らしてきたテチか・・・かわいそうテチ。」
「ママとはそれっきり会えなかったテチ。姉妹もミンナ、訓練の途中で死んだテチ。ワタチは一人ぽっちテチ・・・。」
 昔のことを思い出したのか、涙声になる仔実装。
「だから、ワタチには、ママや姉妹の分もシアワセになる義務があるテチ!」
涙で潤んだ、しかし決意を秘めた眼差しを、ケースの外へ向ける仔実装。
 ヤァは、自分の目に溜まったもらい涙をそっと拭いて、仔実装の背中を慰めるように撫でながら、貧しくとも母親や姉妹に囲まれた愛情豊かな自らの生活を振り返っていた。

****************************************************************************

 そこへ、再びペットショップのエプロンを着た人間がやって来た。
今度は女性だ。彼女は、実蒼石や実装紅を、一匹一匹ケースから出してリンガル越しに話しかけたり、お腹に聴診器を当てたりしている。
彼女は、このペットショップ専属の獣医だった。
 獣医は、かばんの中から注射器を取り出し、上半身裸となった実装紅の腕に針を近づけた。
悲鳴を上げ、激しく泣きじゃくる実装紅。ヤァは、その様子をケースの中で怯えながら見ていた。
 「テァァ!あのニンゲン誰テチ!?あの紅い子、酷いことされてるテチ!かわいそうテチ・・・!」
震えるヤァの背中を、今度は仔実装が撫でながらなだめた。
「大丈夫テチ!あのニンゲンは、ワタチたちの仮のご主人サマテチ。
おバカなやつらはご主人サマの顔も覚えてないテチが、オマエはちゃんと覚えておくテチよ。
ご主人サマに痛いことされるのは、あの辺りの連中だけテチ。ワタチたちはトクベツテチ。」
 事実、このペットショップでは、実装石には感染症の予防注射を施していなかった。
一匹20万~30万円もする、高級品である実蒼石や実装紅ならともかく
やたら数も多い、安物の売れ残り実装石に、いちいち予防注射を施していては採算割れもいいところである。実装石に対しては、頭から消毒剤を噴霧するか、消毒液に漬けて洗う程度が常套であった。
 獣医が、仔実装たちのケースの前にやって来た。緊張で硬くなっているヤァを除いて仔実装たちは、再び一斉にテチュテチュと媚び始める。多くの仔実装たちは、やはり獣医の顔も記憶していなかった。
「はーい、おバカちゃんたち♪今日も元気だねー♪」
獣医は、軽口を叩きながらリンガルのスイッチを0Nに入れる。
その途端に液晶画面に溢れ返る翻訳文字を読
みもせず、獣医はケースの中の仔実装たちに語りかけた。
「じゃあいつものように、特別な仔実装ちゃんたちは、今日も特別な消毒液に入ってキレイにしましょうね~♪ちょっと沁みるかもしれないけれど特別なんだから、我慢しなきゃダメだぞ~♪」
 獣医は、手にゴム手袋をはめて、ケースの中の仔実装たちを次々につまみ上げる
と、アルミ製のタライに満たした消毒液に、服も脱がさないまま漬けてゆく。 
「あら君たち、何だか今日は臭いね。念入りに洗っとかないと、お客さんに嫌われちゃうぞ~♪」
スポンジで、いつもより入念に仔実装たちを洗ってゆく獣医。
一匹洗い終わるたびに、カルテに何やら記入してゆく。

 そんな作業を流れるように続けていた獣医だが、ヤァを手にして消毒液に漬けようとしたとき、ハタと手を止めた。
 「テチュン?」
どうしたの?と小首をかしげるヤァ。そんなヤァの目をじっと見つめる獣医。
「始めて見る顔だね…。お前、どこから来たんだい?」
そう尋ねられて、ヤァは初めて、この「仮のご主人サマ」に、自己紹介が済んでいなかったことを思い出し、慌てて質問に答えた。
 「ワタチはヤァっていうんテチ。昨日の夜この建物に来て、ついさっきこのケースの中に混ぜてもらったテチュ。ワタチが飼い実装になるまでの短い間テチが、よろしくお願いするテチ♪」
 襟首をつまみ上げられたまま、ペコリ、と獣医に頭を下げてご挨拶するヤァ。
その言葉を、リンガル越しに確認した獣医は、「う~ん…。」と天井を見上げて唸った。
そして、洗い終わった仔実装たちとヤァをケースの中に戻すと、ことの次第を
店長に報告するため、奥の事務室へと歩いていった。

**************************************************************************

 実装種をペットとして飼うことが流行し始めた数年前から、実装石を取り扱う業者に対し特に厳しい衛生管理を求める法律が施行されていた。
生来不衛生な環境で生活・繁殖する傾向がある実装石は、ペットとして人間の生活環境に入り込んだ場合伝染病の媒介などの問題を引き起こす恐れがあったからだ。
 その法律の中には、ペット用の実装石の育成環境に関して野良の実装石との交配や接触を禁止する条項が盛り込まれていた。悪質なペット業者が、捕獲した野良実装をペット用と称して販売したり、多産な野良実装をペット用実装と交配させたりすることを禁圧する趣旨の条項である。
 ペット業者は、野良と接触したペット用実装や、野良とペット用実装の交配で生まれた仔実装を直ちに廃棄するよう義務付けられていた。

 しばらくすると、獣医とアルバイト店員が連れ立ってケースの前まで戻ってきた。
妙な雰囲気に不安な気持ちになる仔実装たち。
アルバイト店員は、そんな仔実装たちが詰まったケースをひょいと持ち上げると、獣医に向かって叫んだ。
「ンじゃ先生、こいつらみんな捨てちまうよ!」
「頼むわね、ちょっともったいないけど…。」
応じる獣医。
しかし、彼女は迂闊にも、リンガルの電源を入れっぱなしであった。
 「「「「テ・・・?」」」」
アルバイト店員と獣医のやり取りを聞き、仔実装たちは、みな戸惑っ
たように小首を傾げたが、次の瞬間その意味するところを悟り、ケースの中で恐慌状態に陥った。
 「「「「テチャァァアァァ!どうしてテチ!納得いかないテチ!わけを説明するテチ!」」」」
仔実装たちはみな飼い実装になることだけを夢見て、地獄のような日々を過してきたのだ。
 泣き出すもの、怒り出すもの、暴れるもの、呆然とするもの、反応は様々だが、とにかくケースの中は大騒ぎとなった。

しかし、アルバイト店員は、意にかける様子もなく、鼻歌を歌いながら
事務室に隣接した作業室へケースを運び込んだ。
 このペットショップでは、成長しすぎて買い手が付かなくなった実装石たちを潰して野菜くずなどと混ぜ、実装骨粉として新たに入荷した仔実装たちのえさにしていた。
先程ヤァたちの頭上にばら撒かれたえさも、実装骨粉に水を混ぜて丸め、乾燥させたものである。
 実装骨粉は、作業場に設置した骨粉製造機で、自動的に作ることができる。
廃棄実装石を製造機に投入すると、製造機の口に組み込まれた2本のローラーが、その骨肉を挽き潰す。
ミンチになった廃棄実装石たちの骨肉は、網にかけられてそぼろ状になり、そのまま乾燥されて骨粉なるのだ。
 もっとも、今回廃棄されることとなったこの仔実装たちは、他の実装石のえさにされることはない。
実装石の新規入荷予定がないからだ。潰された仔実装たちは、産業生ごみとして廃棄されるに過ぎない。
 実装石をペットとして飼う風潮は、既に過去のものとなっていた。
現に大量に仔実装たちが売れ残り、相当に値を下げても、まったく掃けない。
それでなくとも、えさはたくさん食べる、排泄物は多い
やたら数が多く管理にも手間がかかる実装石を、これ以上扱う利点は店にはなかった。
今残っていた仔実装たちの処分は、遅かれ早かれ避けられなかったのだ。
 骨粉製造機の口から覗くローラーには、先日処分された実装石の服の切れ端や髪の毛が貼り付き体液がぬらぬらとてかって、蛍光灯の光を反射していた。
初めて見た骨粉製造機がかもし出す禍々しい雰囲気に気圧され、仔実装たちは本能的にケースから逃れようと足掻く。
みな、ケースをよじ登ろうとしたり、ガラスをぺちぺちと叩いたりしているが、所詮は無駄である。
 突然の状況の変化と、恐慌状態の周囲の雰囲気に、ヤァはわけが分からず、ブルブル震えていた。
「テチャァァァ…。ワタチたちこれからどうなるテチ…?」
先ほどの仔実装の腕にしがみついて尋ねるヤァ。
 しかし、この仔実装は、自分たちが見捨てられた原因がヤァにあることを察知していた。
仔実装は、ヤァの手を振りほどくと、怒りで額に醜い皺が寄った顔をヤァに近づけて、一気にまくし立てた。
「オマエのせいテチ!オマエがケースに紛れ込んできたせいで、ワタチたちみんないらないコになっちゃったテチ!生まれてからのワタチの努力も水の泡テチ!ぶっ殺してやるテチ!」
 怒りに気が狂わんばかりの形相で、ヤァに飛び掛ってくる仔実装。
驚いてしゃがみ込み、頭を抱えて丸くなるヤァ。
しかし、仔実装の振り上げた腕が、ヤァの頭を叩く前に、その仔実装の頭巾はアルバイト店員の指先につままれ、持ち上げられていた。
「暴れるやつから楽園行きだ~!」
じたばたと手足を振って暴れる仔実装。
しかし、抵抗も空しく、その仔実装は、既にローラーが回り始めた骨粉製造機の口に、容赦なく放り込まれた。
「テチャァァァァァァ!」
足先が、膝が、ももが、腰が、あっという間にローラーの間に飲み込まれ、ブチョブチョと音を立てて潰されてゆく。
しかし、腹まで潰された時、ピタリとローラーの回転が止んでしまった。
 「あれ?おっかしいな?」
骨粉製造機の突然の稼動停止に困惑するアルバイト店員。
機械に貼り付けられたマニュアルのシールを読んで、原因を探る。
一方の仔実装は、腹までローラーに引き込まれたまま、ぴくぴくと痙攣していた。
しかし、まだ意識はあるらしく、ぺちぺちと我が身を挟むローラーを小さな手で叩く。
 アルバイト店員は、取り合えず詰まった仔実装を抜き取るため、ボタンを押してローラーを逆回転させた。
ローラーの間から抜き取られた仔実装の下半身は、原形を留めないまでに砕かれ、赤緑の血で覆われていた。
 「テ・・・テ・・・。」
血涙を流しながら、時々ビクン、と体を震わせる仔実装。
一方のアルバイト店員は、ようやく故障の原因を突き止めていた。
先日潰した実装石の髪の毛が、ローラーの根元に絡まっていたのだ。
ローラーを外して、ピンセットでその髪の毛を取り除くと、機械は再び元気良く稼動し始めた。
[削除]
[修正]
10 続: Name:匿名 2023/02/19-18:05:58 No:00006853[申告]
 「待たせてすまなかったな、今度はうまくいくと思うぜ。」
そうつぶやくと、アルバイト店員は、半死半生の仔実装の体を持ち上げて、再び骨粉製造機の口に放り込んだ。
「テヂャァァァァッ!!」
先程より一段と激しい悲鳴を上げながら潰されてゆく仔実装。
腹が、胸が、滑らかに潰されてゆき、逆流した臓物が口腔の中に溜まって頬が膨れる。
やや大きめの頭は、潰れすのに少々圧がかかるらしく、しばらくローラーの回転を鈍らせていたが
「呪って…やるテチ…。」
怒りと憎しみに満ちた視線をアルバイト店員に向けてつぶやくと
「ベッ!」
と破裂音をさせて、頬に溜まっていた臓物を口から吐き出し、仔実装はローラーに飲まれていった。
 「直ったようだな、快調快調♪」
アルバイト店員は安心して一人ごちると、狭いケースの中で逃げ惑う仔実装たちを次々とつまみ上げてローラーの中に放り込んでゆく。
「「「テヂャァァァァッ!」」」
「「「ママァァァ~ァッ!」」」
絶叫とともに、血を吐きながら潰れてゆく仔実装たち。
 しばらくそうした要領で作業を続けていたアルバイト店員であったが
やがて面倒になったのか、ケースを逆さにして、仔実装たち全てを一気に機械の口に放り込んだ。
 ローラーの上に山盛りになった仔実装たちは、下の方から、続々と引き込まれ、潰されてゆく。
作業室は、数十匹の仔実装の悲鳴が響き渡る、阿鼻叫喚の地獄となった。

みな、自分だけは助かろうと、他の仔実装たちをかき分けるようにして、上へ上へと逃れてゆく。
 折り重なった仔実装たちに足蹴にされながら、ヤァも足掻いていたが、やがて足が回転するローラーに触れる。
「ママァ~~ッ!!」
血涙を流し、絶叫しながら、ヤァの姿も消えていった。
[削除]
[修正]
11 続: Name:匿名 2023/02/19-18:25:57 No:00006854[申告]
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「冬のデパートと実装石」 現況一覧
 親 × (B1・集荷場)  6 × (5F・食器 )
 1 ○ (7F・レストラン )  7 × (6F・玩具 )
 2 ○ (7F・レストラン )  8 × (6F・ペット)
 3 × (3F・和服 )  9 × (B1・仕分室)
 4 × (3F・和服 )  10 ○ (7F・レストラン )
 5 × (5F・生花 )  ※ ペット仔実装 ××××××××××××………
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— 冬のデパートと実装石 (4) —

 イチ、ニィ、ジュウの姉妹三匹は、野菜が詰まった段ボール箱に入ったまま、業務用エレベーターで、最上階である7階・レストランフロアの食材倉庫に運ばれた。エレベーターのドアが開き、取っ手の穴から、段ボール箱の中に蛍光灯の光が差し込んでくる。
その段ボール箱は、作業員の手でエレベーターから取り出され、他の箱とともに、次々と積み上げられていった。
 その様子を、緊張しきった面もちで、取っ手の穴から覗くイチ。一方、イチの腕に抱かれた末子のジュウは、何も知らず、すやすやと眠り続けていた。
 ジュウを抱いたまま、懸命に外の様子を伺うイチの背中を、ニィの鋭い眼差しが刺すように睨んでいた。
(オ姉チャンは、我が身可愛さにキューを見殺しにしたテチ・・・。絶対に許せないテチ…。)
 凄惨なキューの死を眼前で見せ付けられ、ニィは激しいショックを受けていた。姉妹が夏に街中の公園で生まれて以来、賢くはなかったが愛情深かった母親は、出来の悪い仔を間引くこともせず、同族の攻撃や人間の駆除をよく免れたため、これまで一匹も欠けずに育ってこれたのだ。初めて姉妹を失ったニィの心の傷は深かった。
 加えて、キューを助けに行こうとしてイチに止められたことが、ニィの心の中で、姉に対する不信となって、わだかまりを残していた。
  
 食材倉庫で仮積みされた段ボール箱は、中身に応じて、次々と冷蔵庫や冷凍庫にしまわれてゆく。
その様子に気付いた姉妹は、本能的にこの箱から逃げ出す必要を感じた。
作業員が背中を向けたスキを見計らって、躊躇せず段ボール箱から飛び出すイチとニィ。
イチに抱かれたジュウは、相変わらず、スピスピと寝息を立てていた。
 三匹は、昨晩デパートに侵入したときと同じように、壁に口を開けた通風孔に潜り込んで、安全な部屋を探し歩く。
狭く真っ暗な管の中を進むことしばらく、やがて薄暗く
湿った、窓のない小さな部屋に行き着いた。人間の気配はない。
 その部屋は、このフロアの各レストランが排出する廃棄物の集中集積場だった。青く塗られたスチール製の巨大なごみボックスの周りには、その中に入りきらなかった生ごみの袋が、うず高く積み上げられている。奥には、段ボール箱、ガラス瓶や缶、プラスチックなどが、分別されて集積されていた。
 「テチュ~ン♪この部屋なら、ニンゲンに見つからずに春まで隠れられるテチ♪さっそくあの段ボール箱を使って、お家を作るテチュ♪」
ようやく見つけた安全な場所に喜ぶニィ。
 「部屋の中で暮らすなんてダメテチュ、暮らす場所は、この管の中テチ。」
冷静にニィを諌めるイチ。
 「テェェ…!?どうしてテチ!?こんな狭い管の中で暮らすのはイヤテチ!それに、この管の中は、スースー風が通って寒いテチ!どうせ部屋の中にはニンゲンはいないから安全テチ。
転がっている段ボール箱をお家にして、部屋の中に住めばいいテチ!」
意見に水を挿され、ムッとするニィ。
 「部屋の中にお家を作るのは危険テチュ。ここにあるのがごみだとしても、ニンゲンのモノである以上、必ずニンゲンは戻って来るテチ。ニンゲンの建物の中で安全なのは、ニンゲンの目が届かない物陰や、管の中だけテチ。この管は、あちこちの部屋に通じてるみたいテチから、たとえニンゲンに見つかっても、すぐに別の部屋に逃げられるテチ。それに、寒いと言っても、凍え死ぬほどではないテチ。」
 とつとつと諭すようにつぶやきながら、イチは素早く生ごみの袋に駆け寄ると、破れ出ているジャガイモの皮や、鳥の骨を引っ張り出し、トテトテと通風孔に引き返した。慌ててそれを追うニィ。
 実際、この通風管は、廊下、階段、各レストランの客席や厨房、事務室などこのフロアのあらゆる部屋に通じていた。
 今このように簡単に手に入れた残飯にしても、外の世界なら、野良の犬猫や同族と激しい争奪戦を繰り広げて、勝ち取らなければならないものだ。
確かにここは、外の世界に比べれば、生き易そうな場所ではあった。
しかし、母親の話から当初思い浮かべていた、楽園のイメージとは程遠い。
 がっかりしながら、イチを追って再び通風孔の中に潜り込み、ジャガイモの皮をかじるニィ。イチの言うことに理はあったので従ったニィだったが、明らかに不満顔である。
ようやく目を覚ましたジュウも、レフレフと歓喜の鳴き声を上げながら、鳥の骨をしゃぶっていた。
 (明日からは、この管の行き先を調べてみるテチ…。)
妹の心の機微に気付く余裕などないイチは、ようやく膨れた腹をさすりながら休むことなく、次にするべきことを考えていた。
 こうして、仔実装たち姉妹の長い一日は終わろうとしていた。
もっとも、7階のレストランフロアに送られた、イチ、ニィ、ジュウの三匹を除いて姉妹たちはみな、各々のフロアで、既に無残な最期を遂げていたのであるが。

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 一方、デパートの営業時間も終わりを迎えていた。
デパートの売り場には、「蛍の光」のメロディーが流れて始めた。
店の中にはまだ上品な明かりが溢れていたが、既に建物の外は真っ暗である。
客たちは、慌しくレジで会計を済ませて去ってゆく。
 客の姿が見えなくなると、明かりも一部を残して消え、静まり返った薄暗い各フロアの売り場には、デパートの従業員たちが、商品を片付けたり、レジの整理をする音が響くだけとなった。
 やがて従業員たちも、残務整理を終え、次々と建物から出てゆく。こうして、デパートの一日は終わろうとしていた。

 深夜。
普段であれば、数人の警備員が残る以外は、無人の建物となるこのデパートであるが、この日は、一部の人間たちが、いまだに会議室に残って打ち合わせを続けていた。
間もなく日付が変わろうという時刻にも関わらず、討論は終わる気配がない。
 そこでは、各フロアの責任者や、テナントの代表たちが、この日突然現れた実装石による被害について、報告と対策の検討を重ねていた。この日一日の被害は、金銭的にも、デパートの信頼性にとっても、大変な打撃であった。
 会議机には、被害状況の報告書と、その資料が置かれていた。資料の中には、真空パックに詰められた、仔実装二匹の死体もあった。
これらは、和服売り場とおもちゃ売り場で捕獲されたものである。
もっとも、捕獲の際に手間取ったのであろうか、資料とするには、毀損が著しかった。

 二匹の死体には、激しく叩かれたり切られたりした痕が、生々しく残っている。
逃げ出さないようにと、現場の担当者が取った措置と思われるが、二匹とも手足の筋肉が凌遅され、骨が剥き出しになっていた。
その上、一匹はミシンで体中が縫われ、もう一匹は昆虫採集セットの針を体中に突き刺されて発泡スチロールの板に留められている。
 店長は、この他のフロア責任者や警備員からも、実装石が発生したとの報告を何点か受けていた。
 このデパートのように、不特定多数の人間が出入りする建物で、ネズミ、害虫、実装石等の不衛生な生物が発生した場合、建物の衛生管理責任者は、管轄地区の保健所に届け出るとともに建物全体を一時封鎖して、一斉に害蟲駆除を実施しなければならない。
現に、この日実装石の被害を被ったフロアの責任者やテナントの代表者は、衛生管理責任者であるデパートの店長に、早急の対策を要求していた。
 しかし、時期が悪かった。年末商戦を間近に控え、同地区のライバル店としのぎを削るこの時期に臨時休業などという悠長な措置はとれないというのが、他の多くの出席者の意見であった。
しかも、臨時休業の理由が衛生対策となれば、風評上の懸念もある。
 結局、日付をまたいで行われたこの会議で決定された対策は、当面保健所への報告は行わず、内々で解決するよう努めるべく、実装ホイホイを害蟲の通り道となりそうな場所に設置して営業を続けながら様子を見る、という折衷的なものであった。

 実装ホイホイとは、組み立て式の紙箱の中に、コンペイトウなどの、実装石が好むエサを仕掛けた粘着シートを敷いてある捕獲器で、えさの匂いに惹かれて中に入った実装石をくっつけて生け捕りにする仕掛けである。
 不衛生な実装石とはいえ、大量発生でもしない限りは、この程度の対策で十分間に合うであろう、というのが大方の意見であった。被害を受けたテナントの代表者は、不満そうな顔色を隠せなかったが、多数の店舗が軒を連ねるデパート内では、こうした妥協も致し方ない。
 ようやく会議が終わり、出席者たちは、どやどやと喋ったり、伸びをしながら、みな荷物をまとめて部屋を後にした。

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 姉妹がデパートに来て数週間が過ぎた。イチ、ニィ、ジュウ三姉妹の生活は相変わらずである。起臥寝食は通風管の中でまかない、食料は一日数回、通風孔からごみ集積場に這い出て、人間が持ち込む生ごみを漁り確保する。
 肌寒さは、拾ったビニール袋を着込んでしのぎ、日中はできるだけ動き回らず、イチとニィが交代でジュウをあやしながら、じっと過していた。
 生きてゆくだけなら事足りる生活である。
しかし、快適な生活ではなかった。
声を上げてはしゃぎ回ることも出来ない。
楽しいおもちゃや、美味しいごちそうがあるわけでもない。
遊び盛り、食べ盛りの仔実装たちには、あまりにも退屈な、単調な日々であった。

 長女のイチは、そんな生活にじっと耐えていたが、次女のニィは、日が経つごとに不満を強めていった。
姉妹は、最初の数日間で、通風管の調査を行い、先に通じる様々な部屋を見てきた。その結果、この管は、中華、フレンチ、和食などの各レストランの厨房やテラスの屋外遊園地にも通じていることが分かっていた。
 しかし、イチは、そうした場所を発見しても、決して孔から出て行って遊んだり食べ物を探そうとはしなかった。ニィには、それが不満で仕方なかった。なぜ、あちこちにこんなにステキな場所があるのに、思い切って外に出ようとしないのか。
人間に見つからないように気を付ければよいだけではないか…。

 しかし、結局イチは、この安全だが、暗く薄ら寒いごみ集積場付近に戻ってくるのであった。
次第にニィは、この退屈な生活が続くのは、姉の臆病のせいだと思うようになっていた。
 ニィのそうした不満は、やがて口をついて出てくる。始めのうちは、ジュウに向かって
「退屈テチュね~。」
「もっと美味しいモノが食べたいテチュね~。」
などと、イチにわざと聞こえるように語りかけていただけであった。
もちろん、ジュウには、ニィが何を言っているかは分からず、ただレフレフとはしゃぐだけである。
 イチの方は、そんなニィの不満を耳にしながらも、知らぬふりを決め込んでいた。
埒があかず、次第にニィは、イチに直接抗議するようになる。そのたびにイチは、
「安全が第一テチュ。」
とニィを諌めるのだった。
 そんなある日、イチは、ニィとジュウが、ほかほかと湯気を立てるシューマイを隠れて食べているのを見とがめた。
「…それ、どこで手に入れたテチ?」
ニィに尋ねるイチ。温かく、型崩れもしていない食べ物が、ごみ集積場でそうそう手に入るものではない。
「…拾ったテチ…。」
ニィは、イチの顔から目をそむけて、ばつが悪そうに答えた。
「そんなウソ言ってもダメテチ、正直に答えるテチ。」
イチは、怒りを押し殺したように、再度質問する。
 「…通風管を先に行った部屋で拾ったテチよ。」
白状するニィ。
 ニィは、イチの目を盗んで、一匹で通風管をたどり、中華レストランの厨房に忍び込んで出来たての料理をちょろまかして来たのだ。おそらく、今回が初めてではないだろう。
 イチの怒声が飛ぶ。
「ママが、ニンゲンの食べ物に手を出さないように言っていたのを忘れたテチュか!
ワタチたちは、ここに運ばれる生ごみ以外のモノをみだりに食べちゃダメなんテチュ!」
 しかし、ニィも負けてはいない。
「ここに来て以来ママの言っていたことの中で正しかったことがあるテチか!?
ここはぜんぜん楽園じゃないテチ!怖いニンゲンが大勢いていつ捕まるか分からないテチ!
おもちゃも食べ物もいっぱいあるテチが、どれもワタチたちとは無関係テチ!
溢れるほどあるステキなものに囲まれていても、ワタチたちは不幸テチ!」

 次の瞬間、ぺちん、とイチの張り手がニィの頬を打った。
ニィは、いきなりはたかれて、びっくりした顔をしたが、溢れる涙をこらえて、きっとイチをにらみ返す。
「殴ったテチね…。」
「殴ってなぜ悪いテチ!オマエはイイテチ、そうして喚いていれば、気が済むんテチ!」
「ワタチがそんなに安っぽい実装石テチか!」
再び飛ぶ張り手。
「二度もぶったテチ!ママにもぶたれたことないテチ!」
こみ上げる怒りに、ニィは今までの不満を爆発させて、まくし立てるように怒鳴った。
 「こんなに寒くて薄暗い所で、春が来るまでじっとしているなんて我慢できないテチュ!
ちょっと行けば、楽しそうなおもちゃや美味しい食べ物が置いてある部屋がいっぱいあるテチ!」
 ニィは、自分たち姉妹が何のためにデパートに来たのかを忘れてしまっていた。
姉妹がデパートに来たのは、あくまでも、凍えない程度には暖かく、最低限の食料は得られる環境の中で、無事に越冬することであった。
しかし、レストランから漂ってくる美味しそうな食べ物の匂いをフロアに流れる優しい音楽や暖かな空気を、屋外遊園地ではしゃぐ人間の子供たちの楽しげな声を、毎日眼前に見せ付けられ、その恩恵から切り離された自分たちの境遇に、いつしか強い疎外感を感じていたのだ。
 このごみ捨て場にいれば、寒くても凍死することはないだろう。
美味しい食べ物は得られなくても、残飯は手に入る。
生きるのに最低必要な条件は揃っているのだ。
 しかし、そのすぐ隣で、暖かく空調の利いた世界があり、楽しい遊び場があり、贅を尽くした料理が振舞われている。
 自分たちは、今この瞬間にも寒空の下で凍え、飢えている野良実装たちよりは幸福だろう。
だが、すぐ隣の人間たちに比べれば、明らかに不幸だ。
しかし、自分たちだって、ちょっと勇気を出して孔の外へ踏み出せば、人間たちと同じような生活が手に入るのに、なぜ我慢しなければならない?
いつまで我慢しなければならない?
「ワタチは行くテチ・・・。行って、毎日暖かい部屋で、美味しいものを食べて、楽しく遊んで暮らすテチ。」
「レフレフ、オ姉チャン、ワタチも一緒に行くレフ~。」
残飯ばかり持って帰るイチ
より、美味しい食べ物を与えてくれるニィに、いつの間にやら、ジュウもすっかりなついてしまっていた。
 ニィはジュウを抱きかかえると、イチに背を向けて、通風管の奥に向かって駆けて行った。
「テァァァァ!戻ってくるテチュ~ッ!」
イチの叫ぶような呼び声を、ニィは振り切るようにして走り続けた。

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 ニィとジュウが新たな住みかとした場所は、フレンチレストランの厨房であった。
 もうもうと立ち込める湯気と、飛び散る油、雑然と積み上げられた食材や備品の段ボール箱、けたたましく行き交う料理人たちの足と声。
 ニィとジュウは、そんな人間たちのスキを見て、シンク下の棚に忍び込んだ。そこには、水道やガスの配管が通っているだけで、他には何も置かれていない。
人間のモノが何も置かれていないということは、人間は普段この棚の中を気にかけることはないということだ。
 昼間はすぐ外を行き交う人間たちの声がうるさいが、温かく、すぐに美味しい食べ物が手に入るこの環境は、通風管の中よりはましに思われた。
ニィは、初めて得た自由を満喫するように、思いっきり伸びをした。
 それからしばらくの間、ニィとジュウは、シンク下の棚を拠点として、広い厨房の中をあちこち隠れながら、料理や食材をちょろまかして生活していた。
堂々と厨房の中を歩き回るのは、さすがに閉店後に限られたが、二匹は活発に活動していた。
にも関わらず、レストランの従業員たちに見つかることがなかったのは、年度末商戦を間近に控え、戦場のような慌しさを呈している厨房の中が、従業員たちに害蟲の発見にまで注意を回すことを許す状況ではなかった上、たくさんの機材や物品は、二匹に隠れ場所を提供しているようなものであったからだ。

 大胆にも、営業時間中に厨房に出ることもあった。
そうしたときは、冷蔵庫の裏や、スチール棚の陰、段ボール箱の中などに隠れ従業員の目を盗んで移動しながら
時には無遠慮にも、お客たちに供されるべき料理にまで手を出した。
 濃厚なフレンチに飽きがくると、二匹は、通風孔に潜り込んで、他のレストランに「遠征」までした。
また、テラスに設けられた屋外遊園地に向かい、閉店後人けがなくなったのを見計らって、これまでの退屈だった日々を取り返すようにはしゃぎまわった。
 この屋外遊園地に設置された乗り物や望遠鏡は、コインを投入しなければ動かないものであったし、パターゴルフ場やバッティングセンターも、人間の係員から用具を受け取らなければ、本来の遊び方ができない代物であったが、そんなことは知らない二匹は、このカラフルで楽しげな空間が、自分たちの占用に置かれていることに心躍らせるのであった。

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 その日も、人間の気配がなくなったのを見計らって、ニィはジュウを抱いたまま昼の間隠れていたシンク下の棚から厨房へ這い出た。
いつものように、冷蔵庫の中を漁るためだ。
 このフレンチレストランの厨房には、大型の業務用冷蔵庫の他に、普通の家庭用冷蔵庫が一台置かれていた。
ニィは、その冷蔵庫の中に、翌日用いる料理の下ごしらえや、
野菜、ジュース、デザートなどがしまわれていることを知っていた。
 仔実装の力で冷蔵庫の戸を開けるのは、なかなか骨が折れることであったが、ここ数日、毎日のように冷蔵庫の中を漁るうち、あまり力を入れずに戸を開けるコツが分かってきた。
ニィは、冷蔵庫本体と戸の隙間に、フォークの先端を差し込むと、柄の方に全身の体重をかけるようにして押した。
すると、パコン、と乾いた音がして、冷蔵庫の戸が開く。
戸さえ開けば、あとはこちらのものだ。
 ジュウを服のフードに入れると、冷蔵庫の棚に這い登る。
あとは、ジュウと一緒に、めぼしい食べ物を床の上に放り落として冷蔵庫から出て戸を閉めたのち、床に落とした食べ物を拾って、シンクの下の棚に戻り、ゆっくり味わえばいい。
 今日は、冷蔵庫の中には、刻みバジル入りのビネガーに漬け込まれた鶏肉、グラタン用のホワイトソース、羊肉パテやクレソンがたっぷりと入ったテリーヌ、解凍中のライチ、型に入ったままのプリンなどが、所狭しと詰め込まれていた。

 ニィは、それらをスプーンで少しずつ掬ってビニール袋に放り込むと、カットされたハム片や、トッピング用のぶどうの粒やいちごを床に放り投げ、甘い生クリームの入ったタッパーを開けると、拾ったシロップ用の小さなカップにたっぷりと注いで、服のフードに入れ背負い込んだ。
そして、棚からぴょこんと飛び降りると、
「ウジチャン、もうそろそろ帰るテチュよ~。」
と、まだ棚の上を這い回っているジュウに声をかけた。
 ジュウは、プリンのカップに這い上がり、その上でトランポリンのように飛び跳ねながら、プリンの柔らかい弾力を楽しんでいた。
やがて、そこから漂ってくる甘い香りに気付き、ぱくりとかじる。その瞬間脳を直撃した、舌をとろかすような甘さに、悶絶しながらゆるい糞を漏らすジュウ。
「甘いレフ!うまいレフ!甘くて死んじゃうレフ~♪」
「ウジチャン!いい加減にするテチ!」
怒ったようにジュウを急かすニィ。
その時である。
レストラン出入り口の鍵がガチャガチャと音を立てると、ドアに取り付けられた鈴が、カランと鳴った。
更衣室に忘れ物をしたレストランの従業員が戻ってきたのだ。
 「テチャッ!」
思わぬ事態にびっくりしニィは、慌てて床に転がった食料を掻き集めると、
スチールテーブルの下に潜り込んだ。
その瞬間、何かに足を取られて転ぶニィ。
 「テェッ!?」
思わず両ひざ、両手を床につく。
その拍子に、手に持った食料がこぼれて散らばる。
その床の感触の違和感に、ニィは顔をしかめた。立ち上がろうとしても、ひざと手が床から離れない。
「テェェェ~ッ!テェェェ~ッ!」
ひざまずいた格好のまま、顔を真っ赤にして踏ん張り、手足を上げようとするが、どうしたことか、まったく身動きが取れず、代わりに
「プリョッ」
と音がして、糞がもれた。
 このレストランでも、先日の会議の後、デパートから配布された実装ホイホイを各所に仕掛けていた。
ニィは、スチールテーブルの下に仕掛けられた実装ホイホイに、自ら飛び込んでしまったのだ。
 振り返って、半開きの冷蔵庫の戸の隙間から奥を見ると、ジュウはまだプリンのカップの上でしっぽを振っている。
(ウジチャン、早く隠れるテチィィィ!!)
冷や汗を流しながら、心の中で必死に呼びかけるニィ。
 従業員は、厨房を横切って更衣室に向かう途中、冷蔵庫の戸が開きっぱなしになっているのに気付いた。
「まったく、だらしないな。誰だ、最後に冷蔵庫を使ったやつは…。」
従業員は渋い顔をすると、冷蔵庫の戸をぱたん、と閉めた。
ふと、従業員は、スチールテーブルの足元に残飯が散らばっているのに気付いた。
再び眉間に皺を寄せる従業員。
 厨房の床は、毎日閉店の前に、必ずデッキブラシで掃除をした上、湯を流して消毒しているはずだった。
 転がったぶどうの粒を拾おうとかがんだ従業員の目に、実装ホイホイに捕らえられた仔実装の姿が映った。
 「うへぇ、本当に出やがった!」
気分悪そうにつぶやく従業員。
一方、人間と目が合ってしまったニィは、手足をホイホイの粘着シートに捕らえられたまま歯を剥いて激しく従業員を威嚇していた。
 ひざまずいたままの格好で
「デチャァァッ!デチャァァッ!」
と今にも飛びかからんとするかのように、上下の歯の間から、攻撃的な息を漏らす仔実装を従業員は鼻でせせら笑うと、立ち上がって考え込んだ。
仔実装を捕獲したことを、デパートの店長に報告したものかどうか、についてである。

 前の会議以来、デパート内で実装石が発見されたのは、今回が初めてだ。
再度の実装石発見となれば、デパートを封鎖しての消毒等、より厳しい対応を迫られるであろう。
それは、このレストランにとってもありがたいことではない。
その上、このレストランで実装石が見付かったということは実装石の巣がこのレストランの中にあるのかもしれない。
とすれば、以前他のフロアやテナントに損害を出した実装石も、ここから発生したということになる。
そうとなれば、テナントに対する損害の補償や、レストランの衛生状態について、管理責任を問われることにもなろう。
捕らえた実装石をデパートの店長に提出して、発見したことを正直に報告しても、あまりよいことはなさそうだ。
 幸い、ここには自分一人しかいない。
 大事になる前に、こっそり処分してしまおう。
 従業員は、清掃用具入れから、青いプラスチック製のバケツを取り出すと水を満々と入れて戻ってきた。
そして、ニィを捕まえた実装ホイホイを持ち上げると、そのままぽちゃん、とバケツの水の中に放り込んだ。
 「デピャッ!デピャッ!」
口と鼻に突然水が流れ込み、むせるニィ。
沈みゆく実装ホイホイの中で、浮かび上がろうと必死にもがく。
しかし、手も足もまったく動かない状態では、どうしようもない。
頭と尻をじたばたと動かすニィを中に捕らえたまま、実装ホイホイは、ゆっくりとバケツの底に着地した。
 手足を粘着シートから剥がそうと、ニィはなおも水中で体を左右に激しく振る。
息はもはや限界であった。全力でもがくうちに、右手が粘着シートから離れた。手のひらの皮膚が、シートにくっついたまま手から剥がれたのだ。
 (は、剥がれたテチ!)
ようやく見えた一筋の光明。しかし、幸運もそれまでであった。
ふと気が緩んだ次の瞬間、ニィは、残った肺の中の空気を一度に吐き出してしまった。
バケツの水面に、ぼこぼこと大量の泡が立つ。苦し紛れに吸い込んだ水が、ニィの肺に流れ込む。
 (苦しいテチ!苦しいテチ!ママ~ッ!オ姉チャ~ンッ!)
ニィの絶叫は、バケツの水面を少し振るわせたように見えた。
皮膚ごと剥がれた右手が、水中で海草のようにゆらゆらと揺れていた。
ニィが動かなくなったあともなお、カッと見開かれたままの両目からは血涙が流れ続け、バケツの水に溶けていった。
 一方、レストランの従業員は、タバコの煙をくゆらせながら、ちゃぽちゃぽと揺れるバケツの水面をぼんやりと眺めていたが、タバコの火を灰皿でもみ消すとポケットから携帯電話を取り出し、ポチポチとメールを打ち始めた。
小さな液晶画面に見入って、メールに熱中する従業員。
 15分ほど経って、携帯電話をポケットにしまい、思い出したようにバケツに目を戻した頃にはその水面は静まり返っていた。従業員は、バケツの水中から実装ホイホイを取り出すと、燃えるごみの袋にそのまま詰め込み、残った水を便所の大便器に流した。
それからバケツを軽くゆすいで清掃用具入れに放り込み、コートを突っかけると、何事もなかったかのようにレストランをあとにした。

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 ジュウは、戸が閉められて突然真っ暗になった冷蔵庫の中で動転していた。
「レピェェェ!オ姉チャ~ン!」
プリンのカップの中で、涙を流しながら姉を呼ぶジュウ。
 そのうち、だんだんと肌寒さを感じ始めた。
「レフェェェ、寒いレフ…。」
暖を求めて、プリンを掘り進むジュウ。
ジュウは、いつしか、プリンの中で体を丸めて仮死状態になっていた。
 ジュウが目を覚ましたのは、それから半日以上が経ってからであった。
体表に感じ始めた温かさが、やがて体の芯まで染み入るようになってから、ジュウはようやくぴくぴくとプリンの中で体を動かし始めた。
 ジュウが入ったプリンは、すでに冷蔵庫から取り出され、皿の上でホイップクリームやベリー・ジャムにより、トッピングされていた。
プリンをデコレートする従業員は、プリンの底にあいた小さな穴に気付きはしたものの気泡か何かだろうと、気にも留めなかった。

 その日、このフレンチレストランには、ある親子連れが食事に来ていた。
この親子は、先日おもちゃ売り場でひどい欠陥品を掴まされた上、娘が傷害を負い、補償の交渉ためこれまで数回に渡り、このデパートの経営陣と話し合いに訪れたのであったが、今日ようやく示談がまとまり、和解のしるしとして、このレストランに招待されたのであった。
 街の市議会議員であり、このデパートの大株主でもある父親は、街の経済を牽引し、個人的にも大きな利益をもたらしてくれるこのデパートとの和解を喜んでいた。
同席していたデパートの役員たちも、わだかまりが溶け、食事を楽しむばかりとなっていた現状に感謝していた。
やがて、一人一人に温かなスープが運ばれてくる。
 母親の傍らに座る女児の腕に、小さな熊のぬいぐるみが抱かれていた。
このぬいぐるみ、先日手に取ったときは、生きているように暖かく彼女の腕に甘え、愛想を振り撒いていたのだが、今は冷たく、ぴくりとも動かない。
彼女は、最初にこの愛らしいぬいぐるみと出会ったとき、即座に両親に買ってもらおうとしたのであったがレジで突然気分が悪くなり、手から取り落としてしまったのだ。
気が付いたときには、病院のベッドの上で寝ていた。
 体調が回復してから、すぐに両親に頼み込んで、今日ようやくあのぬいぐるみと再会を果たしたのであったが、ぬいぐるみからは、もはや以前のような人懐っこさは失われていた。
 彼女は、激しい後悔に苛まれていた。
あのとき、このぬいぐるみを手から取り落としてしまったばかりに、中にいた熊の妖精が逃げていってしまったのだと彼女は思っていた。

 しかし彼女は、あのとき手の中に感じた、命の温もりを、柔らかさを、儚さを諦めきれないでいた。
このぬいぐるみを持って待ち続けていれば、もう一度熊の妖精が戻ってきてくれるのではないか…。
そんな一抹の望みに賭けて、両親の厳しい反対にも拘わらず、改めて、このぬいぐるみを手に入れたのだった。
 しかし、あやすように、すがるように女児が語りかけ続けるそのぬいぐるみに対し、隣に座った母親は、いまいましげな眼差しを投げかけるだけであった。
 空いたメインディッシュの皿が下げられ、コースもいよいよ終盤のデザートにさしかかっていた。
みなの前に、クリームとベリー・ジャムがたっぷりと添えられたプリンが並べられる。
プルプルと震える美味しそうなプリンに、既に満腹だと思っていた誰しもが、再び食欲をそそられ、次々とスプーンを手にしていた。
 女児のプリンも、まるでマンガように、ぽよん、ぽよん、と揺れ続けていた。
そのキテレツな動きを見て、始終沈鬱な表情だった女児の顔に、少し笑みが戻る。
しかし、大人たちは、みな会話に夢中で、そんな女児の変化に気づく者はなかった。
 クリームをこぼさないように注意しながら、そっとプリンをスプーンですくう女児。
スプーンの上でもなお、ぷよぷよと動くプリンを、ぬいぐるみの口元に持っていってみるものの、やはりぬいぐるみには何の動きもない。
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12 続: Name:匿名 2023/02/19-18:27:43 No:00006855[申告]
 女児は、少しがっかりした様子で、スプーンから落ちそうなほど揺れるプリンを、慌てて自分の口に入れる。
 次の瞬間、女児の口の中に、噛み潰された蛆実装の、臭い肉汁の匂いが、ムワッと広がる。
「レフェェェェェ!!」
ジュウの絶叫が女児の口の中から聞こえてきたのは、それとほぼ同時だった。
 ジュウが生まれたのは、公園の中にある公衆便所の大便器であった。
実装石に支配され、管理や清掃が放棄された公園の大便器だ。
生まれてからは、生ごみをえさとする母や姉妹の糞を食べ、ドブの水を飲んで成長してきた。
 家はゴミ捨て場から拾ってきた野菜の段ボール箱。
服はいつも漏らした糞尿で濡れていた。
服の洗濯など、自分でしたことはもちろんなく、そんな知恵を持ち合わせない
母親にも、一度もしてもらったことはない。
 女児は、そんなジュウが紛れ込んだプリンを、口いっぱいにほおばってしまったのだ。
彼女は、ポロリとスプーンを取り落とし、口中のプリンと、しっぽが噛み潰された蛆実装を吐き出した。
 「レフェ!」
いきなり吐き落とされて頭を打ち
「レフェー、レフェー」
と痛みに転げまわるジュウ。
一方の女児は、白目を剥き、肩を震わせながら手で口を押さえ、よろよろと二、三歩歩いた後、意識を失って倒れた。
その口と鼻穴から、多量の吐しゃ物が吹き出る。

「きゃぁぁぁぁ!」「うわぁぁぁ!」
両親の悲鳴が響き渡った。
 ウェイターが慌てて医務室に電話をかける。
直ちに医師と看護士が駆けつけ、女児の気道に詰まった吐しゃ物を排除した。
女児は意識を取り戻したが、むせび、涙を流しながら嘔吐を繰り返す。
 「もう大丈夫です、しかし、念のため病院で検査を受けたほうがいいでしょう。」
医師が、女児の背中をさすりながら、両親に声をかけた。
 突然のことに青くなっていた両親だったが、ほっと胸を撫で下ろす。
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13 続: Name:匿名 2023/02/19-18:29:01 No:00006856[申告]
 一息ついた父親の目に、吐き出されたプリンの破片と吐しゃ物にまみれて転げまわる、しっぽを噛み潰された蛆実装の姿が映ってしまった。
 その蛆実装は、人間の目から逃れようと、千切れかけたしっぽをピコピコと振りながら、厨房の方へ向かって這ってゆく。
 「この野郎!」
激昂した父親は、テーブルの上にあったナイフを掴むと、その蛆実装の腹に、真上から刃を突き立てた。
 「レチャァァァァ!!」
ゼリー状の赤い臓物を腹から溢れさせ、血涙を流しながら、金切り声を上げるジュウ。
ようやく意識を取り戻した女児の目の前で、とぐろを巻くように、じたばたともがき、跳ね回る。
 醜い芋虫のような体に、不釣合いなほど大きく膨れた顔は、苦痛で歪んでいた。
まだ歯の生え揃わない口から漏れる、地獄のような叫びに女児は再びパニック状態に陥り、失禁して足元にし尿の水溜りを作る。
そのいばりの中で、なおもパチャパチャと跳ね回るジュウ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「レフェェェェェェェェェェェェ!」
女児とジュウの悲鳴は、満席状態のレストラン中に響き渡った。

 やがて、女児のし尿の中で、ジュウはゆっくりと動かなくなっていった。
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14 続: Name:匿名 2023/02/19-18:43:33 No:00006857[申告]


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「冬のデパートと実装石」 現況一覧
 親 × (B1・集荷場)  6 × (5F・食器 )
 1 ○ (7F・レストラン )  7 × (6F・玩具 )
 2 × (7F・レストラン )  8 × (6F・ペット)
 3 × (3F・和服 )  9 × (B1・仕分室)
 4 × (3F・和服 )  10 × (7F・レストラン )
 5 × (5F・生花 )  ※ ペット仔実装 ××××××××××××………
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 — 冬のデパートと実装石・5 —

 長女のイチは、次女ニィ・十女ジュウの妹二匹と分かれて以来、通風管の中で寝起きし、ごみ集積場に運び込まれる生ごみの袋を漁って日々の糧を得る生活を続けながら、二匹を捜し歩いていた。
二匹を見つけ出して説得し、再び安全な生活に引き戻すことが自分の務めだと考えていたからである。
 「姉妹で助け合って、皆で生きるデス!」という、母の別れ際の言葉はイチの耳奥にまだ残っていた。
そして、妹達を無事に越冬させ、公園の母の元へ連れ帰る責任は、長女である自分の肩にかかっていると考えていたのである。
 それだけにイチは、何もできないまま九女のキューを見殺しにせざるを得なかったことに、強い慙愧の念を感じていた。
そして、心の中に(もうこれ以上、妹達は誰一匹として悲しいことにはさせないテチ…。)という固い決意を抱いていた。
 その気負いが、彼女の生活態度を極端に慎重にしてしまっていた。妹二匹が自分の元を離れて行ったのは、そのあまりの慎重さを重圧に感じたためであることに、彼女は気づいていなかった。
人間の建物の中で実装石が生き延びるためには、臆病なほどに慎重でなければならない、という理屈を説けば、ニィもジュウも自分の元に戻って来てくれ
る、イチはまだそう考えていた。
 しかし、春になったら再会する約束の母も、ニィ、ジュウをはじめとする妹達も、皆このデパートのおのおののフロアで無残な死を遂げていることを、イチは知る由もなかった。

 イチがニィと再会できたのは、二匹が分かれてから二週間ほど経った頃である。
 その日もイチは、通風管を辿って7階フロアのいくつかの部屋を巡り、妹二匹の姿を捜し求めていた。
しかし、結局何の手がかりも得ることが出来ないまま夜を迎え、ごみ集積場付近に戻って来たのであった。
 一日中歩き回ったため、足は棒のように疲れ果て、体は寒さで小刻みに震えていたが、ともかく今夜の食料を確保しなければならない。
彼女は、いつものように通風孔からごみ集積場内に這い出すと、積み上げられたごみ袋を物色し始めた。
 ふと、ある可燃ごみの袋が彼女の目に留まった。その半透明の袋の中には、汚れてしわくちゃになった雑巾が入っていたのである。
 「テチュ~ン♪いいもの見つけたテチ!あの厚手の布なら、寝る時に風除けになるテチ♪」
彼女は嬉しそうに呟くと、トテトテと袋に駆け寄り、底に歯で小さな穴を開けた。その穴から袋の中に頭を突っ込むと、お目当ての雑巾の角を咥え、ずるずると外へ引きずり出す。
 手にした雑巾をパッと広げて見てみると、全体が黒ずみ、所々コーヒーやケチャップのしみが残ってはいるものの、大きな穴も無く、十分使用に耐えそうである。首尾は上々といった所であった。
 その時、袋の中から「ゴトリ」と音がした。雑巾を抜き取られた袋の中ごみが、中で崩れたのである。
その音にビクリとして、袋に目をやったイチの表情は、次の瞬間凍りついた。
 袋の中に現れたのは、肌が土気色に変色したニィの死体であった。その目は既に光を失い眼窩は落ち窪んでいた。口だけがカッと裂ける程に開かれ、死の瞬間の恐怖と苦痛を示していた。
 「テチャァァ!ニィ!しっかりするテチ!」
仰天して再び袋の中に頭を突っ込み、ニィの右腕を咥えて、袋から引きずり出そうとするイチ。
しかし、ニィの他の手足は、箱状の実装ホイホイにくっ付いており、それが邪魔をして袋から出すことが出来ない。
 「今…出してあげるテチ…。」
涙目で必死に踏ん張るイチ。
やがて、ニィの右腕の根元がミシミシと音を立て始め、ついに脇の下から引き千切れてしまった。
 「テチャ!」
ニィの千切れた右腕を咥えたままひっくり返って、床で頭を打つイチ。
起き上がって袋の中を見ると、ニィの死体には右腕の骨だけが残り、ふやけて腐りかけた肉の部分がイチの口に咥えられていた。
 「テチャァァ!」
半狂乱になり泣き叫ぶイチ。
「ワタチが…ワタチがもっと強く引き止めていれば、ニィは死なずに済んだかもしれないテチ…。」
イチは後悔の念に苛まれ、つぶらな目からぽろぽろと悔し涙をこぼした。
 この分では、ニィと一緒に付いて行ったジュウの生存も絶望的であろう。
 「ニンゲンめ…絶対に許せないテチ…ニンゲンなんか、みんな死んじゃえばいいテチ…。」
涙を湛えた瞳の奥に、深い憎しみの炎を燃やしながら、人間に呪いの言葉を吐くイチ。
 もはや食料を集める気も失せたイチは、雑巾を掴むとよろよろと立ち上がり、通風孔の中へと戻って行った。
その夜は、イチの嗚咽が一晩中風通管の中にこだました。

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 翌日。イチが目覚めた時は、既に昼であった。起きてすぐに、フロアの雰囲気に違和感を覚えるイチ。
おかしい。いつもなら、朝になれば、行き来する人間たちの足音や話し声で容赦なく目が覚めるというのに、今日に限って何故か静まり返っている。
 妙に思ったイチは、通風管を辿って廊下付近の孔へ近付き、スチール製の格子蓋の隙間から、そっと廊下の様子を伺った。
 普段なら、買い物客や店員の足がいそいそと動き回っているその廊下だが、今日は誰一人として歩いていない。
 イチは、恐る恐る通風孔から廊下に這い出し、トコトコと辺りを歩き回った。
建物内には物音一つしない。空調も音楽も止まっている。
どうやら、このフロアだけでなく、デパート全体が無人の建物と化した様子である。
 念のため、レストラン、屋上遊園地など、他の場所も一巡りしたが、人間の姿はどこにもない。
 「ニンゲンが消えちゃったテチ…。」
不思議がりながらも、イチは慎重な判断を捨ててはいなかった。
「ワタチ達を安心させておびき出す罠かもしれないテチ。二、三日様子を見るテチ。」
イチは、再び通風孔の中に身を隠した。
 それから三日が過ぎた。しかし、建物に人間が戻って来る気配はない。
イチはふと、先日「ニンゲンなんか、みんな死んじゃえばいいテチ」と呟いたことを思い出した。
 「神様が、ニィとキューを殺した残酷なニンゲン達をこらしめるために、みな殺しにしちゃったに違いないテチ!」
可愛い妹達を無残に殺され、人間に対する憎しみを燃やしていたイチであったが、その人間が皆消えてしまったと分かり、ようやく溜飲を下げた。
 「とすれば、この建物はもうワタチ達のものテチ!残った姉妹を探し出して、春まで楽しく暮らすテチ♪」
妹達を失ったことは悲しかったが、この食べ物やおもちゃに溢れた建物が全て自分達のものとなったことに、イチは喜びを隠せず、「チププ」と笑った。

 まずは、他のフロアにいる妹達を探し出し、美味しい食べ物のいっぱいある所を見つけたら、暖かい寝床をしつらえて、春まで皆で仲良く暮らしてゆこう。春になったら、公園に戻って、ママもこの建物に連れて来よう。
もう、野良の犬猫や、気の荒い同族に怯えて、こそこそ隠れながらごみ箱を漁り、わずかばかりの食べ物を集める必要もない。
これからは、安全で豊かな生活が待っている。
 今まで定期的に補給されていた生ごみは、人間がいなくなって補給が途絶えてしまった。
レストランがあった部屋にも、何故か食べ物は一切残されていない。
それに、人間と一緒に、楽しい音楽や暖かい空気まで無くなってしまった。
それは残念であったが、なお豊富な資源がこの建物には残されているはずだ。
 もう、人間の目にビクビク怯えて通風管を移動する必要はない。
イチは、勇躍して廊下の真ん中を走り出した。
調べた所、廊下の突き当たりに階段があり、それがずっと下のフロアまで通じているようである。
階段を辿ってフロアを移動しながら妹達を探し出し、暮らすのに適当な場所をゆっくりと探すこととしよう。
 もっとも、人間用の階段は、仔実装の背丈では一段一段降りて行くのに一苦労である。
一計を案じたイチは、便所に積んであるトイレットペーパーを抱えて来ると、それを階段の上から踊り場まで転げ落として、紙で滑り台のようなスロープを作った。
 所詮トイレットペーパーなので、いつ底が抜けるか分からず少々心もとないが、このスロープの上を歩いた方が、効率的に他のフロアに移動できる。

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 トイレットペーパーで作ったスロープを慎重に辿り、イチは6階のおもちゃ・ペット売り場に下りて来た。
ペット売り場からは、既に全てのペットが撤収され、どこか他所へ移されていたが、おもちゃ売り場には、まだ人間がいた頃のまま商品が残されていた。
 「テェェ…」
姉妹で一番のしっかり者とはいえ、イチもまだまだ遊びたい盛りの仔実装である。溢れんばかりのおもちゃを眼前にして、瞳を輝かせた。
 もう怖い人間はいない。このおもちゃは、全部自分達のものだ!嬉しくなったイチは、テチテチと歓声を上げながら、おもちゃ売り場に駆け込んだ。
 その時、イチはふと懐かしい匂いをかすかに鼻腔に感じて足を止めた。
その生ごみと汚水と糞の混じった匂いは、間違いなく七女ナァと八女ヤァの匂いだ。
 「ナァ!ヤァ!どこにいるテチ?オ姉チャンが迎えに来たテチよ!」
大声で妹達を呼ぶイチ。
しかし、その声は、売り場に空しく響くだけで、返事は無い。
「怖いニンゲンはもういないテチ!出て来ても大丈夫テチ!」
イチは、妹達の匂いを辿りながら歩みを進めて行った。
 妹たちの匂いは、テーブルの上に山積みにされた小さな箱の間から漂っていた。
もっとも、そこは仔実装の背丈で届くような高さではない。
イチは辺りを見回し、消防車のおもちゃをコロコロと押して来ると、梯子を伸ばしてテーブルの高さまで上げ、それを伝ってテーブルの上まで辿り着いた。
 その箱は、お菓子と小さなおもちゃがセットで入った「食玩」であった。
一番下の箱の隅に、わずかに緑色のしみが見える。それに鼻を近づけて、ヒクヒクと匂いを嗅ぐイチ。
 「ヤァのウンチテチュ…。」
二匹が最近までこのフロアにいたのは間違いない。
箱を齧り開けてみると、中からはチョコレートを挟んだウエハースと、ロボットの人形が出てきた。
 甘い香りを漂わせるウエハースに、恐る恐る口をつけるイチ。
次の瞬間、口に広がる未知の味に、イチは思わず
「テチューン♪」
と歓喜の声を上げた。
 妹達の捜索を続けたい所であったが、腹も膨れたし、今日はもう遅い。
イチは、空になった箱をテーブルの下に放り投げると、消防車の梯子を伝って床に下り、今夜の寝床を探すことにした。
 このフロアは広過ぎて、空調が聞いていないと少々寒い。
イチは、ふかふかのぬいぐるみが並べられた商品棚を見つけ、ここを今夜の寝床とすることに決めた。
いつもの風が吹き抜ける薄ら寒い通風管と違って、柔らかく暖かい寝床に、イチはすぐスピスピと寝息を立て始めた。
 妹達と一緒にデパートの中ではしゃぎ回る夢でも見ているのであろうか、イチは
「テチチ…。」
と、寝ながら時々笑い声を上げた。

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 先日このデパートのレストランで、客に出された食事に実装石が混入していた事実は、たちまち保健所の知る所となった。
そして、レストランでの事件より以前から、他のフロアで実装石の生息が確認されていたにも関わらず、デパートが有効な対策をとらなかった事実も、同時に明るみに出た。
 デパートには、故意に保健所への報告を怠った疑いがかけられ、事態を重く見た市は、レストラン以外のフロアを含む建物全体について、一か月間の営業停止を命じたのであった。
もっとも、このデパートがこれほど長期の営業停止命令を受けたのは、一部市議会議員の強い後押しがあったからだとの噂も、まことしやかに囁かれていた。
 また、この出来事は、広く報道でも取り上げられ、新聞やテレビニュースによって巷に知れ渡ってしまった。

この時ばかりは、なまじ一流デパートとしての知名度が仇となった。
目立った事件もなかった折のこととて、下品な週刊誌は、社会正義と報道の自由の美名の下、この不幸な事件を必要以上にセンセーショナルに書き立て、デパートを攻撃した。
 デパート内からは、日持ちのしない生鮮食品、閉店中も世話が必要なペットや植物は早々に引き揚げられ、倉庫や同系列のデパートへ移送された。
残された商品も、人目の無い深夜に順次運び出すこととなっていた。
1月半ばには、残された全ての商品の撤去を終え、続いて建物全体の大規模な清掃と害虫害獣等の駆除を行う算段となっている。

 営業停止期間中、事業者は、衛生状態改善のための計画を策定し、保健所に提出して承認を受けるとともに、清掃・害虫害獣駆除・空調利水設備の保守点検を実施して、保健所の現場監査を受けなければならないのだ。
 それまでの間、デパートには、経営幹部や建物管理部署の従業員の他、深夜に商品を移送するための作業員がたまに訪れる程度で、ほとんど無人となる。

 哀れな多くの従業員達は、年が明けた後、自分達の職場が果たして残っているのかという不安を抱きながら、自宅で年末を迎えていた。
 結局このデパートは、肝心の年末商戦を閉店状態で過すこととなってしまった。
こうなった以上、徹底的に衛生状態の改善を行って、社会的信用を取り戻すより他、デパートに生き残る方法は無い。
特に、営業停止の原因となった実装石を皆殺しにすることは、経営幹部以下デパート従業員の総意となっていた。

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 人間がデパートから姿を消してから一週間が経った。イチは、連日フロアを移動して妹達の姿を探し回っていた。
しかし、妹達の残り香を掴むことはあるのだが、姿を見付けることは全く出来ない。
 「みんな、どこへ行ったテチュ…。」
イチは、妹達の生存について、徐々に不安を感じ始めていた。
 それに加えて、建物内には、食べ物や物資はそう多くは残っていないことが分かってきた。
元々この建物内にあった品物は、人間向けの商品ばかりである。
人間がいなくなれば、撤去されるのは当然であった。
その上、奇妙なことに、夜寝ている間に建物内の品物が少しずつ消えてゆくのだ。
このままでは、この楽園は、遠からず巨大な空の箱に
なってしまう。イチは、自分達家族の財産を盗む犯人を突き止める必要があると考えていた。
犯人は夜やって来るはずだ。今夜は寝ずの番をしなければならない。

 夜。

4階の男性衣料フロアで、ネクタイに身を包んで寒さを凌ぎながら、眠い目をこすって盗人を待ち構えるイチ。
既に午前を回った頃、ようやく盗人は現れた。
下の階から階段越しに、どやどやと人間達の話し声が聞こえる。
やがて、その声の主達は、イチの隠れるフロアへ姿を見せた。
ぱっと点いた明かりに驚き、レジカウンターの下に身を隠すイチ。
 やって来た人間達は、まだ建物内に残っている商品を夜のうちに移送するために来たデパートの作業員である。
彼らは、年配の監督作業員の指示を受け、めいめいフロア内の服やマネキン人形を運び出し始めた。
 「ニンゲンたちめ…。性懲りも無くまたやって来たテチね…!」
運び出される商品を陰から眺めながら歯軋りするイチ。
それは自分達家族のものだ!勝手に持ち出すな!図々しくも再び姿を現した上、自分達の財産を盗取する人間達に、怒りで身を硬くする。
 この一週間、デパートの主として君臨したイチには、もはや人間達の帰還を甘んじて受け入れる気は無かった。
 「この建物はもうワタチ達家族のものテチ!ニンゲンなんか追い出してやるテチ!」
フロアから品物が消えてゆく光景に焦りながらも、イチは人間を撃退する機会を捉えるべく、息を殺して作業の様子を見守っていた。
 数時間後、作業員達は、小休止のため集まって床に座り、談笑しながら飲み物を飲んだり、煙草を吸ったりし始めた。
床の上に置かれた灰皿には、次々と吸殻がたまってゆく。
 それを見て、イチは、公園に住んでいた頃、人間が捨てた煙草の吸殻に近所の仔実装が触れて大火傷を負ったことを思い出した。
あの吸殻の攻撃力を持ってすれば、人間と言えども、殺せぬまでも負傷くらいはさせられるはずだ。
 やがて、従業員達は立ち上がり、作業再開の前に、ある者はごみを捨てに、ある者は便所に歩いて行く。
それを見計らい、イチは置きっ放しになっていた灰皿に近寄り、慎重に中の吸殻をより分ける。
そして、まだ火が消えていない吸殻を引っ張り出し、脇に抱えると、先程作業員の一人が向かった便所へ走った。
 イチは、便所に入り、作業員の一人が個室に入っていることを確認すると、パーティションと床との隙間から、その個室の中へ体をねじ込み、無防備となっている作業員の背後を取った。
個室の中にいたのは、年配の監督作業員であった。
幸い監督は、用便に集中してイチの姿には気付かない。ズボンを下ろし、和式の便器にまたがるように腰を下ろして力んでいるまっ最中である。
イチの目の前に、中年男の巨大な尻がドーンと広がる。
 「うぐぐうぅ~っ!」
便が硬いのか、しばらく唸っていた監督であったが、やがて唸り声が一段と強まり、ゆっくりと肛門が広がってゆく。
「食らうテチ!」
イチは、そのタイミングを逃さず、肛門めがけて真っ直ぐに火の点いた吸殻を刺し込んだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
次の瞬間、監督の絶叫が便所に響き渡る。
監督は、慌てて立ち上がった拍子に、ドアノブに頭をぶつけて横転した。
口から泡を吹きながら悶絶する監督。
 「やったテチ!ざま見るテチ!」
奇襲に成功したイチは、個室の隅に置かれた三角コーナーの中に飛び込んで姿を隠した。
一方、監督の悲鳴を聞いた他の作業員らが、何事かと便所に駆けつけてくる。
監督の入っている個室を何度もノックするものの、返事はない。
思い切ってドアを蹴破った一同が見たものは、尻をむき出しにし、肛門にタバコを挿したまま、泡を吹いて気を失っている監督の姿であった。
 その日の作業は中止となった。

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 次の日の夜。

昨夜のイチの勇敢な攻撃により打撃を受けたにも関わらず、またしても人間達はやって来た。
イチは、姿を隠しながら、作業員達の持ち物を盗んだり、荷物に糞を擦り付けるなどのゲリラ戦術で対抗する。
しかし、作業員達は一向に撤収する様子は無く、淡々と商品の運び出し作業を続ける。
次の夜も、その次の夜も、作業員達は、入れ替わり立ち代り商品を運び出し、ついにデパートからは一切の商品が移送されてしまった。
イチの手元には、昼のうちに通風管に運び込んでおいた食料や物資が残るのみとなっていた。

 人間による理不尽な仕打ちに悔し涙を流すイチ。
「どうしてニンゲンはワタチ達をそっとしておいてくれないんテチ…。ワタチ達は、ただ暖かい寝床と、飢えない程度の食べ物と、安全な生活がほしいだけテチ…。」
 母親や姉妹と一緒に送るはずだった豊かな生活の夢を打ち壊され、イチはテチテチと泣くより他なかった。

 一方の人間達は、各所に残された糞や、階段に散乱したトイレットペーパーから
まだ建物内に実装石が生存していることに気付いていた。
商品を移送する作業員達は、近くに憎き実装石が潜んでいるであろうことに歯噛みしながらも後日予定している大規模清掃と害虫害獣駆除に期して、ただ黙々と準備を進めていたのである。
 さらに一週間が経過した。建物の中からは、食料となるようなものは一切撤去されてしまっていた。
イチは、取っておいた食料を食べ尽くしてしまった後、最後まで残っていた観葉植物の葉をかじりながら飢えを凌いでいたが、ついにはそれすら撤去されてしまった。
イチには、もはやトイレの和式便器の底に溜まった水をすするより他なかった。
 さらに三日もすると、ころころと丸っこかった体は痩せ細り、青白い皮膚にあばら骨が浮き出るまでになっていた。
意を決し、糞を食べては空腹感を紛らわせていたのも束の間、栄養が足りないため糞の量すら減ってゆき、やがて動くことも億劫になってしまった。
食べ物を探して各フロアを巡りながらも、もはやイチの意識は朦朧となっていた。

 「もうだめテチ…。」

ついに力尽き、パッタリと床に倒れるイチ。彼女は、テー、テーと肩で息をしながら、全てを諦めたように、ぼんやりと床面を眺めていた。
 その時、突然イチの目に、一人の人間の姿が映った。その人間は、建物の清掃に来た清掃員であった。
この日は、建物の大規模清掃を実施するため、朝から数十人の清掃員がデパートに来ていたのである。
栄養失調で感覚の衰えたイチは、大勢の人間の気配すら捉えることが出来なくなっていたのだ。
 イチにとっては、大嫌いな人間とは言え、弱り切った自分を救い得る最期の希望である。
(ここで助けてもらわなければ、飢え死にしちゃうテチ…。)
 人間には、実装石を大事にしてくれる良い者もいると聞いていた。
今はその可能性に賭けるしかない。
イチは、残った力を振り絞って、栄養失調のためプルプルと細かく震える足で立ち上がると、骨と皮ばかりになった腕を口に当てて
「テチューン♪」
と鳴いて見せた。
「ニンゲンさん、ワタチはもうお腹ペコペコで弱り切っているテチ…。このままじゃ死んじゃうテチュ。こんな可哀相なワタチを、どうか助けてほしいテチ…。」
 一方、清掃員の方も、イチの姿に気付き、思わず悲鳴を上げた。
「うわっ、汚ねぇッ!実装石だァ!」
この清掃員は、実装石が大の苦手であった。
青い顔で震えながら媚びて助けを求めるイチの横っ面を、箒の柄で思い切り張り倒す。
 「テチュワァッ!」
イチは、吹っ飛ばされて顔面を壁にぶつけた。
その拍子に吹き出た鼻血が、壁に赤緑の花を咲かせる。
「このっ、この野郎っ!」
清掃員は、箒の柄を振り回してイチを追い立てる。
「テチャッ!テチャッ!」
圧倒的な力量の差を前にして、弱った体を引きずりながら、逃げ回るしかないイチ。
 一方の清掃員も、その気になれば捕まえられるにも関わらず、様々な雑菌を保有しているであろう実装石を直に手で掴むには抵抗があるらしく、ただ箒で小突き回るだけに終始していた。
 「テェェッ!」
いつものように壁に口を開けた通風孔の中に飛び込むイチ。
この狭い孔の中に逃げられては、さすがの人間もそれ以上どうしようもない。
「テェテェ…。何とか逃げ切ったテチ!」
荒く息をしながら安堵するイチ。しかし、孔に取り付けられたスチール製の格子蓋から覗く清掃員の顔は、さして悔しそうでもない。
 「そうか…そんな所に隠れ住んでいたのか!」
むしろ、妙に得心したような表情をして、背を向けると悠々と通風孔の前から去って行った。
 数時間後、疲れ切ったイチは、通風管の中で横になり、いつの間にか眠っていた。

その眠りは、管の奥から聞こえて来た、
「シューッ」
という空気が漏れるような音に妨げられた。
 「テ?」
横になったまま、音のする方に耳を傾けるイチ。
本能が危険を感じ取っていた。やがて、音のする方向から、モクモクと白い煙が流れてくる。
その煙に追われるようにして、ゴキブリが何匹もこちらに向かって逃げてくる。
煙に巻かれたゴキブリ達は、ひっくり返ると、毛だらけの細い足をじたばたと痙攣させながらのた打ち回りだした。
 煙の正体は、燻蒸式の殺虫殺鼠剤であった。
「テチャァァァッ!!」
残った力を振り絞り、立ち上がって逃げようとするイチ。
しかし、やせ細った足では、立つことすらままならない。やがて、イチの体も煙に巻き込まれていった。
始め少しの間は、煙を吸い込まぬよう息を止めていたものの、やがてたまらず息を吐き出し、胸いっぱいに煙を吸い込んでしまう。
 途端に、舌に、喉に、肺に、粘膜を焼くような痛みが走った。
「テハッ!テハッ!」
喉を掻き毟りむせるイチ。薬剤に触れた皮膚がただれて、全身を引きつるような痛みが襲う。
喉の内壁が真っ赤に晴れ上がり、呼吸を阻害する。咳き込むたびに腫れた喉の粘膜が傷付き、溢れた血が口から吹き出た。
 やがて煙が流れ去り、動かなくなったゴキブリ達に混じり、イチはふるふると全身を痙攣させていた。
 「お…お水がほしいテチ…。」
イチは、全身の痛みに耐えながら、這って通風孔から抜け出し便所へ向かった。
便所の陶製タイルの床には、いつの間にか、白い粉が一面に振りかけられていたが、水を求めることに夢中なイチには、そんなものに気付くゆとりはない。
 便所の中に這い入った途端、粉が宙を舞い、それを吸い込んだイチの舌から血が滲む。
続いて、体中の穴という穴から赤緑の血が吹き出した。また、粉が目に入った瞬間、まぶたを開けていられない程の痛みが走る。
 「テチャ…ッ!!お目めが…お目めが…!!」
両目を押さえて転げまわるイチ。
悶絶するうち、イチは個室の和式便器の中に転がり落ちた。落ちた拍子に、パチャっと音を立てて水が跳ねる。
その白い粉は、即効性の殺鼠剤であった。
 和式便器の中で仰向けになり、背中が水に浸かった格好で、イチは便所の天井を見つめていた。
もっとも、薬剤にやられて視力はほとんど失われており、ただ自分を包む夕闇をぼんやりと感じることが出来る程度でしかなかったのであるが。
 今、イチの意識の中では、生まれてからの出来事が走馬灯のように繰り広げられていた。
貧しくて惨めな生活だったけれども、母親や妹達と過した、愛情溢れる時間が、今わの瞬間、鮮やかに蘇る。
 (ニィ、キュー…。今逝くテチュ…。)
飢え、追い立てられて、乱れ切っていた先程までの心が嘘のように、イチは今心穏やかであった。

 その時、天井の蛍光灯がパッと明るくなった。もはやほとんど見えないイチの目も、
その明かるさを捕らえることは出来た。
(テ…、天国への門が開いたテチュ…。)
イチは、もはや従容として生を終える心持ちに至っていた。
 そんなイチが転がり落ちていた和式便器の中を、一人の人間が覗き込んだ。先程とは別の清掃員である。
 「何だ、実装石じゃねぇか…。さっきの薬剤散布にやられたんだな。
自分から墓場に転がり込んで、人間様の手間を減らすとは、殊勝な奴じゃねぇか。
よしよし、用を足したら、一気に流してやるぞ。」
清掃員はイチに向かってそう語りかけると、ズボンを下ろして、イチの真上で力み始めた。
ムリムリとひり出された大便が、イチの弱りきった体の上にのしかかる。
その匂いと重みに耐えかね、イチは
「テチュゥ…。」
と弱々しく鳴いた。
 用を終えた清掃員は、立ち上がると足で便器の横にあったバーを踏んだ。
 あっという間に、便器の中に激しい水流が巻き起こる。
(テヂャァァァッ!!ママァッ!)
その水流に揉みくちゃにされ、中であちこち体をぶつけながら、イチは真っ暗で狭い下水管の中に吸い込まれた。
冷たい汚水で満ちた激流の中、イチはもがき、管の中をガリガリと引っ掻きながら流されていった。
 清掃員は、イチの断末魔の悲鳴が下水管の奥に消えて行くのを見届けると、静かに手を合わせた。

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 1月末。デパートにとっては、待ちに待った営業再会の日が訪れた。
昨年末に業務停止命令を受けて以来、デパート従業員たちは、営業再開に向けて、保健所との間で膨大な事務処理をこなして来た。
そして先日、最後の現場監査に承認を受け、晴れて営業再開が為ったのだ。
デパートの従業員達は、新装開店に当たり、朝から詰めかけた客を誘導するのに追われていた。
 一方、デパートでの事件を受けて、急遽行われた実装石の一斉駆除により、街の公園からも実装石は一掃されていた。
例年であれば、厳しい冬を生き延びた僅かな実装石が、春を迎え一斉に咲き乱れる花の花粉で受精し、一気に数を戻すのであるが今年は公園から耳障りな仔実装達の泣き声が聞こえることは無さそうである。
 公園での一斉駆除に際し、かつてイチ達の一家が住んでいた段ボールハウスも、中に溜め込まれていたガラクタ共々廃棄された。

こうして、この家族が生きていた痕跡は、世の中から全て消え失せてしまった。

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 — 冬のデパートと実装石 了 —
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1 Re: Name:匿名石 2023/02/19-20:39:17 No:00006858[申告]
絵付きで再アップされてる?!
凄い!
2 Re: Name:匿名石 2023/02/19-21:58:24 No:00006859[申告]
ずっと探してました。復刻ありがとうございますです
3 Re: Name:匿名石 2023/02/21-18:20:02 No:00006864[申告]
これマジで読みたかったヤツ!

再掲ありがとうございます。!!
4 Re: Name:匿名石 2023/02/21-22:04:22 No:00006865[申告]
10年以上前によんで実装石にハマるきっかけになった作品だぁ…
懐かしい泣
5 Re: Name:匿名石 2023/09/13-10:27:29 No:00007959[申告]
これは名作だわ。色々なシチュエーションで散っていく実装石がタマラン
ただ、2回も被害に遭った女の子は可哀想すぎる…
6 Re: Name:匿名石 2023/09/16-11:27:01 No:00007977[申告]
賢いポジションの長女も終盤糞蟲の本性を現すから気持ちよく読める
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