無知な故に幸せな仔実装の話 季節は冬。 実装石にとって人間の駆除よりも過酷な季節の出来事。 肌を切り裂く様な冷たい風の吹く早朝・・・・・。 一台のトラックが市民公園の前に止まり、荷台から金属で作られた段ボール大のケージが降ろされる。 二人の人間がそれを左右で持って公園の広場まで運び込み、 手頃な場所でケージの入口を開放して中身を地面にぶちまける 「「「「「「「「「「テチャァァーーーーーーーーー!!!!」」」」」」」」」」 「「「「「「「「「「テェェェェーーーーーーーー!!!!!」」」」」」」」」」 「「「「「「「「「「テチィィーーーーーーーーー!!!!!」」」」」」」」」」 「「「「「「「「「「チャアアァァーーーーーーーー!!!!」」」」」」」」」」 人気の無い公園に禿裸の仔実装の集団が解き放たれる。 乱雑に落とされた仔実装達のいくつかは落下の衝撃や仲間の下敷きになり早くも死んでしまう。 人間達は悶える仔実装達が居ないかのように平然と運んできたケージを折りたたんで後始末をする。 突然の仕打ちに火がついたように泣き叫ぶ仔実装達を見れば、どの個体も糞を洩らしていない。 この仔実装達は昨日の深夜から今日の早朝にかけて生まれたもの。 一度も食事をしていないので糞が出ないという訳だ。 糞の出てこない総排泄口を無様にパクパクさせながら仔実装達は冷たい地面の上でパタパタと駄々をこねる。 人間達は泣き叫ぶ仔実装達のことを気に掛けようともせず、足早くトラックに乗り込んで去っていった・・・・。 閑散とした公園に放置された生まれたての仔実装達は何をしていいのか分からず、 顔を見る間もなく引き離された母親に助けを求める。 「「「「「「「ママァーーーーー!!さむいテチィ!!いたいテチ!」」」」」」」 「「「「「「「テェェェーーーーーーーン!!テェェェーーーーーーン!!」」」」」」」 「「「「「「「くるちいテチィ!!さむいテチィ!!おなかちゅいたテチィ!!」」」」」」」 「「「「「「「チエェェェーーーーーン!!!こわいテチィ!!!ママどこテチィ!!」」」」」」」 「「「「「「「さむいテチィ!!さむいテチィ!!!ママァ!!ママァ!!」」」」」」」 「「「「「「「テェェェーーーーーーン!!おててないテチィ!!いたいテチィ!!」」」」」」」 どんなに騒いでも施設で飼われている親実装は助けにはこない。 何も知らない仔実装達は本能の命ずるままに来るはずの無いママを呼び続けた・・・・。 ・・・・・空が白み太陽が昇る頃になると、 公園の舗装の上で泣き叫んでいた仔実装の集団に変化が見られるようになる。 多少の知恵が回る仔実装は寄り集まって固まって互いの体温を使って温まろうし、 他力本願でただ鳴き続けた仔実装は少ない体力を使い尽くして冷たくなっていた。 次々と動かなくなる同族を見て、固まって暖を取ろうと試みている仔実装達は怯えた。 「な・・・なんでうごないんテチィ・・・・さっきまであんなにさわいでいたのにテチィ・・・。」 「わかんないテチィ・・・・みんなどうなったんテチィ・・・。」 「テェェェ・・・・ママはどこなんテチィ・・・。さむいテチィ・・・。」 「ママァ・・・ママァ・・・たちゅけてテチィ・・・。ママァ・・・。」 「テェェェ・・・・・いたいテチィ・・・、さむいテチィ・・・・。」 「おなかちゅいたテチィ・・・さむいテチィ・・・・。」 生き残りはわずか15匹。 生まれたての上に餌を食わせてもらっていない禿裸の仔実装がこの季節特有の肌を刺す冷気に耐えることは出来ない。 あと30分もすればみんな仲良くお友達のところに旅立つことになるだろう。 ・・・・・・だが、その前に仔実装たちに招かれざる客が訪れる。 「ママみるテスゥ!!!禿裸がいっぱい転がっているテスゥ♪!!」 「デェ!!これは何なんデスゥ・・・・。」 野良実装の親子が禿裸の仔実装たちの臭いを嗅ぎつけてやって来た。 40cm級の親実装と25cm級の子実装が冷たくなっている禿裸の仔実装たちの傍に寄ってくる。 「あ〜んテスゥ♪」 子実装はなんの警戒もせずに舗装の上で息絶えている禿裸の仔実装を拾ってパクつく。 「な、何やってるデスゥ!!! 落ちてる物は無用心に喰うなと教えたはずデスよ!!」 「だ・・・だって・・・お腹すいてるんテス・・・。 おいしそうなお肉を見たら食べちゃうテスゥ♪」 「・・・・・・ニンゲンの罠だったらお前はもう死んでるデスよ? それを分かってやったんデスか?」 子実装はバツが悪そうに齧りかけの仔実装を捨ててそっぽを向く。 母親の言うことは分かるが美味しそうなものを目にしたら仕方ないだろう といった不貞腐れた顔をしている子実装を尻目に親実装は死んでいる禿裸の仔実装たちの臭いを嗅ぎ回る。 「・・・・・大丈夫そうデスね。 こいつ等は生まれたての赤ちゃんみたいデスゥ。 赤ちゃんは弱いからニンゲンが悪さをしたらすぐに死んでしまうデス。 こいつ等はただ捨てられたみたいデスね・・・・哀れなことデス。」 「テププププ・・・・でもそのお陰で沢山のご飯をGETしたテスゥ♪ これで何日かは寒いお外に出ないで済みそうテスゥ。」 親子実装はいそいそと手持ちのビニール袋を広げて冷たくなった禿裸の仔実装を詰め込んでゆく。 子実装は自分の袋に目一杯禿裸の仔実装を詰め終わるとさっきの食いかけを拾って辺りを探り始める。 軽食の様に仔実装を齧りながら辺りをぶらついていた子実装は 100匹程の禿裸の仔実装の死骸が散乱する中にこんもりとした場所を見つける。 「な・・・何テスゥ? ママァ!!ママァ!!!」 「何デスゥ!!遊んでないでご飯集めをちゃんとやるデスゥ!!!」 「何か変なものがあるテスゥ!こっちにくるテス!」 親実装は眉間に皺を寄せながら子実装の呼ぶ方向に向かう。 「で・・・何があったんデス?」 「あれテス。 アレは何テスゥ?」 親実装はズカズカとこんもりとした場所に向かう。 こんもりとした場所を凝視してその表面を触ると踵を返して子実装の所に向かう。 そして・・・、 「このバカ蟲が!!! あれも赤ちゃんの死体デスゥ!! 遊んでいる暇があったらさっさと荷造りを済ませてお家に帰るデス!! のんびりしていたらニンゲンに見つかって酷い目に遭わされて死ぬことになるデス!」 暢気に仔実装をパクつく子実装の頭に拳骨を食らわせて説教を始める親実装。 「テェェェェーーーーン!!!痛いテスゥ!!ママがぶったテスゥ!!!」 「ぶたれたくなかったら美しいワタシの言うことを良く聞くデスゥ!! サッサと喰っている物を捨てて自分の荷物を持つデス! お日様が完全に昇りきる前にここからおさらばするんデスよ。」 「テェェェ・・・・分かったテスゥ・・・。」 子実装は喰い残しを腹いせに地面に向かって叩きつけて親実装の後を追った。 親子が去ったのを見計らって死体の山の中から一匹の禿裸の仔実装が姿を現す。 固まって暖を取ろうとしていた禿裸の仔実装の中で唯一生き残ったこの仔実装は 地面に叩きつけられて潰れた死体の傍に行き、破砕した欠片を手にしてじっと凝視する。 「・・・・・さっきのおおきなみどりのやつはこれをたべていたテチュ・・・・。 これはたべられるんテチュか・・・・。」 おそるおそる肉片を口に運び、歯の無い口の中で転がしてから腹の中に収めた。 「テェ・・・・おいちいテチュ。」 仔実装は屈み込んで手当たり次第に肉の破片を口に運び、次々と飲み込んでゆく。 本能がこれを食べなければ後は無いこと囁く。 仔実装は生きる延びる為に無心で仲間だったものを喰った。 仔実装はささやかな食事を終えると持ち運べそうな手足の残骸を2〜3個拾い、 何かに導かれるように葉の落ちた植え込みの影に身を隠す。 ご飯になるものはいっぱいあるが寒い場所に居るよりはこうした方が良いと思った為。 身を切る冷たい風を避けて美味しいお肉をしゃぶる禿裸の仔実装は ささやかながら生まれて初めての安らぎを得た・・・。 太陽が昇るにつれて公園を訪れる野良実装の数は増える。 2〜3匹の仔実装を連れた薄汚い野良実装が散乱している禿裸の仔実装の死骸に群がり、 我先にと旨そうな死骸を奪い合っている。 腐りかけの生ゴミよりも遥かに旨い仔実装肉は野良実装にとって最高のご馳走の一つ。 それを手に入れるためなら同族を張り倒そうが、自分や他実装の仔を踏み潰そうが関係ない。 一匹でも多く美味しいお肉を手に入れて腹を満たそうと躍起になる。 そういう時はワザワザ乱戦に参加しないで遠巻きに無様な同族の痴態を鑑賞している賢い者も出てくる。 他の野良実装と距離を置く彼女らの狙いは冷たい死骸ではなく、生きている他実装の仔達だ。 乱闘している親から離れてうろうろしている仔実装を言葉巧みに騙し、住処に連れ帰って家畜として飼うのだ。 餌には自分や子供の糞を与え、餌の代償に体の一部を上納させる。 家畜に成り下がった仔実装の仕事は食肉の献上の他にも、気晴らしの虐待や賢い野良同士の物々交換にも使われる。 糞しか喰わせないから家畜の寿命は短いが、春までの腹塞ぎだから大した問題ではない。 肉がドブの様に臭くても粗末な味覚の実装石にはたいした問題ではない。 要は腹を満たせる肉が手に入ればいいのだから。 何も知らない仔実装達はついて来たら甘い金平糖を食べさせてあげると言うやさしい大人の甘言に釣られて、 乱闘を繰り広げるアホ親を見捨て賢い野良実装達の先導にしたがって早々に公園を去ってしまう。 ・・・・・・・・・・・しばらくすると乱闘の様子が変化してくる。 多数の野良実装が喧嘩をしているというようりも多数が一匹を集中攻撃している様相になっていた。 早朝の親子よりも格段に知能の低そうな親子が禿裸の死骸を採り過ぎて周りの同族から集団リンチを受けた様だ。 子供達はいたぶられた後に皆喰われ、親実装も禿裸に剥かれて両手を食いちぎられてしまう。 「不細工がでしゃばるからこうなるんデス。 身の程を知れデスゥ。」 「デププププププ・・・・。 能無しに相応しいカッコになったデス。」 「本当に醜い奴デスゥ。 お前の様に卑しい奴が高貴なワタシと同族なんて恥デス。 罰としてお前は踊り喰いにしてやるデスゥ。」 野良実装達は実装石としての資格と財産を失った愚か者を嘲笑い、その肉を喰らう。 過酷な野良生活において同族をリンチすることほど野良実装の心を躍らせるものは無い。 低脳で非力な実装石が唯一気ままに暴力を振るえる存在は同族である実装石のみ。 一匹の時は育てるつもりの無い低脳な自分の仔を、集団の時にはあぶれ者を獲物にする。 「へギャバ!!キュべブゥ!!や・・止めるデズゥ!!! 痛いデズ!ワタシの美しうぃカラダば!!!ヒベベベェ!!!」 「デププププププ、生意気な餓鬼よりは大味デスが腐った生ゴミよりは旨いデスね♪」 「美しいワタシの栄養になれることを感謝するデスゥ。」 「醜く肥えやがって・・・ニンゲンに媚びて良いものを喰ってたに違いないデスゥ!! ご馳走を献上する奴隷は高貴なワタシにこそ相応しいのだから死ぬ前に教えやがれデス!」 腹を食い破られて腸を啜られている愚か者に野良実装達の戯言を聞く余裕は無い。 「命の石は何処デスゥ? アレを喰うと元気が出てお肌がすべすべするデス。」 「あれはワタシのものデス、ボンクラはひっこんでろデスゥ!」 「ほざくなデス。 早い者勝ちに決まっているデスゥ! でも、神様は美しくて要領のいいワタシにその幸運をくれるはずデスゥ♪」 とうの昔に意識を失い、痙攣するだけの肉塊に成り果てた同族を野良実装達は引き裂き偽石を探す。 偽石は味は無いが栄養価の高いことを実装石は本能的に知っている。 だが偽石は実装石が生きている間のみ形を成しているものなので、対象が死んでしまうと砕けて消えてしまう。 仔実装の場合は丸齧りにする過程で肉ごと偽石を摂取できるから問題ないが、 成体の場合は踊り食いしている間に息絶えてしまうことが多いために偽石を摂取できないことが多い。 (実装石が仔実装肉を旨いというのは偽石を丸ごと摂取できることを本能的に知ってるからだという説がある) 脳みそを啜りながらこねくり回し、糞の詰まった腸を貪りながら同族の命を探す。 既に食い物に成り下がった同族に情けを掛ける者はいない。 体のどこかを失うたびにまだ息のある愚か者は皿の様に見開いた目をグルグル回し、 突き出した舌をヘラヘラ動かして悶える。 ・・・・・・恐怖の光景を禿裸の仔実装は震えながら見ていた。 この震えは寒さがもたらすものでは無く、恐怖がもたらす震えだ。 なんなの・・・・アレは・・・。 みんなをたべている・・・なかまであらそって・・・なかまをたべた・・・・。 あのこわいものはなんなんだ・・・・。 ママ・・・こわい・・・・ママ・・・はやく・・むかえにきて・・・。 狂乱の野良実装達に見つからない様に仔実装はさらに茂みの奥に潜り込んで丸まる。 必死に来るはずの無い母実装に助けを求めながら、野良実装達がさっさと失せるようにと祈った・・・。 騒ぎが一段落すると腹を満たし、数日分の餌を確保した野良実装達はいそいそと公園を後にした。 乱痴気騒ぎが終わり、足りない頭に理性が帰ってくると つれて来たはずの子供が居なくなっていることにようやく気付く野良実装達。 慌てる同族を尻目に、何匹かの思慮の足りない親は自分の仔がいなくなったことすら気付かずに去ってしまう。 しばらくすると消えうせた仔を探して公園内を徘徊していた野良実装たちも諦めて立ち去る。 あまり長い時間公園にいると人間や実蒼石に見つかって地獄に送られることがわかっているからだ。 子供は大切(非常食として)だが自分の命はもっと大切なもの。 あまり頭の回らない野良実装でも人間の恐怖を理解している。 実蒼石に駆除されるのなら楽に死ねるが、 運悪く虐待派でも捕まろうものなら生まれてきたことを 何百回悔いても足らないぐらいの苦痛と絶望を味あわされた上で苦い死を与えられる。 多くの実装石は人間は危険な存在になったということをおぼろげには理解しているのだが、 「自分はカワイイから大丈夫」と言うような知恵遅れ的な楽観が優先されてしまい自ら進んで死地に出向く・・・。 かつては実装石の安住の地だった公園も、 今では少なくなった実装石を探す虐待派と清掃局の実蒼石が巡廻する危険地帯になってしまった。 それでも実装石が公園に固執するのは、生きるために必要不可欠な水を手に入れるためだ。 整備された人間の街の中で生きる実装石が独自の水場を得ることはかなり難しいこと。 多少は何とかなっても、飲み水の大部分は各公園にある噴水や公衆便所を使わなければ必要量をまかなうことは出来ない。 洗濯や体の洗浄、出産の際に必要な水場などを公園以外の場所で求めることは不可能だ。 そのため実装石たちは危険を承知で公園を訪れなくてはならない。 定期的に洗濯や体の洗浄しなければ、不潔な臭いの所為で自分の所在が敵に知られてしまう。 出産の際に手頃な水場がなければ生んだ子供の粘膜を綺麗に剥がしてやることも侭ならない。 何かに依存しなければ生きていけないということは沢山の不都合が付いて回るということだ。 午前9時を回る頃には禿裸の仔実装の死骸は粗方野良実装に回収されていた。 いくつか残る血糊の痕と肉片だけがここに投棄された仔実装の存在していた証。 静寂に包まれた公園の植え込みに隠れた生き残りの仔実装は震えながら母親の救援を待ち続けていた。 抱え込んでいた肉片も8時を回る前にしゃぶりつくしてしまい打つ手の無い仔実装は弱々しく鳴いて母親を呼ぶ。 おねがいママはやくきて・・・。 さむい・・・いたい・・・おなかがすいた・・・・・。 手足の先は寒さで痺れ、食事で補った体力もじきに底をつく。 体育座りで丸まり刺すような冷気に耐えている仔実装にもうじき終わりが訪れる。 自分が何者で、何の為に生まれたのかも分からぬまま終わることに恐れを抱いた仔実装は 空元気を出して立ち上がり辺りを見回す。 もうじきママはくる。 そうしたらワタチのほんとうのじんせいがはじまるんだ。 ワタチはうごかなくなったヤツラとちがってえらいんだ。 えらばれたえらいこだからげんきなんだ。 ママはやくワタチをむかえにきて・・・・。 虚ろな目で辺りを見回す仔実装。 ママが来れば全ての事態が好転すると頑なに信じ込んで消えかけている命を必死に繋ぐ 見たことも会った事も無いママはきっと、 とっても強くて優しくて美味しいものを沢山食べさせてくれるはずだと。 意識が朦朧とする仔実装の視界に今まで見たことの無いものが飛び込んでくる。 共喰いをしていた同族とは比較にならないほど巨大な人間が歩いてくる。 仔実装には人間と関わった記憶が無い。 でも本能はこう囁く。 アレはカワイイ自分に幸せをもたらしてくれるモノだと・・・。 仔実装は本能が告げる幸せの運び手とやらを憧憬の眼差しで見つめる。 愚鈍だということはある意味幸せなこと。 生まれて間もない自分を母親から引き離して、寒風吹きすさぶ公園に捨てたのが当の人間達だというのに・・・。 人間を凝視する仔実装の目にもう一つ映るものがある。 それはこちらに向かって歩いてくる人間の腕に抱かれた実装紅の姿。 暖かそうな真紅のコートに身を包み、洒落た羽根突きの帽子を被った実装紅は 飼い主であろう男に抱えられてまどろんでいる。 まどろむ実装紅の顔は穏やかで、微塵の不安も見受けられない。 詳しいことは判りかねるが、少なくてもこの飼い主と実装紅の関係が良好なのは確かなこと。 なんだろう? あのあかいやつをみていると・・・・、 くろくてもやもやしたものがむねのおくからわきあがりからだがあつくなってくる。 何の知識も持たない生まれたての仔実装には詳しいことは分からなかったが、 今まで自分の苦境を度々救ってくれた本能が激しく告げる。 あの境遇は高貴な自分にこそ相応しいもの、邪魔者を排除して手に入れろ。 自分は幸せになる資格がある、幸せを掴める可愛らしさと賢さがある。 今すぐあの大きな奴を追いかけて自分をアピールしろ。 そうすればママと暮らすよりももっともっと幸せになれる、と・・・・・。 幸せを享受する実装紅への憎悪と人間に拾われれば幸せになれるという希望が仔実装の冷えた体に活力を注ぎ込む。 仔実装は本能の命ずるままに力を振り絞り、茂みを抜け出して走る。 「テチャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」 ありったけの大声を上げながら実装紅を抱えた人間の後を必死に追いかける。 だが、所詮は生まれたての仔実装・・・・。 早足で進む人間の前に回りこむどころか、あっという間に20m以上も離されてしまう。 その上、運の悪いことに人間は耳栓型のイヤフォンで音楽を聴いているので、 仔実装のか細い声ではどんなに騒いでも聞こえない。 なんで!なんで、ワタチがよんでいるのにふりむかないの! かわいそうなワタチがこんなにいっしょうけんめいこえをだしているのに! 仔実装はヘロヘロになりながら走る。 自分ではかなりの大声を出し、素早く走っているつもりでも現実はまるで違う。 ミドリガメ程度の速度でノタノタ走り、擦れた口笛みたいな声で囁く仔実装。 希望の光である人間はどんどん遠ざかり、体だけでなく心もジワジワと冷たくなってゆくのを感じる。 イヤだ!イヤだ!みんなとおなじになりたくない!! ワタチはしあわせになるんだ! なるったら、なるんだ!! ・・・・・・・仔実装の祈りが通じたのか、人間が立ち止まる。 公園の外に出て、横断歩道の信号待ちをしているようだ。 目標が止まったのを見た仔実装は最後の力を振り絞って人間の下に急ぐ。 今頑張らなければ仲間の様に動かなくなるという恐怖と 人間の下に辿り着けば幸せになれるという希望が死にかけの体にさらなる活力を注入して仔実装を前に進ませる。 「テ・・・・チャァァァァァァァ・・・。」 ボロボロのマラソンランナーの様な仔実装は生きるために前に進む・・・・・。 あと10m・・・・・。 その距離が踏破出来れば人間の足元に辿り着く。 もうすこし・・・もうすこしで・・・しあわせになれる・・・・。 思い込みのみで体を動かす仔実装は自分を幸せにしてくれる筈の人間だけを見つめて前に進む。 だが無常にも信号が変わり、人間は横断歩道を渡り始めてしまう。 ま、まってぇ!!!おいてかないでぇ!!! 動き出した人間を見て驚愕した仔実装は大声を上げて人間を呼び止めようとしたが、 死に掛けの体では仔実装の期待通りの声は出るはずも無い。 またどんどん距離が離れてゆく・・・・・・。 いやだ!まって!おいてかないでぇ!! ワタチはしあわせになるんだ!!しあわせになるんだ!! だからワタチをおいてかないで!! 大声を出そうとして無駄な体力を消耗した仔実装は既にグロッキー状態。 自力で立ち、前に進んでいること事態が奇跡の様なもの。 ようやく仔実装が横断歩道の一本目の白線に差し掛かった時には頼みの綱の人間はもう頭しか見えなくなっていた。 ・・・・・まってぇ・・・・おいてかないでぇ・・・。 幽鬼の様にフラフラと進む仔実装は手を突き出して幸せをもたらしてくれる筈の人間を求める。 だが仔実装の都合などまったく知らない人間はさらに速度を上げて、仔実装の視界から完全に消えてしまう。 人間の姿が見えなくなったとたん、仔実装の頭の中は真っ白になってしまう。 死力を尽くして生き延びる努力をしたけど、とうとう手が届かなかった・・・・・・。 この厳しい事実が仔実装の支えとした妄想を砕いてしまう。 「テ・・・・テェェ・・・。」 通行の多い車道のど真ん中でへたり込んだ仔実装はそのまま動かなくなってしまう。 心の支えと体力を全て失ってしまい、行動不能に陥った様だ。 しあわせ・・・・ おいしいもの・・・・ あたたかい・・・ まま・・・・。 生きる屍となって車道でへたり込んでいた仔実装は ものの数分もしないうちに往来の車に引き潰されて死んだ。 仔実装がこの世に居た証である潰れた死骸も 一時間もしないうちに激しい車の往来で跡形も無く消えてしまう。 この仔実装はお友達よりも幸せな死に方だったのだろう。 少しの間でも自身の意思で生きるための選択をし、幸せになるために行動できた。 そして、人間の思い通りにならなかったのだから。 公園に捨てられた禿裸の仔実装達は野良実装駆除用に生産された生き餌。 実蒼石だけに嗅ぎ分けられる臭いを発する南米産の微生物をあらかじめ寄生させた仔実装を 生産する仕様に改造された実験体から生まれたのがこの仔実装たち。 この仔実装を喰った実装石は血液中に微生物が寄生して、 皮脂や唾液、汗や糞便などから実蒼石のみに感知できる芳香を放つようになる。 すぐさま対象を狩り出せなくても、微生物は血中で繁殖し蓄積してどんどん強くなる臭いは決して抜けることはなく、 子々孫々に解けること無い呪いとして受け継がれてゆく。 後は臭いを頼りに実蒼石たちが間抜けな野良実装を狩り出せばいい。 これはまどろっこしくて時間のかかる駆除法だが、 実装石規制法が施行された当初の様に手段を選ばず殺戮して数を減らせという時代では無くなったので、 世間体や後始末のことも考えなければならないために考え出された試案の一つ。 この他にも数種の試案が検討されているが最終的にはこれが採用されるだろう。 母体はタダで手に入る野良実装を用い、本命の微生物は実装研から分けてもらった物を培養する。 養殖場は清掃局の空いてる敷地に小屋を建てて、脊椎を切った母体を等間隔に吊るしておけば良いだけ。 後は命の続く限り母体が生餌の仔実装を生産し続けて、それを定期的に散布して、頃合を見て駆除すればいい。 恐ろしくローコストな上に、季節を選ばず効果も確実に上がる方法を捨て置くバカは居まい。 餌の極端に少なくなる冬場は野良実装の総数を減らせる良い機会でもある。 手を緩めずに野良実装を確実に減らせるのならどんな手でも使うべきだろう。 人間の手を余り煩わさずに野良実装自ら死刑台に上がって来てくれるのならなおのこと。 三日後に今日死んだ仔実装たちのの妹らが暢気な野良実装達に振舞われる。 はたしてそのときの仔実装達はどれくらいこの世に居られるのか? 薄汚い野良実装の餌となり、臭い糞に変わるだけなのか? 地獄を生き延びて賢い野良実装の奴隷になるのか? 人間に拾われると言う幸運を浴するものは出てくるのか? それはその時にならなければわからない。 今年はコレで終いにします。 皆さん、よい年を。
