性悪実翠石の妃翠ちゃん ⑫ 雪の日 ----------------------------------------------------------------------- 暖かい日が続きようやく春が来たかと思ったら、 大陸からの大寒波の影響で大雪が降り積もったとある日の事。 庭飼いされている実装石のミドリは、親仔共々犬小屋の中で寒さに震えていた。 以前渡された、主人と妃翠の使い古しのシーツにくるまっているおかげで、 なんとか凍死せずに済んでいるものの、寒い事に変わりはない。 出来れば仔には雪遊びをさせてやりたかったが、下手に外に出せばあっという間に体温を奪われて、 まず間違いなく低体温症で死ぬだろう。 『ママ・・・、寒いテチ・・・』 半ばうわ言のようにか細く鳴く我が仔を、ミドリはより一層強く抱き締める。 ご主人サマは、どうしてこんなにも震えているワタシタチをそのままにしているのだろう? せめてこの仔だけでも暖かなお家の中に入れてくれないものか。 幾度となく思う度に、「そいつは飼いじゃない」「ミドリが勝手に産んだだけ」という、 無慈悲な言葉を思い出してしまい、余計に心が辛くなる。 そんな風にミドリが打ちひしがれていると、ふと楽し気な声が聞こえて来た。 ご主人サマと、あの忌々しい実翠石の声だ。 ミドリが犬小屋の外を見やると、庭ではしっかりと厚着をした実翠石の妃翠とその主人が、 楽しそうに雪を固めて何かを作っていた。 「ほら、これで雪だるまの出来上がりだ」 「わあっ、可愛いです!わたしも作りますです♪」 妃翠が幾分小さめの雪だるまを作って、主人が作った雪だるまの横に並べる。 「ご主人さまと、わたしです♥」 笑みを浮かべる妃翠に、主人も少し恥ずかし気に微笑みを返す。 その後も主人と妃翠は雪ウサギを作ったり雪玉でキャッチボールをしたりと楽しく時間を過ごしていった。 その間、主人は一度たりともミドリ親仔を顧みることは無かったが。 「身体が冷えてきたから、そろそろ家の中に戻ろうか」 「はいです。あ、でも、ちょっとだけ待ってくださいです」 主人の言葉に妃翠は頷きながらも、何故かミドリ達のいる犬小屋へと向かってきた。 震えながらも睨みつけるミドリに、妃翠はにっこりと笑って使い捨てカイロを犬小屋の中に差し入れる。 「これ、あげるです。まだ暖かいです」 使い捨てカイロの温もりと妃翠の行動に困惑しているミドリに、妃翠は寒さ以外の理由で頬を赤くしながら、 ミドリにだけ聞こえるようにうっとりと告げる。 「わたしはこれから、ご主人さまにベッドの上でた〜くさん”温めて”もらいますです♥ だから、それはお前にあげるです。幸せのおすそ分け、です♥」 それだけ告げて妃翠は踵を返し、待っていた主人の腕に抱き着くと、家の中へと消えていった。 ミドリは震えていた。それが怒りによるものか、寒さによるのものか、あるいはその両方か。 当のミドリにもわからなかった。 ただ一つわかるのは、妃翠が差し出した使い捨てカイロの温もりは、 今の自分達親仔には絶対に必要なものだということだけだ。 手に取った使い捨てカイロは確かに暖かいが、あの忌まわしいデキソコナイの匂いが染みついてもいる。 『あ、あったかいテチ・・・!ママ、これ、あったかいテチ・・・!』 使い捨てカイロの温かさに意識を覚醒させた仔が、嬉しそうにテチテチ鳴き声を上げるが、 ミドリは何も言えなかった。 ただ、使い捨てカイロの温もりが伝わる分だけ、己の心が冷えてゆく、 そんな何ともいえない感覚に襲われていた。
