性悪実翠石の妃翠ちゃん ⑩ お風呂 ----------------------------------------------------------------------- 「ほら、風呂の時間だぞ」 『デェ・・・、あ、ありがとうデス・・・』 『おふろテチ!おふろテチ!』 庭飼いされている実装石のミドリは、お湯が張られた洗面器を地面に置く主人に礼を言う。 今日は三日に一度の風呂の日だ。 仔は喜んでいるが、外なのでお湯はすぐに冷めるし、油断すると湯冷めしかねない。 さらには残り湯で服を洗濯する必要があるのだが、替えの服などないため、 服が乾くまでタオルにでも包まっている外ない。 本音を言えば、家飼いされていた時に使っていた、温かな湯をふんだんに使える家の中の風呂の方が良かったが、 贅沢は言えなかった。 これでも入浴すら叶わない野良実装の生活に比べれば遥かにマシなのだが・・・。 主人の隣に佇む肉穴人形、あの忌々しい実翠石の妃翠が唇の端を小さく吊り上げるのを、 ミドリは見逃さなかった。 まぎれもない嘲笑にミドリの脳が沸騰しかけるが、 ここで主人の不興を買えば風呂抜きにされかねない。 何とか理性を総動員して怒りを抑え込もうとするが、妃翠は容赦なく追い打ちをかけてきた。 「ね、ご主人さま。今日は一緒にお風呂に入りたいです♥ご主人さまのお背中、流してあげたい、です♥」 そう言って主人に身体を擦りつける妃翠に、ミドリはとうとう我慢ならなくなった。 『・・・デギャァァァァッ!! オナホ人形の分際でふっざけんじゃねえデス!お前の方こそ庭で無様に暮らせデスゥ!』 洗面器をひっくり返し、蹴りつける。 非力な実装石の蹴り程度では妃翠に届くはずもないのだが。 『デキソコナイならデキソコナイらしく、無様に野垂れ死ねデス! 飼いになるために腰振って媚びるような恥さらしは、肉便器にでもなってろデシャァァァッ!!』 ミドリは吠えた。これまで溜まっていた鬱憤を晴らすように。 問題なのは、それが主人の目の前で行われたことだった。 結果、ミドリには餌抜きと風呂無しが言い渡された。 既に餌抜きにされて一週間近く。 ミドリ親仔は犬小屋の中でぐったりと横たわっていた。 あまりの空腹で動く事すらままならない。 逃げようかとも思ったが、飼い実装としての生活しか知らないミドリが野良として生きていけるわけがない。 なにより鎖につながれているためそれすら叶わない。 仔が気を利かせて、蟲の死骸や食べられそうな草を甲斐甲斐しく運んでくれていたが、 仔実装が運べる程度の量で成体実装の腹を満たせるはずもない。 何日かすると仔自身も飢えに負けて動けなくなり、とうとう親仔揃って餓死しかける有様となっていた。 放っておけばあと二、三日程度で親仔共々あの世へと旅立っていただろうが、 そんなミドリ親仔の元へ、妃翠が餌皿片手に現れた。 餌皿には格安実装フードが盛られている。 「まだ生きてるです?」 心配ではなく嘲り混じりの言葉に、ミドリは怒りを原動力にして犬小屋から這い出た。 餌皿を地面に置いた妃翠は、侮蔑の眼差しと共にミドリを見下ろす。 「学習能力のないやつです。せめてご主人さまの前では大人しくしていれば、ご飯もお風呂もちゃんともらえるのに」 でも、と嬉しそうな笑みを浮かべて妃翠は続ける。 「お前がわたしにちょっかいをかける度に、ご主人さまはた〜くさんわたしに優しくしてくれるです♥ この前も、お風呂で洗いっこした後に、た〜くさん愛して、可愛がってもらっちゃった、です♥」 だから、と妃翠は楽し気に言葉を続ける。 「はやく元気になって、またしょうもないちょっかいをかけてくるといいです♪」 そう言って、妃翠は足取りも軽く家の中へと戻ってゆく。 『デギギギギギギィィィィッッ・・・!!』 ミドリは屈辱と憤怒で脳の血管がはち切れそうだったが、背に腹は代えられなかった。 這いながらも餌皿に近付き、フードを口に含む。 空腹は最高の調味料と言うが、今回はその例外だったらしい。 フードを噛み締める度に、ミドリの瞳からは悔し涙が溢れて止まらなかった。
