子育て予行演習 ----------------------------------------------------------------------- 仕事帰りの俊彰の視界に、ふと道の端に仰向けで転がる汚らしい仔実装が映り込んだ。 野良の行き倒れだろうか? 服やパンツ、髪の汚さを鑑みるに、さほど賢い個体ではなさそうだ。 ひょっとしたら糞蟲かもしれない。 そうであるならば、親に捨てられたか、留守番に飽きて巣を抜け出して来たといったところか。 微かに胸が上下しているので、まだ息はあるようだ。 普段の俊彰ならば捨て置くか踏み潰してトドメを刺してやるかのいずれかなのだが、 脳裏に浮かんだ萌乃の顔に、これは使えるかもしれないな、と思い直す。 俊彰はポケットティッシュで野良仔実装を包んで拾い上げ、再び歩き始めた。 「ただいま」 「おかえりなさいです、ご主人様♪」 俊彰が帰宅すると、スリッパをパタパタ鳴らして人化実装の萌乃が出迎える。 鞄を預け、キスしてやると、萌乃は小さく切なげな声を漏らした。 そんな萌乃を後に、俊彰は物置から使い古しの水槽を取り出すと、拾って来た野良仔実装を水槽の中に転がす。 冷蔵庫から取り出した栄養ドリンクを雑にかけてやると、土気色だった顔に血色が戻り始めた。 「あの、ご主人様、その仔はどうしたんです・・?」 怪訝な表情を浮かべる萌乃に、俊彰は努めて優しげな笑顔を作る。 「行き倒れていたみたいでね。かわいそうだから拾って来たんだ」 「そ、そうなんです・・・?」 萌乃の声音が僅かに硬い。 ひょっとして、仔実装に嫉妬でもしているのだろうか? 俊彰は萌乃を軽く抱き締め、耳元で囁いてやる。 「あの仔実装を見ていると、萌乃と出会った時の事を思い出してしまってね。 覚えているかい?ショップで処分間近だった時の事を」 「は、はいです・・・♥覚えてます、です♥ ご主人様に助けてもらった時の事、忘れるわけ、ないです・・・♥」 「この仔も助けてあげたいと思ったんだけど、駄目かな?」 「だ、駄目なんてこと、ないです・・・♥ ご主人様の優しさが駄目なんて、そんなこと、絶対ない、です・・・♥」 喉奥から漏れそうになる笑いを噛み殺し、俊彰は萌乃を背後から抱き締め直した。 水槽に横たわる仔実装を萌乃にもしっかり見せてやる。 「でも、俺は日中仕事だからさ。俺が居ない間、この仔の世話を頼めるかな?」 「あっ、で、でも・・・」 萌乃の声に躊躇いが混じる。 大抵の実装石は、人化実装や実翠石のように人の姿を得た同族を激しく嫌悪する。 萌乃も、人化実装の自分が仔実装を上手く世話できるかどうか不安なのだろう。 俊彰は右手で萌乃の豊かな胸をそっと掴み、左手で子宮の辺りをやさしく愛撫した。 「俺と萌乃の赤ちゃんが産まれた時の、練習だと思って、さ」 「は、はいですぅ・・・♥ 赤ちゃんのお世話の練習、がんばります、ですぅ・・・♥」 俊彰の愛撫と囁きに膝を震わせながら、萌乃は頷く。 口の端を釣り上げた俊彰は、声に出さずに呟く。 萌乃、お前は本当に本当に可愛い奴だな。 だから頑張ってその仔蟲をお世話して、その愛らしい顔が悲しみを歪む様を見せておくれ。 翌日から萌乃は俊彰の期待に応えるべく、野良仔実装の世話を頑張るものの、俊彰の予想通り、全く上手くいかなかった。 「さあ、仔実装ちゃん、ご飯の時間です」 萌乃が餌皿に盛ったそこそこ質の良い実装フード(萌乃が人化する前に与えられていたものの残り)を水槽に入れてやるが、 仔実装は礼を言うどころか罵倒を返した。 『オマエみたいなウラギリモノのご飯なんか食べたくないテチ! ドレイニンゲンに言ってスシとステーキ持ってこさせろテチャァァァ!』 「ご、ご主人様をドレイニンゲンなんて、そんなひどいこと言ったら、だ、だめです・・・!」 叱りこそするものの、元来ひどく穏やかな性格であり、これまで糞蟲を相手にした経験などないため、 萌乃は強い態度を取れなかった。 そしてその態度が糞蟲をますます増長させるという悪循環を生んでいるのだが、萌乃にはどうすることも出来ない。 ただ、何とか口で言って聞かせようと時間を浪費するばかりだ。 そんな萌乃の様子を、俊彰はペット用の見守りカメラを通して楽しんでいた。 予想通り、糞仔蟲は萌乃に懐くどころか敵意と糞蟲性を剥き出しにしており、萌乃はそれにどう対処すれば良いのか分からないで狼狽えるばかりだ。 さて、帰ったら萌乃に何と言ってやろうか? 「ただいま」 「お、おかえりなさいです、ご主人様・・・」 元気なく出迎える萌乃に、俊彰はどうかしたのかと言わんばかりに不思議そうな表情を浮かべる。 萌乃に鞄を預けた俊彰は、そのまま仔実装入の水槽を置いている部屋に足を向けた。 「ああ、これは酷いな・・・」 側面に所々糞がへばりついた水槽を見るなり、俊彰はため息混じりに呟く。 「ご、ごめんなさい、です、ご主人様・・・! わたしが、ちゃんとお世話出来なかったから・・・!」 瞳に涙を浮かべて頭を下げる萌乃に、俊彰は優しく声をかける。 「初めてなんだから仕方ないさ」 そう言って俊彰は萌乃を抱き寄せて、耳元で囁く。 「・・・頑張ったご褒美に、今夜はたくさん可愛がってあげるからな」 「ぁっ、は、はい、ですぅ・・・♥」 期待に瞳を潤ませる萌乃を下がらせると、俊彰は水槽の掃除を始めた。 水槽の中から糞仔蟲が何やら喚き散らしているが、どうせ大した事は言っていないので無視する。 どうせあと数日の命なのだ。 せいぜい好きに喚かせておけばいいさ。 翌日も萌乃は仔実装の世話を焼こうと、無駄な努力に時間を費やしていた。 「仔実装ちゃん、今日はボールで遊びましょうです」 萌乃は実装石時代に遊びに使っていたピンポン玉を水槽に入れ、仔実装に向けて優しく転がす。 仔実装はパンツに手を突っ込むと、目の前で止まったピンポン玉に糞を塗りたくってから、 萌乃に向かって蹴り返した。 「な、なんでそんなひどいことをするんです・・・!?」 ピンポン玉は俊彰から与えられた、萌乃にとって宝物と言える物だった。 だが、愛する主人からの貰い物に糞を塗り付けられるなどという暴挙を受けても、 優しすぎる萌乃には報復するなどという発想は無かったらしい。 目に涙を溜めながらピンポン玉を水槽から取り出すと、そのまま部屋を出て洗面所へと向かって行った。 仔実装はそんな萌乃の背にチププと嘲笑をぶつけ勝ち誇る。 見守りカメラ越しに見ていた俊彰は、口がニヤつくのを抑えられなかった。 馬鹿な糞仔蟲だ。 せっかく飼い実装になれるチャンスを掴んだのに、 自らそれを捨て去るような真似をして、無意味な勝利に喜ぶとは。 ま、程度の低い糞蟲らしいと言えばそれまでなのだが。 それからさらに数日が過ぎた。 糞仔蟲は相変わらず萌乃に敵意を剥き出しにしており、萌乃は碌に躾も出来ずおろおろするばかり。 それでも心が折れなかったのは、俊彰に夜な夜な可愛がられていたのと、 これは将来の子育ての練習だと吹き込まれていたからだった。 情事の後、互いの体液で汚れた下腹部を愛おしげに撫でながら、萌乃は言ったものだ。 「ご主人様との赤ちゃんのためにも、子育ての練習、がんばりますです・・・」 俊彰はそんな萌乃の様子を楽しんでいたが、さすがに数日も経つと糞仔蟲の増長ぶりが鼻についてくる。 もういい頃合いだろうと、糞仔蟲には退場してもらう事にした。 「萌乃」 相変わらず糞まみれの水槽を前に立ち尽くす萌乃に、俊彰はあくまで穏やかに話しかける。 「これはもう、飼い続けるのは無理みたいだね」 仔実装への事実上の死刑宣告に、萌乃は肩をビクリと震わせた。 「ま、待って・・・待って下さい、です・・・! この仔はまだ、小さいからよく分かってないだけなんです・・・!」 萌乃の懇願に、俊彰は静かに首を横に振る。 「萌乃も知っているだろう?糞蟲は全てを台無しにする、って」 静かに、だがしっかりと諭す俊彰に、萌乃は何も言い返せない。 「可哀想かもしれないけど、これは仕方のない事なんだよ」 俯く萌乃に、俊彰は静かに、はっきりと命じる。 「だからね、萌乃。きみが責任をもって処分するんだ」 顔を上げた萌乃の瞳は、驚愕と恐怖に見開かれていた。 「そ、そんな、そんな、ひどいこと、わたし・・・!」 「出来ないかい?それなら、仕方ないが・・・」 言葉にありありと失望を滲ませると、萌乃は声を震わせながらも応えた。 「わ、分かりました、です・・・。わたしがやります、です・・・」 仔実装の命を奪うより、俊彰の失望を買う方が恐ろしいらしい。 そんな痛ましくも健気な萌乃の様子に笑い出しそうになるのを、俊彰は苦労して堪える。 代わりに、萌乃を労るように頭を撫でてから、水槽の中の糞仔蟲に向き合わせた。 「首を一思いに捻ってやれば、苦しまずに済むと思うよ」 顔を青ざめさせた萌乃は震える手を伸ばし、歯を剥いて威嚇する糞仔蟲を掴む。 『離せテチ!ウラギリモノの汚い手でさわるなテチ!』 手の中で暴れる糞仔蟲を押さえつけようとして、力加減を誤ったのだろう。 萌乃の指が糞仔蟲の左肩から腕をまとめて摘み潰してしまう。 『い、いだいデヂャァァァァァッッ!?』 「あっ、あっ、ご、ごめんなさいです・・・!」 糞をたっぷり漏らして手の中で暴れる糞仔蟲に、思わず謝ってしまう萌乃。 俊彰は失笑を噛み殺すのに苦労した。 これから殺す相手に謝罪してどうする。 「萌乃、あまり苦しませては可哀想だよ」 「ぁ、うぅ・・・!」 萌乃は頬を伝う涙を拭い、震える手で糞仔蟲の頭を摘んで、少しずつ捻り続ける。 萌乃としては苦しめたくてそうしている訳ではないのだろうが、その躊躇いが余計に糞仔蟲の苦痛を長引かせる事になった。 『や、やめろデヂィィィィ!それ以上曲がんないテチャァァァァァァッ!?』 無様にもがく糞仔蟲の首を、それでも萌乃は僅かずつ回してゆく。 『も、もうやめテチ!ワタチが悪かったテチ!あやまるテチ!こ、殺さないでテチャァァァッッ!!』 今更ながらの糞仔蟲の命乞いに、萌乃は思わず手を止めてしまう。 俊彰はそんな萌乃の肩に手を置き、囁いた。 「萌乃、もういい加減楽にしてあげなさい」 「〜〜〜〜〜っ!」 声にならない悲鳴が萌乃の喉奥から漏れると共に、ポキリと軽い音が聞こえた。 糞仔蟲の首があり得ない方向に向き、脱力する。 耳障りなだけの鳴き声も聞こえなくなった。 「あ、あ、ああっ・・・!」 自身の手の中で失われた小さい命にひどく動揺する萌乃を、俊彰は後ろから抱き締める。 糞まみれになった萌乃の手をティッシュで丁寧に拭ってやると、俊彰は労わるようにその頭を撫でた。 「よく頑張ったね」 「・・・ご主人様、ご主人さまぁ・・・!」 とうとう泣き崩れた萌乃を胸に抱き締めながら、俊彰は口元を笑みの形に歪めた。 ああ、萌乃、本当にお前はよく期待に応えてくれる。 俺を無邪気に慕い、愛するその姿勢も。 愛らしい顔立ちに浮かべる笑顔や羞恥に頬を染める様も。 そしてその泣き顔、震える肩、悲嘆に満ちた声、その全てが愛おしい。 どうか、いつまでも俺の側に居て、俺を信じ、愛して、楽しませておくれ。
