「生き餌」 -------------------------------------------------------------------------------------------------------- 蛇やカエルなどの爬虫類・両生類の餌に、無菌養殖された仔実装が好まれているらしい 栄養価もさることながら、食の細い個体であっても、仔実装が逃げようとして動き回る様子が 捕食者の野生を呼び覚まし、食いつきがいいという 一方で、水槽などで飼われる大型魚類には水を汚すことからあまり活用されていなかった餌用仔実装だが、 昨今では赤と緑の色素が魚類のヒレ等を鮮やかに色濃くする「色揚げ効果」があるとのことで、 一部の大型観賞魚にも活用されることになった さらに、無菌で養殖された通常の餌用仔実装よりも、愛情を注いだ天然もののほうが色素の栄養価が高いと 高名なプロのアクアリスト「三葉俊彰」氏がレポートを出したため、ペットショップで販売されている 愛玩用仔実装を活用するアクアリストも増加していた 大型魚を飼育している私も、例に漏れずその流れに乗った そもそも私が大型魚を飼うようになったきっかけは、三葉氏の飼育している「フタバアロワナ」を生で 見てからだったからだ その美しさ、力強さに心を奪われ気づけば金に糸目をつけずにのめりこんでいった そんなわけで、うちでは大型水槽に時価数百万円のフタバアロワナを一匹飼育している 三葉氏の飼育しているフタバアロワナに敵うものではないが、ここ最近はうちの子も体高・色彩が成熟し とても美しい姿で私を癒やしてくれた -------------------------------------------------------------------------------------------------------- 生き餌での餌やりは一週間に一度。 ペットショップから購入してすぐに睡眠薬で眠らせ、糞抜き後に冷蔵保存しておいた仔実装を 優しく手に持ち、手で温めながら人肌にしていく この仔実装は実装石専門店で私が直に購入してきたものだ 正直、私には実装石の良し悪しはよくわからない 基本的には動きが活発であるものや肌艶が良いものを選んでいる 今回選んだこの仔実装は、左右の緑と赤の瞳がきれいに輝いているのが目についた うまく言えないが、生命力が満ちている個体なのが素人目にもよくわかる いわゆる「当たり」の実装石なのかもしれない となれば、栄養価も高い可能性がある 売れ残りのセール品ではない入荷したての仔実装なので、安物と違い少々値は張ったが… それだけ新鮮で質の良い仔実装ならば、より効果があるであろうと私は思っている 冷蔵保存から徐々に温まってきた仔実装はじきに目を覚まし、「テチャ…」「テチッ」と声をあげながら、 こちらにお辞儀をしようとしてくる 「新しいご主人様にご挨拶ってか?そんなんいいから静かにしとけ」 「テチッ テー、テー…♪」 人肌の体温が心地いいのか、人間に撫でられるのが嬉しいのか、私の手に頬をこすりつけながら甘えてくる。 「……残念だが、この家はお前が期待しているような場所じゃないんだよ」 礼儀もわきまえているし、愛嬌がありよく人に懐いている 普通に実装石飼育をする人間に購入されていれば、良き家族、良きペットになっていたのかもしれないな 「テチィ?テーチー、チュッチュ…♪」 何を言っているのかわからないと首をかしげながら、私の指にキスを繰り返す仔実装がようやく温まった頃、 食用に適さない服を脱がしていく 「テェー?」 大事な服を脱がされていくことに戸惑う様子はあるものの、逃げようとはしない すぐに何かを理解したといった様子で 「テッ。テチッ!」 敬礼をするように手を上げ、静かに服を脱がされていく どうやら服を脱がされる時は、ペットショップ時代もそうであったように、 お風呂に入るとでも勘違いしているのだろう -------------------------------------------------------------------------------------------------------- だが、幸福の妄想もここまでだ 次は髪を、頭皮が裂けないように、ゆっくりとぶち、ぶちと引き抜いていくと…… 「テッ、テテッ…?テチャッ!テチャアアア!!」 大事な大事な髪を抜かれることで、ようやく異変に気づいたのか、この世の終わりのような悲鳴をあげる 涙を流しながら抵抗するのを抑えつけ、毟り残しがないように一本ずつ丁寧に抜いてくと 「テチョッ!テチョッ!」 と抜くたびに聞いたことのない悲鳴を出しながら、プスッ、ブリッ…と屁や糞を少量漏らす 事前に糞抜きをしていても、多少の残渣物は仕方ないことだ そしてそのタイミングで一気に腹を押すと、 「テゲェ~~~テヴォッ!テホッ、テホッ…!」 と顔を歪ませ、間抜けな声を出して口から赤い液体、総排泄孔から緑の排泄物が出てくる 内蔵まで傷んだ様子を見て私は(あっ…ちょっと押しすぎたかな…)と思いながら、咳き込んで苦しそうな 仔実装が一息つくのを待ってから、汚れを清浄綿で拭き取る 別に生き餌に仔実装を使うことに罪悪感があるわけではないが、こいつに対して悪気があるわけでもない なるべく穏便に、なるべく清潔に ただ、うちの魚の良い栄養になってくれればいいのだ -------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「よし、これでいいな。髪も服も、ゴミの取り残し無しっと……」 「テチャアー…テスン、テスン…テエエン、テエエン…」 私の手の中でイゴイゴと暴れながら泣いている仔実装を検品し、問題ないことを確認すると、 頭からフタバアロワナの水槽にゆっくりと入れていく 「テゲッ…テエエエエ…!?」 髪をもがれ、予想よりも低い水温の水に頭から突っ込まれ 人間を疑うことを知らない能天気な仔実装にもようやくこれがお風呂ではないことがわかっただろう なぜ?どうしていじめるの?とでも言いたげだが、しかしこれがこいつの最終地点だ そのために私はこいつを買ったのだから 必死に手足をばたつかせて水面に行こうとするが、ようやく水面から顔を出し 「テチャッ…!!」 と叫び声をあげたのが限界で、水を緑色と赤色に汚しながら、泳げない体はゆっくりと沈み込んでいった すると、水槽の主であるフタバアロワナは餌が来たことを察知し、口先で仔実装をつんつんとついばむ 「チイイイイ……ヂッ、ヂッ…!!!ボコッ、ガボッ……」 -------------------------------------------------------------------------------------------------------- 水への恐怖の次は、自分より巨大な生物への恐怖が仔実装を襲った フタバアロワナが食べ物だと認識して口を大きく開けて仔実装を食おうとした瞬間、 仔実装は手足を振り乱して、意外にも水中で体勢を立て直して横に避ける 避けるが…魚の口の中に入らなかっただけで力強い突進自体は食らってしまい、水槽のガラスに身体を 叩きつけられた 「ヂイイイイ!!ガボッ!ガボッ!」 フタバアロワナは弄ぶように仔実装に何度もついばみ、そのたびにガラス面に叩きつけられていた 水面が揺れ、水中でくるくると回るように甚振られていくときも仔実装は恐怖で目を見開きながらも 「ボエエエエ…!」 と捕食者ではなく、私のほうを見ていた 私としてはさっさと食われてほしいわけで、助けるわけがない 一発で食われていればもっと楽であっただろうに、不幸なやつだ 身体中の酸素を使い果たし、水を飲み。呼吸が苦しくて首元を押さえていた手を私の方へ伸ばし、 助けてと言わんばかりに目で訴えるが…… 次の瞬間、フタバアロワナがバクッ!と仔実装を丸呑みした 咀嚼もなにもない 味の感想を言うわけでもない 食事を済ませた水槽の主は、ただ悠々と水槽内を泳ぎ回っていた そしてじきに緑と赤の水の汚れも濾過フィルターで浄化され、仔実装がいた痕跡は水槽内から無くなった 「一匹一万円もする仔実装を一口でなんて、贅沢なやつだな。お前は」 せめてこの魚の彩りになれと願いながら、持ち主がいなくなった仔実装の衣類や髪を処分するのだった -------------------------------------------------------------------------------------------------------- 次の年、うちのフタバアロワナをコンテストに出すと見事入賞を果たすことができた 飼育歴数年で入賞できたのは、たゆまぬ努力と情熱の結果だとして満足している その一方で、「愛情を注いだ仔実装石が観賞魚に良い」と発表していた三葉俊彰氏の魚は選外になっていた ネットでは、どの仔実装を使っても栄養素に変わりがないだろとの声もあり、件のレポートには疑いの目が かけられていることもあるようだった この業界は数値では測れない要素も多い為、オカルトじみた信仰や風習がまかり通ることは往々にしてある 私としては結果が出た以上無駄な出費だったとは思っていないが、現実として目標とし尊敬していた三葉氏 が選外になっているのは少々ショックではあった 「ま、私はあの説を信用してるけどね。よしテチコ、テッチ、エサコ。そろそろお薬飲んで寝ようねえ」 「「「テチッ」」」 今では私は実装石のブリーダーも兼ねている 今日もほどよく大きくなった仔実装を三匹、眠らせて冷蔵し、三週間分の貯蔵餌にした ペットショップで買うより自家栽培したほうが断然安いし、大きさや鮮度の管理も楽だからだ ただし品質はあまり良いものは出来ず…仔実装の肌の色艶も体型も、そして何より目の輝きも ペットショップで売られているものにはなかなか勝てなかった そしてあの時…雑に餌にした仔実装のクオリティは、実は奇跡的だったのかもしれないと今更理解する どうやったらあんな仔実装が作れるのだろう?母体に使ってる親実装石か?環境か?それとも育て方? ペットショップで普通に売られている程度の仔実装でさえ、難しいと感じる …そもそも根本的な話。私には実装石への愛情が無いから、駄目なのかもしれないな… 「実装石の飼育も難しいねえ…今となって思えば、あの仔を育てて母体にしていればよかったのかなぁ」 そうぼやいてなかなかお目にかかれない優良な個体であったであろう、あの仔実装を思い返すのだった (終) -------------------------------------------------------------------------------------------------------- (一部某実装石絵リスペクト要素を含んでいます)

| 1 Re: Name:匿名石 2026/01/30-01:40:34 No:00009878[申告] |
| 素晴らしい名作 |
| 2 Re: Name:匿名石 2026/01/30-03:30:48 No:00009879[申告] |
| 『残渣物』なんて単語がサラっと出てくるあたりに作者さんの教養が見て取れる
こういう作者さんの作品は内容もさることながら読みやすさも抜群で実に良い |
| 3 Re: Name:匿名石 2026/01/30-04:06:35 No:00009880[申告] |
| 嗜虐ではなく淡々と全てを失ってゆく工程が良かった
1万台の仔実装は最高級とはまではいえないまでもその中でも相当の当たり個体引いた可能性がある 結局自前で賄おうとするが思った様にいかないだろうね そりゃ餌になるようなコオロギやハツカネズミだって愛情たっぷりに育てる人もいるからペットとは業が深いものだ |
| 4 Re: Name:匿名石 2026/01/30-10:21:50 No:00009881[申告] |
| 実装石が可愛く描写されてるのが良いね。最近ではこういうのは珍しい。
主人公は実装石に愛情が無いと言うがスクからは愛情が感じられた。 |
| 5 Re: Name:匿名石 2026/02/01-02:07:48 No:00009882[申告] |
| 飼い主からの愛情を信じて疑わない仔実装が何の救いもなく
食われていく展開が良い この無常観こそが実装石だよ |
| 6 Re: Name:匿名石 2026/02/02-12:16:22 No:00009883[申告] |
| 男が本当に実装石をエサとしてしか見てないのを徹底してていいですね |
| 7 Re: Name:匿名石 2026/02/02-14:30:15 No:00009884[申告] |
| 「愛情を注がれた仔実装の方が栄養価が高い」説…確かに普通なら栄養価は変わらんだろうと思うが
愛されて育てられたのに哀れにもエサにされてしまうのが面白いので有り得そうと思っておく 食実装モノの「ストレスを加えると肉の味が良くなる」のもその方が面白いからだろうし |
| 8 Re: Name:匿名石 2026/02/03-07:16:56 No:00009885[申告] |
| 愛情もって育てた仔実装の方が餌としてより良い影響が期待できるというのは
趣味に取り憑かれた人々のオカルトに片足突っ込んだ行動や迷走をよく表していてホント面白いと思う それと余談だけど料理でストレス(特に物理)は虐待理由以上に 本来明らかに締まりの無いであろう肉質に対して養殖ならよくある調理の下拵えとして天然物なら貴重な分より美味しさを追求して行われるプロの技として そこには防御反射で引き締まる・破壊部位の再生による活性反応等の理由は様々つけられそうではあるがそれ以上に罪深き食道楽と食の愉悦が感じられる表現が散見される面白さじゃないだろうか |
| 9 Re: Name:匿名石 2026/02/07-11:39:14 No:00009886[申告] |
| 内容もさることながら素晴らしい文章力 |