焚き火と仔実装 ----------------------------------------------------------------------- 酷く冷え込んだとある夜。 河川敷の鉄橋の下で、ホームレスの利明は焚き火に当たっていた。 急激な冷え込みは、初老に差し掛かった身には酷く堪えた。 どうしてこうなってしまったのだろう? もう何千回と繰り返したであろう自問が頭をよぎる。 何が原因でホームレスに身をやつす事になってしまったのか、今となってはもう思い出すことも出来ない。 こうして焚き火で暖を取り、カップ酒を啜り、スルメを噛み締めていても、諦観ばかりが募ってゆく。 ふと視界の端に何かが動く気配を感じ取った利明は、首だけをそちらに向ける。 視線の先には、橋脚の影から顔を半分だけ覗かせて、こちらを興味深げに見やる一匹の仔実装が居た。 この寒い中、こんな所でどうしたのだろうか? 親実装はいないのか? 身なりの汚さからして、おそらくは野良だろう。 身なりの汚さには自分も偉そうなことは言えないが。 まあいいか、とアルコールで思考を鈍らせた利明は、大した考えもなく仔実装を手招きする。 やや躊躇いを見せながらも、仔実装は利明に近寄ってきた。 「ほら、寒いだろう?お前さんも火に当たれ」 利明が仔実装の手本となるように焚き火に手をかざす。 仔実装も見様見真似でその短い腕を焚き火へと伸ばした。 「・・・テチュ〜ン♪」 ご機嫌そうな鳴き声を上げる仔実装に、利明は頬を緩めた。 遠目で見ていたのか、この仔実装の姉妹と思しき仔実装達が、やはり橋脚の影からから姿を見せる。 仔実装が三匹に親指が一匹。親指は蛆を抱き締めている。 「テッチャアァ!テッチャアァ!」 最初に姿を見せた仔実装が、後から現れた仔実装達に向かってピョコピョコ跳ねて手を振ると、 テチャテチャ鳴きながらワラワラと出てきて焚き火に当たり始めた。 「テチャァ〜」 「テッチュテッチュ♪」 「レチュン!レッチュン!」 「レフ〜レフ〜」 焚き火の爆ぜる音しか聞こえない静かな一人飲みの場が、いつの間にやら賑やかな場へと変わっていた。 そのうち、最初に出てきた仔実装が利明に向かってテチャテチャ鳴いたかと思うと、 仔実装達は横一直線に並んで揃って鳴き始めた。 「テッチュ〜ン♪テッチュテッチュテッチュ〜♪」 焚き火のお礼に歌でも歌ってくれているのだろうか。 リンガルが手元に無いため何と歌っているのかは分からなかったが、悪い気はしなかった。 ひとしきり鳴き終えたところで拍手してやると、仔実装達は嬉しそうにテチャテチャ鳴いて跳ね回る。 こうして、利明にとって不思議と楽しい時間が過ぎていった。 すっかり夜もふけ、仔実装達がうつらうつらと船を漕ぎ始める。 利明もいい加減酔いが回っていて、そろそろ横になりたかった。 「ほら、お前さん達ももう帰りな」 手を振ると仔実装達はテチ〜テチ〜と鳴きながら、とぼとぼ帰ってゆく。 眠そうな仔実装や親指実装の手を他の仔実装が引っ張ってゆく姿に、利明は少しだけ感心した。 「ほれ、こいつを持ってけ」 最初に利明に寄ってきたと思しき仔実装に、利明は余していたスルメの足を何本か持たせてやった。 礼を言っているのか、仔実装はペコペコと頭を下げる。 スルメが重いのか少しばかりふらつくが、手の空いていた仔実装が一匹、一緒になってスルメを支えに回る。 こいつらでさえ助け合うのに、俺ときたら・・・と自嘲しながら、利明は巣に帰るであろう仔実装達の背を見送った。 数日後の夜。 利明は寝床にしている河川敷の鉄橋の下で、橋脚にもたれ掛かるように背を預けていた。 ここ最近続いた寒さで身体を壊したのか、身体が酷くだるく、寒気が止まらない。 焚き火を起こしたかったが、身体が酷く重かったし、何より 手持ちのライターはガス切れだった。 そんな利明の耳に、テチュン、テチュンと仔実装の悲しげな鳴き声が聞こえてきた。 何とか鳴き声のする方へと首を向けると、橋脚の影から禿裸の仔実装が一匹、足を引きずるようにして現れた。 あの時、一緒に焚き火に当たった仔実装だろうか? だが、どうして服も髪も無いのだろう? 「・・・よぉ、またお前さんかい?」 利明が声をかけると、禿裸仔実装は利明に気付いて足を止める。 手招きすると、よたよたと利明に向かって歩いてくる。 よく見ると、禿裸仔実装は全身痣だらけで、所々血が滲んでいた。 左腕があらぬ方向に曲がっており、左足を引きずるように歩いている。 「テチャァッ!?」 利明の元に来る途中に何度も転ぶが、それでも禿裸仔実装は歩みを止めなかった。 ようやくそばに来た禿裸仔実装を、俊彰は己の手のひらに乗せて頭を撫でてやる。 「お前、一体どうしたんだ?他の連中は?」 利明が問うと、禿裸仔実装は色付きの涙を拭いながらテチュンテチュンと泣き声を上げる。 ひょっとしたら、野良の同族か何かに襲われたのかもしれないな。 その時に他の連中は食われるか何かしてしまったのだろう。 こいつだけは命からがら逃げてきて・・・、といったところだろうか。 そんな事を思いながら、利明は禿裸仔実装の頬を指先で撫でてやった。 俺もこいつも、一人きりなんだな・・・。 禿裸仔実装は安心したのか、俊明の指に頬ずりして目を閉じる。 利明も、そんな禿裸仔実装を胸に抱え込むようにして目を閉じた。 相変わらず寒気が酷くてたまらなかったが、心だけは何故だか不思議と温かかった。 巡回中の河川事務所の職員が利明の遺体を見つけたのは、翌日の昼近くになってからだった。 職員が発見した時、利明と、その手の中で一緒に冷たくなっていた禿裸仔実装は、何故か不思議と穏やかな表情をしていたという。 -- 高速メモ帳から送信

| 1 Re: Name:匿名石 2026/01/22-10:27:12 No:00009872[申告] |
| 哀しい話だが最期はとしあきと仔実装は救われたな |
| 2 Re: Name:匿名石 2026/01/23-01:55:44 No:00009873[申告] |
| 実装石が流行っていた頃に、あんなに居たホームレスの人達はどこに行ってしまったんだろう。
時代を感じます。 |
| 3 Re: Name:匿名石 2026/01/25-21:58:38 No:00009874[申告] |
| お互いに最期のひと時は安らぎを得られたのかな…
そう言えば昔公園隅とかにあったブルーシートと段ボールで出来た住処等もほぼ姿を消したね貧困ビジネスの肥やしにでもなったのだろうか |