飼い実装テヴェールの穏やかな日々 その13 ペットロス ----------------------------------------------------------------------- パパさんの職場にて。 「お疲れ様です。設計の敏明さんいます?え、休み?ああ、ペットが・・・。それはお気の毒に・・・」 パパさんが職場の内線で連絡を取ろうとした相手は、ペットが亡くなったため二日ほど休暇を取っているとのことだった。 たしか敏明さんのペットは仔実装って言ってたっけ? パパさんは、以前敏明さんと二人で飲みに行った時の会話を思い出した。 前の会社で畑違いの仕事をやらされて公園で黄昏れていた時に、まるで自分を励ますかのように花を差し出してきた禿裸の仔実装。 翌日偶然見かけた時にいじめられているところを目撃してしまい、自分の姿と重なって飼うことにした、とか言ってたな。 それを契機に前の会社を辞めて、うちの会社に転職してきたんだっけ。 仔実装は秀裸だったけど、賢い良個体だと嬉しそうに話していたな。 見た目は元気だけどあまり大きくならなくて心配だとも言っていたけど。 驚異的な再生力を持つ実装石だが、服と髪はその例外らしく、一度失われたら二度と再生しないと言われている。 また、服や髪を失った個体は、それまで仲が良かった親姉妹からですら良くて奴隷扱い、 悪ければそのまま嬲り者にされた挙句に食い殺されるという。 このため、実装石は服や髪を失うことを極度に恐れ、それらが失われた際には極めて強い精神的ストレスを受けるといわれている。 敏明さんが飼っていた禿裸仔実装も、一見元気そうに見えて、実際のところは偽石にダメージを負っていたのかもしれない。 敏明さんは仕事は丁寧だし気は利くし、こちらの意図を深堀りしていろいろ提案してくれたりと、 一緒に仕事をしていると大変ありがたい人だ。 そんな人のところで生を全う出来たのだから、きっと飼われていた仔実装も幸せだったことだろう。 「ただいま〜」 パパさんが帰宅すると、いつものとおりセントバーナードのバルクホルンが尻尾を振って出迎えてくれた。 「パパ、おかえり!」 『パパさん、おかえりなさいテチ!』 少し遅れて、娘の秋穂が飼い仔実装のテヴェールを抱っこして顔を見せる。 秋穂とバルクホルン、そしてテヴェールを順に撫でてやりながら、パパさんは思った。 お前たちは、元気に長生きしてくれよ。 一般的に、ペットロスは飼い主の心に少なくないダメージを与えるものである。 飼い実装についても無論その例外ではない。 いやむしろ、巷でよく囁かれる、「実装石に関わるものは皆不幸になる」という言説も相まってか、 より心に傷を負う事が多いとさえ言われているほどだ。 そして心の傷は、それまで注いだ愛情に比例して大きくなるものである。 ごとり、という音と共に、手から零れ落ちたゴルフクラブが床に転がる。 弘子は膝から崩れるようにその場にへたり込んだ。 室内は飛び散った血と肉片と糞、そして飼い実装のミドリの、かろうじて原型を留めている死体で酷い有様になっていた。 「どうして・・・」 弘子の口からかすれた声が漏れる。 どうしてこんなことになってしまったのだろう? 一週間近くに渡る長めの出張による疲労と、それに伴う(弘子を原因とする)彼氏との喧嘩により、 弘子は酷く機嫌が悪かった。 女友達と痛飲しながら彼氏の愚痴を吐き出しても、怒りはまるで収まらない。 そんな弘子が帰宅した際に、飼い実装のミドリが大変申し訳なさそうに見せてきた二匹の仔実装。 不意の妊娠と弘子の出張が重なったため、相談することも出来ず産むしかなかったのだが、そんな事情を汲む余裕は弘子には無かった。 ごめんなさいデス、と詫びるミドリの言葉を無視して、弘子は勝手に仔を生むなんてとんでもない糞蟲だ、 とミドリを罵り、仔実装達を摘まみ上げる。 『テチャアアアァッ!?』 『ママ、ママァッ!?』 『や、止めて下さいデス!仔が怖がってるテス!』 ミドリが仔を返してと泣いて弘子の足にすがりつくと、悪酔いしていた弘子は足を滑らせ、 その拍子に仔実装達を落としてしまった。 『ヂッ!?』 『チュバッ!?』 床の汚い染みと化した娘達を見て、ミドリは泣き叫んで弘子を詰った。 『勝手に仔を生んだのは悪かったデス!でも仔達は何も悪い事してないデス!! なのに、なんでこんなひどい事をするんデス!?』 床の染みと化した娘達をかき集めながら、デスデス泣き喚くミドリに、酒の影響でタガが外れていた弘子は容赦しなかった。 彼氏の影響で始めたゴルフで使うアイアンを持ち出すと、ミドリを思い切り殴りつける。 『デギャァッ!?』 短い腕で頭を庇いながら逃げるミドリを、弘子は殴りつけ、蹴り飛ばし、踏み潰した。 ダメージの蓄積で動けなくなりうずくまっても、弘子は構わずアイアンを振り下ろし続ける。 気付けば、ミドリは身体を半ば潰される形で死んでいた。 弘子は荒い息を吐きながらへたり込む。 アルコールと、ミドリの血と糞の臭いで気持ち悪さのあまり戻してしまうが、 おかげで酔いが徐々に醒めると共に、これまでのミドリとの思い出が蘇ってきた。 ペットショップで購入した時はまだ小さな仔実装だったミドリ。 名前を付けてやると、小さい身体で一生懸命踊って喜びや感謝を伝えようとしていた。 寂しいから一緒に寝たいとせがむミドリのために、枕元に仔実装用の布団を敷いてやったこともあった。 ボール遊びやお散歩の度に楽し気にはしゃぐ様子は、不思議と弘子の心を温かくしてくれてもいた。 身体が大きくなるとお手伝いがしたいと言い出して、不器用ながらも床掃除をしてくれたり洗濯物を畳んでくれたりもした。 初めて彼氏を家に連れてきた時には、何故か私の良いところを彼氏にあれこれアピールしていた。 そんな様子に彼氏は苦笑しながらも、ミドリの出来の良さを褒めてくれた。 これからもミドリとの思い出が紡がれてゆくはずだった。 例えば、彼氏と結婚して子供が生まれたなら、ミドリはきっと子供の良き遊び相手になってくれただろう。 だが、ミドリはもうこの世のものではなかった。 弘子が自らの手で殺してしまったから。 「ごめ・・・ごめんなさ・・・!」 聞く者など居ない謝罪とともに、弘子の瞳から大粒の涙があふれてくる。 まるで己の罪を洗い流そうとするかのように。 もっとも、失わてしまったものの大きさに比べれば、全くと言っていいほど足りなかったけれども。 -- 高速メモ帳から送信

| 1 Re: Name:匿名石 2025/12/09-10:31:33 No:00009844[申告] |
| 酔っていたとは言え可愛がっていたミドリにそこまで暴行できるってのは
やっぱり他のペットと比べて実装石の扱いは軽いんだろうなと思った 敏明みたいな例もあるし飼い主全部とはそうとは言わないが、少なくとも弘子の中では 実装石の命は(自覚していたかは別として)軽かったのだろう… |
| 2 Re: Name:匿名石 2025/12/09-16:45:49 No:00009845[申告] |
| 実装石を通した社会風刺。
結構好きです。 |
| 3 Re: Name:匿名石 2025/12/09-18:46:22 No:00009846[申告] |
| つくづく実装石って飼うのは博打で良個体で無ければやがて破綻するし良個体にとっても飼われるのも博打で飼い主ガチャにしくじれば暗い未来が待っている事になる皮肉さがある
禿裸仔実装の花はもしかしたら打算の可能性があったかもしれないけど善性でそこら辺は回避出来たのだろう 結局、糞蟲から受ける心の傷よりペットロスの方がずっとまともと思える 両者の幸福な時間は嘘ではなかったのだから |
| 4 Re: Name:匿名石 2025/12/10-10:52:25 No:00009847[申告] |
| 仔実装石を飼っていた敏明さんは、スク3417「実装おじさんと呼ばれて」の敏明さんかな?あの公園で出会った禿裸とのその後が安らかだったようだと知れて良かった。弘子が飼っていたミドリはおおむね善良個体と呼べる者だったが、想定外の出来事がいくつか重なるだけで虐殺されるとはな。実装石が飼いとして一生を全うするには自身の性格はもちろん、主の性格にも恵まれなければ叶わないのか。人間同士もまた然りだが、難しいことだなあ。 |