昼下がりの公園、陽光が木々の間を抜け、麗らかな春の気が巡る。 「デス!」 そんな中、野良実装家族が茂みから道へと這い出てきた。 プヨっとした肉付きの見た目はどこにでもいるような野良実装。 その成体実装は、ある信念を持って今日も飛び出していく。 頭にあるのは使命感。 かつて飼い実装だったという大ママから受け継いだ言葉たちを胸に秘めていた。 「ニンゲンを癒し、飼われてシアワセになってやることこそ実装石の道デス、そして実装石を愛して養うことこそニンゲンの道デス」 「ワタシはいっぱい考えてこの正しさに気づいたデスが、飼っていたニンゲンにソレを伝えたらニンゲンはワタシのアタマのよさがコワイコワイになって道を外れてワタシを捨ててしまったデス」 「でも正しいのは間違いないデス。だからオマエはこの道をナカマやニンゲンに教えてやるといいデス、正しさはいつか伝わるはずデス。」 仔実装の時分から己をダイジダイジにし、大きく育ててくれた大ママの言葉。 自意識が肥大化し、増長して捨てられた実装石が幸せ回路の暴走から現実をゆがめて認識し、辿り着いた妄言。 野良実装にとって聖なる教え、大ママがそれを伝える活動中に死んでしまったことで、いっそう信念は強固になった。 彼女は受け継いだその教えを仔実装にも伝え、今日もまた道ゆく人間にアピールする事で実践を続けている。 冬を越えて活動のしやすい春の日とともに、野良実装は活発になっていた。 行動の時を今だと考え、連日の活動に精が出る。 「ほら、長女チャ、今日もニンゲンサンにワタシタチの道を教えてやるデス!」 「テッチュ!」生まれてまだ一週間の純真な仔を連れ、通行人の足元に駆け寄っていく。 「デププッ!ワタシの天使チャンも、ワタシもとっても可愛いデスゥ~ン!癒しとなるワタシタチを飼うのが正しい道デス!」 「チュッチュ!」 体をウネウネ揺らし、身体をぴょんぴょん跳ねさせる。 大股を開き両手を広げて尻を振る、かわいいつもりの奇怪なヲドリ。 彼女の仔実装は何匹も居たが、このくだらないアピール活動の中で次々に犠牲になっている。 そんな事の繰り返しの中でもへこたれない。 「ワタシは仔を何匹も失っているけど、それでもニンゲンサン大好きデス♡だから正しいデス!」 犠牲が出ればこそ、コストがかかればこそ、きっと正しいからそうなるのだという認知が膨らんでいく。 実装石らしい、妙に頑固で間違ったポジティブさが遺憾無く発揮されている。 苦難の後にはご褒美があるデスという、大ママが伝えた言葉。 かつてショップで躾をされていた時代に大ママが受けた教育が、世代を経て誤った形で再解釈された思考法。 そんなママがママなら仔も仔だ。 長女仔実装は甘ったれた声で「ニンゲンサン、ワタチ見てテチュ?ちっちゃくてふわふわで可愛いテチュッチュ!抱っこしテチンッ?」 チュッチングしつつの媚びポーズで跳ねている。 こんな事の繰り返しによって姉妹が何匹も死んでいるというのに。 死を間近にすれば大抵のバカ実装でも流石に目が覚めるものだが、教えに脳を侵された長女は思考停止でママに追従し続ける。 もっとも、仔実装ゆえにそうなるのも仕方がないことではあるのだろうが。 …… 二匹に対して、通行する人間たちの反応はと言えば当然ほとんど無関心。 ある者は一瞥して早足になり、ある者は「春実装か……」と顔をしかめ、通り過ぎていく。 汚物が落ちていたら人は避けて通る。それと同じこと。 「チャアッ!?」 たまたま、イラついた若者が「うぜえな」と長女仔実装を軽く蹴り飛ばす。 足を体液で汚したくないのか、そこまで力を入れてはいない。 稀に現れる実装嫌いだ。 死んだ長女の姉妹たちは皆こういった人間の犠牲になったものだった。 「テェン!イタイイタイテチィ!イタイんテチィ!イタイ!イタイ!イタイイタイテチィッ!!」 長女が地面を転がり、透明な偽涙を流してわざとらしい動きをする。 あまり力を入れられていない蹴りなので、少し擦り傷が付いた程度だがオーバーアクションに痛みを訴える。 道ゆく人間たちをチラッチラッと見ながら、これ見よがしに泣き叫ぶ。 野良実装は長女を抱き上げてカッと目を見開いた。 「ニンゲンサン、ひどいデス!ワタシタチはニンゲンサンを癒して救いたがっているんデス!こんな暴力は野蛮デス!」 少ない表情筋をフル稼働させたキメ顔をしながら抗議の声を上げる。 しかし、その声を届かせる想定の対象はすでに歩き去っていた。 それでも胸を張ってどこか満足そうに『キメる時はキメる』自分を描き、それに酔っている。 「ママッ!かっこいいテッチュ!チュッチュ~ン!」 大なり小なり実装石とはそんなものだが、この二匹はその傾向がかなり強い。 …… そこに暇を持て余した一人の人間が近づいてくる。 手に持つスマホには「実装リンガルアプリ」が起動しており、野良実装の言葉を翻訳しながら意地悪そうにニヤニヤと笑っている。 「おい、そこのさっきからガンバってる実装石。いいことを三つくらい教えてあげるよ」 こんな人間の正体は語るまでもなく、実装石を虐めて楽しむ類い。虐待派だ。 そんな事を理解する材料を持たない野良実装はと言えば、ついに登場した構ってくれる人間に鼻をピスピス鳴らして興奮する。 赤緑の目を輝かせて「教えてほしいデスデス!」と前のめりに応じた。 長女は「ママとニンゲンサンがお話ししてるテチ!?やっぱりママは正しいんテチュ~!」と嬉しがる。 人間はアプリ越しに語り始めた。 「じゃあまず一つ、お前ら実装石はだいたい人間の嫌われ者だ!これから好かれる可能性も低いぞ!」 「……デェッ?何を言うデス、ニンゲンサンはこれだからダメダメデス、実装石を愛するのがニンゲンサンの道ってママが言ってたデス!ママは正しいから、オマエがマチガイデス」 初っ端から飛び出した不服な発言に母実装は呆れ顔で、やれやれと訂正する。しかし、その耳が僅かにピクピクっと震える。 「二つ目、人間は実装石はそこら中で緑のうんこ撒き散らして恥知らずで汚いし、見た目も妙な下ぶくれ顔でデブ体型だしだらしなくてかわいくないと思っているぞ!」 「ウ、ウンチはキタナイけどブリブリは自然に出ちゃうんだからダメなことじゃないデスゥ、見た目もキュートでふっくらプリティデスッ」 野良実装がワンテンポ遅れて反論を考え、失礼な言葉に食らいつく。やれやれといった動きをわざとらしく大きくし、効いていないと主張する。両の耳が忙しなく震える。 「最後に三つ目、人間は皆実装石をこれから歩行糞って呼ぼうと考えてるんだ。わかるかい?歩行糞、歩くうんこって意味ね、歩行糞」 無論デタラメだ、虐待派は野良実装の小さな変化を見逃さず、屈辱的なストレートを投げ込んで楽しむことにしたようだった。 受け取る野良実装といえば、そんなあまりの内容に一瞬固まったが、すぐに顔を真っ赤にして反論すべく口を開く。 「う、ウンチじゃないデス、ワタシタチはウンチじゃないデスっ!そんなのやめさせるデス!」 余裕ぶる態度が早々に剥がれて、語気が強くなる。 人間が発する言葉というだけで、それは実装石にとって本能的に特別な重みがあるものだった。 「そ、そうなんだぁ、なんでなの?歩行糞?」 虐待派がその様子を面白がって、野良実装へ言葉を続けるように誘導する。 その話の通じていないような様子にイライラとした野良実装が、まるで大演説のような勢いでまくし立て始めた。 「デーッ!ワタシタチは実装石デスッ!ニンゲンだってホントは実装石が好きデス!ほんとはワタシタチを必要としてるにちがいないんデス!」 「でもおバカサンだからイジワルするんデス!それでも手を差し伸べて、飼わせてやろうとしてるワタシタチはとってもかっこいいんデスッ!」 「そんなワタシタチをウンチと呼ぶのはひどいことデス!やめるべきデス!ハナシにならんデスッ!」 野良実装の表情は相当なストレスを感じているのが見て取れる。 しかし人間が構ってくれるから、言葉をくれるから離れられない。 本能から人間への依存を示す、実装石の本能がこの場からの退場を許さない。 そんな横にいる長女は目をキラキラさせて興奮していた。難しい話は一切わからないので何を話しているかも理解していない。 「ママかっこいいテチュ!おっきいニンゲンに言ってやったテチュ!」ママへ喝采を送り、上下に跳ねている。 キメるときはキメるママがついにニンゲン相手にキメたテチ!かっこよすぎるテチャアア!とでも思いながら。 長女の脳内では幸せ回路がフル回転。 人間が驚き、平伏する姿と王冠を被ったママがパレードする珍妙な幻想が既に描かれている。 …… 虐待派は粘着質な笑みを浮かべ、息の上がっている野良実装へぼそりと返した。 「歩行糞、勘違いだよ、人間は本当に歩行糞の事が好きじゃないよ」 実装石に程度を合わせたシンプルな返し。 素早く理解できたことで野良実装はいよいよ話の通じない虐待派へ激昂し、顔を真っ赤にした。 「デェッ!だからそれはデスゥ!ママの言ってた事と違うからマチガイなんデス!デスッ……愛されるべきだから愛されるべきなのが実装石デスゥッ!!!」 野良実装は怒りで全身を激しく震わせて、昂ぶりによって尻から実装石特有の緑色の軟便が「ブリビチブリュッ」と漏れてしまう。 話の通じない相手へのイラつきを隠せない。 パンツを緑に染めて、その隙間から軟便がはみ出てきているのを指差して虐待派が声を出す。待っていましたと言わんばかりに。 「あ、漏らしてる、怒ってすぐにうんこ、ブリ……う~ん、これは歩行糞」 「デ、デアッ、デッ、デーッ!!デデッ!!」 もう唸り声と無意味なうめきばかりしか出てこない。 彼女は実装石がウンチを漏らすのは自然と言いたいが、最高潮に達した怒りによって舌がもつれてどうにも言葉にならない。 今も虐待派は野良実装に指を指して歩行糞と囁く。何度も何度も、何度も。 耐えきれる理由などない。 「デデェッ、デスウウウッ!デェ~~~ッッッ!!!!」 大絶叫。同時に野良実装の頭の中の血管がブチ切れる。 「デヒョッ」野良実装が倒れた、顔を青ざめさせて痙攣している。 怒りが誘発した血圧の急上昇によって脳の血管が破裂し、内出血で倒れて仮死に至ったのだ。 …… 「ま、ママ?ママぁ~!テェ~!」 長女はニンゲンと対等で言葉でやり合って優勢だった(ように長女には見えていた)ママが突然倒れ、その敗北を印象付けるかのような急変に呆然とする。 流石に幸せ回路のトリップもこの状況では即座に吹き飛んでしまう。 ブクブクと泡を吹いて、青ざめていくママのカラダをユサユサと揺さぶる。 やがてニンマリとする虐待派がこちらを見ているのに気がついて、プルプルと震える。 苦し紛れに人間に近づいた。ママの言う通りに、ママの言う通りに……。 受けてきた教育に従う長女。逃げるという選択を選ばないし、選べない。 「ニンゲンサン…ワ、ワタチ可愛いテチュン!ちっちゃくて、ふわふわの癒しっ仔テッチュ~ン…飼って…テチュッチュゥ……」 ぎこちなく、媚びる声での、チュッチング。 恐怖と悲しみを露わにしながら、ママとお揃いするように軟便を「プリリッ!」と漏らしつつ媚びる姿は、惨めさしかなかった。 虐待派はただ「やだ」と言ってのけ、思い切り顔面を蹴り飛ばす。 それは文字通りの一蹴だった。 仔実装は宙を少し舞った後に「テギャアア!」と悲鳴を上げ、地面に叩きつけられた。 四肢が弾け飛んで背骨が折れ、傷がついて破裂し内容液がトロトロと流れ出る目玉をぎょろぎょろとさせ、ビクビクと不気味に蠢く。 …… 「あら、あーごめんねえ、ここ最近ヘンなジッソが居着いてて、出ちゃうからねえ、絡まれたの?かわいそにねえ」 やがて実装の鳴き声を聞きつけて、公園の清掃をしている年配の女性が現れる。 その場で虐待派に会釈する。 「おばちゃんきてくれて助かりました~!散歩中に急に出てきたから、咄嗟に蹴っちゃって、そしたらこうなってしまって」 白々しい態度で経緯の捏造をする虐待派と、ウンウンと頷く女性。 「おばちゃんに後まかしとき!」 そう言ってサムズアップをすると、道に転がる野良実装をあらため、まだ息の残っているのを確認するや二匹を乱雑に掴んでゴミ袋に突っ込んだ。 その上から虐待派に見せつけるように、体重をかけて踏みつけた。 「うわ!おばちゃんかっこいいっす!」満面の笑顔で、ゴミ袋に入れられた野良実装を踏み潰した女性を賞賛する虐待派。 「ねえ~悪いジッソったらこうすんのがいちばんいいからねえ」 そのまま、女性によって清掃用具で軟便の跡さえも綺麗に拭われていった。 公園に造成された『人間の道』に望まれざる汚れがまったく取り除かれて、きれいな形へ整えられた。 おわり
1 Re: Name:匿名石 2025/04/07-18:49:05 No:00009593[申告] |
>飼われてシアワセになってやることこそ実装石の道デス、そして実装石を愛して養うことこそニンゲンの道デス
駄目だ、もうこの時点で末路は決まったようなものじゃないか…… こういう依存体質の糞蟲が何もかもを台無しにするんだな |
2 Re: Name:匿名石 2025/04/07-19:48:01 No:00009594[申告] |
故に、生涯に意味はなく。その体は、きっと糞で出来ていた。 |
3 Re: Name:匿名石 2025/04/08-00:11:06 No:00009595[申告] |
そんな進んだ形跡も何も残らず何とも交わる事の無いモノを誰も道とは呼ばぬのだ… |