タイトル:【虐】 マイちゃんの愛護日誌 ~野良一家の七日間愛護・後編~
ファイル:愛護日誌5.txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:1238 レス数:5
初投稿日時:2016/08/04-01:02:47修正日時:2023/02/02-21:02:42
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 前編のあらすじ。

 大事なペットのコミドリ38世を失って傷心に浸る私、桐野マイ。
 そんな私の前に現れたのは、実装ショップに泥棒に入った命知らずな成体実装ちゃんでした。

 彼女はこの街では珍しい野良実装ちゃんで、大切な仔たちを守るためにあえて危険を冒したのでした。
 私はそんな彼女たちに近づき、苦労しながらも少しずつ心を通わせていきます。

 そんな私たちをあざ笑うように、野良一家の住処を奪う工事の日は近づいていくのです……



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   【3】

「それ、いくよっ!」

 勢いよくボールを転がすと、それは次女ちゃんの脇をすり抜けて遠くへ転がっていきます。
 長女ちゃんと次女ちゃんは一生懸命にテッチテッチと掛け声をあげながら追いかけていきます。
 やがて先に手にした次女ちゃんが私に向かって転がします。

「テチッ!」

 しかしボールは途中で勢いを失って止まってしまいます。
 すると今度は長女ちゃんがボールに追いついて両手で力一杯押し転がしました。
 ボールはようやく私の手元までやって来ます。

「すごいすごい、ふたりとも上手!」
『テチャテチャ!』

 大げさに拍手して褒めてあげると、二匹は跳ね回りながらハイタッチをして見せます。
 まったく……仔実装ちゃんってやつはどうしてこうもかわいいんでしょう!

「それじゃ、もう一回いくよー」
「ニンゲンサン、ニンゲンサン」
「ん、どうしたの?」
「ワタシ、とっても楽しいテチ! 遊んでくれてありがとうテチ!」

 まあ、なんて良い仔なんでしょう!

「ふふ、どういたしまして」

 彼女たちはもう完全に私を信頼してくれたみたいです。
 幸いにも待遇が良くなっていきなり増長しちゃうようなわるい仔ではありません。親実装ちゃんがちゃんと躾けてきた成果なのでしょう。
 私としてはわるい仔も嫌いではありませんけどね。

「さあ、運動した後はごはんにしよっか!」

 私は持ってきたコンペイトウの詰まった袋を開けます。
 この仔たちがわるい仔じゃないとわかったので、今度はちゃんと甘い普通のコンペイトウです。

「なんテチ!? こんなアマアマなの初めてテチ!」
「おいしいテッチュ〜ン♪」

 姉妹が幸せそうに食事している姿を見ていると私まで嬉しくなってきます。
 ちゃんと躾けた飼い実装ちゃんもかわいいですが、命の儚さや生きることの辛さをよく知っている野良実装ちゃんの幸せそうな姿は胸にくるものがありますね。

「ただいまデス……」

 二匹が食べ終わる頃、親実装ちゃんがほとんど中身の詰まっていないビニール袋を持って帰ってきました。
 飼いになれるかもしれないとわかっても、自分で餌を探すのは辞めない辺り現実の厳しさを知り尽くした野良成体実装ちゃんらしいです。

「ニンゲンサン、仔どもたちと遊んでくれてありがとうデス」

 でも、昨日の一件以来、彼女はもう私に対して警戒はしていないみたいです。

「あなたも一緒に遊んでいればよかったのに」
「いえ、万が一のこともあるデスから、頼りっぱなしになるわけにはいかないデス」
「昨日の話、考えてくれた?」
「はいデス。でも、その前にちょっとお話がしたいデス」
「うん?」



 私はハウスの近くの手頃な大きさの石に腰掛けました。
 親実装ちゃんは私の目の前に立ち、滔々と話し始めます。

「ワタシは、ずっと向こうの公園のクジョの生き残りなんデス」

 私が親実装ちゃんと話している間、姉妹はお互いにボールを転がし合って遊んでいます。
 彼女が語ったのは自分の生い立ちとこれまでの苦労の日々のことでした。

 内容はまあ、ありきたりな野良実装ちゃんの話でした。
 仔実装ちゃん時代、常に空腹と戦ってきたこと。
 突然の駆除に出くわし公園の実装ちゃんが全滅したこと。
 ほとんど奇跡のような偶然で自分だけがそこから逃げ延びたこと。
 何度も何度も住処を変え、雨風に耐えてひとり頑張った日々のこと。
 ようやくこの空き地という安全な場所を見つけて大いに安堵したこと。
 ふとした拍子に仔を儲け、娘たちのために命を捧げて頑張ろうと決意したこと。
 思うように餌がとれなくて苦労した時のこと。
 今は亡き三女ちゃん、四女ちゃんを失った悲しみの日のこと。
 近所のゴミ捨て場のルール改変のため、まったく餌がとれなくなってしまったこと。
 仔たちが荒む姿を見て、一念発起してショップへ泥棒に入って私と出会ったこと。
 それらは前後が飛び飛びで、また要領を得ない部分も多い下手な説明でしたが、彼女の気持ちは痛いほど伝わってきました。

「本当に、あの時にアナタに出会わなければ、今ごろ——」

 そう言って私の方を見た親実装ちゃんは言葉を詰まらせます。

「な、泣いてるデス?」
「ん、ごめん」

 目尻に溜まった涙を拭いながら私は答えました。

「ワタシのために、泣いてくれてるデス? ニンゲンが……なんでデス……」
「だって、あなたがすごく立派な実装ちゃんだから」

 嘘じゃありません。
 確かに良くある話ではありますが、野良として生きる実装ちゃんは本当に立派だと思います。
 人間に見つかれば駆除されるのが宿命。
 それでなくとも他にも外敵はたくさんいるだろうに、それでも諦めずに生き延びようとする姿は一個の命として尊敬の念すら湧いてきます。

「アナタは、変なニンゲンデス」
「そうかもね。よく言われるよ」
「本当に、ワタシタチを飼ってくれるデス?」
「うん。嘘じゃないよ」
「デェ……」

 親実装ちゃんは遠い目をして空を眺めています。
 これまでの人生を振り返っているのでしょうか。
 その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいます。

「いちおう、仔たちにも相談してみるデス」
「うん」
「それで、もし、みんなも反対しなかったら——」

 彼女は真っ直ぐに私の瞳を覗き込み、心なしか声を震わせながら言いました。

「その時は、ぜひお世話になるデス」



 その後、私は日が暮れるまで実装ちゃん一家と遊びました。
 ボール遊びの次は土を積み上げてのトンネル作り。
 積み上げた山を使った滑り台遊び。
 持ってきた竹とんぼやゼンマイ式ミニカーを使っての遊びなど、彼女たちにとっては未知の遊びも楽しみました。
 私から見れば子供の遊びですが、それに対して楽しそうなリアクションを見せてくれる仔実装ちゃんたちを見ていればそれだけで満たされてしまいます。
 やがて日が暮れて帰る時間になったとき、彼女たちはみな名残惜しそうに私との別れを惜しんでくれました。

「もう帰っちゃうテチ?」
「ニンゲンサンもいっしょにお家でおねむしようテチ」
「こら、ワガママ言っちゃダメデス。ニンゲンサンにはニンゲンサンのお家があるデス」
「ありがとう。そう言ってくれると本当に嬉しいよ」

 別れ際に私は彼女たちに少し多めのフードとコンペイトウを渡しました。

「こんなにいっぱいくれるデス?」
「実はね、明日ちょっと用があって来られないんだ」
「テッ!? ニンゲンサン、あした来てくれないテチ!?」
「うん、ごめんね」

 露骨に沈んだ顔をする姉妹たち。
 私が来られないのが悲しいと思ってくれているみたいです。

「でもその次の日は必ずくるよ。それと、その次の日は……」

 私は親実装ちゃんの方を見ました。
 今から3日後、私は彼女の了承さえ得られれば一家を飼うことになっています。

「よく考えてね」
「デス……」

 もう彼女の中でほとんど答えは決まっているでしょう。
 よほど偏屈な実装ちゃんや、かつてトラウマを抱えるような飼い方をされていた実装ちゃんを除けば、ほとんどの野良ちゃんにとって飼いになるのは夢の実現と同意語です。
 心配事があるとすれば、その相手が虐待派ではないか、ちゃんと自分たちの面倒を見てくれるかどうか。そんなところでしょう。
 今日までの数日間で私は彼女たちに餌と遊びと安心を与え、信頼を得られるように頑張りました。
 彼女が頭のいい実装ちゃんだからこそ、正しい判断ができるようにと。

「それじゃ、またね」

 私は手を振る三匹に見送られて空き地から出て行きます。
 入り口の看板には3日後の日付と、その日に工事が始まるという事が記されていました。



   【2】

「さて、と……」

 今日は空き地には行きません。
 と言っても用事があるわけではないのです。
 今日は実装ちゃんたちの『本音』を聞くためにあえて姿を現さないというだけです。

 リンガル内臓盗聴器のイヤホンを耳に当て周波数を合わせます。
 実は例のハウスにはこっそりと盗聴器が仕掛けてあるのです。
 どこで会話をしてもこちらに筒抜けになるよう、かなり高性能なモノが備え付けてあります。

『オマエタチに話があるデス』

 おっ、早速親実装ちゃんの声が聞こえてきましたよ。

『実は、あのニンゲンサンから飼いにならないかって言われてるデス』
『テェェェェェェ!?』

 仔実装ちゃんたちの驚きの声が響きます。嬉しい悲鳴ってやつですね。

『そこで、オマエタチにも意見を聞きたいデスが……』
『カイ、嬉しいテチ! やったテチ!』
『あのニンゲンサンなら安心テチ!』

 親実装ちゃんの言葉を最後まで聞くこともなく、仔たちは大いに賛成していました。

『本当に、良いと思うデス……?』
『あのニンゲンサンはとってもいいひとテチ! なにも心配することはないと思うテチ!』
『オネチャの言うとおりテチ! 嬉しすぎて夢見たいテチィ!』
『そうデスか……』

 人間がその場にいない生の実装ちゃん家族の会話。
 そこには嘘も取り繕いもありません。
 紛れもない彼女たちの本音であり、本気の感情です。

『ママも、あのニンゲンサンは信用できると思ってるデス』

「よしっ!」

 私は思わず音声を聞きながらガッツポーズしました。
 どうやら完全に信用を得ることに成功したみたいです。

『明日の明日には3にんそろって飼い実装デス。絶対にニンゲンサン……ご主人様に迷惑かけてはダメデスよ』
『わかってるテチ!』
『カイらしくお行儀良くするよう頑張るテチ!』

「くふ、くふふふっ……♪」

 私は上手くいった喜びに思わず声を出して笑いました。
 もうすぐ飼いになれるという幸福が待っている実装ちゃん一家。
 彼女たちの期待と喜びはどれほどのものでしょう。
 それを想像するだけで私まで幸せな気分になってしまいます。

『さ、今日はみんなでお家の中でゆっくりと休むデス……』

 大量のフードを置いていったので餌を取りに行く必要もありません。
 それでもちゃんと餌探しに行っていた一昨日と違って、彼女が本当に私を頼りにしてくれた証拠です。

 その日私は一日中、幸せ野良一家の語り合いを盗聴しながら過ごしました。



   【1】

 約束の日まであと1日。
 その日、二日ぶりに空き地にやって来た私を出迎えたのは仔実装ちゃんたちの笑顔と喜びの声でした。

「ニンゲンサン、会いたかったテチ!」
「来てくれてありがとうテチ! 寂しかったテチ!」

 そんな仔たちをやれやれという表情で眺めながらも、どこか嬉しそうな親実装ちゃん。
 彼女は丁寧に頭を下げて挨拶します。

「こんにちはデス」
「うん。さんにんとも、こんにちは♪」

 私の足に抱きついてくる姉妹。特に次女ちゃんはほっぺたをすりすりと靴にすりつけています。
 ああ、かわいいですねえ。
 野良生活の中で自然と教養と愛情を身につけた野良ちゃんは、従順な躾済み飼い実装ちゃんとはまた違った格別の愛しさがあります。

「今日はふたりにプレゼントがあるんだよ」

 私はカバンから袋を取り出し、その中身を開けて見せました。

『テェェェェェェェッ!?』

 姉妹は揃って驚愕の叫びを上げます。
 私が彼女たちに見せたのは、ピンク色の仔実装服でした。
 自分だけの特別、しかもピンク色とくれば飼い実装であることを表す最高のステータスです。
 
 彼女たちにそれを手渡します。
 長女ちゃんは感極まった様子で服を抱きしめ、目にうっすらと涙すら浮かべています。
 次女ちゃんは「着てみていいテチ? 着てみていいテチ?」と頬を紅潮して興奮した様子で繰り返しています。
 自分で着るのは難しいと思うので、私は彼女たちの着替えを手伝ってあげました。
 それから自賛した手鏡で彼女たちに自分たちの姿を見せてあげます。

『テッチャアアアアアアアッ! テチャアアアアアアッ!』

 何とも言えない歓喜の声と、止めどなく流れる喜びの涙。
 すべてのプライドを犠牲にして生き延びるためだけに生きる野良実装ちゃんにとって、人間から与えてもらった実装服は幸せの象徴なのでしょう。
 姉妹はぴょこぴょこ跳ねたり辺りを駆け回ったりと全身で喜びを表してくれます。

「仔たちも喜んでいますデス。本当にありがとうデス」
「うん、でもゴメン。あなたの服はないんだけど……」
「いいデス。仔たちだけで十分すぎるくらいデス」

 はしゃぎ回る仔たちを眺める親実装ちゃんの目にも涙が浮かんでいました。

「この前の話、ぜひ受けさせてもらいたいデス。ワタシタチをあなたの飼いジッソウにして欲しいデス」
「うん」
「仔たちも本当に喜んでるデス。これで、飢えて死ぬこともないと……思うと……」

 彼女はいつしか感極まり、言葉を失って望陀の涙を流していました。

「デェェェン……デェェェン……」

 その泣き声からは今まで彼女が歩んだ苦難の日々がよく伝わってきました。
 ようやく手にした幸せ。それをいま存分に噛みしめていることでしょう。

「泣かないで」

 私はそっと彼女の頭に手を置きました。
 心を込めて撫でると、親実装ちゃんは涙を拭って私を見上げます。

「これからは飼いジッソウとしてよろしくお願いしますデス……ご主人様」
「うん♪」

 親実装ちゃんを撫でてあげていると、姉妹が興奮気味に駆け寄って来ます。

「ニンゲンサン! ワタシタチをカイにしてくれるって本当テチ!?」
「うん、そのつもりだよ」
「テチャアアアアッ! やったテチィィィッ!」
「でも私の方も準備があるからね。明日まで待てるかな?」
「待つテチ! いくらでも待つテチ!」
「そうだ、せっかくだし名前をあげようか。長女ちゃんが『ライム』ちゃん。次女ちゃんが『ミント』ちゃん。どう?」
「名前テチィ! 嬉しいテチィ!」
「ニンゲンサン、大好きテチ! 本当に大好きテチ!」

 ああ、なんて良い気分なんでしょう。
 誰かを幸せにしてあげることで、こんなにも自分自身が幸せな気持ちになれるんて。
 そうなんです。幸せとは、幸せを手に入れた『今、この瞬間』にこそ存在しているのです。



 本当に幸せな日々がやってくるかどうかなんて関係ないんです。



 その日、私はまた日が暮れるまで野良一家ちゃんたちと遊んであげました。
 この日が彼女たちが私と会う最後の日なので、悔いが残らないよう、精一杯に。



   【0(マイ)】

 さて、週末もとい終末の日がやってきました!
 私は例の空き地からほど近いマンションに侵入して、そこから双眼鏡を使って空き地を覗き込みます。
 さてと……あったあった!
 この場所からなら草むらの中に紛れた実装ちゃんハウスもよく見えます。さらに、

『ムニャ、テェ……ママ、おはようテチ』
『おはようデス、長女』
『ママ! もう私は長女じゃないテチ! ご主人様からもらったお名前で呼んでテチ!』
『そうだったデス。おはようデス、ライム』
『テチャテチャ!』

 ハウスの中に仕込んだリンガル付き盗聴器の感度はバッチリです。
 さあ、後は彼女たちの最期の輝きをたっぷりと楽しむだけですね!

『そろそろ次女……じゃなくて、ミントを起こすデス。今日はご主人様が迎えに着てくれる日デスから、しっかりと身体をきれいにしておくデスよ』
『わかったテチ! ミントチャ、朝テチーッ!』
『テチャーッ! もう起きてるテチ!』
『テチャ! ビ、ビックリしたテチ!』
『さっきからもうワクワクで目が覚めてたテチ! オネチャを驚かそうと寝たふりしてたテチ!』
『まったく、この仔はいたずらっ仔デス』

 微笑ましい一家の談笑の声がイヤホンから流れてきます。
 そこにあるのは明日の命すらわからない野良の悲壮さではなく、これからの幸せに目を輝かせる希望に満ちあふれた一家の喜びでした。

 くふふ、やっぱり実装ちゃんはかわいいなあ♪
 私が彼女たちにあげたものなんて、ハウスはともかく他はいくらでも買えるような安物のフードや古い玩具、そして『飼ってあげる』という言葉だけです。
 もちろん本気で生き物飼うとなれば多くの時間と出費を必要とします。
 私がこれまでに育ててきたコミドリたちも多大な愛情と労力とお金を費やしました。
 けれど、その見返りに手に入る愛しさと輝きは何者にも代えがたい喜びです。

 彼女たち野良一家ちゃんたちは、それほどの手間をかける必要も無いある意味で『完成品』と言えます。
 今までの生活で培ったパーソナリティ、そして飼い主との信頼の代わりに深い愛情で結ばれた家族愛を持っています。
 私はその隙間に入れてもらう見返りとして、言葉と最低限のお世話をしただけに過ぎません。

『テ?』

 と、イヤホンから流れる音に唸るような低い音が混じりました。
 双眼鏡の角度を少し変えてみると、大きなトラックが二台、空き地の前に停まったところです。

 そうです、工事の人がやって来たのです。
 一週間前からわかっていたことですが、今日この日、空き地に人の手が入ってしまいます。
 当然ながらそこで暮らしていた実装ちゃん家族は——

『よーし、今日は草刈りだ! 投棄物があったら適当に処理しろ!』
『うぃーっす!』

 上はシャツ一枚の作業着姿のおじさんたちがトラックから出て来て、黄色のヘルメットを被って号令をかけます。
 鉄線を外して空き地の中に入ったおじさんたちは、手早く作業を開始しました。

 どぅるん!

 電動草刈り機が低い唸り声を上げ、周囲の草を瞬く間に刈っていきます。

『な、なんの音テチ……?』
『怖いテチ、ママァ……』
『し、心配ないデス。ご主人様がくれたハウスの中なら安全なはずデス』

 そう言いつつも、親実装ちゃんはひょっこりと顔を外に出しました。
 そして彼女は見てしまいます。
 自分たちの住処を隠してくれていた草むらが恐ろしい道具を使って瞬く間に刈り取られていく姿を。

『デェェェッ!?』
『ど、どうしたテチ……ママ……?』
『く、クジョ、デス……! 怖いニンゲンがついにやってきたデス……!』

 工事業者の人たちは別に彼女たちを排除するためにやってきたわけではないのですが、かつて公園の一斉駆除を味わった彼女がそう勘違いしたとしても無理はありません。
 当時、親実装ちゃんが生き延びたのは奇跡的なまでの偶然があったからだそうです。
 しかも今回は空き地の入り口を車で塞がれ、三方は到底超えられない高い壁。
 いま、彼女たちの前には絶対的な絶望が迫っているのです。
 ですが……

『大丈夫テチ! もうすぐご主人様がやってきて助けてくれるテチ!』

 明るい仔実装ちゃん(たぶんミントちゃんかな?)の声が親実装ちゃんを励ましました。
 そうです、今日は工事の日であると同時に私との約束の日でもあるのです。

 もう少し待てば自分たちを飼ってくれると約束した人間が来てくれる。
 だからあとちょっと隠れていれば、無事に幸せを手に入れられるはずだ。

 絶望の中に灯った希望。それは一家の中に強く染みこんでいきます。

『そ、そうデス。もうちょっとでご主人様が来てくれるデス。だからそれまで怖いニンゲンに見つからないよう隠れてるデス』
『その通りテチ、ご主人様、早く来てテチーッ!』
『ライム、大声を出しちゃダメデス!』

 それきりイヤホンから彼女たちの声は聞こえなくなりました。
 きっと今、あのハウスの中で必死に息を殺して耐えているのでしょう。
 絶望がやってくるのが先か、希望が来てくれるのが先か。
 果たして彼女たちの運命は!?

 まあ、当の希望である私はここでこうして観察中なわけですが。

『ん、なんだこりゃ?』

 と、願い空しくついに草むらの中を調べていた作業員の人がハウスを見つけてしまいました。
 作業員のおじさんは爪先でハウスを軽く蹴り飛ばします。

『デッ!?』
『テチャッ!?』

 中の一家の声は幸いにも草刈り機の音にかき消されて聞こえなかったようですが、

『ったく、不法投棄すんなよな……』

 おじさんはハウスを持ち上げてしまいます。

『なんだ、意外に重いな……って、うわっ!』

 その拍子に窓が開き、中から仔実装ちゃんが転げ落ちてきました。

『テベッ!』
『あん?』

 あれはライムちゃんですね。
 二〇センチほどの高さからですが顔面から落ちた彼女は痛そうに顔をさすり、振り向いたそこに大きな人間を見つけてパニック状態に陥ります。

『うわ、実装石が住み着いてんのかよ』

 その嫌そうな声色だけでライムちゃんの恐怖心を煽るには十分でしょう。
 イヤホン越しにもそのおじさんが愛護派の類いでないことはよくわかります。
 
『害虫駆除は仕事に入ってないんだけどな……っと』

 彼はハウスをその場に置くと、無造作に右足を振り上げます。
 作業用の底の厚いブーツ。
 瞬間、ハウスの中から親実装ちゃんが飛び出しました。

『辞めるデス! その仔に手を出すんじゃ——』
『あん?』

 声のした方を振り向くも、さすがはいい歳したおじさんです。
 彼は一瞬も躊躇することなく足を振り下ろしました。

『チベッ』

 ライムちゃんがおじさんの靴の裏に消え、親実装ちゃんは固まってしまいました。
 遅れてハウスから出て来たミントちゃんは、おじさんの足の下に緑と赤の染みを見つけてしまいます。

『テッチャァァァァァ!? オネチャァァァァァァッ!?』
『うわあ、まだ中に入ってたのかよ……』

 作業員のおじさんは嫌そうな声をしながら残った二匹に近づきます。
 その直後に親実装ちゃんはミントちゃんを抱えて走り出しました。

『オネチャアァァ!』
『ダメデス! ライムはもう助からないデス! 逃げるデス!』

 親実装ちゃんの声には涙の色が混じっていました。
 彼女が愛情深い個体なのはわかっています。
 愛する娘を失って身が張り裂けるほどに辛いでしょう。
 しかし長年野良としてやって来た彼女の判断は素早かったです。

 せめて残ったこの仔だけでも!
 そんな思いを抱きながら、染みと化したライムちゃんに背を向けて走り出しました。
 ところが。

『おーい、こっち手伝ってくれ。害虫がいやがった』
『害虫っすかー?』
『実装石だよ。こんなの外に逃がしたら近所から苦情くるぞ』

 駆除をすると決めた作業員さんたちの動きはもっと素早いものでした。
 ひとりが逃がさないよう空き地の前で見張りに立ち、残り三人でミントちゃんを抱えた親実装ちゃんを追いかけます。
 しかもただ追いかけるだけじゃなく、うち二人は草刈り機を稼働させ、実装ちゃんが身を隠す草むらを刈り取りながら彼女を追い詰めていきます。

『デェェェェェェッ!』

 あれに当たれば確実に死ぬ。
 本能的な恐怖を呼び起こす回転音から逃れながら親実装ちゃんは必死に逃げ回りました。
 しかしそれも空しく、やがて彼女は草むらから飛び出しました。
 すでに刈り取られた草束の上を走り、空き地の隅のブロック際で蹲ります。
 その腕の中に震えるミントちゃんを庇いながら。

『ようやく観念したか』

 作業員さんの一人が彼女に近づいていきます。
 ……っと、ここからじゃ角度的に作業員さんの身体に隠れて実装ちゃんが見づらいですね、もうちょっと横に移動しましょう。
 また親実装ちゃんの姿が見えたとき、彼女は顔を上げていました。
 そして大きな声で叫びます。

『お願いしますデス、ニンゲンサン! ワタシたちはもうすぐここを出て行くデス!』
『あん?』
『ワタシタチは飼いなんデス! もうちょっと待てばご主人様がやってきてくれるんデス!』
『テェェェン、テェェェェェン』
『アナタタチの邪魔は絶対にしないデス! だから殺さないでくださいデス!』

 恐怖と悲しみで泣き続けるミントちゃんを庇いながら、親実装ちゃんは必死の説得を試みます。
 もうちょっとなんだ。あとほんの少しだけ待てば、頼れる人間がやってきてくれる。
 そう必死に訴えている親実装ちゃん。ですが。

『何言ってんだかわかんねえよ』

 当然ですが、リンガルなんて持っていない作業員さんたちに彼女の言葉は通じません。
 やがて親実装ちゃんもそれに気付いたのか、色のついた涙を流しながら腕の中の娘をぎゅっと抱きしめます。

 さあ、いま彼女はどんな気持ちなのでしょうか。
 予期せぬ不幸に絶望してる?
 それともまだギリギリで希望がやってくることを信じている?
 あるいは神様とかそういうものに対して祈ってる?
 くふふ♪ いいですねえ、親実装ちゃん、今あなたはとっても輝いて——

『……デ?』

 ん?
 気のせいでしょうか。
 いま、双眼鏡を通して彼女と目が合った気がしました。
 ……まさかね。だってここと空き地はかなり離れてるし、私の姿が見えるはずが——

『デ……デプ……デプッ、デププププッ!』
『うわ、なんだこいつ、いきなり笑い始めたぞ』
『マ、ママ……?』

 突然の彼女の奇行に気味悪がる作業員さんと、泣くのを止めて見上げるミントちゃん。

『デプププププッ! そういうことだったんデス! やーっと気付いたデス!』
『ママ? ママ? しっかりするテチ、もう少し待てばきっとご主人様がやって来てくれるテチ』
『来るわけないデス! ワタシタチは騙されてたんデス!』

 っ!?

『こいつらはあのニンゲンサンとグルなんデス! こいつはニンゲンのギャクタイハが大好きな上げ落としって奴デス!』

 ……違う。

『すっかり騙されてたワタシもとんだマヌケだったデス! やっぱりニンゲンなんて信用すべきじゃなかったんデス! 今ごろあのニンゲンは遠くでワタシタチを見て笑ってるデス!』

 ちがう。
 ちがうちがうちがうっ!

 いや、ちがくないけど!
 全然まったくちっともちがくないけど!

 でも違うの! こんなのは違うの!

『あー、笑ったデス。さ、次女。覚悟を決めるデス。ワタシタチはもう死ぬデス』
『い、いやテチ! きっと優しいご主人様が助けに来てくれるテチ!』
『優しいご主人様なんて最初からいなかったんデス!』
『あー、デスデスうるせえ。いま潰してやるから動くなよ』

 作業員さんが草刈り機を置いて二匹に近づきます。
 その瞬間、私は弾かれたようにビルの手すりを飛び越えました。



   【0・主人公】

 俺の名前は主人公(あるじ・ひときみ)。
 何の変哲もない普通の高校生だ。

 ちょっと人と違うところがあるとすれば、この右腕に『滅亡削り(バーニングイレイザー)』って異能の力を宿しているってことかな。
 とある事情でこの力を手にしてからというもの、学園を狙う悪の組織とのドンパチに巻き込まれてばかりの毎日だ。

 やれやれ、本当は戦いなんて好きじゃないんだけどな。
 俺はもっとこう、普通の学園生活を送りたいだけなのに。まったく不幸な身だぜ。
 あーあ、せめて空からかわいい女の子でも振ってこないかな……

「てぇぇぇぇい!」
「ん?」

 突然聞こえた絶叫に空を見上げる俺。
 その目に映ったのは、純白のパンツと……

「着地っ!」
「ぐぼらぁっ!?」

 俺を踏み台にして着地し、ゴメンの一言も言わずに走り去っていく女子高生の姿だった。

「な、なん……だ……?」

 ったく、これ確実に首の骨が折れてるぜ。
 まったく俺ってやつは不幸だぜ!

「ぐふっ」



   【0・作業員】

 急に笑い出した気味の悪い害虫を叩き潰すべく、オレが足を振り上げたその時だ。

「ぐぎゃぁ!?」

 空き地の入り口を封鎖させてた鈴木の野郎がとつぜん大声を上げた。

「なんだ!?」
「お、親方! 変な女が急に——ぎゃあああっ!」

 制服姿の女子高生が跳びはねる。
 その瞬間、鈴木が首から血飛沫を上げて倒れた。

「こいつっ!」

 山崎と田中が突然現れた闖入者を迎え撃つ。
 しかし女はまるで猫のように身を翻すと、両手に握った青と黒のナイフを閃かせた。

「双刃両殺斬!」
「ぎゃあっ!」
「ごびょおっ!」

 瞬く間に二人を倒し、こちらに向かって走って来やがる。

「てめぇ、何者だ!」

 オレの誰何を無視して女が接近する。
 右手に握ったナイフを躊躇なくオレの顔面めがけて突き出して来やがった、が。

「甘えッ!」

 腰の作業ベルトから引き抜いたラチェットレンチでそいつを弾く。

「ちっ!」

 女は即座に反対側のナイフで斬りつけてくるが、返すレンチでそいつをはじき飛ばした。
 同時にがら空きのどでっ腹に蹴りをお見舞いする。
 が、蹴りが当たる直前に女は自ら後ろに飛び退いて攻撃の勢いを殺した。

「何者かは知らねえが、このオレ様を牧田電刃(まきた・でんじん)様と知っての狼藉かぁ?」
「知るか」

 女は再びこのオレに挑みかかってくる。
 凄まじい跳躍力。
 身のこなしといいただ者ではないだろう。
 だが、所詮は女子高生!

「おっとぉ!」

 オレは横に飛んで地面を転がりながら攻撃を避けると、そこに落ちていた『武器』を掴んだ。
 そいつに火を入れると、凄まじい勢いで刃が回転し始める。
 
「そのちんけなナイフでオレ様のチェーンソーに敵うかぁ!」

 気合いを込めて電動の刃を振るう。
 それは女が持っていたもう一本のナイフに当たって吹き飛ばした。
 さらに右下から切り上げるようにチェーンソーを振るう。

「ちぃっ!」

 手応えアリ!
 オレのチェーンソーは女の纏った制服を裂き、腹の肉を切り裂いた。

「はっはぁーっ! どうだ、見たかオレのチェンソーの切れ味をォ!
 これぞ現場作業員! これぞ殺人鋸術! 貴様のような一介の小娘とは格が違うのだァ!」

 これで女は手負い。
 しかも持っていた武器は二本とも失った。
 この勝負、オレの勝ちだ!

「……嬉しいか?」
「あ?」
「たかがこの程度のかすり傷を負わせただけでそんなに嬉しいとは……たいした現場作業員だ」
「ぬぅっ!?」
「今ので確信したよ電刃。殺人鋸術を唱えてはいるがお前は人を殺めたことは一度もない。
 関係ないけど実装ちゃんを虐待したことのある本当の虐待派なら、相手を仕留めきれなかった己の攻撃を嬉々として語りはしない。
 お前は、虐待派の拷問具が持つ奈落の深さを全く知らない」

 ぬぅっ、この小娘がぁっ!

「貴様、どこまでもオレ様を愚弄しおってェー! もう許さん、殺すーっ!」
「寝惚けるな。もう殺すのは私の方だ」
「笑止! 武器を失った貴様に何ができる!」

 オレは怒りのままにチェーンソーを振りかぶりながら女に駆け寄った。
 右に動くか、左に動くか……奴が回避に移ろうとした瞬間、オレは地面の土を蹴り上げた。

「っ!」
「はっはぁ! これが大人の戦い方よ!」

 現場(せんじょう)ではきれいも汚いもない、勝てばよかろうなのだァー!
 オレは思いきりチェーンソーを袈裟斬りに振り下ろす。
 今度こそ電動の刃が女の身体を真っ二つに切り裂いた——はずだった。

「なっ!?」

 ところが女はオレの予想を遙かに超えた動きで攻撃を躱す。
 どこだ、どこに消えた!?
 ガサリ、茂みを揺らす音が背後から聞こえた。

「後ろかぁ!」

 もう一度チェーンソーを振り上げたその瞬間。
 女の身体が四つに分身した。

 な、なんだ。残像か!?
 いや、違う、これは……
 電撃のようなエフェクトを纏い、肉体の限界を超えた速度で動き回るこいつは……四門!?

「ばかな、ただの小娘ごときが!」

 速すぎる。捉えられない。
 オレは無我夢中でチェーンソーを振り回した。
 どこだ! 右か!? 左か!? 下か!? それとも——

「——うっ」

 首筋に女の太ももの柔らかい感触が伝わった。
 これは——『朱雀』。
 そのまま首に強烈な圧力がかけられ、オレの身体は引きずり倒される。

 ごき。

 ごき。

 どぎゃーーーーーん!



   【0・マイ】

 邪魔なおじさんを屠った私は、いそいで実装ちゃん親子に駆け寄りました。

「ママァ……ママァ……!」

 しかし時すでに遅く、親実装ちゃんは頭を大きく切り裂かれて両目を濁らせて息絶えていました。
 どうやら運悪くおじさんが振り回してチェーンソーに当たったらしいです。
 傍らにはもう動かない母親に縋り付いて泣いているミントちゃんの姿。
 彼女の悲痛な叫びが私の胸を打ちます。

「ミントちゃん……」
「ご主人様! ママが動かないテチ! ライムチャンが潰されちゃったテチ! テェェェン、テェェェェン!」
「ごめん、ごめんね……」

 私はミントちゃんを抱き上げました。

「私がもっと……ごめん、ほんとにごめん……」
「テェェェン! ご主人様は悪くないテチ! わるいニンゲンをやっつけてくれたテチ!」
「違うの、そうじゃないの……」

 言葉が上手くでてきません。
 いくら取り繕おうが、親実装ちゃんにバレた時点で私がやったのは虐待派と同じ「上げ落とし」に過ぎないのです。
 しかし、それをこの仔に言ってどうなるのでしょうか。

 私が悪かったの。謝るから許してね。
 そんなのが通用するわけありません。
 むしろそれは彼女をいたずらに傷つけるだけの結果になるでしょう。

 真実を語ることはできません。
 けど、その代わりに……

 責任は持ちます。
 最後まで。

「ミントちゃん。ふたりでママとライムちゃんのお墓を作ろう。そしたら……うちに帰ろう」
「テ……?」
「約束したもんね。飼い実装ちゃんにしてあげるって」

 私たちは泣きながら死んだ二匹のために穴を掘りました。
 そして……



   【エピローグ】

 それから、夏休み一杯をかけて私はミントちゃんを調教しました。
 飼い実装として必要な躾。人間と暮らす上でのルールを身体に叩き込ませました。

 もう彼女が大きくなるまで時間はあまりないでしょう。
 時間はほとんどなかったから、彼女にとってもかなり辛い日々になったかもしれません。
 もちろん意味のない虐待なんてしませんし、食事も睡眠も十分に与えています。

 その甲斐あって、夏休みが終わる頃にはミントちゃんはどこに出しても恥ずかしくない立派な調教済み仔実装ちゃんになりました。

 そして今日、私たちは行きつけの実装ショップへと向かいます。
 ゲージの中のミントちゃんが寂しそうに話しかけてきました。

「テェ……ご主人様、ほんとにさよならしなきゃダメテチ……?」
「うん、残念だけど……」
「ワタシ、良い仔にするテチ。厳しいシツケも我慢するテチ。だから……」
「ダメなんだよ。私じゃあなたを幸せにはできないから」

 実装ちゃん好きな人は、それぞれ違った実装ちゃんの愛し方の形が有ります。
 私の愛し方では彼女はこれ以上長くは生きられません。
 それはそれで幸せな終わりかもしれませんが、彼女との約束とは違います。

 私たちは無言のまま歩き、私たちはショップへやってきました。

「こんにちは、店長さん」
「おう、こんちは」

 相変わらず退屈そうな店長さんは何枚かの書類を見比べながらぶっきらぼうに挨拶を返してくれます。

「里親は見つかった?」
「まあな。一流の調教師が調教した仔実装を格安で譲ってくれるってんだから、希望者は殺到だったよ」
「変な人はダメですよ」
「もちろん。しっかり厳選した立派な愛護派だ」

 私は躾の傍ら、店長さんに頼んでミントちゃんを飼ってくれる飼い主を探してもらいました。
 店長さんは仲介手数料としてお客さんから少しのお金を受け取りますが、私は一円ももらいません。
 普通にショップで買ったら数千円くらいはする躾済み仔実装ちゃんですが、調教料を考えなければかなり格安でお客さんに譲れるはずです。

 私は自分の失敗から不幸な最期を迎えてしまったあの親実装ちゃんに代わって、この仔を本当に幸せにしてあげると決めたんです。

 テーブルの上に置いたケージからミントちゃんを出して挨拶させます。

「こんにちはテチ。初めましてしょっぷのテンチョウサン」
「おう、やっぱマイちゃんが躾けただけあって礼儀正しいな」
「この仔が優秀だったんですよ」
「謙遜するねえ。しかし、これがあの時の泥棒実装の娘とは因果なもんだね」

 飢えに苦しむ仔たちを助けるため、命の危険を顧みずショップに盗みに入った親実装ちゃん。
 私は彼女の気高い姿を思い出してまたちょっと切なくなりました。

「それじゃ、名残惜しいから……店長さん、あとはよろしくお願いします」
「おう。絶対に事故のないよう新しい飼い主のところに届けてやるからな」

 自信を持って胸を叩く店長さん。
 こう言ったからにはこの人に任せておけば安心でしょう。
 一部の虐待派が大好物な「なんとなく綺麗に終わるかと思わせておいて最後に事故であっさり死ぬ」なんて結末はありません。

「じゃあね、ミント……」
「はいテチ。ご主人様——じゃなかった、マイさんもお体に気をつけて」

 これからは別の人がこの仔のご主人様。
 そう思うと切ない反面ちょっとだけホッとした気分になります。
 さよなら、ミント。どうか死ぬまで死なないで。



 帰り道、私は例の空き地があった場所に立ち寄ってみました。
 そこはもう草の生い茂る空き地ではなく、すでに骨組みの完成したマンション建設予定地になっています。
 あの日、ふたりで泣きながら作ったお墓も、いまは土台の下に埋もれて見えません。

 でも、私は覚えています。
 私以外の誰も知らなくても私だけは覚えています。

 この場所に、とても勇敢なママに支えられた一組の家族が暮らしていたことを。

「さようなら、立派な泥棒さん」

 道路の片隅に墓標のように突き刺さったチェーンソーに一輪の花を添え、私は歩き出します。
 これは私の初めての失敗と、ちょっぴり切ない夏の記憶でした。

                                      おわり

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1 Re: Name:匿名石 2016/08/04-14:04:12 No:00002464[申告]
色々意味で読者を揺さぶりに来てるなw
2 Re: Name:匿名石 2016/08/04-22:45:30 No:00002466[申告]
>「くふ、くふふふっ……♪」
この笑い方だけで、きっと白面の者みたいな顔で笑ってるんだろうなと想像してしまうw
いや、自分も読みながらそんな顔で笑ってるんだけど

どうでもいいけど妹ちゃん、人間相手にやりすぎじゃないのか社会的な意味でw
つーかこの作者さんの作品、バトルシーンになると唐突にジョン・ウーの映画かと思うような
アクションシーンが展開されるのはなんなんだよwww
雷十太先生やめろwwwww
3 Re: Name:匿名石 2016/10/02-00:06:33 No:00002553[申告]
もしかして素で工事の始まる日を計算し損ねてたのかと思ったら呑気に観察していた挙げ句、間に合わないって
確かにこれは凹む
4 Re: Name:匿名石 2023/09/24-10:56:02 No:00008010[申告]
親実装の最期の気付きが次女を救った…感動や
5 Re: Name:匿名石 2026/02/13-20:30:06 No:00009889[申告]
チェーンソー片付けろ
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