「 デェ……デェ………暑いデスゥ…… 」 「 マ…ママ……お水ほしいテチュ… 」 市内公園のダンボールハウス群の一つ。 くり貫いた穴の窓から外を眺めつつ、親仔実装達が呻いた。 今年一番の温度が観測されたこの日、街は灼熱地獄に包まれていた。 折から続く水不足で取水制限が続いていたが、遂に一帯への送水が停止される。 工業用水など優先順位の高い用途へは送水が続いたものの、そうでない方面は断水状態となった。 当然だが、公園内の噴水を始めとする水供給は真っ先にカットされる。 「 かゆいデス!かゆいデス!!かゆいデスゥゥ!!! 」 個体差はあるものの、ある程度汚くなれば大抵の実装石は水浴びをする。 しかし公園内への水の供給が絶たれたことにより、実装石達はここ数日間身体を洗っていない。 身体を洗えないのだから髪の毛を洗うこともできない。 元々、髪の量が非常に多い実装石の頭部にダニが発生するのは至極当然であろう。 公園のダンボール内では、そこかしこで実装石達が頭巾越しに頭部を掻いている。 そして身体中の痒みにも掻き毟っていた。 「 デェー…… 」 「 テチュゥ… 」 「 レフゥ… 」 一方、物音のしないダンボールハウスの中で、実装石達はぐったり伸びていた。 最早、身体の痒みに反応する体力も気力も無い。 その実装石達は完全にバテていたのだ。 日が高く上った午後、公園内で出歩く実装石の姿は殆ど見えない。 照りつける太陽の中を出歩く物好きなど居ないためだ。 そのため、多くの実装石達は住処のダンボールハウスから一歩も外に出ようとしない。 早朝の餌探し以外は閉じこもっていた。 「 それにしても……うだるような暑さデス… 」 一つのダンボールハウスに親実装1匹と仔実装が数匹。 日光は遮断しているものの、ハウス内は実装石自身の存在が原因で益々温度は上昇していく。 狭いハウス内は湿気と熱気が充満していた。 実装石達のダンボールハウスは決まった造りをしておらず、個体によって形態は異なる。 少し目鼻の利く実装石なら、幾らかの工夫もする。 外気を取り込み、少しでも空調を良くする必要性を日々の生活から学んでいたのだ。 扉を開け、窓穴を大きくし、風通しを良くした。 しかし、その程度では文字通り焼け石に水だったようだ。 「 …す、すごい熱いデス!! 」 ダンボールハウスの天井を触った実装石が驚きの声を上げた。 容赦なく照りつける日光によって、天井部分は既に加熱状態。 仮にダンボールでなく鉄板であれば触れた途端火傷していたであろう。 そして加熱された天井によって、ダンボールハウスの中も当然熱せられていた。 日光は遮っていたものの、熱は伝わっていたのだ。 このように炎天下で暑さに苦しむ実装石だったが、幾つかの幸運も存在した。 一つは、虐待派の襲来が激減。 日中30度後半の炎天下の中、実装石を虐殺して走り回るなど気が触れた行為。 無論、あえてそのような無謀な行為に挑戦する者達も存在したが多くは日射病で倒れる。 それなら暑さ対策をしていけば良いのだが、そこまでして公園へ虐殺に行く虐待派は稀である。 二つ目は食料の増加。 夏は食材が傷みやすく、捨てられやすい季節である。 人間では敬遠される傷んだ食料でも、実装石にとってはご馳走であろう。 全く手を付けられていない捨てられた食材を発見できるのは、この季節が最も多い。 しかし、そんな僅かな幸運を全て引っくり返す災厄が存在した。 「 お…みず……ほしい…テチュ… 」 とあるハウスの中、横たわっていた仔実装が親実装に手を伸ばした。 この仔実装は脱水症状で満足に歩くこともできない。 この公園では身体や髪を洗うための水以上に、飲み水が不足していたのだ。 やはり実装石といえど生物であり、水分は必要不可欠である。 完全に公園内で水を確保する手段が絶たれた今、当然だが外部から運んでくるしかない。 因みに、この公園から最も近い水補給可能な用水路までの道のりは300メートル。 実装石といえども行って帰って来れない距離ではない。 しかも捨てられているペットボトル等の入れ物を使って運ぶ程度は考え付く。 だが現実は甘くない。 「 デビャッ!! 」 また1匹、実装石がトラックに跳ねられ、肉片とアスファルトの染みになった。 カラン、カラン…… 乾いた音を立ててペットボトルが歩道に転がっていく。 その公園から用水路までに、どうしても渡らなければいけない道は非常に交通量が多い。 しかも横断歩道までは更に遠い。 この暑さの中、水を補給に行くのは命がけであったのだ。 更に炎天下のため、途中で暑さが原因で倒れる個体も少なくなかった。 そしてかろうじて道路を越えたとしても、無事に済むわけではない。 『 おまえ、実装石のくせに良いもの持ってんじゃん? 』 虐待派の代わりに、小学生の子供達が実装石の前に立ちはだかる。 「 か、返してデスゥ!おうちで子供達がお水を待ってるデスゥゥ!! 」 必死の思いで公園の近くまで持ち帰ったペットボトルの水を、無情にも取り上げられた。 泣いて取り返そうとする親実装を、子供達はニタニタと笑みを零しながら見下ろしている。 『 なんだ、おまえ……これがそんなに欲しいのか〜? 』 「 デス!デス! 」 『 しかしな〜、暑いから………そうだ、涼しくなるよう水を打つか! 』 『 おっ!それいいな! 』 『 盛大に行こうぜ! 』 「 デ…? 」 訳が分からない親実装に対して、はしゃぐ子供達。 するとペットボトルの栓が開けられ、道路に遠慮なく撒かれ始めた。 「 デッ!…デッ!!な、なにをするデス〜!? 」 『 うるせえな、こうすると涼しくなるんだよ 』 ペットボトルから零れる水は、熱せられたアスファルトに落ちて水蒸気を上げる。 「 お水が、お水が無くなっちゃうデス〜! 」 取り押さえられた親実装が泣き叫んで止めさせようとするが無駄だった。 ペットボトルが空になるまで、そう時間はかからなかった。 『 たまには実装石と遊ぶのも面白いな。 』 『 お、またペットボトルを持ってる奴がやってきたぜ! 』 「 返してデシャアアアア! 」 しかし仮に公園へ持ち帰れたとしても、同属達が目を光らせている。 僅かな水をめぐって実装石達は奪い合い、そして死んでいった。 「 …残り少なくなってきたデス 」 公園の森の奥。 草木で巧妙にカモフラージュされたダンボールハウスの中で実装石が呟いた。 「 テェ…テェ…… 」 ハウスの中には、一匹の仔実装が横になって暑さにうなされていた。 他に6匹の仔達がいたが、半分は間引き、半分は暑さに耐え切れず死んでいった。 この実装石は出入りが困難な森の奥を住処に選んだ。 それは同属達や虐待派からの危険を避けるため。 ダンボールハウスを草や木で覆い、外部からは目立たないように工夫した。 そして家族が生きていくため、不向きな仔達は心を鬼にして間引いた。 用心深く、様々な工夫を凝らし生きてきた。 しかし、この親実装でも暑さだけはどうにもならなかった。 ハウスは草や木で覆われ目立たなかったものの、暑さには非常に弱かった。 通気性が絶望的であり、ハウス内に容赦なく熱が溜まっていく。 茹でるような暑さの中、外出した親実装が戻ると仔実装の1匹は脱水症状を起こしていたこともあった。 仔実装の体力では持ち直すこともなく、そのまま死んでしまった。 あれからハウスに幾つか穴を開けて通気性は格段に良くなった。 しかし、それでも暑さは変わらない。 そしてこの親実装も同様に水の確保に頭を痛めていた。 「 ひとつ、ふたつ………もうこれだけしか残ってないデスゥ 」 ハウス内の端に置かれた何本ものペットボトル。 しかし水の入ったのは二本だけ、他のペットボトルは全て空であった。 自分達2匹が1日に使う量はペットボトルで約1本分。 つまり今日と明日の分しか残されていない。 親実装は雨が降るか、公園内の噴水から再び水が湧き出るまで蓄えの水だけで凌ぐつもりだった。 しかし雨が降る気配は無く、今日明日中に噴水から水が湧き出るとも思えない。 水の補給のため、用水路まで出向くのは避けたかった。 それまでの危険は十分に理解していたし、持って帰れたとしても同属達から狙われる可能性は高い。 「 マ……ママァ………テチィ… 」 何時の間にか仔実装が親実装へ手を伸ばしていた。 そのか弱い手を親実装が取って握り締める。 この仔実装は残された最後の仔。 今まで我慢強く自分の言うことを聞き、教えられたことを守ってくれた大切な我が仔。 せめてこの仔だけは…と思うが、今の親実装にはどうにもならない。 「 …さぁ、口を開けてこれを飲むデス 」 「 ママ……これは大切なお水テチュ… 」 「 …オマエは気にせずに飲むデスゥ 」 「 テチュ……テチュッ……… 」 余程喉が渇いていたのか。 仔実装は口に当てられたペットボトルより喉を鳴らしつつ水を飲んだ。 もう時間が無い 親実装は仔に水を与えつつ、これから自分はどうすべきか考えていた。 一つ目は大人しく今日と明日、この家で待つか。 二つ目は用水路まで水を取りに行くか。 三つ目は……。 「 ……やるしかないデス 」 水を飲ませ、仔実装を寝かしつけると親実装はハウス内の荷物を纏め始めた。 残された食べ物、拾ったタオル、そして水の入ったペットボトル等。 大切な物を全て小さなカバンに押し込みつつ、親実装はある決意を固めていた。 「 ……さぁ、音を立てては駄目デス 」 「 テチュ… 」 日が落ち、実装石達が寝静まった夜。 カバンを持った親実装は仔の手を取り、森を出て公園の中を抜けようとしていた。 月は見えない。 薄暗い街燈の下、周りに注意しながら親実装は仔を急かす。 この日も熱帯夜だったが、日中に比べれば格段に過ごしやすい。 親実装はまだ水に余裕があるうちに、他の地へ移住することを決めた。 昼は日光が強く日射病の恐れも有るが、夜ならば涼しく仔実装も出歩くことができる。 今の公園にいても、いずれ水不足で死んでしまうだろう。 もしくは水を求めて半狂乱になった同属に襲われる可能性も高い。 それならば、と親実装は賭けに出た。 この夜の間に過ごしやすい地へ辿り着けることを信じて。 「 ママ、どこへ行くテチュ? 」 「 あっちデス……あっちの方に安全な場所があると聞いたデス 」 公園を出た後、仔に問いかけられて親実装は進むべき方向を見た。 以前、遠い所からやってきた実装石の話では、この方向に大きな空き地があるという。 その横には川が流れており、水に困ることはない。 いつか自分もそこへ移住することを考えてはいたが、遂に実行する時が来たのだ。 ただ、どれだけ歩けば良いのか分からない。 しかも方向さえ必ずしも正しいとは限らない。 だからこれは賭けだった。 朝までに、その空き地へ辿り付けるかどうかの賭け。 明るくなれば危険も増大し、何より日光は暑さで弱っている我が子には致命的だ。 どこか涼しい場所に……仔の腕を握り締める親実装の手に力が入った。 「 デェ…デェ…… 」 「 テチュ… 」 時折、自動車が駆け抜けていく横の歩道にて、親仔は寄り添いつつ歩を進めた。 公園を出て数時間、まだ目的地の空き地には着かない。 多くの建物の間を抜け、幾つも横断歩道や車道を渡ってきた。 既に日付が変わった時間帯であり、殆ど人影は見えない。 であるから虐待派に出会う可能性は限りなく低い。 たくさんの光のある眩しい場所(コンビニ)を見かけたが、すぐに離れた。 あそこは危険な場所だ。 時々、あそこで託児をおこない同属達がいて、成功した者達から自慢話を聞かされた。 ある実装石達は託児した仔の所へ自分も住みに行くと言って出て行った。 その後、姿を見かけない。 親実装は人間は危険な存在だと認識していた。 可能な限り近づいてはならない……仔実装にもそう教えていた。 「 ママ、地面があたたかいテチュ…♪ 」 日中の余熱が残るアスファルトを触って、仔実装が笑った。 夜間の僅かな冷気で、仔もある程度は回復している。 しかしそれも夜が明けるまで……星空の下、親実装は笑みを返すことなく足を速める。 果てしなく続くかに見える、真夜中の街。 「 テェ……テェ…! 」 いつしか仔実装も親実装の心中を察してか、足を速めていた。 いかに日中より涼しいとはいえ、やはり熱帯夜。 長時間早足で歩き、額から汗が流れる。 「 マ、ママ……テェ……つかれたテチュ… 」 「 …では、少し休むデス 」 さすがに仔実装に、この距離を休み無しで歩かせるのは難しい。 親実装が選んだのは街燈からも自動販売機からも離れた暗がり。 回りに人の気配が無いのを確かめると、その道端に親仔は腰掛けて息をついた。 「 テクッ……テククッ… 」 残された一本のペットボトルの口を我が仔にあてがう。 美味しそうに飲む我が仔を見つつ、親実装は先が気になって仕方が無い。 「 …ママ 」 「 なんデス? 」 「 ママも飲んで休むテチュ… 」 仔実装は残された水を親実装に差し出した。 中には2/3程が残されているのが見える。 「 ワタシは大丈夫デス、それよりしっかり休むデスゥ 」 親仔が腰掛けつつ、見上げると星空。 実装石には知る由も無い夏の星座が広がっていた。 「 …ママ、いつまでこんな暑さがつづくテチュ? 」 「 まだまだいっぱい続くデス 」 「 いっぱい…テチュ? 」 「 そう、いっぱいデス… 」 目の前の車道を、ニンゲンの自動車が通り過ぎた。 実装石の親仔に気付く筈も無い。 既に住宅の明かりは点っておらず、僅かな光りが照らすのみ。 道を出歩く人間に会うことはなく、目の前には道が続いている。 結局親実装は仔実装から受け取ったペットボトルに口を付けなかった。 どこか水を補給できる場所に辿りつくまで、これは我が仔の生命線になるのだから。 再び目の前を自動車が通り過ぎた時、親仔は腰を上げて歩き始めた。 「 あ……ママ、明るくなってきたテチュ 」 仔実装が指差す東の空が薄っすらと明るい。 光を受けて、街並みの輪郭が映し出されてきた。 普段ならば実装石からしても美しい光景……だが、今の親実装にはそんな余裕は無かった。 「 デェ…い、急ぐデスゥ… 」 昨日からこの親実装は殆ど睡眠をとっていない。 仔には出発まで寝かしつけていたものの、この個体は準備に追われて休む暇が無かったのだ。 しかも一滴の水も口にしていない。 喉が焼けるように乾いている。 我が仔の身体を優先するあまり、親実装は自分の身体に限界が来たのに気付かなかった。 「 こ、これを……頭にかぶるデス… 」 日差しが強くなってくると、親実装はカバンからタオルを取り出して仔実装の頭にかぶせた。 視界を多少狭めるものの、日光をできるだけ遮ろうとする配慮だった。 「 ママ……大丈夫テチュ? 」 「 …… 」 「 疲れてるのなら、お休みして水を飲むテチュ… 」 「 …大丈夫デス、それより先を急ぐデス 」 親実装は無理を押して足を動かした。 徐々に照りつける太陽は徹夜明けの実装石には非常に辛い。 自分の身体が気化する錯覚に襲われながら、それでも親実装は仔の手を離すことなく先に進む。 気付くと、街中を抜けて徐々に緑が見えてきた。 建物の間に木々が立ち並び、コンクリートの建物は少なくなってきた。 しかし目的場所の空き地は見えない。 日が更に高く上り、車道に自動車が溢れて、多くの人間達とすれ違っても目的の場所は見えない。 地面は再び焼き付けられ、舞い上がる熱気で蜃気楼が舞う。 仔実装も限界だった。 暑さと喉の渇き……そして焦燥感と果てしなき徒労感。 「 マ……ママ……ワタチ…もう……あるけないテチュ… 」 今まで仔実装ながら必死に頑張ってきたが、遂に親実装の手を引いて立ち止まった。 「 デスか… 」 親実装は顔を上げて、進む道の先を眺めた。 目的地らしき場所は視界に見えず、アスファルトには逃げ水…そして熱気で景色が歪んでいる。 空には雲ひとつない青空……雨が降る気配は全く無い。 そして親実装の肌はカサカサに乾燥している。 もう発汗する水分さえ残されていない。 照りつける太陽によって、親実装は目眩を覚えていた。 「 ……あそこで休むデス 」 ふと親実装の目に付いたのは、何かのお店の軒先。 僅か数十センチの場所が日陰になっていた。 仔の手を引き、重い身体を引きずると2匹は腰を降ろした。 もう動けない 腰を下ろした瞬間、もう身体が動かないと感じた。 精神も体力も限界……そして自分の命も残り少ないと悟っていた。 「 こ……これを飲むデスゥ… 」 カバンから取り出したペットボトルには僅かな水しか無かった。 あれから仔に飲ませ続け、もう二口ほどしか残されていない。 「 いやテチュ……ママが飲むテチュ… 」 仔が首を横に振り、出されたペットボトルを親の方へ押しのけた。 「 だ、だめデス……飲まないと…デス… 」 「 ワ、ワタチは大丈夫テチュ………ママが飲んで欲しいテチュ…! 」 親よりは水分を摂取していた仔であったが、やはり喉は渇いていた。 しかし親実装の様子を見れば、出された水を素直に飲めない。 喉が渇いて憔悴し、疲れきっていた親の身を案じていたのだ。 「 …では、一緒に飲むデス 」 ペットボトルの栓を開けると、先に我が仔の口につけた。 「 テェ……テクッ…………も、もういいテチュ 」 仔実装は一瞬だけ口をつけると、直ぐにペットボトルを返した。 中の水は殆ど減っていない。 親の身を案じて、できるだけ水を飲まないようにしてる意図が伺えた。 「 …バカな親ですまないデス……ングッ…… 」 口から流し込んだ僅か二口ほどの水。 今まで口にした、どの水よりも美味く感じた。 しかし喉に水が流し込まれ、身体中に行き渡るのを実感しつつも悲しかった。 ここで自分が倒れれば、残るのはこの仔1匹のみ。 只でさえ儚い仔実装、更にこの炎天下に何の庇護も無しで生きていけるであろうか。 「 ワタシみたいな親のせいで……デス… 」 情けなくて、親実装の瞳から涙がこぼれた。 流れ出る汗は無くても涙は残っていた……不思議なものだと思う。 「 ママ……一緒に休むテチュ… 」 「 そう…するデス… 」 親実装は、隣に座った仔実装の肩を掴むと自分の方に引き寄せた。 僅かにとはいえ、水を飲めて喉の渇きが落ち着いた。 日陰で涼しかった 僅かな風が心地良い けれども悲しい 最後に残った仔は賢く、思いやりが深く、器量も良い。 これなら飼い実装になれたかもしれない。 なのに自分が不甲斐無いせいで、この仔の未来を閉ざしてしまう。 「 デェ……デェッ……… 」 情けなさで涙は止まらない。 もう少し自分に用意があったら……もう少し自分に考えがあったら…。 「 ママ……一緒テチュ………テ…チュ…… 」 夜通し歩いてきたため、仔は瞳を閉じると今にも眠りに落ちそうだ。 せめて、できるだけ一緒にいよう。 この仔と一緒に……最期まで一緒に居させてもらおう。 もう思い残すことは無い。 瞳を閉じ、仔の感触を抱きつつ、自分も眠りに落ちていく。 しかし 最期に一つ 最期に一つだけ願いがあるとすれば この仔と一緒に…浴びる程水が飲みたかった…… バ シ ャ ッ ! ! ! ! 「 デビャアアッ!? 」 「 チュアアッ!? 」 突然頭上から大量の水が降ってきた。 あっという間に水浸しになった軒下の実装石親仔。 「 デス!デス!?デスス!!?? 」 「 なんテチュ!どうしたテチュ!? 」 親実装は慌てて周りを眺める。 そして目の前に人間が1人立っているのに気が付いた。 『 人の店の軒先で、なにくつろいでんだオマエラ!! 』 バケツを持った1人の男が怖い顔で見下ろし睨みつけていた。 男は店の名前の刺繍が入ったエプロン姿。 どうやら、八百屋の主人らしい。 『 全く……退職してゆっくりしようと思ったらオヤジ達に無理矢理仕事させられて、 今日くらいは少しやる気出そうと思ったら実装石かよ! どーなってんだ俺の人生は! 』 男はぶつくさと誰が聞くともなく愚痴を垂れる。 「 あ…あのデス…… 」 『 なんだァ?まだいたのかオメーラ? 』 「 お、お水を分けて欲しいデス 」 『 水だと? 』 「 お水デス……どうか分けて欲しいデス… 」 『 ほう、水か…… 』 親実装の懇願に、男は不気味な笑みを浮かべる。 本来なら用心深い親実装だが、疲れきっていた状態では、それに気付くこともできない。 そして男は軒先にあった蛇口を捻ると、ホースを持って親仔実装に向けた。 『 おりゃ、おりゃ、おりゃあああ!浴びる程飲めやああああ!!! 』 雲ひとつない青い空。 真夏日は更に続き、公園の実装石達の中では深刻な水不足が進む。 『 …あん?なに……住んでた公園で水が無くなったから逃げてきた? 』 そんな公園を後にして、住み易い新天地を求める個体が後を絶たない。 『 空き地だァ?ンなもん、とっくの昔にビルが建っちまったよ。 』 当ても無く、地図も無いが僅かな望みを抱いて新しい住処を求める。 『 それなら、ここからあっちへ行った方に、でっけえ川があるぞ。 』 しかし、その旅は非常に困難であり、数々の障害が立ちはだかる。 『 そこの河川敷なら、住みやすいんじゃねえか? 水もあるしな。 』 自動車、人間、野良犬など、命を落とす危険は数限りない。 『 持ってけ、餞別だ。店の売り物だが、オヤジ達には内緒な。 』 最も多い危険は人間の気紛れ。 しかし、たまにだが人間の気紛れによって命を拾う個体も存在する。 『 おお、元気でな〜!…………さてと……って、一番高ぇバナナじゃねえか!! 』 公園を出た後、その個体が生き延びるかどうかは出会う人間の良し悪し次第かもしれない。 実装石などに関心の無い一般人かもしれない。 最も恐ろしい虐待派かもしれない。 もしくは単なるお人好しかもしれない。 親仔実装達は無事に河川敷という新しい場所に辿りつき、新しく住処を構えることができた。 綺麗な水場と住み易い場所を確保し、当分は生き長らえるであろう。 公園と酷暑から逃れることができた稀有な個体例である。 < 了 >

| 1 Re: Name:匿名石 2023/04/19-07:56:13 No:00007061[申告] |
| いいわあ…たまにはこういう人間との関係があっても良い
実装にノミが湧くってのは考えなかったけど確かにいても全然おかしくないね 2007年でこれだと今は更なる酷暑だろうけど実装達は生きていけるのだろうか… |
| 2 Re: Name:匿名石 2023/04/19-14:30:54 No:00007064[申告] |
| 近年では35度越えの日もあるから、首都圏なら実装石にとって冬より夏の方が厳しいかもしれませんね。
面白かったです。名作をありがとうございます。 |
| 3 Re: Name:匿名石 2025/05/19-15:58:59 No:00009658[申告] |
| 爽やかな読後感。八百屋の俺くん、よい人だな。実装石親仔も無事に目的地に辿り着いたようだ。乙です。素晴らしい! |
| 4 Re: Name:匿名石 2025/05/19-17:17:11 No:00009659[申告] |
| 実装石は本当に必要な時以外は無暗に人間に接触せず、人間も実害がなければ無駄に実装石をいじめたりしない
こういう距離感は読んでて安らぐ 河川敷も決して安全とは言えないだろうが猛暑の公園よりは良いよね! |
| 5 Re: Name:匿名石 2025/05/19-21:00:58 No:00009660[申告] |
| 実装石の本質は人に「構われたい」じゃないかな?でも野良で賢く生きる為には接触によって起こるリスク回避の方が優先されるのも確か
渡り行為も仔がいない方が成功率は確実に上がるだろうが仔実装の命を繋ぐ為に行われる事も少なくないだろう そんなジレンマ多き実装生に訪れた軌跡の様な幸福の時間(人間にはちょっとした気まぐれでも) やがて水を求め辿り着いた川原とて増水に遭うかも知れないし草刈りついでに駆除に遭遇する可能性もある しかしながらどこか座して死を待つ選択をしなかった彼女達は更なる幸運を掴める様な期待をしてしまう |
| 6 Re: Name:匿名石 2025/06/26-03:22:28 No:00009721[申告] |
| 実装石のスクの特性上、人間が実装石に襲い掛かったり虐待したりと、やたら好戦的だが興味のない人間が多数だよね
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