タイトル:【な無】 新作料理 後編
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初投稿日時:2007/07/12-22:36:30修正日時:2007/07/12-22:36:30
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新作料理 後編


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翌日の昼過ぎ、『六道』に一升瓶を片手に山本社長が訪れた。


「すまねぇすまねぇ・・・味見にちょいと一口のつもりが遅くなった」


開口一番の挨拶代わりの言葉はそれだった。
封の開いたそれは出掛けに味見をしてみたらしく、三分の一程が空になっている。

山本は手近な椅子を一つ厨房に運び込むと中央の作業台の前・・・厨房が見渡せる
いつもの特等席にどっかと座り込み、湯飲みを一つ持ってこさせるとそこへ一升瓶を
傾ける。


「早いとこ旨いツマミを頼むぜ、今酔いが一番いい塩梅なんだ」
「はい、では早速」


六場は胡麻油を浅く満たした揚げ物鍋をコンロに掛けると、最初の一品めの準備に
取り掛かる。

用意されたのは衣用の小麦粉に数種の調味料、そして保冷庫から取り出された爪楊枝の
鍼術を施された仔実装。
早朝に六場が『空洞針』の効果を確かめた後、それに代わって額に打ち込まれた
『止め針』の効果で棚の保存箱に収められた仲間達と同様に身動きの全てを
封じられている。


「姿揚げか? 新作の割には案外普通のもんがきたな」


六道の常連に「この店で実装料理の定番と言えるメニューは?」と聞けば、
まず『仔実装の姿揚げ』が出てくる事だろう。
内臓を除いた仔実装の腹に数種の野菜で作った具材を詰め、溶き衣をつけてさっと
揚げたシンプルな料理だが、初めてのこの料理を出された者はその『音』に
驚かされる事になる。

大概の客は周囲を見回し、パリパリ、カリカリ、というその密やかな音の出所を探す。
やかでそれが自分の目の前に置かれた揚げたての衣が、その内側でまだ息のある仔実装の
動きでひび割れて砕ける音だと気づいた時の驚きは如何程のものか。
テーブル席のものは喉に切れ込みをいれて声を封じてあるが、個室の客用ならばこれに
弱々しくも必死に己の生存を示そうとする鳴き声が加わる一品だ。


「ははは・・・揚げ物ですが、これはちょっと毛色の違うものでして」


六場は仔実装を一匹、皿の上に乗せて山本に差し出す。
寸胴体型の実装にしてもは珍しく、胴体がボールを飲み込んでしまったかのように
丸く膨らんでいる。
その身体が揺れる度、その丸い腹もその動きに合わせてぷよぷよと揺れる・・・まるで
水の入った水風船のようだ。


「こいつは最近判明した新しいツボを試した仔実装なんですがね・・・何がどう違って
 いるかわかりますか?」
「うーむ・・・腹が膨れている以外、さっぱりわからんな」


ポケットから老眼鏡を取り出し、人形のようになった仔実装の全身をくまなく見回して
みるが山本の目には違いらしきものは見つからなかった。


「・・・こうすれば、よく分かりますか」


六場がその仔実装を俎板の上に置き、柳刃包丁を喉元から総排泄孔までを縦に滑らせると
途端に切断面からぴゅっと何かがあふれ出す。
それは血でも内臓でも糞でもなく、黒い液体だ。


「・・・酒に、醤油か」


周囲にふわりと漂った匂いに山本がふんふんと鼻を鳴らす。
流しの上で二三度降って体内に残る液体の残滓を落とすと、六場はその傷口を指で
摘んで開き、山本にその内部を示した。


「なんだこりゃ・・・ハラワタどころか中身がねぇぞ?」
「『空洞針』で胴体の中身を無くしました。中を洗浄した後、総排泄孔を焼いて塞ぎ、
 ダシ汁と日本酒を詰めて味付けと臭み消しをしたものです」 


そこにはあるべき内蔵も肉も脂肪もなかった。
皮一枚で仔実装の胴体を形成しており、そこに詰まっていた液体が抜けてしまえば
空気の抜けた風船のようにぺらぺらになる有り様だ。

『止め針』で仮死寸前ではあっても胴体の異常を感じているのか、仔実装は無事な頭を
ようやくといった感じに震わせて口を動かしている。しかし、肺も無くなっている
状態では発声など望むべくもない。


「『空洞針』?」
「打った実装を極端な胃拡張と胃酸過多にさせるものです。そのまま一晩放置すると
 胴体の肉全てが溶けて流れ出し、皮だけの空っぽとなります」


山本に説明をしながらも六場の手は淀む事無く動き続ける。
皮だけとなった仔実装の胴体に縦方向に幾筋もの包丁を入れ、開いた皮の内側に残る
背骨や肋骨、手足に残る骨などの残骸を取り除く。
その首から下に幾つもの短冊が繋がった形状は、鯉のぼりの吹流しを想像して貰えば
いいだろうか。

その後、頭を掴んだそれの首から下に軽く揚げ粉をはたき、香ばしい香りを上げて
沸き返る胡麻油の中に胴体の短冊部分が綺麗に広がるように揺すりながら沈めてゆく。


「・・・私も最初はこんなツボは何のためにあるのか分からなかったんですがね、
 試しに皮だけの料理を幾つか作ってみてこいつの意味に気が付いたんです。
 ・・・さ、出来た」


薄い仔実装の皮に熱が通るまで、時間にしておよそ30秒足らず。

油に沈まずに苦悶の表情を浮かべた仔実装の頭を摘み、引き上げるとその下の短冊状に
なった胴体は花弁を逆さまにしたように綺麗なカーブを描きつつ、放射状に広がって
揚がっている。
六場は皿の上に猪口を置き、そこを台にして油を落とした仔実装の揚げ物を置いて
青海苔と山椒の粉末を振りかける。


「まず一品目、『仔実装の八葉揚げ 山椒風味』・・・どうぞ」
「こりゃツマミによさそうだな」


早速とばかり、山本の指がその端の一つを摘み上げ、軽く持ち上げると根元のあたりで
軽い音を立ててぱきりと砕ける。
二度に分けて口に押し込み、奥歯で噛み締めると焦げた皮の旨みが広がる。


「おお・・・これはなかなかいける」


食感は脆い鶏皮と言った所か。
薄い揚げ物の縁を噛む様に軽く砕けるが、普段の食べなれた姿揚げのように油の多い
肉の味が混じる事無く、その皮本来の味を味わう事が出来る。
そのままでは淡白で少し物足りないが、揚げたての香ばしさと山椒の風味がその味を
引き立てる。


「実装料理で皮だけ味わえる料理というのはほとんど無いんですよ。
 アンコウのように皮が固くて身が柔らかいならともかく、身も皮も柔らかくて
 脆いので剥ぎ取るのも一苦労でしたからね」
「うん、これなら合格だが・・・一つ気になる事がある」
「なんですかい?」
「これだ」


山本が指先で叩いたのは揚げ物の中央に鎮座する仔実装の頭だ。
『止め針』を打たれて一切の動きと感覚を封じられ、己の身体に起きた異常を薄々
察知しながらも、どうにもならずに震えている。


「わざわざ生かしてあるのには意味はあるんだろう?」
「活け作りをイメージして残してありますが・・・実際の所は飾りみたいなものです」


六場が額の『止め針』を引き抜く。
途端に瞬きを繰り返し、仔実装は両目でぎろぎろと周囲を見回した。
その目が左右に何度か往復した後、まったく動かぬ胴体の様子を何かしろ理解した
らしい。
蒼白の表情で涙を流し、舌をわななかせて無音の叫びを幾度が上げると、脆くも
繋がっていた胴体の成れの果てからもげてテーブルを転がり落ち、ぺちゃりと音を
立てると、それはそのまま動かなくなる。


「ほら、こんな具合に落ちてしまうものですから、お客によっては最初から外して
 出そうかと思ってます。
 ・・・まあ、やる気になればこれとて食べられない事はありませんが」
「ま、それがいいな、黙って出せば気づかずに喰うだろう。味も・・・ふりかけを
 変えてやればガキ共にも普通に受けるだろうよ」


山本は八葉揚げをばりばりと齧りながら茶碗を口に運ぶ。


「そうですね・・・山椒だけでなく、黒胡椒あたりを使えばそれなりに」


量が少ないのでメインにはなれないだろうが、酒宴の前菜などに向いた一品料理だ。
処置に一晩掛かる上、内臓を失って皮だけとなっては『止め針』を使っても長くて
1〜2日しか保存はできない。
予約などのコース料理に組み込むしかないだろう。


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「二品目の料理ですが・・・まずはこれを」


そう切り出すと、六場は大振りな汁椀を置いた。
どれどれ、と山本が蓋を開けてみるが、その中身は空だ。


「おいロク、中身がねぇぞ?」


そう言った山本の前に用意された竹篭の中には『繭篭り』が3つばかり入っている。
繭から覗くのは前髪を抜かれ、服を剥ぎ取られながらも安らかな笑みを浮かべた
蛆実装の寝顔。
だが、額にはその寝顔とは不釣合いな爪楊枝による『止め針』。

六場はその一つを取り出し、繭から中身を取り出すと額の『止め針』を抜いて底を
掴むように持った椀の中に置いた。その左右のこめかみには爪楊枝が貫いた、まだ
癒えきらぬままの丸い傷跡・・・『蛭子針』を打たれた形跡がある。


「こんな事をやった事がありますかねえ・・・どんぶりにメシを入れて中で転がして
 丸めるんです、こんな風に」


六場がどんぶりを軽く揺すり、中の蛆実装を転がすように動かし始める。
そのままでは円筒状の蛆実装は底をころころと左右に揺れるばかりだったが、
そのうちに勢いがつき始め、丼を飛び出さん勢いで内部を廻るようになる。


「レエッ!? レレエッ!? レヒャッ、レヒィィィ!!」
「こんな具合に揺すりながら手首を回す・・・常に内部で転がすようにして決して
 強く振っては駄目です」


さすがに蛆実装もその激しい揺り起こしに目覚めざるをえない。
説明を終えると六場は手早く蓋をし、上下を押さえて椀を動かす。

中での蛆の動きは椀の部分だけに収まらず、その繰り返される円運動の加速によって
蓋の内側にまでも及ぶ程に激しく転がる。
例えるなら蛆実装にとってはジェットコースターのようものだ。
それでもこれほどの急激に変化する回転はあるまい。


「するってぇと、どうなるんだ?」
「こうなります」


激しい回転に目を回して悲鳴が止み、中の蛆実装が転がる重心のずれに変化を感じ
取ると六場は手を止め、蛆実装をそっと摘み出して山本の前に置いた。


「レ・・・レレ・・・レ・・・」
「おお、これは」


山本がその絶え絶えの声を上げる蛆実装を見て言葉を詰まらせたのも無理はない。

寸胴のなめくじ形であった蛆実装の身体は丸く変形していた。
わずかにあった未発達の手足も、ちょこんとついた尻尾もなく、肌色をしたつるりとした
ゴルフボール大の球状の表面に実装石の色違いの瞳と逆三角の口が浮かんでいる。


「『繭篭り』となった一日目、蛆実装は全身を再構成する為に細胞を軟化させます。
 その際に実装の身体になる為に、全身に骨を作るのが蛆実装が繭を作る目的なのです」


蛆実装の身体には頭部以外に骨格は存在していない。
深い眠りに就き、昆虫に近いプロセスで全身の組織を分解して手足を持った骨格を作って
実装の身体へ再構成するのが繭化の目的である。
その際に軟化した身体を柔らかく支えるのが繭であり、変化しようとする蛆実装の身体を
仔実装の形に定着させる為の強制具が共に成長し変化する実装服なのである。

だが、『蛭子針』を打たれた後、繭化した蛆実装には骨格は存在していない。
骨格を形成するその働きをで阻害されている上、唯一存在していた頭骨もその効果で
分解されてまったくの骨なし・・・蛭子になってしまっているのだ。


「ですが・・・その前に『蛭子針』を打って骨の形成を阻害してやれば、その柔らかい
 身体をこんな風に変形させる事も可能なのです」


六場が次々と繭から取り出した蛆実装を汁椀に入れて転がし、丸めてゆく。

最初は両手で捏ねて丸めたり、型などを利用してみたがその柔らかさから力加減一つで
潰れたり、丸くならなかった為にうまく行かず、ふと思い出した子供の頃の丸い握り飯
作りを思い出したのだ。
遠心力と回転を利用して丸めてゆくために均一に力がかかって潰れにくく、型の大きさに
影響される事も無い。

俎板の上に3つの球蛆が並ぶと、六場は細葱と生姜を細かく刻み、予め用意しておいた
だし汁を浅く張った鍋に投じると火に掛ける。
鍋が温まるまでの間に、六場は球蛆を再度繭へと詰め直し、浅い金属の網籠に並べた。


「丸めた上に袋詰めか? 手間が掛かるな」
「丸く形を整えることで熱や味の通りが均一になりますし、繭を器代わりにすると
 煮崩れを防ぐ事が出来るんです。
 そうでなくても『繭篭り』は熱を加えると溶けやすいものですから」


やがて鍋が湯気を立て始めるとこれが沸騰せぬように火加減し、醤油に三温糖、少々の
水飴などの調味料を加えて味を調える。

味見の後、鍋の中央に球蛆の入った網籠を沈め、棚から取り出した紹興酒を網籠の
蛆実装の上に満遍なく注ぐ。

沸騰せずとも煮えた出し汁に漬けられるのだ。
蛆達が悲鳴を上げる声が泡となり、こぽこぽと音を立てる。
入れられた当初は丸く変形した身体を必死に動かし、飛び跳ねるようにしてそこから
逃れようと試みるが、繭に阻まれてその範囲で上下に動くばかり。
やがて蛆実装はまた一匹、また一匹と力尽きて動く事を止めてゆく。
「煮崩れを防ぐ」という意味にはこの声なき悲鳴の動きを制限する事も含まれるのだ。


「さ、出来た・・・二品目、『紹興珠海老』です」
「おお、紹興酒のいい香りがするな」


2〜3分ほど火加減を調整しながら煮詰めた後、角皿に載せられた蛆入りの繭が
山本の前に置かれる。

紅茶色に染まった湯気を立てる繭の中、球蛆も同じ様に染まっている。
繭には取り出しやすいように縦に切れ込みが入れられ、襟を開くようになったこれを
一つ小皿に取り、箸を入れる。

白玉団子を切るような柔らかな抵抗の後、球蛆が真っ二つに両断されると、ぶるりとした
震えが箸に伝わる。
それはわすかに残った蛆実装の命が消えた断末魔だ。


「あんな短時間しか煮立てておらんのにとても柔らかくて弾力があるな。
 ・・・それに芯までよく味が通っている」


口の中に放り込み、噛み締めると柔らかな餅のような触感と実装独特の肉の風味、
そして紹興酒の芳醇な味が広がる。
続いて消えてゆく甘みに似た風味を追いかけてゆくようにネギと生姜の風味が現れ、
清涼感のある後味を残す。


「『繭篭り』ならではの柔らかさと味の染みがあるからこその料理です。
 他の材料ではこの時間では表に色がついた生煮えに終わります」
「なるほどな・・・初めて喰ってこれが実装の生肉の味だとは気づく奴は多分いねぇぞ」
「はは、それが狙いですから」


山本が指摘したのは、この料理の最大の特徴だ。
『紹興珠海老』は煮物でありながら、火加減の調整により肉が煮上がるのをぎりぎりで
押さえ、その味に実装の生肉の風味を留めさせている。
手早く低温で加熱してゆく為に調理中に球蛆が生存しているのだ。

実装石故の生命力の為、次第に煮えて死にゆく瀕死の身体を再生させようとフル回転する
細胞の代謝活動を利用し、煮汁をその体内の奥深くにまで浸透させてゆく。
見かけはよく味の染みた煮物にしか見えない。
これが半生の状態であるとは到底思えぬ加減の為、これならば実装の生肉を食するのを
忌避する人間であったとしても、その見かけからその味の意味に気づく事はあるまい。


「なぁロクよ・・・今回はこれで終わりじゃねえだろ?」


『紹興珠海老』をたちまちに平らげ、茶碗をぐいっと煽ってから山本が聞いた。
量にすれば3〜400グラム近いステーキを平らげたのと同等となるのに加え、一升瓶の
中身は既に三分の一を切っている。
70近い山本の年齢にしては驚くべき健啖家ぶりだ。

この料理に関しての評価はあえて聞くまでもないだろう。


「やはり、分かりますか?」


六場が答えると、山本がその顔を指差す。


「そのツラだ・・・まだなんか隠してニヤニヤしてやがる。
 俺に余裕くれて出し惜しみしようなんてのは十年早ええや」


ふん、と鼻を鳴らした山本に、頭を掻いて六場は、へえ、と答える。


「では急ぎ三品め、仕上げましょうか」


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六場がまな板の上に取り出したのは一匹の蛆実装だ。
先の『紹興珠海老』となった蛆実装と同じく、服を剥がれ、髪を毟られて調理用の
処置をされている。

額には『止め針』の楊枝が刺さったままであり、両のこめかみと頭頂には丸い傷跡が
残っている。
施された鍼術も先程の蛆実装と同じだ。


「なんでえ、またジソエビか?」
「いえ、今度のは少し違いますよ」


そう言われ、改めてその蛆実装を眺めれば、その体型は何かおかしい。

見かけは蛆実装ながら、その尻尾が短く、やけに寸胴だ。
まだほとんど役に立たぬ筈の手足も太く大きくなり、みれば蛞蝓状で変化の乏しい
その体型に胸や胴体の区別が付く程度の凹凸が見られるようになっている。


「なんか半端だな、コイツ」
「『進め針』を放置して『繭篭り』が孵化する寸前まで成長させたもので、ウチでは
 『成りかけ』と呼んでいます。
 ちょうど仔実装と蛆実装の中間に当たる状態でして」


ただし、『蛭子針』で全身の骨を奪われている為に実際には蛆実装と大差は無い。
見かけこそ仔実装に近くはあるが、その身体を支える骨格の無い影響で筋肉が発達できず、
これ以上の変態は出来ない。
このままでは両足で立ち上がる事すら出来ないだろう。

六場は保冷蔵から二つ程、器を取り出す。
一つには二つ切りにされて種が取り除かれた干し杏子。もう一つには味付けされた
炊き込み飯に細かく刻まれた数種の野菜が混ぜられ、鮮やかな彩をみせている。
こちらは具材になるのだろう。

そこへ山本がひょいと手を伸ばし、つまみ取ると口に放り込む。


「ふむ・・・もち米が混ぜてあるのか。人参に、ピーマン、棗、筍・・・おこわに
 近けえが、こりゃだいぶ中華風の味付けになってるな」
「和風の淡白な仕立てよりも、中華風の味付けの方がこの料理には合うようでしてね」


六場は『成りかけ』を手に取り、指先を小皿の胡麻油に浸すとその口に差し入れる。
口の中ばかりではなく、喉の奥にまで指を押し込んで満遍なく油を塗りつけられると、
その違和感から成りかけがびくりびくりと身を震わせる。

続いて成りかけをしっかりと握り、その尾を俎板に押し付けるようにして固定すると、
六場は干し杏子を一つ、天井を向いた口の中に押し込む。
この乱暴な扱いに蛆実装は不快感の嘔吐でこれを吐き出そうと試みるが、その口が
裂けんばかりに収まったものが出てきよう筈が無い。


「杏子食わせてどうすんだ?」
「こいつは蓋なんです、具が下から出ちまわないようにする為の押さえでして」
「てえ事は次は何だ、こいつに具を詰めたイカ飯ならぬ蛆飯ってところか」
「はは、そんな所です」


ぐりぐりと指を動かし、六場は更に干し杏子を押し込んでゆくと、やがてずるりと滑る
感覚の後、その指が根元まで『成りかけ』の喉に埋まる。
狭い喉元をようやく通過して杏子がその筒状の腹腔の奥にまで押し込まれたのだ。
軟化している身体と塗りつけておいた胡麻油の潤滑がなければ喉が裂けていたかもしれない。


「総排泄孔を焼いて塞いだんじゃ、具を押し込んだ時に裂けちまうんです。
 でもこれが底になってりゃ、詰め込んで身体が伸びても大丈夫ですから」


そう言いながら、六場の手は『成りかけ』の口に具材を詰め込んでゆく。
ピンポン玉程の量を手に取り、口に詰め込んだ後に細い擂粉木で奥に押し込んで軽く
突き固めてゆく。
手で握っているのは押し込む際に胴体が裂けぬように締め上げておくためだ。

それを五、六度繰り返すと『成りかけ』は倍以上に膨れ上がり、親指と中指が触れ合う
状態で握っていた六場の手が開いてしまうほどになる。
これにもう一つ、今にも破裂しそうに張り詰めた胴体からその内側に詰め込まれた具材が
溢れ出ない様に口の中に干し杏子を詰めて蓋をすると、六場は俎板の上でこれを掌で
やさしく転がして形を丸く整える。

続いてこれを皿に薄く張った日本酒にまんべんなく浸し、これを予め用意してあった
蒸気を上げる蒸籠の中に収め、後は蒸しあがるのを待てば完成である。


「・・・ところで社長、仔実装と蛆実装は食用にするとどう違うか説明できますか?」
「喰った時の違い? そりゃおめぇ、歯ごたえの違いよ」


ふと思い出したような六場の質問に、何を今更と言った様子で山本は答える。


「仔実装は若鶏と蟹味噌の合いの子みたいなもんで、蛆実装は甘エビみたいなもんよ」


山本の答え通り、その決定的な違いは歯ごたえ・・・その肉質の違いによる。

仔実装は成体実装に比べて筋肉の量が少ないが、代わりに軽く柔らかい脂肪が
含まれている。発達途中である筋肉はまだ雑味や老廃物を蓄えていないので、
その柔らかな脂肪と相まって独特の風味と他の食肉にはないふんわりした食感を生み出す。
あとこれは人の嗜好によるが、ほのかな苦味と濃厚な味わいを楽しめる内臓を好む人間も
少なくはない。

これに対して、蛆実装の身体は手足の筋肉がほぼ存在しないため、移動手段である胴体の
動きを支える筋肉しか存在していない。だが、内臓を筒状に包むようにある筋肉の量と、
来るべき繭化に備えて蓄えられる脂肪の比率は仔実装よりも大きい。
吸い付けば甘くとろけてしまうようなこの食感を、甘エビと称した山本の言葉は間違っては
いまい。


「では、仔実装でも蛆実装でもない『成りかけ』の味は?」
「・・・うーん・・・中間・・・じゃねえのか、やっぱり」
「そこは論より証拠、実際に食べてもらえば分かっていただけますよ」


丁度、頃合だったのか、六場がコンロの火を止めて『成りかけ』を取り出す。
すっかり蒸しあがり、その中身がうっすらと透ける様になったそれを包丁で幾つかに
切り分け、皿に盛り付ければ完成である。


「三品目、『ジソエビの蒸しもの』・・・まずはこのままでどうぞ」
「見た目もなかなか綺麗じゃないか、どれどれ」


言われるままに山本はその中ほどの部分を箸で摘みあげる。
切り口に見える青や赤、具財の彩りを眺めた後、半分程を一齧りする。


「なるほど、こりゃエビそのものだ」
「ジソエビの脂肪の柔らかさと仔実装の肉の柔らかな歯応え、その二つを併せ持つのが
 『成りかけ』です」


身体を蠕動させての移動しかない蛆実装の、身体に対してほぼ縦方向にしかない筋肉が
実装石と同じ身体になるべく複雑に変化さてゆく途中のものである。
その未発達ながら複雑化した筋肉と、とろける脂肪の甘さが相まって伊勢海老のような
食感と味を生み出すのだ。


「・・・だがなぁ・・・」


ごくりと飲み込んだ後、山本は考え込んだように言葉を漏らす。
残る半分程を口に放り込み、目を閉じて確かめるようにゆっくりと噛み締めると
山本は自分の感覚が間違っていない事を確認する。


「不味くはない、不味くはないんだが・・・何かもの足りねぇような気がするんだがよ」
「今の味、覚えておいて下さい・・・では、この料理を本当の味に戻します」


六場の指が、皿の上で輪切りとなった蛆実装の額に残ったままの爪楊枝を引き抜く。
途端に身震いするように動く首に呼応するように、輪切りにされた胴体の各部分が
ぶるりと痙攣するような動きをみせる。
それは蒸篭の中で動いて形を崩さぬために身動きを封じる処置では無かったのか?


「こんなんで変わるものなんか?」
「まあ、騙されたと思って食べてみて下さい」


楊枝一つを抜いた程度で味が変わる筈などない。
それがごく当たり前の反応だろうが、山本の頭からはそれはすぐさま消えた。
六場はそうやって爪楊枝を打って実装を変化させ、新たな料理法を作り出してきた
のだ。
現に先に食した二品の料理がそれを証明している。


「味が変わった!? どういう事だこれは!?」


噛み締めた直後、山本が発したのはそんな驚きだった。
先程までのもの、中の具材を包む『成りかけ』の味は確かに海老に似ていた。
しいて言うならばそれは海老に似ているというだけで、別段特徴のあるものでは
なかった。

それがどうだ。
楊枝を引き抜いただけだというのにそれは海老に似て、それでいて海老にあらざる
ものに変化したのだ。


「『止め針』を抜いて偽石の働きを元に戻したからです。
 身体を正常に戻そうとする偽石の力がその肉に変化を与えるんで」


高温で蒸し上げられた全身。
『止め針』によって活動を封じられていた体内の偽石は解放された途端に全身の異常を
感じ取り、全力を振り絞ってその身体を蘇生させようと力を送り続ける。
その力の働きが肉を活性化させ、食感すら変化させるのだ。

いくら力を送った所で、蒸し上げられて変質した肉は蘇生する事はないというのに。


「そのまま捌いて寿司でも刺身でも美味いんですが、生食ではないものを、という事で
 蒸し仕立てとしてみました」


山本は喋る暇さえ惜しいのか、「そうか」と短く答えると次の一切れを口に運ぶ。

蒸す事で旨味を外へ逃す事なく内部に封じ込め、また中に詰められた具材の味を
移した肉の風味をどう例えればよいのか。

大振りな海老に似た肉は柔らかさとぷりぷりとした食感を増し、その前後に
蓋の役目として使われている干し杏子とまぶされた日本酒の混じりあった
ほのかな香りが食を進ませる。


「ただ、この料理はどうにもならない欠点が一つだけありましてね。
 楊枝を抜いてから、偽石が力を使い果たすまでしかこの味を保てないのです」


成長と共に大きくなる偽石も、この大きさの個体ではボタン程もない小さなものだ。
細胞の再生だけでなく、幾つもに分かたれた全身までをも再生しようとしても到底間に
合うだけの力を蓄えてはいない。
六場が試しで作った品では10〜15分が限度だった。


「・・・で、こいつは頭や尻尾の部分も食っちまってよかったのか? 杏子の甘みが
 染みててよ、デザート代わりにゃ丁度よかったぜ」


もぐもぐと口を動かしながら、山本が聞いた。
見れば皿の上には引き抜かれた楊子が一本、残るばかり。説明の最中にとっとと
平らげてしまったらしい。
六場の心配も、この大食漢の老人には無用だったようだ。


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「毎度ありがとうございました、お気をつけて」
「またどうぞー」


酒宴も終わり、山本らを六場と龍次が店の外に見送りに出る。
仲間の手を借り、千鳥足となった一同はようやくタクシーに乗り込んでゆく。


「テチー」


龍次の胸ポケットから顔を出したボウズが呆気に取られたように呟く。
自分のした仕事の成果を見せてやろうと龍次が連れてきたのだ。


「お客の顔が見えるか、ボウズ。全員ご機嫌で酔っ払ってるだろ?」
「テチュ」


龍次の言葉に、ボウズはうんうんと頷く。
リンガルは用意していないが、その反応でおおよその感情は理解する事位は出来る。

今回の料理は好評であった。
最初は実装を使った料理という事で敬遠気味であった三人も、平気でひょいひょいと
料理を口に運ぶ山本に釣られるように箸を伸ばし、手近な料理をためらい気味に
食べてみれば、後はたちまちに料理を平らげた。

無難に揃えておいた刺身などのみならず、今回の新作料理を含めた実装料理も好評で
あったのは六場にも意外であった。
初回なので、味見程度で終わるものと少なめに用意しておいたのだが、逆に「量が
足りない」と慌てて追加を作った程だった。


「お客さん、すごく喜んでたろ? お前が育てた妹達が・・・その、なんだ・・・
 いい仕事をしたからなんだ」


龍次の肝心な部分を口ごもる。

ボウズに与えられた仕事は、蛆実装を健康に大きく育てる手伝いをする事だ。
牧場から送られてきた蛆実装と共におよそ2週間、屋上の温室で寝食を共にし、
『繭篭り』になる直前まで育て上げる。
そして大きく育った蛆実装が向かう「仕事」が何なのかは一切教えられていない。


「立派な仕事振りだったぞ」


ドアが閉まり、ウィンカーを出してタクシーが走り出したあたりで六場が呟いた。


「全員よく頑張ってくれた。だから、お客はみんな笑いながら帰ってゆくんだ」
「・・・テッチュー?」


龍次の顔をじっと見上げながら、ボウズが訊ねる様に鳴いた。
「本当に?」と問うて、その答えを待つように。


「・・・え・・・ああ・・・」
「ああ、いい本当だとも」


その赤と緑の瞳に見つめられ、どんな返答を与えていいのか分からずに言葉に詰まった
龍次に変わり、六場が答えた。
途端にボウズの表情がぱっと明るくなる。


「だからお前も誇っていい。お前もあの妹達も立派な仕事をしたんだからな」
「テッチュー♪ テッチュー♪」


六場の言葉にボウズはポケットの中で両手を上げて何度も飛び跳ねる。
そこから飛び出てしまいそうな勢いに、龍次が慌ててポケットの前に手を翳す。


「おい龍次、明日は牧場から新しい蛆実装が届くんだ。
 また忙しくなるんだから、ボウズを温室へ連れてってもう寝かせてやれ」
「へい」


六場に促されると、龍次は小走りに店の裏へ駆け出してゆく。
その足音が消えるまで、ボウズの歌うような楽しげに弾む鳴き声が続いていた。


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翌朝、温室を段ボール箱をそれぞれ抱えた六場と龍次が訪れた。
今朝牧場から届いたばかりの蛆実装だ。

届いた段ボール箱は全部で六つのうち、『繭篭り』用に育てられる為にそこから
選ばれたのは単に積み上げられた順番による。
たったそれだけの事で、蛆そのものに差異は無い。
選ばれなかった残り四箱の蛆実装達はその日のうちに『止め針』の処置を施されて
薄暗い保管箱の中で調理される日々を待つ事になる。


「テッチューン♪」


温室の片隅に置かれた木箱の中から飛び出してきたボウズが二人を迎える。
二人のどちらかがここを訪れるのは日に二度三度であり、何かと仕事の忙しい身である
彼らはここにあまり長く居る事は無い。

蛆実装がいなくなってからたった二日しか経過していないが、あの騒々しくも活気ある
生活に慣れたボウズにとっては、妹達が『仕事』の為に旅立ってしまった後の誰もいない
温室の中で一人で暮らす日々は耐え難かった。
それは何度繰り返しても慣れてしまうことは無い。


「そら、新しい妹達だぞ。仲良くしてやってくれよ、ボウズ」
「テッチュー」


ボウズは胸を「まかせろ」と言わんばかりに叩き、その自信の有り様を示してみせる。

二人はガムテープで密閉された箱を開き、オガクズに埋もれて眠る蛆実装を一匹ずつ
取り出すと日向の暖かい場所に仰向けに並べてゆく。
数分と掛からず、特殊なガスと低温で冬眠状態になった蛆実装達が目をしばたかせ、
レフレフと鳴きながら身じろぎを始めると、ボウズは挨拶代わりにその腹を何度か
叩いてやる。

蛆実装の大きさはまだボウズの半分もない。
二週間の後、『繭篭り』となるべくここから出てゆく頃にはそんな小さな蛆実装が大きく
成長しているだろう。


「・・・レフレフ?」


・・・おねえちゃんはどうしてママと違うレフ?

ボウズが全部の蛆実装と挨拶を交わした後、中の一匹が首を傾げてボウズに訊ねた。

服が違うレフ。
ママみたいに髪の毛が無いレフ。
みんなと服が違う色レフ。

その言葉に他の蛆実装達もボウズの容姿に気づいたようで、周囲の仲間達と顔を見合わせ
ながら囁きあうと、その言葉にボウズは一瞬のたじろぎを見せる。

実装石にとって規格化されたような容姿から少しでも外れれば途端に異分子として
排除される。
髪を毟られ、服を剥がれ、どうにも逃れようのない証を施されて群れの中で最下層の
奴隷へと落とされるという排他性は本能に起因している。

仲間と違うという事は実装石にとって恐怖そのものなのだ。


「テッチュウ!」


ワタシはジュウギョウインだからテチ!

蛆達の視線が集まる中、ボウズは力強く、胸を張って答える。


「テッチ、テッチュ!」


オヤカタさん達を見るテチ!
ジュウギョウインだからオヤカタさんと同じ格好してるテチュ!

蛆達はボウズとかがみ込む割烹着の六場と龍次の姿を何度も交互に見つめ、小さな
脳みそでその共通点を何度も反芻して比較する。


「レフー!」


おねぇちゃん、ニンゲンさんと同じ服を着てるレフ!

先程尋ねてきた蛆が理解できた共通点を口にすると、他の蛆達も顔を見合わせながら
驚きを露にする。


「レフ、レフー♪」
「レフーン♪」


すごいレフ、おねえちゃん、すごいレフ!
おねえちゃんはニンゲンさんの仲間レフ!

蛆達の頭の中では手拭製の服を着ているという事がそういう結論に達したようだ。
猜疑に似た場の空気が一瞬で変わり、代わって尊敬と賞賛の視線がボウズを包む。

たったそれだけの解釈で、ボウズに対する蛆実装達の感情は180度転換する。
それは二度目の蛆実装をここへ移した時、同じ様に向けられた質問に答える事が
出来なかったボウズに教えるつもりで六場が語ったものだった。
特別である事を悪い意味ではなく、良い意味に転換しておけばボウズにも多少の希望と
なりえるのではないかと考えた為だ。

もうこれで大丈夫だろう。
餌入れに水とフードを満たし、ゴミを片付けると二人は空になった段ボール箱を持って
温室を出た。


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「親方、俺は思ったんですが」
「なんだ?」


温室の鍵を捻り、ドアが開かぬ事を確認すると龍次は聞いた。
扉が開き、カラスでも入り込めば中にいるボウズや蛆実装はひとたまりも無い。
ボウズが来る以前、そんな不注意から中の蛆実装を全滅させられたこともある。


「ボウズの奴、実は馬鹿なんじゃないんですかねぇ」
「どうしてそう思うんだ?」
「毎回毎回、ジソエビ達を育てては連れてゆかれる・・・何度繰り返したってアイツは
 ジソエビ達がどうなってるか聞いてきたりしねぇんです」


龍次は力なく溜息を漏らした。
ちらりと振り返り、温室に視線を向けた後、足元の段ボール箱を二つ抱え上げる。


「昨夜だって、親方に褒められてからここに連れてくるまでずっと喜んでましたし。
 アイツ馬鹿で単純だから、自分の育てたジソエビ達は最後には喰われちまう事を
 分かってないんですよ、きっと」
「・・・いや、そうでもねぇさ」


六場はぽつりと言った。


「たぶんあいつは分かってるよ。
 俺が『仕事』なんて誤魔化しちゃあいるが、その意味をちゃんと理解していやがる。
 だから、ボウズは今まで一番肝心なトコを聞いてこねぇだろ?」


それは「仕事」の内容と、連れて行かれた蛆実装達の行方だ。
ボウズは今まで何度も蛆実装達を育てているが、今まで一度も聞いてきた事は無い。

毎日毎日、温室の中を駆け回り、六場が連れてきた蛆実装を育て上げるとそれがある日、
温室から六場に連れてゆかれる。
段ボール箱に入れられ、そのドアを潜って外へ出たら最後、もう戻ってくる事は無い。
そうして数日の後にはまた新しい蛆実装が連れてこられ、また妹達を大きく育て上げる
事を繰り返す。


「じゃあ、なんで大人しく俺らの言う事を聞いてるんスか、アイツ」
「・・・行き場がねえ、からかもしんねぇなぁ・・・」


六場は以前に牧場主に聞いた話を思い出す。
注文のついで、電話で『蛆飼い』について聞いた時にボウズの話をした時の事だ。


「ボウズはな、もしかしたら一生あのまんまらしい。
 生まれつき禿で服着てない実装石はあのちっこいまんまで大きくならねえし、
 髪の毛も生えねえんだとさ」
「・・・そんな・・・」


六場の言葉に龍次は絶句する。

実装石の出産数の多さ故にか、時にはボウズのようにパーツを欠損して生まれる
個体も少なくは無い。
良い環境で野育てをしている牧場の方でも自然発生してしまう事から不可避として
捉えるしかないようなのだが、ボウズのように禿裸で生まれてくる個体は、
生まれつき偽石に問題を抱えている事がほとんどである。
その偽石の影響は発育不全や虚弱体質なととして現れるという。


「野良の仲間外れがひでぇのはお前も知ってるな?
 あいつもあいつなりに、ここを追い出されたら生きていけねえって考えてんだろ」


「だから、な・・・」と、六場はそれ以上言葉を打ち切り、階下へ向けて歩き出す。

実装石としての記号を失った同属への苛烈な扱いは周知の事実だ。
容姿の僅かな差異に付け込む、それを理由とした例外なき拒絶の中で生き残れる者は
皆無に等しい。ましてやそんな世界に放り出されれば、髪も服も無い仔実装はすぐさま
標的となるだろう。

だが、ここならば・・・この温室の中ならば。

外界では排斥の対象となる禿裸であっても生きてゆける安全と場所がある。
ここで六場に従って蛆実装を育て、同族を売り渡し続ける限り。
利益が一致するこの関係が続く限り、双方ともうまくやってゆける。
それだけの事なのだ。

階段を降りる前、龍次はもう一度温室の方を振り返る。
そちらからは仔実装と蛆実装、その独特の囀る様な鳴き声がかすかに響いていた。


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