タイトル:良いお年を
ファイル:群れとノケモノ.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3686 レス数:0
初投稿日時:2007/06/30-23:23:36修正日時:2007/06/30-23:23:36
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『群れとノケモノ』





「テェェ…ママァドコイッタテチュ?」

その実装石には母がいなかった。

その実装石を仮に「ノケモノ」と呼称することにする。

もちろんノケモノも他の野良と同じく公園で母実装から生まれたのではあるが、この世に生をうけてまもなく
母はどこかに去ってしまい、そのため母のぬくもりも面影も殆ど知らなかった。

母実装はどこにいったのだろう。
行政の駆除や虐待派に連れて行かれ、仔達だけ隠し生き残らせたのか、はたまた飼い実装が公園に
仔を産み捨てに来ていたのか…
いずれにしても生まれたときからその仔実装姉妹たちは見捨てられた存在だった。


保護者のいない仔実装はその時点で未来を閉ざされたも同然であり、大抵は時を経ずして悲惨な死をとげる。
当然この仔実装姉妹たちもその例にたがわない。

「テチュゥゥゥ!ママァッ、ママドコォ?マッ!?ブベッ!」「テェェッ!?」

恐慌の発作に陥り道路に飛び出した者は姉妹の目の前で車のタイヤに踏み潰され、一瞬で緑赤の残骸となった。
怖ろしい未知の世界の中、往く当てもない仔実装たちは茂みの中で身を寄せ合うしかなかった。

「チュウー…チュウー…」 「…ソレ、オイシイテチュ?」 「?オテテ、チューチューシテルンテチュ」 「ワタチニモ、チューチュー、サセルテチュ」
「テェ、クスグッタイテ…テ、テェエ!?イタッ!イタタタッ!!カジッタライタイテッ!テピィッ」「カジカジスルト、シルガデテ、オイシイテチュ」
「テ、ワタチモカジカジ、スルテチュ」 「ワタチモスルテチュ」 「テヒィィッ!?イタイテチュ!カジルナテペッ!?」 「…モッチャ、モッチャ、ウマイテチュ」

あるものは飢えた姉妹たちに齧り付かれ、バラバラに引きちぎられてエサとなった。

\カァア/ \テヂャァァァ!/         \ニャア/ \テヂュゥゥゥ!/

あるものはカラスの、またあるものは猫のオモチャとしてコロコロされ、数を減らしていった。

それから間もなく、残った二匹のうちの一匹は

「テッチューーン♪」「お、仔蟲じゃん、持ってっちゃお♪」

通りがかった人間に連れ去られた。もう一匹は間が悪く、人間の視界に入り損ねた。

 「チプププッ♪」 「よ〜しよし、タップリと可愛がってやるからな♪」

野良の仔実装を突発的に連れ帰る目的など、どう考えてもお手軽実験という名目の虐待のためであって
愛護飼いされる確立はきわめて低い。

「テェ…」

だがそれでも、残された仔実装にしてみると選ばれたのが自分でなかったという事実は、痛く蟲の自尊心を
傷つけるものであった。

この最後の一匹こそが「ノケモノ」である。




残暑の中にも木陰には涼しい秋風の吹く頃、
公園の一画にはすでに他の野良実装の群れが住み着いていた。
その群れは“基本的には”仔食いをせず、ノケモノは食われずに済んだ。
この基本的に、というのは決してしないという意味ではなく、日常的にはしないという意味である。

もちろんしたことが無いわけでもなく、群れの成体実装達は母実装秘密会議(笑)で
「仔といえども非常時には少しずつ皆で分け合って食べ、生き延びるべし。
そしてそうならないように日々食料の備蓄を怠ってはいけない。」と申し合わせていた。

そう、その群れには一応の秩序が作り上げられていた。
新しいエサ場や水場、ダンボールの確保etc…の情報を共有し、重要な情報などをもたらした者はその情報を
食料などと交換することができた。
また、ダンボール加工などの高度な技術を持った者は、その技術を用いる事によって他から食料を得ることを
認められていた。

実装同士、時として問題を起こすこともあるが、そんな時も「まずは話し合う、そしてダメなら
身に付けた技術の優劣や必要度の高さで決着」という態度も珍しく身につけていた。
負けて悔しければ相手を見返せるように技術を身につける努力をすればよく
嫌ならここを去って他で暮らせばいいだけのことだ。
群れの成体実装達は厳しい環境の中で生きるために日々働き、経験から知識や技術
そして協力というものの重要性を学んでいた。




一方、成長したノケモノはというと。


「デププ…タベモノなんてワタシが探さなくても誰かが持ってくればいいデスゥ…
マズイけど食ってやるからありがたく思えデスゥ…」


というていたらく。技術を身につけるどころかエサ探しすらもマトモにしようとはせず、もっぱら他から
食料を盗んで腹の足しにしていた。

仔実装ノケモノは群れに流れ着き、成長すれば自立して労働力になるかとお情けで生ゴミを恵んでもらっていた。
来る物は拒まず、技術や知識の継承も血縁には縛られない、そういった考えが群れにあったのだろう。
だが結局、本来の糞蟲らしいといえば糞蟲らしい性格を発揮して役立たずのトラブルメーカーに育ってしまい、
無駄飯食らいは群れでは面倒見きれないと絶縁される始末だった。

もちろん群れにおいての盗みは罪であり敵対行為である。
現行犯なら、殺されるまではいかずともボコられるのがオチだ。
だがそれでもノケモノは時には他の仔の持っている食料を脅して奪い、時には同族の留守を狙いなんとか
エサにありつき、しまいには群れからすっかり嫌われて相手にされなくなっていた。

しかしそれでもノケモノはおこぼれにあずかろうと群れの周りをウロウロし、
公園からは一歩も外に出ようとしない。

生まれながらの依存心の大きさもあるのだろうが、あるいは
(いつも公園にいればいつかは母親が会いに来てくれるかも、運が良ければ妹のようにニンゲンに飼われるかも)
という絶望的な希望、切望が心のどこかにあるのかもしれない。




「オバちゃんはママみたいにはオシゴトしないテチ?」

「デププ…ワタシはそんなことしなくてもゴチソウがあるからいいんデスゥ」

「テチ?ゴチソウどこにあるんテッッピェ?!\ガブリ、クッチャクッチャ、モリモリ、ゴックン/

「デフウ、ウマイ、ウマスギルデスゥ〜ン♪」

ノケモノは時としてコッソリ群れの仔実装を喰らった。
頭の悪いノケモノではあったがこの時ばかりは目撃者のいないことをしつこいほど確認し、
地面にこぼれた血すらも舐め啜り証拠隠滅を図る狡猾さを発揮する。
誰にも見られなければ無かったことになるとでも思っているのだろう。

とはいえ状況証拠としてはノケモノが犯人なのは明らかだった。
仔を奪われた母からすれば感情的になって復しゅうを考えるのも無理の無い話である。
だがこの頃ノケモノはかなり腕っぷしが強く、肝も据わっていた。
散々ボコられた経験が、ノケモノを喧嘩上等実装に育て上げてしまっていたのだろう。

何匹かで問い詰め喧嘩になったとしても、誰かが返り討ちになる可能性はある。
群れ実装の知識や経験、そして技術が失われれば群れにとっては大きすぎる損失となる。
失われたものは戻ってはこない。事件を教訓として悲劇を繰り返さないようにするしかない。

「生き残りたいならよーく考えて動いたほうがいいデス。それに…」

そう自分達に言い聞かせて納得するしかなかった。

ノケモノはある意味、群れにとって役に立っていた。反面教師としてではあるが。


ノケモノもそれだけ腕っぷしが強いなら群れを乗っ取るなり
新たな自分の群れのボスを目指すなりしてもよさそうなものではある。
だが群れ実装の技術などを意味無く見下す癖があり、群れをまとめる責任感も人望も皆無なため
その発想は湧いてこないようだ。
群れの側からしてもその辺りがノケモノを無理してまで殺して排除しようとせず、放ったらかしにしている
理由の一つなのだろう。

構っても得にならない者に構っている暇はない。エサの激減する冬はもう始まっているのだから。




そして、空気まで凍りつくようなある朝の事。

「デ?…」

ノケモノが目を覚まし、群れの方を窺うとだれもいなかった。
いないのはノケモノにとって好都合。
朝食を盗ろうとダンボールハウス群を覗き込むと群れ実装達の持ち物なども無くなっており、
隠し場所にあるはずの乾燥させた保存食もひとつ残らず無くなっていた。

駆除だろうか。虐待派の降臨だろうか。
いや、それならダンボールがまったく無傷ということはないだろう。

「ヤツラ勝手に食っちまったデスゥ?」

勝手に食っていたのは自分なのだが…

実は群れ実装達は公園のダンボールハウスを放棄し、人目につかぬ深夜ひっそりと他へ移住していったのだ。
ノケモノは知らなかったが群れ実装の中には長い冬に備え移住先を探す役割を担った者までもいたのである。
その専任者が必死に探した場所、それはおそらく普通の実装石には見つけるのがかなり困難で、風雨や雪を避け、
人間にもすぐには見つけられないような環境なのだろう。

もちろん、実装石ごときの観察によって導き出された好ロケーションが、安全で
ひと冬のあいだずっと維持されているとは限らない。
凍死しないという保障などはないのだ。
だが、なにもしないより遥かにマシであるとはいえる。

のけ者にされたノケモノには、成す術がなかった。




ノケモノは、なにもしなかった。
食べ物は他からくすねるしか知らず、冬を乗り切る知識もない。

「ヤツラどこにいったデスゥ…はやくタベルモノもって来いデスゥ…」

ノケモノは残されたダンボールの一つに入り、寝そべると出来るだけ消耗しないように丸まった。
それは寒さを避けるためというよりは、ただ面倒でなんにもする気にならなかっただけのことだった。

「ハラへったデスゥ…ワタシをこんなに苦しめるなんて、ヤツラやっぱり糞蟲デスゥ…」

さすがに空腹には勝てず、しばらくすると目に付くそこらへんの草を噛み千切ってモシャモシャと咀嚼しだした。
もちろんそんなものでは満腹になるはずもない。
しかたなく公園の公衆便所にいって冷たい水でもガブガブと飲むしかなかった。
公園の外に探しに行くという前向きな発想はまったく思い浮かばなかった。

ダンボールに戻り、寝た。
夕方になり、夜になってもだれも帰ってこない。
ノケモノは糞もダンボールの中でした。
それは群れ実装達への嫌がらせの意味もあったかもしれないが、悪臭を吸い込むのは自分である。

「デホッ…クッサイデスゥ…だれかはやく片付けるデスゥ…」

ダンボールの中でも今夜は一段と寒さが厳しい。
群れたちの移住という選択は正しかったようだ。

「さささ寒いデスゥ…なんでこんなに寒いデスゥ…」

そこら中に残っているダンボールを加工すれはいくらかマシな寝床が作れそうなものだが、ノケモノには
そういった発想も知識も技術もなかった。
ガタガタと震え、空腹にも苛まれるノケモノはダンボールの中で唯一くちに入るものを見つめ、そして食べた。

「…クサイデスゥ…ムシャ…オゥエッ…ギボヂワルイデスゥ…ゴクン…こんな糞をワタシにたべさせるなんて
ヤツラぜったいに許さないデスゥ…」

ノケモノの辞書には反省とか自省の文字はない。
あくまでも悪いのは他者であり、自分に非があるわけ無いという発想のようだ。

「…寒くなくなれば…まただれかここにくるデス…ワタシのタベモノ、もってこさせるデス…」

たしかに、冬が過ぎればまた公園に群れ実装達や新参実装達が住み着くだろう。
だが、それは数ヶ月先のことだ。

翌朝、ノケモノは飢えと寒さと冷水の飲みすぎと食糞で体調を崩し、起き上がれなくなっていた。
這いつくばって昨日のように草を食おうとするが胃がまったく受け付けず、すぐに嘔吐してしまう。
寝ていれば治るだろうとタカをくくっていたが総排泄口からは止めども無く下痢糞が垂れ流され、
ますます苦しくなり体調も悪くなっていった。

「…ヤツラコロシテヤルデス…ミンナコロシテ、クッテヤルデス…ハヤクモドッテコイデス…」

回復を信じる。今のノケモノに出来るのはただそれだけだった。
だが無情にも体力は刻々と削り取られ、最早意識も朦朧としていた。

「…コノママジャ、シヌデス?…サムイデス…クルシイデス…」

「…イッパイ、シアワセ二…」

「…ナルンデス…」

「…デ…」

「…」




「お、いたぞ、こりゃキッタネー、死んでるのか?」

数日後、公園の年末野良実装一斉駆除の作業員が、ダンボールの中にヤセ細ったノケモノの死体を発見した。
トングで突いても肌を強く挟んで捻ってもまったく反応しない。

「ダンボールはいくつもあんのに、これ一匹、しかも死体ってどーゆーことっすかね?」

「さーなあ…病気にでもかかって足手まといで連れてってもらえなかったんじゃねーか?」

「うっへぇ、マジっすか、さわりたくねー。」

「まあこれ一匹なんだから早く片付けて終わらそうや。」

「へいへい、それにしても流石にこう寒いと実装共も減るんすかね、今日はこれ一匹っすよ。」

「ああ、この時期は飢えて共食いするか、暖かいところに移って行くかするらしいからな…ヨイショッと。」

作業員は専用ビニール袋にノケモノの死体を放り込むとダンボールなどと一緒にトラックの荷台に乗せ、
公園を後にした。




(デ…ここはどこデスゥ?)

作業員はノケモノがすでに死んでいると思い込んでいたのでトドメを刺すのを忘れていた。
だがノケモノは、まだ完全には死んではいなかった。
偽石がかろうじて無事な仮死のままビニール袋で運ばれ、暖かいところに置かれたことで
肉体の自由はきかないが意識を取り戻していた。

(カラダが動かせないけど…ポカポカデス…ひょっとして飼われたデスゥ?)

暖かい場所に置かれたというだけで都合のいい考えをするノケモノ。
たしかに、たとえば活性剤を投与され、栄養剤に浸けられでもすれば実装石はこの状態からでも生き返るだろう。

だが。

(デ?…持ち上がってるデス…デデ!?落っこちたデス…デ、フクロが溶けてるデス?ケムリデスゥ?)

ノケモノは焼却炉の中にいた。
今はまわりのダンボールが多少火勢を弱めている。

(デッ!?ヒ、火デスゥ、燃えてるデスゥッ!熱いアツイデスゥッ!!)

(ワタシの髪にっ火が着いたデスゥ!だれかはやく消すデスゥ!!)

(服がっ燃えてっ焦げてっ!無くなるデスッやめてデスー!)

(手っ!足っ!オテテがぁ!アンヨがぁ!あづいぃぃ)

(いやデスゥ!ダメデスゥ!死にたくないデェ!)

(ママァだずげでぇ!はやく来デェギャッ!)

(なんでぇ!どうして来ないデスゥ!)

(ワダジはいい子にじでるデズゥ)

(妹も残さずに食べたデズゥ)

(なんで飼わないデズゥ)

(ここは嫌いデズゥ)

(帰るんデズゥ)

(…dez…)

( … )




ノケモノは炎の中で黒焦げの炭となり、崩れて塵となった。


ノケモノは生まれた時から見放され、だれともまともな絆を持つことも無く生き、そして死んだ。
死んでからもたったひとり孤独に焼却炉で燃やされて灰となった。
ノケモノがこの世に生きた証は、なにひとつ残らなかった。



…いや、もしかしたら、群れ実装の誰かがノケモノを思い出すこともあるかも知れない。

「むかしむかし公園に、嫌われ者で除け者の糞蟲がいたデスゥ…」



終

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