【実装石大繁殖】 生物が大繁殖して人間がその被害を受けるというニュースは時々テレビで耳にすることがある。 アフリカのイナゴしかり、クリスマス島のアカガニしかり、瀬戸内のエチゼンクラゲしかり。 だが実装石でそれが起こったという話は今まであっただろうか? しかし『実装石』なる奇妙な存在も、それが生き物な限りはその可能性があるのではないか…。 ※ 「それにしても今年はやけに実装石が多くないか?」 その公園を訪れる市民ならば気づいている者は多かった。 散歩に来ただけの一般人に「ニンゲン!食べ物をよこすデス〜!」と実装石が大量にまとわりついて困るという苦情も増加していた。 ここ双葉市の北部にある双葉市民公園に住み着く野良実装石の数が、例年になく増えているのは間違いなかった。 もちろん双葉市で実装石が増える要因はいくつかあった。 愛護派と繋がりのある市議会議員によって提出された、『市民による実装石の過剰な虐待を禁止する市条例』が可決施行されたこと。 そして、ここ最近の週末に愛護派集団により双葉市民公園で大規模な金平糖散布が行われていたこと。 その全てに、この双葉市内にあるローゼン社実装石研究所が裏で関わっているという噂が囁かれていた。 だが、それだけでは『あの事件』が起こった原因にはほど遠い。 決定的な出来事は、事件前日深夜に行われたという、防護服姿の男たちによる公園への薬剤散布だという。 もちろん、深夜に『赤い色をした薬剤』を大量に散布していた男達がいた、なんて目撃談は都市伝説じみていてにわかには信じがたいのだが。 今となっては報道された以上に事件の全貌を語る証拠は残っていないので、伝聞による曖昧な噂が広まっているに過ぎない。 だから俺の経験した事実をここに書き残しておこう。 ※ あの日は朝から何かが変だった。 昨日までの静けさが嘘のように、朝礼をする暇もないほどの苦情電話が双葉市役所に鳴り響いていた。 この『都市整備部 公園緑地課』もそれは同様で、9時半の時点で既に10件以上の苦情を受理していた俺は、いいかげん電話線を引っこ抜きたくなった。 いわく「わしの家の庭に実装石が大量に押し寄せてきているんじゃ、何とかしてくれんかねぇ」 いわく「野良実装石が店の食い物を食べ散らかしちまって商売にならねえよ!早く駆除してくれねえか!」 いわく「実装石が引き起こした損害は市に全て責任があり謝罪と賠償を(ry」 双葉市の一部地域で、今までにない数の実装石による被害が発生し始めているのは間違いなかった。 課の全員が休む暇もなく電話の対応に追われていたが、寄せられた情報を整理していくうちに事件の中心となる場所が絞られてきた。 それがあの、最近実装石被害の苦情が増加していた双葉市民公園なのだ。 あそこには実装石が『駆除しなきゃならないほど』たくさんいるのは違いない。 グータラだが好奇心だけは旺盛で、しかも市役所きっての実装石虐待派の俺としては、ここで電話を受けているだけなんて考えられなかった。 こんなおいしい時に業者だけに駆除、いや虐待を任せてなんておけやしない。 しかし、上司の紅村公園管理主任<29才独身メガネ女>は現場視察申請をあっさり却下し、渋い顔をして俺を睨みつけた。 「あのね、こんな忙しい時に外に出られるわけ無いでしょ! 実装石駆除なら業者に任せればいいんだから…え、何?ローゼン社から電話?課長はいないの?…」 ここは主任が電話に気を取られている隙に抜け出すのが得策だ。 「すんません、ちょっと現地に行って様子見てきますわ。じゃ後よろしくっす!」 「ちょっと蒼山君!あんたが出てっちゃったら苦情電話誰が受けんのよ!こらーっ!」 女史の金切り声を背に市役所を飛び出すと、俺は通勤用の自転車にまたがり急いで双葉市民公園に向かった。 作業ツナギと安全靴に着替え、もちろん背中には愛用の実装石虐待七つ道具入りのバックパックを背負っている。 だが、この程度の虐待道具では話にならない事態が待っていることなど、この時の俺は知る由もなかった。 ※ 市役所からJRの線路を挟み、北東に直線距離で4キロメートルほど離れた場所にある双葉中央公園。 その周辺では車の大渋滞が起こっていた。 公園から溢れ出した実装石が道路で車に轢かれ、そのせいで数カ所でスリップ事故が起こって車線が塞がっているのだ。 さいわい死傷者が出るような大事故はないようだが、救急車もこれでは近寄ることが出来ないだろう。 やはり自転車で来たのは正解だったようだ。 俺は公園の裏手にある、実装騒ぎで営業を停止したコンビニの駐車場に自転車を停め、徒歩で公園に近づくことにした。 公園からは実装石のひどい糞臭がただよっていた。 今日は暑いし、そんなときは公園が臭いと苦情電話がかかってくるもんだが、これは桁が違った。 おそらく長時間ここにいれば、臭いで具合が悪くなるかもしれないほど強烈に臭いのだ。 そして1平方メートルに数体の割合で道路の染みになっている大量の実装石。 こんな数の死体はさすがの俺も見たことが無かった。 これはうちの課や警察どころの騒ぎじゃない、ヘタしたら自衛隊が出動するほどの事態なのではないか? 嫌な予感を覚えつつ、俺は公園に向かって歩いていった。 公園の方からは途切れること無く実装石の群れが押し寄せてくる。 おれは実装石たちの会話からなにがしかの情報を得ようと、ネックストラップで下げた携帯リンガルを起動して、イヤフォンを付けた。 リンガルからは実装石の様々な会話が聞こえてくる。 「もうすぐ仔が生まれるデス〜!いったいトイレはどこデス〜!?」 「オマエ達早く歩くデス!後ろから踏まれたら助からないデス!急ぐデスー!」 「蛆チャンついてこないと置いてくテチュアレレ蛆チャンどこ行ったテチュ?」 「この肉は美味いデッスングング道にたくさん肉が落ちてるデッスングング」 「テチュ〜ンデププテチャーテッテレーデギャアアアア!!」 …何でこんなに自分たちの数が増えたのか、事情を知っていそうな実装石など一匹も見つけられなかった。 まぁ最初からこいつらに何か期待するだけ無駄か。 実装石どもの行動は見た所全くの無目的で、誰かの指示で組織的に動いていそうな兆候など少しも無かった。 後ろから来た実装石の群れに踏み殺される仔実装、わざわざ塀の上を歩いて墜落死する実装石、敷地に入り込んで飼い犬に食い殺される家族… まさにカオスとはこの事を言うのだろう。 しかし何も原因が無くて突然こんなに実装石が増えるなどという事があるだろうか? これだけの大繁殖には、もしかして何か人工的な要因があるのか…。 考え事にとらわれていた俺に、目の前の実装石が気が付いて大声を上げた。 「ニンゲンさんデス!飼い実装になれるデス!!」 ドキッとして俺が身構えたその時、その叫び声を聞いた百匹以上の実装石が、俺に向かって一斉に媚びた! 「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」 「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」 「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」「テチュ〜ン♪」 『ああああ!ヒャッハーしてえええええ!!』 虐待派の本能ともいうべき、バールのようなものを振り回したい衝動が俺の全身を駆け巡った。 一応今は公務中、無用な虐待は避けねばならなかったのだが、この場を乗り切らなければ公園に近づくことさえままならない。 「ニンゲンサン、飼ってくださいテッチュ〜ン♪」と目の前で派手に媚びている、今の叫び声を上げた実装石に目をつけた。 こいつには俺のために生け贄になってもらおう。 「この、礼儀知らずの糞蟲が!死ねッ!!」 俺は実装石達に聞こえよがしに叫ぶと、そいつめがけて全力でバールのようなものをフルスイングで振り下ろした。 「デギャァァァァチョブッ!」 バチャッと水風船がつぶれるような音がすると、実装石は避ける隙もなく爆ぜて道路の染みになった。 一瞬にして凍り付いた実装石どもに向かって、俺はすかさずリンガルを使って叫んだ。 「殺されたい糞蟲は前に出ろ!そうでない賢い実装石ちゃんは道をあけるんだ!」 「デ、デギャー!死にたくないデッス!」 大合唱とともに、モーゼでもこうは行かないだろうという早さで実装石の海が割れた。 チャンスだ。 俺はすかさず公園へと走った。 だが進むにつれて路上の実装石はますます増える一方だった。 いよいよ俺の周りは足の踏み場も無くなってきた。 俺はバックパックから『ばらおとめ堂の金平糖』を取り出すと、目の前の実装石を他所に引きつけるように遠くにバラまきつつ走り続けた。 「その金平糖はワタチのものデスー!お前ら食うなデス!」 「違うデッスそれは高貴なワタチにくれたんデッス!おまえら食べるなデーッス!」 金平糖が着地した場所には実装石がわっと群がり、たちまち緑色の小山が出来る。 下敷きになった実装石が重みで次々に潰れぐずぐずの肉のかたまりになり、またそこに肉を求めて実装石が群がった。 一方公園からは柵を越えて緑の絨毯が溢れ出すかのように実装石が押し寄せてくる。 想像を絶する数の実装石が公園内から生み出されているようだ。 『ヤバイ、もうこれ以上近づくのは限界か…』と歩みが止まった時、俺の足下にこぼれた金平糖目がけ実装石が飛びかかってきた。 「バカ野郎!寄るんじゃねぇ糞蟲がっ!」 よろけた俺は足下にいた仔実装を思いっきり踏みつぶしてしまった。 漁父の利で金平糖をゲットし、アーンとしゃぶろうとしていた仔実装は「ペチュアッ!」と叫び声を上げて潰れ、俺は汚汁に足を取られてひっくり返った。 その拍子に自分の上にも金平糖をバラまいてしまい、それ目がけてみるみる実装石が飛び乗ってくる。 ヤバい、消臭マスクもはがされて臭さで呼吸が苦しくなってきた。 しかも途切れること無く飛び乗ってくる実装石の重さで身動きもできない。 まさか…俺は実装石に押し潰されて死ぬのか? 新聞に俺の死亡記事が載る、しかも見出しは「虐待派、実装石に逆襲されて圧死」か…ああ情けない。 『……!…いる…!?』 やばい、幻聴が聞こえる…紅村主任29才独身の声…そんなに嫌いじゃなかったというか、むしろ死ぬ前に一発お願いしたかったのに… …いや、確かに主任の声が聞こえる。 俺ははっと気づいてリンガルのイアフォンを耳から引き抜いた。 実装石の声がリンガルで翻訳されて、かえってその喧噪の中に声を埋没させていたのだ。 リンガルを外すと実装石達の言葉がデスデスと五月蝿い鳴き声にしか聞こえなくなった。 そのなかで人間の叫び声が確かに聞き取れた。 「ねぇ、そこに誰かいるの!?」 何とか動く左手を、俺を覆い尽くす実装石の上に突き出してブンブンと振った。 頼む、俺に気付いてくれ! 近付くエンジン音と共に手を握るあたたかい感触。 右手に握っていたバールのようなものをあきらめて、助けの手を両手で掴み返すと力を込めて引っ張った。 ズボッと体が抜けて、何とか呼吸が確保できるようになった。 「ブハッ!はぁ、すみません、助かりました…ってしゅ、主任!」 「やっぱり蒼山君ね! 休んでる暇はないの。早く後ろに乗って。 ローゼン社の研究所に行かなきゃならないんだから!」 俺を引っ張り上げてくれた声の主は、紅村主任その人であった。 彼女は通勤用のオフロードバイクに乗って、萌黄色の市役所の作業つなぎを腰巻きにしていた。 白いTシャツを押し上げる見事な胸元には、実装石とおぼしきイラストをあしらった市のマークが入っていた。 現市長が就任時にわざわざ貴重な予算を無駄遣いして、公募したキャラクターをTシャツにプリントして職員に配った、市の公式グッズなのだ。 ダサいと評判の悪かったこのTシャツを着ている人を実際に見たのはこれが初めてだ…。 いや、そんなことより。 「いったい何でここに主任がいるんすか!?」 「双葉市民公園周辺でどうしようもないほど実装石が増えてきたって情報を聞いてね。 あんたの事だから助けに行かないと死にそうになってるんじゃないかと思ったわけよ。 まったく思った通りね…」 「はぁ、そいつはありがとうございます…ってかいったいローゼン社って…」 「さっき、蒼山君が逃げた時に市役所に電話があってね。 市内のローゼン社の実装石研究所にこの騒動を治めるアイテムがあるらしいのよ。 それを今から受け取りに行くってわけ。さ、研究所まで突っ走るわよ!」 ん、おれはそのついでで助けられただけなのか…? だが助けてもらった俺は、おとなしく主任のバイクの後部シートに座ると彼女の腰に手を回した。 こんな機会でもなければ彼女と密着することなどまずあり得なかったし。 しかし、そんな俺のささやかなトキメキは彼女の言葉であっさり打ち砕かれた。 「蒼山君…あなた、臭いわね。ちょっと離れてよ」 ああ、もう最悪だ…。 バイクは派手にターンをかまして周囲の実装石を轢き潰すと、ローゼン社研究所に向けて急加速で走り出した。 さすがオフ車、実装石をものともせず危険な地域から逃れることが出来た。 しかし、俺がここに来た時から比べて実装石の大繁殖域はかなり広がっているように思った。 これだけの実装石を一体どうやって駆除すればいいのだろうか? 不安を覚えると同時に、ローゼン社の秘密兵器とやらに俄然興味がわいてきた。 ※ 俺は身の置き所に困っていた。 ここは双葉市にあるローゼン社研究所内の応接室。 目の前には研究所の研究員とおぼしき男。 そして俺の右隣にはカンカンに怒った紅村主任。 二人はさっきから口角泡を飛ばしてお互いをののしり合っていた。 「何で貸せないってのよ!そっちが協力するって電話してきたんじゃないの!?」 「そう言われましても、私にはそんな報告は上がっていない訳でして」 慇懃無礼なローゼン社研究員に、一歩も引くこと無く市役所のイニシアチブを主張する紅村主任。 ここでいがみ合っている間にも実装石は着々とその数を増しているはずだった。 しょうがないから二人を仲裁しようとしたその時、応接室にスーツを着た男が入ってきた。 身長は俺より低く、眼鏡をかけた冷たい感じの若い男だ。 「君、ご苦労さん。戻って準備を急いでください」 「しかし副所長、そう言われましても私ども施設管理部を通していただかないと…」 「この件については、上がいっさいの責任を持ちます。 所長にも話は通っていますからあなたが責任を取らされる事はありません」 研究員は不服そうな顔をしながらも、責任から逃れられたからかすぐ部屋から出て行った。 早速名刺交換が始まった。 「どうも、自己紹介が遅れました。 私、当研究所の副所長をしております翠川と申します。 所長が所用で外出しておりますので、私が代わりにお話を」 「あ、こちらこそ。双葉市役所都市整備部公園緑地課の公園管理主任をしております紅村と申します」 この緊急事態に…お互い官と民の習性に染まり過ぎじゃないのか。 この人、この若さで副所長か…多分相当なエリートなんだろう。 間違いなく俺の嫌いなタイプだな(笑) 紅村主任は先制攻撃のように話を切り出した。 「で、双葉市民公園で実装石の大量発生が起こっている件に関しては、ご存知ですよね?」 「ええ、私どもの調査班がつかんだ情報によりますと、現在実装石個体群は双葉市民公園を中心に、半径1.5キロメートルの範囲まで繁殖地域を拡大しています。 仮に彼らを実装石双葉種と名付けますが、双葉種はその異常なまでの繁殖力がその特徴です。 ですが実装石は基本的に徒歩で移動するしかないために、物理的に急激な繁殖域拡大は出来ないはずです。 これ以上増える前に我々で彼らを封じ込めれば問題は無いと思われます」 「でも例えば、託児された人間が気がつかずに交通機関で移動したら、急速にこの、えーと双葉種が繁殖域を拡大する可能性があるんじゃないですか?」 「確かにそうですが、双葉市内で双葉警察署が交通機関の検問を実施しています。 実装石が託児で他地域に移動する事の無いように厳重にチェックしておりますので、それも問題はありません」 何も問題はありません、か。 その余裕が俺は気に入らなかった。 「てかさ、そもそも市役所に電話してきたのはローゼン社研究所、つまりアンタらな訳でしょ? 昨日は苦情なんて全然無かったんだから、この事件が起こったのは昨日の夜から今朝にかけてってことになるよね。 始業からちょい過ぎの時点で、うちに電話してきて解決法がありますって、それは何か話が早すぎない?」 俺はバイクに乗って説明を聞いた時から考えていた疑問を口に出した。 どう考えてもローゼン社の対応が早すぎやしないか? これは事件を起こした張本人がローゼン社研究所だと考えなければつじつまが合わない。 しかし、紅村主任はあわてて俺をたしなめた。 「こら、蒼山君!そんな証拠も無いような言いがかりは失礼でしょ!? 謝んなさい!」 「何でっすか主任!こいつらどう考えてもおかしいっすよ…今までだって変な噂も多いし。 だいたいそんな特別な解決手段が本当にあるのかどうかも怪しいもんですよ! まさか、劇薬散布とか毒ガスとか使われた日にゃ双葉市が過疎っちまいますよ…」 翠川と名乗る男は眼鏡を直し、俺を冷ややかな目つきで見ると言った。 「実装石を一瞬で駆除する方法はあります。 あなたは見たところ実装石虐待派のようですから、そのアイテムの噂くらいは耳にした事があるんじゃないですか?」 確かに虐待派だけど、余計なお世話だっつーの! でも何だろう…そんなミラクルな虐待アイテムってあっただろうか? 実装石を一瞬で駆除するアイテム…ドドンパでもコロリでもない、一瞬で駆除…… あ、もしかして? 「まさか、あの禁断の虐待アイテム!?」 「何よ、禁断って。まったくアンタら虐待派ときたら、よくそういうオタクっぽい事考えつくわね」 「ほっといてくださいよー、オタクで何が悪いんすか!てかそうじゃなくて…アレですよ!」 翠川副所長は後を続けた。 「そうです、あなたのお考えの通りのアイテム、『実装音叉』です。 うちには様々な研究用としてそういう特殊な器具も置いてあるんですよ。 余計な被害を出さずに実装石だけを処分する事が出来る、確かにこういう事態にうってつけのアイテムなんですが…」 「スゲェ!実装音叉って一度使ってみたかったんすよ!早く持って行って実装石をぶっ殺しましょう!」 「ほんとにそんな物があるんですか?ならばさっさと使いましょうよ!」 思わず腰を浮かした俺と紅村主任とは対照的に、翠川副所長は難しい顔をして座っている。 「いや、実装音叉には非常にやっかいな問題があるんですよ。 蒼山さん、あなたはご存知と思いますが、アレは発生する音をわずかでも聞いた実装石を無差別に殺傷してしまう代物でしてね。 ウチの研究所にも貴重な研究の対象になっている実装石が相当数いるもんですから、いきなりその辺で鳴らされては非常に困るんですよ。 研究所から実装石が退避したのが確認できる前に、アレを使うわけにはいきません」 「何言ってるんすか、この非常事態に!これ以上実装石が増えたらシャレにならないっすよ!ね、主任?」 今度は紅村主任が難しい顔になると俺に言った。 「いくら実装石でも無差別に死んでしまうって事になると問題よね…。 実装石を飼っている人は双葉市内でおよそ4000世帯弱、犬を飼う世帯数よりはかなり少ないけどそれでも相当な数よね? その人達がたとえば実装石をつれて一斉に市外に移動したら、警察の検問にかなり混乱が起こるはずよ。 もし該当世帯全部の退避を待っていたとしたら、取り返しのつかない事になるかもしれないわ」 「つまりどういうことっすか?別にいいじゃないっすか、実装石なんて何匹死んだって〜」 「補償問題になるかもしれない、って話よ。だって双葉種退治は時間との勝負なのよ? これ以上の拡散を阻止するためには、結局飼い実装かどうかに関わらず実装石の移動を禁止するしか無いの。 だから逃げられなかった飼い実装が死んでしまうのはある程度避けられないし、後々の補償は大変な話よ。 市長の奥さんだって実装石飼ってるっていうのに…」 俺は成金趣味のドレスを着て市役所を我が物顔で闊歩する、ムカつく飼い実装石ネフライトの事を思い出した。 奴は毎日俺たち職員に糞投げなどの迷惑をかけては、誰も手が出せないのをいいことにいつも俺たちをあざ笑っているのだった。 あいつは俺の殺したい実装石リストの常に上位ポジションだった。 「やっぱやるしかないっすよ!ぶっ殺しましょういろいろと!」 「あんたってホントにバカよね…」 翠川副所長は付き合ってられないというように肩をすくめると、腕時計に目をやって言った。 「後30分で我が社の実装石の市外への退避が完了する予定です。 市長と市議会の愛護派には既にご連絡させていただきましたので、ネフライトちゃん達も今頃市外へ退避している最中でしょう。 その他一般の飼い実装への補償問題は、我が社が全面的に支援いたしますのでご心配なさらずに。 では、私はそろそろ準備をしませんといけませんので、これで失礼いたします」 「え、準備って…私どもはその『実装音叉』とやらを受け取ってすぐ市役所に帰らないと」 「申し訳ありませんが、実装音叉はなにぶん特別な物ですので、扱いはこちらの技術者に任せていただきます。 お二人には連絡役を務めるようにと公園緑地課の責任者から連絡を受けていますので、ここに残っていただけますか」 「…それはいいとしても、実際にはどうやって実装音叉を使うんですか? 車じゃ双葉市民公園のそばまで近づけないのはご存知でしょう?」 翠川副所長は何を分かりきった事を聞くのかといった風に答えた。 「陸上からは無理でも、空からならば簡単に双葉市民公園に近づけます。 実装音叉を搭載したヘリコプターを現在準備していますので、それで駆除作業を行う事になります 特にお二人が作業に関わっていただく必要はありませんので…」 なるほど、自分らの不始末はさっさと隠蔽したいが、素人はローゼン社のする事に口を出すなってわけか。 あとはアリバイ作りのために市役所の職員が必要なだけってことだろうが、ここで引き下がるわけにはいかない。 「俺もそのヘリに乗せてくださいよ!連絡役ならヘリからでも出来るでしょ? ね、お願いしますよ!主任からも言ってやってください!」 「しかし…私どもとしては部外者の安全に責任が持てませんので…」 何をめんどくさい事を、と拒否する翠川副所長に紅村主任は毅然とした口調で言った。 「うちの職員を乗せなければ、市内上空の低空飛行許可を出すわけには行きません。そちらもそれでは困るのでは?」 「し、しかしそれでは業務の遂行に支障が…」 慌てる翠川副所長を横目に、紅村主任はにっこり笑うと俺の肩を叩いて言った。 「行って来な!双葉市役所職員魂ってやつを見せてよね」 俺にそんな物があるかは疑問だったが、翠川副所長が頭を抱えていたのはいい気味だった。 紅村主任には悪いが、俺の虐待魂にかけてそんなおいしいイベントを見逃すわけにはいかないのだ! ※ エアロスパシアル社製のAS332Lヘリコプターは器材と研究員、そして一人の虐待派を載せ空へ舞い上がった。 研究所のヘリポートから双葉市民公園上空まではほんの数分という早さだった。 双葉市上空にはまだ報道機関のヘリコプターは来ていないようだ。 そろそろ誰かがマスコミに通報していてもおかしくないはずだが…。 ホバリングして上空から眺める景色は、今までに見た事も無いような異様なものだった。 緑色の巨大な絨毯が双葉市民公園を中心にかなりの範囲まで広がっていた。 その絨毯の一粒一粒がよく見ると実装石がウネウネとうごめく姿なのだ。 一体何千万匹、いや何億の糞蟲がそこにいるというのだろうか? 翠川副所長が機内通話を通じて俺に知らせてきた。 「これから高度100メートルまで降下して、実装音叉を鳴らします! 人間に影響はありませんが、機体が揺れるかもしれませんので何かに掴まって。 くれぐれも余計な事はしないように!」 はいはい分かりました、余計な事はしませんって。 俺は実装音叉で実装石が全滅するお宝場面が見たいだけなんだって。 ヘリコプターは双葉市民公園に向けて高度を落としていった。 公園中心の実装石達はまさに混沌の極みだった。 そこには普通の実装石だけではなくマラ実装や獣実装、そして奇形の実装石やその他に見た事の無いような形をした実装石が大量に蠢いていた。 そいつらが生まれては死に生まれては死に生まれては死に生まれては死に生まれては死に生まれては死に生まれては死に生まれては死んでいた。 そして立ち上ってくるものすごい糞臭と腐敗臭、そして鳴き声。 まったく眺めていると気が狂いそうになるような光景だった。 機内の研究員達も作業の手が止まり、語る言葉を失っていた。 翠川副所長がそんな彼らにはっぱをかけるように次々と指示を与えていた。 機内の複雑な機器の中央には、ケースに収められた実装音叉が薄青く鈍い輝きを放っていた。 U字型をした音叉のその表面には、金属結晶の組み合わせにより作られた人工的で複雑に輝くパターンが刻まれている。 翠川副所長は俺に装置の機能を説明してくれた。 「これは実装音叉とその発信音を増幅する装置です! 音とは言っていますが、これは実装石の偽石のみを共振させる振動波なので人間の耳には聞こえませんし、物理的に遮蔽される事もほぼありません。 音叉から出た波動は実装石の偽石を使ったフィルタ装置で純音に整えられ増幅された後、機外に放出されます。 適当な半径でヘリを旋回させながら音叉を鳴らし続ければ、可聴範囲の実装石は残らず死滅するはずです!」 これが実装石にあまねく死をもたらす伝説の破滅の音叉なのか…。 感慨に耽る間もなく翠川氏が指示を伝えた。 「よし、準備ができたら実装音叉を鳴らせ!」 装置が稼働を始め、いよいよ音叉が鳴らされようとしたその時、研究員が慌てた声で叫んだ。 「副所長、下を見てください!実装石の群体に異常が!」 俺たちはあわててヘリの窓ガラスから双葉市民公園を見下ろした。 確かに数分前までそれほど起伏の無かった実装石の群体が、今は一つの中心を作り大きく盛り上がって塊を形成しようとしていた。 あれは何だろう…まるで大きな何かを作ろうとしているような…。 「そんなバカな…あれは…巨大な実装石?!」 それは巨大な実装石の顔から肩までを模した姿だった。 体の表面は小さい実装石が組合わさった物とも、それらがドロドロに解けて混じり合ったものとも分からないもので覆われていた。 まだ目鼻立ちが曖昧ではあるが、あれは実装石に間違いなかった。 ただその大きさだけが実装石にはあるまじき巨大さなのだ。 顔の差し渡しが数十メートル、高さに至っては百メートルに届こうかという勢いだった。 それが見ている間にもどんどん成長を続けているのだ。 「なんてこった…あの薬剤にこんな効果があったとは…いや、散布によって短時間で繰り返される生殖行動が変異体を生み出したのか?」 ヘッドセットから翠川副所長が呆然と呟く声が伝わってきた。 やっぱり、この事件の原因はこいつらローゼン社研究所がやったことだったのか? 俺が翠川副所長を問いつめようとしたその時、機体が揺れパイロットが悲鳴を上げた。 「腕です!腕が生えてきました!掴まれたら墜落する!!」 ヘリは急激に機首を上げ、こちらに伸びてきた巨大な手を避けるように上昇した。 俺たちは体勢を崩し床に投げ出された。 必死になって手すりに掴まったが、俺の目はこちらに生えてきたばかりの手を延ばしてくる実装石を見ていた。 さっきより体の作りが明確になってきて、顔にはあの特徴的なギョロリと光る目も発生していた。 間違いなく奴は成長しているのだ! その実装石の口がバクッと割れて、でかい雄叫びが放たれた。 「デェェェェェェェスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!」 間違いない、あれが成長すると巨大な『実装さん』が出来上がるんだ! おれは全く根拠が無いながらも心の中でそう確信していた。 ヘリは巧みな操縦で高度を上げながら、巨大な実装石を中心に旋回するコースに入った。 「早く!今のうちに実装音叉を鳴らせ!」 翠川副所長が研究員に叫んだ。 装置に取り付いた研究員が、今度こそ実装音叉の作動スイッチを押した。 その瞬間、俺たちの体を音にならない巨大なエネルギーの波動のようなものが通り抜けた。 かろうじて気絶するのをこらえて窓から外を見た。 このヘリを中心に球状の壁のような不可視の波が発生しているのが分かった。 それが激しい勢いで膨らんでいき巨大実装石に到達すると、それにぶち当たった実装石が次々と死んで体からはがれ落ちていく。 恐らく巨体を構成する個々の実装石が、その体内にある偽石を破壊されて死んでいっているのだろう。 そしてとうとう巨大な実装石が、体を繋ぎ止めていた力を失って断末魔の叫びを上げながらバラバラに解体し崩れ落ちた。 なおもエネルギー面は拡大を続け、実装石達に確実な死を与えていく。 虐待派でならした俺も、あまりに大量な死にいささか気分が悪くなっていた。 地上からは実装石の怨嗟とも聞こえる叫び声が幾重にも重なり合って聞こえてくる。 それは言葉ではとても言い表せないような実装石の痛み、恨み、呪い、そして絶望の叫びだった。 だが、音叉から逃れられるものなど誰もいない。 数百万、いや数千万という数の死が地上に満ち、そして双葉中央公園は静かになった…。 ※ 30分ほどかけて双葉市の上空を旋回しながら実装音叉を鳴らし続けた結果、公園とその周辺地域には累々と実装石の死体が横たわるのみとなった。 百数十平方キロメートルにわたって、生きている実装石は野良・飼いに関わらず一匹も居ないのは間違いないだろう。 地上では既に実装石の死体の腐敗が始まっているようで、ヘリに乗っていても酷い死臭と糞臭が鼻をついた。 恐らくこの後、災害派遣された自衛隊による大規模な事後処理が行われるのは間違いないだろう。 公園緑地課も忙しくなるに違いないと思い、俺は憂鬱な気分になった。 沈黙の中、翠川副所長が俺に一対一の機内通話をかけてきた。 「今日ここで見た事は他言無用に願います。我が社の機密事項に関わりますので」 「そんな事言ったって、こっちだって報告書書かなきゃいけないし…。 大体今回の原因を作ったのはアンタらなんだろ?責任とれよ!」 「いえ、今回の一件は実は私ではなく所長が行った事でして。 社内にもその…いろいろと派閥同士で駆け引きがありましてね…」 「そんなのそっちの勝手な都合じゃねえかよ!俺達には関係ないね!」 翠川副所長はため息をつくと、お定まりの役所と企業の癒着の話を俺相手にし始めた。 市長の奥さんの飼い実装ネフライトにかかるお金の出所とか、公園緑地課課長が野良実装をローゼン社に横流しして不正な接待費を得ている事とか。 そんなありふれた、どこにでもある反吐が出そうな話だった。 「はいはい分かりましたよ!どうせそのまま報告書書いたって課長に握りつぶされるだけなんだろ?」 翠川副所長は慇懃無礼に答えた。 「お分かりいただけたようで感謝いたします」 ヘリコプターはローゼン社研究所のヘリポートに戻ってきた。 紅村主任はどうやら俺の帰りをここで待っていてくれたようで、近付いてくるヘリに手を振っている。 俺は自分が酷く疲れていて、実装石臭くて汗臭い事に気がついた。 こりゃ、帰りはバイクの後部座席に乗せてもらえないな…。 ※ 以上が今回の事件で俺が体験した全てだ。 結局報告書には当たり障りの無い実装石退治の話を書くしか無かった。 もちろん納得がいかないけど、駆け出しの地方公務員に出来る事などたかがしれているのだ。 その後、ローゼン社研究所所長が更迭されあの副所長が所長に昇格したと聞いた。 だが研究所の移転話が持ち上がっていて、市長のクビもどうやら次の選挙では危ないという話だ。 あのネフライトも最近はどことなく挙動不審なのは、台所事情が悪くてヘタすると捨てられそうだからだそうだ。 そう思ってあいつを見ているとなんとなく虐待心も萎え気味なのが、面白くもつまらなくもあり…って感じだ。 紅村主任とは相変わらず何も無く毎日叱られてばかりだが、たまに飲みにつれてってもらえるようになったのは一歩前進か。 双葉市民公園にはしばらく実装石が寄り付かず、俺たち公園管理チームの仕事が減ったのは嬉しいが、どうせ奴らはすぐに双葉公園に戻ってくるに違いない。 ま、そうでなかったら俺は虐待派を廃業しなきゃならないけどね…。 さて、この話書いたはいいけどそれだけじゃつまらない。 人物の名前などを誰が書いたかが分からないように直したテキストファイルを実はもう一つ作ってある。 で、例えば公園緑地課課長のように、市役所内には私物を持ち込んだPCのP2Pソフトで危ない事をしている人間も居るのだ。 たいしてセキュリティに気を使っていない人から情報流出が起こるって、あり得るんじゃないか? そんな中にこのテキストファイルがあったとしても、不思議はないだろう。 俺はそんな事を考えながら今日も仕事を続けている…。 <終> ===================== このスクの『実装音叉』並びに『ローゼン社』関連の設定は自分で勝手に作ったもので 別に公式見解でもなんでもない事をお断りしておきます。

| 1 Re: Name:匿名石 2016/11/06-01:03:38 No:00002709[申告] |
| どうして役所モノって市長夫人や○○党議員の飼い実装が役所を闊歩するんだろう
実際には役所も企業も職員の家族やましてペットなんて職場見学でも催されない限り来ないのに と思ったが、実装がいて愛誤派がいるどころか権力者になれるような世界ならそんなもんか 実装石は死滅し、愛誤派たちは破滅に向かうオチだからまあいいか |