「・・・臭う」 男が独り言をつぶやく。 金曜日の7:10、出勤の時間だ。 自宅の車庫で、男はかすかに悪臭を嗅いでいた。 実の所、数週間前から臭いを感じる時が多々あったのだが、最近はだんだん酷くなる。 主にこの車庫と裏庭の方から臭いを感じる。 気にはなっていたが、最近は休日も用事が入り家を明けっ放しだった。 しばし臭いの元を探そうと考えたが、遅刻の危機が迫る。 −今度の土日はヒマだ、庭の手入れも兼ねてじっくり調べよう− そう考え、男は車に乗り込んでさっさと自宅を後にする。 「テチー」「テチュテチュ」 小さな鳴き声が、男を見送るように車庫に響いた。 家を出て十分ほど、いつもの渋滞箇所に差し掛かる。 ここからは職場までノロノロ運転だ。オーディオのスイッチを入れ、ラジオを聴く。 「・・・装石を見かけることが多くなりました、今日この頃ですが・・・」 地元のラジオ局のパーソナリティが喋っている。 この地方では、最近野良実装石が増えてきたとのニュースを良く聞く。 都会や一部地域での被害については、報道で男も良く知っていたが、まだ目にしたことは無い。 ラジオではパーソナリティとゲストの実装石研究者がトークを繰り広げていた。 男はトークの内容に耳を傾ける。 と、前方の車がみな右側に避け始め、前方の路肩になにやら塊が落ちているのが見える。 男も前車にならって右に寄せて塊を避ける。 なにやら緑色の塊が見える・・・と同時に車内に覚えのある臭いが漂い始めた。 紛れも無く、先ほど車庫で嗅いだ臭い。 −まさか、これが実装石の臭い?− どう見ても生き物の塊であろう、潰れた物体の脇を通り過ぎる。 その日、男は終業まで頭から実装石のことが離れなかった。 仕事が終わり、書店へ飛び込んだ。 ペット関係のコーナーへ行くと、実装石の書籍はすぐ見つかった。むさぼるように読む。 少ないながらも、野良実装の問題点と対策法も載っている。 手ごろなものを手にし、他に情報源が無いか店内を回る。 ビジネス、環境と言ったコーナーにも実装石関係の本が散見されるが、あまり個人レベルには向かない内容だった。 雑誌コーナーに回り、ペット関係雑誌を見るが先ほどの書籍と同じような情報しかない。 ホビーコーナーへ回る。「ラジコン技術」やミリタリー雑誌が懐かしい。 と、実装石の絵が目に入った。 「実と装」 なにやら衝撃を感じる。何なんだこの雑誌は。 ファンシーな装丁と、表紙に踊る訳の分からん語句の数々。 周りに人は居ない、男はためらいながらも手に取り、パラパラと拾い読みをする。 そして突如レジへ向かい、支払いを済ませると車内で熟読を始めた。 −虐待派−、この存在を男は知ってしまった。 「実と装」の記事の中にある虐待レポート、これに引き寄せられてしまったのだ。 野良の駆除、媚、上げ落とし、糞蟲・・・ 男は言いようの無い静かな興奮に捕らわれていた。 −おそらく、自宅には野良実装が隠れている、ならば実際に・・・− 男はエンジンをかけ、大型ホームセンターへと車を走らせた。 ペットの展示販売も手がける郊外型のホームセンター。地方都市なら定番の店舗だ。 男も生活用品の購入で良く通っている。 夕食前の買い物客でにぎわう中、ペットコーナーへと向かった。 犬、猫、小鳥のケージが並ぶ中、緑の物体が見える。 15センチ程度と5センチ程度の背丈の生き物、仔実装と親指実装だ。 外見は確かにかわいらしさがある。と同時に虐めたくなる何かがあるのも確かだ。 ガラスケージに入れられたものは躾済みと表示され、ちょっとした値段が付いている。 他にも水槽に寿司詰めで入れられた実装石がおり、お値打ち品と表示がある。 こちらは仔実装で200円、親指実装で500円と叩き売り状態だ。 テチュテチュレチュレチと、盛んに鳴きまくっている。 お値打ち仔実装を一匹だけ選び、飼育に必要な品を買い込む。 水槽、実装フード、コンペイトウ、トイレキット、首輪とリード・・・そして実装リンガル。 リンガルは買うかどうか迷ったのだが、小遣いに余裕のある男は買うことにした。 必要なければスイッチを切れば済むことだ。 実装本体の100倍の値段の品。商売戦略に上手く乗せられたなと苦笑した。 車に荷物を置き、再び店内に向かう。 買った仔実装はすでに水槽に入れてあるが、さっそく媚を繰り返している。とりあえず無視しておく。 今度は園芸部門。庭の手入れでここには良く来る。 その中の害虫対策品のコーナーへ向かう。 農薬や忌避剤が並ぶ中、小動物の捕獲機も売っている。 その中からステンレス網で出来た捕獲機を選んだ。中に餌を入れて閉じ込める奴だ。 3つ購入し、車に戻った。 再び媚と鳴きわめきを始める仔実装。先ほど買ったリンガルを開封してスイッチを入れる。 「おなか空いたテチ、何か食わせるテチュ」 「早くするテチィーーーー!!」 さすがに叩き売りの品だけあって我侭だ。 やかましいので手っ取り早く実装フードの袋を一つ開け、水槽に流し込む。 ドザーーーー 「テギャーーー、何をするテチィ?」 「こ、これはごはんテチィ?いっぱいありすぎてうれしいテチュ」 おとなしくフードを食べだしたので、自宅へ向かうこととする。 この季節、まだまだ外は明るい。運転しながらこの後の計画を練り始めた。 自宅に到着する。 とりあえず車庫には入れず、家の前に停めた。 この男、一軒家に一人住まいである。 親所有の土地に建てた二階建ての車庫付きの家、家族は無し。 結婚はするつもりも無く、はっきりいって退屈な生活であった。 30代前半でそれなりに金銭的に余裕も出てきてはいるが、生活に刺激は無い。 たまにドライブで遠出をするくらいだった。 未だ食事に夢中の仔実装&荷物を玄関に置き、車庫の様子を伺う。 コンクリート造り、シャッターはあるが格子タイプなので小動物が出入りすることは自由に出来る。 壁際には荷物や工具箱、棚が並んでいるので、隠れ場所はいくらでもあるわけだ。 嗅覚を頼りに調べると、木製の棚の近辺が怪しい。 続いて裏庭へ向かう。ここも臭いが漂う時があるのだ。 裏庭は男の趣味で色々と木々が植えられている。ここも隠れ場所として使える場所は豊富だ。 春先の芽吹き以来、刈り込んでいないのでかなり茂ってきている。そろそろ手入れをしなければならない。 1メートル程度に茂った低木の群集を調べていると、臭いが強くなった。地面が暗緑色となった部分が散見される。 やはり間違いなく実装石がいる。住み着いては居なくとも、通ってきている。 そのうちに、果物のカスらしきものや、菓子の包装紙のような物が発見できた。 本で得た知識では、野良実装は生ゴミなどを拾って食べるそうだから、ますます怪しい。 そろそろライトの助けが必要になりそうな頃合だ。 家に戻るかと思った瞬間、視界の隅に何かが写る。 判別は出来なかった・・・。そのまま刺激しないよう、玄関にまで戻る。 玄関を開けると、水槽の中で仔実装が餌を食い尽くして座り込んでいた。 リンガルで会話を行う。 「おい、今日からここがお家。俺がお前のご主人だ」 「テ?ご主人テチ?よろしくテチ」 「もうおなかいっぱいテチ。ウンチ出るテチ」 「そうか、まってろ」 エサを食べたせいか、先ほどのような我侭な雰囲気は無い。 買ってきた実装トイレキットを組み立て、水槽に入れてやる。 トイレキットをみるのは初めてだったようだが、ここに出せと指示するとちゃんと移動してきばり始めた。 安かったが、この実装は意外と良い買い物だったのかもしれない。 荷物をある程度片づけてから、食事をしつつ買ってきた飼育本と「実と装」を読みふける。 まずは自宅周辺にいるであろう実装石を捕獲しなければならない。 その際に役立てるつもりで仔実装も買ったのだ。 てなづけて野良をおびき寄せる手がかりに、と考えたのだが、実装の生態を見るとそんなことをしなくても良さそうだ。 基本的に食べ物を与えれば釣れるようなのだから、こいつは不要になるかもしれない。 なんにしても、地域社会の平和には野良実装は敵でしかないことも分かってきた。 食事を終え、買ってきた捕獲機を設置することにする。 おびき寄せるエサを中に入れ、一度入ったら外に出られない。 デザインは今風だが、要するに昔ながらのネズミ捕りだ。 会話が成立する生き物にこんな物が通用するのかと思ってしまうが、調べた限りでは非常に有効だと言う。 特に食欲旺盛な仔実装は、食べ物の前には痴呆同然だと書かれてあった。 実装フードとコンペイトウを仕込んでいると、また仔実装が喋りだした。 「それはもしかしてコンペイトウテチ?食べたいテチューン」 「あげてもいいけど、俺の言うことが聞けるかな?」 「ききまチュききまチュ。なんでチカ?」 「服を全部脱げ」 「テ・・・・・・テテチィ?」 「服を脱ぐんだ。風呂に入れてやるから。食べるのはその後だ」 「オフロ、入れるテチ?」 「ああ。俺の言うことを聞くならおいしい物もやるし、おもちゃもあげる」 「テチューン♪」 「しかし、言うことを聞かないと何もあげないし、・・・こうだ!!」 捕獲機の包装に使われていた輪ゴムを目いっぱい伸ばし、仔実装めがけて発射する。 ベチィと音を立てて、左耳付近に命中した テギャアァーーーーァ、テェェェェン、テェェェェーーーン 男の心の中に、一気に昏い喜びが広がった。 胸の奥から下腹にかけて、なんともいえない感触が広がる。 これはどんな言葉でも説明できまい。 「い、いいか。俺の言うことを聞くなら、素敵な暮らし、逆らうと地獄だぞ」 胸の高まりに心乱されながらも、男は仔実装に話しかける。 テェェェェン、テェェェェン 「わかったら返事をしろぅ!!」 もう一度輪ゴムを発射する。今度は仔実装の脳天ど真ん中に当たったようだ。 「テピャ!!!い、いうこと聞くテチィ。もう止めてェェェン」 「よし、風呂に入れてやるからな。服を脱いで待ってるんだ」 「はいテチ・・・」 服を脱ぎ始めた仔実装を横目に、捕獲機の準備を再開する。 仔実装は服を脱ぎ終え、水槽の隅でガタガタ震えていた。 それを確認すると、男は捕獲機を仕掛けに向かう。 まずは車庫に一つ。裏庭に二つ・・・ 仕掛け終えて、車を車庫に戻す。 イグニッションを切りながら、男の脳裏には翌日以降の計画が渦を巻き始めていた。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * タイトルどおり、突発的に書きたくなって書いてしまいました。 お目汚しかもしれませんが・・・
