チュンチュン。 早朝、小鳥のさえずりと共に一人の研修医が起き上がった。 「ん……。なんだ、もう朝か……」 近くで寝ていた仲間も静かに目覚める。 「よう、おはよう」 「ああ、おはよう。おまえ、昨日何時ごろに床についたんだ?」 「二時間前かな」 「二時間前!?」 仲間は驚愕の声をあげた。 「な、なん匹殺したんだよ?」 「そういう、キミは?」 「俺は十匹くらいかな」 それを聞くと、研修医——「」野ケンタは微笑んだ。 「勝った。僕は四十匹だ」 糞い巨塔 『「」野ケンタの研修』 「デギャーーーーーーーーーーーーーッッ!!」 実装石の絶叫が手術室内に響いた。 「いいかー? 実装石なんてもんは、偽石さえ強化コーティングしときゃ麻酔もしなくていいんだ。 どうしても痛がったら口にコンペイトウでも入れとけ」 手術を行っている医師は、横で見ている研修医たちにそう言った。 「」野ケンタもそのなかにいる。 彼は実装石専門の医師を目指し、現在はこうして大きな実装病院にて、研修をしていた。 「デギャ、デギャーーーーーーーーッッ!」 医師は、馴れた手つきで実装石の体をメスで切り刻んでいく。 麻酔は一切使っていない。 なんせ、いま切られている実装石は実装病院で飼っている実習用の実装石だからだ。 そんなものに麻酔なんて使っていられない。 彼女達は、医師や研修医の実験材料として、日々消費されていく。 「うぷっ」 「」野の横で仲間の一人が口元をおさえていた。 こみ上げてきているのだろう。 彼は、実装石を虐待したことがないと以前言っていた。そのせいであろう。 「こんなことで吐きそうになってたら、世話ないぞ?」 「」野は淡々と言う。 彼は冷静に、冷淡に実装石の手術風景を眺めていた。 正直言うと、実装石を切り刻む程度のことは小学生の頃からやっている。 今更感はあるのだが、研修医に文句を言う権利はない。 ただ、作業的に手術を傍観するだけだ。 ——つまらん。 そんな感想を持ってしまう「」野に、医師が視線を向けた。 「「」野。おまえ、やってみるか?」 医師が言ってくる。 「」野は、「はい」と答え、手術台の前へ立った。 腹をかっさばかれた実装石を見下ろす。 『……た、助けてデスゥ……。飼育小屋に、こ、仔どもたちが待っているデスゥ……。 し、死にたくないデスゥ……』 懇願するように言ってくる実装石。 「」野はメスを受け取ると、躊躇いもなく頭部に切っ先を入れた。 『デギョォォォォォォッッ!』 麻酔なしの頭部切開である。 絶叫をあげて当然だ。 大声が敵わんと「」野は思い、素早く口元を縫い合わせてしまう。 これでくぐもった声しか出せない。 『〜〜〜〜ッッ!!』 実装石は目元から血涙を流し、何かを必死に訴えている。 「おまえ、仔どもは何匹いる? 三匹? 四匹? まあ、数はいいさ。 知っているか? 実験用に生まれた実装石で生き残っている奴なんていない。 おまえが死ねば自動的に仔どもたちは、仔実装専門科に回され、いまのおまえのように切り刻まれる。 ママー、痛いよー。ママー、助けてぇ。ママー、どうして助けてくれないの? ママー、ママー。今頃、目がえぐられ、手が切られ、足が飛んでいる頃だろうさ。 いいか? おまえの仔どもは助からない。絶対にだ。それとも、同属に食わせてやろうか?」 パキン。 乾いた音が室内に響いた。 見れば、コーティング剤(安物)に漬け込んでいた偽石が砕けていたのだ。 それを確認すると、「」野はメスを止めた。 すでに頭部から脳が摘出されている。 実装石は、恨むような目を「」野に向けたまま死亡していた。 頭部の痛みで死んだのか、絶望を抱いて死んだのか。 それはわからない。 「まったく、おまえはトンだ問題児だよ」 苦笑しながら、医師が「」野の肩を叩いた。 しかし、医師以外の研修医たちは、異質なものを見るような目で「」野を見ている。 いまの手術風景が残酷すぎて、言葉もないのだろう。 「」野は嘆息すると、一言だけ仲間たちに言った。 「愛情深かろうと、糞蟲は糞蟲だ」 休日の正午——。 「」野は公園に来ていた。 別段、昼食を公園で取るわけでもない。 『趣味』をしにきたのだ。 彼はこの公園をぐるりと一望する。 実装石の気配はない。 それはそうだろう。 この公園は先日、大規模な駆除が行われ、大多数の実装石が消されたのだ。 そう、大多数である。 つまり、全滅ではないのだ。 噂は聞いている。 この公園にわずかながら実装石が住んでいることを。 その実装石は賢く、警戒心が強い。 そして何よりも愛情深いそうだ。 「」野が入会している『賢く愛情深い糞蟲を虐殺する会』から得た情報である。 すでに下調べはついており、公園のどこら辺に賢く愛情深い実装石がいるのか把握してあった。 「」野は忍び足で動いていく。 出来るだけ気配は殺す。 小学生のときからやっていることだ、いつも通りにやればいい。 木々が生い茂る場所まで行くと、木の陰になるようにダンボールハウスがひっそりと存在していた。 少し離れた位置から偽石サーチャーでダンボール越しに探りを入れる。 偽石の反応が、2、3、4……6つあった。大きな反応が親だろう。仔は5匹のようだ。 恐る恐る近づき、一気にダンボールを開いた。 『デッ!?』 『テチ?』 驚いた様子でこちらを見上げる母実装と、きょとんとしている仔実装たち。 どうやら、昼食タイムのご様子だ。 生ゴミを親仔で慎ましくいただいていたようである。 「やあ」 「」野は気軽にあいさつする。 『デズゥゥゥ……。デジャァァァァァァァァァァァァァッッ!!』 母実装は途端に仔実装たちを背中に隠し、歯をむき出しで威嚇してきた。 『テ、テチィィィ……』 仔実装たちも突然の母実装の変化になんとなく危機感を持ったようだ。 母実装のうしろで震えている。 「」野は静かにバッグをあさりだす。 ガムテープを取り出した。 「まあ、仲良くやってくれ」 「」野はダンボールの蓋を閉めた。 『デッ!?』 親実装の驚く声が聞こえてきた。 「」野は気にせずに、ダンボールの隙間をガムテープで塞いでいく。 ぐるぐるとダンボールをテープで巻くと、中から威嚇声と悲鳴が聞こえてきた。 ダンボールを完全に封じると、今度はカッターを取り出し、小さな穴を作る。 このまま放置しても全滅するだろうが、それでは今日来た意味がない。 「」野は次にスプレー缶を取り出した。 同時に腕時計を操作して、時間を計れるようにする。 彼は静かにカッターで開けた穴へ、スプレー缶のノズルを入れた。 シュー。 ダンボールの中にスプレーの中身をまいていく。 そう、コロリスプレーを。 まいた瞬間に、時計のボタンを押した。 計測のスタートである。 ダンボールに密閉された状態で実装石はコロリスプレーにどれだけ持つのか? まいてから、数秒後——。 『デギャァァァァァァァッァァァァァッァァッァーーーーーーーーッッ!!』 『デヂィィィィィィィィィッッ!!』 『ヂュボアァァァァッァァァッァァァッァァァッッ!!』 中から絶叫が発せられた。 計測しつつ、「」野はリンガルを見る。 『ママ、ママ、苦しいテチィィィィ!!』 『だ、だいじょうぶデズゥゥゥゥ! デ、デギャァァァァァァァ!! おまえたちはママが守って……デギャァァァァ!!』 『死にたくないデヂィィィィィィ!!』 『痛い痛い痛い痛いデヂュゥゥゥゥゥゥッッ!!』 どうやら、中は阿鼻叫喚のようだ。 きっと、親実装が激痛に耐えながら、激痛にもがき苦しく仔どもたちをやさしく抱いているのだろう。 血を吐き、糞を漏らし、徐々に体が毒に蝕まれていく。 死にたくないだろう。 逝きたくないだろう。 でも無駄だ。 愛情ある糞蟲たちは、お互いを抱き合いながら悶死していくのである。 このスプレーで生き残った糞蟲なぞ、皆無なのだから。 その様子を「」野は、ただただ愉快に眺めていた。 ああ、実装石は死ぬべきだ……。 愛情深い糞蟲こそ、死んで当然なのだ……。 それが「」野ケンタの持論である。 悲鳴が聞こえなくなり、「」野は時計を止めた。 3分弱。 持ったほうではないか? そう思い、ダンボールからガムテープを剥がしていく。 蓋を開き、中の様子をうかがった。 親実装が、仔どもたちを胸に抱きながら地獄を味わった表情で死んでいる。 目玉をぐるりと上へ向かせ、舌をだらりと出したままだ。 口から赤と緑の血を吐き出し、糞の臭いが鼻をつく。 仔どもたちも同様の様子で親に抱かれながら、逝っていた。 ダンボールの中は、血と糞で塗り潰されていていたのだ。 幸せな昼食風景だったのだろう。 親が苦労して取ってきたゴミクズを仔どもたちは笑顔で迎える。 そして、親仔で仲良くご飯を取ろうとしていた。 それを「」野が潰したのだ。 幸せを奪った。それだけで「」野は快感に酔いしれていたのだ。 「」野は無情にも、遺体にスプレーをかける。 もしかしたら、死んだフリかもしれないからだ。 しかし、親仔実装は反応を示さない。 完全に死んでいる。 それがわかると、「」野は舌打ちをして公園をあとにしたのだった。 「やあ、こんにちは」 『テ?』 次の日、「」野は飼育室に赴いていた。 昨日殺した実装石の仔実装たちの様子を見るためだ。 飼育員に通され、案内された先に、親の帰りを待ちながら震える5匹の仔実装がいた。 「」野は笑顔でリンガルを介して話しかける。 彼は、母親が病気で死んだと説明したのだ。 それを聞き、仔実装たちは泣き喚いた。 『ママァァァァ!!』 『イヤテチィィィィ!!』 『テェェェェェン!! テェェェェェン!!』 「」野は内心に生まれた感情を抑えこみ、極上の作り笑顔で言ってやる。 「だいじょうぶ。今日から僕がキミたちの主人だよ」 そう、キミたちは今日から僕の実験材料だ。 「」野はこれからを思うと愉快で愉快でたまらなかった。 「さあ、ボール行くよー」 『テッチー♪』 研修医としての午後の休み時間、「」野は病院の屋上で引き取った仔実装たちとボール遊びをしていた。 引き取ってから5日ほど経過している。 仔実装たちは完全に「」野を信頼していた。 『ご主人さまー、ボールいくテチー』 「ああ、こい」 頼りない蹴りが、小さなボールを転がす。 それを軽く蹴ってやる。 仔実装たちは心底楽しそうに戯れていた。 「」野はふいに空を眺める。 (そろそろ頃合いか) 「」野はボール遊びを終わらせて、仔実装たちに言う。 「これから検診しようと思う。キミたちが、ママのように病死してもらっては困るからね」 『テー……』 ママ、病死、ふたつの単語を聞いて仔実装たちは顔を伏した。 まだ母を失ったショックは大きいだろう。 そして、何より病気に対しての恐怖も。 『わかりましたテチュ。ご主人さま、検診受けるテチュ』 「ああ、イイ仔だな」 頭をなでてやると、仔実装たちは嬉しそうに鳴いた。 「」野は、恥ずかしがる仔実装から服を脱ぎ取り、一匹一匹聴診器で体を診ていく。 「よし、健康だ」 『テッチュー♪』 3匹まではそう言ってやる。 確かに健康そのものだ。病気ではないことを知り、仔実装たちは嬉しそうに跳ね回っていた。 だが、ここからは違う。 4匹の仔実装を診察したとき、「」野はわざと訝しげな表情を作る。 仔実装たちが途端に不安そうな表情へ転じた。 「……どうやら、緊急の手術が必要のようだ」 『テチュア!?』 「早く手術をしなければ、助からないかもしれない……」 『テ、テーーーーーーーー!!』 「」野の告白に、仔実装は顔面蒼白だ。 『い、妹を助けてテチュ!』 『もう家族を病気で失いたくないテチュ!!』 他の姉妹達は涙を流しながら懇願してくる。 当の本人もブルブルと震えながらも「」野に言う。 『ご、ご主人さま、わ、私死にたくないテチ……。助けて欲しいテチュ……』 「」野はその言葉を聞き、内心でほくそ笑む。 ——病気? んなもん、嘘に決まってるだろ。 「ああ、もちろんだ。さ、手術をしよう」 病院の空いた部屋を用いて、手術の準備は進んでいく。 防音対策が取ってある部屋だ。どれだけ騒いでも外に音は漏れない。 と言っても、必要最低限にも満たない医療道具である。 扉の鍵を閉めた。 仔実装を使い古された手術台に置き、固定する。 外では姉妹たちが心配そうに待っていることだろう。 「」野はマスクをすると、横になっている仔実装の前に立つ。 「さあ、始めるぞ」 『は、はいテチュ……』 「」野はメスを取り出すと、裸になっている仔実装の腹に躊躇いもなく切っ先を差し込んだ。 瞬間——。 『ヂュァァァァッァァァァァァッァァ!!』 悲鳴が上がる。 当然だろう。 麻酔なんて、一切使っていないのだから。 「」野は悲鳴を気にも留めず、腹を裂いていく。 『ヂィィィィィィ!! 痛い、痛いデチュゥゥゥゥゥ!!』 仔実装が痛みで暴れだした。 しかし、強く固定されているため、大して動くこともできない。 「」野はただただ体を開いていくだけだ。 病院の健康的な食事と、適度の運動をした仔実装の中身はどうなっているのか? それだけが「」野を動かす理由である。 それだけのために、仔実装を切り刻んでいた。 腕も足も幾重にも切断していく。 骨、神経、筋肉繊維、それらをじっくりと見ていった。 『ヂュァァァァッァァッァァァッァァッァ!! 痛いデチィィィィ!! 死にたくないデチィィィィ!! 助けてテチュゥゥゥゥ!!』 メスの先端が仔実装の眼球に近づいていく。 先端が迫る恐怖に仔実装は戦慄した表情を浮かべる。 じゅぶ。 『ジャァァァッァァァッァァッァァァァッァァ!!』 「」野は眼球を取り出し、指でつまんで見て回す。 次に頭部にもメスを入れる。 『テ、テ、テ……』 すでに大量の失血によって、仔実装は虫の息だった。 とどめとばかりの頭部切開により、ついに反応が鈍りだす。 そして、静かに短い一生に幕を閉じた。 死んだのちも、「」野の興味は尽きない。 死後硬直した仔実装はどうなのだろうか? 「」野は数時間、ずっと仔実装の遺体を切り刻み続けていた。 「」野が部屋から出てくると、近くのイスで眠っていた姉妹たちが目覚める。 彼のもとに駆け寄ると、涙で訊いてくる。 『ご、ご主人さま! い、妹は……?』 「」野はわざとらしく悲哀に満ちた顔で首を横に振った。 仔実装たちは、信じられない現実を知り、泣き出す。 『テェェェェェン!! テェェェェン!!』 「ゴメンよ……。僕の力が及ばないばかりに……」 『ご主人様は悪くないテチュ!! 悪いのは病気テチュゥゥゥ!!』 仔実装たちをあやしながら、「」野は笑いを必死に堪えていた。 次の休日。 「」野は再び公園に来ていた。 目的は知れている。 愛情深い糞蟲を殺すことだ。 実装石の住んでいるであろう箇所はチェック済みである。 メモ帳を取り出し、チェックしていたときだ。 テチテチという仔実装の楽しげな鳴き声が耳に入ってくる。 「」野は鳴き声の方向に足を向けると、親仔の実装石が公園に設置してある小川で洗濯と水浴びをしていた。 『ちゃんとキレイに体を洗うんデス』 『テチュ♪ 水浴び気持ちいいテチュ♪』 『ママ、私もお服を洗うテチュ』 『私はお歌を歌うテチュ』 幸せそうな親仔ではないか。 「」野は今日のターゲットを奴らに決める。 とりあえず、一番親元から離れている仔実装のもとへ歩み寄った。 テチテチと水辺で小川の水を楽しげに蹴っている。 静かにその仔実装の前に立つ。 『テ?』 仔実装は怪訝そうな表情で「」野を見上げている。 その仔実装を素早くつかむと、彼は水の中に沈めていく。 手から伝わってくる仔実装の体温と、水の冷温。 ポコ。 しだいに仔実装の口から空気が漏れ出し、苦しげな表情を浮かべだす。 必死に抵抗しているのだろう。小さな感触が手から伝わってきた。 本当にわずかな抵抗だ。こんなものでは人間の力をとうてい振り払えないであろう。 仔実装の口から大きな空気が吐き出された。 おそらく、体内にあった最後の空気だ。 口から水がどんどんと入ってきているせいか、仔実装の表情は絶望的なものに転じてきた。 抵抗が一層激しくなるが、所詮は仔実装の力だ。 ついに抵抗がなくなってきた。 どうやら、終わりのようである。 持って2分ぐらいか。 「」野はそれだけがわかると仔実装の遺体を引き上げた。 「おい」 親実装に話しかけながら、近づいていく。 『デ!?』 「ほら、受け止めろよ」 人間の登場に驚いた様子の親実装に「」野は溺死した仔実装の死体を放り投げる。 親実装はなんとか死体を受け止め、その変わり果てた我が仔の姿に絶句していた。 『デ……。デズジャァァァァァァァァァ!!』 悲鳴をあげて死んだ仔実装を抱きしめている。 そんなのおかまいなく、「」野は他の仔実装をすべて抱きかかえると小川のほうへ一匹放り投げた。 『テチィィィィィ!!』 仔実装では足が届かない位置に放ったのだ。 『デ!?』 仔実装の悲鳴に親実装は小川へ振り返った。 我が仔が溺れている姿を見て、走り出す。 『デズゥゥゥゥゥゥゥ!!』 水の中へ入り、救助しにいこうとする。 しかし、愚鈍で泳げない実装石にとって深い水はどうしようもないものだ。 親実装ならば、大きさからして溺れないであろう小川でも足が水に阻まれてうまく我が仔のもとへたどり着けない。 『ママ、ママ! ガボア!! た、助けてテチィィィィ!!』 『待っているデス! ママがいま助けるデスゥゥゥゥ!』 『……ガボッ!! ママァ……。ゴボガボ……』 ついに仔実装は力尽き水の中へ消えていった。 『デェェェッェェェッェェェッェ!?』 親実装は我が仔が水の中へ消えても必死に救おうと近づいていく。 「」野は手で掴んでいる他の仔実装を持ち上げた。 「ほーら! 次はこっちだ!」 『テェェェェェェェ!?』 また仔実装一匹を小川へ放る。 『デエェェェッェェッェェェ!』 親実装は今度、その仔実装を求めて水の中を動いていく。 「まだまだ!」 『テチュァァァァァッァ!!』 「」野はさらに仔実装を別の位置へ放り投げる。 『デェェェェェェェ!?』 「ほらほら! どいつを助けるんだ? 早くしないと溺れて死んでしまうぞ?」 『ママァァァァァァァァッァ!!』 『助けてテチェェエェッェェェッェェ!!』 『溺れちゃうヂチャァァァァァッァァァッァ!!』 小川の端々から可愛い我が仔たちが助けを求めてくる。 どこから助ければいい? 水の中で親実装は仔実装たちへ首を幾度も回しながら、考えていた。 絶対に、全部助けられない。 そう、どれかを選択するしかないのだ。 親実装は意を決して一番愛情があり、賢い仔実装のもとへ急いだ。 『ママ!?』 『イヤテチュ!!』 選ばれなかった仔実装たちは絶望するような表情を作りながら、悲鳴をあげる。 しだいに水の中に消えていく仔実装たちを尻目に親実装は選んだ賢い仔実装を救うべく水の中を進んでいく。 「さて」 「」野は、その光景を笑って見ていたが頃合だと思い、ポケットから固形物を取り出す。 『ママ!!』 『もう大丈夫デス! もう大丈夫デスゥゥゥ!』 いままさに感動の救出劇が展開しかけたとき、「」野は取り出した固形物を親仔の近くに投げ入れた。 固形物はすぐに水へ溶けて効果を示す。 『デ!?』 『テ!?』 水の中の親仔の体が溶け出したのだ。 「」野が小川へ投げ入れたのは即効性の実装ドロリである。 実装石以外には無害だが、実装石は容赦なくドロドロに溶かす。 『ババァァァァッァァァ』 『デズァァァァァ』 情けない声を出しながら、親仔は再び手を取り合うことなく、小川に溶けていった。 すべてが水に消えたあと、「」野は取り残されていた親仔実装の洗濯された服を乾かし燃やしたのだ。 病院で医学を教えてもらっている先輩医師から貰ったドロリの効果は素晴らしかった。 だが、今日の実験はこれだけではない。 なにせ、先輩医師から他にも面白そうなものを貰っているから。 先日のことだ。 病院の廊下で「」野は先輩医師に捕まった。 「なあ、「」野。おまえ、休日に実装親仔を虐殺してるんだって?」 先輩医師は「」野にそう訊いてくる。 「」野は答えないが、先輩医師は「」野の肩に手を回してくると、耳打ちしてきた。 「実は、俺も『賢く愛情深い糞蟲を虐殺する会』の会員なんだよ」 その告白に、「」野は微笑んだ。 「そうだったんですか」 「ああ。ところで話には聞いてる。若い研修医が、近くの公園で大暴れしてるってな。おまえだろ? おまえが撮っている映像は一級品だよ。ゾクゾクしやがる」 この協会の約束事がひとつある。 情報を貰う代わりに必ず虐殺風景を撮影することだ。 「」野もその約束を違わずにいままでの虐殺光景をバッグに設置してある小型のカメラで撮影していた。 「でな。こいつを試してくれないか?」 先輩医師は「」野にふたつの薬剤らしきものを渡してきた。 「契約してる製薬メーカーから、秘密裏に流れてきてな。こいつを現場で試してくれってよ。 残念ながら、この病院は表向き愛護派のためのものだ。そうそう使うわけにもいかない。 だけど、俺もこいつの効果が知りたい。だから、おまえに渡す」 「これを外で使えと?」 「ああ、おまえなら上手く使えるだろう? 期待の天才くん。 こいつで愛情深い糞蟲をぶっ殺してくれよ」 先輩医師の双眸は狂気の色を映していた。 そう、「」野と同じものを瞳に浮かべているのだ。 ——実装石に狂った者のそれを。 「」野は、園内にある背の高い草が生い茂るポイントまで来た。 ここにダンボールを隠している糞蟲がいる。 背の高い草がガードとなると信じ込んでいる哀れな実装親仔がいるのだ。 彼は偽石サーチャーで中の様子を探る。 小さな反応が二つだけだ。 どうやら、親実装はいないようである。 舌打ちする「」野が途端にアイディアが浮かぶ。 醜悪な笑みを浮かべると、音を立てないようにダンボールハウスに近づいていく。 そろりそろりと蓋を開けると、すやすやと眠る仔実装が二匹だけ存在していた。 『テー……』 『テチュ……』 そんな風に寝息を立てて可愛らしく寝ているのだ。 数からして、すでに間引き済みなのだろう。 仔実装の服とダンボールの中がキレイなことから、賢く愛情深いこと、この上ないようだ。 きっと、親実装は涙を流しながら糞蟲な仔どもを始末したことであろう。 そして、ここにいる二匹を溺愛しているに違いない。 可愛くて可愛くて仕方ないだろう。 三匹で仲良く寄り添う風景が目に浮かぶ。 ああ、幸せなんだろうな。 苦労もあるだろうけど、幸せに満ち溢れているのだろうな。 この仔実装たちの未来を期待しているのだろうな。 ——だから、殺す。 「」野はそう決意した。 彼はバッグからスプレー缶を取り出す。 コロリスプレーではない。 先輩医師から受け取った薬剤を水に溶かして缶に入れたものだ。 それを躊躇いもなく幸せそうに夢見る仔実装たちに吹きかけた。 吹きかけても外見的な効果は見えてこない。だが、効果は出ているだろう。 ちゃんと、吹きかけたあとはスプレーの効果を緩和するスプレーもダンボールハウスに吹きかける。 仔にはすでに緩和の効果はないが、親実装に対して仔実装に吹きかけたスプレーの効果が出ては面白くない。 これでいい。 「」野は素早くその場から退き、物陰に隠れて親実装の帰りを待った。 30分後——。 親実装が周りをキョロキョロと見渡しながら我が家へと戻っていく。 手には生ゴミらしきもの。 おそらくご飯なのだろう。 遠くの鳴き声でも拾えるようにリンガルをそちらへ向ける。 『さあ、ご飯デス。起きるデス』 ダンボールハウスに入り込んだ親実装の声は明るい。 苦労して手にいれたご飯を、家族で食べられる喜びがたまらないのだろう。 『? どうしたデス? なんで起きないデス? ご飯、ママが食べちゃうデスよ?』 親実装は怪訝に思い始めたようだ。 今頃、目を閉じている仔実装を揺り起こしていることだろう。 『デス。デ……。デス!? お、起きるデス! どうしたデス!? どうして起きないデス!?』 親実装の慌てふためく声をリンガルが拾う。 「」野は笑いを堪えるので必死だった。 無駄なのだ。 もう、無駄なのだ。 その仔実装たちは、とうに死んでいる。 「」野が吹きかけたものは、『実装ポクリ』だ。 新薬であるこの『ポクリ』は、コロリのように中身を噴出させて悶死させることも、 ドロリのように実装石の体を溶かすこともない。 ただただ、そのままポクリと殺すのだ。 何も傷つけず殺す薬剤である。 キレイなまま実装石を葬れるのだ。 仔実装たちは眠ったまま昇天した。 夢を見たまま逝ったのだ。 優しい悲劇。 それがポクリである。 『デズゥゥゥゥゥ!! 起きるデズゥゥゥゥ!! デジャァァァァッァァァァッァーーーー!!』 親実装の慟哭が聞こえてくる。 血涙を流し、我が仔を抱き、理不尽な死に絶叫をあげているのだ。 可愛い我が仔。 間引きの済んだ我が仔。 たくさん産んだのだろう。 たくさん可愛がったのだろう。 二匹にまで減ってしまったけれど、これから色々なことを教えてたくましく生きて欲しかったであろう。 夢見る未来だって、あったはずだ。 それを「」野が奪った。 『デズジャァァッァァッァァッァァァッァーーーーーーーーッッ!!』 ——ああ、悲鳴が心地いい。 「」野はヨダレを垂らし、今にも達してしまわんばかりの快楽を得ていた。 愛情深い実装石に絶望を見せることが、どれほど快感なものか……。 しばらくすると、調子の外れた歌らしきものが聞こえてきた。 『デェェェェスゥゥゥ……♪ デェェェェェェスゥゥゥゥ……♪』 偽石サーチャーで遠くから実装石の偽石を探る。 すでにヒビが入っていた。 どうやら、我が仔の死によって精神的にやられたようだ。 「」野は息をつき、ダンボールに近づく。 蓋を開くと、目の焦点が合っていない親実装が二匹を抱きながら歌を歌っていた。 こちらに気づくとヨダレを垂らしながら、うれしそうに言ってくる。 『デッス♪ ニンゲンさん、この仔たちを見てくださいデス。可愛いデス。 賢くてとても愛くるしい自慢の仔どもたちデス。見て欲しいデスーン♪』 いままで警戒していた人間に対して、嬉々として話している。 「はいはい、可愛い可愛い」 「」野は興味がなさそうに言うと、 すでに実験対象として意味を無くしたモノへポクリスプレーがカラになるまで吹きかけたのだった。 『広いテチュ♪』 「ああ、外は病院と比べて広いだろう?」 「」野と彼が飼っている仔実装は、公園を探索していた。 飼育小屋と病院しか知らない仔実装たちにとって緑の多い公園はさぞかし素晴らしいところであろう。 他の実装石がいないおかげか、仔実装たちは広い公園をトテトテと走り回っていた。 『かけっこテチュ♪』 『負けないテチ!』 仔実装たちは心底楽しげに走り回る。 だが、「」野はそんなことをしにここまで来たわけではない。 さっそく、ケータイで連絡する。 「ああ、僕だ。例の、頼むよ」 それだけ伝える。 「」野はベンチに座り、「ここにいるから、好きに遊んでおいで」と仔実装たちに言ってやった。 そして、仔実装たちが公園を探索すること10分。 『テチャァァァァァッァ!!』 仔実装の悲鳴が聞こえてきた。 そちらに急ぐと、蛇に噛まれた仔実装がいる。 蛇はマムシだ。 周りでは姉妹たちが涙を流しながら、蛇に対して石を放っていた。 『テチィィィィィィ!! お姉ちゃんを放すテチャーーーー!!』 『食べちゃダメデチィィィィィ!!』 「」野は笑みを隠しながら、蛇に棒切れをふるう。 「その仔実装を放せ!」 マムシは、しばらくすると牙を離し、するすると逃げていった。 残されたのはマムシに噛まれて倒れる仔実装だけだ。 姉妹たちが駆け寄る。 『だ、大丈夫テチィ!?』 『……い、痛いテチ……』 例の協会仲間が、様子を見て仔実装に向かってマムシを放り込んだのだ。 発信機つきのマムシは、今頃協会仲間に捕獲されたことだろう。 「」野は噛まれた仔実装を抱きかかえる。 「大変だ! 急いで病院に戻るぞ!」 さあ、実験の始まりだ。 「」野は病院に帰るなり、診察用のベッドに噛まれた仔実装を寝かす。 そして、ポケットからストップウォッチを取り出した。 そのストップウォッチは、時を刻んでいる。 それはそうだ。 公園で仔実装の悲鳴が聞こえたときにスタートしたのだから。 今日の実験。 「病院で育った仔実装は、どれぐらいでマムシの毒で死ぬのか?」 『……テー。ご主人さま……。苦しいテチ……』 マムシの毒は血管に障害をもたらす毒だ。 出血作用、血管内凝固作用、筋凝固融解作用とマムシ咬傷は血清を打たねば仔実装なんてすぐに死んでしまう。 「」野は血清なんて打つはずもない。 仔実装を横に寝かすと、彼は気にも留めず漫画を読み始めた。 今日は毎週読んでいる漫画がいい場面なのだ。 こういう時間を利用して読まねばならない。 ベッドで寝ている仔実装はいつまで経っても助けてくれない主へ手を伸ばす。 『ご、ご主人さま……。た、助けてくださいテチィ……』 「ハハハ、そこで空に飛ぶテニスがあるかよ」 「」野は無視して漫画で笑っているだけだ。 ご主人さま……。 ご主人さま……。 死にたくない。 死にたくないよ。 どうして助けてくれないの? どうして? どうして? 苦しい。 苦しいよ。 ママ、ママ、助けて……。 雑誌を読み終える頃、ふと仔実装を見やる。 どうやら、死に絶えたようだ。もがき苦しんだように死んでいる。 漫画に夢中になって、正確な時間が計れなかった。 まあ、それもいいと「」野は嘆息する。 どうせ、また実験すればいいだけのことだ。 だいたいの計測が出来れば、いまはそれだけでいい。 「」野は一あくびつくと、そのとき出来た涙目のまま、外で待つ仔実装たちのもとへ足を向けた。 『ご主人さま! 私達にも医学を教えて欲しいテチュ!!』 とある日、残った仔実装三匹は真剣面持ちで「」野にそう言ってきた。 「医学? おまえたちがか?」 『はいテチ。もう、姉妹が倒れていく姿を見たくないテチュ。だから、私達も勉強するテチ!!』 『いっぱい仲間を助けるテチュ!!』 どうやら、知恵を絞ってそこに行き着いたようだ。 実装石が医学? 「」野は心中で嘲笑うが、すぐに思い直す。 実装石が医学か……。 とたんに興味を抱き始める。 意外に面白いかもしれない。 そのとき、先日先輩医師から教えてもらったものを思い出す。 「おまえ、糞蟲師って知ってるか?」 「ええ、友人にいますからね」 「そうか、なら賢生石ってのを知ってるか?」 見知らぬ言葉に「」野は訝しげに眉根を寄せた。そして首を横に振る。 「赤と緑の石でな。それを使うことで糞蟲が賢くなり、生まれる仔どもも賢くなるらしい。 俺にはそれを精製する力はないが、おまえなら案外出来るんじゃねぇかって思うんだわ」 「それ、何か得点があるんですか?」 「そちらの業界じゃ1000万クラスで取引されているらしい。それと、こいつは精製方法なんだが——」 「」野は精製方法を聞いたとき、震えた。心底だ。 愛情深く、賢い実装親仔を三組用意する。 それを専用の機械に通して、賢生石は誕生するのだ。 金も儲かるが、何よりも精製するまでの工程を想像して「」野は興奮を隠しきれなかった。 愛情深い実装石をいっぱい殺して金になるのか! 「」野は懐にいつもしまっていた古ぼけた名札を取り出す。 小学生のとき、初めて殺した愛情深い実装石につけていたものだ。 パン! キミみたいのをいっぱい殺して金になるんだってさ! 素敵だね! 素晴らしいね! これからもたくさん愛情深い実装石をそちらに送るよ! 寂しくないよね? いっぱい、いっぱい殺すから、寂しがることなんてないんだよ! 「」野は三匹の仔実装に微笑を見せる。 「わかったよ。おまえたちに医学を教えてやろう」 『テッチュー♪』 仔実装たちは小躍りしていた。 これから、石を精製するまで何度も失敗するだろう。 最初の犠牲となるこいつらはおそらく失敗する。 それもいい。 博識に犠牲はつきものだ。 知識を得れば、自分の親と姉妹を殺したのが主だと気づくこともあるかもしれない。 それはそれでたまらない。 いや、そうなれ。 そうなってくれ。 キミたちもパンのもとへ送ってあげるから。 完 -------------------------------------------------------------------------------------- 糞蟲師外伝の感想をありがとうございました。 この作品の題名はとある医療ドラマのパロです。 このお話は糞蟲師の5話と8話を見ると、さらに楽しめると思います。 色々と考えましたが、これはこちらに投下させていただこうと思いました。 なんでもさんで糞蟲師外伝を、こちらで虐待ものを書けたらいいなーと考えております。
