餌 ある週末のことだ。 俺は毎朝の習慣でトマトジュースを飲んでいたのだが、新聞屋が集金に来たのでグラスに半分ばかりトマジューを残して玄関へ向かった。 そして金を払っている最中に事件は起きたらしい。 『デピャアァァァーーー!!!!』 親実装は断末魔のような叫び声を上げながら俺の元へと駆け寄ってきた。 幸いパンコンはしていないようだ。 何事かと思いつつ親に手を引かれながらリビングへと戻る。 そこには何をどうしたのかは不明だが、仔実装がグラスの中にダイブしていた。 当然彼女の視界は紅に染まる。 つまりトマジュー自体に着色効果はなくても、思い込みによる強制出産モードへと突入していたわけだ。 『テヂャアァっ!! ヂイィィィ!!!!』 もがき苦しみながらトマジューのプールで蛆を量産する仔実装の姿は何ともシュールだった。 俺はひとまず『テッテレー』と大合唱するソレらと仔実装を流し持って行きザルにあけ、流水で仔実装の眼を洗って出産を停止させる。 これで仔実装が死ぬことはなくなったが、完全に消耗しきっている。 仔を親に渡してケージへ戻るよう指示した。 さて、問題はここからだ。 産み落とされた三十匹を超える蛆をどうするべきか……。 いくら田舎の一戸建てに住んでるからってこんなには飼えない。 しかもよく見れば親指が一匹交ざっている。 放置すれ必ず糞蟲が出現するため、親指と蛆二匹を残して後は全て処分することにした。 俺は実装ケージの許へ行き、親を呼び出すと、まずザルから親指を摘まみ上げて渡す。 次にこんなに蛆は飼えないと説明し、その中から二匹だけを選ばせた。 処分するといってもただ殺すわけではない。 貴重な蛋白源だから有効に活用しなければ勿体ない。 残りの蛆たちは他のペットの餌になってもらう。 蛆の衣を剥ぎ取りポリ袋に入れ、カルシウムパウダーをまぶす。 そして潰れないよう気をつけながら幾度か左右に揺すり、パウダーが全身につくようにする。 この最中は『レフレフ』とかなりうるさい。 パウダーが口の中に入って気持ち悪いのだろう。 しかしもうすぐ尽きる命に干渉する慈悲など俺にはない。 むしろ餌代が浮いてありがたいくらいだ。 特に生餌しか食べてくれない爬虫類は生餌も健康な状態でキープしなければならず、地味に金がかかる。 そこへ偶然とはいえ、蛆実装が手に入ったのだ。 今使わずしていつ使うというのだ? 俺は全身真っ白になった蛆を大型プラケースの中に放り込んだ。 蛆たちがモゾモゾやっていると素焼きのシェルターから黄色に褐色の斑のあるトカゲのような生き物が出て来た。 ヒョウモントカゲモドキ、あるいはレオパードゲッコーと呼ばれる西アジア産の陸棲ヤモリの一種だ。 丈夫で大人しいことからビギナー、ベテランを問わず人気がある。 ヒョウモンは最初何事かとただ眺めているだけだったが、そのうちそれが餌だと理解したようで、一匹づづ喰らいついていった。 蛆にしてみれば恐竜に襲われているような感覚だろうが、見ている方はそれなりに楽しめる。 『レピャー!』と叫びながら逃げ惑う蛆の姿がヒョウモンの狩猟本能を刺激するらしく、普段与えているコオロギやミルワームより食いつきがいい。 十分もしない内に全ての蛆を平らげたヒョウモンは、口の周りについた血を舌で舐めながら満足そうにシェルターの中へと戻っていった。 仔実装には少々酷かもしれないが、糞蟲を増やすよりは何倍もマシな選択である。 了 初スク by似非蜥蜴
