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『 そろそろ 午後のゴハン集めに出かけるデス。 お前達、準備はいいデス? 』
『 ハーイ テチ〜 』『 イモウトチャン 急ぐテチ! 』
折り畳んだ食糧袋を小脇に抱えた仔実装達が、ダンボールハウスを覗き込んだ親実装に元気良く答える。
「 レフッ? レフ〜! 」
姉達につられて、蛆実装も元気良く尻尾を振りながら答える。
『 蛆ちゃんは小さいから、ゴハン探しはまだ無理テチ。 お留守番おねがいテチ 』
次女が苦笑しながら蛆実装の頭を撫でる。
『 オミヤゲ持って来るから おとなしくオネンネしてるテチ。』
「 ・・・ ウジチャン 待ってるレフ・・ 」
一番可愛がってくれる次女から留守番を頼まれた蛆実装は少し残念そうに引き下がった。
『 オネエチャン! みんな待ってるテチ! 』
一足先に外に出た四女が次女を呼ぶ声が聞こえる。
『 お日様が沈む前には帰ってくるテチ。 』
蛆実装に軽く頬ずりしてから、次女は外に駆けだした。
『 お待たせテチ! 』
『 これで全部揃ったデス。 さっ 戸締まり、戸締まりデスゥ。 』
実装親仔の家は、ニンゲンや他の実装石達の目に付かない様に 林の奥に隠して置いてあり、横倒しにしたダンボールを少しでも広く使う為に
蓋を外に向けて張り出して屋根と壁の代わりにしている。
親実装は床延長部分にあたるダンボールの蓋を折り上げてドア代わりにすると、蓋の前に大きめの石を転がした。
親実装が初めてダンボールハウスを作った時は ドアがハウスの中に倒れこむ欠陥があって悩んだが、ゴミ捨て場で拾った画鋲を左右の壁に
1個づつ差してドアストッパーとする改良を思いついて以来、ドアの倒れこみは無くなった。
ドアは画鋲のストッパーと外に置いた大きめの石に挟まれているので、仔実装や蛆実装の力では中から開ける事は出来ない。
これで中の蛆実装は完全に外に出られなくなった。
開口面の下半分が閉められただけで、随分とダンボールハウスの中が薄暗くなる。
「 レフ〜 」
開口面の上半分を見上げて蛆実装は寂しげに鳴いたが、外の姉達の耳には届かない。
デスデス テチテチ と外から聞こえていた家族の声が やがて遠ざかっていくと、林の中に隠すように置かれたダンボールハウスは
先ほど迄の喧騒が嘘の様な静寂に包まれた。
親実装、仔実装四匹、蛆実装一匹が一遍に入ると窮屈なダンボールハウスだが、蛆実装一匹だけでは途方もなく巨大な空間となる。
静か過ぎて耳の奥が痛い。
今日は風の音も、外を飛ぶ羽虫の音も聞こえてこない。
蛆実装の位置から外に顔を向けると、強い日差しが当たってキラキラと輝く灌木の葉々と ほんの僅かな青空が覗き見える。
単調、余りにも単調で 物憂い時間が過ぎていく。
「 レフ〜 レフ〜 」
蛆実装は意味も無く鳴いてみるが、答える者など居ない。
寒気を感じた蛆実装は、ブルッと身を震わせて少し脱糞し, それからダンボールの奥までワキワキと這って行った。
ダンボールの奥には寝具のボロタオルがしわくちゃに丸めて置いてあり、その上に次女がオミヤゲとして拾ってきてくれた親指実装人形が乗っかっている。
ボロタオルによじ登り 蛆実装よりやや大きいプラスチック製の親指実装人形に身を寄せる。
人形はひんやりと冷たかったが、大好きな次女が近くに居るような気がして蛆実装の顔が少しほころんだ。
何か楽しい事を考えようとしたが、蛆実装の小さな頭には何も思い浮かばない。
蛆実装は一所懸命 何か考えようとしたが、そのうち眠くなって寝てしまった。
△
五日前まで 仔実装四匹と蛆実装は、早朝と午後の二回ゴハン探しに出かける親実装の帰りを、毎日ダンボールハウスの中で一緒に待って過ごしていた。
水皿と トイレ代わりの発泡スチロール製トレー、寝具のボロタオル以外に何も無かったダンボールハウスでは、
四匹の仔実装達にとって末妹の蛆実装は最高のペットであり玩具でもあった。
プニプニ、 コロコロ、 高い高い。
蛆実装は人気者であり、蛆実装も毎日を楽しく過ごしていた。
五日前の夕方、仔実装達がある程度大きくなったと判断した親実装は 『 お前達にコレを渡すデス。』と言って四匹の仔実装達に、
ゴミ捨て場で拾ってきた小さな袋を手渡した。
受け取った 弁当用ふりかけの小袋やクッキーの小分けパッケージを仔実装達が覗き込むが、中には何も入っていない。
空き袋を手にしてキョトンとする仔実装達に
『 それは ゴハン集めの袋デス。 そろそろ、お前達もゴハンの集め方を覚える時期デス。
明日からワタシと一緒にゴハン集めをするデス。 』 と親実装は話し掛けた。
いままで碌に外に連れ出しても貰えなかった仔実装達は 突然の申し渡しに動揺したが、
親実装の『 ゴハン集めをしない仔はゴハンの分け前が減るデス。 』 の一言が決め手になり四匹とも明日からゴハン集めについて行く事を決めた。
翌朝、蛆実装は 「 ウジチャンも行くレフー! 」 と騒いだが、
親実装は『 お外は危ないから、蛆ちゃんはお留守番デス。 』と言って取り合わず、戸締まりしてから仔実装達を連れて出かけてしまった。
ダンボールハウスに残された蛆実装は大泣きしたが、暫くすると泣き疲れて眠ってしまった。
昼前頃に帰ってきた実装親仔は、涙溜まりの中で寝息を立てている蛆実装を発見した。
親実装が葉っぱで床の拭き掃除をしている間、次女は涙目の蛆実装を抱きかかえて あやしながら
『 お外は危ないテチ。 ママの言うとおりだったテチ。
自動車に野良猫、カラス 危ない物が沢山あったテチ。
死んでる仲間も 何匹か見てきたテチ。
蛆ちゃんは もう少し大きくなってから出かけるテチ。 』と話しかけた。
話しかけながら 次女は気付いていた。
自分は毎日背が伸びているのに、蛆実装は生まれた時と較べて少し大きくなっただけだ。
もしかしたら、一生このままかも知れない。 一緒にゴハン集めに出かける日など来ないかも知れない。
「 でも、ひとりぼっちは寂しいレフゥ 」
『 う〜ん そうだ オミヤゲ持ってきてあげるテチ。』
「 ホントレフ? 」
『 ホントテチ。 頑張って探すから、蛆ちゃんもお留守番 頑張るテチ! 』
実装親仔は食事を済ませると すぐに午後のゴハン集めに出かけた。
蛆実装は泣きたいのを我慢して母と姉達を見送り、退屈な時間をひたすら寝る事で潰した。
西の空が赤く染まる頃 目を覚ました蛆実装が、未だ家族が帰ってきていない事を知り また 大泣きしそうになった丁度その時、
聞き覚えのある デスデス テチテチ の声が遠くから かすかに聞こえてきた。
ゴハン集めから帰ってきた実装親仔は、尻尾を振り千切らんばかりに動かして 嬉しさを表現する蛆実装に出迎えられた。
真っ先に蛆実装に駆け寄る次女の食糧袋からは、オミヤゲの親指実装人形が半分飛び出していた。
オミヤゲの親指実装人形を選んだのは 実は親実装だった。
ゴミ捨て場でゴハン探しを終えた後も、『 蛆ちゃんに オミヤゲを約束したテチ。』と言ってゴミ漁りを止めない次女に根負けして、
不燃ゴミの中から親指実装人形を拾い出し『 お前が運ぶデス。』と次女の食糧袋に押し込んだ。
親指実装人形は 此処1ヶ月程前から不燃ゴミに混じって頻繁に出てくる様になった物で、高さは4㎝ 頭と手足、後ろ髪が動くプラスチック製の
彩色済み人形である。
『 仔供の玩具にするデス。』と何個も持って帰る野良実装も居るが、大抵の野良実装達の場合 生きてる玩具である蛆実装や親指実装が
既に家族に居るので、食べられもしない親指実装人形など欲しがらない。
野良実装達は知る筈もないが、この人形は実装フードの会社が出した「実装石専用の清涼飲料水」に付いている販促用おまけであった。
「実装石専用の清涼飲料水」は販売当初は全く売れない商品だったが、成分を変え 幸運を呼ぶラッキーアイテムと名付けた親指実装人形を
おまけに付けてテレビCMを流すと、たちまち飼い実装達が飼い主にせがんで箱買いするヒット商品になった。
飼い実装達のお目当ては数百個に一個だけ存在する「金の親指実装人形」。
幸運を呼ぶラッキーアイテムである親指実装人形の中でも 最上級の幸運を呼ぶとされた金の親指実装人形は、
テレビで 「『 当たったデス〜!! 』と金の親指実装人形を自慢げに見せびらかす実装石と、それをうらやましげに見つめる実装石達」の
CMが連日流されると、忽ち巷の飼い実装達の物欲を煽り立てた。
射幸心に駆られやすい実装石達は、自分こそ「金の親指実装人形」を当てるにふさわしいと一気にのぼせ上がった。
飼い主達は 只の安っぽい金メッキ人形だと知っているが、溺愛する弱みで結局は飼い実装のおねだりに負けてついつい買い与えてしまっている。
「金の親指実装人形」の出る確率は数百個に一個の割合であり、これがアタリであるならば 当然 ハズレである
「緑の服に茶色の髪で彩色された普通の親指実装人形」が大量に出ている訳であるが、
贅沢に慣れた飼実装達は「普通の親指実装人形」など見向きもせずに、『 キー! ハズレ人形なんて縁起が悪いデス!! 』と即座に捨てている。
その結果として 最近は野良実装でもゴミ漁りの際に親指実装人形を手に取る機会が増えている。
尚、「金の親指実装人形」探しのついでに「実装石専用の清涼飲料水」も大量に飼い実装の手元に残る事になるが、
実装石好みのやたら甘い味なので ほとんどの飼い実装達は清涼飲料水を捨てる事無く がぶ飲みしてこれを処分をしている。
そう、この「がぶ飲み」を一回でもさせる事こそ 実装フード会社の目的だった。
「金の親指実装人形」欲しさに「実装石専用の清涼飲料水」を買ってくれても、「実装石専用の清涼飲料水」が飲まれもせずに捨てられたら
商品としては失敗である。
例え 飲んだとしても「金の親指実装人形」が出てしまえば、もう「実装石専用の清涼飲料水」を買わなくなるだろう。
これも商品としては失敗である。
おまけが付いていなくても 引き続き買って貰える商品にしなくては、今までの開発投資が無駄になる。
五ヶ月前、
実装フード会社が市場に出した「実装石専用の清涼飲料水」初回出荷分は返品の山を築いた。
実装石の健康を考慮して 飽きの来ない薄い甘みで味付けしたのが、まったく裏目に出た。
飼い主は実装フードを出している会社の製品なら 実装石の健康に良いのだろうと考えて実装石に与えたが、会社の研究室で飼っている
テスト用実装石と違い、愛護派に飼われている実装石達は人間向け清涼飲料水にすっかり慣れ親しんでおり、
今更 薄い甘みの清涼飲料水を飲んでも美味しいとは感じずに 口を付けただけで拒否反応を示した。
大量返品騒ぎの最中に、実装フード製造会社内で行われた返品対策会議は紛糾した。
営業部門サイドは
「今回の事態を招いた原因は、商品開発方針の誤りにあったと思われる。
当社は実装石向け清涼飲料水を健康飲料として開発したが、清涼飲料水は実装フードと違い 嗜好品の性格が強いことから、
実際の消費者である飼い実装達の嗜好面を重要視するべきであった。
此の様な大量返品が発生しないように、次回生産分では商品の外観と味付けの変更が必要であると考えている。
さて、その味付けだが
実装石が甘いモノを好む事は良く知られており、清涼飲料水をもっと甘い味付けに変更するのは当然である。
しかし、只甘くしただけでは金平糖やチョコレートの様な菓子類を越える事は出来ない。
飼い実装達に清涼飲料水を選ばせる 更なる一押しが必要である。
そこで である。
当社研究室から入手したこの資料によれば、実装石はホンの僅かなアルコールでも影響を受けると報告されている。
しかも、 酩酊状態を楽しむ傾向があると報告されている。
酒そのものを実装石の飲料として販売すれば、愛護派から反発が出てくるであろうが、清涼飲料水にアルコールを少量入れた場合はどうであろうか。
例え濃度は薄くても、実装石に1回でも大量に飲ませれば 味を覚えた実装石は 必ずや更なるもう1本に手が伸びる筈である。」
と強く主張した。
これに対し、商品研究開発部門は
「品質に欠陥があった訳ではなく、返品は実装石向け清涼飲料水が市場に浸透していく際の一時的な現象である。」と商品開発当初からの
健康指向路線の維持を主張したが、
返品の山を抱えた流通管理部門の悲鳴を聞いた後では沈黙せざるを得なかった。
結局 投資コスト回収を優先させたい会社経営陣は、清涼飲料水の開発方針を営業部門の主導に任せる事に決めた。
また、最初の1本目を買わせて「がぶ飲み」をさせる為に 販促用のおまけを付けて テレビCMを流す事も同時に決定された。
会社の研究室でのテスト用実装石を用いた実験結果も良好であり、中国の工場で過剰生産していた実装石の人形が大量に安価で入手できた事もあって
三ヵ月後 実装フード製造会社は、清涼飲料水に新しい商品名と派手なラベルを付けて出荷を始めた。
怪しげな合成甘味料と着色料、香料をたっぷり混ぜ込んだ飲料になり、ラベルの「人間向け飲料ではありません。飼い主の方は飲まないで下さい。」の
赤文字注意文の下に記載されている原材料の品数は倍に増えた。
香料の羅列に混じって「果実酒」の文字がさりげなく書かれており、これでアルコール成分表示の必要が無い微量のアルコールが入っている事を
意味している。
全てのボトルの首には中身の見えない銀色の小さなポリ袋が掛けてあり、中には親指実装人形が1ヶづつ入っていた。
△
一匹だけで留守番をしていた蛆実装が、ふと目を覚ました。
誰かに呼ばれた気がしたが、よく判らない。
家族が帰ってきたのかと考え 首を上げて振り向いたが、ダンボール開口面から覗き見える空は未だ青いので そんな時間にはなっていないらしい。
家族が帰ってくるのは 空が赤くなった頃だという事ぐらいは、蛆実装の頭でも覚えている。
なんだか とても気になるので、もっとよく見ようと首を振り回すが、ダンボールハウスの奥に頭を向けて寝ていたので視界に制限がある。
躰の向きを変えてみようとした蛆実装は 躰を2,3回揺らして勢いを付けてからボロタオルの斜面をコロコロと横に転がって床に降りた。
転がっている途中は楽しくて「 テッテレー 」と声が出てしまうが、床に着いて横回転が止まる頃には 大抵目を回しているのが一人コロコロの欠点だ。
「 チョット ・・ 気持ち悪いレフ・・ 」 少しヨレた蛆実装がつぶやく。
カサ カサカサ
家の前で何か聞こえた。
ドア方向に 蛆実装がノタノタと躰を向けると、外に開いた蓋の 左側壁にあたる部分が 更に広がる様にズズズとゆっくり動いている。
やがて 屋根部分の蓋を支えきれなくなる程、外に広がって屋根がカクンと左に傾いた。
「 レ? レフン? 」
何が起こっているのか蛆実装には判らない。左側の蓋は視界から消えたが 未だ外に広がって動いている様だ。
気配を感じて 蛆実装が視線を落とすとドアとダンボール本体の僅かな隙間から中を覗く目と視線が合った。
「 レフゥ? 」
危険が迫っているかも知れないのに、それを理解する事もなく 蛆実装が呑気に鳴く。
隙間から中を覗く目は、蛆実装を凝視している。
やがて 外から『 蛆ちゃん テチィ! 』 の声が聞こえ、中を覗いていた目が消えると『 テッチ テッチ! 』とドア前に置かれた石を
退かす声が聞こえ始めた。
やっぱり家族が帰ってきたのかと、ドアが開くのを蛆実装は尻尾を振って喜んで待っていたが、やがて「 ママ 何処レフ? 」と呟いた。
いつもなら、置石を退かす親実装の姿がドアの上に見えるのに 今日は姿が見え無い。
随分と時間が経ってドアが外側に半分倒れた所で 『 テッチ テッチ! 』の声が途切れ、
ドアとダンボール本体の隙間から身をねじ込む様にして、見知らぬ仔実装が一匹ダンボールの中に飛び込んで来た。
仔実装は一直線に蛆実装に向けて走って来て、蛆実装をガバッと抱え込んだ。
『 蛆ちゃん 蛆ちゃん 蛆ちゃん 可愛いテチィ!! 』
「 レッピャー!! 」
初めて嗅ぐ家族以外の体臭。 突然の出来事に驚いた蛆実装は、見知らぬ仔実装の腕の中で脱糞しながらもがいている。
『 テチ!? 蛆ちゃん ごめんテチ。 痛かったテチィ? 』
仔実装が蛆実装をゆっくり下ろすと、蛆実装は助けを求めるかの様に、涙やら糞を垂れ流しながら奥のタオルと親指実装人形に向かって
ワキワキと動きだした。
慌てているので、ボロタオルの斜面をうまくよじ登れない。
しわくちゃに丸めて置いてあるタオルの上でもがいているうちに 窪みにはまってゴロンと仰向けになると、いつの間にか真後ろまで来ていた仔実装が
蛆実装に覆い被さるように覗き込んでいた。
「 レピャ! レッピャー! 」
涙目でイヤイヤをする蛆実装を見て、困った顔をしていた仔実装だったが、蛆実装の昇ろうとしていた先を見て頷くと、タオルに駆け上がって
親指実装人形を拾い上げ
『 蛆ちゃん これテチ? これテチ?』
と親指実装人形を蛆実装の横に置いた。
蛆実装は申し訳程度に生えている単なる突起でしかない両手両足で、親指実装人形に必死になってしがみつき仔実装から顔を背けて震えている。
『 怖く無いテチ。 蛆ちゃんに何もしないテチ。 』
仔実装は蛆実装の横に座って話し掛ける。
蛆実装をそっと撫でようとして手を伸ばすが、その度に気配を感じた蛆実装がビクリと反応するので どうしたものかと考えていた仔実装だったが、
ふと思いついて、
『 テッテロチェ〜♪ 』と唄いだした。
蛆実装の震えが止まった。
これはママや姉達が時々口ずさむ唄のメロディー。 蛆実装が知っている只一つの曲。
仔実装が唄ってる歌詞と家族が唄っていた歌詞とでは内容が色々違っているが、蛆実装の記憶力では その違いに気づいて居ない。
次第に親指実装人形にしがみついていた手足から力が抜け、唄に合わせて尻尾をゆったりと振り出す蛆実装。
「レフン レフゥン♪」と いつの間にか上機嫌になっている。
唄い終わるタイミングを見計らって、仔実装は蛆実装の腹をプニプニ押してみる。
「 レフゥ 」
蛆実装の顔に笑みが浮かぶ。
蛆実装の小さな頭を占めていた「恐怖」は、すっかり「満足」に置き換わっていた。
親指実装人形から手足を離して仰向けになった蛆実装が、ニコニコと仔実装を見つめて問いかける。
「 レー?」「 オネエチャン 誰レフ? 」
この仔実装は、蛆実装の実の姉達より大きい。 どちらかと言えば中実装に近い。
ドア前に置いてあった石も、この大きさの仔実装だから何とか動かせたのであろう。
躰のあちこちに擦り傷があり、後ろ髪もかなり抜けている。 実装服も土埃にまみれているうえ 何カ所か裂けて血が滲んだ痕がある。
蛆実装の質問に仔実装の顔がくもぐった
『 オネエチャン? オネエチャンは・・・ オネエチャン テチ! 』『 オネエチャンだからオネエチャン テチ! 』
「 レフン? 」
混乱している蛆実装を抱きかかえた仔実装は、蛆実装をあやしながらダンボールハウスの中をグルリと見回した。
「 レフレフ〜♪ 」
仔実装の体温が伝わって温くなってきたので機嫌が良くなる蛆実装。 もう仔実装が誰でも良くなってきた。
『 蛆ちゃんは一匹だけテチ? 』
幸福感に囲まれていた蛆実装は、仔実装が突然 何を質問したのか判らなかったが、とりあえず
「 そうレフ♪ オネエチャン プニプニしテフ。 高い高いしテフ。 」
と適当に答え 尻尾をピコピコ動かしながら愛嬌を振りまいている。
仔実装は少し考えた後、蛆実装を見つめて話し掛けた。
『 ・・・ オネエチャンと同じテチ。
決めたテチ! オネエチャンは蛆ちゃんのオネエチャンになるテチ! 一緒にココに住むテチ 』
「 レフレフゥ♪ オネエチャン オネエチャンレフ 」
仔実装が蛆実装の事を1匹だけで暮らしていると勘違いしている事も判らないまま、蛆実装は遊び相手が出来たと無条件で喜んでいる。
何をして遊んで貰おう? フニフニは当然として、追いかけっこもしたいし、コロコロ遊びもやって貰いたい・・・
そうだ、アレがいい。
「 オネエチャン アッチレフゥ。 」
蛆実装の顔はボロタオルの山の頂上を向いている。
『 蛆ちゃん おねむテチ? 』
仔実装の問いかけに蛆実装は首を横に振る。
「 アッチ アッチレフゥ。 」
言われるままに蛆実装を抱えた仔実装はタオルの山を登り頂上まで歩みを進めた。
タオルの山の向こう側には粉洗剤の計量スプーンや壊れた蝶番金具等のガラクタがいくつか転がっていた。
『 テ〜? 』
これが、ここの家族の次女が持ち帰ったオミヤゲの数々である事を知らない仔実装は
タオルの頂上からガラクタ群を驚いて眺めていたが、腕の中の蛆実装がもぞもぞ降りたそうにしているのに気が付くとガラクタの近くまで寄ってから
蛆実装を床に降ろした。
「 レフレフゥ♪ 」
蛆実装はガラクタの中でもとりわけ奇妙な形をした物体に寄ると、ガラクタから飛び出しているレバーに体当たりを始めた。
「 オネエチャン コレ押してレフゥ。 」
『 これ 押すテチ? 』
蛆実装にせがまれるままにレバーを押した仔実装だったが、レバーはバネ仕掛けでテンションがかかっているのでかなり力が必要だ。
少し押したと思ったらバネで押し返されるうえに、ガラクタ本体が床の上を滑って仔実装から逃げて行ってしまう。
簡単な事と思ってレバー押しを始めた仔実装であったが、汗までかいて頑張っているうちに段々何でこんな事をしてるのか判らなくなってきた。
横目で蛆実装をみると蛆実装の瞳は期待でキラキラ輝いている。
『 テチッ テチ テッチィィィ! 』
結局、仔実装は壁際までガラクタを押していって 渾身の力を込めてレバーを押し込んだ。
ギュルルルルン と低い音を立ててガラクタの円盤部が回転し パチパチと火花が飛び散る。
火花の輝きは ガラクタ上部を覆っているクリアオレンジやクリアブルーのプラスチックカバーを通してダンボールハウスの中を美しく染め上げた。
『 テッ!!? 』 突然の作動に腰を抜かしひっくり返る仔実装。
ガラクタは程なくして作動を止めた。 仔実装は驚きのあまりひっくり返ったまま口をパクパクさせていたが
蛆実装の
「 レフゥ♪ レフゥ♪ きれいレフゥ。 」 の歓声に気付き正気を取り戻した。
「 オネエチャン もっと もっとレフゥ!! 」
蛆実装はこの仕掛けを知っていて、動かしてくれとせがんでいたのだと ようやく気付いた仔実装は立ち上がって恐る恐るガラクタに近づく。
片足でガラクタをツンツンとつついてみたが、さっきの様な火花は出ない。
微かに刺激性の臭いが立ちこめていたので鼻の奥がむずかゆくなり 『 テチンッ! 』と仔実装はクシャミをした。
「 オネエチャン もっとレフゥ! 」
後ろでは蛆実装がせがみ続けている。
鼻をすすりながら
『 テ〜 ・・パチパチ きれいだったテチ・・・ ワタチももっと見たいテチ・・・ 』 と呟く仔実装。
もう一度ガラクタを見下ろす。
パチパチをもう一回見るには あのレバーを力一杯押せば良い。
『 テッチュー♪ オネエチャンにまかせるテチ! 』
三日前の午後 愛護派の家の庭で飼い実装が遊んでいた、はずみ車とフリントを使った安っぽいブリキ玩具。
飼い実装がオヤツを食べに家に戻った隙に、仔実装達にねだられた親実装がこっそり庭に侵入して盗んできた玩具で仔実装と蛆実装は
この後 小一時間程遊び続けた。
△
『 テェェ ・・疲れたテチ・・・ 』
ボロタオルの上で大の字になった仔実装の口から溜息が漏れる。
中実装に近い体格とは言え、バネ仕掛けの玩具で遊ぶ事は仔実装にとって重労働だった。
ダンボールハウス開口面が見える場所まで移動してきて寝転がっている仔実装の横に、蛆実装がワキワキと這い寄ってくる。
まだ遊び足りないのか? と仔実装が頭を動かして蛆実装を見ると
「 オネエチャン ありがとうレフゥ きれいだったレフゥ 」
と言って躰を擦り寄せている。
『 テ〜 テチゥン♪ 』
満足感に包まれる仔実装。 何故か疲れさえ心地良い。
蛆実装の腹に片手を回し ポンポンと軽く叩きながら仔実装は語りかける。
『 オネエチャン 疲れたから・・・ 今度はお話にするテチ。 』
「 お話レフ? お話してレフゥ。 」
興奮した蛆実装の尻尾がピコピコ動き 仔実装の足に何度も当たる。
『 何のお話にするテチ? 』
「 レフー・・ ゴハンのお話がいいレフゥ。」
仔実装は親実装から聞いたお話のうちから ゴハンに関係するお話を思い出しながら話し始めた。
ママの言いつけを良く守る仔実装と蛆実装の姉妹に、神様がご褒美にと背中に羽を付けて下さって空を飛べる様になるお話。
姉妹は世界中の公園やゴミ捨て場を飛び回り、色々なおいしい物を食べ 沢山のお土産をママに持ち帰っていっぱい褒めてもらうといった内容が続く。
『 ・・・ こうして、蛆ちゃんとオネエチャンとママは、ずっと幸せに暮らしましたテチ。 』
お話を終えて息を整えた仔実装が蛆実装を見ると、蛆実装はすっかり夢心地のようだった。
ポーっと宙を見つめて時々「レフッ レフン♪」と鳴いては痙攣している。
頭の中では、空を飛んでおいしい物からおいしい物へとグルメ旅行している真っ最中なのであろう。
蛆実装の反応に満足した仔実装は 蛆実装の頭を撫でながら
『 蛆ちゃんは本当にお話が好きテチ。
オネエチャンの家族の蛆ちゃんもお話が好きだったテチ。 沢山いた妹ちゃん達も みんなお話が好きだったテチ。
ママは色んなお話をしてくれたテチ。 』
家族の事を思い出した仔実装は、蛆実装に聞かせるでもなく
ダンボールハウスの開口面から僅かに覗く青空を見上げながら 思い出すままに呟き続ける。
『 ママはお唄も上手だったテチ。
毎日 妹ちゃん達と一杯遊んだ後は、ママの獲ってきたゴハンを食べて ママの子守唄を聴きながら
みんなでおねん寝したテチ。 』
「 ゴハン ゴハン おいしいレフゥ。 」
仔実装の話を聞いて居るのか居ないのか判らないが、蛆実装が「ゴハン」の単語に反応して合いの手を入れる。
『 ママも妹ちゃん達も 今朝まで 元気だったテチ。 』
仔実装の声が急にくもぐる。
『 'アイツ' テチ。
ママが朝ご飯を探しに行ったあと、ワタチが妹ちゃん達の面倒をみてお留守番している時に 'アイツ' が来たテチ。 』
『 妹ちゃん達が オウチの外に何かいる気配がする、きっとママが帰ってきたと騒ぎ出した途端、
オウチのドアを棒でこじ開けて'アイツ' が覗き込んできたテチ。
ママが居ない事を知った 'アイツ' はドアの隙間から棒を突っ込んで オウチの中で何度も振り回したテチ。 』
「 レフゥ・・・ 」
空を飛ぶ空想に夢中で仔実装の話を碌に聞いていなかった蛆実装であったが、仔実装の様子がおかしい事に気付いて尻尾の動きが止まる。
『 ワタチも妹ちゃん達も 棒に何回も叩かれてケガしたテチ。 痛くて痛くて泣いたテチ。
泣き声を聞いたママが駆けつけてくるように大声で泣いたけど、駄目だったテチ。
'アイツ' はオウチの中に入ってきて、見せしめの為に一番大きな仔のワタチの髪を掴んで振り回してから踏みつけたテチ。
'アイツ' は「お前は奴隷として生かしておいてやる」とワタチに言ってから
オウチの隅で泣いている妹ちゃん達を掴んで 一匹づつ喰べ始めたテチ。 』
仔実装は妹達の喰われていく様を、事細かく話し始めた。
最初の妹は頭から齧られて そのまま動かなくなった事。
丸齧りした妹の髪を 'アイツ'は口の中で器用に選り分けては、血まみれの毛玉を床に吐き出していた事。
次の妹からは服と髪を毟られて、水皿の水でジャバジャバ濯いでから喰っていた事。
途中、隙を見て逃げ出そうとした妹もいたが ダンボールから出ないうちに捕まって棒に串刺しにされた事。
仔実装の言葉に抑揚は無い。 目もすっかり据わっていて一種のトランス状態に陥ったまま話し続けている。
家族の事を思い出してしまった仔実装は、悲しみから逃れる為に誰に聞かせるでも無く話し続けた。
それは 我が身に起こった悲劇をあたかも第三者からの視点で淡々と語る事で、痛みや悲しみといった感覚と現実を切り離して、
感情の爆発による自我崩壊を防ごうとする自己防衛本能によるものだったのかもしれない。
仔実装の話はまだ続いた。
'アイツ' に踏みつけられたまま、妹達が喰べられていくのを泣きながら見ているしか出来なかった事。
'アイツ' が妹達を喰べ尽し、最後に残った蛆実装の首をもぎ取ってチュウチュウ 中身を啜っているところに
ママが帰ってきて、取っ組み合いの闘いになった事。
自分を踏みつけていた'アイツ'の足から解き放たれ、嬉しさに飛び跳ねながらママを応援した事。
'アイツ'の握った棒がママの顔に刺さった事。
苦しむママに'アイツ'が馬乗りになり棒を何回も何回も刺して、遂にママが動かなくなった事。
首筋を噛み千切られたママの首が真後ろに倒れた事。
『 ママが 負けたテチ。
ワタチは怖くて逃げたテチ。 'アイツ' がママの命の石を齧っている隙に逃げたテチ。 』
『 ママいないテチ。
妹ちゃん達いないテチ。
オウチ帰れないテチ。
何回も転んで 何回も坂を転がり落ちて このオウチにたどり着いたテチ。 』
仰向けに寝ている仔実装の両目からツーっと涙がこぼれた。
仔実装は表情も変えず泣き声も上げずに、今は存在しない家族を想いハラハラと涙を流していた。
涙が枯れた頃、自分の身に起こった悲劇を全て吐き出し終わった仔実装は、胸の中に抱え込んでいた黒く冷たいモノが消えていく感覚を覚え、
目には先程 蛆実装と遊んでいた時の光が徐々に戻りはじめていた。
トランス状態が解けて暫くして涙をぬぐった仔実装は ふと気になり首を曲げて傍らの蛆実装を見た、そういえば先程から蛆実装に反応が無い。
『 蛆ちゃん? 蛆ちゃん!』
まさか新しい家族まで失ったのではないかと慌てた仔実装は、蛆実装の体を揺すってみる。
「 レーフ〜 」
蛆実装は寝ていた。
正確には仔実装の話の、仔実装と姉妹が棒で叩かれたくだりを聞いたあたりで痛さを想像して既に気を失っていた。
蛆実装は運が良かったのかもしれない。もし仔実装の妹達が喰われる仔細な様子まで聞いていたなら
蛆実装の脆弱な感性では気絶だけでは済まなかったであろう。
『 蛆ちゃん おねん寝しちゃったテチ。 オネエチャンも少し寝るテチ。』
蛆実装を抱える様に片手を回したまま体を横向きに変えると、仔実装は少し微笑んでから目を閉じた。
△
「むぅ・・・ 」
実装フード製造会社の商品研究開発部部長は、眉間に皺を寄せたまま書類から目が離せなかった。
書類の内容は、実装石向け清涼飲料水の抜き打ち検査成分表。
本来は商品品質管理部門の仕事であり商品研究開発部の仕事ではないが、部下が聞いてきた噂話の真偽をどうしても自分のところで確かめたくて
品質管理部部長に電話を入れた後に 出荷トラックを捕まえ数箱降ろさせて独自で調べてしまった。
「噂 本当だったんですね。」
成分表を持ってきた主任が書類の一点を指差して呟く。
ボールペンで赤丸が付けられた数値は、清涼飲料水の含有アルコール量が社内資料数値の五倍も多い事を示している。
健康志向にこだわっていた商品研究開発部が、清涼飲料水にアルコールを混ぜる件に同意するにあたって最後まで死守した条件は
「アル中実装を生み出さない事」だった。
成体実装が1日にたとえ最大15本も清涼飲料水を飲んだと仮定してもアルコール依存症にならない量を調べる為に商品研究開発部は一ヶ月を
掛けて実験を行った。
個体差を考慮しても問題を起こさないアルコール量を調べ上げる為に 70匹近い実験用実装石にアルコール依存症の犠牲になってもらったというのに、
安全ライン内での含有アルコール量を決定して会議で全部署の同意も取ったのに、その約束が反故にされている。
噂では他社が同様コンセプトの清涼飲料水を開発中であるとの未確認情報に踊らされた営業部門が、必勝プランとして製造関連部署に
アルコール増量の裏工作を働きかけたらしい。
しかも品質管理部の抜き打ち検査で引っかかっていないという事は、五倍アルコール量の清涼飲料水が検査対象にならない様に商品倉庫の管理に
小細工がしてあると言う事だ。
商品研究開発部や品質管理部が騙されていた以上、これは由々しき事態だ。
この会社は組織として機能不全を起こしている。
「さて、 どこから手を付けようか・・・ 」
書類から目を離した彼は、眼鏡をはずし目蓋の上から目を軽くグリグリとマッサージする。
五倍か・・・ 清涼飲料水を毎日何本も与えている家庭であれば、アル中実装は無視できない率で発生しているに違いない。
発売から一ヶ月 現時点で 全国の飼い実装のうち何匹が潜在アル中実装になっているか、想像もつかない。
アルコール摂取量測定実験で発生したアル中実装の凶暴さと末期症状の悲惨さを思い出した彼は深い溜息をついた。
ペット用食品専門会社とはいえ、会社は社会的責任を取らざるを得ないだろう。
彼は眼鏡を掛け直して考える。
まず商品研究開発部としては、 行動を起こす前に品質管理部を味方に付けたほうが良いだろう。
電話に手を伸ばそうとした彼の視線が、机上に飾ってある販促用親指実装人形を捉えた。
人形はオアイソのポーズを取ってこちらを向いて置いてある。
彼はふと 人形が小憎らしくなり指先で人形をピンと弾き飛ばした。
△
『 テー テチユッ! 』
くしゃみをした仔実装の目がうっすら開く。
『 テェー? テチ? 』
まだ頭に血が回ってこないので、空ろな目のまま半身を起こして周囲を見回している。
此処は何処だったか思い出そうとしていると、横で蛆実装が「レフゥ」と寝息を立てているのに気付き、
そうだ、さっきまでこの一人ぼっちの蛆ちゃんと遊んでいたんだっけ、これからこのオウチで二匹だけで暮らしていくんだったけ と段々思い出した。
ダンボールハウスの開口面から外を見ると日が傾き始めている。 もう暫くしたら夕焼けに変わるだろう。
『 テェー 』と欠伸をすると同時にグルゥと腹が鳴り、今日は食事も取れなかったのですっかり空腹である事も仔実装は思い出した。
寝ている蛆実装の頭を撫でながら
『 蛆ちゃん オネエチャンお腹すいたテチィ。
オネエチャン ミミズでも探して来るけど、ゴハンはミミズでもいいテチィ? 』
と尋ねると 蛆実装は寝ぼけながら
「食べたいレフゥ 」 と小さな声で答えた。
『 獲ってくるから、蛆ちゃん お留守番お願いテチ。 』
と言いながら顔を上げた仔実装は、そのまま凍りついた。
'アイツ' だ 'アイツ' がダンボールハウスの前にしゃがみ込んで中を覗き込んでる。
口の中がヒュッと音を立てて乾く。
『 や やっと見つけた。こんな所に隠れてたデズズゥ。
ワタッ ワタシから逃げるとは、ワ 悪い奴隷デス。 』
少し白濁がかり焦点が合わないらしい 'アイツ' の目が上下左右にグリグリとせわしなく動く。
『 テチッ! テッチチテチッチチチ!! 』
ガタガタ震えて座り込んだまま後ずさりを始めた仔実装の足に、うつらうつらしている蛆実装が当たった。
「 レフン? 」
眠りの世界から呼び出されたかけた蛆実装が甘えた声で鳴く。
眠りこけていて背後で何が起こっているかすら判っていない蛆実装を、仔実装はとっさに掴むとボロタオルの中に押し込んで隠した。
「 ・?! 」「レ・・・!」
顔をすりむいて流石に目を覚ました蛆実装は、タオルからはみ出させた尻尾をピコピコ動かしながら
何か叫んでいるが、仔実装は声が漏れない様にタオルを引っ張って更に上にかぶせた。
『 何 や やっでるデズゥ。 サ サッさと出でぐるデス。 こっ このエリザベズ様が命じているデズゥ!! 』
元飼い実装だった成体実装がダンボールドア前の置石を蹴り飛ばし、ドアを乱暴に開けてハウスの中を覗きこんできた。
ハウスの中に 何日も水浴びしていない実装石の体臭やら腐肉臭が広がる。
かつては純白に輝いて高級実装服の縁を飾っていたレースのフリルは泥や同属の喰いちぎった組織片を吸って膨れ上がり、
淡い紫色だった実装服は血に染まって黒い染みだらけの襤褸つづれになってしまった。
頭巾やエプロンには食事の残りかすがこびり付き異臭を放っている。
ブチュッ ブッ ブボボボボン!
『 テチャッ! テッ!? ティェェェン! 』
腹の中に殆ど何も残っていなかった仔実装は水の様な脱糞を少量した後、盛大な音を立てて放屁した。
『 エ エリザベズは腹が減ってるデズ。 ズグ出でぐるデスゥ! 』
苛々している成体実装は手に持った棒、ワンタッチで開閉する実装石用の日傘で ダンボールハウスの壁をバンバン叩いて脅しをかける。
この日傘は飼われていた時からのお気に入りの品で、もともとは実装ダンスの小道具として飼い主から与えられたもの。
この成体実装と一緒に捨てられ、今では武器として重宝している。
『 ティエ! ティェェェン! 』
'アイツ' に捕まれば喰われる。
ダンボールハウスが揺れてボロタオルの山から転がり落ちた仔実装は、手に触れるものを無我夢中で投げつけた。
砂粒の様な直径数ミリの小石や糸くずの固まり、床に落ちていた枯葉。
どれもこれも軽すぎて10センチも飛ばず、成体実装までは届かない。
仔実装が親指実装人形の足を掴み放り投げる。 手ごろな重さと大きさの人形は宙を舞い成体実装の顔に当たった。
『 デズッ!? 』
何かが顔に当たった事に驚いた成体実装だったが、下を見下ろすと親指実装が転がっている。
『 デププ。 これはお前の貢物デズゥ? 』
目の悪い成体実装は親指実装人形を人形とは思わず、仔実装が血迷って妹の親指実装でも投げたものと勘違いして人形を口に運び
そして勢いよく顎を閉じた。
ガキリッ
成体実装の前歯はプラ製の人形に大きな歯型を付けたが、そこまでだった。
簡単に噛み切れる筈の親指実装が噛み切れず、勢い余った顎の力が歯茎に無理な負担を掛けた結果 前歯全部が連続して脱臼した。
『 *@#!? ・・・・・!! $&%?! 』
前歯に通っていた神経が何本も引き千切られたショックに、成体実装は硬直していたが暫くして人形と一緒に前歯や血をボバッと吐き出すと、
のた打ち回って苦しみだした。
『 デギャァァァ!! イダイデズゥ!!! ニンゲン ニンゲン! ハヤク医者に連れて行くデズウゥゥゥ!! 』
痛みのあまり、捨てられた事も忘れ 飼い主への命令が口から飛び出す。
仔実装はこのチャンスを逃さなかった。
『 ティエェェェェェン!! 』
走るとパンツの中の圧迫された糞が隙間から漏れ出て気持ち悪いが、そんな事は気にしていられない。
喰われてしまえば全てはお終い。
幸い、ダンボールドアは成体実装が開けてくれている。
タオルに押し込んだ 蛆ちゃんに'アイツ' は気付いていないらしいから、逃げ切ってほとぼりが冷めた頃に此処に戻れば
蛆ちゃんと二匹きりでずっと一緒に暮らせる。
ポトポト糞の軌跡を残しながら仔実装は 成体実装の鼻先をかすめて外に逃げ出した。
成体実装はのた打ち回りながら親指実装人形を掴み、キッと睨み付ける。 成体実装の顔に衝撃が走る。
『 ゴレは ハズレ人形 デズゥゥ!! 』
藪の中に逃げていく仔実装の姿を視界に捉えた成体実装は、血まみれの歯茎でニュルニュル歯軋りしながら
『 デギュゥゥ! あの糞ガギィ!! バ バカにしやがって ゼッタイ殺すデズゥゥ!! 』と吐き捨てると
仔実装を追いかけて藪の中に分け入った。
△
夕日を浴びて藪の中を見え隠れしながら逃げる仔実装を成体実装が追いかける。
仔実装は潅木の間をすり抜け身を屈めて枝の下を潜り抜けるのに対し成体実装は低木に進路を邪魔されたり、日傘を枝に引っ掛けたりして
思うように動けない。
足は遅いが体が小さい分、生い茂った藪の中では仔実装のほうが有利だ。
もっとも 仔実装も混乱しているので無駄な走りをしては、何度も成体実装に捕まりそうになっている。
成体実装の頭の位置からでは仔実装は潅木の葉々に隠れて視認しにくいのに、甲高い泣き声を張り上げて走っているので位置を教えながら
逃げているようなものだ。
仔実装も成体実装も既に服は裂け傷だらけ、少しでも利口な実装石なら絶対にしない自傷行為に成体実装は血眼になっている。
仔実装に馬鹿にされたと思い込んだ成体実装は 仔実装の事を許せなかった。
飼い主に「捨てる」と言い渡されて遥か遠くのこの公園に置き去りにされてから一週間、手元に残ったのは実装服と日傘だけ。
先手必勝で野良実装を襲っては食繋いできた生への執着 常に勝ち抜いてきた実力と自信を、腹の足し程度にしかならない程度の
仔実装に笑われた気がして許せなかった。
走りながら右腕を前に突き出す。
『 オマエなんがに ワタシが笑われてたまるかデズゥ! 』
仔実装の髪に触れたが、ヒョイと潅木の脇に逸れたので逃がしてしまった。
実装服の裾が枝に引っかかってまた ピリッと裂ける。
『 ワダシは 世界一幸せになるために生まれでぎだんデズゥ! 幸せになるために生きぬぐんデズゥ!! 』
日傘を振り回そうとしたが、枝に引っかかってよろける。
『 逃げるな 餌ァ! オマエなんが喰ってやるデズ! ワダジを笑ったオマエはワダジの餌になるデズゥ!! 』
潅木の間を縫って走っていた仔実装の前が突然開けた。 下り坂だっ!と思った仔実装は躊躇わず潅木の向こうに飛び込んだ。
昼前に'アイツ'から逃げた時も下り坂を転がって、'アイツ'をまいてやった。 今度も逃げ切ってみせる!
前を走っていた仔実装が茂った葉々に隠れて見えなくなった。
仔実装を追って潅木に突っ込み そして突き抜けた成体実装はふわっと浮遊感を覚えた。
足場が・・無い。
潅木の向こう側、下り坂ではなく高さ2メートル程の崖上に飛び出した成体実装は疾走ポーズのまま、きれいな放物線を描いて落下している。
目の前に夕日に染まった公園の景色が広がり、崖下の地面がどんどん迫ってくる。
頭の中は真っ白だ。何も考えずに唯、目の前の景色だけを受け入れている。
赤く染まった地面は、地面にしては随分テラテラ輝いている。
地面と思った所が公園の池の水面である事に気付いたのは、盛大なしぶきを上げて着水する直前だった。
△
成体実装はもがいていた。
緑藻の繁殖した池は成体実装なら立って顔が出せる深さであったにも関わらず、底に泥が溜まっていたので足で蹴ってもヌルヌルと滑ってしまい、
溺れる実装石に底が無いと錯覚させていた。
常時半開きの口と鼻から水が容赦なく入ってくる。
先に落ちた仔実装は溺れる前に着水のショックで逝ってしまったのだろう、手足がもげて水面に血紋を広げ うつ伏せになったまま浮かんでいたが、
そのうち頭のほうから吸い込まれる様に水底に沈んでしまった。
苦しい。 水中で手足をばたつかせ何とか頭だけでも水面に出そうとするが、それすらも儘ならない。
水を鼻から吸い込んでしまい、鼻腔と気道に焼け付くような痛みを感じる。
水を被り歪んで見える天上の景色は 筋雲が浮かぶ夕焼け空。
池の向こう岸にいるのだろう2〜3匹の実装石らしき影が、視界の端に入る。
アイツら笑っているのだろうか。
くやしい。 野良実装共などに笑われる一生ではなかった筈なのに。
世界一幸せになる筈だったのに。
高級実装石としてブリーダーに厳しく躾けられた仔実装の頃。
ペットショップに卸された仲間の中では一番早く買われたという誇り。
飼われた最初の頃は、ブリーダーに教わったとおりに飼い主に忠実であろうとして頑張った。
それがを飼い主を喜ばす最善の方法と信じていた。
飼い主が見たがっているのは「忠実なる実装石」ではなく「ペットの高級実装石が喜ぶ姿」であると気付いた日まで。
4匹の仔を産んだ時の喜び。
誰が一番早く 願いを叶えてくれるという幸運の「金の親指実装人形」を当てるかを競って、仔供達と一緒に甘いジュースを何本も空けた毎日。
あの頃は楽しかった。
ワタシの幸せこそ飼い主の幸せ。 ニンゲンが幸せになろうと思うなら、まずワタシを幸せにしなくてはならない。
世界一幸せになる階段を昇っていると思っていたのに、
なのに,
急に何かがおかしくなった。
仔供達が言うことを聞かなくなった。 いつも何かに苛々して、理由のわからない事に激昂して泣き喚く。
顎が疲れると言って高級実装フードを蹴飛ばし ジュースばかり飲んでいる。
一生懸命 躾けようと頑張ったのに努力は実を結ばない。
焦燥感がノイローゼに変わり鬱と躁を何度も繰り返した末に事件は起きた。
飲みかけのジュースを置いて部屋から出ていた隙に、子供達がボトルを押し倒し床にこぼれたジュースを腹這いになって啜っていたので、
小言を言うと子供達は「ウルサイテチ! 足りないテチ もっと持って来いテチ!」とケリを入れてきた。
頭に血が昇り、そこからはよく覚えていない。
気がつくと、叩き潰した仔供達の肉を『 やり直すデス。 やり直すデス。 』と呟きながら一心不乱に口に運んでいた。
いつの間にか入ってきた飼い主が真後ろに立っていることも知らずに。
なんで あんなつまらない事に怒ってしまったのだろう。
なんで あんな事をしてしまったのだろう。
あの仔達の事を本当に愛していたのに。
なんとしても生き延びるつもりだった。
生き延びて4匹の仔の生まれ変わりを産んで、今度こそ一緒に幸せになるつもりだった。
産み直してやる事があの仔達への最大の謝罪になると信じていた。
ゴボッ
口から吐き出した息の代わりに また水が入り込んでくる。
振り回していた腕が随分と重い。
もはや景色も見えず、水面のさざ波を通した夕空の赤い帯しか目に入らない。
『 ・・ ゴ 主人サ マ・・ 』
肺の中の最期の空気と共に、久方 口にした事の無い言葉を吐き出すと成体実装は池底に堆積した泥の中にゆっくり倒れていった。
△
『 蛆ちゃん 蛆ちゃん! 起きるテチ! 』
蛆実装を次女が揺さぶる。
「 レー・・・ 」
蛆実装は次女の腕の中で、寝息とも呻きとも付かないか細い声を先程から上げている。
ゴハン集めから帰ってきたら、ダンボールドアが開いていた。
ダンボールハウス自体も少し凹んでおり、実装石の歯が混じっている血だまりもあった。
親実装は他所の実装石が食料でも盗みに来たか、蛆実装は喰われたかと周囲を警戒していたがタオルの山に登った次女が
『 蛆ちゃんの匂いがするテチ! 』と言い出したので、タオルを引っ張り上げると中から気絶した蛆実装が転がり出てきた。
蛆実装が喰われもせずに残っているという事は、食料目的で他所の実装石が来たのでは無いかも知れない。
蛆実装に状況を聞きたいが、未だ気を失ったまま次女の腕に抱かれている。
『 貸すデス 』
親実装は蛆実装を次女からもぎ取ると、尻尾を掴んで逆さ吊りにしたまま口の前に持ってきた。
親実装はハァァァッと口を大きく開き 深呼吸してから、ボワ〜っと蛆実装に息を吹きかけた。
歯槽膿漏気味で生臭く 少しアンモニア臭が混じった生暖かい息が蛆実装を襲う。
「 レピャァァァァ!!! 」
気付け薬のアンモニアの洗礼を受けて
あるかないかの両手両足を目一杯突っ張って痙攣しながら、逆さ吊りの蛆実装が目を覚ました。
『 テチー! 』『 ママはやっぱりすごいテチ! 』
親実装に仔実装達が称賛の嵐を浴びせかける中、次女だけが蛆実装の身を案じ 両手を頭上に伸ばし涙目でピョンピョン飛び跳ねていた。
『 蛆ちゃん?! 蛆ちゃあぁぁぁん!! 』
△
『 ・・ デ?・・・ 』
日が暮れ これから夜が始まる青暗い薄暮の中、親実装は座り込んで こめかみに手を当てて押し黙っている。
半分予想はしていたが、蛆実装の話す内容はさっぱり判らなかった。
蛆実装の話を纏めると
遊んでいたら羽が生えてきて、オネエチャンと一緒にママのところにパチパチ光るゴハンを食べに行った。
御褒美に怖い顔の神様がみんなを殴りながらお唄を唄ってくれたので、あちこちの公園がオネンネした・・・
親の質問に迎合して答えているので話を聞く毎に内容が違う、これでは話を聞く意味が無い。
仔実装達が蛆実装の話にテチテチと茶々を入れるのを横目で見ながら溜息を付く親実装。
今日は大収穫があって 明るいうちに仕分けてしまおうと大汗かいてハウスまで運んできたというのに、蛆の話を聞いて時間の無駄使いをした。
すぐに真っ暗になってしまう。
『 兎に角、他所の怖いオバチャンが来てたかもしれないデス。
今夜 ワタシはオウチの入り口を塞いで寝るから お前達はオウチの奥でタオルを被って寝るデス。
判ったデス?
じゃ、急いでゴハンにするデス。 』
『 テッチィー! 』『 テチュ〜ン♪ 』
歓声をあげる仔実装達。
「 ウジチャン・・ うそツキじゃないレフ 」とグズる蛆実装を次女はあやしている。
大収穫とは捨てられた飼い実装から奪った食糧。
昼下がり ゴハン集めに行こうと実装親仔がゴミ捨て場に続く裏道を歩いていた時の事、廃工場の空き地横の坂道に車が停まり
重たそうなダンボールを両手で抱えた男が出てきた。
箱から『 デジャーッ デジャァァ!! 』と雄叫びが聞こえるので、中身は実装石だろうと思われた。
『 虐待派デス! 隠れるデスッ! 』 親実装と仔実装達は電柱の陰に隠れて様子を窺う。
男は周囲に人目が無い事を確認すると 男の腰までしか高さがない金属パイプ製の柵の前まで進み、坂道から3メートルは下にある廃工場内の窪地に
向い ダンボールを1・2 ・ 3 と掛け声を出し勢いを付けて放り込んだ。
ダンボールは角からドスンと着地して そのまま緩やかな斜面を2,3回転がって岩にぶつかって止まった。
ダンボールの角がぶつかる度に『 デギャッ!! 』と悲鳴を上げていたが、岩にぶつかって止まってからは物音ひとつ立てない。
男はパンパンと両手を叩いて埃を払うと、晴れやかな顔で車に戻り 走り去っていった。
一部始終を電柱の影から見ていた実装石親仔が遠回りして柵の切れ目から廃工場敷地内に入り込み恐る恐るダンボールを調べると、
岩にぶつかった箱の一辺が上から下まで裂けていてラメ入りの実装服が見えた。
驚いたことに中の実装石はまだ生きていた。 もっとも、呻くだけで殆んど動かない。
何か不始末でもやらかしてニンゲンに捨てられた飼い実装なのだろうが、随分荒っぽい捨て方もあるものだと親実装が思っていると、
仔実装の一匹がテチーテチーと親実装の裾を引っ張ってダンボールの奥を指差す。
ダンボールの裂け目からキャンディーが見える。 それも袋ごと。
裂け目から手を突っ込み乱暴に袋を引っ張り出すと、開いていた袋からバラバラとキャンディーが零れ落ちた。
狂喜する仔実装達。
もっと無いかと親実装が目を凝らすと、実装フードや飼い実装用ショルダーバックも見える。
これらがクッションになって元飼い実装は即死しなかったのだろう。
元飼い実装にとっては これらは日用品でしかないが、野良実装にとってはまさに天からの贈り物。
降って湧いた幸運に親実装はダンボールの上によじ登り 飛び跳ねてダンボールの裂け目を押し広げると、邪魔な元飼い実装を引きずり出して
ダンボール中のものを掻き集めた。
呻く事しか出来ない重態の元飼い実装は地面に転がされたまま、喜々として収穫作業にいそしむ親実装を恨めしげな目で見つめている。
急がなければ。
他の野良実装達に見つからないうちに持てるものだけ持って、この場を去ったほうがいい。
高級実装フード、リボン、カラフルな実装服、玩具や絵本 食器 等々がダンボールから次々と出てくる。
それにしても詰め込み過ぎだ。 まるで元飼い実装の持ち物を全部を詰め込んだ様だ。
夢中でキャンディーにしゃぶりついている仔実装達を叱り付けると まず食べ物、軽い装飾品の順で物を持たせる。
本当は全部持って行きたいのだが、仔実装は重いものを持てないし かさばる物は自分だってそんなに持てない。
玩具はあきらめて横に放り投げた。
絵本を開くと丸っこい記号が結構書いてある。 ニンゲンがひらがなとか呼んでいる記号。
元飼い実装は結構、学があるのかも知れない。 でも自分達に字は要らないから絵本も要らない。
ペットショップの値札が付いたままの新品パンツ。 これは貴重品 貰っておこう。
真新しい大きなタオルも持っていきたいが、ダンボールハウスには大きすぎる・・・
食いかけのスナック菓子の袋を持たされた次女は、放り投げられた玩具の中に見慣れた形のものを見つけて驚いていた。
蛆実装にお土産として持って帰った事もある親指実装人形だが、目の前にあるのは全身金ピカの親指実装人形。
あれを持って帰ったら蛆実装は喜ぶだろうか。
親実装から、さっき『 オモチャは持って帰っちゃいけないデス。 イイデス!?』と釘をさされたばかりなのだが。
ちらと親や姉妹の様子を覗き見る。
親実装は収穫物をコンビニ袋に詰め込むのに夢中で、姉妹達は『 体力付けるテチ! 荷物は減らすテチッ!! 』と
言っては持たされた食べ物を勝手に食べ始めている。
次女はこっそり玩具に近づくと、金の親指実装人形を拾い 菓子袋の中に押し込んだ。
『 デ〜・・ 』
食料は全部持っていくつもりだったが困った物が出てきた。 未開封のペットボトルの飲み物が何本も。
どおりで、あのニンゲンはダンボールを重たそうに持っていた。
派手なラベルのついたこの飲み物は、ゴミ捨て場でボトル底に残っていた雫をなめた事があって甘い飲み物だという事は知っており
是非とも持って帰りたかったが、何本も持って帰るには重たすぎる。
ここで飲んでいってしまおうかと考えたその時、ゴハン集め帰りの野良実装達が向こうの通りをのんびり歩いてやってくる姿が親実装の目に入った。
今見つかって集団で押し寄せてきたら全部横取りされてしまう。
たった今頂戴したばかりのショルダーバックにペットボトルを縦に詰め込むと蓋は閉まらないが4本入った。
もったいないが残りは捨てていく。
玩具や重態の実装石をちらりと見る。 夕方には文字通り何も残っていないだろう。
『 お前達、引き上げるデス! 』
『 テチッ?! 』『 ティエェェェン ママ、待ってテチィ! 』
仔供達に命令したは良いが、親実装は窪地から出るのに難渋していた。
重い。
パンパンに膨らんだコンビニ袋を担いでいる上に重いショルダーバックを引きずっている。
荷物を持たせた仔実装達が親の横をを追い抜いていく。
地面の凹凸でショルダーバックが何回か跳ねた拍子にペットボトルが1本抜けて窪地の底に転がっていったが親実装は気付かない。
むしろ急に歩きやすくなった事を喜んで歩き去ってしまった。
ペットボトルは重態の元飼い実装の近くまで転がって止まった。
土埃にまみれたペットボトルを見て『 デェェ 』と元飼い実装は悲しげに鳴く。
狂おしいほど飲みたいのだが、全身まったく動かない。
毎日 何本も浴びるように飲んでいた飲み物がそこにあるのに手が出せないもどかしさ。
ボトルの首には中身の見えない銀色の小さなポリ袋が掛けてあり、中には親指実装人形が入っている。
金ぴか人形なら もう持っている。 何でも願いが叶うのなら、今 目の前に転がっている清涼飲料水が飲みたい。
『 デェェ デェェ 』
やがて緑服の集団が窪地を取り囲むまで、元飼い実装は悲しげに鳴き続けた。
△
保存のきく食糧をダンボールハウスの下の穴に隠した後、楽しい食事が始まった頃にはすっかり夜になっていた。
飼い実装の食べ物はやはり違う。 まず、酸っぱい臭いがしないし ヌルヌルしてもいない。
開封した食料や菓子袋が随分多かったが、開ける手間が省けて有り難いぐらいだ。
食いかけの日持ちのしない食糧と一緒に箱に詰められていたという事は、多分あの飼い実装は生ゴミ扱いで捨てられたのだろう。
『 デサート♪ デザーットデッスゥン♪ 』
仔実装達より一足早く食べ終わった親実装はペットボトルを手に取る。
闇でも目が慣れてしまえば物の形ぐらいは判る。 色が楽しめないのは残念だが明日の朝まで我慢するつもりはない。
親実装はペットボトルを両足で挟んで蓋のあたりを確かめる。
手でキャップを回そうとするが、ゴミ捨て場に捨ててある開封済みボトルと違って流石に未開封ボトルの蓋は固い。
手先で細かなモノを掴む作業が苦手な実装石でもボトルを開けやすいようにキャップの先端は板状に出っ張っており、
そこを適当な道具等で挟んでキャップを回せばよい様になっているので、親実装はキャップを歯で噛んで試してみた。
『 デッ! デエェェェ! 』
力んだが歯が駄目になりそうだったので親実装はダンボールハウスから出て、何かないかと周囲を見回す。
両手にバナナの切れ端や甘食のかけらを持ってモゴモゴ食べ続けていた仔実装達も出てきて親の行動を固唾を飲んで見守っている。
アレが丁度良いと灌木の枝にキャップを挟んで試してみる。
『 デッスン! 』
ボトルを両手で持ち気合い一発 力を込めて回すとプシュッと軽い音を立ててキャップが開いた。
歓声を上げる仔実装達を前に、鼻息も荒く片手でボトルを掴み星空に掲げてポーズを取る親実装。
そのまま、もう片方の手を腰に当ててゴクリゴクリと飲み干す。
先ほど食べた実装チョコや蒸しパンとは また違った甘みが頭の中でスパークする。
苦労して持ってきた甲斐があった。 4本持ってきたが、1本は何処かに落としてしまい荷物が重すぎたのでもう1本も途中で捨ててきてしまった。
無理してでも持ってくれば良かった。
プハ〜!と息継ぎをすると 足下で仔供達が『 テチ〜ン テチューン♪ 』とねだっているのに気が付いた。
そうだ この仔達にも分けるのだったと思い出した親実装は、闇の中 足先の感覚で地面の窪地のあたりを付けてコンビニ袋を敷き
ボトルの残り半分ぐらいをドボドボ注ぎ込んで『 お前達も飲むデス。 』と言って、またボトルに口を付けた。
『 テチ〜! 』『テチュテチュ♪ 』
コンビニ袋の上に腹這いになって仔実装達が一心不乱にがぶ飲みする。
暗闇の中 ヌラリと広がる水面に星空が映り込み、仔実装が喉を動かす毎に星がチラチラと輝く。
こんなに美味しいものなら、ママがゴミ捨て場で空のペットボトルをしゃぶっていたのも判る気がする。
「 レフ〜ン! レフ? レピャ! レピャピャッ ピャ!! 」
一緒になって飲んでいた蛆実装が、身を乗り出し過ぎて飲み物の中に落ち溺れかかる。
蛆実装を引っ張り上げた次女が、鼻から飲み物が入って涙目で咳き込んでいる蛆実装の顔をぺろりと舐めると、蛆実装が半泣きで笑う。
『 蛆ちゃん 甘いテチ! 』
「 レ〜 」
1.5本は親実装が飲み、0.5本は仔実装達が飲んで、あっという間にペットボトル2本は空になった。
食事が終わった後は寝るだけだが、今日はなんだか気持ちがフワフワして眠る気にならない。
『 ママ〜 パチパチ見たいテチ! 』
仔実装達が騒ぎ出す。
いつもなら面倒くさくて仕方ないのだが、今夜は気が乗った親実装。
鼻歌混じりでダンボールハウスに潜り込み、手探りでブリキ玩具を引っぱり出してきた。
ギュルルルルン と低い音を立ててブリキ玩具の円盤部が回転し パチパチと火花が飛び散る。火花の輝きに照らされた周囲の灌木の緑が彩りを添える。
歓声をあげ火花の下を駆け回る仔実装。 ボーっと口を開けたまま光に見とれる仔実装。
「 レフ〜! レフーン♪ 」
蛆実装も次女に抱っこされたまま火花を楽しんでいたが、突然首を回して周囲を見回し始めた。
「 レフ〜! レフ? レー・・ オネエチャン・・ オネエチャンがいないレフゥ。 」
腕の中でもぞもぞ動き始めた蛆実装を落とさないように気を付けながら
『 蛆ちゃん? どうしたのテチ。 みんなここに居るテチ。 』と話し掛けるが蛆実装はイヤイヤをして愚図り始めている。
ギュルルルルン ギュルルルルン 2回大きな音を立ててブリキ玩具が火花を吐き出した。
次女と蛆実装は驚いて顔をあげ、ひときわ華やかな火花を見つめる。
『 デェー。 疲れたデスゥ。 ハイッ 今日はこれで終わりデスゥゥ。 』
親実装のお開き宣言を聞いた頃には、次女と蛆実装は先程 愚図っていた事すら忘れていた
△
ダンボールハウスの中でタオルを被って休む仔実装達。
入口を塞ぐ様に横になった親実装はもう既に寝息を立てている。
次女は蛆実装に、今日あった出来事をひそひそ声で話してやっている。
「 ウジチャンもお外行きたいレフゥ 」
『 大きくなったら一緒にお出かけするテチ 』
「 早く大きくなりたいレフゥ 」
いつもと同じ会話の繰り返し。
隣で寝ている長女が目を閉じたまま、うるさいテチと二匹に短く文句を言う。 これも毎晩 同じ繰り返し。
瞼が重くなる前にハッと気付いた次女はタオルから抜け出し、水皿の陰に隠しておいた金の親指実装人形を引きずり出した。
前に持って帰ってきた普通の色の親指実装人形は、今日帰ってきたら余所の実装石の歯形と血が付いていたので『 気持ち悪いデス 』と
ママに外に投げ捨てられてしまった。 丁度 代わりが手に入って良かった。
『 蛆ちゃん。 今日のオミヤゲテチ。 』
次女はタオルに潜り込みながら蛆実装に人形を手渡す。 闇の中の僅かな明かりでも人形の金メッキが独特の質感を醸し出す。
「 オネエチャ ありがとうレフゥ 」
眠くてたまらなかった蛆実装は人形に抱き付き、呂律の回らない口で次女にお礼を言いながら寝てしまった。
次女も目を閉じる。
暗かったから 蛆実装は人形が全身金ピカという事が判らなかったのではないか、
明日の朝 蛆実装はどんな顔をするだろうか と考えているうちに次女も眠りに落ちた。
▼
金の親指実装人形は まがいもの。
擦れば剥げる金メッキ。
「幸運を呼ぶラッキーアイテム」は名前だけ。
名前に反して、関わった者の多くを不幸にした。
▼
『 デー・・ 』 『 テチー・・ 』
朝日を浴びたダンボールハウスの中で親実装と仔実装達があんぐりと口を開けている。
昨夜のうちに蛆実装がタオルの上で繭を作っていた。
蛆実装が繭を作る事は噂で聞いた事があるが、自分の家の蛆実装も繭を作れるとは思わなかった。
光沢のある緑色の繭は少し重くて幅があり親実装がつつくと繭はコロンコロンとゆっくり揺れる。
何日か経ったら手足の生えた蛆実装が親指実装と名を変えて ここから出てくるだろう。
繭を作る予兆などまったく無かったのに、何がきっかけになったのやら。
家族は 蛆実装の繭とはこんなものかと繭を玩具にしてつついているが、繭が重くて幅がある理由を次女だけは知っている。
きっと蛆実装は金ピカ人形を抱いたまま繭を作ったに違いない。
ママに教えようかとも思ったが、金ピカ人形見たさに繭を壊されるかもしれないと考え直して黙っていた。
『 デッ!? 』
我に返った親実装が素っ頓狂な声を出す。
いつもなら、もうとっくに食糧集めに出かけている時間だ。 昨日持ち帰った食糧は、保存食として隠した分以外は
ここぞとばかりに食べ尽くしてしまった。
昨日飲んだペットボトルの事がやたら気になる。 帰り道で側溝に捨てた1本がひょっとしたら残っているかもしれない。
美味しかった。 美味しかっただけでなく、仔供の頃 ママや妹達と一緒に遊んでいた時に感じていた幸福感を思い出させてくれた。
もう一回飲んでみたい。 他の野良実装に取られてなるものか。
でも、もし無かったら・・・。
公園に散歩に来る飼い実装なら あの飲み物を持っているだろうか。
飼い主からはぐれて一匹だけでうろついている馬鹿な飼い実装でも居ないものか。
いや、 飼い実装の居る家に忍び込めば、あの飲み物があるかも知れない・・・ パチパチ光る玩具を盗みに入った家はガードがゆるそうだった。
兎に角 他の野良実装達があの味を知る前に、出来るなら独り占めしたい!
親実装は 昨日廃工場で何本ものペットボトルを断念した事を忘れており、あの飲み物の味を覚えた野良実装が この近隣で急増した事、
同じ事を考えている野良実装が何匹も居る事にまだ気付いていない。
昨日奪ったショルダーバッグを襷がけにする。 これでよし。 あの飲み物を取りに行く準備は出来た。
親実装にせき立てられる中、ゴハン集めの袋を持ちながら 『 金ピカ人形を見て蛆ちゃんが驚くのは、何日か先に延びたテチ。』と次女は思う。
いつもの習慣で、パタンとダンボールドアが閉められた。
今日は日差しが強い。 振り返ると木漏れ日を浴びたダンボールハウスがキラキラと光っているように見える。
ダンボールハウスに向かって『 蛆ちゃん お留守番おねがいテチ! 』と叫んだ次女はゴハン集めに向かう家族の後ろを
置いて行かれまいとして走りながら、
『 テ〜・・・ もう蛆ちゃんじゃないテチ。 今度会うときは親指ちゃんテチ! 』と呟く。
仔実装は 繭から出てくる親指実装に会う日が必ず来るものと疑わず、その日 我が家から出かけていった。
走る仔実装の背後、真っ青な南の空に積乱雲がむくむくと沸き出している。
初夏を告げる光り輝く雲は、この空の下 力強く生きようとする全てのものに祝福を与えている様だ。
我が家に帰る事は二度と無かった この親仔の運命など微塵も予感させない そんな朝だった。

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