【実装石アミューズメントパーク 1】 「……デス!…お腹がすいたデス!早く飯食わせろデス!」 五月蝿い上に部屋が暑くて目が覚めた。 当たり前だ。 午後1時半だから世間的にはもう昼過ぎだ。 しがない自営業者である俺には昼も夜も関係ないとはいえ、いくらなんでも寝すぎだ。 俺はペット用飼い実装の育成業をしている。 主に富裕層向けに、飼育の手がかからないよう基礎的な躾までを施した実装石を納入する、いわゆる高級飼い実装のブリーダーである。 育成した実装石をショップに販売委託して売れたアガリの何割かを頂くという、売れればほどほどに儲かるが売れなければアレな微妙な商売である。 俺のブリーダーとしての腕は…まぁこんな飼い実装OKの安アパートに住んでいる事で察しがつくだろうか。 歯を磨きながらいつものように育成中の仔実装達に異常が無いかチェックする。 「ニンゲンさんおはようテチュー!」 「お腹がすいたテチ〜ゴハン食べたいテチ!」 仔実装育成ケージの中には突然死した個体も無いし、みんな元気のようだ。 フードをを補給してやると、並んで行儀よく食べ始めた。 俺は安心して玄関にダイレクトメール以外滅多に来ない郵便受けを確かめに行く。 溜まっていた封筒の束をそのままゴミ箱に投げ捨てようとして、中に見慣れない立派なものが混ざっているのに気が付いた。 差出人を確かめてみて、ハッと思い出した。 それは送った事さえほとんど忘れていた相手からの返信だった。 突然の事に息をのんで封を切る。 中の手紙には『書類審査通過おめでとうございます』の文字があった。 まさかそんな。 うちの実装石ミドリが『実装石アミューズメントパーク』キャスト採用の書類審査を通過したのだ。 おれは何度も眼をこすって手紙を見直す。 何度見直しても書いてある事が変化したりはしなかった。 「いやっほーい!」 思わず叫んでガッツポーズをしてしまう。 「オラー!うるせぇぞ!」 壁の薄いアパートの隣室から怒鳴り声が聞こえた。 ジャンプしかけた俺はそれは止めて、小さくガッツポーズをして喜びをかみしめた。 そんな俺の様子を見て、居候の実装石『ミドリ』が再び大型ケージの中から飯を食わせろとギャアギャア喚いた。 実装石のミドリは、俺がブリーダーを始めて何度もの失敗を繰り返しやっと育て上げた、初期育成実装のうちの1匹だ。 しかし他の実装石がなんとか売れていく中で、ミドリは誰に飼われる事も無く結局ショップから返品されてしまった、いわば出戻りでなのある。 俺もブリーダーとしての経験がまだ浅かったので、元々糞蟲傾向がある上に躾を徹底する事が出来ずにミドリを育ててしまったのが原因の一つなのだが…。 とはいえ、勝手が分からず一から苦労して育てた初期組なので処分するには忍びなく、そうこうしているうちにミドリは今まで俺の部屋に居着いてしまった。 性格はもはや飼い実装としては致命的なほどワガママ。 散歩に連れて行けばいらぬ揉め事を起こして、他の実装石から糞を投げられることもしばしば。 最近ではケージからほとんど出る事もなく食っちゃ寝の毎日なのだ。 まぁ俺にとっては話し相手がいないよりはマシ程度の同居人であるが、正直最近は持て余し気味だった。 そんなミドリにもとうとう転機が訪れたのだろうか? 「ミドリ!お前が実装石アミューズメントパークのキャストに選ばれたんだよ!スゴいじゃないか!」 「デース!うるさいデス!美しいワタチにはそんな事当たり前デス!それより飯食わせろデス!早く持ってくるデース!!」 「分かったよ、今用意するから待ってろって!」 俺は冷蔵庫から、その中身のほとんどを占める業務用実装フードを取り出した。 そして六畳間には不釣り合いなほど大きなミドリのケージに差し入れた。 「またこの食べ物デスか!ふざけんなデス!お前バカデスか!早く焼きたてのステーキよこせデス今すぐデス!!!」 「はいはい、わかったよ。せっかくのお祝いだもんな」 「お前!言われる前にやれデス!何のために今まで飼ってやってると思ってるデスか!」 最近ミドリはまた一段と増長が激しくなってきた。 良くない傾向だ…。 そろそろ根本的な性格矯正を考えなければいけないのだろうが、とりあえず今は静かにさせないと。 仕方なく、自分用にスーパーで買ってきておいた特売の半額ステーキ弁当を冷蔵庫から取り出しレンジでチンした。 そしてその上に乗ったわびしいほど極薄のステーキを、ミドリの食べやすいように切り分けてケージに入れてやった。 すると、ミドリはおもむろに穿いていたパンツを足下まで下ろすと、俺の食うはずだったステーキの上にブリブリッと御丁寧に… 『の』の字を書いてウンコを盛りつけやがった。 「こらっ、ミドリ!お前食べ物になんて事を!」 「デース!最初からコレ出さないからデス!これはお前が食えデス!ワタチはアレが食いたいデス!アレもって来るデース!」 「またアレか。まったくしょうがねえなぁ」 俺は実装石の繁殖用に飼育している出産石の左目に固定された点眼装置から、赤いタバスコを数滴出産石に点眼した。 「デ、デギャー!生まれるデスー!」 出産用ケージ内で四肢を分娩装置に固定された出産石の両目が赤く変化するやいなや、総排泄腔からあふれるように蛆実装が生まれてきた。 俺はすかさず食器をあてがって、蛆実装達が墜落死しないよう受け止めてやる。 「テッテレー!ニンゲンさんありがとうレフ!ワタチタチこれからお世話になるレフ!」 「そうか、良かったねー。でも残念だけど君たちはすぐ元に戻るんだよ〜」 「レ、レフー?」 俺は器に盛り付けられた新鮮な蛆実装をミドリの待つケージに差し入れてやった。 ミドリは目を輝かせ、愛用の金メッキスプーンをシャキーンと懐から取り出すと蛆をすくってクッチャクッチャと食べ始めた。 「デース!美味いデスー!やっぱ蛆実装は生みたてに限るデスー!」 「デシャアアアア!またワタシの子供が喰い殺されたデス!次は私の番に違いないデスー!」 そして生きたまま食われて「レピャー!」と蛆達が上げる断末魔の叫びが重なってうるさいったらなかった。 コイツもこうしょっちゅう強制妊娠させてちゃ、いくらなんでも長持ちしないんだが。 それにしても、と俺は改めて向こうの考えをいぶかった。 ほんとうに、ミドリみたいなダメ実装石が『実装石アミューズメントパーク』で働く事など出来るだろうか? そもそも『実装石アミューズメントパーク』とは、全ての実装石愛護派のために作られた理想の遊園地らしい。 らしいというのは、話に聞いただけでまだ一度も行った事は無いからなのだが。 要するに、人間向けの幕張ネ○ミーランドに相当する遊園地を目指して作られた総合娯楽施設なのだそうだ。 実装石LOVEな愛護派たちが『可愛い実装石ちゃん』達を愛でるための施設であり、愛護派が自分の飼い実装を 思う存分見せびらかし合い、『キャスト』の実装石を誰にも気兼ねなく愛護する施設というわけだ。 そう、『キャスト』とは実際に愛護派のお客とふれ合う立場にある『働く実装石』なのだ。 最前線で働く以上お客に粗相の無いように、彼らは通常の飼い実装とは比べ物にならないほど厳しく躾けられているはずだ。 多分、まるでミドリとは違うしっかりした実装石ばかりなのだろう。 『実と装』で見た求実装広告にダメ元で応募したのがきっかけだった。 しかし、その他にもショップに委託していた飼い実装募集には軒並み断られてしまったのもあって、もうダメだとあきらめかけていたのだが。 こちらが送ったミドリのプロフィールの、いったいどこが向こうの眼に留まったのだろうか? 正直いくら考えても俺にはわからなかった。 「デース!全然足りんデス!もっとお替わりもってくるデスー!」 意地汚くお替わりを要求するミドリの声に現実に引き戻され、俺はため息をついた。 とりあえず、ダメ元で面接にはミドリを連れて行く事にした。 もしかして他に、パーク内の掃除実装石のバイトに空きでもあればミドリが雇ってもらえるって事もあるかもしれないし。 などと少々都合がいい事を考えながら、俺は肉汁と香ばしい香りがわずかに残った半額元ステーキ弁当をわびしくつつくのだった。 それより面接当日までにミドリの躾の再教育をしなければならないと思うと正直気が重かった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 そうこうしているうちに、すぐ面接の日はやってきた。 馬子にも衣装と言うが、とりあえず見かけだけでも良くしなければと思い、もうキツキツになってしまった一張羅の実装ドレスを着せてやった。 そして前髪を軽くセットしてお気に入りの白いレースのリボンを後ろ髪に付け、ピンクのポシェットを持たせてやればヨソ行き実装の出来上がりである。 しかしミドリは明らかにめんどくさそうな様子でケージから動こうともしない。 「ミドリ早くしろ、もう面接に出かけるぞ!」 「デース!そんなことより飯はまだかデス!飯食わせろデス!」 「お前さっきあんだけ蛆ちゃん食っただろーが!それにこれ以上食ったら服のボタンがとまらないぞ」 「デェエエエエーン!虐待デス!飯もくれないなんてヒドいニンゲンデス!」 ミドリはチラチラと俺を伺いながらウソ泣きをする。 まったく、泣きたいのは俺の方だ。 結局今日までに面接用の躾はほとんど施せなかった。 成体になってからの実装石を教育する事は事実上不可能に近い事を、改めて思い知っただけだった。 「あのなぁ、ミドリ!お前そんなことじゃ立派な飼い実装になれないぞ! 今日が大切な面接の日だって前から言ってあっただろ?ちゃんとしなさい!」 「デース!ワタチは美しいデス!どんなニンゲンもミドリを見ればイチコロに決まってるデス! だいたいもうすぐ超金持ちのお迎えが来てセレブ飼い実装になって優雅に暮らすハズなのに そんなワケの分からん所で働きたくないデス!お前が替わりに働けデス!」 こいつ、まだそんな夢みたいな事を考えてるのか。 私自身の責任もあるとは言え、実装石ごときを甘やかしすぎた事に改めて後悔の念がわく。 こんなことでは面接の結果は火を見るより明らかか? それでも約束をすっぽかすわけにはいかなかった。 俺だって実装業者の端くれ、無用な悪評を立てるわけにはいかない。 ぐずるミドリをケージに無理矢理押し込めてライトバンに積み込むと、面接時間に間に合うように車を走らせた。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「んー、なんか思ったほどじゃないな…」 自宅から一時間ほどドライブした俺達は、目的地の『実装石アミューズメントパーク』へなんとか時間前に到着した。 車から降りた俺は目の前の光景にいささか面食らった気分になった。 『実装石アミューズメントパーク』はさほど大きくない施設とはいえ、かなり儲かっているように聞いていたのだが。 目の前の施設は、どうひいき目に見ても地方の流行らない遊園地程度の代物にしか見えなかった。 写真で見ていた豪華そうなエントランスは、実際は申し訳程度の虹をかたどったアーチに『実装石アミューズメントパーク』の文字が打ち付けてある程度の安っぽい代物だ。 パークを取り囲む柵だけは外から野良実装が入り込まないようにするためだろうか、有刺鉄線や忍び返しなどの対策が厳重に取られているようだ。 平日だからか、俺達以外まわりに人はいなかった。 駐車場に止まっている車の数は多いし、中には沢山のお客がいるのだろうか。 腹が減ったと叫ぶミドリの金切り声が車の荷台から聞こえた。 俺は気を取り直すと車からケージを下ろし、引いて歩けるようにキャリーにくくり付けた。 そして駐車場からゲート脇の受付へと歩き出す。 俺達を最初に迎えてくれたのは、えらく適当な作りの実装石の着ぐるみを着たアルバイトたちだった。 「ウェルカム!実装石アミューズメントパークへようこそデス〜♪」 「夢の実装石アミューズメントパークで、実装ちゃんとステキな時間を過ごしましょうデス〜♪」 どこか微妙に音程が外れたBGMがラジカセから流れる中、不思議な踊りをしながら俺に媚びのポーズをとるぬいぐるみ実装達。 暑いのだろうか、フーフー言いながら近寄ってきて俺にバルーンを渡そうとする気色悪い着ぐるみ実装に、ミドリもギャーギャーと威嚇をし始めた。 何とも非現実的な光景にいたたまれなくなって、俺は着ぐるみの踊りをさえぎって尋ねた。 「すいません、私はお客じゃなくてキャストの面接に実装石を連れてきたのですが…」 「そうですか。ではあちらに事務所がありますので、そこで担当の者を呼び出して頂けますか?事務所までは実装石に案内させますので」 そう言うと、ぬいぐるみは受付に向かって声をかけた。 中から一匹の実装石がこちらにやってくる。 「じゃあグリンちゃん、この人たちを事務所まで連れて行ってくれるかな?」 「わかったデス。ワタシについて来て下さいデス」 と言うと、グリンという名前の実装石はトコトコと俺達の前を歩いていった。 着ぐるみに礼を言うと、俺はミドリの入ったケージを乗せたキャリーをガラガラ引いてその後を付いていった。 前を歩く実装石に興味をひかれ、話しかけてみた。 「君、グリンちゃんだっけ?良く躾けられてるみたいだけど、ここじゃ長いの?」 グリンはなぜか少しの間首をひねって考えていた様だが、あまり自信なさそうに答えた。 「ハイ、もうしばらくお世話になっているデス」 「あ…そうなんだ。うちのミドリもここで働く事になるかもしれないから、その時は仲良くしてやってくれるかな?」 「ハイデス。こちらこそよろしくおねがいしますデス」 そう言うと、グリンはペコリとこちらに頭を下げた。 ちょっと頭が弱そうだが、良く出来た実装石じゃないか。 うちのミドリもこれくらい良く躾ける事が出来ていたら、飼い主にも困らなかっただろうに。 だが、グリンの事を観察していてだんだん…何か、グリンに『違和感』を感じるようになった。 しばらく後を付いていて気が付いたのだが、グリンは歩き方が多少おかしい気がする。 ふとした瞬間によろけてしまうような、どこか体のコントロールが危うい感じがするのだ。 そして、ミドリの話をした時に見せた眼の表情。 どことなく悲しげな、それでいてよく分からない感情の動きを見せたような気がした。 理由は分からないがグリンはなんとなく全体的に普通の実装石とは違うようだった。 俺はふと、ネットで耳にした『実装石アミューズメントパーク』についての気になる話を思い出した。 それは『実装石アミューズメントパーク』が愛護派のための施設と言う表向きの商売を経営しつつ 実際は虐待派のための『総合虐待施設』を経営しているのではないか、という妙な噂だ。 例えばあのネ○ミーランドでさえ、そういう類いの都市伝説があるのはご存知だろう。 『場内で子供が消失した』などなど、果ては『ネ○ミーの着ぐるみの中を見たものは暗殺される』なんていう笑い話のような噂さえあるのだ。 ましてや『実装石アミューズメントパーク』のように実装石愛護派のための施設とくれば、当然虐待派の風当たりも強いはず。 あらぬ噂を立てられても仕方が無い部分もあるだろう。 そもそも公に実装石の虐待を娯楽として提供する施設に対しては、未だ社会通念上そぐわないとして営業を認可された例はないと聞いている。 公園に繁殖した実装石を組織的に狩ったり、食用のために実装石を処理販売する工場を造るのとは事情が異なるのだ。 だからおそらく『総合虐待施設』もただの噂に違いないと早々に判断して、深く追求しなかったのだが…。 グリンの様子は前にショップで見た事がある、過度に虐待され精神の平衡を失った飼い実装に似ていなくもなかった。 いや、そんなわけは無いだろうけど…恐らく俺の考え過ぎなのだろう。 事務所に辿り着くまで、グリンはひととおり施設を案内してくれた。 とは言ってもそれほど大きくはない敷地面積だし、そもそもジェットコースターや観覧車など大型の遊具は置いていないようだ。 俺達が歩いているメインストリートに沿うように ・『プニプニ蛆実装ハウス』(生まれたての蛆ちゃんをプニプニしてみよう!) ・『愛護派のくつろぎカフェテリア』(実装石ちゃんに大人気の実装ケーキ新入荷です!) ・『実装イベントスタジアム』(仔実装戦隊☆テチレンジャーショー開催中!) といった施設が並んでいた。 どれもまぁ正直それなりで、積極的に入ってみたいと思うほど面白そうなものは無かった。 まぁそれでも愛護派の皆さんは誰にはばかる事なく積極的に愛護をエンジョイしているようだったが…(苦笑) だが施設を見学していてふと疑問がわいた。 駐車場に止まっている車に対して、お客の数が少なすぎるような気がするのだ。 みんないったいどこにいるんだ? そんなに面白そうな施設がまだ他にもあるのだろうか? そんな疑問が浮かぶ中、俺達はショップ兼事務所のような建物にたどり着いた。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「わざわざ遠方までご足労頂き有り難うございます。私が実装石採用担当の赤緑と申します。 あ、グリン君はそのままここで待っていて下さい。君には後でお仕事がありますから」 目の前のアカミドリと名乗る人物は、この施設の作業着らしい緑色のツナギを着て、汗を拭き拭き俺に名刺を差し出した。 歳の頃は50代位だろうか、小柄で多少薄くなった頭をワックスで撫で付け銀ブチのメガネをかけている。 目立った特徴の無い、典型的な地方公務員のようにも見える風貌だ。 グリンは俺達に礼をすると、来客用のソファーの横にある実装石サイズの椅子にちょこんと腰掛けた。 「わたくし実装石のブリーダーをしております双葉と申します。このたびはミドリが…」 「まぁまぁ、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう、早速ですがミドリちゃんを拝見させて頂けますかな?」 「ハァ…そうですか。では」 チッ、営業トークで実物を見せる前に印象アップを狙ったんだが、単刀直入に本題に入られてしまった。 マズいな…。 俺は焦りながらもケージの中からミドリを出すと赤緑氏に紹介した。 「この子がミドリです。さ、ミドリちゃんご挨拶は?」 「…」 「どうした、赤緑さんにきちんとご挨拶しなさい!」 イヤな予感がした。 ミドリに小声で釘を刺そうとしかけたその時。 「おい、ミド…アッー!」 ミドリは電光石火の早業でパンツを下ろすと四つん這いになって、よりによって赤緑氏に尻を向けてブリブリブリーッと盛大に糞を発射した。 そしてあろう事か糞を手に取ると、赤緑氏に向かって投げ始めたではないか! 「こ、こら!止めろミドリー!!」 まさか、いきなりそこまでするとは思っていなかった俺は完全に意表をつかれてしまった。 だから糞投げを止めるのがほんの少し間に合わず…。 まるでスローモーションで見ているかのように、ミドリの投げた糞がゆっくり放物線を描いて赤緑氏に命中する。 なんてこった、もう最悪だ…。 「デギャギャギャギャ!バカニンゲンにはワタチのかぐわしい糞がお似合いデス! それより腹が減ったから早くステーキを持ってくるデスー!」 ミドリの喚き声が狭い応接室に響いた。 赤緑氏は懐からハンカチを取り出すと、ツナギについたミドリの糞を拭っている。 俺はあわててミドリを両手で押さえつけると、冷や汗をダラダラ流しながら平身低頭して必死に赤緑氏に謝罪した。 「も、申し訳ありません!ミドリがとんでもない事をいたしまして、お詫びの言葉も…」 これは取り返しのつかない事態だ。 キャストに雇われる云々の問題ではない。 ここまでの粗相をしてしまっては、言い訳のしようもない。 「デギャー!こんなハゲオヤジがワタチの飼い主になれるわけが無いデス! なんでもっとセレブの金持ちをつれてこないデスか! まったくオマエはニンゲン失格デス! そこのバカ実装!こいつらを血祭りに上げてワタチを助けるデス!」 押さえつけていたミドリがなおも俺達を罵っている。 グリンは椅子からぴくりとも動かず、ミドリの様子を無表情に眺めている。 恥ずかしい事だ。 俺はミドリを今まで生かしておいた事を心から悔いた。 中途半端な仏心など出さず、糞蟲は早くに潰しておくべきだった。 恐らくミドリには、俺のプロのブリーダーとしては中途半端な仕事意識を見透かされていたに違いない。 俺は飼い実装として見込みが無いならさっさと間引く、そんな基本中の基本の事すら実行出来ていなかった。 そんな甘さのある心で糞蟲に接すればナメられるのは自明の事だったのだ。 とにかく、迷惑をかけた分は弁償させてもらおう。 あとは誠心誠意謝罪して、何とか内輪だけに話を納めてもらうしかない。 ミドリは自分への戒めとして、潰すしかなかろう…。 しかし、赤緑氏の口から出た言葉は俺を驚愕させるに充分だった。 「合格です!すばらしい実装石ちゃんですな。 是非ミドリちゃんをうちで預からせて頂きたいのですが、いかかですか?」 想定外の言葉に俺は唖然とするしか無かった。 「え、こんな…その、糞蟲ではそちらのご希望には添えそうにありませんが…本当によろしいのですか?」 「はい、私どもはミドリちゃんのような『高貴』で『愛情深い』実装石と共に働きたいと思っているのですから」 赤緑氏はにこやかに笑いながら、ウソ偽りないという調子で私たちに答えた。 それを聞いて増長したミドリが、さらにテンションを上げて喚き散らす。 「デース!オマエはハゲオヤジのくせに、なかなか見どころがあるデス! 毎日ステーキと寿司とコンペイトウと産みたて蛆チャンを食わせるならオマエに飼われてやってもいいデス!」 「黙れミドリ!いや、こんな糞蟲では迷惑をおかけするだけではありませんか?」 「いえいえ、私ども『実装石アミューズメントパーク』には、ミドリちゃんの様な実装石に合った職場もございますので」 「は、それはどういう…裏方のお仕事もこいつには出来るかどうか…」 「ミドリちゃんにふさわしいと言っても過言ではないお仕事ですよ。いや、ご連絡差し上げた甲斐がありました。 プロフィールを拝見してピンと来たものですから」 それはいったいどんな仕事なのだろう? こんな糞蟲に果たして勤まるのか? 「疑問にお思いですか? 百聞は一見にしかずと言いますし、実際に職場を見てもらった方が早いのですが…ひとつ条件がありまして」 「何でしょう? 本当に雇って頂けると言う事でしたら、契約条件等については全てそちらのお決め頂いた通りで構いませんが?」 赤緑氏の目がキラリと光ったような気が、した。 「いえ、今からここでご覧になった事は一切の口外はしないと言う事をお守り頂きたい。条件と言ってもそれだけの事です」 「はぁ…そんな事でしたら、もちろん業務上知り得た事は外に漏らしたりはいたしません。それが仕事のルールですから」 「どうも有り難うございます。ミドリちゃんに働いて頂くかどうかは、全てを見終わってからお決めになって頂いて結構です。 かなり驚かれるかもしれませんし、事によると見た事を外に話したくなるかもしれませんが。 双葉様の事は信用しておりますし、見た後でもミドリちゃんをお預け頂けると確信しておりますので。 では、参りましょうか」 赤緑氏は意味深な事を言うと立ち上がった。 「では、私は着替えてから合流いたしますので、グリン君は粗相の無いように『地下』へ皆さんを案内してください」 そう言うと赤緑氏は一礼して応接室を出て行った。 どういうことなのだろう。 本当にミドリはここで雇ってもらえるんだろうか。 それに『地下』と言っていたが、何か地下に娯楽施設がまだあるのだろうか? どうやら見てみなければこの施設の秘密は分からないようだし、糞蟲でも勤まるという仕事に興味もあった。 「では、ご案内しますデス」 俺はミドリをケージに押し込めるとグリンの後を付いていった。 だが、俺は彼女のちょっとした変化を見逃さなかった。 赤緑氏が『地下』と言ったのを聞いてからのグリンは明らかに怯えていた。 いったい何故だ? ここの地下に何があるのだろう…? 俺達は再び表に出ると、グリンの後に付いていった。 目的地はどうやら他の建物から少し離れた所にある『実装石秘宝館』という施設のようだ。 愛護派のための娯楽施設としてはいささか場にそぐわない感じだが。 俺はグリンに尋ねた。 「『実装石秘宝館』の地下には何があるんだい? 秘宝館というからには、ちとアダルトなものでも展示してあるのかな? …もしかして、ご禁制の実装ポルノがここの秘密なのかい?」 実装石と人間の地下ポルノ産業があるという話は聞いたことがある。 ジックスするのをあえて好む人間、またそれを見て喜ぶ人間がいるとは…まぁ性癖は人それぞれだからな。 この儲かってなさそうな施設が影でそういうものに手を染めているという事はあり得ると思ったのだが。 しかし、グリンの返事は違っていた。 「……ここにあるのは『地獄』デス」 グリンはこちらを振り向かずに俺達に答えた。 『地獄』? 実装石が恐れる地獄、それはいったい何なのだろう。 秘宝館の受付には、そこの番人と思しき老婆が独り座っていた。 「いらっしゃいませ、赤緑から申しつかっております。 このセキュリティプレートを付けて、右手奥の『関係者以外立ち入り禁止』と表示がある部屋の中のエレベーターにお乗り下さい」 やはり秘宝館の地下に問題の施設はあるらしい。 エレベーターに乗り込むとグリンが俺に言った。 「すみませんデス。実装石にはこのエレベーターは操作できないように作られているデス。 エレベーターのセンサーにセキュリティプレートをかざして下さいデス。 そうすると、自動で『地下』に降りていくようになっているデス。」 人間だけが動かせて、実装石には動かせないエレベーター。 実装石に優しいはずの『実装石アミューズメントパーク』でそういうシステムが必要な施設があるというのか。 …実装石が地下から出られないように『逃亡』を防止するため? そんな『地獄』が地下にあるという事なのか? 俺達はエレベーターに乗り込むと、『地下』へと一直線に降りていった。 <続く>
