もしもアイスの棒が「あたり」だったら ある夏の日、一匹の仔実装がコンビニの前にいた。親はいない。 ここに来る途中で野良猫に襲われた。親は我が身を犠牲にして仔を逃した。 仔が一本のアイスの棒を拾って来た時、親は大層喜んだ。それは「あたり」だったからだ。 かつて飼い実装だった親は、それを店に持っていけばアイスが手に入ることを知っていた。 アイスそのものは何度か口にしたことがあった。 それは体液が煮立ってしまいそうな酷暑を一瞬に冷ましてくれる至福の甘露。 一度でよいから仔にも味わわせてやりたい。 野良に身を落としてからは、ニンゲンに連れられた飼い実装がしゃぶるそれを見つめて 涎を垂らすことしかできなかった。 そして捨てられた棒の甘い残り香は同属との争いの元になった。勿論それが「あたり」であった事は無い。 いや、飼い実装どころか、ニンゲンでさえ「あたり」を手に入れるのは至難の業なのだ。 それを今、我が仔が持っている。 前々から目をかけていた仔だったが、これほどまでとは思わなかった。 この仔はきっと、トクベツな仔に違いない! 親は翌朝、殊勲者の仔を連れてコンビニに出かけた。ちょっとした距離だが、アイスが手に入るとあっては何の苦痛もない。 ましてやこれは「あたり」なのだ。 道中、親はアイスの美味しさ、「あたり」の素晴らしさを仔に語り続けた。 仔は目を輝かせて聞き入った。 これからどんな素晴らしい未来が自分たちを待っているのだろう。 そんな期待に心を囚われ、背後に忍び寄るものへの警戒心がすっかり飛んでしまっていた。 一匹の仔実装がコンビニの前にいた。猫に襲われた恐怖と、親を失った悲しみに打ちひしがれていた。 しかし、それからコンビニまでの数十メートル、車に轢かれる事もカラスに攫われる事もなかったのは、「あたり」の御利益なのかもしれない。 そして、あとわずかで飼い実装にも勝る栄華を得ることができる。 一本の「あたり」が仔実装の心を支えていた。 このコンビニには以前にも来た事がある。たくさんいた姉たち妹たちの何匹かはここで託児された。 優しいニンゲンにもらわれて、今ではきっと幸せになっていることだろう。ちょっと羨ましかった。 コンビニの入り口には透明な壁があって、自分の姿がなかば透けて映っている。 いったいどういう仕組みになっているのか、子実装には見当もつかないが、近寄るとその壁は消えてしまい、中に入ることができる。 コンビニの中は色とりどりの品物であふれていた。 「あたり」があれば、あれが全部自分のものになったりするのだろうか。 心は傷ついていたけれど、仔実装の小さな体は、夢と希望でいっぱいだった。 ・・・ふと外を見ると、仔実装が自動ドアのガラスにへばり付いている。飛び跳ねたりチィチィ鳴いたり、目障りな事この上ない。 中に入ろうとしているのだろうが、仔実装は誤作動防止設定のセンサーに見事にスルーされていた。 店員は別に虐待派というわけではない。しかし、不潔で不細工な小動物にうろちょろされると客にも迷惑だ。 見るからに野良だが、殺そうとまでは思わない。目の届かない所に丁重にお引取りして頂くだけだ。 入れない。さっきから何人ものニンゲンが出たり入ったりしているのに、どうして? ガラスをぺしぺし叩いてみたりするがびくともしない。 困惑が苛立ちに、そして怒りに変わろうとしていた頃、眼前の抵抗がいきなり消失した。 バランスを崩して転んだ仔実装の上を、客の靴がかすめていく。 客は携帯電話のメールに夢中で、足元の小動物を危うく踏みそうになったことに気付かなかった。 仔実装も床の染みになりかけたことに気付かず、床にぶつけた顔面をおさえて、しばしの間うずくまった。 店員が近づくのがもう少し遅かったら、閉まり始めた自動ドアによって真っ二つになっていたところだ。 顔をさすりつつ起き上がると、ニンゲンがいた。テンインとかいうやつだ。 全く、なんて迎えに来るのが遅いんだろう。 仔実装は「あたり」のアイスの棒を高々と、誇らしげに掲げた。 そして蹴られて2メートルほど転がった。 一匹の仔実装が道を歩いていた。仔実装はアイスの棒をじっと見つめた。 結局、アイスなんか手に入らなかった。猫に襲われた。ママが悲しいことになった。 散々蹴り転がされて体中傷だらけ。無論本気で蹴られてはいない。 本気で蹴られたら傷だらけどころでは済まない。しかし、そんなことは何の慰めにもならない。 来るときは気分が高揚していたけれど、今は疲労で体がじっとりと重い。 こんなときだっこしてくれたママはもういない。 日が高く昇るにつれ気温は上がる。熱せられたアスファルトからは陽炎が立ち昇る。 日陰は次第に小さくなって、ふらふらと覚束ない足取りの仔実装を追い詰めていく。 アイスへの期待に夢を膨らませていたので、朝から何も口に入れていない。 喉が渇いた。お腹も減った。しゃぶりつくされたアイスの棒はもう、何の味もしない。 果たして、無事に巣まで帰りつくことができるのだろうか?公園までの距離が果てしなく遠く感じられた。 ママはウソをついていたのだろうか?仔実装はアイスの棒をじっと見つめた。 ちっとも良いことなんかなかった。こんなもの、拾わなければ良かった。 くやしくて、かなしくて、仔実装の手からアイスの棒が離れた、その時。 仔実装は地面に叩きつけられた。熱いアスファルトが仔実装の頬を灼く。 さっきのテンインが追いかけてきたのだろうか。 しかし、さっき蹴られた時とは比較にならないほどの苦痛。 悲鳴は悲鳴にならず、真っ赤な液体になって口腔にあふれる。 「うわ汚ねっ。実装踏んじまったよ」 仔実装の下半身は走ってきた小学生に踏み潰されていた。 「糞蟲がうろちょろしてんじゃねーよっ。」 靴にこびり付いた仔実装のかけらを地面に擦り付けながら、チビニンゲンが近づいてくる。 こわい。でも体が動かない。立ち上がれない。這いずることすらできない。腕は徒に地面を引っ掻くだけ。 チビニンゲンが仔実装の前で止まった。 仔実装の視界のなかで、さっき手放したアイスの棒が上にあがっていく。 「お?あたりじゃん。らっき、もーらいっ」 え?まって。それは「あたり」なの。わたしの、アイスなの。もっていかないで。おねがい・・・ 必死に呼びかける声はゴボゴボと、血の泡になって宙に消えていく。 次第に暗くなっていく視界の中で、涙で歪んだ小学生の姿が消えていく。 中天に上がりきった太陽が、遮る物も無く仔実装の体を灼いていった。 仔実装の魂が肉体から離れようとした瞬間、口の中にに何かが入ってきた。 それは体液が煮立ってしまいそうな酷暑を一瞬に冷ましてくれる至福の甘露。 甘く、冷たく、未だ嘗て味わったことの無い快感。 さすがに気が咎めたのか、戻ってきた小学生が、「あたり」と交換したアイスのかけらを含ませてやったのだ。 仔実装の意識は肉体に引き戻されたが、体液を失い、乾いた肉体はぴくりとも動かない。 「やっぱり、死んじゃったかなぁ」 小学生は仔実装をつまみあげた。そのままどこかへ運ばれていく。 仔実装の体は少しずつ、アイスの糖分と水分によって蘇生しはじめていた。 小学生は公園に入ると仔実装を植栽の茂みの中に置いた。土がひんやりと心地よい。 ・・・この臭いは、嗅ぎ慣れた公園の臭いだ。戻ってこれたのだろうか。 今朝、出かけたばかりなのに、とても懐かしく感じる。 空は何処までも青く、雲はまばゆいほどに白い。木漏れ日がきらきらと輝く。 なんてきれいなんだろう、と仔実装は思った。 小学生は仔実装を埋めると、アイスの棒を突き刺した。 何も書かれていないけど、墓標のかわりだ。手を合わせて黙祷する。 気がつくとこの公園に棲み着く野良実装たちがまわりに集まっていた。 いつもデスデスやかましい実装石が、静まり返って仔実装の墓を見つめている。 実装石でも仲間の死はやっぱり悲しいんだろうか。 しんみりしながら小学生は公園を去っていった。 小学生が視界から消えると、実装石達は仔実装の墓を囲む輪をじりじりと縮めていった。 アイスの棒とはいえ、貴重な甘味だ。誰にも抜け駆けを許したくない。 息詰まるような沈黙は、土の中から聞こえてきた「テチィ」という小さな声によって破られた。 もしもアイスの棒が「あたり」だったら _終_

| 1 Re: Name:匿名石 2023/07/29-20:38:34 No:00007654[申告] |
| 運良く凶悪じゃない小学生だったのに…哀れ… |
| 2 Re: Name:匿名石 2023/08/12-02:07:27 No:00007771[申告] |
| 店員に来るのが遅いと逆上するような典型的糞虫が死んだ程度で哀れ扱いはなんか笑う |