英紀刑事が実装にとんでもない事を教え、ぶん殴ると誓ってから数日。すぐにチャンスは訪れた。 刑事に呼ばれ、警察署に行くことになったのだ。……迎えに来た警官の車から降り、感謝の言葉も言わずに俺は署内に入った。 「……おう、としあき。どうだ?もう初夜は済ませたか?」 刑事は顔を合わせた瞬間、ニヤついた顔でこう聞いてきた。 「……おいコラクソジジィ。あいつに何つう事教えてんだよ」 「ふっふっふ、いいじゃないか。で、もうヤったのか?」 拳を作って思いっきり打ち込んでやる。……が、受け止められてしまった。 「おいおい、せっかくいい事をしてやったってのに恩を仇で返すのかよ?」 「何が恩だよ。あいつにはまだ早いっての」 しばらくの間、今にも笑い転がりそうな目と怒りまみれのジト目で顔を見合わせ続ける。……他の警官は俺達を避けて通るようになっていた。 「……で、今日は何の用だ?さっきのが聞きたかっただけなら俺は帰るぞ」 握られてたままの腕を振り解き、肩をすくめた。 「ああ、嬢ちゃんは連れて来たよな」 「……婦警さんに預けてる」 「いやな。もう一回犯人、じゃない。被害者かどうかを確認するために来てもらったんだ」 「確認も何も、家で一回済ませてる。……それでも駄目か?」 あからさまに嫌がってみせると、刑事は頭を掻いてこう返した。 「いや、こっちで見て確認して貰わんと俺らのほうが困るんだよ」 「わかったよ。見りゃいいんだろ見りゃ」 実装をこちらに戻すように刑事に頼んでもらい、早速取調べ室に向かうことにした。 隣の部屋に入り、マジックミラー越しの部屋の風景を見ると、いかにも金持ちのようなマダムっぽいババァが警官に向かって何か喚いているように見える。 『……今日は声が聞こえないです』 「ああ、としあきのためにな。……なかなかいい感じに香ばしくてよ。としあきへの禁句をバンバン連発しやがる。さすがに一々こいつを止められないからな」 俺をいたわってるのかけなしてるのかわからない台詞で実装の質問に答えた。 「で、だ。本題はあそこにいる実装石だ。……見た事あるよな」 刑事が指差したのは、二匹の糞蟲。 『見た事も何も……確かにあいつらです』 「ああ、間違い無い。あの糞蟲共だ」 捕まえた時と服装が違うが、監視映像に映っていた物を着ている事から間違い無いだろう。 「そうか、間違い無いな。……よし、帰っていいぞ」 「待てジジィ。俺達はこのためだけに呼ばれたのかよ」 「仕方ないだろ。今向こう側にはお前がいることを伝えてないんだし、会ったら会ったでとんでもない事になりそうだからな。 顔を合わせないうちに帰らせるのが一番なんだよ」 それに早く帰りたいんだろ?と言われ、頷くしかなかった。 「あいよ。……それじゃ、顔を会わせない内に解散っと」 ドアを開け、さっさと外に出ようとしたその時。 「待ちなさい」 誰かが俺を呼び止めた。後ろを振り向けば、スーツ姿の女が一人。 「あなたがジッソウ殺しと呼ばれている男ですね?」 「さて、何の事だか……」 軽くおどけてやると女は少々声のトーンを上げた。 「とぼけないで。あなたの噂は常々聞いています。室内でもサングラスをかける人はあなたの他にいません」 「……視覚障害者もそうだろ」 「お、ナイス突っ込み」 「ふざけるのもいい加減にしなさい!……まったく、これだから虐待派の人間は……」 口ぶりからして愛護団体の人間だろう。女は俺に指を指し、こう言い放った。 「あなたの罪は一生かかっても償えないほど重い物なのです!それを自覚しているのですか!?」 「ふーん、それで?」 鼻をほじりながら返してやる。 「コラ、としあき。あんまり挑発するな。相手は愛護団体の人間だぞ?」 「知ってるよ。それが何か?」 ほじくった鼻くそを丸めて女の方に飛ばす。 「なっ、あなたには優しさと言う物が無いのですか!?」 「優しさ?何それ、うまいのか?」 「……あなたは実装ちゃんに対してどんな仕打ちをしてきたんですか!あの子達を簡単に殺戮するなんて、あなたは人間じゃありません!」 「おいおい、言ってくれるな。……あいつらの声が聞こえるようになってもそんな事が言えるのか?」 「ふん、あなた達虐待派に聞こえる声なんて所詮幻聴の類でしかないじゃないですか!」 「ところがどっこい、聞こえるんだよな。……赤ん坊の時にかかった病気のせいでよ」 サングラスを外し、女に俺の両目を見せてやった。 「この両目が感染者の証だ。……症状の進行がバカみたいに早くてな。治ったことは治ったが後遺症が残っちまった。それが『実装共と会話できる程度の能力』だ。 ……リンガル抜きで奴らの声を聞くと酷いぞ。賢い奴はまだいいが、糞蟲の台詞は聞いてるだけで怒りが沸くからな」 そう言って、肩をすくめる。しかし女はこんな事を言ってくれた。 「……実装ちゃんと話せるだなんて、そんな喜ばしい状態でなぜ虐待するのか私にはわかりません。むしろ誇るべき能力でしょう」 その台詞を聞いた直後に意識が飛び、気が付いたら女の襟首を掴み壁に押し付けていた。 「としあき!手を離せ!」 すぐに刑事に羽交い締めにされ、引き剥がされた。 「……ふざっ、けんな!このアマァ……」 もがいて振りほどこうとするが刑事は離れない。 「けほっ、……何をするんですか!訴えますよ!?」 「あぁ訴えてみろよ、そん時ゃ手前ぇをボコボコにしてやんよぉ!」 「としあき!……あんた、訴えるとかその前にこいつに謝ってくれ」 「なぜ謝らなきゃいけないんですか?私は被害者ですよ」 女は刑事を睨んでいるが、それを受け流して刑事は話を続ける。 「あんたは知らないようだがな、こいつはこの病気のせいで両親にすら捨てられてんだよ。 あんたは今、こいつの一番触れちゃいけない場所に触れちまったんだ。……先に謝るのはあんただと思うが」 「虐待派の家庭事情なんて私は知りません。今起こった事実が全てです」 女の言葉を聞き、一瞬だけ刑事の腕の力が強まった。 「その男には首輪でも付けておきなさい。また実装ちゃん達が殺されたらたまりませんから」 女はスーツの首元を整え、取調室に入っていった。その後にようやく開放され、俺はひたすら肩で息をしていた。 『……なんつーニンゲンですか』 さっきから口を開いていなかった実装がようやく喋った。 「あのアマ……言うだけ言ってトンズラかよ……ッ!」 拳を壁に叩きつけようとしたが、刑事の手で止められた。 「なんだよジジィ……」 また『壊すんじゃねぇ』とか言うのかと思い、刑事の方を向くと……あの『黒鬼』と呼ばれた時の刑事がいた。 かつて何度も感じていた、ピリピリとした気迫が久々に俺の頬をなでる。 「おい、ガキ」 「……なんだよ」 ドスの効いた声で昔の呼び方で呼ばれ、少し頭が冷えた。……今の刑事に冗談は通じない。 「俺が弁護士呼んでやる。あの阿呆共に絶対勝てよ」 ……さっきの反応といい相当頭に来ていたんだろう、刑事の口からそんな言葉が出た。 「ったり前ぇだろ。あんなアマ共に負けたら一生の恥だ」 そんな事を言われなくてもこっちも勝つつもりでいる。……あの愛護団体の女と喋る前までは『罪が軽くなりゃいいや』と思っていたが気が変わった。 こうなったら徹底的に勝ってやる。無罪になってやる。 「ジジィ。次に来るまでに証拠になる映像がまだあるかどうか聞いてくる。あんたもいい弁護士探しといてくれ」 「おうよ」 刑事が笑う。……『黒鬼』の雰囲気のままで笑われるともの凄く怖いぞ、おい。 『そうと決まればさっさと帰るです。愛護派のあのおばばまで出てこられたらまずいです』 「だな。……車の用意してくる」 踵を返し歩いていく刑事。俺と実装も門前に行き、車を待つ事にした。 *** デスゥ *** その後、何回か出頭を繰り返し、ついに裁判の日が来た。 詳しく説明すると長くなりそうなので、簡単に説明させてもらう。……ていうか正直言って詳しく思い出したくないし。 まず最初に、裁判前に俺達被告側は一つお願いをした。愛護派側(以下原告)の実装石にリンガルを付けること。……もちろん通常モードで。 当然ながら原告側は渋ったが、適当に理由をつけて付けさせる事に成功した。……これでほぼこちらの勝ちは確定したようなもの。 そして検察側の人を人として見ていない証言が終わり、こちら側の証言者が壇上に出た瞬間傍聴席がどよめいた。 ……こちらの証言者はうちの実装だから当然だろう。実装石なのか人間なのか、と会話しているのが聞こえた。 ここで裁判長が槌を打った。声が静まるのを待ってから実装は証言を開始する。証言の途中でまた傍聴席がざわついた。……主にこいつが強姦された所で。 しかし原告側はそれを嘘だと思ったのか(多分思ってたんだろう)さらに細かく聞きやがる。思わず視線で原告側を殺そうとしてしまった。 本当は暴れたかったが、そんなことが出来るはずもないし刑事に止められたため歯を食いしばる事にした。……それでよかったのに気づいたのがその直後だった。 なんと実装の話を聞いて糞蟲二匹のマラがおっ起ってやがったのだ。……まあ、強姦した本人だし、そうでなくてもそっちの趣味であればそうなるだろう。 突然のわぁいで原告側がパニックに。……その様子がなかなか面白かったので細かく聞いたことはチャラにしてやろう。 そう思った矢先に向こうが放った言葉……『被告側が被害者の実装ちゃんを別の実装ちゃんに取り替えた』。さすがにこれは俺ら全員の目が点になった。 待て。どこをどういったらそういう結論になるんだ。……愛護団体の女(何故か一緒にいた)も『虐待派だし』で納得。 さっきまで『うちの実装ちゃんを間違えるはずはありませんわ』とか言ってたのに、それなんてダブルスタンダードだよ? 裁判長の槌で騒ぎが納まったが、いまだに恨みの視線を向けられる。……ここまでいくともう呆れしか出てこない。 とりあえず順也の監視映像を証拠として提出し、ダメ押しである映像も提出した。それは、順也が糞蟲を公園から追いかけていった物。 前に話していた(3話参照)糞蟲共の犯行から家に帰るまでを全て録画した映像だ。犯行現場も写してあり、別件(実装石強姦事件)でも十分役に立つ証拠だったりする。 証言などが出揃い、後は判決を待つのみという時に愛護団体の女がこんな事を言ってくれた。 『被告は過去にも実装ちゃんを殺し、その反省をしていないのです。そこを考慮した上で判決を下してください』 ……つまりは俺が大量殺人者か何かだと思えとでも言いたかったんだろう。 しかしこちら側には糞蟲のリンガルログがある。ログは裁判長の席に設置させてもらった小型モニタに全て映っている。 さっきからあのドレイはしまりが悪い、あのドレイは口の中が気持ちよかった、と自分の罪を語りまくっている糞蟲を見ていると滑稽でたまらない。 そして、下された判決は『軽度の罰金』。 判決文は『許可無く他人の実装石を虐待する事は許されざる事だが、被告側の意見が真実ならば原告側にも非があるとして、罪状の軽減を決定した』。 それを聞いた原告側は怒り狂い、控訴を申し出たがそれは却下された。それが引き金となり、原告の愛護派ババァが暴れ出した。 その後は……もう思い出したくない。口汚い言葉で俺を罵りながら引っ張られて行くババァ。捨て台詞を残して去って行く愛護団体の女。 望んだ形ではないものの、結果としては勝つことが出来た。 *** デスゥ *** 「それでは皆様、虹浦としあき君の……健闘を祝して!」 『「「乾杯!」」ですぅ!』 罰金を払い終わり、これでようやくお咎め無し。というわけで、何故か飲み会などをやっていたりする。 ちなみに席の座り方は、俺と順也、刑事と実装が横に並び、俺と実装が向かいになっている。……こいつが向かいなのは刑事の陰謀だろう。 「って、何つっかえてんだよジジィ」 「ああ。『勝訴』って言おうとしたんだが、勝ってないのに勝訴ってのもなんだと思ってな」 「いいじゃねぇか。あいつらの無様に暴れる姿が見れたんだから勝訴でよ」 『何をグチグチ小さいことで言い合ってるですか。とにかく今日は最高の記念日ですぅ!』 「……何でそんなに盛り上がってるんだい?」 「アレだ。罰金渡しに行ったら糞蟲を渡されたんでそれで舞い上がってるんだろう」 隣にいた順也に実装の代わりに答えてやった。 「『こんな子は私の実装ちゃんじゃ無いですわ!』とか言ってよ。おいおい、そんな事言ったってあんたの罪は消えないんだぜ?」 俺の言葉に刑事と実装が爆笑した。 「へぇ……。あ、そうだ。としあきさん、件の愛護派なんですが今度引っ越すらしいですよ」 「そりゃよかった。これで向こうの人たちも安心して暮らせるだろうよ」 「ジッソウ殺しと呼ばれた奴がついに人の役に立ったか。こりゃ俺も鼻が高いぜ」 またがははと爆笑する刑事。 「人事みたいに言うなよ、あんたに更正されたんだぜ?人の役に立つのは当然のことさ」 「へっ、調子に乗んなよ糞ガキ!」 横に座ってたら背中をはたかれていただろう。その代わりに割り箸で額を叩かれた。 「汚ねぇなクソジジィ!」 刑事の横で実装が笑っていた。……後でしばくぞ? 「しかし、お前らと一緒にいると現役時代を思い出すな」 「ああ、そう言えばそうですね。としあきさんと俺と、あと一人。これでいつも刑事さんと喧嘩してましたから」 「そういえばあいつはどこ行ったんだ?」 「知らねぇよ。……ていうか順君、せっかくの楽しい席なんだからあいつの話はやめようぜ」 「あ、すいません。としあきさんはあの人の事が嫌いでしたね」 頬を掻く順也。……彼には悪いが、あいつの事を思い出すとせっかくの酒がまずくなる。 ただでさえ嫌な思い出しかないってのに……っと、いかんいかん。自分から思い出そうとしてどうする。 『あの人って誰ですか?』 「詮索するな。時が来たら教えてやる」 当然ながら実装が質問してきたので軽く流した。 「ほう、意外な力関係だったんだな。まさかお前にも怖いもんがあるとはな」 「馬鹿。あいつから感じるのは恐怖じゃなくて命の危険だ。いつ俺が実験材料になるか……」 『あー、なんとなくわかった気がするです』 そう言う実装の頬は引きつっている。……俺らの話から危険人物だと思ったんだろう。しかし事実だからしょうがない。 「じゃあもうあいつの話はこの辺でやめにしようか。さあ、今日は俺のおごりだ。じゃんじゃん飲んでくれ!」 「いいのか、ジジィ?給料日まだなんだろ?」 「大丈夫だ。まだ懐はあったかいからな」 『それじゃあ遠慮無くいただくですぅ』 「いや、嬢ちゃんはちと遠慮してもらいたい」 「そうそう。お前は食欲の権化だからな」 『二人とも、私を何だと思ってるですかー!』 こんな調子で飲んで騒いでいたが、刑事が取ったのは時間制コースだったらしくついに終わりの時間が来てしまった。 「……なんだよ、時間制飲み放題って奴だったのかよ。だったらそんなに響かねぇか」 飲み屋を出て、俺が一言つぶやく。 「公務員の薄給なめんな。それにほとんどかみさんに取られちまうんだよ」 「え、刑事さんって奥さんいたんですか?」 突然の発言に順也はびっくりしている。……俺も相当びっくりしたが。 「何だよお前ら二人揃って!この歳で所帯持ってないって思ったのか?」 刑事が怒鳴るが、俺と順也は顔を見合わせて、肩をすくめることしか出来なかった。 「だって……」 「……なあ」 「……としあき、ちと耳貸せ」 首に手を回され、肩を組んだ状態にさせられる。 「おいジジィ!酒臭ぇ息かけるな!」 「お前、罰として嬢ちゃんに告れ。……そうしたら許してやる」 「な……」 声を潜めて言った刑事の言葉に、俺も声を潜めて返す。 「何で俺がそんな事……」 「いいからやれ。やらなきゃ順也にばらすぞ」 刑事の目は据わっていた。……いかん、この人酒癖悪いのか。 「わーったよ。……おい糞蟲、こっち来い」 ようやく肩組みから開放された。が、一つ難題が残っている。 『だから糞蟲って……』 文句をたれながら近づいてきた実装のリンガルを外し、スイッチを切る。 「あ、ちょっと!何やってるですか!」 リンガルの合成音声が切れ、実装本来の声に戻った。 「……順君、これを預かっててくれ」 「としあきさん、どうしたんですか?」 「ちょっとな。あいつと二人で話してくる。……すぐに戻ってくるからさ」 そういって順也から離れ、実装に刑事たちと離れるように促す。 「で、ニンゲン。なんでいきなり私のリンガルを外したですか」 「いや、な。向こうの二人には聞かれたくない話なもんだからよ」 さてと。切り出したのはいいがどう話せばいいものか。 「お前が人の姿になってからもう何ヶ月も経ったんだよな。いろいろあったな……ここ一ヶ月、かなり濃い出来事ばかりだったけどよ。 この一ヶ月の間、さ。俺の中に変な物が生まれてきやがった。発端は……お前が倒れているのを見た時だ」 「……あの時の事ですか」 あの日から、俺の心は狂ったのかと思い始めた。 「あの時にな、どうもお前を見捨てる事が出来なかった。本当だったらそのままでいるつもりだったんだが、どうもお前の事が気になってしょうがない。 探しに行って、お前を見つけた瞬間……頭の中が真っ白になったよ。気が付けば無我夢中でお前を抱えて家に帰ってた。 そして、お前が意識を取り戻した時に俺は安堵していたんだ。……おかしいだろ?実装を憎んでいる俺が実装であるお前の事で一喜一憂するなんてさ」 実装は黙り込んだままだ。 「あの日以来、俺の中で何かが変わっちまった。で、ジジィに相談してみたんだよ。俺は狂っちまったのか?って。 そしたら、とんでもない答えが返ってきやがった。それがさっき言ってた変な物の正体だ。…………俺は、お前の事を愛しているらしいんだ」 ぴくり、と実装が動いた。つい先ほどまで会わせていた視線を逸らしてしまう。 「最初に聞いたときはびっくりしたよ。俺が?あいつを?ってな。でも、俺の行動を考えるとそうとしか言いようが無いらしい。 ほら、あの糞蟲共を監禁してた時。あの時に糞蟲共にお前の事を笑われて、その瞬間に凄い勢いでキレちまってな。 怒りのあまり跡形も無くミンチにしちまった。それもお前に惚れてるからやっちまった行動らしいんだ」 「……さっきから『らしい』ばっかり使ってるですが、どうしてですか?」 「愛なんて俺には覚えの無い物だからな。俺は愛を知らずに育ってきたから、今更お前を愛してるって知ったってよくわからないんだよ」 愛してるなんて言葉は今日初めて使った。それほどまでに俺は愛なんて物を実感した事は無い。 「…………」 「……ニンゲン?」 黙ってしまった俺に声をかける実装。 「……だからさ。お前、他の奴のところに行け」 実感した事が無いから、わからない。わからない事は、怖い。 「でっ?」 「俺にはこの感情が整理しきれないんだ。だからさ。せめてお前が離れてくれればこの感情も消えるかもしれない。 大丈夫。お前は世にも珍しい人化実装だ。どこでも受け入れてくれるかもしれないさ」 怖いからこそ、無くさなくてはいけない。 「すまんな、思わせぶりな話しといてよ。……じゃあな」 「あ、ニンゲン!」 叫ぶ実装に背を向け、俺は走り出した。……順也と刑事の声がするが聞こえない振りをして俺は家に向かって走った。 *** デスゥ *** 部屋の鍵を閉め、ベッドに飛び込んだ。しばらく天井を見つめる。 「……これでいい。これで俺は前のとおりになれる。昔の俺に」 あいつと離れれば消える。そうだ。あいつを忘れればこんな感情なんか消えちまうんだ。 「忘れよう。あいつの事を忘れよう。そうすれば俺は……」 目を閉じて、暗闇を作る。……何日もすれば忘れられるさ。だから、今は…… 『それでいいのか』 「っ!?」 どこからか声が聞こえた。俺は咄嗟に上体を起こす。 『それでいいのか、と聞いてるんだ』 「……あ、ああ。これでいい。あいつは俺の所に居続けなくてもいい。俺から離れた方がいいんだ」 『本当に、そう思ってるのか』 部屋を見まわすと隅の方に影が見える。……声の主は多分これだろう。 「くどいぜ。あいつは俺から離れた方が幸せな生活を望める。だから……」 『お前の言葉は、自分に言い聞かせているようにしか聞こえない』 「なっ……」 『明らかな嘘だ。お前は離れたくないと思っている。そうだろ』 「うるせぇ!俺は……俺は……ッ!」 影が笑ったような気がした。それも、嘲笑。 『怖いんだな』 「……は?」 『あいつと一緒にいる事が怖いんだな、と聞いた』 「そ、そんな訳……」 『なら、何故あいつに背を向けた?……いや、あいつから逃げた?』 「逃げてない!」 『逃げたじゃないか。無様に背を見せて。わめき声を上げながら。逃げたんだよ、お前は』 「逃げてない!俺は逃げてない!」 影が俺に近づいてくる。ゆっくりと、ゆっくりと。まるで俺の恐怖をあおるかのように。 『つまらない。つまらなすぎるぞ。何故受け入れない?あいつを受け入れないんだ?』 「…………」 『答えろ。何故あいつを……お前の愛する者を受け入れなかった?』 「……怖かった」 『そうだろう。お前は怖かったんだろう』 ついに俺は叫んだ。喉がつぶれるくらいに。 「ああ、怖かったんだよ!俺はずっと愛されなかった!俺のダチも愛してくれなかった!あいつらの目にあったのは畏敬とかだ! 愛なんて知らなかった!だからジジィに殴られても痛みしか感じなかった!だからあいつを受け入れられなかった! 俺は臆病者だ!ジッソウ殺しなんて名前負けだ!ただの病気持ちの感染者なんだよ!」 全てを体の中から吐き出すような絶叫が終わり、下を向いて肩で息をする。……影の動きが止まった気がした。 『……そうだ。ようやく自分の弱さを認めたな』 「ああ認めたよ!それがどうしたってんだ!」 『それでいい。お前はようやく普通の人間になれた。強さも弱さも理解できるようになった。 今までのお前は弱さを押し殺そうとしていた。だから弱さと向き合う事は無く、人間以外の何かであった。 今のお前は、弱い部分をしっかりと見る事が出来る普通の人間になったんだ』 「……言ってる事がわからねぇよ」 『人間という物は、自分の弱い部分を受け入れて初めて一人前になるといわれている。……お前はもう一人前だ』 俺は息を整え、顔を上げる。そこにいたのは……実装。俺の知っている実装と違うのは数字の6を模様にしたような頭巾と服を着ていた事のみ。 『さあ、自分の弱さと一緒に彼女を受け止めてやれ。それを私は望んでいる』 その言葉を最後に実装は消え、誰かが扉を叩く音で目が覚めた。……という事は、俺は寝ていたのか? 「コラニンゲン!そこにいるのはわかっているです!」 実装だ。あいつが扉を叩いている。 「……何だよ。別の所に行かなかったのか?」 「行けって言われてもどこに行けばいいのかわからないです!」 「順君の家はどうだよ。順君ならお前を知ってるし安泰そうだが」 「断って来たです!」 「じゃあジジィの家はどうだ?」 ……何をバカな事を言ってるんだろうな、俺。さっき受け入れろって言われたばかりだってのに…… 「……っ!」 ドン、と大きな音がした。両手で叩いたんだろう。 「だから……ッ!私はトシアキの家に、トシアキの傍に居たいです!」 実装が初めて俺の事を名前で呼んだ。まだ実装の叫びは続いている。 「あの時!私は奴らにやられて本気で死のうかとも考えたです!でも、お前に声をかけられて、お前に心配されて!お前が傍に居てくれたから、私は安心できたです!」 ……裾を握ったのは、離れたくなかったからなのか。 「それから薄々わかってきたです!私はお前が好きになったって!……でもお前は虐待派だからそんな事を言えばこの幸せが無くなるかもしれなかったです! だからさっきの言葉が嬉しくて、そして悲しかったです!『離れれば消えるかもしれない』なんて、そんなアホみたいな理由納得できるですか! トシアキ!私はお前が好きです!……だから、離れる事なんて出来る訳ねーですぅ!」 叫びが終わると同時に部屋のドアを開け、実装に抱きついた。……そこまで言われたら俺だって、どうしようもないじゃないか。 「……トシアキ?」 「うるせぇ。黙って抱かれてろ」 身長差のせいでどうやっても俺が前かがみにならなくちゃいけない。実装の髪で鼻がくすぐられる。 「いい事思いついた。とことん糞蟲なお前に最初で最後のでかい虐待をしてやるよ」 虐待と聞いて実装の体が跳ねる。しかしそれを自分の体で押さえ、俺はさらに言葉を続けた。 「お前への虐待、それは『上げ続け』だ。どちらかが死んじまうまでずっと相手と一緒にいて上げ続けなきゃいけない、そんな虐待だ。……耐えられるか?」 「…………考えてみたら、それって『お前とずっと一緒に居させてくれ』って事じゃないですか」 「曲解すればそうなるな」 「何言ってるですか、このひねくれ者」 実装の声は笑っていた。 「ああ、俺はひねくれ者さ。ひねくれてるからお前にもひねくれた名前をつけてやるよ」 体を離して実装の目を見ながら少し考えた後、言ってやった。 「……アキラ」 「でっ?」 「翡翠の翠はアキラとも読めるらしいんだ。だからアキラ。どうだ、ひねくれてるだろ」 「……実装石みたいな名前じゃないです」 「自分から実装石じゃなくなったって言っておいてそれはないだろ?」 実装……翠の頬をなで、微笑んでやる。 「それに。俺はもうお前を実装石とは考えない。……俺の大切な女だ」 「トシアキ……」 流れとしては必然だっただろう。だけど止まってしまう。 いいのか?そんな事をすればもう戻れなくなるぞ?……そんな声が聞こえてくる気がする。でも、俺はもう決めた。だから……顔を近づけ、唇を重ねた。 これは翠との誓い。そして過去への決別だ。この瞬間から俺は別人になろう。そう決めた。 「これからよろしく、アキラ」 「こちらこそです、トシアキ」 *** デスゥ *** それから数ヶ月後、個人営業の実装石駆除業者リストに一組の名前が追加される。 国の駆除団体で働いていた事と、何よりその仕事の正確さで人気は高く、依頼される頻度は高い。 彼らは自らの事を多くは語らず、わかっている事は少ししかない。 彼らは男女ペアで、男はかつて凶悪な虐殺派だった事、女は人の姿をした実装石だという事。 ……そして、二人の左手の同じ指に指輪がはめられている事。 *** あとがきデスゥ *** ようやく終わりました。ここまで私の妄想文に付き合ってくださった皆様、ありがとうございます。 最初の駄文からまさかここまで長くなろうとは思いもしませんでした。実際、長文を書こうとしても長続きしない質なのでこれを終わらせる事が出来たのは嬉しいです。 最後の人化実装、アキラの名前には元ネタがあります。矢沢あい氏の漫画「天使なんかじゃない」の最終巻で、ヒロインが告白された時の口説き文句が 『お前の字(翠)はあきら(この台詞を言ってるキャラの名前)とも読めるんだぜ』 うろ覚えですがこんな感じだったので、こりゃ面白いと使う事を決意。……男っぽい名前とか言わないで。 それでは、またいつか。
