「なーんかすっきりしないです」 実装の声が居間に響く。ソファに上半身を預けて、完全にだれた格好だ。 「すっきりしない?なんでだよ」 その言葉に反応し、横に座ってテレビを見ていた俺が問いかけてやる。顔だけを起こして実装が答えた。 「だって、結局私が復讐できたのは最後の一日だけです。何で次の日から私も参加させてくれなかったですか?」 「ああ、単にお前と話した日に『二日ぐらい絶食してろ』って言ったんだよ。だから二日放置しなくちゃいけなかったんだ」 「……たかが絶食ぐらいで二日も放置するなです」 「いや、実は延命装置……あの部屋にあったでっかい奴の薬品が足りなくてさ。どうしても二日三日は放置しないといけなかった」 「結局私は虐待できないじゃないですか」 「……お前が虐待派に目覚めるとは思わなかったんだよ」 会話を続けながら、俺も楽な姿勢を取った。 「奴らに嫌な思いをさせられたんだから当然です。それに、私はあの姿は嫌いだって言ったはずです」 三週間ほど前、この実装があるマラ共に強姦された。一応精神的な復活はしたが、俺は犯人を許せなかった。 何故許せなかったのかはわからないが、とにかくマラ共への復讐で頭の中がいっぱいになっていた。 事件が起こった隣街の友人に協力を頼み、犯人の捕獲に成功。……捕まえる際にそいつらが強姦の常習者だと知り、更に怒りが沸いた。 そして一週間続いた犯人の虐待が終わり、今に至る。 「大体、あんな事されれば普通は根に持つです。それもわからないですか」 「俺は乙女心なんてもんは持っちゃいないからな」 「乙女心は関係ないです」 実装が突っ込みを入れた後、玄関のチャイムが鳴った。 「……誰か来たです」 「ああ、わかってる。もうじき来る事だと思ってた」 「順也とかいうニンゲンですか?」 「いや、他の顔なじみ。……一番顔を合わせたくないがな」 俺は立ち上がり、実装についてくるように言った後、玄関に向かった。 「はいはい今開けますよ、っと」 ドアを開けると、一人の初老の男が立っていた。 「やれやれ、ずいぶん元気そうじゃねぇか」 「そっちもな。……で、何の用だよ」 「いや、わかって聞いてるだろ?……虹浦としあき、あなたに任意同行を要求します、と」 令状を見せて、初老の男……英紀刑事が言った。 「あいよ。……と言うわけだ、俺達はこれから警察って所に行く。付いて来い」 『……状況が飲み込めないです』 玄関に置いてあったリンガルで合成音声化した実装が聞く。 「まあ、積もる話は署に行ってからしようや。……そうだろ、ジジィ」 「まったく、まだそう呼びやがるか。下に車があるからさっさと支度して来い」 へいへいと生返事を返し、一旦着替えるために部屋に戻った。 *** デスゥ *** 支度を終えて、現在は刑事の車の中にいる。流れていく景色を見つづけている実装。 「で、今回呼ばれた理由は……わかってるだろ?」 「ああ、『飼い実装への虐待』だろ。こうなるのは覚悟の上だったからな」 バックミラーに写る刑事の顔が情けなくなる。 「……まったく、あんだけ更正させたっていうのにまた事件起こしやがって。それにでかでかとジッソウ殺しだなんて書くか普通?」 「今回の事件に関してはこっちにも明確な理由がある。それに、あれは威嚇のつもりだったんだけどな」 「あー、確かにお前さんの事知ってる奴ならびびるわな」 苦笑を漏らす刑事。 『……ニンゲン、過去に何かやらかしたですか?』 会話を聞いていたらしい実装が聞く。 「おう、いい質問だな嬢ちゃん。……こいつは昔、俺ら警察でも手がつけられねぇ悪ガキだったのよ。 起こすのは大抵暴力沙汰でな。何回かうちの若いもんをダメにされたこともあった。あん時の恨みは忘れちゃいないぜ」 刑事が冗談まじりで睨みつける。その視線を受け流し、俺も実装に答えた。 「前に前科持ちって言っただろ。前科ってのは警察が関わるほどの悪行の事さ。 虐殺派時代によく暴走族や警官相手に大喧嘩やらかして、そのたびにこのジジィにゲンコツ食らわされた。あの痛みは忘れちゃいないぜ」 おまけで俺も刑事を睨み返す。 「ありゃ愛の鞭だ。怒られる事を知らない悪ガキに俺が直々に指導してやっただけよ」 がははは、と豪快に笑う刑事。……うるさいからその笑い方はやめてくれ。 「っと、ダメにされたと言えば。……としあき、お前またうちの若い奴ダメにしやがったな」 「あ?最近は暴れてねぇよ。それともとうとうボケたか?」 「ボケたか?はお前だ。少し前に警官のみぞおちにいいもんくれてやったろう?」 多分実装がやられた日に俺を止めた警官だろう。 「……ああ、あれな。そいつがウザかったからよ、つい怒りに任せて一発、な」 「馬鹿野郎!あばらにヒビが入ってたんだぞ!?後少しで折れて肺に刺さる所だったんだからな!」 久々に聞いた刑事の怒鳴り声に少々面食らった。 「む、そりゃ悪い事をしたな。……後で謝りに行く。場所がわからんから送ってくれ」 「人をタクシー扱いするんじゃねぇ。まあ、素直に謝ろうとする所は認めるぞ」 「やめろ気色悪い」 刑事と話しているうちに警察署に到着した。 「ほい到着。……運賃払えよ」 「誰が払うかクソジジィ」 入り口の前で車が停止し、一旦降りるように刑事に言われる。それに従い待っていると刑事が車を何処かに置いて戻ってきた。 「犯罪者ほったらかして何処行ってたんだよ」 「馬鹿、駐車だ駐車。若い奴らには俺のが扱えないらしくてな」 刑事の車は今時珍しいマニュアル車。確かに今はほとんどがオートマだしな。 「ご苦労さん」 入り口の警官に挨拶し、警察署の中に入る。実装を婦警さんに預けた後取調べ室に案内され、対面式の椅子に座って早速調書取りを開始した。 「さて。それじゃあまずは……グラサン取れ」 「取らなきゃダメか?」 「ああ、『素行悪し』って書いてやる」 「ふざけんなよクソジジィ」 そうは言いながらも家から着けて来たサングラスを外した。……照明が目に染みる。 「相変わらずその目を嫌ってるんだな」 「当たり前だろうが。これのせいで糞蟲に奴隷扱いされるんだぜ?」 そりゃ災難だ、と苦笑いする刑事。 「では最初に、そちらの動機を伺おうか。……さっき、明確な理由があるって言ってたよな」 「おう。最近飼い実装の強姦事件が起きてるんだが、俺が虐待した糞蟲共がその犯人だ」 俺の言葉に刑事は少しの間固まり、ようやく動かした口で言葉を紡いだ。 「……は?」 「あれ、飼い実装強姦の件は知らなかったか?」 「いやいや、確かに俺らの管轄だが……その犯人を虐待したのか、お前」 刑事の目は何ともいぶかしげだ。 「そりゃ、その理由だけだったなら虐待しないさ。問題は、うちの実装に手を出しやがったって事だ」 「……お前、実装石なんて飼ってたっけか?」 目を点にして、まさに阿呆面で俺に問いただす刑事。 「やっぱりボケてんじゃねぇか。何度も見てるだろ?」 「いや、実装石なんて何処にもいなかったじゃ……」 刑事が固まった。……俺の言いたい事に気付いたな。 「まさか、あの嬢ちゃんが実装石って言うんじゃないだろうな?」 「当たり。あいつは実装の中でも珍しい人化実装って奴だ。ほら、都市伝説とかであるだろう」 「あの眉唾ものの話か」 「まあ、うちの実装の場合は本人曰く『実装石である自分の姿が嫌だった。だからニンゲンの姿になった』だと」 俺の言葉にほう、と呟く刑事。 「なんか嬢ちゃんの声が変だなと思ったらあれか、実装リンガルって奴か」 「……ジジィだけだと思うぜ、ここまで気付かなかったのは。あいつを預けた婦警さんだって少し驚いてたし」 「おいおい、実装石虐待の次は老人虐待か?」 「今、自分でジジィだって認めたな」 「悪いがまだまだ現役だ。んな事言ってるとしまいにゃ殴るぞ」 拳を作って俺に見せる。あんたのゲンコツは痛いから遠慮しとくよ、と苦笑いして返してやった。 「……話が逸れたな。で、虐待した実装石が犯人だっていう証拠はあるか?」 「ああ、友人に頼んで監視してもらった映像がある。今は家にあった奴しか持って来てないけどな」 折りたたみバッグからDVDを出して刑事に渡した。 「犯人の出現する時間帯は正午から午後にかけて。実装石や他実装を引きずってる奴が犯人だ」 DVDを渡した後に被害実装であり犯人についての供述を始めた。 「犯行現場は俺の家の隣町にある二丁目公園の障害者兼用トイレ。元々そこの公園には実装で溢れていて人が寄りつかない。だから現場に選んだんだろう。 で、連れこんだ実装を犯した後は必ずトイレの裏に放置する。後は公園の野良が処理するか飼い主が見つけるだろう。 やられた実装の中にはたまに公園に入ってきた飼い実装もいるだろう。そいつは野良共に暴行された挙句犯人に渡され、同じようにされる。 ……まあ、後半に関してはうちの実装のケースをもとに想像してみただけだが」 刑事は黙りこみ、少し経ってから突然取調べ室から出ようとした。 「何処行くんだよ」 「確認だ。実装強姦事件の方の資料を見に行ってくる」 「逃げちまうかもしれないぜ?」 「無理なのはわかってるだろ?」 扉が閉まる。……ああ、わかってるよ、逃げられない事はな。 刑事が出ていった後、椅子から立ち上がって壁に張ってある鏡の所に行く。 「あ、そうだ。帰り際にあいつに何かおごってやろうかな?何がいいかな……」 鏡の方を向かないでぶつぶつと言ってみる。 「よし、実装ジュースでもおごってやるか」 実装ジュースとは、緑色のドロドロした液体で、一般的に実装石の飲料として売られている。……実は中身は液状にした実装石だったりするが。 鏡の向こうからガタンと音が聞こえた。それを聞かない振りをして更に続ける。 「いや、待てよ?確か実装ジュースはあいつには不評だったような……よし、なら新しい服でも……」 台詞を途中で止め、考える振りをする。 「ダメだ、今月の家計が苦しくなる」 またガタンと音がした。笑いたくなるのを我慢し、更に続けた。 「どっかの誰かさんのせいで食費が二倍になってるからなぁ……もうちょっと飯の量を我慢してくれれば可愛い服を買ってやれるんだけどなぁ」 もはや愚痴になってる俺の台詞。 「あ、そうそう。何気に金を使ってるのが……」 「そこら辺でやめとけ」 愚痴に夢中になっていたらとっくに帰ってきたらしい刑事に怒られた。 「……突っ込むのが早いぜジジィ。あと、続き聞きたいか?」 バンバンと鏡の方の壁から音がする。 「いや、やめとくわ。正直付き合ってられん」 「あっそ。これからが面白いのに……」 もう一度椅子に座り、刑事がテーブルの上に一冊のファイルを置いた。 「これはさっき話していた強姦事件の資料だ。お前の言葉と類似点が多すぎて笑っちまったよ。ついでに例のDVDを渡しておいた。画質も良好で十分役に立つだろうよ」 「そりゃありがたいな」 「で、だ。としあき大先生にこいつの注釈を頼みたいんだが……」 「嫌に決まってるだろうが。それに、その仕事は俺より映像を撮ってくれた友人の方が話が早いぜ」 呆れ顔でこっちに押された資料を突き返す。 「役に立たねぇな、おい。……仕方ない、次の質問だ」 *** デスゥ*** 犯行方法、それから時間帯など。一通りの質問が終わり、その後に刑事が一言聞いてきた。 「……で、何で虐待なんかしたんだよ」 「いや、動機の時に話しただろうが」 「それじゃなくてな。俺が聞きたいのは『何故お前ん所の実装石が強姦されたから虐待したか』だよ」 何でそこまで聞くかなこのクソジジィは。俺がそう考えていると刑事が立ちあがり、鏡の方に歩いていった。 しばらく鏡の方を向いてモゴモゴと口を動かし、その後にまた俺の前に座る。 「嬢ちゃんは取り調べの途中で休憩室に行ったそうだ。……かなり怒ってたとよ、まったく」 気付いている人がいるかもしれないが、刑事がいない間の独り言は隣で実装が見ているとわかった上でやっていた。 よく昔の刑事ドラマで取り調べ中にマジックミラー越しに被害者か目撃者が見ているシーンがあったが、あれを地で行く感じの取調べ室がここにあったりする。 無線か何かで隣に聞いたのだろう、刑事はニンマリとしながら俺に言い放ってくれた。 「……問答無用か」 「当たり前だ。……調書には書かんから安心しろ」 「書いたらぶっ殺す」 おお怖い怖いと口だけで言うが、刑事の目は笑っていた。 「……正直、俺自身でもわからねぇ。あいつはウザい事この上ないってのに、あの時に限ってはそうじゃなかった」 椅子の背もたれに身体を預けて、一呼吸置く。 「見捨てる事も出来たはずだ。とどめをさす事も出来たはずだ。だけど、あの時……あいつが犯されてぶっ倒れてるのを見た瞬間、頭が真っ白になった。 次に出てきたのが犯人への怒りと、ただ一言。『こいつを失いたくない』。 無我夢中であいつを抱いて家に走っていったんだ。……その時にジジィん所の警官に止められてな。思わず怒りをぶつけちまった。 あいつが回復してからはもうめちゃくちゃさ。友人に説明する際に何を思ったかあいつの事を『俺の女』だなんて言っちまうし」 俺の女、と言った辺りで刑事が吹き出した。 「……あんだよジジィ、喧嘩売ってんのか?」 俺が本気で睨んでやると、刑事は手を横に振る。 「いや、すまんすまん。茶化すつもりは無かった。……ていうかお前、その感情がわからないのか?」 「わからねぇって言ったじゃねぇか。……犯人の糞蟲にあいつの事を笑われた瞬間、奴らに糞蟲って呼ばれた時以上にブチ切れたりもした。 ほんと、今の俺はよくわかんねぇ。なあジジィ、俺って狂ってるのか?」 そう聞いてみるが、刑事は頭をひねって唸っていた。 「こらクソジジィ!俺の話を……」 「いや、悪い。そういやとしあきには無い感情だな、と思ってな。……結論を言おう。それは『愛情』って奴だ」 「……愛情?何だそれ?」 「お前には愛情を受けた事がほとんど無い。ガキの頃からいじめられまくって、いい思い出なんて握るほどしかない。 だからお前は愛を知らずに育っていった。そして、今になってようやく愛情という物を知った。実際、お前の話を聞いててもそうとしか思えんがな」 刑事は話を続ける。 「愛しているからこそ嬢ちゃんを失いたくないと思った。愛しているからこそ嬢ちゃんを笑われてものすごく腹が立った。 お前は嬢ちゃんのことを好きなんだ、それも恋人として」 恋人、だって?あいつと俺がか? 「おい、クソジジィ。冗談も大概に……」 「悪いが、俺は本気だ。……そうじゃないなら、何故お前は嬢ちゃんを助けた?何故嬢ちゃんを笑われて怒り狂った? 行きつく先はそこしかないんだよ。お前は嬢ちゃんのことを本気で……」 「言うな!」 テーブルに拳を叩きつけた。……それを肯定したら俺が俺じゃ無くなる。 「俺は虐待派だ!いや、違う!俺はあいつらを、実装共を憎んでいるんだ!憎まなくちゃいけないんだ! ……そうじゃなきゃ、俺の生きている意味が、存在する意味が無くなっちまう……!」 実装共は俺に病気を感染させ、そして消える事の無いオッドアイという烙印を残した。全ては奴らのせい。奴らが赤ん坊の俺を噛まなければ…… 「甘ったれんな!」 刑事の怒声が取調べ室に響く。 「何ピーピー喚いてやがんだ糞ガキがぁ!お前のその存在意義なんざ紙っペらにもなりゃしねぇよ! 大体そんなもんいくらでも作れるだろうが!いや、今ここで俺が作ってやる!お前の生きる意味は『あの嬢ちゃんと一緒に居続ける』事だ!」 「勝手に変なもん作るんじゃねぇクソジジィ!俺の辛さもわからねぇのに何言ってやがる!」 「わからねぇさ、ああわからねぇ!だからお前の馬鹿さに怒鳴れるんだよ! そんなくだらねぇ事でメソメソしてんじゃねぇ!そんなに女々しくしてんならいっそお前の金玉潰してやるぞ!? 昔の何事にも堂々としてられるお前は何処行きやがったんだ、えぇ!?」 怒声の応酬が続き、その後に俺と刑事の荒い息が耳の中に入ってくる。 「……それを直したのはあんただろうが」 「……ああ、そうかよ」 また荒い息のみが聞こえる。 しばらくの間肩で息をしていたが、呼吸が落ちついた後に一息つき、俺は喋り出した。 「クソジジィが……何が『あいつと一緒に居ろ』だよ。あいつは実装。ああ見えても俺とは違う存在なんだよ」 「はっ、だからお前はケツが青いんだよ……惚れた女を守ってやるのが男の仕事だろ」 「考え方が古いぜ」 「うるせえ」 襟元を正し、刑事が言葉を続けた。 「惚れてんなら仕方ねぇだろ。もう実装石云々なんて考えは取っ払っちまえ。別に嬢ちゃんだけをひいきしたって神様も怒りゃしないさ」 「んな事言ってもよ……」 「お前だって十分古い考え方してるぜ?実装石はダメ、だから人っぽい実装石の嬢ちゃんもダメだなんてよ。 もっと柔らかくなれよ。そうじゃなきゃこの先ロクな目に合わないぞ?」 「……リアルでジジィなあんたには言われたくねぇよ」 ジト目で返してやると、がはははと笑う刑事。 「……にしても。こりゃ再起不能かね」 「お、引退を決意したか?」 「お前の手元。……世界で一人だけだと思うぜ、こんな事しやがった奴は」 呆れ半分笑い半分な刑事の視線を辿ると、テーブルの一部、ちょうど俺が殴った所が凹んでいた。 「おお、俺ってすげぇ」 「感心するな。テーブル丸ごと代えなくちゃいけないんだぞ?……誰かさんの馬鹿力のせいでな」 「弁償はしないぜ。あんたの給料ならテーブル一個くらい安いもんだろ?」 「このガキ……っと、帰ってきたみたいだぞ」 実装が隣の部屋に戻ってきたのだろう。その連絡を聞いたらしい刑事の言葉。 「……もう聞くことはないよな?」 「ああ、調書も取らせてもらったし、後はお帰りいただくだけだ」 「へいへい。……おい、帰るぞ糞蟲」 突然鏡の方を向いて一言言うと、向こうでガッシャンと音がした。……かなりびっくりしたようだ。 鏡の奥にいる実装に指を指し、更に付け加えてやった。 「それと、婦警さんに迷惑かけてないだろうな?かけてたら実装ジュース一気飲みさせるぞ」 今度は音はしなかった。……とりあえず刑事と一緒に取調べ室から出て、隣の部屋に入る。 『ニニニニンゲン!お、お前は超能力者ですか!?』 「……あんだけガタガタうるさかったら誰でも気付くって」 驚愕と恐怖で震える実装に俺は真顔で突っ込む。 「それにこいつはここの常連だ。知らないわけがないだろう」 刑事が一言加えて、ようやく実装の震えが収まった。婦警さんにお辞儀を一つして、実装を返してもらう。 「それじゃあ帰るか。ジジィ、帰りもよろしくな」 「……マジで運賃払わせるぞ」 「運賃はテーブルの代金って事で」 「マイナスに増やしてどうする、この糞ガキ!」 帰り際に刑事と漫才をしている後ろで、婦警さんが口を抑えて笑っていた。 *** デスゥ *** 「面白いニンゲンだったですね」 同行された日の夕食中、突然実装が話し出した。今日の夕食は冷凍ピラフを適当に味付けした牛乳で煮たなんちゃってリゾット。 「ん?……ああ、ジジィな。あれでも丸くなった方だぜ」 「丸くなる、ですか?……あのニンゲン、そんなに太ってないように思えるですが……」 「馬鹿、性格がだよ。昔のジジィはそりゃもうおっかなくてよ。ヤンキーからは『黒鬼』って呼ばれてたくらいだ。 あ、黒鬼ってのは昔のジジィがよく黒のネクタイを締めてたから付いたあだ名だ」 「ふーん、そうは見えないですぅ」 「昔のジジィを知らなければ誰だってそう言うさ。毎回毎回怒られてた俺が言うから間違い無い。 俺が事件を起こしては今日行った警察署に引っ張っていかれて説教を食らう。警官に手を出した日にはゲンコツが飛ぶ。 ほんと、ムカつくクソジジィだ」 肩をすくめて言ってやった。……何故か実装は俺の顔をまじまじと見つめている。 「なんだよ、俺の顔に何かついてるか?」 「……ニンゲンの微笑んだ顔なんて初めて見たです」 「ああ、これか。口ではクソジジィって言ってるけどな、あの人は俺の父親みたいな人なんだ」 俺の言葉に、実装は首をかしげた。 「あのニンゲンがニンゲンの父親、ですぅ?」 「いや、本当の父親ってわけじゃなくてな。なんていうか、育ての親みたいな感じだ。実装に例えると自分を産んでくれた親実装が実の親。親実装の代わりに育ててくれるブリーダーが育ての親、かな」 「つまり、あのニンゲンはニンゲンのブリーダーですか」 その言葉を聞いてさすがにテーブルにつっ伏しそうになってしまった。 「……もういい。まったくこの糞蟲は……。ガキの頃にいなくなっちまった親の代わりに、あの人が俺を本気で叱ってくれたんだ。だからこそこうやって普通に生活が出来てる。 ……面と向かっては言いにくいけど、俺はあの人に感謝してるんだ」 照れ隠しで頬をかく。両親がいなくなり、施設に預けられてた時の話だ。 その時の俺はかなり歪んでいた。他人を全て敵だと思い、誰にも心を許さないようにしていた。 そんな事をしていれば当然友達もいないし、気が晴れるのは実装共を殺している時だけだった。 高校に上がり、その時からあの金テコバールを使うようになった。 振りまわすだけでかなりの大仕事だったが、慣れと筋トレを繰り返した事で使いこなせるようになっていった。 そして手に入れたのが実装共を薙ぎ払う快感と『ジッソウ殺し』のあだ名。 そのあだ名がついたことにより、順也のように俺を慕ってくれる仲間が出来て、そして刑事と知りあった。 昔の刑事はかなり現場慣れ、というか喧嘩慣れしていて、俺が立ち向かっても必ずやられてしまう。 俺が暴走族や警官を相手に喧嘩慣れしていたように、刑事も犯人や暴漢を相手に喧嘩慣れしていたらしい。 そしてその後に待っているのは連行から説教、そしてゲンコツ。限界まで力をためて繰り出されるゲンコツは二度と食らいたくないと思えるほどの痛さだった。 「今の職に入るよう進めてくれたのもあの人だしな、世話になりっぱなしだ」 高校を卒業して、いざ何処に行こうかという時に刑事からこう言われた。お前、そんなに実装が憎いのか?と。 もちろんそうに決まってるだろ?と答えてやると今の職……実装駆除者の案内用紙を渡され、お前に最適の職場があると言ってきた。 それからはひたすら専門の勉強や面接の練習をした。その時に取調べ室を使っていたのであそこの仕組みがわかっていたのだ。 そして見事試験に合格。その時の報告は、受かったぞ。おう。という短い物だったが喜びは十分伝わっていたと思う。 「久しぶりに顔を合わせたと思ったらまた事件を起こしやがって、って愚痴を言われたよな。 職が決まった後に『もう事件は起こすんじゃないぞ』って約束してたから、言われても仕方が無かったのさ」 「……あのニンゲンはニンゲンの事を心配していたですね」 「まあ、そうなるな。あの人も俺が出来の悪い息子のように思えていたんだろう」 刑事についての話が終わった後、話は変わるですが、と実装がとんでもない事を言い出した。 「ニンゲン、避妊って何ですか?」 リゾット吹いた。 「……これでもう二回目です……」 リゾットまみれになりながら呟く実装。 「……悪かったよ。って、誰から聞いた?」 「帰る時にあのニンゲンに止められて、『最初のうちは避妊はしっかりしろよ』って言われたです」 ……せっかくいい話で終わらせられるかと思ったのに…… 「あのクソジジィ!」 今度会ったらぶん殴る! *** あとがきデスゥ *** 後一回続くそうです。 話の都合上本編が短くなってしまったので、蛇足かもしれませんが本編で語れなかった設定を出しておきます。 まず、本編の人化実装の身長は大体130前後です。服は例の実装服ではなく普通の子供服を着ています。部屋着はとしあきのシャツです。 としあきとの身長差は大体としあきの胸のあたりに頭頂部が来る感じで、立った状態で話すと上目遣いになります。 次に、金テコバールは一般的なバール(L字型)とは違いまっすぐで、鉄の棒のようになっています。 本編中で金テコと略しているのは普通のバールと混同しないようにです。
