「チャァァッ!チャァァァアアアアアア!」 「・・・じゃあ、お願いしますね」 「はい、責任を持って引き取らせていただきます」 私は飼い主である中年の女性から、ケージを受け取った。 女性はすぐに踵を返し、部屋を出ていこうとする。 女性の耳に付いた、悪趣味なピアスがチャラチャラと鳴る。 「チャァァァアアア!テェッ!テェェッ!」 甲高い仔実装の鳴き声が、十重二十重に反響した。 学校の体育館ほどもある、無駄に広い・・・壁も、床も、天井も、真っ白な部屋。 人間の私でも端から端まで歩くのは面倒なくらいの空間だ。仔実装から見ればとてつもなく広い。 仔実装はケージの中から・・・網目状の鉄柵の中から、ずっと女性を見ていた。そして泣き続けた。 「ヂュアァァッ! テッチャァァアアアアー!」 ・・・タン・・・・ およそ40メートルほど離れた鉄製の扉が閉まる音がする。 先ほどの女性が、今部屋を出ていった。 「チャァァーーーーッ・・・・・ テ テェ・・・」 ひとしきり喉が潰れるほど泣き続けた仔実装は、女性の姿が扉の向こうに消えると もう無駄だと悟ったのか、鳴き声のトーンを落としていき・・・。 「・・・・・・・・」 ついに鳴き声はとぎれた。 少しの間を置く。 今、私はそのだだっぴろい部屋の中心にいた。 申し訳程度に置かれた折り畳みテーブルの上には、先ほどまで泣いていた仔実装のケージ。 広く、白く、耳鳴りがするほど静かな空間に、私と仔実装はしばらく立っていた。 この仔実装の名は・・・何だったか。ミドリとかそういった一般的な名前だったように思う。 書類を見る限り、それほど裕福でもないが貧乏でもない、ごく一般的な中流家庭で飼われていたようだ。 知能は上の下。実装石らしい生意気なところは多少あれど、喚き散らしたり糞投擲を行ったりはしないらしい。。 一通りの躾は、しっかり受けているんだな・・・。野良に産まれたいい加減な連中よりは、運のいいことだ。 ピピピピピピピ・・・ブツ 「はい」 「さっきの飼い主さんが帰宅されたよ。車はもう見えなくなった」 「了解です」 ピッ 仕事用の携帯を切ると、仔実装に話しかけた。 「おい」 「テェッ!!」 仔実装はビクリと体を震わせ、おそるおそるこちらを見た。 先ほどから続く息の詰まるような沈黙が、見知らぬ男のドスの効いた声で破られたのだ。そりゃ驚くよ。 持ったままの携帯のアプリから、リンガルモードを立ち上げる。 「名前は」 「テェ・・・・」 「・・・名前は」 「テッ・・・アオイ、テチュ」 なんだ、ミドリじゃなかった。アオイ、か。どうも三十路過ぎると物覚えが悪くなる。 どうでもいいことだから、だろうけど。 「だいたい状況は飲み込めてると思うけど、説明させてもらう。 お前は今、飼い主に捨てられたわけだ」 「テェッ!? ウ、ウソテチュ!!」 「お前は子を産めない体らしいじゃないか。去勢された、と書類にある」 「・・・テェ・・・ソウテチュ・・・・ナンダカ ワカラナイケド ワタチハ コドモ ウメナイテチュ・・・」 片目は義眼か。何度見ても、書類を見るまで義眼だと分からない。最近の技術は進んでるな。 「でだ。お前に必要とされる役目は、ない。処理する」 「テッ・・・テェ? ・・・・ショリ?」 ブツッ 「こちら双葉です、説明と設問終わりました。」 「ご苦労様」 「書類の通り、病気になった経歴があります。本人からも口頭で答えを」 「了解、焼却処理室は空いてるから、すぐ頼むよ」 「承知しました」 プチ 「さ、行くぞ」 仔実装からの返答を聞かず、私はケージを抱え部屋を出る。 コツコツというブーツの規則的な音が輪唱を開始した。 この会社は、いわゆる「始末屋」だ。 一時のブームか娯楽のつもりか、覚悟無くペットを飼い、案の定責任が持てず 飼いきれなくなった飼い主が駆け込む、駆け込み寺のような会社。 それじゃあ保健所と変わらない、と思うかも知れないが、そうじゃない。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ・引き取った実装石は、自然で生き抜く知恵を身につける教育を施されます。 ・そうして、山実装として山奥、あるいは外国に輸送し、野に返します。 ・実装石は害獣の扱いを受けることはありますが、れっきとした動物です。 ・責任を持ってペットを飼うことは重要です。しかし、飼い主の方々にも 抜き差しならない理由があり、身を切る思いで家族である実装石を 手放さなければならないこともあるでしょう。 ・そんな飼い主の方々の手助けをします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ウチの会社が掲げている、社訓。私も入社当時から暗記させられた文章だ。 これが、この会社の「表向き」なのだ。 しかし、実際はそんなことしちゃいない。 先ほどのやりとりでも理解してもらったと思うが、実際は違うのだ。 引き取った実装石は、虐待セレブへの売却。種馬実装としての売却。実験動物として売却・・・。 そして、先ほどのように偶然要望が来ていなかったもの。あわれな「ハズレ」は始末する。 始末する課程をホームビデオで撮影し、虐待趣向のある人間に売却しているのは、 先ほど私が携帯でやりとりした先輩の小遣い稼ぎだ。(これはこの会社の業務ではない) この会社は、汚れている。やっていることも下卑ている。 しかし、ここに来る連中もそれは変わらない。 この会社の社名をネットで検索したりすると、すぐにわかる。 裏でやっている惨状なんて、正直「裏でやっている」とは言えないほど露見しているのだ。 しかし、それを承知で飼い主はやってくる。 飼い主は、理由が欲しいのだ。 飼えなくなった邪魔者を始末する理由が欲しいのだ。 いらなくなった生き物の命を、「自分で」奪いたくないのだ。 奪ったと、世間に思われたくないのだ。 世間と言わず、自分に言い聞かせたいのだ。 この会社の裏を、知らなかったことにしたいのだ。 邪魔者を、殺して欲しい本音を。 自分が汚れていることを。 知りたくないのだ。 綺麗なままでいたいのだ。 「チャ、チャァァァーーーーーーーーー!!!!!!」 君の名前はミドリ、いや、なんだったかな。 ミドリ?が、焼却炉へと落とされていく。先ほどのケージから鉄製のケージに入れ替えられて 時間をかけて、ゆっくりと灼熱の中へ落とされてゆく。実装服の裾が変色してゆく。 ペリ、ペリと聞こえてきそうなほど、焼けただれた皮膚が、焼けるスルメのように 裂けて反り返ってゆく。もう先ほどのように暴れたりはできない。足は、もう炭になってしまった。 顔を見ると、もう絶命しているようだ。先ほどまで泣き叫び、涙を流していたようにも見えたが もう涙も蒸発してしまった。涙のあとも、ない。顔自体が、もう炭化してしまっている。 私の隣では、先輩がホームビデオを回している。 先輩は薄笑いを浮かべていたようだが、カメラの捉える映像が焼却炉の赤い炎だけになったとき、 つまらなさそうにしていた。 書類には、 【飼い主の夫が借金を抱えたことにより、生活さえも困難になったため】 とあったっけ。 私が夜、会社帰りにコンビニに寄ると、まだ幼さの残る仔実装を抱えた中年女性とすれ違った。 チャラチャラと鳴る趣味の悪いピアスには見覚えがあった。 (あいつも、また「ウチ」に来るのかな) 仔実装が、ふとこちらを見、偶然目があった。 「・・・テチッ!」 見知らぬ私に挨拶、ね・・・はは、かわいらしい仔だな。
