「ある賢い飼い実装の話」 ワタシはウグイス、「」ちゃんのともだち 十年前に拾われた、一匹の実装石。 きみどり色のワタシは、鴬餅みたいだといわれて。 おいしそうだから、抱きしめられた。 あの日から、ずっといっしょ。 「行ってきマース」 あいかわらずの言葉といっしょに、「」ちゃんは家から飛び出していった 上着をつかんだまま、口に食パンをおしこんでいるところを見ると、 今日もちこくなんだろう。 特に今年は「」ちゃんのママいわく『ジュケンセイ』というやつだから さらにいそがしくなったらしい。 たしかに、ここのところの「」ちゃんは、ワタシにかまってくれなくなった。 しかたのないことだとしても、なんだかちょっと、うん。 さみしいかもしれない。 こっちを見てくれないかな、と言う気持ちと、がんばれという気持ち。 その二つまぜこぜになって、とにかく少しでも何かしたくなって。 小さく鳴いてみようとしたけれど、出来なかった。 なんだかとても眠たい。 ちかごろ多くなったこの不思議な感覚 ごはんを欲しいと思わなくなった。 おさんぽにも、あんまり興味はなくなった。 でも、なでてもらうのは、まだ好き。 抱きしめられるのも、好き。 『ジュケンセイ』っていうのが終わったら、「」ちゃんは。 またワタシをいっぱい、なでてくれるのかな。 抱きしめてくれるのかな。 ワタシは「」ちゃんを追いかけている。 「」ちゃんはいつものあかいシャツときいろいズボン。 小さな手はワタシと同じくらい。 ウグイス、おて ウグイス、おまわり ウグイス、しんだふり 『ねえ、「」ちゃん。ワタシは「」ちゃんが大好きだよ。』 『僕も、ウグイスのこと、だいすきだぞ。ウグイスは僕のしんゆうだぞ!』 しあわせでいっぱいのせかいはいつもふわふわでいつもあったかで いつまでもおいかけっこができる いつまでも・・・ また朝がきた。 「」ちゃんのお母さんが、ワタシを車に乗せてくれた。 車はまっ白なお家の前で止まる。 まっ白い服を着た人が、目の前に立っている。 二人が何かを話している。 白い人が、ワタシをべたべた触る。 「」ちゃんのお母さんが、泣いている。 どうして泣いているのか解らないけれど、なぐさめなくっちゃ。 でも、体が動かない。 なんとか目を開けようとしたけれど、ひどく疲れていて。 閉じていく瞳を鏡に向ければ、そこに映るのはうすよごれた自分のすがた なんて、みすぼらしくなってしまったんだろう。 ああそうか、ワタシがこんなになってしまったからなんだ。 だから「」ちゃんは、ワタシに見向きもしないんだ。 おいしそうじゃないから。 あまそうじゃないから。 ワタシはもう、鴬餅になれない。 いちど地面に落ちたおかしは、もう食べられないから。 どんなにぽんぽんはたいても、やっぱりおいしそうには見えないよね。 だけど、あなたはいちど拾っててくれた。 だれかが落として、もういらないって言った鴬餅を。 だから、もういいんだ。 ワタシの体のことは、たぶんだれよりもワタシ自身が一番知っていて。 でも、いいと思っていた。 このままでもいいって。 だって夢の中はあんなにもあったかくてあまくって。 だからずっとあそこにいても、かまわないと思ってたんだ。 「」ちゃんがこっちを見た。 しばらく目をぎょろぎょろさせたあと、 ワタシを見付けて、顔をくしゃくしゃにさせる。 「ウグイス。」 名前を呼ばれた。 本当に、ひさしぶりに。 「デー。」 なんとか声が出た。 本当に小さくて、ガラスごしじゃあ聞こえないかと思ったけれど。 でも、確かに「」ちゃんには届いた。 「」ちゃんが近付いてくる。 窓を開けて、ワタシに手をのばして。 「大丈夫、僕が、何とかしてやるぞ。」 やっと抱きしめてくれた「」ちゃんの胸は いっぱいどくどく言っていて 夢の中の何十倍も とってもあったかかった 「」ちゃんの前髪が顔に当たった。 その体はひっきりなしにふるえていて、とても寒そうだった。 ワタシを抱きしめたまま、動こうとしない「」ちゃん。 「」ちゃんに抱きしめられたまま、動くことができないワタシ。 「」ちゃんが泣いている。ワタシはなにもできない。 せめて元気なところを見せようと思って、「」ちゃんのほっぺたをなめた 「」ちゃんのほっぺたは、少しだけ早い春の味。 ひっきりなしにこぼれるナミダをなめながらあることに気付いた ワタシはここを・・・ 今「」ちゃんがすわりこんでいるここを、知っている。 ここは、ワタシとあなたが初めて会ったところ。 ワタシとあなたとの、始まりの場所。 ワタシは待っていた。 あきらめながらも、いつか。 いつか、おっこちた鴬餅でも。 ひろいあげて、ぱんぱんってして。 まだ食べられるぞって、言ってくれる人が、来てくれるって。 「ウグイス。」 名前をよばれて、ワタシは顔を上げる。 まだまだナミダでいっぱいの顔で、それでも笑っていた。 「ウグイス、くすぐったいぞ。 そんなに僕の涙ばっか舐めてたら、しょっぱい鴬餅になるぞ。 しょっばいウグイスなんて、美味しそうじゃないから。 だからウグイス、僕、待ってるから。 今度は僕が待ってるから。」 「だから、もう一度、美味しそうな鴬餅になって。 それでもって、戻ってくるんだぞ。」 ワタシは「」ちゃんに抱きしめられながら、さいごの夢を見る。 もういちど、鴬餅になる夢を。 目ざめたときに、だれよりも、 あなたがおいしそうだって言ってくれる鴬餅になるために。 あまい鴬餅。 あなたが大好きだっていうキモチをこめた、君だけの鴬餅。 ワタシはウグイス、「」ちゃんのしんゆう。 十年前に拾われた、一匹の実装石。 きみどり色のワタシは鴬餅みたいだと言われて。 おいしそうだから、抱きしめられた。 今度はきみどり色の、鴬餅になって。 あなたに、会いに行くよ。
