タイトル:【馬】 影の棲む家 陸
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2012 レス数:0
初投稿日時:2007/04/06-22:07:52修正日時:2007/04/06-22:07:52
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     (●A○;) 筆者より (;●A○)


 ——今までの事は、忘れてください——

 好奇心旺盛かつ心の広い方のみ、この先お付き合いください。








 【影の棲む家】 陸



「テェェェン、テェェェン、ママァ、お腹空いたテチィ!」

「レチャァァ! ママァ〜、ママァ〜!!」

「なんだかよくわからないレフ。まずはお腹プニプニするべきレフ〜♪」


 一匹の仔実装、一匹の親指実装、そして一匹の蛆実装を連れた親実装は、暗くなり始めた林道を
必死に歩いていた。
 もう二日も、何も食べていない。
 親実装は、今すぐにでも我が子に食らい付きたい衝動を必死で抑え、ひとまず今夜だけでも休める場
を求め、懸命に周囲を散策していた。

 自分より一日分多く食事をしている筈の子供達は、ぐずって駄々こねてとっくに歩くのを放棄している。
 肩から提げたポシェットに収まっている親指と蛆はともかく、後ろ髪にしがみついてワンワン泣いている
仔実装には、時折殺意すら覚える。

 ——この実装石親子は、元・飼い実装だった。

 とある老夫婦に買い取られ、健康に成長し出産したのはいいが、いつまでも治らない子供達の粗相が
“たまたま帰省していた娘夫婦”の逆鱗に触れ、問答無用で放り捨てられたのだ。
 事実はともかく、親実装アントワネットは、そう解釈していた。
 そしてそれが、子供達に対する殺意の原動力にもなっている。

 餞別に貰った実装フードと吸い飲み付き飲料水は、とっくに尽きている。
 この家族は、段ボールの中で呑気に老夫婦が迎えに来るのを待ち続け、一週間も動かずに生活して
いたのだ。
 一向に現れる兆しのない老夫婦に豪を煮やしたアントワネットは、三日前にようやく段ボールから這い
出し、あらたに「自分を飼ってくれるニンゲン」を捜す旅に出たのだ。
 自分“達”じゃないところが、アントワネットの性質を示している。

 幸い、この辺りにはほとんど野良実装が生息しておらず、他の野良動物とも出会う事はなかった。
 運が良かっただけなのか、それともたまたま彼女達にとって都合の良い環境だったのか、それは
わからない。
 だが、本来ならとっくに死滅していてもおかしくないこの一家が、大自然の下なんと十日間も平穏無事
に生き続けて来たのは紛れもない事実。
 それだけでも神に感謝すべきところなのだが、生憎この一家にとって、それは幸運でも何でもなかった。

「ママー、蛆チャンがまたウンチしたレチー」

「レフー♪ ウンチ穴をお清めするレフー♪ 終わったらお口で綺麗にするレフー。ちゃんと舌を入れるレフー☆」

 殺意、追加。

「テェェェン、ママァ〜!! お腹空いたテチィィィ!!」

 今日何度目の空腹主張か。
 今まで自分は比較的温厚で気長だと思っていたアントワネットも、さすがに我慢の限界に達した。
 子供達を地べたに放り捨て、鬼のような形相で迫る。

「デギャァァァ!! お前達、いい加減にしやがれデスゥッ!
 まったく、お前達を産んでからロクな事がないデスゥッ!
 お前達さえ糞蟲じゃなかったら、ワタシは今頃お部屋でゴロゴロして
 Yes!ストラダ5を観ながら、熱々のサイコロステーキとビールで一杯やってた筈デスゥッ!!
 ワタシの晩酌の楽しみを奪ったお前達を、今から晩酌にしてヤルデズァァッッ!!!」

「レチャアッ! ママがまたキレたレチィィ!!」
「ママお怒りはわかったレフ。でも今はそれよりお腹プニプニレフ」
「テェェェン、テェェェン、お腹空いたテチィ、もう死んじゃいそうテチィ!!」

「じゃかましぃデス糞蟲共がぁっ!!
 今度こそ、お前達全員頭から食らいつくしてくれるデジャアァ…………デ?」

「レ?」
「レフ?」
「テチィ?」

 発狂したアントワネットの鉄拳が止まる。
 子供達も、何事かと母親の顔に見入る。
 アントワネットは、視界の端に「一軒の家」を捉えていた。

 それは、木々の隙間から一部を覗かせている程度だったが、かなり大きな和風の屋敷だという事は
すぐに理解できた。
 アントワネットは、僅か1ミリ秒の間に実装幸せ回路を起動させると、突然ニッコリと微笑み出した。

「レェェ、ママが不気味に笑ってるレチィ」
「これはお腹プニプニどころの騒ぎじゃないレフ」
「デェェン、それでもお腹が空いたテチィィ!」

「お前達、ニンゲンの家があるデス! これはきっとマケマケの神様がワタシに授けてくださったチャンス
 デス! あそこへ行くデス!」

 そう言うが早いか、ポシェットと仔実装を小脇に掲げ、アントワネットは屋敷に向かって歩き出した。
 子供達は、屋敷の門に辿り着くまでに、それぞれ12回ほど「レチィ」「プニプニ」「お腹空いた」を連呼した。


     ※          ※             ※

 
 既に役割を果たさなくなった垣根の隙間をくぐり、敷地内に入り込む。

 そこは、母屋と土蔵に分かれた大きな屋敷。
 どこからも明かりは漏れておらず、誰かが居るような気配は感じられない。
 だがアントワネット一家にとって、それは大した問題ではない。
 廃墟という概念をまったく持っていない彼女達は、今はいなくてもいつか必ずニンゲンが戻ってくる筈
だという無根拠な希望を抱いている。

「入り口は開いているデス。入るデス」

「なんだか怖いレチィ…」
「ウンチ出たレフ♪ ポシェットの中タプンタプンレフ♪」
「テェェ(以下略)」

 まるで我が家のような気安さで、中に入り込む一家。
 そこは、今では珍しい土間になっていた。
 正面には和室へ通じる襖が見え、左手側には古い形のキッチンが見える。
 それを見たアントワネットは、デプププと下品に笑った。

「古臭いキッチンデス。
 デププ、ここのニンゲンのビンボーさが窺い知れるというものデス♪
 でも、キッチンがあるという事はご飯と酒とツマミがある筈デス♪
 子供チャン共、お前達にも少しくらいは分けてやれるかもしれないデス」

「ママー、それより蛆チャンのウンチ…」

「やかましいデス! お前と蛆チャンで食べてしまえデス!」

「レ、レチャァァ?!」

 親指と蛆ごとポシェットを放り捨てると、アントワネットは早速物色を開始した。
 しかし、期待していた冷蔵庫はどこにもなく、また食料と思われるものはまったく出てこない。
 十数分の格闘の末、ようやく、流し台の下から中身の入った瓶を発見する。

「ふぅ、手こずらせやがったデス。ようやくお酒をゲットデス。しかも、日本酒とはなかなか粋デス」

「ママー、ワタチにも分けて欲しいテチィ」

「お前は子供だからダメデス。これはお酒だからママが全部飲むデス」

「テェェ、ママばっかりずるいテチ! じゃあワタチがあとどれくらいおっきくなったらくれるテチ?」

「お酒は未成年には禁止デス。だから、あと20年は必要デス」

「テェ?」

 小首を傾げる仔実装をよそに、アントワネットは、瓶の蓋を開けた。
 既に少し使用済みだったせいか、蓋は予想以上にあっさりと開く。
 開けた瞬間、中から、ツーンと鼻を刺す強烈な刺激臭が漂ってきた。
 さすがのアントワネットも、これにはしばし意識が薄れるほどのダメージを受けた。

 アントワネットには読めないが、瓶には「酢」と書かれている。
 当然だが、賞味期限は遥か大昔に切れていた。

 しばしのトリップ体験から生還したアントワネットは、仔実装に向き直った。

「——お前は、今日から大人の仲間入りデス」

「テ、テェ? 突然ナニテチ?」

「大人になったから酒を飲むデス。それでお前はもう一人前デス」

「テチ! ママ、ワタチを認めてくれるテチ?」

「もちろん喜んで認めるデス。さあ、祝いの杯を受けるデス。遠慮しないでどんどん飲むデス」

「テッチュウ♪」

 アントワネットは、瓶の蓋を地面に逆さに置くと、そこへ器用に「酢」を注いだ。
 周囲に漂う異臭、刺激臭!
 仔実装がケホンケホンと咳き込んでいる。
 アントワネットは、既に鼻で息をしないようにしていた。

「テェェ、ママァ、このおチャケとっても臭いテチィ」

「ふっ、これだからガキは困るデス。それが大人の味って奴デス」

「テェェ…これはとても飲めないテチ。やっぱりママにあげるテチ」

「な、ななな、何を言ってるデス! あんなに欲しがっていた癖に今更何デス! いいからとっとと飲め
 デス!」

「テ、テチャアッ!!」

 食い殺したろかおんどりゃな顔で迫られ、仔実装はパンコンしながら杯(蓋)を手に取った。
 鼻に突き刺さる強烈な悪臭に顔が歪むが、アントワネットが恐ろしいので、仔実装は我慢してそれを
一気に飲み干した。
 口膣内に広がる強烈な酸味と腐敗臭、舌に広がる痛いほどの刺激。
 鼻に抜ける、熟成され過ぎたアンモニア臭、焼け付くような、どろっとした喉越し。
 脳天に突き抜ける衝撃と、浮かび上がる走馬灯。
 いつまでも残り続ける臭みと不自然な甘味が、心と身体に深刻なダメージを積み重ねていく。
 ——世界が、回った。

「おお〜、なかなかイケる口デス♪ さぁどんどん逝くデス☆ 注いでもらう時は“おっとっと”と言うデス」

「テ、テチャ…おっととと…テチャ…テヒィ」

 杯に容赦なく注がれる、二十数年間貯蔵された「使い古しの酢」。
 繰り返される惨劇、悲劇のような味覚破壊。
 今まで体験した事のないような残酷な現実が、正常な思考を瞬時に奪う。

 仔実装は、朦朧とする意識の中、結局五杯もそれを飲まされた。
 二度とお腹が空いたなんて口にしないと強く誓った直後、仔実装は、どっかと地面に倒れ伏した。

 そして、それっきり二度と動かなくなった。

「——デェ、やっぱりこれは危険物だったデス。危ないところだったデス」

 額の汗を拭いながら、アントワネットは昏倒する娘を見下ろした。

「ママー、オネエチャンネンネしてるレチ?」
「レフレフー」

 ウンチまみれの蛆を抱きながら、こちらにやってくる親指。
 アントワネットは、表情を引き締めて彼女達に告げた。


「いいデスか、食べ物や飲み物を見つけても、すぐに口にしちゃダメです!
 どんな危険が隠れているかわからないデスから、ママの言う事を必ず聞くデス!!」



     ※          ※             ※


 屋敷の一階は、部屋の周囲を廊下がぐるりと取り囲んでいる昔ながらの構造で、中央には襖で
仕切られたいくつかの部屋が固まっている。
 廊下のさらに外側は庭に直接通じており、木製の大きな雨戸で仕切られている。

 玄関から廊下に上がり込んだアントワネットと親指、蛆実装の三匹は、一番手前の和室に入り込んだ。
 部屋の真ん中には、使い古された円い木製のテーブルが置かれている。
 いわゆる「ちゃぶ台」という奴だ。
  
「ぐぅ、埃まみれデス。ここのニンゲンは掃除も出来ないオロカモノのようデス」

 アントワネットは、ちゃぶ台の上に糞まみれのポシェットと子供達を置くと、その場にドッカと座り込んだ。
 
「ママー、蛆チャンのウンチ…」

「我慢して食べなさいと言ったデス」

「レェェ、本気だったんレチュ?」

「やらないつもりならお前が明日の蛆チャンのご飯デス」

「レチャアア!!」

「レフ〜、蛆チャンは共食いのあり方に大きな疑問を呈するレフー。ここは平和にお腹プニプニを」

「デ?」

 子供達の戯言にまったく耳を貸していなかったアントワネットは、僅かに開かれた西側の襖の向こうに、
何かを感じた。
 これは、彼女が長い間かけて磨き上げた独特の感覚。
 老夫婦が隠したお菓子を瞬時に見つけ出し、隠した本人に気づかれないうちに奪取するという
「盗み食い」のスキル。
 それが、なぜか突然反応したのだ。

「ムムム、匂うデス。お菓子がある気配がするデス」

「レチレチ、お菓子レチ♪ 親指チャンバームクーヘンが食べたいレチ♪」

「蛆チャンは、カステラの紙に付いてるベタベタしたのがいいレフ〜」

「プリンやヨーグルトの蓋の裏側も大好きレチ♪」

「折れたうまい棒の袋に残った粉も、なかなかレフ〜♪」

 いつまでも言ってやがれこのクズ共が! …といわんがばかりの視線を投げつけ、アントワネットは
隣室へと向かった。
 子供達は自力でちゃぶ台から降りられないので、ピィピィ泣いているが、とりあえず無視する。
 西側の部屋・仏間に入り込んだアントワネットは、壁の上から睨みつける写真にまったく意識を向けず、
真正面にある仏壇に注目した。

「デデ…!」

 アントワネットは、2つの事に驚いた。

 まず、仏壇の上に何枚かのティッシュが丁寧に敷かれ、その上に色とりどりの金平糖が山と積まれて
いた事。
 もう一つは、仏壇の中の遺影に、女性と一緒に幸せそうな笑顔を浮かべている実装石が写っている事。
 金平糖を見つけたのは嬉しかったが、アントワネットは、その写真の中の実装石に激しい嫉妬を感じた。

「何デス何デス何デス! こいつは!
 なんでこんな嬉しそうな顔してニンゲンに引っ付いてやがるデズァ!!
 高貴にして純情可憐、質実剛健電光石火、東西南北中央不敗として恐れられたこのアントワネット様
 を差し置いて、こんなハッピーハッパーハッペストな笑顔をしやがってデス!!
 ムキーなんだか無性に腹が立つデスゥッ!!」

 そう叫びながら、アントワネットは仏壇の中に飛び込み、仏具や金平糖を撒き散らしながら写真立てを
引っつかみ、畳に投げ捨てた。
 パリン! という軽い音が鳴り響く。

「デェ、デェ……デヘヘ、恐れ入りやがったデスゥ?! 悪は必ず滅びるデスゥ♪ さて、勝利の金平糖の
 味に酔いしれるデスゥ☆」

 散らばった金平糖を拾い集め、片っ端から口の中に放り込むアントワネット。
 今度のは特に何の問題もない味で、慣れ親しんだ甘味もそのままだった。
 子供達の分の確保などまるで考えもせず、アントワネットは見つけては食べ、見つけては食べを
繰り返した。


 ——デェェ、お供えの金平糖が…デェェェン……


「デ?」

 どこかで、別な実装石の声が聞こえた気がする。
 だが何も見えないので、アントワネットは無視して食べ続けた。

「そうだ、いい事を考えたデス。っていうか何で今まで思いつかなかったデス?
 この家にニンゲンが居ないなら、ここをワタシの家にしてしまえばいいデス♪
 デッピャピャピャ☆ そうすればあのジジババ共のより立派な家ゲットで、
 ワタシは幸せ絶好調セレブの仲間入りデッス〜!!」

 結論に辿り着いたアントワネットは、早速家の主人になったつもりで、仏間にどっかと寝転んだ。
 途端に、埃が舞い上がる。

「ゲホゲホ…。こ、この埃はたまらんデス。仕方ないから、親指と蛆を大きく育てて掃除させるデス。
 おお、なんて頭がいいデスこのワタシ♪」

 アントワネットは、最後の一粒と思われる金平糖を見つけ、拾い上げると…それを運ばず、やっぱり
口の中に放り込んだ。
 あのガキ共には、自分の糞でも食べさせればOK。
 そんな風に考えていた。


 
     ※          ※             ※


 居間に辿り着き、オモチャの籠を見つけたアントワネットは、これは良い(ガキ共の気を惹く)物だと
考えた。
 積み木とミニカー、人形などを乱雑に畳にぶちまける。

「お前達は、これで遊んでいろデス」

「レェェ…ママ、ご飯…」

「蛆チャンもお腹減ってるレフー」

「これで遊んでいれば気にならないデス。ゲップ」

「レチャアア、このオモチャ、親指チャンと蛆チャンには大きすぎるレチィ」

「そんな事より、今日の日課・お腹プニプニがまだレフー」

 5センチたらずの大きさの親指と、せいぜい2センチほどしかない蛆実装にとって、成体実装用サイズ
の玩具は自分の身長以上なので、何の意味もない。
 しかし、「玩具を与えた」という事実にすっかり満足したアントワネットは、泣き喚き抗議する子供達を
完全に無視し、居間の中を散策した。

「——チッ、ここには何も食べ物がないデス。しけてやがるデス。こんな所でよく生活していられるデス」

 まだここが無人だと気付いていないアントワネットは、悪態をつきながら、北側の襖を開けて廊下へ
出てみた。
 右手方向には、北東角へ伸びる廊下、左手には二階への階段がある。
 この階段は、老夫婦の家にあるものよりやや急だったが、慣れているアントワネットには余裕で昇れ
そうだった。

「ニンゲンはきっと上に居るデス。という事は、そこにお菓子やご飯があるに決まってるデス。なんて
 賢くて聡明で麗しいワタシデスゥ♪ そうと決まったらとっとと昇るデスゥ!」

 そう言いながら、早速一段目に手をかける。
 その途端、背後から奇妙な気配を感じた。


 振り返ると、廊下の角の方に何かが居る。
 自分と同じくらいの大きさの、影。
 それが、ふわり、ふわりと身体を揺らして、まるでこちらの様子を窺っているようだ。

「ん? 何デスお前? ワタシの家に勝手に入り込むなんていい度胸デス」

 と言うが早いか、アントワネットは即座に左手をパンツの中に差込み、一瞬きばる。
 ナニかが、ぶりりと手の中に落ちる。
 それを取り出し、影めがけて放り投げる。
 その間、僅か3秒!
 かつて老夫婦を散々困惑させた必殺技「大デッスゥボール2号・見たくない魔球」炸裂の瞬間である。

 ヒュウゥゥン——ベチャッ!

 投糞は、僅か1メートル前後の距離に、放物線を描いて落下した。
 勿論、影には全然届かない。

「チッ、なかなか巧くかわす奴デス。だが、次はこうはいかないデス」


 ——デジャアァァ!! 廊下にウンチ! 廊下にウンチデジャァァァ!!


 また、どこからか実装石の叫び声が聞こえてくる。

「おかしな空耳デス。まぁいいデス。姿を見せたら“大デッスゥボール3号・相手を避ける魔球”を
 食らわせてくれるデス」

 ——デェェ…そんなひどいデスゥ

 空耳も影も無視して、アントワネットは階段を昇ろうとした。
 だが、途中で何かを思い出し、一旦居間へ戻った。

「お前達、ご飯の時間デス」

「レッチャア♪」

「レフレフー♪」

 プラスチックのミニカーの脇で途方に暮れていた子供達に向かって、アントワネットは尻を向けて
パンツを下ろした。

 
     ※          ※             ※


 すっきりしたアントワネットは、二階に辿り着き部屋を探索した。

 裁縫道具と人形の部屋、タンス部屋を調べ、何もなく何も居ない事に不満を覚える。

「まったく、本当に誰もいないデス! ここのニンゲンは客人を迎えるという事が全然出来てないデス!」

 怒り任せに色々と荒らしてやりたかったが、しっかりと閉じられた棚や重く大きいタンスにはまったく
手が出ず、アントワネットは益々不満を募らせた。
 仕方なく、裁縫道具と人形の部屋から、南側の襖を開く。

 そこには、丁寧に整えられた一組の布団が敷かれている。

「おぅ♪ お布団デスゥ! これで夜はヌクヌク過ごせるデス☆ なかなか気が利いてるデ…」


 ウネウネ、ウネウネ……

 突然、布団の中で何かが起き上がり、蠢き始めた。
 仔実装程の大きさと思われる「何か」が、無数に潜り込んで好き勝手に動き回っているような状況。
 突然起こった不思議な現象に、アントワネットは面食らっていた。

「——ワタシの布団の中で、何かが遊んでいるデス。これはどういう事デス?!」

 ウネウネ、ウネウネ…

 理解不能の事態に、しばし硬直する。
 だが、やがてふつふつと怒りがこみ上げて来た。

「何者かは知らんデスが、そのような真似をする奴には、お仕置きデス!」

 再びパンツを下ろすと、アントワネットは布団に接近し、掛け布団を少しだけめくり上げると、そこに
尻を差し込んだ。
 スゥゥ……と、息を吸い込む。

「—3、—2、—1、—ズィロォ!! ファイヤー! デッシャア!!」


 ボフン———ッ!!


 掛け布団が、一瞬だけ球状に膨れ上がる。
 老夫婦宅に飼われていた頃、彼らを起こす(という名目のイタズラの)ために用いていた必殺技
「化学兵器・戦術神風」だ。
 過去、これでお爺さんを三度、お婆さんを六度呼吸困難で病院に送り込んだという恐るべき破壊力を
誇っている。
 またそれ以外にも、さっき酢を飲んで昏倒した仔実装の姉にあたる子供を、数メートルも吹き飛ばし
壁に激突死させた事もある。
 布団の中で蠢いていた謎の存在は、やがてピクピク…と力なく震え始め、完全に沈黙した。

「フフフ。瞬殺無音、デスゥ♪」


 ——デェェェン、デェェェン! 子供チャン達ぃ! 成仏しちゃったデスゥゥ!!

 再び、あの空耳が聞こえた。

「空耳の分際で何を泣いているデス? 言いたい事があるならとっとと出てくるデス。生きていた事を
 死ぬほど後悔させてやるデス」

 ——デェェ……そ、それはもう間に合ってるデスゥ……

「だったらグダグダ言わずに黙ってろデス! さーて…」

 掛け布団をめくり上げるが、中には何もない。
 あるのはただ、黒ずんで内面に付着しているカビのような物と、先程爆発した際に尻から飛び出した
「残留物」のみだった。

「デグゥ、これではとても使い物にならないデス。後でニンゲンに言って洗濯させるデス」

 ——デェェン! デェェエン! パパさんのお布団がぁ! デェェェェン!!

「あ〜もう、好きに喋ってろデス。もう一切聞く耳持たんデス」

 謎の空耳に啖呵を切ると、アントワネットはつまらなそうに、さらに隣の部屋へと進んだ。
 襖を開けると、そこは小さな書斎だった。
 西側と南側にそれぞれ大きさの異なる窓があり、南西の角には小さな机と座椅子が置かれている。
 それ以外の壁は、背の高い本棚で覆われている。
 部屋自体はかなり狭いが、蔵書量はかなりのものに思える。
 どの本棚にもみっちりと本が詰め込まれており、一部入りきらなかったと思われる本が足下に
束ねられている。

 ……が、当然ながらアントワネットの興味を惹くものは何もない。

「ケッ、シケてやがるデス」

 文机の引き出しを開けて物色するが、中から出て来たのは何冊かの古いノートだけで、他には何も
ない。
 期待していたものの一片すら発見できない状況は、またもアントワネットを爆発させた。

「グギャアア! どーなってるデスこの家は!! なんでここまで徹底的に食べ物がないデス?! 住み辛い
 なんてレベルじゃねーデスゥゥッ!!」

 怒り任せに、ノートを次々に破り始める。
 途端に、どこかから鋭い悲鳴が聞こえたが、当然アントワネットは無視する。

 三冊ほどページをビリビリにした後、アントワネットはゼエゼエと息を切らし、少しだけ冷静さを取り戻した。

 ——デェェェン、デェェェン、大事な日記がぁぁぁ………なんて事するデスゥ!
  
「しかし困ったデス。どうやって食べ物を探せばいいデス? それとも、ニンゲンが帰ってくるまで
 大人しく待っているべきデス?」

 ——あの、ここにはもう誰も住んでいな……

「あー聞こえない聞こえない、なーんにも聞こえないデスー」

 紙片を適当にバラ巻くと、アントワネットはとっとと襖をくぐり、元来た道を戻った。
 さすがにもう二階に興味はなくなったようで、迷う事無く階段を降りていく。


 誰も居なくなった布団部屋では、一匹の小奇麗な成体実装石が、書斎の惨状を悲しげに見つめていた。

『デェェ……パパさぁん……大事な日記がメチャメチャになったデスゥ…
 ごめんなさいデスゥ、ごめんなさいデスゥ…デェェェン』


“あいつを追い出すデス”

“いや、追い出すだけじゃ生温いデス。ここは退治デス”

“ここは皆で力を合わせるべきデス”

“このままだと、あいつにワタシ達の住処が汚染されるデス”

“お前の大切な家も酷い事になるデス”

“こういうのは、利害一致と言うデス”

 実装石の周りに出現した何体かの影が、静かに語りかける。
 泣き続ける実装石は、しばらく顔を伏せて考え込んでいたが、やがてキッと顔を上げた。

『——わかりましたデスゥ。あんまり気が進まないけど、これは仕方がないデスゥ』

 
     ※          ※             ※


 その後、廊下の端へ向かい二つの部屋を見つけたアントワネットだったが、そのどちらも自力では
扉が開けられなかった。
 廊下の東側一番端にあるのはトイレ、南西角にあるのは浴室なのだが、アントワネットにとってそれは
「ニンゲンが何かを隠している秘密の部屋」にしか感じられない。
 怒り任せに投げつけた「大デッスゥボール1号・何かに当たる魔球」が、それぞれの扉をことごとく汚染
していく。
 すっかり肩を落とし、すごすごと居間へ戻っていくアントワネットの背後から、突然、誰かが声を掛けた。


 ——ご飯がある所を、教えてあげるデスゥ


「デ?」

 空耳に、ようやく反応を示す。

「本当デス? 嘘を言ったら容赦しないデス」

 ——デェ…い、一度外に出て、おうちの向こうに回るデスゥ。そこに土蔵があるデスゥ

「その中にご飯があるデス?」

 ——そ、そうデスゥ…

「なんでそれをもっと早く言わないデス、この役立たず! 糞蟲! お前のような奴が公園で禿裸に
 されてみんなにデププされるんデス!」

 ——デェェェン、なんでそこまで言われなきゃならないデスゥ〜?

「まったく、使えないドレイデス。そのドゾーまで案内しやがれデス」

 ——子供さんも連れて行くデスゥ

「チッ、糞蟲の分際で高貴(中略)なワタシに命令するなデス!」

 ——デェェ…


 いつの間にか居間で眠りこけている子供達を引っ掴み、糞がたっぷり詰まったポシェットの中に頭から
突っ込むと、アントワネットは早速玄関へと走った。

「レチャァアア!! またクチャイレチィィィ!!」

「まったく、いつになったらプニプニするつもりレフ? ホントに使えないママレフ。もうつきあい切れないレフ」パキン

「レェェ?! 蛆チャン、蛆チャァァン!!」

 途中、土間で大の字になっている、かつて子供だった肉塊を小脇に抱える。


「ガツガツ、ムシャムシャ……ゲフゥ。なんだか酸っぱい気がするデス」

 外は、すっかり夜の帳が降りていた。


 
     ※          ※             ※


 空耳のナビゲートを受け、土蔵に辿り着く。
 アントワネットは、折れた鉄の棒のようなもので固定された半開きの鉄扉をくぐり、真っ暗な土蔵内に
入り込んだ。

「なんデス? 真っ暗で何にも見えないデス」

「レチャアア!! ママー、蛆チャンが、蛆チャンがぁ!!」

「少し静かにしてるデス」ペシッ!

「レジッ!!」

 何も見えない土蔵の中を、手探りで進んで行く。
 黴臭くてなんとなく息苦しい土蔵内は、アントワネットと親指に大きな圧迫感を覚えさせる。
 親指は、恐怖の余り頭を抱えて、ポシェットの中でうずくまった。


「空耳! 明かりをつけろデス!」

 ——……


 ポッ



 土蔵の一角が、明るくなった。
 見ると、なにやら小さな壁のようなもので区切られた小部屋のようなものがある。
 明かりは、その中で灯っているようだ。
 アントワネットは、ゆっくりとその明かりの方へ近付いた。


「デ」

 その小部屋は、南西の角から立ち入る座敷型のもので、特に扉や仕切りはない。
 大きさは母屋の仏間くらいはありそうで、東側のみ土蔵の壁をそのまま利用しているが、それ以外の
壁はすべて何かを利用して後付されたパーティションだ。
 北側には試験管を並べた木棚が一杯に並び、西側の木壁には、書斎にあったものよりさらに小さな
古い文机があり、その上には小さな書棚が設置され、何冊か本が仕舞われている。
 東側から南側の壁にかけて、何やら無数の小箱や鳥篭のようなものが積まれている。
 入り口にもっとも近い所には、アントワネットの二倍前後の高さまである大きな箱があり、そこには
分厚い布がかけられている。
 部屋の中央部は、アントワネットが大の字になってゴロゴロできるくらいの空間が空いている。

 小部屋の中で灯った明かりは、文机の上にあった。
 何もない空間に浮かぶ、小さな火の玉——
 アントワネットは、それを見て驚愕した。

「デデェッ! すごいデス! 火だけが浮いてるデス! これは魔法に違いないデス!」

「レェェェ、ママー、なんだかヘンな感じがするレチィ」

「これは便利デス。これで特許を取れば毎日ステーキ食べ放題デス。——デ?」

 明かりに照らされた試験管の棚に、近寄っていく。
 アントワネットは、試験管の一本を乱暴に取り出すと、その中身を覗き込む。
 中に詰められている、黒く変色したミイラ蛆実装……

「親指、お前お腹空いてるデス?」

「レェェ…もうウンチは要らないレチィ」

「違うものを食べさせてあげるデス。これは“かりんとう”デス」

「かりんとう…レチ?」

「甘くてカリカリしたお菓子デス」

「レチ♪ 食べたいレチ☆」

「ちょっと待つデス。——ええと、よし、取れたデス。さ、食べるデス」

「ママ、ありがとうレチ♪ 親指チャンママが大好きレチ☆」

 ワタシはお前が大ッ嫌いデス……と、心の中で呟きながら、作り笑いで親指の様子を見る。
 親指に与えたのは、試験管の中のミイラ蛆実装。

「レフンレフン!! レェェ…粉っぽいレチ、甘くないレチ、パサパサしてるレチィ…ママァ…」

「親指にはまだ早かったデス? 食べないならママが全部いただくデス」

「レェェ…」

 アントワネットの言葉に、渋々食べ続ける親指。

 ——どうやら、毒はないようだ。

 ようやく安心すると、アントワネットも試験管の一本を取り、中身を口に入れてみた。

「デェ、まずいデス。ってーか食い応えが全然ないデス」

「レチィィ」

 しかし、アントワネットと親指は、なんだかんだで試験管の中身をほぼ全部食べ切ってしまった。

 
     ※          ※             ※



 小部屋の周りに集まり、様子を窺っていた影達に、動揺が走る。

 ア、アレヲタベテルデス?!

 テチャアア、ヤツラは鬼テチィ!!

 蛆チャン、蛆チャアアアン!!

 ——は、早くなんとかしないと大変デスゥ!

 うろたえる影達をよそに、まだ食い足りないアントワネットは、積み重ねられた箱に注意を向ける。
 だが、その中から出てくるのが骨ばっかりなので、次々に放り投げる。
 小部屋の外で、悲鳴が上がった。

 テ、テギャアァァ!!

 アッ、ママ、ママー!!

 今ノデ、遺骨ガワレタデス。コイツハキット、成仏シテシマッタデス

 コノママ遺骨をボロボロニサレタラ、ワタシタチミンナ成仏シチャウデス!!

 カエッテソノホウガイイヨウナキモスルデスガ…

 ナニイイダスデス、コノウラギリモノ!! オマエナンカ食ってやるデスー!!

 デシャー!! 一足オ先ニ成仏デスー!!


 東側の箱があらかた荒らされ、漆喰の壁が露出する。
 アントワネットは、壁に点々と浮き上がっている染みに注目した。
 そのうちの一つが、少しだけ何かで削られている。
 その中を覗き込んだアントワネットは、小さな悲鳴を上げた。


「仔実装のスルメが詰まってるデスゥ♪」


 デ?

 デェ?!

 テ、テチュ?!

 影達の間に、またも動揺が走る。


「親指、今度はおいしいおいしいスルメデス。ここはご飯の宝庫デス!
 これは晩酌の時に何度も食べたデス。噛めば噛むほど味が出るデス♪」

「レッチュウ♪」

 アントワネットは、早速壁を暴こうと格闘するが、さすがに実装石の力ではどうしようもない。
 しばらく悩んでいたが、やがて、ある事を思い出した。
 そういえば、土蔵の近くで何かを見かけたような気がする。
 50センチほどの大きさの、鉄の棒のようなもの。

 アントワネットの口が、不気味に歪む。

「お前達邪魔デス、とっととどくデス!」

 デェッ?!
 デギャッ!!

 影達を押しのけ、出口に向かって走っていくアントワネット。
 ものの数分もしないうちに、外で拾ってきた鉄の棒を持ち込む。

 ——半分に折れた、古いバールの上半分。

 デ、デギャアァァァッッ!!

 マ、マタアレガデタデスゥゥッッ!!

 レ、レチャアァァ!! パキン

 オ、オヤユビチャン?! オヤユビチャアン!!

 影達は、バールの破片を持ったアントワネットからどんどん遠ざかっていく。
 彼女を攻めるどころか、完全に立場逆転状態に陥っている。


——皆さん、何をしているデスゥ?! このままだと大変な事に…

 モウナッテルデスゥ!!

 アレガデテキタラ、モウドウシヨウモナイデスゥ!!

 デ゛ッギャア、鉄挺ナンカモチダシタヤツハ、責任ヲ取レデスゥッ!!

 イヤ、モウアイツハココニイナイデス。子供トイッショニトットト成仏シタデス

——……デスゥ


 もはや、影達は何も出来ずに居た。
 紛れ込んだ人間が相手なら、積年の恨みで多少無理が利くものの、同族が相手だとどうしてもためらい
が生まれてしまう。
 どの影達も、アントワネット達に接近はするものの、いざ手出しをしようとすると退けてしまうのだ。
 だが、その決断力の鈍さ・甘さが、最悪の展開を迎える呼び水となってしまった。


 ガッ、ガッ、ガッ、ガッ……

「スルメ出たデスー♪」

「レチー♪」

 影達の注意が逸れた隙を突くように、アントワネットはバールの先端を起用を使って壁を破壊し、次々
に仔実装のミイラを取り出していた。

「これはなかなか、噛み応えがしっかりしていてウマウマデス〜」

「レッチュレッチュ♪ 噛めば噛むほどレチュ〜♪」

 テ、テチャァァァ!! イタイイタイイタイイタイ……チベッ!!

 アアッ、子供チャアン!!

 マタヒトリ、ヤツラノテニカカッタデス!!

 ナントイウ糞蟲デス…現代ノ実装石ハ、ココマデ糞蟲ニナリサガッテイタデスカ…

 テチィィ!! カ、カラダガイタイテチィィ……チベベッ!!

 アアッ、ワタシノコドモガァッ?!


 自分の死体を食われた影が、次々に消滅(成仏)していく。
 アントワネット達が十五匹ほど食した時点で、ついにある一匹の影が決起した。


“このままでは、ワタシ達が全滅してしまうデス! 今こそ勇気を振り絞るデスっ!
 まずは、ワタシが奴を………デビャッ?!”

 アアッ、トツゼンドウシタデスゥッ?!

——デデェッ?! あ、あああああっ!!!


 空耳(仮名)の悲鳴に、影達が一斉に小部屋を覗き込む。
 なんと、アントワネットがまた別な箱の中身を開き、もっと大きなミイラ実装の死体を取り出して
パクついたのだ。
 その箱の側面には、「第廿陸(26)」と記されている。


「ゲフゥ、なかなか食い応えがあったデス。あの空耳もなかなかいい奴デス」

「レッチュウ〜♪ お腹一杯シアワセシアワセレチ♪」

 すっかり満腹したアントワネットと親指は、そのまま小部屋の中で大の字になって眠り始めた。

 影達の密談が再開される。


“もう我慢ならんデス! なんで死んでまで、しかも同族に虐待されなきゃならないデス?!”

“まったくデス! これというのも、ルミがしっかりしないから悪いデス!”

——デ、デェェ?!

“ここは責任を取って、お前があいつらをここから追い出すデス!”

——ど、どうしてそうなるデスゥゥゥ?!

“四の五の言ってると、ここに居るお前とは何の関係もない蛆霊チャンを、成仏するまでお腹プニプニ
 し続けてやるデス”

“レフレフ〜♪ やっとプニプニしてもらえるレフ〜。ママとはえらい違いレフ〜☆”

——ヒ、ヒィィィィィ!!



 なぜか大役を押し付けられたルミは、べそを掻きながら土蔵内に姿を現し、小部屋でガーガーいびき
をかいているアントワネット達の傍に寄った。

『起きるデスゥ、起きて欲しいデスゥ』

「ンガガ……」

 ゆっさゆっさ
 身体を揺すってみるが、まったく起きる兆しがない。
 親指も、脇でクークー寝息を立てている。

『ねえ、ねえってば! 起きてぇデスゥ!!』

「ンガ—--—!! 中トロとあなごといくらとウニデスー。身の丈ほど持ってこいデスー」

「レチレチ…親指チャンはサビ抜きがいいレチ…」

『デェェ、全然起きてくれないデスゥ』

 涎をダラダラ垂らしながら眠りこけるアントワネット。
 ルミはため息をつくと、そっと耳元に口を近付け、スゥゥ…と息を吸い込んだ。



『 お 客 さ ん 、 終 点 だ よ っ !! デスゥ 』 


「デ、デェェッ?!?!」

 今度は、一気に飛び起きた。

「デェェ、乗り過ごしたデ…………あれれ?」

「レチャアア!! ママ大変レチ、おうちが、おうちが……レ?」

 まだ半分寝惚けている二匹に向かって、ルミが、出来るだけ怖い顔を作って迫る。
 しかし、元々温厚な性格で平穏無事な生活しか経験していないルミには、迫力のある表情など
作れない。
 結局、眉間にちょっぴりシワが寄っただけだ。

 ようやくルミに気付いたアントワネットは、「あ? なんだてめ?」といった顔付きで、睨み返す。
 あっさりと迫力負けするルミ。


『デ、デデデ……あ、ああああ、あの、その…』

「ああ? 言いたい事があるならとっととほざけデス」

『こ、こここ、ここから、そ、その、あの、で、出ていっていたたけませんか? デスゥ』

「はぁ? ここはワタシのうちなのに、なんで出て行かなきゃならないデス? 寝言は寝て言えデス」

『デスゥゥ! ここはルミのおうちデスゥ! あなたのおうちじゃないデスゥ!』

 ほっぺたをぷぅっと膨らませ、抗議する。
 だがアントワネットの高慢ちきな態度は、まったく揺るがない。

「ほほぅ、そんなにワタシの必殺技・大デッスゥボール右1号“分身魔球”を食らいたいデス?」

『デ、デデ、ぼ、暴力反対デスゥ…』

「第一、お前は何者デス? 他人の家に勝手に入り込むのは犯罪デス。これがニンゲンなら、磔獄門で
 市中引き回しの刑、ネット三年間使用禁止の上に最後に電気椅子デス」
 
『デ、デェェ? ホントデスゥ?』

「今なら金平糖十粒で見逃してやるデス。太っ腹なワタシに感謝するデス」

『デェェ、ルミの金平糖は、もう食べられちゃったデスゥ…』

「なら用無しデス! とっとと失せろデスっっ!!」


 すぅぅぅぅっ……——3、——2、——1……


『デ、デギャアァァ!! ご、ごめんなさいデスゥゥゥ!!』

 必殺技の秒読み態勢に恐れおののき、ルミは背を向けて逃げ出した。
 途端に、今まで様子を窺っていた影達がざわめく。

“何ビビってるデスか、ルミ!”

“この、役立たず! これだから飼い実装はダメダメデス”

“それはワタシに喧嘩売ってるデス? ワタシはニンゲンに二年飼われた実装石デス”

“野良と間違われて捕まった奴が、何エラソにしてるデス?”

“デッギャア!! 言ってはならぬ事を言ったデギャア!”

“喧嘩なんかしてる場合じゃないデスゥ!”

“そうとも。そんな暇があったらとっとと舐めるレチ(おぎ〜ん)”

“ごめんなさいテチ、お姉ちゃん歯並び悪いから…”


『デェェェン、みんな喧嘩しないでくださいデスゥゥ!!』

  
 小部屋の周りで、言い争いを始める影達とルミ。
 その頃、アントワネットには変化が起きていた。

「ぬぬぬ、しまったデス。カウント1まで行ったら制止が効かないデス」

「ママー、抱っこしてレチー♪」

「ぬあ、も、漏れるデス、止まらないデスゥッ! ……ファイヤー!! デッシャア!!」


 —— ボ フ ン っ !!


 猛烈な勢いでガスが噴出し、小部屋だけでなくその周囲をも一気に汚染する。

「レチャァァァァァッッ!!!」

 そして、ガスの勢いで弾丸のように押し飛ばされた親指が、暗闇の彼方へ消えた。


 ——チベッ!!   ペチャッ


“グ、グワァァァッ!!”

“と、溶けるデスゥッ!! 身体があ、霊体があっ!!”

“ヒ、ヒィィィィッ!! ウラメシヤァ、デスゥッ!!”

“ヒャアァァァ、最期まで虐待だけの人生だったデスゥゥゥゥ!!”

『み、皆サァァァァン!!!』

 運悪くガスに触れた何体かの影が、消滅してしまった。
 生き?残ったルミをはじめ、その他の影達は、もはや完全にアントワネットに近づけなくなり、タジタジ
になっていた。


“レェェェン、レェェェン、ママのオナラクチャイクチャイレチィィィ!! ママどこに居るレチィィ?!”

 そして、影の中に一匹の親指実装が加わった。


 
     ※          ※             ※


 折れたバールを駆使し、影達を遠ざけたアントワネットは、その後も各所でミイラ化した仔実装の死体
や偽石を見つけ、次々にたいらげていった。
 そして、ブリブリと垂れ流す糞。
 土蔵の中は、すっかり悪臭にまみれてしまい、もはや影達は中二階から下へ降りられなくなって
しまった。
 勿論、何体かの影は果敢にもアントワネットに挑んで行ったが、その度にバールで払われ、無残にも
消滅した。

 もはや、アントワネットは誰にも止められなかった。

「本当に良いおうちを手に入れたデス♪
 さて、娘に……って、親指どこへ消えたデス?
 まったく、勝手にほっつき歩いて悪い娘デス」


“レチャァァァ!! ママ酷い、ママ酷いレチィィィ!!”

 ——我慢してデスゥ、親指チャン…


 ルミの霊に抱かれたアントワネットの親指の影は、泣き喚きながら抗議するが、そんなものが耳に届く
筈がない。

 結局、土蔵内部はアントワネット一人にことごとく荒らされ、見る影もなくなった。
 外が明るくなり、朝の光が差し込んでくる頃、ルミはようやく、あの人魂をとっとと消しておけば、こんな
事にならなかったという事に気付いた。

 だが、もはや後の祭りだった。


 
     ※          ※             ※



 外がすっかり明るくなった事に気付いたアントワネットは、すっかり満腹した腹を擦りながら、外の空気
を吸うために土蔵を出た。

「う〜ん、すがすがしい空気デッス♪ 身も心も洗われるようデス♪」

 深呼吸して、すっかり気分を良くしたアントワネットは、腹ごなしに散歩に出る事にした。

 こんな見事な家を手に入れた以上、周りの様子も把握しておかなくてはならない。
 それに、もし近くに野良の実装石が居たら、今の自分の生活ぶりを自慢して、散々羨ましがらせる
必要がある。

 そんな糞蟲分たっぷりの考えに支配されたアントワネットは、敷地に入り込んだ時同様、垣根の隙間
をくぐり、林道に出た。
 そして夕べ歩いてきた方向を向き、過去の自分の姿を想像して笑った。

『デプププ♪
 たった一晩でここまで生活が様変わりするなんて、ワタシはなんて運の良い実装石デス☆
 これからも、幸運の星はワタシの頭上だけできらめくデス!
 ああもう、何でもワタシの思うとおりになってしまうような気がするデッスゥ♪』

「デピャピャピャピャピャ!!」


 だが。 
 不思議な事に、この時アントワネットは、すぐ近くに迫っている「危険」にまったく気付けないでいた。

 何故か、この時だけは……



 ——シャアァァァァッ!!

「デ?」


 ド ォ ォ ォ ォ ン !!


 キキィィッ!!



「デッギャアァァァァァァァァァ—————ッ」 グシャッ!!


 背後から猛スピードでやって来た何かに轢かれ、アントワネットは林の中までぶっ飛ばされた。
 そして、運悪く巨木の根本に頭を激しく激突させ、頭をぐしゃぐしゃに砕かれてしまった。

 アントワネットは、最期の瞬間まで、自分を襲った事態を理解出来なかった。


「デェェ……ワタシの……うち……セレ……ブッ」 パキン




 屋敷の門口の前では、一人の男が、自転車の前輪部をしきりに確認していた。


「おっかしいな〜、何か轢いちまったような気がしたんだけど…
 でも、別に何もないしなぁ。う〜ん…不思議だ」


 先日金平糖を供えに来た時、まだデジカメのデータを吐き出していなかった事に気付いた男は、
その後データを焼き出して三度目の来訪を果たした所だった。


「ま、自転車も無事みたいだし、いっか。——っと、デジカメもOKだし、さぁて、あらためて行くかな!」


 男は、ポケットの中のデジカメの手応えを確認すると、再び屋敷の敷地に入り込んだ。


 またルミに出会えるといいな、という微かな期待を持ちながら——



 (今度こそ本当に 了)


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