タイトル:【虐】 影の棲む家 肆
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初投稿日時:2007/03/31-11:27:00修正日時:2007/03/31-11:27:00
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【影の棲む家】 肆


     (●A○) 筆者より (●A○)


 このスクは実装石スクですが、人間がメインの内容です。
 ちょっと変わった「探検」スクとして読んでいただければ幸いです。
 一応実装石虐待ネタはありますが、比率は少なめなので過剰な期待は
 しないでください。

 尚、一部本文中に、情報把握力を求められる部分が存在します。
 前2編の重要情報は冒頭部(下記)にまとめさせていただきましたので、
ご参照ください。

 また、本文中に方向の表記として「東西南北」という表現が出てきますが、
ピンと来ない人は

 「北=前、南=後、西=左、東=右」

 と置き換えて読んでみてください。
 (但し主人公主観の方向ではなく、絶対位置です)

 以上、予めご理解願います。



【 前回のあらすじ 】

 自転車で旅行をしている廃墟マニアの男と、実装石ルミは、雨の夜にある和風の屋敷を発見する。
 早速探索を始めるが、その中には不気味な「何か」が蠢いていた。

 屋敷内で次々に起こる怪異の原因が土蔵にあるのではないかと考えた男は、推理の果てに、
隠し扉の存在を突き止める。
 同時に、男とルミは屋敷内に棲む謎の存在達に閉じ込められてしまった。
 もはや、土蔵の中に進むしか手は残されていない。

 しかしその隠し扉は、無数の紙札で厳重に封印されていた。



●ここまでの情報整理:

・屋敷は、約24年半以上前から廃墟になっているらしい

・屋敷には、昔「主人」「妻」「娘」が住んでいたが、「主人」以外全員死亡した
※「娘」が死亡した記録が、12年もの差を置いて2つ存在している 

・屋敷の中では、居る筈のない不気味な実装石が見かけられる

・屋敷の西側に古い土蔵があるが、正面入り口は閉じられている(但し隠し扉あり)

・二階書斎に、主人の書き記した日記やアルバムがある(以下発見順)

1.書斎の日記(76年)→
 娘が戻ってきた / 妻が体調悪化 / 妻の容態悪化

2.書斎の日記(80年)→
 虚無感を味わう / 「アレ」を屋敷内でまた見かける / 娘が死亡 / 主人が独り残される

3.書斎の日記(82年)→
 特に何の特徴もない事が記されているが、2/3以上ページを残して不自然に途切れている

4.書斎の日記(77-78年)→
 妻の闘病生活の様子 / 「影」「身体に欠損のある実装石」などを屋敷内で目撃 /
 主人、土蔵への侵入を図るが失敗(土蔵への隠し扉の情報) / 妻の死去
 
5.書斎に古いアルバム(1957年日付)あり。
 しかし、娘の写真が途中からなくなっている。

6.書斎の日記(64年)→
 「娘」が七歳の若さで病死した事が記されている

・二階タンス部屋に、土蔵への隠し扉を発見。
 ただし無数の紙札で封印されている。


     ※          ※             ※
 

 ナイフで紙札を切り、剥がし、木扉を開放していく。
 物凄く後ろめたい上に、まるでとんでもないバケモノを開放してしまうのではないかという恐怖感が
付きまとい、なかなか作業が巧く進まない。
 その間も、襖の向こうではあの怪しい鳴き声と打撃音が響いている。 
 それどころか、打撃音はポスッという軽いものではなくなり、少しずつ力が強まっている。
 今では「ドン」という、人間が拳で軽く叩いたくらいの音になっている。

「ご主人様ァ! は、早く開けるデスゥ! このままだと中に入って来ちゃうデスゥ〜〜!!」

「わ、わかってる! 焦らせるなっ!!」

「デェェェン! 金平糖五粒貰う約束まだデスゥ! それなのにこんな所であいつらに捕まりたくない
 デスゥ! デェェェン! デェェェン!」

 約束は確か四粒じゃなかったか? …という疑問を抱くが、今はそれどころじゃない。
 男は、精一杯作業に集中し、ようやく、扉が開けるくらいに紙札を剥がし終えた。

「行くぞ、ルミ!」

「デェ?! 開いたデスゥ?」

「早く、こっちに来い!」

「やったデスゥ! これで金平糖六粒ウマウマデスゥ♪」

 どさくさに紛れて、数を増やしている。
 男は近寄ってきたルミを小脇に抱え、勢い良く木扉に手を掛ける。
 扉はあっけなく開いたが、中から溢れ出てくる重苦しい空気に、一瞬硬直してしまう。

 タンス部屋の襖は、もはや向こう側から突き破られん勢いで揺れている。

 ドンドン、ドンドン、ドンドン!!

「デヒャアッ!」

「くそっ!!」

 物凄く嫌な感じはしたが、もう選択肢は残されていない。
 男は、覚悟を決めるとルミと一緒に木扉の向こうへ飛び込んだ。


「「 ど っ せ い ! 」」


 ——キィィ……パタン

 身体にまとわりつくような重い空気に、男は一瞬戸惑いを覚える。
 背後で、何かが閉まる音がした。



     ※          ※             ※
 

 黴臭いような、生温いような、埃っぽいような独特の空気の中に、男とルミは居た。
 そこは、土蔵内部の中二階のようだ。
 黒っぽい木板で作られた床が、北と南に真っ直ぐ伸びている。
 男達が出たのは、その中間くらいの位置だった。
 床は、北角部から左手(西側)に折れているが、南側はそのまま行き止まりのようだ。
 男達が今いる中二階は、北側部分以外何も置かれていない。
 というより、幅がものすごく狭いため、置きようがないのだ。

 この中二階廊下は、幅がせいぜい1.5メートル強程度。
 その向こう側は、そのまま吹き抜けになっている。
 しかも、その手前に柵のようなものは、一切設置されていない。
 男が先程、もう少し勢い良く飛び込んでいたら、そのまま廊下を通り抜けて一階まで真っ逆さまに
落ちていた事になる。
 奈落の穴を発見した男は、今までとは違う理由で背筋を凍りつかせた。

「あ、危ねぇ〜!!」

「ケホケホ、ご、ご主人様、これからどうするデスゥ?」

「うん、そうだな…って、あれ?」

 ルミの方を向いた表紙に、男は、木扉がいつのまにか閉じている事に気付く。
 嫌な予感に駆られ、木扉を開けようとしてみるが、びくともしない。
 先程の襖と、全く同じ展開だった。

「またかよ…どうしろって言うんだ?」

「でも、でも、変なのは入ってこないデスゥ?」

「けど、俺達も別な出口見つけないと、ここから出られないんだぜ!」

「デデェェッ?! そ、それは困るデスゥ!」

「ま、とにかく…入っちまったんだから、当初の目的は果たすか」

「デスゥ…」


 気を取り直して、男はライトで周囲を照らしながら、じっくり様子を窺う。
 どうやら、北へ進むしか選択肢はないようだ。
 片手で目の前の床の強度を確かめながら、匍匐前進するようにじわりじわりと進んでいく。
 積年の埃が服と身体を汚すが、文句は言っていられない。
 男は、せめてマスクくらい持ってくるんだったと、激しく後悔した。

「前に何かあるデスゥ?」

「木箱と、行李、だな」
  
 中二階の北側、東西を横切るように張られた廊下の上には、無数の箱が積み重ねられていた。
 それは木製の箱だったり、竹で編み上げられた行李だったりとまちまちだが、いずれも結構な大きさ
があり、重そうだ。
 今のところ、重さに負けて床が崩れたりはしていない。
 母屋の方もそうだったが、どうやらこの土蔵内部も、意外に劣化していないようだ。
 北側に辿り着いた男は、試しに一番手前に積まれている行李を少し持ち上げようとしてみた。
 なんとか持ち上がりそうではあるが、とてもじゃないがどこかへ運べそうには思えない。
 どうやってこれをこんな所に積んだのか理解不能だったが、間違いが起こる前に元に戻す事にした。
 行李の蓋を開けてみると、中にはすっかり変色してしまった古い衣類がぎっしりと詰められていた。
 何かの祭事にでも用いられたのだろうか、元々は派手な色合いのものだったらしい。

 東西に渡る廊下を照らし、隅々まで眺めてみるが、ここには箱類以外変わったものは見られなかった。
 ただ一つ、中程に下へ降りる階段が設置されている。
 男が、眉をしかめる。

「どうしたデスゥ? 階段デスゥ」

「いや、わかってる。わかっているから…まずいんだって」

「デェ?」

 廃墟の階段は、もっとも気をつけなくてはならないポイントの一つだが、一番まずいのがこの
「下に降りる階段」なのだ。
 母屋の階段はがっしりしていたので使用に問題はなかったが、この階段も無事だとは限らない。
 上に向かう階段なら、強度を調べながら少しずつ上がり、やばいと思ったら昇るのを止めて途中で
降りられるが、下り階段ではそれが出来ない。
 基本的に「降りる」しか選択肢がないため、もし強度がやばかったらその時は否応なく「落ちる」。
 男は、廊下に腹ばいになってライトで下を照らしてみた。
 階段周辺は特に危険そうなものは置かれていないが、階段の真下には何か色々と積まれている
ようだ。
 もし、段が途中で割れてしまったら、そこへ真ッ逆さま。
 男の目が、脇に立つルミへ向く。

「ルミ、実は頼みが」

「壮絶にお断りですデスゥ」

「いや、まず俺の話を」

「いくらご主人様でも、聞けない事があるデスゥ」

「まあ、そういわずに」

「ご主人様が考えてる事はわかってるデスゥ! どうせルミを先に降ろさせて、安全を確かめるつもり
 デスゥ! でももしルミが落っこちたら、どうするつもりデスゥ!!」

「やってみないうちから諦めてはいけない。学校で習わなかったのか?!」

「実装石に、何言ってるデスゥ?」

「しょうがない、ここはド〜ンと奮発して、金平糖を十粒付けようじゃないか」


「大切なご主人様のご命令デスゥ、ここは身体を張らせていただくデスゥ♪」


 見事に商談が成立し、ルミは、男に支えられながら階段をゆっくりと降りた。
 ルミの大きさだとスムーズに降りる事は出来ないので、一段ずつ時間をかけて身体を滑り下ろして
行くことになる。
 一段降りるごとに不安そうな顔を男に向けるが、その度に「金平糖!」と声をかけると、すぐに顔付き
が引き締まる。
 そんなやりとりを何度か繰り返し、真ん中辺りまで進んだ時点で、突然ルミの動きが止まる。

「なんだあ、どうしたんだルミ?」

「デ、デ、デ、デ!!」

「金平糖〜、金平糖〜♪ ほらほら頑張れ、」
 
「デ、デデェェ〜!! デェェ〜!!」

 男の方を見上げながら、ルミが震えた声を上げる。
 右手を上げて、何かを示しているかのようだ。
 それを「疲れた合図」と判断し、しょうがないなぁと自分も階段を降り始めようとする。
 姿勢を変えた瞬間、男は、ようやく周辺状況の変化に気が付いた。

 いつのまにか、無数の小さな影に取り囲まれていた。

「う、うわあぁ——っっ!!」

「だ、だからいわんこっちゃないデスゥ〜〜!!」

「お前はまだ何も言ってなかっただろうが———っっ!!」

 その数は、十匹前後になるだろうか。
 左右背後に佇んでいる小さな影は、男の真似をして下を覗きこんでいたようだ。
 そして次に男の方へ向き直り、じわりじわりと距離を縮め始める。

 やがて、男は気がついた。
 小さい影それぞれの顔の辺りに、赤と緑の小さな二つの光がある事に。
 それが、じっとこちらを見つめている。
 実装石の特徴であるオッドアイが、廃墟で見るとこれほどまでに怖い物なのかと、男は初めて思い
知った。


「デェェェ!! ご、ご主人様ぁ!!」

「は、は、早く降りろぉ! ルミぃ!」

「デギャアァァ!! そ、そんなの無理デスゥ〜!!」

 階段は段の幅が狭く、また角度も急なため、男は梯子の要領で降りなければならない。
 そのため、降りようとする瞬間、どうしても小さな影達と向き合う形になってしまう。
 それを待っていたかのように、影達は、男の身体に触れ始めた。
 ぬるりとした、冷たい不気味な感触が、次々に襲い掛かる。

「うわ…!!」

 ぬちょっ…

「わひ…?!」

 男の手を、何かが「舐めた」。

 生臭い腐臭が手にまとわり付き、冷たいような暖かいような「液体」が、指の隙間にぼたぼたと
したたり落ちる。
 男はつい反射的にその手を引き、パッパッと払おうとしてしまい………思い切りバランスを崩した。


「あーっ! ご主人様ぁっ!!」

「へ…? あ、あれ?」

 男は、そのまま……落下した。



 ———ドスンっ!!



     ※          ※             ※
 


「——人様、ご主人様ぁ! デェェェン!! デェェェン!!」

 ルミの泣き声が聞こえる。

 ぼんやりとした意識の中、男は、うっすらと目を開けてみる。

「ルミだけ残して死んでしまうなんてぇ、あんまりデスゥゥゥ!!」

「殺すなっての、勝手に」

「デェ?! ご主人様が生き返ったデスゥ!」

「あのなぁ。…イテテテ」

 全身に走る痛みと痺れで、男は目を覚ました。
 周辺が、以前より少しだけ明るくなっている。
 視界の端に、中二階の明かり取りの窓から、外の光が差し込んで来ているのがわかった。
 どうやら、夜が明けようとしているようだ。

 階段から転げ落ち、しばらく気絶していた事に気付き、男はゆっくり身体を起こす。
 舞い上がる埃に咳き込みながら、あらためて周りを見回した。

「あれから、どうなった?」

「何もないデスゥ。上のヘンなのも、こっちに降りて来ないデスゥ」

「そうか」


 土蔵の一階。
 そこは、巨大な「空き部屋」だった
 主に中二階東西の廊下の真下部分と、正面入り口の周囲に荷物が集中してまとめられている。
 それ以外の部分にも少し点在してはいるが、とにかく開けられたスペースはかなりのものだ。
 土蔵自体かなりの大きさがあるようで、外観から受けるイメージとはあまりにかけ離れていた。
 男は、てっきり古い道具類がぎっしりと詰め込まれているのだろうと思い込んでいたので、その
ギャップに驚かされた。
 否、確かに古い家具や道具類は、一階にも保存されている。
 しかし、それらはすべて壁際に押し寄せられていたり、また強引に木箱に詰め込まれていて、お世辞
にも巧く整理整頓されているとは言えなかった。
 例えるなら、親に命じられて渋々オモチャを片付けた子供部屋の様相。
 男は、首を傾げながら端に寄せられた道具類を物色し始めた。

「ご主人様?」

「何があるのか見てみる。お前はそこで見張っててくれ」

「デェェ、は、早く済ませて欲しいデスゥ」

 おどおどしながら、男の背後で周囲を見張るルミ。
 それを横目に、男は物色を続ける。

 母屋より遥かに古い造りのタンスや棚、日本鎧、ボロボロの厚布、木刀などの模造刀各種、茶色く
錆びた扇風機、太い竹の棒、日本人形の治められた木箱、もはや使えそうにないほど劣化した古い
農作業用具、工具類、油紙で包まれた高級そうな食器類……

 色々な物が出てくるが、いずれも相当経年劣化している。
 ただ、そのほとんどが結構な高級品ばかりだという事は容易に理解できる。
 どうやら、この屋敷は元々かなりの金持ちの家だったようだ。
 色々と感心しながら、物色した物を丁寧に元に戻していく。
 土蔵の西側、南側(入り口周辺)を探索した男は、次に東側の様子を観察しようとして、足を止めた。


「なあルミ、あれ、なんだと思う?」

「お部屋…みたいデスゥ…」

「行ってみようか」

「デェェ…なんだか、物凄く嫌な予感がするデスゥ」

 一階の北東部、角の少し手前の辺りに、何か奇妙なものがある。
 それはルミが言ったように、まるで荷物で壁を構成した「秘密の小部屋」のようだ。
 男はそれを見て、自分の子供の頃を思い出した。
 宿題や塾を強要する親から逃げるため、実家の店が使っている物置の角にダンボールを持ち込み、
壁を作ってその中で懐中電灯を頼りにガンプラを作って遊んでいた事がある。
 調子に乗ってガンプラに塗装をし始めたら、シンナーの匂いに気付いた父親にあっさり発見され、
外に引っ張り出されたものだ。
 あの時の隠し部屋が、ちょうどこんな感じの雰囲気だった。
 遥か昔にも、似たような事をしている奴が居たんだな、と妙な親近感を覚えた男は、ゆっくりとその
小部屋に足を踏み入れてみた。

「ルミ、一緒に来るか?」

「デェ、こ、ここで待ってるデスゥ、見張ってるデスゥ」

「付き合い悪いなぁ」

 なぜかどうしても小部屋に近寄ろうとしないルミは、少し離れた所で立ち止まり、心配そうにこちらを
見つめている。
 男はルミを残して、中へ入り込んだ。


 そして、数分後。


 ——カシャン!!

「——?!?!」


 男は、思わずその小部屋から飛び出した。


「ど、どうしたデスゥ? ご主人様?!」

「——!! ——!!」

 言葉が出ず、凍りついた表情のまま必死で両腕を振る。
 そんな男の態度を心配したのか、ルミがおっかなびっくり近付いてくる。

「何があったデ——」

 中に入り込み、「ソレ」を見たルミは、男とまったく同じリアクションで小部屋を飛び出す。
 男の背後に回りこみ、ガクガク震えだした。

「デ、デシャアァァ?! な、な、何アレ? 何アレデギャァ?!」


 その小部屋は、とてもじゃないが、男の少年時代と照らし合わせられるようなものではなかった。

 小部屋の北側…荷物で仕切られた壁に立てかけるように、小さな木棚がいくつも設置されている。
 その中に、細長いガラスの瓶…否、試験管がびっしりと並べられていた。
 いずれもコルク栓が施され、口の辺りは木のプレートで挟まれて木棚に固定されている。
 その中に、黒くくすんだ小さな「何か」が詰め込まれている。
 その中身に興味を覚え、試験管の一つを手に取り、表面に付着した埃を払ってライトを向けてみた。

 ——男は小部屋を飛び出したのは、その直後だった。


「な、な、な、なんだ、ありゃ?!」

「う、う、蛆チャン! 蛆チャンデスゥ!! あれみんな全部全て蛆チャンデスゥゥ!!」

 ルミの言う通り、試験管の中に入れられていたのは、すべてミイラ化した蛆実装だった。
 1センチ未満にまで縮んでしまったそれは、カサカサになりながらも眼孔と口腔、耳の痕跡を明確に
残している。
 男が光を当てた瞬間、その凹凸が浮き上がり、まるでバケモノのように見えたのだ。
 取り落とした試験管は、中身のミイラ蛆実装ごと砕け散っていた。

 恐る恐る、割れた試験管に近付く。
 男はそこでようやく、その小部屋のみ畳が施されている事に気付いた。

「…どうする、ルミ、お前…」

「や、や、やっぱり外で待ってるデスゥ。ここは、とても怖くて入りたくないデスゥ…」

「それがいいな、ちょっと、その脇で待っててくれ。すぐ戻るから」

「き、気をつけてデスゥ」


 ルミを小部屋入り口の脇に退避させ、男は、あらためて小部屋全体を見つめた。

 破片を足で脇に避け、もう一度木棚を確認してみる。
 どうやら、その試験管の中身はすべて蛆実装のようだ。
 いずれも同じようにミイラ化しており、苦悶の表情で閉じ込められている。
 試験管の底部分が、どれも黒く染まっている。
 それが蛆実装の糞によるものだと気付くのに、しばしの時間がかかった。

 数えてみると、試験管の数は軽く60本を越えている。

 木棚や試験管の状態、そしてコルク栓を施されながらも中身が乾燥しきっている状況から、この者達
が想像を絶する長期間放置されていた事が理解できる。
 はじめはミイラ蛆実装を気味悪がっていた男だったが、やがて、恐怖の対象はこの小部屋そのもの
に移り変わった。

「ここは…何なんだよ、一体?!」


 あらためて、小部屋の状況を確認してみる。

 小部屋は、南西の角から立ち入る座敷型のもので、特に扉や仕切りはない。
 大きさは母屋の仏間くらいはありそうで、東側のみ土蔵の壁をそのまま利用しているが、それ以外の
壁はすべて何かを利用して後付されたパーティションだ。
 床に直接置かれた畳や、西側にある粗末な木材で作られた壁などから、この部屋が後から土蔵内
に設けられたものだという事がわかる。
 北側には試験管を並べた木棚が一杯に並び、西側の木壁には、書斎にあったものよりさらに小さな
古い文机があり、その上には小さな書棚が設置され、何冊か本のようなものが仕舞われている。
 東側から南側の壁にかけて、何やら無数の小箱や鳥篭のようなものが積まれている。
 入り口にもっとも近い所には、男の胸の高さくらいまである大きな箱があり、そこには分厚い布が
かけられている。
 部屋の中央部は、かろうじて男が大の字になれそうなくらいの空間が空いているが、たとえ頼まれて
も、男はそこに寝転びたくはなかった。
 さっき割ってしまった試験管の近くに、ドス黒く変色した古い染みを発見したのだ。

 ここはまるで、もう一つの書斎——それも、とてつもなく醜悪な目的で用いられたもの。

 男は、そう実感した。
 そして、この土蔵に秘められた「謎」が、この一角に集約しているような気がしてならなかった。

 まず、東側の箱を確認する。
 コトコトと軽い音が鳴る箱を取り上げ、埃を吹き飛ばしてから合わせ蓋を取り上げる。
 途端に、箱を取り落とす。

 中から出て来たのは、頭蓋骨。
 男の顔から、一気に血の気が失せた。


「ご主人様、大丈夫デスゥ?!」

「え?! ——あ、ああ……大丈夫、ウン。大丈夫……だと思う」

「デェ…」

 ルミが声をかけてくれたおかげか、咄嗟に取り乱さずに済んだ。
 男は深呼吸をして、出来るだけ平静さを取り戻そうとする。

 今まで廃墟で発見して、心臓が止まりそうなほど驚いた物に「人形」と「マネキン」がある。
 前者は、大きさによっては一瞬子供の死体にも見えてしまう。
 マネキンなどは、パーツによっては遺棄された死体の断片に見える事がある。
 不意に頭なんか見つけてしまったら、間違いなくパニックを起こしてしまう。
 以前、別な廃墟マニアが頭蓋骨の模型を発見した事があり、思わず警察に通報してしまったという
笑い話を聞かされたが、まさか自分がそれ以上の経験をするとは思わなかった。

 男は、実装石がパンコンする時の心境が、痛いほどよくわかった気がした。


 さらに数分間を置き、勇気を出してもう一度頭蓋骨を確かめる。
 薄暗闇で見る頭蓋骨は相当な恐怖だったが、それでも我慢して、必死の思いで観察する。
 やがて、それが人間のものではない事に気付いた。
 微妙に横幅があり、逆に縦幅がない。
 また顔面部の構造もおかしく、妙に情報が前面部に集中しすぎているように見えた。

 ——実装石の、頭蓋骨。

 どうやらこれは、成体実装石の骨のようだ。
 人間のものでない事に安心した直後、別な恐ろしさがこみ上げてくる。
 これが実装石だとして、どうしてこんな形で保存される必要があるのだろう?
 よく見ると、白い箱なのに内側全体がドス黒く変色している。
 その意味をなんとなく理解した男は、ゆっくり蓋を閉じ、思わず手を合わせてしまった。

 似たようなサイズの箱がまだ沢山あるものの、とてもじゃないが中を確認する気になれない。
 その中身がどのようなものなのか、だいたい想像が付いてしまう。
 男は、最初に手に取った箱を戻そうとして、ふと、あるものに気が付いた。

 積まれた箱の陰になっていてわからなかったが、東側の壁に、何か絵のようなものが見える。
 漆喰に直接描いたような、不自然な彩色の痕跡。
 気になった男は、一つずつ箱を避け、陰になっている部分を露出させ、ライトを向けた。

 それは、絵ではなかった。
 単なる、壁の染みだった。

 薄灰色と白色がマーブル状に入り混じった、漆喰の壁。
 その至る所に、黒ずんだ染みが浮き上がっている。
 だがその染みは、明らかに自然発生したものではない。
 初見で絵と間違えたのは、その染みが、すべて縦横規則正しく整列しているためだ。
 よく見ると、それぞれの染みの中心部辺りに漆喰の剥げ落ちが見られる。
 ほぼ例外なく、すべての染みに見られる跡。
 三十以上も並んでいる不気味な染みを見ているうち、そのいくつかが人の形に似ている事に気付く。

「おい……これ、まさか…」


 男は、ベルトに固定しているナイフの存在を思い出した。
 ここに来るまでに、既にいくつものルール違反をしているため、とても気が引けたが。
 この染みの正体を確かめなければならないような、そんな気持ちが突然芽生えた。

 しばらく悩んだ後、男は覚悟を決め、ナイフを取り出す。
 それを逆手に構え、染みの一つを、カリカリと削り始めた。

「ご主人様、何をしてるデスゥ?」

 音に反応したのか、ルミがまた声をかけてくる。
 男は無言のまま、片手でルミを制すると、またすぐに作業に集中する。

 漆喰は、意外に早く削り落とす事が出来た。
 やがて、数センチの厚みの向こうから空間が露出する。
 ライトに照らされた隙間から、ボロ布をまとった白い骨が見えた。
 四センチ四方程度を削ったところで、男の手は止まった。

 サイズから考えて、壁の中に居るのは仔実装だろう。
 身動きが取れない状態され、餓死し、肉体が腐り落ち、腐汁が染み出してきたのだ。
 この染みの数だけ……

「ご主……」

「ルミ、今は絶対こっち見るな」

「デェ、なんでデスゥ?」

「いいから、絶対に見るなよ」

「デ……」

 振り返らずに、声だけでルミを止める。
 男は、壁の穴から目が離せなかった。

 ——きっと、とても怖かっただろう。
 仔実装達は、状況も判らぬまま、或いは先に埋め込まれた仲間の惨劇を目の当たりにしながら、
極限の恐怖の中で塗り込められていったに違いない。
 何かで眠らされていたのかもしれないし、生き埋めだったとも限らないが。
 いずれにせよ、二度と脱出出来ない狭い空間に閉じ込められた仔実装達の恐怖は、どれほどの
ものだっただろうか。

 男には、理解が及ばなかった。
 実装石を飼った経験もなく、また特に興味も持っていなかった男は、漠然と理解していた「虐待派」
と呼ばれる連中の行動の現実を見せ付けられ、大きな衝撃を受けた。

 これでは、まるで猟奇殺人ではないか?
 対象が人間から実装石に移っただけで、やっている行為はほとんど同じじゃないか!
 あまりにも大きなショックは、男に不条理感と怒りを覚えさせる。
 そして同時に、この家の主人に対する認識が変わった。

 実装石にこんな酷い事をしておきながら、日記ではあんな事を書き、あんな愛護雑誌を読みふけって
いたのか……

 男は、それまで屋敷の主人に対して、淡い尊敬の念を抱いていた。
 家族に対する深い愛情、孤独に耐え続ける心の強さに、憧れのようなものを抱き始めていた。
 だが、それらはこの小部屋を見てすべて吹っ飛んでしまう。
 男の心の中に、「自業自得」という言葉が浮かび上がってきた。


「ご主人様ぁ、お顔が暗いデスゥ。何があったデスゥ?」

「ちょっとな、ここの主人にゲンメツした」

「デェ? なんでデスゥ?」

 男は、ルミがショックを受けそうな直接的な表現を避け、おおまかに状況を説明し、そして先程抱いた
思いを告げた。

 その途端、なぜかルミが目を剥いて怒り出した。

「デシャアッ! 何勘違いしてるデスゥッ!!」

「え? え? な、何?!」

「そんな事あるわけないデスゥっ!! もっとしっかり調べるデスゥッ!!」

「ル、ルミ?! 何怒ってんだお前?!」

「ここはずっと誰も入れなかった所デスゥ! なのにそんな事出来る筈がないデスゥッ!!」

「え? あ……そうか」

「寝言は寝て云うものデスゥ! 今度そんな事言ったらもう口聞いてあげないデスゥッ!!」

「あ、いや悪かった」

 言われてみれば、確かにそうだ。
 ここは四十年くらい封印されていたのだ。
 あの写真を見る限り、この家の主人が実装石虐待に利用していたとは、少し考え辛い。
 だとしたら、別な家人がやっていたという事なのたろうか?

「まったく、これだから思慮の浅いご主人様は困るデスゥ〜」

「うう、本当にすまん……」

 男の腕をポフッと一発叩くと、ルミはプンスカ怒りながら再び先程の待機場所まで移動する。
 そして、壁の向こうから片目だけ出して、ジト目で睨み始めた。
 なんでここまで言われなきゃならないんだ、という気も多少あったが、今反論するとややこしく
なりそうだ。

「ご主人様は〜、とっとと〜、調べやがれデスゥ〜。イヒヒ〜」

「わ、わかったから、その言い方やめて…結構怖いからやめて」

 一階で出会った謎の実装石を思い出し、少し身震いを覚えた男は、一息つくと再び小部屋の調査に
戻った。



     ※          ※             ※



 これ以上箱の山を調べる気になれなかった男は、今度は文机の上に置かれた書棚に注目した。
 そこに仕舞われていたものは、古い厚手の和紙を束ね、紐だけで製本された簡素な帳面だった。
 適当に一冊取り出して開いてみると、紙がかなり傷んでいて端がボロボロと割れ始める。
 男は、慎重にページをめくりながら、墨汁と筆で書かれたと思しき文章を読み込んだ。

 どうやら、これも日記のようだ。
 というより、むしろ「記録」と言った方が正しいかもしれない。

 古い書き方のせいで相当読みづらいが、男は我慢して目を通した。


“大正拾弐年 肆月○日——快晴

 棟邊氏ノ田畑ニ三匹ホドノ青蟲出没シ、是ニヨル農作物被害甚大ナル報告アリ。
 氏ノ尽力ニヨル捕獲ノ後、タダチニ処分対策ニ入ルモ、他ノ同族生息ノ可能性
 考慮余地アリトノ意見ヲ村長殿ヨリ賜リ、再検討ス。

 マズ三匹ノ青蟲ノ内、親蟲ヲ拘束。
 火箸ニテ喉ヲ焼キ、両脚焼却後ニ棟邊氏ノ田畑付近
 ニ放チ囮トス。

 夕刻頃、更ニ弐匹ノ仔蟲ヲ捕ラエル事ニ成功ス。”


“大正拾弐年 肆月●日——快晴

 青蟲捕獲後ノ被害拡大報告ナシ。
 村長ノ許可認定ヲ得シ後ニ青蟲共ヲ用イ、引キ続キ禍石ノ保存研究ヲ執リ行フ。

 コノ度ノ実験デハ、薬草煮汁ヲ濃縮セシ液体ニ生薬陸匁、人参大乗円ヲ湯ニテ溶キシ
 液剤ヲ一合、金平糖弐粒ヲ加エシ物ヲ用イル。
 三日間絶食サセシ青蟲共ノ禍石ヲ除去シ、混合液剤ニ浸セシ後、第廿陸箱カラ第廿捌箱ニ
 封入シ是ヲ観察。
 コノ度ハ餌投与ヲセズ、青蟲共ノ生命力ニ期待ス。”



「え〜と、た、大正12年だから…確か、11を足すんだよな……西暦1923年、か」 

 それはなんと、今から83年以上も前の帳面だった。
 その内容から、「青蟲」なる害虫の捕獲と処理を村単位で行っていたらしい事が判ったが、どうも
そこから後は怪しげな実験に使っていたようだ。

 恐らく、この「青蟲」というのは実装石の事だろう。
 そして「禍石(まがいし)」というのは、実装石の体内にあるという“偽石”と呼ばれる器官を指している
のではないか。
 虐待派の中には、実装石から偽石を取り出して栄養剤に浸け、死なない状態にしてしまう輩が居る
らしいが、まさかこんな昔からやっている者が居るとは思わなかった。

 “第廿陸(26)箱”というのが何なのか咄嗟にわからなかったが、小部屋の南側を見てすぐに納得した。
 南側の壁に積み重ねられた小箱の側面には、古い漢数字による番号が振られている。
 ここに記されている野良実装石の一家五匹は、26から28番目の箱に分けて詰められたという意味
だろう。
 該当番号の箱を発見し、中身を確認しようと一瞬思ったが、その上に無数の箱が積まれているため、
断念する。
 
 男は、別な帳面を取り出し、再びページをめくった。


“昭和弐年伍月▲日——雨

 三歳ニナツタバカリノ息子ガ、庭先ニ出没シタ青蟲共ト戯レテイル所ヲ家人ガ発見スル。
 息子ハ厳重ニ叱リ、青蟲共ノ無様サト醜サ、是ト戯レル愚カサヲ徹底教授スル。
 青蟲ノ分際デ、ヤガテハ皇国ニ報イル我ガ子ニ触レシ者共ニハ、正義ノ名ノ元ニ然ルベキ
 鉄槌ヲ下ス。

 庭ニ打チ立テタ杭ニ拘束シタ青蟲ヲ、鉄挺ニテ殴打シ時間ヲカケテ仕留メル。
 ソノ様子ヲ、後学ノタメ息子ニモ漏ラサズ見セル。
 泣キ喚キ脱糞ノ体タラクニ激シク失望スルモ、我ガ一族ノ血ヲ引キシ長男デアルタメ、
 ヤガテ一人前ノ日本男児トシテ自立出来ルヨウ、心ヲ鬼トシテ厳シク接スル所存。”


「…マジかよ、オイ…」

 これを書いた者は、三歳の息子の目の前で、さっきまで一緒に遊んでいた実装石を殴り殺したらしい。
 そんな事されたら、普通は深刻なトラウマを植えつけられてしまう筈だ。
 文章の端々から、当時の日本人らしい考え方が覗いている。

 陰鬱な気持ちに捉われ始めた男は、とても全てに目を通す気にはなれず、最後に一番端の帳面だけ
見て止める事にした。


“昭和玖年拾弐月■日——雪

 息子ノ教育ノ一環トシテ、青蟲ノ生態トソノ処分法ニツイテ伝授ヲ執リ行フ。
 激シク抵抗スル息子ヲ折檻シ、目ノ前デ簡単ナ解体処分ヤ屠殺処置ヲ行ワセル。
 青蟲ガ絶命スル度ニ泣キジャクル我ガ子ニ、拳骨ヲ見舞ウ心ガ苦シ。
 是モ、ヤガテハ皇国ニ献身スル立派ナ男児ヲ育テル為ニ成サネバナラヌ事ト、
 己ニ強ク言イ聞カス。

 二ヶ月前ノ研究用孕ミ蟲カラ、大量ノ蛆虫ガ生誕。
 息子是ニ激シク嘔吐シ、必死デ避ケルタメヤムナク退出ヲ命ズ。
 息子ヲ苦シメタ罰トシテ、蛆共ハ試験管溶液ニヨル長期保存実験ニ用イル事トスル。”


「——狂ってる」

 思わず、言葉が漏れる。
 男は、最初に見つけたミイラ蛆実装の試験管棚を睨みつけた。

 「孕み蟲」と呼ばれていた実装石が産んだ蛆実装の末路が、あれなのか…
 
 虐待派だったのは、先代の主人。
 ここは、先代が利用していた実装石虐待用の個人施設なのだ。
 この試験管や小箱の中身、壁の染み以外にも、きっと数え切れない程多数の実装石が殺されたに
違いない。
 まして、そのような卑劣な行為を実の息子にまで強要する狂気。
 噂に聞く虐待派という者が、ここまで恐ろしい思考を持っているという事に、男は大きな衝撃を受けた。
 否、記述を読み進める毎に、心が打ちひしがれていくようだった。


 しかし、母屋の日記内容を思い返して疑問を抱く。
 確かあの日記には、四十年ぶりに土蔵に入るとか書いてあった筈だ。
 それが昭和52年…77年のこと。
 とすると、逆算してだいたい昭和12年頃、ここが封印される理由になる「何か」があった事になる。


「ご主人様ー? ルミ待ちくたびれたデスゥ」

 向こうから、ルミが弱々しく声をかける。
 男はもう少し待つように言い聞かせると、一番日付が新しいと思われる記述を探すため、もう一度
帳面をめくった。



“昭和拾壱年 弐月廿日——曇

 マダ碌ニ村ニ慣レテモオラヌ若年ノ新米駐在ガ、私ヲ徹底追及シタタメ、青蟲駆除研究
 施設ヲ公開セザルヲエナクナツタ。
 村長ヤ村役場ノ若イ連中ト、青蟲駆除ノ必要性ニツイテ議論ヲ執リ行ウガ、驚く事ニ
 奴等ハ私カラ受ケタ之マデノ恩恵ヲ全テ忘レ、モハヤ総テ必要ナシト宣言。
 此処ニ、向コウノ陣営ニ我ガ子ガ加ワツタ事デ、話ガ益々拗レ。

 青蟲共ノ鳴キ声ニ対スル苦情申シ立テモ有、等ト言フ取ツテ付ケタヤウナ方便ヲ用イ、
 村長ガ研究ノ停止ト駆除活動ノ停止ヲ依頼ス。
 亡キ父親ト違イ、腑抜ケ極マリナシ態度ニ立腹スルモ、活動資金援助停止トアレバ
 ヤムナシ。
 近日中ニ、記録ノ破棄ヲ執リ行フ旨ヲ伝エル。
 誠ニ遺憾哉”


“昭和拾壱年 弐月廿壱日——曇後雨

 最後ノ実験体・第弐仟参百丗陸號、息子ニ発見サル。
 鉄挺ニヨル処分ヲ行オウトスルモ、息子ガ私ニスガリ延命ヲ懇願。
 余リニモ馬鹿馬鹿シイ態度ニ拳骨ヲ見舞ウモ、彼奴ハ何故カシツコク食イ下ガリオル。
 又、妻マデ加勢ニ加ワリ余計ナ騒ギニ。
 止ム無ク弐匹ノ処分ヲ断念シ、明日土蔵全体ヲ封印スル事ニ決定ス。
 愚民共ニ対スル度シ難キ思イハ晴レズ、遺憾此処ニ極マレリ。”


 1936年2月21日…今から、約七十年前。
 これが、確認出来る一番最後の記述だった。
 どうもこの2336号と呼ばれていた者がきっかけで、この土蔵が封じられる結果になったようだ。
 随分凄い数字だが、もし通し番号なら、それだけ膨大な数の実装石を殺してきたという事か。
 そして当の先代主人は、自分の行為が正しい物であると、どうやら最後まで信じ続けていたようだ。
 男は重いため息を吐き出し、意味もなく天井を眺めた。

 窓から差し込む光量が、先程より多くなっているようで、土蔵内部がライトなしでもうっすら見えるよう
になってきた。

 ——西側の壁の方に、何かが見える。

 今まで気付かなかったが、手前に置かれている木箱の陰になるように、ガラス付きの棚が設置
されている。
 随分大型のようだが、妙に気になってしまう。



「ルミ、悪かったな、待たせた——って、アレ?」

 小部屋から出て、先程ルミが待機していた場所を見るが、いつのまにかいなくなっている。
 
「ルミ! ルミ! 何処に居る?! おーい!!」

 
 大声で呼びかけながら、西側のガラス棚へと歩いていく。

 ガラス棚の中には、無数の試験管や竹の筒、ビーカーやフラスコなどが収められている。
 その中身は、すべて何かが入っているようだ。
 どれにもコルク栓が施されており、木の枠や支え棒で垂直に立ち続けられるよう固定されている。
 しかし試験管やビーカーを見る限り、いずれも中身は乾き切ってしまったようだ。
 先程見た蛆実装入り試験管みたいに、この棚の中の容器にも、何かが入れられている。
 それは様々な大きさを持っているが、どれも例外なく黒一色に染まっている。


 やがて、男は理解した。
 これは——すべて「偽石」なのだ。

 
 砂粒のように小さな物、小指の先くらいの大きさの物、親指ほどもあるものなど、実に様々だが、
形はいずれもよく似ている。
 ここに連れてこられた実装石は、偽石を除去されここに保管された上で、過酷な虐待を受けていた
のだろう。

 良く見ると、透明な容器にこびりついている汚れは色とりどりで、くすんだ緑のものや黄色いもの、
いまだに鮮紅色を放っているものまである。
 偽石保管のために、色々な薬品が試されたのだろうか。
 しかし、今となってはその結果を知る術はまったくない。

 一番下段の棚の奥に、特大のビーカーが一つだけ置かれている。
 その中には、なんと男の握り拳ほどもあろうかという巨大な偽石が入れられていた。
 しかし、ライトを当ててよく見てみると、それは複数の偽石を結合させた結果生み出されたものだと
いう事がわかる。
 水晶の置物のように、所々から偽石の先端部が飛び出ている。
 いったい、何を考えてこんな気味悪いものを作り出したのか…或いは保存していたのか。
 男は、益々先代主人の嗜好性が理解できなくなってきた。



     ※          ※             ※
 



「デェェ——」

 少し離れた壁際の辺りから、弱々しい鳴き声が聞こえた。
 思わず身構えるが、母屋で感じたような不気味な気配ではない。
 身を乗り出してみると、こちらに背を向けてルミが佇んでいる。
 何かを見下ろしているようだ。

「ルミ、こんな所で何を——」

 そう言い掛けて、男は言葉を止めた。
 ルミも、実装石の死体を見つめて硬直していたのだ。
 その実装石の死体は、漆喰の壁にすがるような姿勢で固まっていた。
 完全にミイラ化している。
 だが、男が言葉を止めた理由は、そのあまりに凄惨な姿にあった。

 削ぎ落とされた右耳、黒く焼け焦げたような半身、何箇所にも渡って折り曲げられた両腕、切断
された切り口に何本もの五寸釘を刺し込まれた片足。
 全身に鉄条網を巻き付けられ、さらに包帯を巻かれ外せないようにされた胴体。
 申し訳程度に付着している、カサカサの髪の毛。

 それが、母屋二階・裁縫道具と人形の部屋で見かけたあの実装石だという事は、すぐにわかった。
 そして同時に、何故こいつが自分達を憎悪のこもった目で睨み付けてきたのかも、理解できた。
 これが、土蔵内に残された最後の実験体2336号。
 男が予想した通り、先代主人は、やはり彼女を生かして解放するつもりではなかったのだ。
 暗い倉庫の中、この実装石はいったいどんな気持ちで生き続けていたのだろう。
 男は、せつない気持ちで胸が一杯になった。

「ご主人様……デェェ……」

 ルミが、ミイラ実装のすがっている壁の辺りを指差す。
 ライトを当てて、男は再び絶句した。

 その壁からは、例のあの染みが浮き出ていた。

 よく見ると、小さな染みは、そこだけではなかった。
 その周辺にも、いくつか点在している。
 だがそのミイラ実装は、その中のたった一箇所だけにすがり、崩れ落ちていたのだ。
 
「きっと、子供チャンデスゥ」

「何…?」

「ここに、このオバチャンの子供チャンが居るんデスゥ…デェェ……」

「…」

「オバチャン、子供チャンを殺されたデスゥ。だから、死んでも傍に居たかったデスゥ…なんで、こんな
 目に遭ってしまったんデスゥ…? 可哀想デスゥ…デェェェン!」

 ルミの言葉は、まるで男の気持ちの代返のようだった。

 男の眉に、皺が寄った。

 



(続く)

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 次回ラストです。

 後日屋敷の見取り図を製作しようと思うのですが、需要はあるでしょうか?
 あまり必要ないかな、とも思えて、悩んでいるのですが…


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