(●A○) 筆者より (●A○) このスクは実装石スクですが、人間がメインの内容です。 ちょっと変わった「探検」スクとして読んでいただければ幸いです。 一応実装石虐待ネタはありますが、比率は少なめなので過剰な期待は しないでください。 また、本文中に方向の表記として「東西南北」という表現が出てきますが、 ピンと来ない人は 「北=前、南=後、西=左、東=右」 と置き換えて読んでみてください。 (但し主人公主観の方向ではなく、絶対位置です) 以上、予めご理解願います。 ※ ※ ※ 男は、全速力で自転車を漕いでいた。 既に周囲は暗くなり、小さなライトに照らされた範囲しかまともに見えない。 その上、雨の降りはどんどん強くなっていくので、視界も狭まってしまう。 このまま走り続けるのは、様々な意味で危険だ。 男は、三日前破損した雨合羽の買い替えを怠った事を、心の底から後悔した。 男は、自転車で日本各地を回っている旅行者だった。 いわゆる「チャリダー」と呼ばれる人間だが、高性能な自転車で速度を競ったりレースに参加する事 よりも、長距離をのんびり走り続ける事を好むタイプだった。 長い時間をかけて準備を整え、ようやく念願の自転車旅行に出て早や一週間。 ここまでは比較的順調だったが、どうやらついに「野宿」を経験する羽目になりそうだった。 今走っているのは、郊外の森林道。 車の通行量が多く、道幅も狭い国道を走り続けるより遥かに安全な上、街への近道にもなる筈だった。 だが、舗装された道路でない上に街灯がまったくないので、男は失敗したかなと思っていた。 その上にこの雨だから、まさに踏んだり蹴ったりだ。 時計は、もう午後九時を回っている。 安い民宿や木賃宿を当てにしてテント類を持っていない男は、なんとか雨風をしのげそうな場所は ないかと、周囲に気を配りながら走る。 やがて、細い木橋に差し掛かった。 ほとんど水の流れていない川を渡り、対岸へ辿り着くと、ようやく森が開けた。 さらにしばらく走ると、左前方に建造物の影が見えて来る。 男は「しめた」と心の中で呟き、ペダルを漕ぐ脚に最後の力を注ぎこむ。 自転車が一瞬激しく揺れ、背中から声が聞こえる。 「デェッ、ど、どうしたんデス?」 「ああ、どうやら今夜の寝床が見つかったっぽい」 【 影の棲む家 】 壱 男が辿り着いた所は、純和風の屋敷だった。 さほど大きいものではないが、かなり年季の入った二階建ての木造家屋で、広い庭がある。 敷地は背の低い垣根のようなもので覆われているが、所々朽ちていて意味を成していない。 こんな暗く寂しい所に、これほどの大きさの屋敷がポツンと建っている光景は、かなりの違和感を 覚えさせる。 敷地の脇に自転車を止め、手荷物を外し担いだ男は、小走りで門の入り口へ向かう。 所々変色している門口と、表札が取り外された跡を見止める。 「デスゥ、ご主人様、ここに入るデス?」 「仕方ないだろ、この雨だもんな」 「わかりましたデス♪ ワタシ、お荷物運ぶの手伝うデス」 そう言って、男から荷物の一部を受け取ろうとする実装石。 だが、どれも実装石が持つには重過ぎるので、男は笑顔で首を横に振った。 周囲に他の家屋がない事を、入念に確認する。 どうやら、ここは完全孤立状態で佇んでいる物件と見て間違いないようだ。 母屋の影になるような形で、何か大きな建物の影が見えた気がした。 「お邪魔しま〜す」 一人と一匹は、なぜか無意識に足音を忍ばせ、門口をくぐる。 門には鍵は掛かっておらず、まるで待っていたかのように、男を招き入れた。 庭を通り抜け、母屋の玄関まで辿り着くと、念の為、再度大声で呼びかけてみる。 だが、三回繰り返しても何の反応もない。 ここが完全な廃墟だという事を、確信する。 男の心が躍った。 ※ ※ ※ 「フゥ〜、ビシャビシャデスゥ。早く服を乾かすデスゥ」 緑色の実装服が身体に張り付いて気持ち悪いようで、実装石・ルミはしきりにスカートの端を バタつかせている。 その様子に微笑みながら、男は、玄関の周囲をじっくりと観察した。 「ご主人様、濡れたままだと風邪引いちゃうデス?」 「あ、ああ……ちょっと待って。先に奥へ入っててくれないか」 「デ? デスゥ」 トテトテと小さな足音を立て、ルミは言われた通り、玄関から続く木の廊下を進んでいく。 最初にこの屋敷のシルエットを発見した時から、男の心は弾んでいた。 長年の経験で、すぐにここが廃墟だと見当を付けていたのだ。 彼は、所謂“廃墟マニア”。 日本各地の廃墟を巡り、探索したり写真撮影をしたりする者達の事で、同好の士は大変多い。 男も、数年前ネットでたまたま廃墟探索サイトを発見した事からハマってしまったクチだった。 船原ホテル、自殺電波塔、鳩ケ谷洋館、ゆうもあ村、小曲園、摩耶観光ホテル、足尾銅山、軍艦島、 東松山遊園地等をはじめとして、既にかなり多くの廃墟を巡ってきた。 この自転車旅行も、実はそんな趣味が高じたものだった。 数多くのマニアが訪問した有名所ばかりではなく、未開の廃墟を自力で探し、探索する。 そのために、日本各地を好き勝手に走り回っていたのだ。 この屋敷は、彼にとってようやく二つ目の新発見廃墟だった。 「ご主人様ー、まだデスゥ?」 先に中へ上がりこんだルミが、男を呼んでいる。 だが男は生返事を返すのが精一杯で、LEDライトで照らし出した天井の梁の見事さに魅入られていた。 この屋敷は、想像以上に古い造りのようだ。 傷んではいるものの、ガッシリと組まれた柱や桟は、屋敷の各部をしっかり支え続けている。 自壊するには、まだしばらくはかかりそうだ。 推測される築年数の割に、これだけ頑丈さを保ち続けている物件も珍しい。 ひょっとしたら、相当なアタリかもしれない。 男は、濡れた服を着替えるよりも早く、いつも廃墟探索に利用しているグッズを取り出す。 軍手、LEDライト用の予備電池、携帯電話、折りたたみナイフとロープ。 安全靴を使うほどではなさそうだが、いつでも使えるように取り出して、ザックに入れ直しておく。 次に、男はじっくりと周囲の様子を観察し始める。 玄関は踏み固められた地面が露出しており、廊下との段差に平たい踏み石が敷かれている。 古い農家でたまに見かける「土間」だ。 右手を向くと、土間の奥は台所になっているらしい。 地面の上に直接置かれた、明らかに後付の流し台と、木の板に乗せられた食器棚が確認出来る。 一番奥の方には、なんと石造りの釜戸がほぼ完全な形で残されていた。 いくら廃墟とはいえ、ここまでちゃんとした物が残されている事は、ほとんどない。 男の心は益々弾んでいく。 流し台はかなり古いデザインで、現在のようにシステム化されたものではなく、恐らく60年代から 70年代頃の製品と思われ、ステンレスの一部が赤黒く腐食していた。 足下の収納棚や、流し台と向かい合わせになっている食器棚の中には、驚くことにまだ食器や調理 器具が残されていた。 中身が残っている調味料まである。 「酢」が一番沢山残っている事に、男は深く納得し頷いた。 これらは、この廃墟が他の侵入者によってまったく荒らされていない事の証明でもある。 男は、今にも大声を出して飛び上がりたいほどの喜びにかられていた。 「ご主人サマー? まだデスー?」 再び、ルミが呼ぶ声が響く。 ふと我に返り、自分もずぶ濡れだった事を思い出した男は、一端中に上がり着替えをする事にした。 つい反射的に靴を脱ぎかけるが、思い返して履き直す。 男は、少し抵抗を覚えながらも、あえて土足で踏み込んだ。 ※ ※ ※ 屋敷の一階は、部屋の周囲を廊下がぐるりと取り囲んでいる昔ながらの構造で、中央には襖で 仕切られたいくつかの部屋が固まっている。 廊下のさらに外側は庭に直接通じており、木製の大きな雨戸で仕切られている。 襖も雨戸もいまだしっかりしていて、年季は感じされるものの充分実用に耐えられるようだ。 雨風が雨戸を叩いている音が、鳴り響いている。 男とルミが上がり込んだのは、玄関の一番手前にあった六畳ほどの広さの日本間だった。 部屋の真ん中には、使い古された円い木製のテーブルが置かれている。 いわゆる「ちゃぶ台」という奴だ。 部屋の角には、小さな棚が置かれていた。 部屋の四辺すべてに襖があり、それぞれが隣室や廊下に通じているようだ。 その保存性の高さは、とても廃墟とは思えないほどだが、畳やちゃぶ台に降り積もった埃が現実を 物語っている。 「ここは凄いぞルミ、こんなレアな廃墟、滅多にお目にかかれるもんじゃない。色々と調べてみようぜ」 「ご主人様、そんなにここが気に入ったデスゥ?」 「気に入ったなんてもんじゃないよ! 最高だね、ここは!!」 男は、先程台所で発見した食器類や家具を挙げながら、これらが綺麗な状態で残り続けているのが どれだけ凄い事かを、興奮しながら説明する。 だが、当のルミは理解が及ばないのか、ただ小首を傾げるだけだ。 実装服とパンツを脱ぎ、水気を絞って、埃を払ったちゃぶ台に平たく敷いて乾かすと、ルミは困った顔 で男を見つめた。 「デェェ、まさかもっと調べるつもりデスゥ?」 「当然だろう! お前はここで休んでろよ。ホラ、タオル渡しておくから」 「デェ! ルミ、独りぼっちになるの嫌デスゥ!」 「そんな事言ったってなぁ…もう誰も俺を止められないし」 「ルミも付いていくデスゥ! ご主人様に何かあったら大変デスゥ!」 男から受け取ったタオルで髪を拭きながら、裸んぼのルミが力説する。 この様子だと、どうやら大人しくここで留守番してくれそうにない。 観念して呆れたため息をつくと、着替えと食事を済ませて少し休憩したら、二人で探索を開始する事 を決めた。 日本間の畳はさすがに経年劣化で傷んではいるが、ボロボロにささくれ立っている部分は意外に 少なく、埃さえ払えばごろりと横になる事が出来そうだ。 男は、ルミと三十分ほどゴロゴロして疲労を癒すと、次の行動に移る事にした。 この部屋は、南側と東側の襖が廊下に通じている事がわかっている。 男は、まず西側の襖を開けてみる事にした。 すぅっと襖をスライドさせ、隙間からLEDライトを差し込んで中を覗く。 白い光に照らされて、何かが闇の中に浮かび上がった。 「——?!」 次の瞬間、男は飛び上がっておののき、六畳間の反対側まで後退した。 「デェッ?! ご主人様、突然どうしたデスゥ?」 「ひ、ひ、人が?!」 「デェ?」 ライトの向こうには、無数の人間の顔が並んでいた。 そして、一斉に男を睨みつけていた……ような気がしたのだ。 男の脳裏に、「心霊現象」とか「恐怖の心霊スポット」とか、それまでの探索ではまったく意識して いなかった単語がよぎる。 だがルミは、そんな男の態度など気にする事なく、余裕の態度で襖の隙間を覗き込んだ。 「誰もいないみたいデスゥ」 「で、でも、さっき確かに…」 「きっと何かの見間違いデスゥ。ご主人様、怖いならルミも一緒に見てあげるデスゥ♪」 「う、うるさいっ!」 捕まえてやろうと手を伸ばすと、ルミはきゃあきゃあはしゃぎながら南の廊下側へ退避した。 再び襖に近付くが、確かに隣からは何の動きも気配も、変化も感じられない。 男は、もう一度勇気を振り絞って、今度は一気に襖をがらりと開けた。 「——っ!!」 再び、凍りつく。 一瞬、心臓が止まりそうになる。 ちゃぶ台の部屋より若干狭い隣室は、仏間のようだ。 今開けた襖と向かい合うように、仏壇が設置されている。 その上…壁の梁(うつばり)には、ずらりと並べられた顔写真が掛けられており、それが男を睨み つけていたのだ。 この家の古い親族のものだろう、五、六枚くらいはある。 無人の屋敷で突然こんなものを見せられたら、どんな奴でも吃驚するだろう。 男はようやく冷静さを取り戻したが、動悸はしばらく治まりそうになかった。 仏間は綺麗に整えられており、どの仏具も乱れる事なくきちんと整理されていたが、埃や蜘蛛の巣 などのせいで所々薄汚れている。 特に、仏壇の中央に置かれた遺影の表面などは、埃で完全に見えなくなっている。 男は、埃を払い写真を見ようと思ったが、すぐに思い返して手を引いた。 男は、生粋の廃墟マニアである。 廃墟マニアには、廃墟に侵入し探索し、時には不法侵入も行う事があるが、絶対にやってはいけない 暗黙のルールがある。 それは、廃墟内で発見した物に手を加えたり、持ち去ったり破壊したりしないというもの。 珍しい物を発見し手に取ったり、棚の中を調べたりしても、その後は必ず元に戻す。 これを破れば、単なる「悪意ある侵入者」に成り下がってしまうからだ。 廃墟には、マニアだけではなく肝試しをしに来る者達や、無意味な破壊活動を行いに来る不埒者も やって来る。 そういう者達と自分達は違うのだという、最低限の線引きが、このルールだった。 初めて探索した店舗付き家屋の中で、古いファミコンソフトの山を発見してはしゃいだ時、同行して いた先輩マニアからたしなめられた事を思い出す。 仏具関係等、住人が特別大切にしていたとおぼしき物には出来る限り手を付けず、現状維持する事 が、男のこだわりであった。 仏壇の前に座り簡単に手を合わせ、心の中で一晩の宿を借りる願いを告げると、男は、早々に ちゃぶ台の部屋へ引き返した。 「デスゥ♪ 怖くなかったデスゥ?」 「ああ、だけどまだドキドキしてるよ」 「ご主人様は、意外に怖がりの臆病さんデスゥ♪」 「……ぐっ……」 タオルを身にまとった裸のルミは、ニッコリと笑った。 男は、タオルを剥ぎ取って全身くすぐりの刑に処したい気持ちを、必死で抑えた。 ※ ※ ※ 次に、ちゃぶ台の部屋の北側の襖を開けてみる。 すると、今度は広い和室が出て来た。 ちゃぶ台部屋と仏間を合わせたくらいの広さで、おおよそ十畳以上はあるだろうか。 西側を除く三方向に襖があり、それぞれ廊下や別の部屋に通じている。 部屋の真ん中には長方形の木製テーブルが置かれ、所々ボロボロになった埃まみれの座布団が 置かれている。 部屋の北西側の角には、なんとテレビ台と古い型のテレビが置かれている。 その向かいの角には、湯呑みや急須、お茶缶が入れられた背の低いガラス棚がある。 この脇の襖を開けると、仏間に入れるようだ。 どうやら、ここは家族が集まる居間だったようで、一階の中心的位置付けにある場所らしい。 食事や家族団らんは、主にここで行われていたのだろう。 「テェェ…」 ルミが、声を漏らしながらテーブルの周りをトテトテと走り回る。 それをよそに、男はまずテレビを調べ始めた。 テレビのタイプやスタイルは、住人が居た時期を判断する目安になる、とても重要な手がかりだ。 足やダイヤル式のチャンネルは付いておらず、タッチ式のチャンネルボタンが縦に並んでいる。 リモコンの電波受信口らしき物があり、画面も比較的大きい。 脇の製品シールを見てみると、80年製だという事がわかった。 このテレビは、思ったほど古いものではないようだ。 古い家屋の廃墟で見かけるテレビは、70年代かそれ以前のものの場合がよくあるので、そういう 意味では少し意外な結果だ。 反対側の棚を見ると、その横に小さなカレンダーが吊るされていた。 カレンダーも、その家屋がいつから無人になったかを知るための、重要な情報源になる。 確認すると、82年6月までめくられている。 という事は、既に二十年以上も時間が止まったままだという事がわかった。 ガラス棚の中の湯呑みや急須は、驚くほど綺麗に保存されており、今すぐにでも使えそうだ。 お茶缶の中には、まだ半分以上も茶葉が残されていた。 「デェェ、ヨイショ、ヨイショ……デッスゥ〜…」 ルミは、しきりにテーブルの上に乗りたがっているが、なんとなく行儀が悪いような気がして、抱き 下ろす。 ルミの身体は、さっきまで雨で濡れていたせいか、冷たかった。 「デェ? ご主人様どうしたデスゥ?」 「うん、いつも廃墟に来ると思うんだ。ここに住んでいた人達は、どんな生活を送っていたのかな、 ってね」 「デェ、そんな事を考えてどうするデスゥ?」 「いや、別に何の意味もないよ。けどね……そういうのが好きなんだよ」 廃墟巡りの楽しみ。 その一つに、失われた時間の回想というものがある。 廃墟内に残されている生活器具や生活の跡から、その住人がどんな人達で、何人くらい居て、どんな 生活をしていたのかを推理・想像する。 当然、それらは決して回答が得られるものではないし、やる必要性などまったくない独り上手な行為 だ。 だがこれは、廃墟に魅せられた者にしかわからないだろう、独特の悦びなのだ。 これをやりたくて、わざわざ遠方から廃墟にやって来る物好きは多い。 工場跡を訪れ、かつてそこで一生懸命働いていただろう人々の喧騒の様子を思い浮かべ、廃墟 アパートで、そこに住んでいた家族の幸せそうな様子を想像する。 見ず知らずの、ましてや既にこの世に居ないかもしれない人々の「古い時間」を、僅かな手がかり から手繰り寄せていく。 それは、廃墟に興味がない者や、廃墟を単なる「建物のゴミ」としか考えない者達には、絶対に理解 できないだろう感覚。 勿論、想像するのは楽しそうな生活の様子ばかりではない。 ある廃墟では、その家から住人が居なくなった時期と、子供部屋に張られていた賞状やポスターの 一番新しい時期の間に数年の開きがあった事に気付き、胸を痛めた事がある。 またある廃墟では、葬式を終えた直後の様子がそのまま残されていたりもした。 自分が小さい時によく遊んだおもちゃと同じ物を、廃墟の中で発見した時も、複雑な心境になる。 家財道具がそっくりそのまま残されている廃墟にも、独特の悲しみが感じられる。 この屋敷も、その一つだ。 何故、こんなにも家具が無事に残っているのだろう? こんなにしっかりした屋敷が、どうして無人にならなければならなかったのだろう? なんで、住人はここから出て行く羽目になったのだろう? そんな事を考えると、言葉では言い表せない不思議な気持ちに捉われる。 それが住人への同情心から来る者なのか、それとも単なる酔狂なのか、よくわからない。 廃墟の各所にこびり付いている、かつての住人が残した『思念や思い出』の断片を拾い集め、頭の 中で形にする。 それが、一部の廃墟マニアの心を惹き付ける「魅力」なのかもしれない。 「デスゥ♪ ご主人様、見て見てデスゥ☆」 感慨にふけっていると、突然、ルミが背後から声をかけてきた。 振り返ると、どこから取り出したのか小さな木製の積み木を両手に持っている。 「ルミのおうちを作るデスゥ♪」 「おいおい、そんなもの、どこにあったんだよ?」 「ここデスゥ」 ルミが指差す廊下側の角には、高さ30センチ程度の籐の籠が置いてあった。 その中には、小さな積み木や簡素なままごと道具、プラスチック製のミニカーや薄汚れた人形などが 詰められていた。 男は、ルミに言い聞かせて積み木を籠の中に戻させると、さらに室内を調べた。 だが、それ以上新たな発見は見られなかった。 ※ ※ ※ 廊下に出ると、すぐ左手に階段があった。 そのため、一階の廊下は北西の角を通り抜けられない構造になっているようだ。 階段の下にも何か部屋があるらしいが、そこへ行くには廊下をぐるりと周回しなくてはならない。 とりあえず、今は先に階段を調べる事にする。 そして念の為、ここで安全靴に履き替える。 これなら、瓦礫や木片など多少尖った物を踏んでも平気だからだ。 靴を履き替えた男は、ほとんど条件反射で階段の強度を測り始める。 「ご主人様、階段に抱きついて何してるデスゥ?」 「静かに。ちゃんと昇れるかどうか見ているんだよ」 「デスゥ。ルミはてっきり、階段さんに欲情してしまったのかと思ったデスゥ」 「……置いてくぞ、お前」 廃墟巡りでもっとも重要なポイントの一つが、階段の強度確認。 それを怠ると、劣化した階段を踏み抜いてしまい、大怪我をしかねない。 以前とある大型工場廃墟を探索中、金属製の非常階段を駆け上ろうとして、あやうく十数メートル下 に転落死しそうになった事を思い出す。 鉄板造りだからと安心しきっていたら、なんとアルミ箔並の薄さになっていたのだ。 それ以来、男は材質や建造場所に関係なく、チェックを必ず行うようにしていた。 「——大丈夫そうだな、よし、じゃあ二階へ行ってみるか」 「はいデ……デェッ?」 「どうした?」 「ご、ご主人様、アレ何デスゥ?」 ルミは、廊下の奥を指差していた。 北東側、居間を旋回するように右手に折れている廊下。 LEDライトを向けてみるが、何もない。 だがルミは、そちらに視線をロックしてガタガタ震えている。 「何があったんだ?」 「わ、わ、わからないデスゥ! な、な、何かが居たデスゥ!!」 「お、おいおい、脅かすなって。こんな所に俺たち以外何が居るってんだよ」 「で、で、でも、さっき間違いなく居たデスゥ! サーッと、何かが通り過ぎたデスゥ!」 ルミの怯え方からして、嘘だとは思えない。 男は唾を飲み込み、もう一度廊下の角を凝視した。 「——よ、よし、行けルミ! 確認して来るんだ!!」 「デ、デェェェッ?!?! な、なんでルミが行くデスゥッ?!」 「だってほら、俺は怖がりの臆病さんだからさ」 「デェッ、あんな事言わなきゃ良かったデスゥ」 「金平糖三粒!」 「——五粒デスゥ!」 「ぬぅっ……よ、四粒でどうだっ!」 「——仕方ない、今日のところはそれで折れるデスゥ」 渋々ながらも、ルミは素直に廊下の角まで移動して、角の向こう側の様子を見に行った。 あんな事を言いつつも、距離を置いて男も後から付いて行く事にする。 野良の動物が潜んでいたりして、ルミに万が一の事があったら大変だからだ。 何をバカな事をしているんだろうと、男は心の中で自分を卑下した。 「なんにも居ないデスゥ。…って、ご主人様、なんですぐ後ろに居るデスゥ?」 「いや、なんとなく」 「ルミの事心配してくれたデスゥ?」 「ああ、まぁな」 「——だったら最初から、あんな命令しないで欲しいデスゥッ!」 ポフッ、と男の脛を叩くルミ。 苦笑しながら、男は元来た廊下を引き返した。 しかし、先程角に消えた影というのは何だったのだろう? 何かの見間違えだったのだろうか? その疑問は、ついに得られなかった。 ※ ※ ※ ギシ、ギシ、と頼りなくきしむ階段を昇り切り、男は、二階へ辿り着いた。 ここも、一階同様廊下が中央の部屋を取り囲むような構造になっているようだ。 廊下は真っ直ぐ西へ伸びており、一階同様、角で南(右手方向)に折れていた。 左手側は、木製の雨戸がしっかり閉じられており、右手側の壁にはまた襖が並んでいる。 今度は、先に廊下全体の構造を見てから部屋に入ろうと考える。 二階の窓も、木製の雨戸でしっかり閉じられており、外からの光がほとんど入り込まない。 暗く陰気な廊下の様子は、ほとんどホラーハウスのノリだ。 男は、朝を待たずに探索を始めた事を、ちょっとだけ後悔した。 「ご主人様、怖いデスゥ? でも、ルミが付いてるから大丈夫デスゥ」 「だから、うるさいよ」 「デェ……あっ! アレっ!!」 突然叫び声を上げるルミ。 また心臓が止まりそうになる。 思わずライトをぶんぶん振り回すが、何も発見できない。 足下で、ルミがデプププと笑い出した。 「デヘヘ、冗談デスゥ♪ やっぱりご主人様はおくびょ……デ、デェェェっ!!」 「お〜ま〜え〜は〜〜っ!」 ルミの今度の叫び声は、怒りの形相を浮かべた男の顔を見てのものだ。 本来なら、階段同様強度を調べながらゆっくり進まねばならない二階廊下なのに、男はつい、逃げる ルミを追いかけて小走りになってしまった。 ルミを追いかけ、廊下の角に一番近い襖の隙間に滑り込む。 そこは、一階のちゃぶ台部屋と良く似た大きさと構造だった。 四方に襖があり、北東の角には棚が置かれている。 それ以外はまったく何もなく、妙に閑散としている。 棚を見てみると、上にはかなり古めかしいラジオが置かれていた。 以前調べた記憶によると、確か60年代後期か70年代初期頃に良く使われていたタイプの、 トランジスタラジオだ。 取り上げて裏側を見てみると、「NATIONAL T-46」という文字が見える。 中に入れられた電池はすっかり腐食しているようで、裏蓋の隙間から白い粒状のものがはみ出て いた。 棚の下側に付けられた小さな引き出しには、裁縫道具や小物、アクセサリー類を詰めた小箱が 仕舞われている。 どれもきちんと丁寧に片付けられていて、持ち主の几帳面さがうかがえる。 髪留めやカフスのようなアクセサリーのデザインを見る限り、かなり古いもののようだ。 素人目に見ても、とても80年代前後の物とは思えない。 ふと、裁縫箱の奥から、何か布製の小袋が覗いている事に気付いた。 「デェ? これは何デスゥ?」 「ちょっとだけ、見せてもらおうか」 小袋の中からは、フェルトなどの布で作られたマスコットが出て来た。 形や色から実装石を模した物のようだが、まだ作りかけのようだ。 随分小さいものだが、まだ顔が縫われていない。 恐らく、いつか完成させるつもりで仕舞われていたのだろうが、持ち主は何かの事情で作り続け られなくなったのだろう。 「デェ…なんだか、これを見てたらとても悲しい気持ちになっちゃったデスゥ…」 「ああ、そうだな。お前にもわかるか」 男の問いかけに、ルミは無言でコクリと頷く。 「え〜と、まぁ……とりあえず、別な部屋も見てみようぜ」 「デスゥ」 人形を丁寧に小袋に戻し、先程と同じように奥の方へ仕舞う。 もう二度と出される事もなく、また完成させられる事もないだろうが—— ※ ※ ※ 西側の襖を開け、最も階段寄りの隣室を覗き込む。 そこは、今まで見た中で一番狭い部屋だった。 また、出入り口も今くぐった所の一箇所しかない。 北側と西側に、それぞれ立派なタンスが置かれている。 タンスは、背が低いものの横幅と厚みがあるため、両方の引き出しを同時に開ける事が出来ない。 どちらかの引き出しを開けている時は、もう一方を閉じなければならない状態で、かなり不便そうだ。 さらによく見ると、北側と西側のタンスに挟まれる形で、北西の角に不自然な空間が空けられている 事に気付く。 多分、ここを詰めてしまうとタンスが機能しなくなってしまうためだろう。 そこまでして無理に詰め込まなくても、と思えるが、きっと何か事情があったに違いない。 男は、この部屋だけ床がカーペットになっている事に気付き、少し疑問を覚えた。 「ここはとっても狭いデスゥ、なんだか息苦しい気がするデスゥ」 「お前はそっちの部屋で待ってるといいよ」 「そうするデスゥ」 ルミを遠ざけ、男はタンスを調べる事にする。 引き出しの中身は、ほとんど全て和服だった。 かなりの数があり、しかもいずれも女性物、それもかなり高価そうだ。 いずれも丁寧に保護紙で包まれ、虫除けの薬が入れられている。 ホルマリンの匂いが、まだ微かに生きている事に驚かされる。 ぱっと見た限りでは、特に目立つ傷みも見当たらず、相当保存状態が良い。 あまりに丁寧に収納されているため、それらを取り出して奥まで覗くのはさすがに躊躇われる。 男は、静かに棚を戻した。 こんなに完璧な状態で色々な物が残されているという、その事実が得られただけで、男は充分満足 だった。 きっとこの着物は、未来永劫誰にもまとってもらえぬまま、いずれ屋敷と共に朽ち果てていくのだろう。 そう考えると、またも切ない感覚に捉われる。 せめて、写真でも撮っておくとしよう。 そう思い、ポケットに手を入れるが、いつも携帯しているデジカメがない事に気付く。 雨が降ってきた時、濡らさないようにとリュックの中に移した事を思い出し、舌打ちする。 リュックは、一階のちゃぶ台の部屋に置き去りになっている。 「ルミ、ちょっとここで待っててくれないか?」 「デェ?」 「下からデジカメ取ってくるから」 「デェェ、ルミ独りぼっちデスゥ?」 「ほんの少しだけだよ、我慢してくれ」 「デェェ……」 ルミの返事もろくに聞かず、男は小走りで部屋を出て、階段へ向かう。 階段に足をかけた瞬間、背後から「デェ」と、微かに鳴き声がした。 「ルミ、だからちょっと待っててくれって………」 そこまで言いかけて、言葉が止まる。 そこには、ルミは居なかった。 振り返った男の視界の彼方、廊下の角から、小さな「何か」がこちらを覗いている。 暗闇の中に溶け込んでいる、黒い影。 だが、なぜか男にはその影の輪郭が、ぼんやりと感じられた。 大きさは、ルミと同じくらいだろうか? ゆらり、と陽炎のように身体を揺すり、ふらふらと接近してくる。 ゆっくり、ゆっくり…音もなく、滑るように。 だが、廊下の半分くらいに差し掛かった途端、影は急に速度を上げて、こちらに真っ直ぐ迫ってきた。 「う、うわぁぁぁっっっ!!!」 迫力に押され、転げるように階段を駆け下りる。 余りに慌てたため、最後の一段で段を踏み外し、男は派手にすっ転んだ。 ※ ※ ※ 「い、いてて……な、何なんだありゃ?!」 なんとか一階に戻った男は、痛む膝を擦りながら居間に逃げ込んだ。 テーブルに突っ伏して、呼吸が整うのを待つ。 階段の上から、さっきの影が迫ってくる事はなかった。 あれはまさか、さっきルミが見たという奴と同じものなのか? 幽霊…という単語が頭をよぎり、ブンブンと頭を振り回す。 男は、基本的に心霊の類は信じようとはしないタイプだった。 というより、考えると怖くなってしまうから信じないようにしているだけなのだが。 あれは、きっと何か光の加減か何かで見えた錯覚だろう、と、無理矢理自分に言い聞かせる。 とにかく、早くデジカメを取って二階へ戻らないと。 そう思い立ち、リュックなどを置いてきたちゃぶ台の部屋へ向かう。 先程とまったく変わらぬ状態でリュックが置かれている事に、安堵の息を漏らす。 何かが忍び込んで荒らした様子はない。 それでも、男は念の為中身の確認をする。 ちゃぶ台の上に中身を全て出し、一つひとつチェックする。 替えの下着類、予備タオル、携帯用工具、予備の電池、デジカメケース、洗面用具、予備の財布、 PCエンジンGT、ビニール袋、携帯食料、撮影データを書き出すためのCD-R…… いずれも問題ないようで、安心する。 早速デジカメを取り出し、ポケットに入れようとして、はたと気付く。 そういえば、メディアの中身ってどうなってたっけ? 慌ててデジカメを起動し、データ確認をする。 撮影可能枚数 0 男は、二日前に発見して探索したラブホテルの廃墟写真で、メディアが埋まってしまった事を失念 していた。 いずれまんが喫茶のパソコンでCD-Rに書き出そうと思っていたが、うっかり忘れていた。 これでは、とてもここを撮影できそうにない! ラブホテルの廃墟もなかなかのお気に入りだったので、そのデータを消してしまう気にもなれない。 やむを得ず、男は後日あらためてここを再訪して、その時撮影する事に決めた。 荷物を再びリュックに戻し、ちゃぶ台の上を綺麗に片付けた時、ふと、どこからか視線を感じる。 見ると、居間へ通じる北側の襖から、ルミがいつの間にかこちらを覗き込んでいた。 襖から右半分だけ顔を出し、紅い目だけで男をじっと見つめている。 一瞬きょっとさせられたが、男はふぅと安堵の息を吐き、話しかけた。 「ルミ、いつのまに降りて来……」 そこまで言いかけて、違和感に気付く。 何かが、おかしい。 ルミはいつの間に、しかも無音でここまでやって来れたんだ? それによく考えたら、今ルミは裸で、実装服を身に付けていなかった筈だ。 男は、改めてこちらを覗き込む実装石を見た。 端がボロボロに朽ちている実装服、色褪せてぼさついている髪。 やせ細った妙に細い腕。 妙にギラついた、毒々しさを湛えている紅い目。 そして、極端に血の気の薄い顔色。 周囲は真っ暗な筈なのに、何故かはっきりと浮かび上がるその姿… この実装石は———ルミではない。 次の瞬間、男は、まるで金縛りに遭ったように動けなくなった。 実装石から、目が離せない。 理由はわからないが、今、目を離したら、凄くまずい事になるような気がしてならなかった。 すすぅぅ——っ 今度は、後ろから別な音が聞こえる。 背中に、僅かな空気の流れを感じる。 先程閉めた筈の襖を、何者かが開いているようだ。 背後から、例えようのない不気味な気配が迫ってきた。 男の動きは、完全に封じられている。 正面に見える実装石が、少しずつ、隠した半身を見せ始めた。 こちらに近付こうとしているようだ。 背後の気配が、更に距離を縮めているのがはっきりとわかる。 男は何故か、目の前の実装石が全身を見せたら最後だ、と感じた。 ——デェェェェン! ご主人様ぁ———っ!! とその時、どこかからルミの泣き声が響いてきた。 同時に、背後の気配が消える。 もう少しで左目が覗くという所まで身を乗り出していた謎の実装石は、そのまま襖の向こうに隠れて しまった。 途端に、身体が自由になる。 男は、謎の実装石が隠れた襖の向こう側を覗き込んでみたが、そこには何も居なかった。 背筋がゾクリとする。 「デェェェン!! ご主人様ぁっ! 何処に居るデスゥッ?!」 ルミの泣き声が、居間の向こうから響いてくる。 どうやら、階段を下りて来たらしい。 男は飛び出すように襖をくぐり、階段の前へ出た。 「デェェェン! デェェェン! やっぱり独りぼっちは怖いデスゥゥ!!」 先程の者とは違う、綺麗な実装服をまとったルミは、みっともない顔でワンワン泣いていた。 「ありがとな、助かった」 「デェ?」 「イヤ、何でもない。——それより、二階に戻ろうか」 「デスゥ…ここ、なんだかやっぱり怖い所デスゥ。まるで、お外の仲間が一杯居るみたいデスゥ」 ルミも、同じような気配を感じ取っているようだ。 男も、今回ばかりは「そんな馬鹿な」とは言えなかった。 二階の影だけならまだ見間違いとも言い切れただろうが、さっきははっきりと、ここに居ない筈の 実装石を見ている。 否、それとも、ルミとは違う野良の実装石が、巧みに身を潜めているのだろうか? それにしては、あの異常な不気味さは何だったのだろう? あらゆる可能性も踏まえ、男はあらためて気を引き締める事にした。 「野良実装が紛れ込んでいるのかもな。ここ廃墟だし」 「デェ、だったらもっと騒がしくなってる筈デスゥ」 「そ、そりゃそうかもしれないけど…人間を警戒している山実装かもしれないよ?」 「ご主人様、なんだか無理してないデスゥ?」 「ば、バカをいえ。俺はいつも冷静だよ」 先程の位置と時間から、成体サイズの実装石が瞬時に姿を隠せる筈などない。 それは、よくわかってはいた。 だが、男はその現実に目を向ける事を拒んだ。 きっと、何か単純なトリックがあり、自分達はそれに気付いていないだけに違いない。 そう思い込む事で、無理矢理平静さを取り戻そうとしていた。 夜は、まだ長い—— (続く) -----------------------------------------------------------------------------------
