—— 6月上旬某日の午前 —— 俺はどこにでもいる大学生だ。 運動系のサークルに所属し、友人にも恵まれている。 成績は…まぁまぁだ。 少なくとも留年するような点数は取ってない。 こんな平凡な俺だが……大学の友人には話せない趣味が有る。 この日は朝から、方々に電話しまくっていた。 『 そっか……仕事で都合付かないか。いや、また今度頼むよ。 』 ( ピッ ) 『 アイツも駄目か…。 』 大学関係の知人に話せない趣味とは、良く言えば創作。 その某大規模同人誌即売会の当落通知が今朝届いた。 当然受かったが、それ自体は驚きもしない。 これでもジャンル内では、それなりのポジションにいると自負している。 これまでの売り上げ報告から落とされる事は無い。 何しろ誕生席の常連だ。 というより、誕生席止まりとも言うが。 それより今回の問題は、売り子がいないという事 いつもは同人関係の知り合いに頼むのだが、今回は都合が付かない。 やはり仕事関係で時間が合わない事が多い。 もしくは自身のサークルの店番、既に他に売り子を頼まれ済み。 列整理が必要な程でも無いが、それなりに人は集まる。 トイレ休憩のため、どうしても最低限1人欲しい。 しかし、その1人が見つからない。 今までは何とか確保できたものの、今回ばかりは参った。 大学の帰り道。 売り子の確保を考えながら歩いてると、実装石専門店の前を通りかかった。 知り合い関係は全滅。 ネットで募集は気が進まない。 そういえばイベントで、売り子不足のために実装石を使ってるサークルを見た事がある。 色々手続きが面倒だし、かなり賢いヤツでないと勤まらないらしい。 尚且つ、何か問題を起こした場合はサークルの名前に傷が付く。 実装石は生まれつき怠け者だ。 そこらの野良実装は論外だが、専門店の賢い個体なら…。 俺は藁をも掴む思いで店に入った。 結局売り子は1人も確保できなかったが1匹確保できた。 一応、俺は毎月末に委託ショップから売り上げが入ってくるので、それなりに懐は暖かい。 だから同人のため、少々の出費は惜しくない。 「 がんばるテチュ! 」 ケージの中の仔実装は気合が入っていた。 しかし店の帰り、俺に話しかけてくるが、それどころじゃない。 コイツを一人前の売り子にするためには、どうしたら良いか。 早速今夜からの訓練内容を考えるだけで頭が一杯だ。 「 ここがごしゅじんさまのおへやテチュか… 」 我が家に帰ってきた。 当然だが、部屋は盛大に散らかっている。 部屋中に散乱した本、本、本。 片隅に積み上げられた大小様々なプラモの箱。 コタツ台の上に置かれた大型液晶モニター。 余談だがテレビなど無い。 俺は仔実装をキーボードの隣に置いた。 『 …で、お前はなんて名前なんだ? 』 「 ワ、ワタチにはまだ無いテチュ 」 『 そういうものなのか? 』 「 それはごしゅじんさまにつけて欲しいテチュ… 」 『 んな事を言ってもな、俺はパロ専門でオリは苦手なんだ。 』 「 テ? 」 分かってない仔実装は放置。 だがこれからの作業、確かに名前が無いと呼びづらい。 さて、なんて呼ぼうか。 そうだな……そもそもイベント専用実装石なんだから。 『 ……フデコ。 』 「 ェ? 」 『 いや、コイツには毒が無いから合わん。 』 「 …… 」 『 主催の名前から取って…ヨネ。駄目だ、これは危険過ぎる。 』 「 ごしゅじんさま… 」 名前を付けるのも難しいものだ。 やはり実在の人物からの引用は止めておこう。 ここは安直かもしれないが架空の人物、好きなゲーム、アニメ、漫画のキャラ名から引っ張るか。 そうだな……俺が以前書いた二次創作の作品からなら、お客さん達にも受けが良いだろう。 『 ……" ドナ " 』 「 テェ…? 」 ふと俺が零した言葉に仔実装が首をかしげる。 『 よし、お前の名前は" ドナ "に決定だ。 』 「 わかったテチュ! 」 『 ……ドナか。 』 「 ごしゅじんさま、どうしたテチュ? 」 『 いや……実装石のお前には凄まじく勿体無い名前だと思ってな…。 』 「 ……ェ? 」 我ながら大奮発して素晴らしい名前をくれてやったと思う。 …だが、まぁ良いか。 やる気はあるようだし、元キャラの一兆分の一程度の能力は期待させてもらおう。 『 さてと……。 』 俺自身の夕飯が終わり、コイツにも餌をやった。 本当なら少しくつろいで原稿に入りたいところだが、先にやらなければいけない事が有る。 『 簡単に言おう、お前の仕事は本を売る事だ。 』 「 ほんを…テチュ? 」 『 だが普通の本じゃない……。 』 「 ……ふつうじゃないのテチュ? 」 『 ん……そうだな…まぁ、いい。 とにかく本を売るのがお前の仕事だ。 ただ普通の本じゃないから普通の場所で売るんじゃない。 つまり大規模同人誌即売会だ。 』 「 だ…だいきぼ……テェ… 」 『 ……いや、覚えるのが難しいなら簡単にコ○ケと覚えてくれ。 このイベントではな、他にもたくさんの実装石が参加してる。 色々な場所に実装石が絡んでるんだな。 例えばそうだな…簡単に説明すると……。 』 数十万の猛者が集まるコ○ケだからこそ、様々な問題を内包している。 特に準備会の頭を悩ますのが徹夜組と実装石だ。 イベント数日前から会場周辺で寝泊りする徹夜組。 これは地元住民の苦情もさることながら、治安の関係で建前は禁止されている。 しかし実際には数千人以上の徹夜組と呼ばれる者達が存在し、準備会を困らせている。 そしてイベント当日から会場周辺に集結する実装石。 数十万の人間が集まれば、そのゴミも大量に発生する。 そのゴミ目当てに集まってくるのだが、準備会の駆除業者を手配する費用が馬鹿にならないらしい。 それとは別に、正式に参加する実装石も数多い。 その実装石達は大きく分けて3つ。 一つ目の理由はファンネル。 これはよくある話なんだが、実装石を大手に並ばせる参加者が多い。 実装石にコピーした見開きマップを持たせ、指示した大手サークルへ新刊を買いに行かせるという。 大手一つを回って新刊をゲットできたら、報酬として金平糖を渡す。 常人の場合、大手に長時間並ばされて報酬が金平糖だったらブチ切れだ。 だが実装石は喜んで並ぶらしい。 そこがどんな地獄かも知らず。 申込書に同封されていたコ○ケットプレスで以前、実装石について特集していた。 イベントに参加する実装石の大半はテンバイヤーに連れてこられる。 その多くは数日前からイベントにシステムを教え込んできた野良実装。 テンバイヤー達は野良実装に新刊の買い方を教え込み、前日から徹夜して並ぶ。 そして多数の野良実装をこき使って、大手新刊ゲット! …なんて上手く行くはずも無く。 シャッター前に並び始める時点で踏み潰され。 開くと同時のダッシュで更に多くの実装石が地面の染みになった。 そして酷暑か極寒の外。 暑い日ざしの中、何の対策も無く長時間並び続けるのは自殺行為だ。 しかし雇用側は知ったことじゃない。 某超大手のシャッター前に干からびた実装石が並んで倒れてるのは夏の風物詩だ。 冬も寒さ対策なんてあるはずも無く。 行き倒れというより、並び倒れの実装石が列に沿って見られる。 そのような事情により、実装石の新刊入手率は極めて低い。 特に新入りの実装石が10時開場から4時閉会まで生き残る確率は10%未満。 だが、そのような過酷な戦場を幾度も生き残った歴戦の猛者実装も存在する。 そして一般参加者の中には飼い実装を訓練して同人を仕込み、年に二度買出しさせる場合もある。 「 もしもし、私デス!今、み○みに並んだところデス! やっぱり前と同じ限2デス!限2! 今、パネルが回ってきたデス……グッズは前の冬と同じカレンダーデスね。 はいデス、釣銭が出ないから列が進むの早いデスよ。 1時間で買えると思うデス。 ここを回ったら次はどこデス……チタンカ○ー!? ご主人サマは私を殺す気デスか! 東4から東6まで列が続いてるデス!! コンペイトウ10個じゃ割に合わないデスよ! 」 奴らは専用実装フォンを手に持ち、飼い主や雇用者のニーズに応えるべく奮闘している。 最後尾札を掲げる実装石の姿も珍しくない。 空きスペースに大勢の実装石と人間が座り込み、同人誌と金平糖の受け渡し作業がおこなわれる。 同人やってる人間なら誰もが見た事のある光景だ。 そして猛者中の猛者の買出し実装が企業石。 説明は不要であろう。 『 だが安心しろ。 俺はお前にそんな重労働をさせるつもりは無い。 お前の仕事は売り子だ。 』 「 うりこ…テチュ? 」 『 そうだ、つまり店員と思ってくれ。 他にも売り子実装はいるんだ、お前だって頑張ればできるはずだ。 』 二つ目の理由は売り子。 個人サークルの場合、様々な不便を解消すべく売り子として実装石を連れてくる場合が多い。 なにせ1人ではトイレにも行けない。 しかも売上金を無防備にスペースに置いていけない。 この場合、知り合いの同人仲間に声をかけたりして売り子をしてもらうのが普通だ。 だが、誰にも都合というものがある。 やはり毎回、売り子を確保できるとは限らない。 そちら関係の知り合いが少ない人達も大勢いるだろう。 そこで売り子実装の出番だ。 売り子の確保ができない人達のための実装石。 買出し実装に比べて売り子に体力は要求されないが、代わりに接客のできる賢い個体が要求される。 仕事自体に危険は少ないが、サークル主の顔に泥を塗るような真似をした実装石は後で虐待が待っている。 そして幾度も経験を積んだ売り子実装は、そこらの同人を知らない人間よりも役に立つという。 「 見てってデス〜! 新刊見て行ってくださいデス〜! はい、どうぞデス!見るだけならタダデスよ! えぇっと、ゴメンなさいデス、そっちはもう見本誌しか無いデス〜。 開場と同時に売り切れちゃってデスよ〜。 再販の予定は無いデス…… はい、こっちの新刊と既刊デスね!? しめて1000円になるデス! えっ、スケブデスか? すみませんデス、ウチは受け付けてないんデスゥ…… ここのニンゲンさん、手が遅いんでお断りしてるんデスよ〜 代わりに、ペーパーどうぞデス〜! 」 スペースから声を上げ、呼び込みをする売り子実装もちらほら見られる。 サークルの顔である以上、優秀な実装石が連れてこられるらしい。 それら優秀な個体は客相手の作法を叩き込まれ、サークルの雑用等を任せられる。 だが経験を積んだ更に優秀な売り子実装は、列整理実装として雇われるという。 このように前述したのは買出し実装と売り子実装。 ここまで言えば3つ目の理由は言及するまでも無かろう。 そう、最も過酷な使命を課せられた実装石達である。 「 自分のサークルに戻るデス〜! こんな所に立ち止まっちゃ危ないデスよ〜! 」 「 カウント取るデス〜! デス! デスッ! デスゥゥ! ご協力ありがとデス〜! 」 「 走らないでくださいデス〜! ニンゲンさん、走っちゃ駄目デスよ〜! 怪我の危険があるから走らないでデスゥ〜! …走るなって聞こえないデスか!バカニンゲンども!! 」 準備会の人手不足は深刻である。 そこで対策として、準備会は実装石の採用を決定した。 当然だが回りの関係者から採用当初、実装石にスタッフが勤まるかと疑問視される。 しかし途中で逃げ出すか参加者の態度にブチ切れるか偽石が割れる以外に問題は無かった。 今では使い捨て要員として準備会スタッフの頭数に入れられている。 多少の問題は有るが、コンビニ弁当一つで丸一日雇える実装石は天の助けかもしれない。 このようにコ○ケと実装石の縁は深い。 即ち同人界にとって実装石は無くてはならない存在なのである。 『 ……と、いったところだ。 』 「 テェ… 」 まだ経験は無きに等しい仔実装だが、その地獄の片鱗を察したらしい。 『 つまりだ、コ○ケという場所で気合の入ってない実装石は間違い無く死ぬ! 舐めた態度を取ってる実装石から悲惨に死んでいく! 気を抜いたら死だ!それだけ覚えとけ!! 』 「 わ、わかったテチュ! 」 背筋を伸ばし、仔実装ドナの顔に緊張が走る。 コイツが生き残れるかどうか今の時点では何とも言えない。 それはこれからの訓練次第だろう。 『 …まずはこれを見ろ。 』 俺は小銭箱と千円札を数十枚、万札を数枚出してドナの前に置いた。 『 お前には、第一に金勘定を覚えてもらう。 』 「 おかねテチュ? 」 『 そうだ、まずは数字を完璧に覚えろ。 そして、ここにあるお金を適当組み合わせて合計金額を計算するんだ。 計算は早く、正確に、だ。 接客態度は、その次だな……あと二ヶ月しか無いんだ、今からビシビシ行くぞ! 』 「 テチュ! 」 仔実装は気合の入った挨拶をすると早速お金を手に持ち、その数字に目を通し始めた。 「 これがせんえん……これがいちまんえん………チュ… 」 脇目も振らず熱心に覚え始めたドナを背にして、俺は原稿を始めた。 あと一月で表紙入稿だ。 コイツばかりに構ってられない。 「 コ○ケって、おそろしいところテチュ… 」 ドナの呟きが聞こえた
