× 「君、僕のところに来るかい?」 × 「ふふ、君はよく食べるね」 彼女はそう言った。長い黒髪が目に付く。 『チャア、チャア、最高テチ! ウマウマテチャア!』 口から実装フードと奇声をまき散らし、“実装石”は狂喜する。 先程までは往来の片隅、こきたないダンボールの中で死を待つばかりに衰弱していた、いわゆる“仔実装”サイズの実装石。 ひとり饗宴に耽る実装石を眺めながら、彼女は満足そうに呟いた。 「よし、よし……。ここには“怖い事”はないからね」 × 「とし、君はまだそんなことを言うのか」 とし、と呼ばれた彼は、眉をひそめるようにして言葉を吐いた。 「あおい、本当にいいのか? ……実装石ってのは、おまえが思ってるような奴等じゃないぜ。 俺はいわゆる“虐待派”の人間だ。その尺度でこんなことを言ってもおまえに分かってもらえないかもしれないが。 実装石、それも野良実装をペットとして飼育するなんて、絶対にやめたほうがいい。絶対に……」 あおい、と呼ばれた彼女は、次の言葉を探す彼を遮る。 「大丈夫だよ、こんなに可愛いじゃないか。君がどうして“虐待派”なのか、それこそ分からないよ」 彼女のその言葉を聞いて、彼はため息に諦めを混ぜて呟いた。 「わかった。もう何も言わない。でも……」 「でも?」 彼の眼がぎらりと鋭くなり、実装石をとらえる。実装石は、彼女の手の中でその眼に恐怖し、震えた。 「その実装石がおまえを泣かせるようなことをしたら、俺がそいつを預かる。……その後は、言うまでもないだろ?」 彼女は言葉の代わりに、その悲しげな視線を向けることで返事をする。 × 『チプププ』 彼女が実装石と暮らし始めてしばらくが過ぎた。 『ニンゲン! ワタチはコンペイトウが食べたいテチ! 早く持ってくるテチャア! もちろん皿に山盛りテチ、ひとつふたつなんて許さないテチュ』 「はいはい、金平糖かな? 今用意するよ」 実装石は気付いたようだった。 『チプップウ、ニンゲンはワタチのミリョクにメロメロテチュ。まったくパカなイキモノテチュゥン。 ……そうテチ! おい、ニンゲン! ワタチは新しい服が欲しいと思っていたテチュ。用意するテチ、献上するテチ』 この家では自分が絶対である、と。 × 『デップゥ』 成体になった実装石特有のよどんだ鳴き声が漏れる。 あの日彼女が家に連れてきた実装石はすっかり成長していた。 『ドレイ! ドレイはどこデスゥ! ワタシが呼ぶ前に来いといつも言ってるデス!』 鳴き声を張り上げて彼女を呼ぶ実装石。開いた口から、涎が飛散する。 「どうしたの?」 慌しく朝の支度をしていた彼女は、実装石の声に呼ばれる。 『どうもこうもないデス! なぜワタシが呼ぶ前に来ないデスゥ!? オマエは自分の立場を理解していないデス、オマエはドレイデス、オマエは』 「ちょっと待ってて……」 彼女は実装石の罵倒を遮って、火をかけたままの台所に向かおうとした。 実装石は下着を脱いだ。その中から自らの排泄物をひと掴み取り出すと、彼女の背中に向かって投げつけた。 「うわっ!?」 とっさのことで判断ができなかった彼女の背中には、実装石の排泄物がこびりついた。 洋服、そして髪に。 「……。これは、たぶんもう綺麗にはならないね……」 鏡で自分の姿を確認する彼女を、実装石は見下し、嘲笑った。 『デプ、プププププ! ドレイには過ぎたゴホウビデスゥ? そもそもドレイの身でありながら、キレイな髪を持っていたのがおかしかったデスゥ。 みずぼらしいデス、いいざまデスゥ! プププ』 彼女は何も言葉を発さず、 『デッ! 高貴なワタシの手が糞で汚れてしまったデス、ドレイ! 早く何とかするデス!』 実装石の喚きが聞こえるだけだった。 × 「……あおい、どういうことだ!」 憤怒の表情で彼が唸った。 「これ? ……切っちゃった」 長かった黒髪は、乱雑に短く切られていた。 ずいぶんと短くなった髪をかきなでて、彼女は笑いと困惑を混ぜたような表情で言った。 ハスキーな声とあいまって、ボーイッシュな髪型はよく似合っていた。 脇では実装石が笑いをぶちまけている。 『髪を失ったヤツはあわれデスゥ! デピャピャピャピャ……』 “実装リンガル”を手にしている彼の表情が憤怒を超える。 「ふざけるな、糞蟲が! ……堪えられん、そいつを寄越せ」 「……。駄目……、この子は悪くない、僕に責任があるんだ」 彼が益々怒りを沸騰させる。 「こいつもどうしようもない糞蟲だが、おまえもどうかしている。……どうして分からないんだ! 畜生が!」 俯いたまま黙っている彼女に、彼は最後の言葉をかけた。 「もういい。あおい、おまえには付き合いきれない」 「とし、君は……」 彼女の言葉が最後まで届く前に、彼は扉を開けて出て行った。 『デププププ……、オマエはワタシに仕えていればいいのデス、ドレイであるオマエに“自由”が与えられているとでも思っていたデス? おめでたいバカデスゥ、デピャ、デピャピャピャピャ』 そのまま彼女は動かなかった。 × 『デムゥ、デムオォォォォォ……、デハァ』 実装石の奇怪な唸り声。 『テッテレー』 歓喜の効果音と共に、次々と実装石の仔が産まれ落ちる。 粘膜に包まれたそれらを、傍らで彼女が優しく湯洗いする。粘膜が取れると、手足が伸びて一人前の“仔実装”だ。 親となった実装石は、テチテチ、テチテチ、と甲高い鳴き声で次々喚き散らす自らの仔たちを優しく眺める。 『デェ、デェ……。これでワタシもママデスゥ。オマエたち! ワタシがママデスゥー!』 仔実装たちが一斉に振り向く。 『ママテチー!』 その光景に感動した様子の実装石は僅かに涙をにじませて答えた。 『そうデス……、ワタシがママ……、デェス』 その間、彼女は実装一家の様子を傍らで眺めていた。仔実装が彼女に気付き、親に尋ねる。 『ママ、これはダレテチュ?』 実装石は誇らしげに、 『デプン、コイツはワタシのドレイデスゥ。でもこれからは、ワタシたち家族全員のドレイデスゥ。デププ』 と宣言した。 『ママスゴイテチ!』 『テェー!? じゃあ、コイツはワタチたちの物テチュ!?』 驚きと尊敬のまなざしを一身に受け、有頂天の実装石。 仔実装たちも得意になって、 『ワタチたちがご主人様テチ!』 と叫び、彼女に群がって嘲笑を浴びせた。 『これは服従の証テチュ。テッ』 仔たちは次々下着を下ろし、自らの排泄物を取り出す。それらが彼女の身体に命中する。 『チププ、いいざまテチュ』 『力関係を理解したテチ?』 自分たちの気高さ、強さに酔いしれる実装一家。 そして。 糸が切れたように、彼女の堰が決壊した。 「……う、うっ、……っ」 あふれてこぼれる涙が、頬を伝う。 実装石の嘲笑。 『デーッププププププゥ!』 『チピャピャピャピャ!』 響くのは実装一家の笑い声だけだった。 × 『テチュゥゥーン、チャーン』 実装一家の振る舞いによって、室内は場所を問わず排泄物が溢れ、どんなに片付けても追いつかない。 所狭しと実装石の仔たちが走り回り、至る所で鳴き声が聞こえる。 実装石の出産からしばらく過ぎたある日のこと。 『オマエはもういらないデス。とっととワタシたちの家から出て行くデスゥ!』 実装石はそう言った。親の声に呼応して、仔実装たちも一斉に喚く。 『そうテチ! オマエは邪魔テチュ! 消えるテチュン!』 自分を無き者にしようとしている実装一家に、彼女は呟いた。 「……それが、君たちの答えかい?」 彼女は悲しげな瞳でそれらを見つめる。実装一家が騒ぎ立てる。 そして、一閃。 『デ?』 何事かと訝しむ実装石、その右腕が、どちゅ、という音を立てて崩れ落ちた。 切断された右腕の断片を中心にして、フローリング張りの床に赤と緑の体液が拡がる。 × 『デ、デ、デ、デデ?』 実装石は、眼の前の状況が理解できないようだった。 「……ふ、ふふ」 彼女は表情を崩す。それは、これまで実装石に一度も見せたことのない、狂おしいほどの笑い。 「あーっははははははははは!」 彼女の左手には、刃の部分が異様に長い鋏が握られている。 「ふふふっ」 いまだ笑いを抑えられずにいる彼女に、実装石が痛みと怒りで顔を歪ませ罵倒をあびせる。 『なんてことデス、ふざけるなデシャア!』 「君さあ、“上げ落とし”って知ってる? ……本当はもうちょっと粘るつもりだったんだけど。ついやっちゃった」 「楽しいなあ……。何度やっても、この瞬間は最高としか言いようがない、ね。 知ってた? 鋏って便利なんだよ……何でも切れるんだ。僕の髪も、この鋏で切ったんだよ。……この髪型も、なかなか似合ってると思わないかい?」 彼女が、しゃきん、と鋏を振るった。その音に怯える実装石。 「じゃあまずは、君の前髪を貰おうかな」 眼前に迫る鋏に、眼を恐怖で曇らせる実装石。涙が溢れる。 ずしゅ、という音と共に、鋏が実装石の頭皮に食い込んだ。 『デギャアアアァァァ! ア、アタマ、デ、カミ、ギョボオオオ!』 「ごめんね、ちょっと深すぎたかな? ……えい」 じゃきん、と刃が閉じられた。 髪の付いた頭皮がこそげ落ちる。叫び、悶える実装石。 彼女はおだやかな恍惚の表情でその様を見つめる。 「気持ちいい……。もっと、もっと感じさせてくれる? ほら、ほら」 しゅ、しゅ、と鋏が舞うたびに、実装石の髪と服、皮と肉が削れる。 『デヒ、デヒィ! や、やめやがれデス! デギュウゥ、ジャッ! ギヒイィィィ』 鋏を振るう彼女の顔は紅潮し、眼は爛々としている。 実装石に言う。 「君は不思議に思うかもしれないけど、これが僕、さ。狂ってると思うかな? ははっ」 × 『マ、ママになにするテチュ! ドレイの分際でそれはありえないテチュ!』 仔実装の一匹が、恐怖に表情を引きつらせながらも叫ぶ。 彼女がそちらに視線を向ける。その眼が放つ狂気に、仔実装は固まった。 「へえ……、君はなかなか親思いだね」 実装石が必死で声を絞り出す。 『や、やめるデス、デフ、仔たちは、デュッ』 彼女の鋏が顔面に突き刺さり、実装石は短い悲鳴を上げた。 彼女は傍らからアルコールの入った小瓶を取り出し、実装石に振り撒いた。一連の動作で、マッチを擦る。炎がゆらゆらと揺れている。 「仔実装諸君、黙って見てなよ。……自分の親がのたうち回るところを、さ」 彼女の手から放たれたマッチが、炎を呼んだ。たちまちのうちに実装石の服が燃える。所々引き裂かれながらも辛うじて原形を留めていた服は、 今度は完全な消失を遂げた。 僅か残っていた後ろ髪が燃える。あっという間に尽きた。 続いて、肉の焦げる音と、臭い。すぐさま全身を炎が舐める。 甲高い悲鳴を上げながら、実装石は必死に熱から逃れようとのたうつ。 「ほら、燃えちゃうよ? 逃げなきゃ、早く、早く」 『デェェェェェェェェ!』 フローリング張りの床に、燃え盛る実装石が転がる。既に全身をずたずたにされている実装石は、もはやまともに動くこともできない様子だった。 「えい、えい」 彼女は炎が自分の腕を炙るのも問題とせず、熱を感じていないかのように鋏を振るい続けた。 鋏が眼球に食い込み、神経を断つ。総排泄口を切り開き、臓腑をかき回す。 悶絶の叫びを上げていた実装石も次第に声が出なくなっていった。 彼女は鋏を持ち替えると、閉じた刃を実装石に突き下ろした。何度も、何度も。 「あははははははは!」 ざく、ざく、と実装石を何度も貫く。 実装石は、刃が刺さるたびに、デ、というかすれた鳴き声を発していたが、それすらも途絶えがちになり、ついにまったく動かなくなった。 残ったのは燃え続ける身体。その表情は死の瞬間のままだった。 × 『テ……』 ほとんど言葉もないまま、親がなぶり殺される様を見ていた仔実装たち。 何匹かはそのあまりの精神的衝撃に、死んでしまったようだった。 生死を問わず、皆例外なく“パンツ・こんもり”状態に成っているが、加えてさらに、ブリョバァ、という音が聞こえた。 荒い呼吸、絶頂を迎えた興奮状態のまま彼女は呟く。 「君たちを忘れてたよ……、死にたくないんだったら、命乞いでもしてみたらどうかな?」 その言葉を待つまでもなく、仔実装たちは媚びる。 『ママはカワイクないから殺されたテチ。ドレイは、カワイイワタチがメロメロにしちゃうテチュン』 『テチュエア〜、テチュメア〜』 それらの仔実装たちを見る彼女の眼は、まったく快楽に溺れていた。 × 「あおい、今回はずいぶん大変だったんじゃないか? ……おまえの長い髪、好きだったんだけどな」 そう声をかけたのは、玄関の扉に背を預けている彼。 「そのぶん、とっても楽しかった。……これでしばらくは、身体が疼くのも我慢できる、よ」 爛漫たる笑顔で答えた彼女に、彼は肩をすくめる。 「まったくおまえには敵わないよ。……行くか」 「あれだけの名演技をしておいてよく言うね。……うん、行こう」 そう言った彼女の、手にしているごみ袋から実装石の雫がしたたり落ちた。 ×
