コドクな実装石 〜 コドクを呼ぶ実装石 〜 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1匹の仔実装が公園を去る。 後には只、枯れた葉の落ちた丸裸の木々だけが残っている。 季節外れにピンクの花を咲かせた桜の木も、まるでそれが幻覚だったかのように花も葉も落ちていた。 「ペチュー…」 仔実装が名残惜しそうに後ろを振り返ると、 そこには仔実装から見ればとても大きな白い骨だけが”何人か分”だけ公園の道に取り残されていた。 「ペチュー…」 キコキコとゼンマイ仕掛けの錆びた人形のようにゆっくりと首をかしげた仔実装は、 何が起こったかも判らずに向き直ってヨタヨタと歩き出す。 熱帯夜の夜の町へ… 行く当てもなくさまよう。 『お前の名前はコドク…そう、何処へ行っても、何を探しても、お前は永遠に”孤独”なんだよ』 仔実装は頭を振った。 誰に言われたか忘れた…でも、ワタシの名前はコドク… どんな意味があるか判らない… ママがきっと付けてくれたんだ…でも、どんな意味があるか聞いていない…聞いたのかな? もう一度、ママに会いたいのに…ママは公園のドコにもいない… 同じ年の妹ちゃんも、下の妹ちゃんも、親指ちゃんも、蛆ちゃんも居ない。 どんなに探しても、おナカマさんも見えない… サンおばあちゃんも、ノンおばさんも、カンお姉さんも居ない… 「ペチュー…オ・ナ・カ・ス・イ・タ」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「ベ…ベジュ…」 ケロは目を覚ましたとき、自分の肉体があることに驚いた。 だが、さらに驚いたのは、”感覚が何もない”事だった。 白く霞んだ視界には、ちゃんと自分の身体や手足を見ようとすれば見られるが、 触っても何も感覚がつかめない。 地面も感じられない。 「ベジュ…ベジェェェェェェッ」 声を意識して発すれば、それに合わせて音が聞こえる。 しかし、それは自分の声には聞こえない。 何を言っているのか判らない。 ただ、何者かの声が響いて耳を通り、何もない頭の中の空間で響いている感じだけだった。 口が開く感じはするが、舌がまるっきり動いていない。 「ベジィ!ブジュァァァァ」 それが、自分の言葉だと理解するのに何度か吼えることになった。 目は何処を見ているのだろう…。 真ん中から線を引いて、左右の見ている物が違う。 意識して、眉間に視線を集中させれば、まっすぐ物が見える。 しかし、力を抜くと、すぐに左右がズレる。 左目には自分の下腹部から左足が、右目には僅かに自分の肩が見えている。 ケロは、よく考えて…自分が”ケロ”であることを思い出した。 自分は母親からケロと言う名を貰い、この公園で生きてきた。 5匹の仔と2匹の親指と3匹の蛆達、可愛い我が仔を”何か”から守るために… 母親は…虐待派というニンゲンに捕まって殺され、姉たちはどこかに連れ去られた… いやいや、そんな記憶はどうでも良い…。 自分は何をしに来たのだろう? ずーっと前に拾った砂まみれの金平糖…危なかった。 ちゃんとママの言いつけ通り舌で舐めて、しばらく待って良かった…ニンゲンの毒だったんだ。 とっても苦しかった… 苦しい? 苦しい… 苦しい…殺した…沢山、殺した…みんな涙を流して、ウンチを振りまいて逃げていた。 それを頭から叩き付け、深く差し込んで引き裂いた。 首をバンバン何かで叩き付けて首がコロコロ…。 まだ、助けを求めるのも腹を割き、内臓を引き出して潰した。 そう、守るために…ワタシの仔を守るために… 何と戦うんだろう…思い出せない。 何で戦うんだろう…思い出せない。 『こいつはダメだな…もう、自分が何者かも覚えていない。 こっちは…闘争本能だけは生きているようだが…。 おい、お前…俺の声が聞こえているか?』 見えない何かから声を掛けられている。 ワタシ達の言葉ではないけど理解は出来る。 「べ…ベヂュー…」 『返事できると言うことは自分があるのだな… どうした?自分の意識があるなら、俺の事を早く殺してみろ』 殺す?何で?何を? 『やはり、お前でも無理か…人間への特別な憎しみなど無いわけだ。 まぁ、いいか…記憶があるなら、よく考えて前を見ろ。 そこに”見えて””襲ってくる物”がお前の敵だ』 ケロは不自由な視界を懸命に動かす。 首も動かしているつもりだが、感覚がないので動いているかは判らない。 そのうちに、視界に”それ”が入ってきた。 ガクガクと身体を小刻みに震わせるように動く実装石… その動きは正常な物ではない。 壊れ掛けの古いゼンマイ人形の様だ。 舌をだらしなく顎の下まで垂らし、不器用にカクカクと動く。 首が錆びた機械のようにゆっくりと動き、目は玉のような左右の赤と緑の目がキョロキョロ回る。 視点の部分がツヤのない白に曇っているので動きがわかりやすい。 ケロは、その実装石に近寄ろうとした。 ガクンガクン…ケロの視界が激しく揺れる。 男には2匹の似たもの同士のゾンビ状態の実装石がのっそり近寄っていく姿が見て取れた。 一方、当事者のケロも、その自分の様子と相手の動きから、 自分もあんな状態になっていることに気が付いた。 どうしよう?何が起きている?どうすればいい? パニックに陥ったときに、腹の底から、再び声が聞こえた。 「アイツ…憎い…殺される…殺す…食う…食う…食い尽くす…イレモノヨコセ」 「グゲェッ!!グェェェェェッ」 腹から何かがこみ上げてくる。 激しく痛い、苦しい、熱い何かがこみ上げてくる。 ケロは、何か判らないソレを出さないように必死にこらえた。 「ベジェジェジェジェ…」 向こうの実装石が笑っている。 口が開き、何かが見える。 口の中から、沢山の赤と緑の光が妖しく見ていたかと思うと、 デロデロと地面に垂れ下がっていく。 ソレはどんどん出てくると生き物のように動き出す。 それでもソレは出続ける。 やがて、その実装石の口が裂けると、さらに大量のエメラルドに輝くゲルが1つの巨大生物のようにケロを囲み、 覆い被さるように立ち上がる。 「憎い…憎い…あれは命…命よこせ…いれものよこせ」 ケロの腹の中の声も騒ぎ立て、こらえきれなくなったケロはそれをついに口から出すことにした。 ジュバァァァァァァァァ… ケロを覆い尽くそうとしたゲルを押し返すように、さらに大量のゲルがケロの中から一気に噴き出し、 それを覆い尽くした。 「「ジュボァァァァァァァ」」 「ベジェェェェェェ」 ケロの視界は上下が逆さまになっていた。 ケロは理解した。 今、自分の口は裂けて上の部分が後ろに倒れているのだと。 そして、ナニカを食っている。 自分の体内にいて、飛び出しているナニカと自分は繋がったままで、 ソチラが別のナニカを食べている。 ソレがナニカを食べている感触はとても気持ちがイイ…。 満たされる。 これが、”生きている”という、”命”の味なのだと、明瞭になる記憶で感じた。 『やはり、力の順応力は生きるための明確な目標を持っている物の方が高いようだな。 もう、何も難しいことは考えなくていいよ。 お前はお前の守りたい物を守るためにしたいことをすればいい…。 ほら、思い出せ、お前が何をしたかったのか…それだけでいい』 ケロは男を見た。 ケロには男は霧の中に浮かぶ薄い影のようにしか見えなかった。 この男…ニンゲンを憎んでいた気もするが、どうでも良いような気がした。 それより、ワタシは何をしようとしていたのか… 「寒い…熱い…苦しい…痛い…オナカガスイタ」 そう、腹の中の”ワタシ”が叫ぶ…おなかがすいた…そう、何か食べないと… そう、ワタシは戦って敵を倒し尽くさないといけない。 ナニカを守るために倒さないといけない。 ワタシの敵…そうだ、あのはっきりと見えるナカマ…あれはとてもおいしい命の味… ワタシにはっきりと見える物が”敵”なのだ。 ケロはヨタヨタと生ける屍として歩き出した。 男は、腐った地面の上で胡座をかいた。 静かに地中の壺を覗く。 『ふふふ、ずいぶんと1匹で飲み込んだ物だ…今はあれでいい… いずれ、人間も敵になる。 思いの強い対象だけがヤツにははっきり見える。 そして、目に映る物が居れば、腹の実装姑毒が命を求めて騒ぎ出す。 そこに敵も味方もない…やつは永遠に、目に映る命を喰らい続けるんだ。 しかし、コレでも大分残ったな…ヤツの許容量の限界か…実装石ではやはりこの程度か…。 まぁいい、喰らい続ければ許容量も上がる。 いずれ、この壺の中身ぐらい転送されても飽き足らない程に成長する。 今でも町に放せば、日本ぐらいは滅ぼせるかな?』 ガサ…脆く枝が崩れる音で男が気が付いた。 「デ!デチィ!!」 慌てた仔実装が尻餅をつく。 男はソレを、目を細めて微笑んで迎えた。 『ようこそ、君は…あのケロとかいう実装石の仔だね? ママを助けに来たのかい? 丁度良い…残りがあるから仔実装でも試してみるか… まぁ、知能の低い未熟な仔実装では結果は見えているがな』 男はゆっくりと立ち上がり、尻餅をついて怯える仔実装に向かっていった。 仔実装の服の首根っこを摘んで持ち上げ、手のひらに尻を乗せさせ、目線の高さに掲げる。 生後3ヶ月目の身長30cm程…声が澄んで甲高いテチから、やや濁ったデチになり、 まもなく中実装のテスという親実装と同じながら言葉の抜けた声色へと変化する大きさだ。 手をスツール(腰掛け椅子)の様にして座らされ、バランス悪い身体の仔実装は尻が落ち着かないようで、 クラクラと揺れる身体に合わせ「デチュ…デッデッ」と足を無駄に突っ張らせる。 『お前、名前は?』 「な・なまえ…デチュ!? ワタシに名前は無いデチュー…ママはもっと賢くなったら付けてくれると言ったデチ。 みんなはイチバンお姉ちゃんと呼ぶデチュ♪ だから、頑張ってママのお手伝いをするデチィ!お姉ちゃんだから当然デッチュー。 ママが帰るまで、ママの代わりに妹ちゃん達を守るんデチィ! でも、ママはとっても哀しい事を言って、泣いていったデチュ…とても心配で追いかけてきたデチュー 約束を破ってワタシは悪い仔デッチュー…でも、とても心配デッチィー… ニンゲンさんはママのナマエを知っているデチュ…ママ…ママはここに来なかったデチィ?」 『ああ、来たよ…でも残念だな…ママはこれからも君達に名前を付けられないみたいだったね。 そうだ、お前はずいぶん親思いの良い仔だから、俺が特別に名前をやろう。 お前は”コドク”だ。 ママに出会ったら、そう名前を付けられたと誇ってやれ…会えたらな』 「コドクデチィ?ニンゲンさんに名前を付けて貰ったデチュ…なんだか恥ずかしいデッチュー」 仔実装は、頬を赤らめて両手を口元に持っていき、クイクイと頭を細かく左右に振った。 男の手の上に尻を預け、足をパタパタさせる。 仔実装はケロの仔として、ある程度の賢さを持ってはいたが、 まだまだ、親に守って貰うことでしか学べない精神的には未熟な存在であった。 「やさしいニンゲンさん…ワタシはママを探しに行くデチ。 だから、降ろして欲しいデチュ…ニンゲンさんのお手々も汚れてしまったデチュー」 粗相をしたままで居るのが恥ずかしく、仔実装は頬を赤くして、 その頬を両手で隠し俯き加減に頭をイヤイヤと左右に振る。 男はニッコリと満面の笑顔を浮かべて仔実装を… 壺の上で、掌を返した… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ケロはヨタヨタと歩き続ける。 うっすらと蘇る記憶はすぐに失われていき、混濁した曖昧な映像的記憶が断片的にしか残っていない。 ここは何処だろう…ナカマ達がイッパイ居た記憶がある。 キライなクズムシがイッパイ居た気もする。 私はここにお家があった。 ワタシの寝床はココにあった。 ナカマと協力して建て、私の仔達と過ごしたお家…丈夫で十分なお家… 違う、ニンゲンが貢ぎ物置き場に供物として捧げた物を貰ってやって、 仔達とウマくてイキのイイ蛆を飼って住んでいた気もする。 ニンゲンがロクなのを貢がないから、狭くて寒かったり暑かったり…雨漏りもする。 違う違う!ここにあった物や住んでいたカスどもを毎日うらやましく眺めていた気がする。 やたらイバり散らして、ワタシ達を笑う連中を… あんな連中はワタシが本気になればニンゲン共々平伏すハズなんだ。 もう、どうでもいい… ハッキリとしないクセに、頭がパンクしそうなほど沢山の思いがある。 それより、ワタシは何をしに来たのだろうか? ナカマ達が大量に泣き喚きながら迫ってくる。 「デスゥゥゥゥ!助けてデス!バケモノデス!バケモノが襲ってきたデス!」 「ベ・ベジュ?ベジュー…」 そうだ、トッテモトッテモ…オナカガスイタ ト イッテイル…ワタシのワタシが… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 数組の実装石家族が逃げ回っていた。 最初は抗争に怯えて家に隠れていた… あるいは、その家を狙おうとしていたのだが、騒ぎの質が変わって逃げ出したのだ。 その為に、何が起こったのかは把握していない。 とにかく大騒ぎが起き、身の危険を感じて逃げ回ったのだ。 何が起こったか判る場所にいれば死んでいただろう事だけは理解できる。 本能がかろうじて、大切な居住地を捨てる選択をさせた。 皆、狂ったように「バケモノ」と叫んで逃げ回っている。 だから、きっとバケモノが襲ってきたのだ。 とにかく家族と共に家を捨て逃げるしかない。 そうして、とにかく逃げ回った。 武器を持って目の色を変え、争い合っていた連中も入り乱れて逃げている。 何をして何処に行けばいいのかも判らない。 とにかくパニックがパニックを呼び、彼らもパニックのままに逃げた。 そこに、林の奥から、ナカマが現れた。 とにかく彼らは知りたかった。 公園内に隠れられる場所があるのか?公園の敷地から出た方がよいのか?それすらパニックの自分自身では判断できない。 今は自分が何処に向かっているのか、どちらに公園の出口があるのかすら判らない状態。 何処に行けばいいのかを他人の口から聞きたかった。 その実装石は、外観こそナカマの姿をしていた。 賢い彼らは、少し落ち着いたときに、それがナカマのケロという名の実装石である事が判った。 彼女は賢い…サン一族並みに賢いナカマだ。 とにかく、事情を説明すれば、賢い彼女なら良い判断をしてくれると…。 ケロの動きが異様なのは気にならなかった。 しかし、次の瞬間… ケロの口が裂けだし、何かが噴き出した。 じゅばぁぁぁぁぁ… 「デゲェェェェ!!」 「テッスゥー!?」 「テピァ!!」 それをまともに受けた一家、小さな仔達は、呻いた次の瞬間には緑の液体に溶かされていた。 中実装の仔は、その液体の中で藻掻きながら表面から溶かされ、 親実装は体中にまとわりついたゲル状の液を振り払おうと、 その場でベタベタと転がり回っているが、ボトリと動くたびに身体の部品がこぼれ落ちた。 「デビェェェェデギァァァァァデバァァァァ…」 その難を逃れた家族も、僅かに飛沫が付着した者は、叫びを上げて苦しがりグルグルとその場を回り出す。 「テテテテテテ!テスゥ!デチャア!テテテテ!!」 付着したそれが、まるで酸を掛けられた火傷のように煙を上げ、溶け、浸食し、 皮膚の下に潜り込んで痛みを与え続けた。 中実装はグルグルとその場で駆け回りながら手に付着したそれを取り払おうと焼けた箇所を叩く。 すると、その箇所の溶けた皮膚が、無事な手に付着したとき、 その手が同じように痛みを発する。 「テスゥ!!テテテテテテテ!」 手の中身の痛みもどんどん大きくなる。 やがて、叩いた衝撃でボトリと、その箇所から手が溶け落ちた。 今度は叩いていた手も痛くなり、中実装は、その中から食われる痛みに、 ついにはその場に転がって足だけをばたつかせて歯を食いしばって苦しがった。 「テヒィィィィィィィテヒァァァァァァ!!!」 その中実装の様子に驚いた仔は、一斉にパンコンし、 「デビィ!!」その場に腰を抜かした者は、走り回る中実装に撥ねられ、踏みつぶされた。 「テチァァァァァァァ〜」「テスァァァァァ〜」 驚き逃げ出す者もいる。 彼らの何匹かは、慌てて地面に落ちたそれに引っかかる。 ジュ… 激しい痛みと共に、まともにソレに踏み込んだ仔は足が止まった。 止まったというか、みるみると踏み込んだ部分が溶け出して、足として機能していないのだ。 「デジィィィィィ!デヂュー!!!」 仔がその叫びを上げる頃には、足はなくなり、胸元が地面の緑の液体に沈んでいた。 同様に踏み込んだ別の仔は、上半身だけになり、手で這って逃げていた。 「ジィィィィィ!!ンジィィィィィ!!デピィィィィィィィィィィィ…」 溶けた胴体からは煙が上がり、なおも肉体を蝕み、仔は3cm程這ったところで舌を出したまま動かなくなった。 「デェェェェ!バケモノぉぉぉ!バケモノデスゥー!!」 ただでさえパニックのままの親には、そのバケモノが周りの者が言っていたバケモノと同じだとは気が付かなかった。 だが、同じモノであることを知っても手遅れだった。 その親はその光景に、とにかく近くで無事な仔の手を掴むと、反対方向に駆けだした。 もはや、親も必死で、手を引いた仔が歩幅の差で足がもつれ、引きずられるのも構わずに全力で駆けだした。 「ママ!ママ!イタイテチィ!足がぁおなかがぁ!イタッイタッ!テ・テ・テ!ちぎれ…ちぎ…ママ…テパッ…」 「テェェェェ!ママ!妹ちゃんの手が取れておいてけぼりテスゥ!血まみれのボロボロテスゥ!」 「バケモノバケモノバケモノデスゥー!!」 だが、その一家も、逃げ切る前にエメラルドの海に襲われた。 迫り来る生きた液体を横目で見た親は、とっさに軽い方の手を振り投げた。 小さい仔実装が居たはずだが、小さい千切れた手だけが放物線を描いて吸い込まれた。 「デェェェェ!役立たずデス!裏切って逃げやがったデス」 多少賢く、愛情高く、協調性を持っても、マクロ視点で見る限りは所詮、実装石一括りである。 それこそ、サンやケロ程で無い限りは、追い込まれれば仮面が剥がれて低脳化するのは仕方がない。 人間相手なら見慣れてもいるしある程度の対応法もあるが、相手は未知のバケモノなのだ。 「テス!?ママ、何て言ったテスゥ?テテ!ママ何をす…」 「うるさいデス!ママの為に身を犠牲にするのが仔の使命デス! 堂々と戦ってママが逃げる時間を稼ぐのが筋という物デスゥゥゥゥ」 自らが走る勢いを利用し、母親は急停止すると、我が仔の両手を自らの両手で握りつぶし、 器用に自分の足を軸にして、勢いを殺さずに我が仔を時計回りに走らせて180度方向転換させ両手を放す。 「デッシェェェェェ!!ママのウンコタレー!!テスポァ…」 親に引かれ親に遅れまいと限界まで加速していた仔が遠心力で振り回されれば、 転ぶまいとする無意識が働いて、自力で止まる事は出来ない。 中実装の仔は、それでも無意識に逆らって止まろうとして、 足を僅かにもつれさせると、もう、それだけでバランスの悪い2.5頭身の身体は前のめりに倒れ、 ポキッと軽い音と共に、派手に打ち付けた顔を接地点に、胴体だけが慣性で前に移動しようとし、 首が折れ、胴体はそのまま尻が後頭部にくっつく程に曲がる。 さらに、その姿勢のまま、まるでタイヤの様になった中実装は、 「テロパァァァァァ…ゲフ!…テロパァァァァ…ゲフ!」 と転がり地面に顔をこすりつけ削られながら、泣き叫び続け、その勢いで転がりまっすぐエメラルドの海に突っ込んだ。 「ブルジァァァァァ…」 我が子の断末魔を振り向きもしないで聞いた親は、 「ワタシの仔は、みんなワタシに似て勇敢で賢い仔達デス…ママはお前達のガンバリをムダにはしないデスゥ」 と言いながら逃走していた。 その親実装は焦げ臭い臭いと背中の焼けるような痛みで異変に気が付く。 「デエッ!!ワタシの髪がコゲ!コゲ!デァァァァ!それより背中が燃えるようデスゥー!!」 中実装が勢いを付けて突っ込んだために、液体の飛沫が強く飛散し、親実装の髪に数滴付着していたのだ。 気が付いたときには、髪は火で焼かれたように焦げ縮れ、途中から千切れ落ちながらも、 なおも根本目指して煙を上げて焦げが浸食していた。 背中にも小さな焦げが肉を食うように深い穴を開けつつ、さらに面積を拡げるように”喰らって”いった。 まるで仔実装の最後の恨みがそうさせたように… 全てが終わると、ケロはキレイにそのゲルを吸い込みだした。 ング…ング…ゴクリ…ゲフゥゥゥゥゥゥ そして、全てが無くなった後になって、ケロは”自分の意識”をハッキリと取り戻す。 顔を掻くように激しく悶えて膝を屈する。 「ワタシは、何と言う事をしてしまったのデスゥ!」 激しい後悔の念と罪悪感だけが、正常になったケロに襲いかかる。 ケロの意識は、たとえ、その身が自分の意思で動かなくても起こった事を全て蟲毒と共有する。 ケロの罪悪感に苦しむ感情すら、無惨に殺され恨みのみが形をなす蟲毒の底なしの飢えを癒やすエサとなる。 生前からあらゆる罪悪を平気で犯し、その被害に遭う者を笑って”欲”を満たす実装石は、 蟲毒の概念からすればベースとして恐ろしく理想的である。 だが、その力を維持するには、宿主がそれに染まってはいけない。 物理的な”食べ物”とは別に”意識的レベル”でも餌を与える事になるのだ。 そして、ケロの意識がストレス崩壊するほどのダメージを蓄積する寸前で、 また、両方の意識が混濁する”昏睡状態”になり、その肉体を殺させない。 罪悪で打ちひしがれる心が、蟲毒をさらに成長させるのだ。 「ベジュー…ベジュー…」 ケロは再びヨロヨロと歩く、意識は再び混濁状態となり、ハッキリしない記憶のままに突き動かされて歩む。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ケロは不鮮明な記憶を頼りに集会所にたどり着いた。 だが、そこには動く者は何もいなかった。 ここに押し寄せてきていた反サン派も、出入り口で防戦していたサン一族も… いや、動く者が1つだけある。 ソレの動く様は、ケロには記憶がある。 同じ…あの桜の木の下にいた2匹と…そして、自分と…。 不思議とケロの意識は鮮明に相手を思い出した。 それは、相手も同じようだった。 「ベベベ…ベジューベッジュァー」《ケロぉ…やっぱりお前も裏切り者デス》 「ベッジィー…」《ノンさん…》 蟲毒持ち同士は、肉体が不自由になってもお互いの言葉が理解できる。 いや、言葉での会話ではないのかもしれない… 《ワタシは手に入れたデス…サンママの為に、楽園のために、一族を守るために… オマエの様な裏切り者から守るためにデス! やっぱり、お前は力を隠し持っていやがったデス…卑しいヤツデス… 全てオマエがやったデス!!ワタシ達一族を食い尽くしナカマを食い尽くし、お家達も無くしたデスゥゥ! なのに、みんなワタシを見てバケモノと言うデス…ナカマも、姉妹達も、ワタシの仔も!! デピャピャ…だからみんなお腹の中デス…みんなイラナイデス。 こんなにナカマを思うワタシこそ、当然、サンママに代わるリーダーデス。 従わない者は許さないデス!裏切り者デス! サンママにも出来ない楽園を作るデス〜、ワタシを崇めるデス、平伏すデス。 認めないモノはみんなイラナイデス…イラナイデスゥゥゥゥゥ!!!》 ケロもまた、一族を守るという目的のために力を貰いに行ったのだ。 そして、今は、自らの犯した罪に押しつぶされて…心を食われたのだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 時間は少し戻る… 集会所は取り囲まれ、入り口ではお互いが武器を突きだし威嚇しあう。 実装石2匹がようやく通れるサイズの入り口を挟んでいるため、 すぐに反サン派が突入してくる事はない。 だが、数の劣勢は明白であるし、建物に押し込まれている以上、 もし、明確な反サン派が増え、敵の数が増えて完全に囲まれてしまえば、 建物から出られなくなる彼らは飢えとも闘わなければならない。 賢い彼らはそこまで考えてしまう。 「このままでは負けてしまうデス…これもきっと、あのニンゲンの力デス! やつらは巧妙デス!!間違いないデス」 反サン派の反乱は感情に流されて惰性で始まったもので、そこまでの計算はない。 だが、一族の頂点、親にして、信仰に近い信頼を置くサンを失ったばかりで、 さらなる疑念に捕らわれたノン達には、まず”ニンゲンの力”が頭に過ぎっていた。 これが、決してサンに引けを取らない知能を持ち、豊富な知識を親であるサンから真摯に学んでも、 経験や貫禄の足りないノン達の選択を根本から制限し誤らせた。 「やさしいケロおばちゃんまで裏切ったテス…どうするテスゥ…このままではワタシ達は全滅テス」 「テェェェェェェン!お姉ちゃあーん…ママァァァァ…テェェェェン」 「落ち着くデス…やつらはまだスゴイ武器を使っていないデス。 ひょっとすると外のヤツラが使いこなせないだけかも知れないデスゥ。 ワタシは決めたデス…ワタシがニンゲンの力を貰ってくるデス!」 「ノンお姉ちゃんダメデス!!サンママの言いつけに背くデス!? ニンゲンの力はダメだとママが言ったから、それに背くのはタイヘンな罪デスゥ!! だからこそニンゲンの元に行ったと言う、あのケロをぶち殺したデスゥ」 「ケ・ケロをぶち殺したのは、裏切り者の罪でデス! あいつはちょっとママに好かれて賢いからと、ママにズケズケ意見するデス。 きっといい気になっていたデス、ママを追い落として自分がリーダーになるつもりだったデス! 絶対アイツはニンゲンの力を持って裏切る気だったデスゥ! ニンゲンの力を貰いに行くのは罪ではないデス!いや、他のヤツなら罪デス、でもワタシは違うデスゥ!! ワタシはママの為に、一族の為に、崇高な目的のため力を貰うデス!他のヤツらとは違うデス。 だから特別に許されるデス… そうデス!!ワタシは、今、この中ではママのイチバンの長女デス。 当然、ママの跡を継ぐのだからトクベツなのデス!!文句を言うなデス」 ノンの根拠無き自信が他の一族を萎縮させる。 そもそも、ケロの話を一番聞く気がないのは、サンでも反サン派実装石でも無ければ、 ケロの知能に嫉妬する”サン一族”だったのだ。 自分たちが一番したい事を、ケロや他のナカマへの疑惑や嫉妬としてぶつけていただけである。 それはサンに反旗を翻した反サン派と何の違いもない。 その仮面を繕う必要が無くなれば、もっともな理由を付けて一番最初に叫んだ者が権利を得るのは、 実装石世界のディフォルトである。 ”嘘も百回吐けば本当になる”を地でいくのが実装石である。 賢い集団も、理性や倫理を説く支柱が居なければ、ただの実装石である。 「いいデス!何としてもあのクソどもを入れるなデス! ワタシがちゃんとニンゲンの力を貰ってくるまで耐えるデス! ワタシが絶対にお前達を守ってみせるデス! 聞き分けのないバカ共からも、小汚いクズ野良からも、デカイだけのニンゲンからも守ってみせるデス! そして、今度こそみんなの楽園を完成させるデスゥー! あのバカ共には使えない武器でも、あのサンママの長女のワタシなら使いこなしてケチョンケチョンにするデス。 何が恐ろしい力デス…外のカス共には、ハゲハダカに髪飾りみたいなモノだっただけデスゥ」 そう姉妹に言いつけるとノンは、ケロが入ってきた裏口から外に出ると、 まっすぐに人間の居るという桜の木の下を目指したのだった。 ただ、目的こそ自己中心で歪んでしまったが、 ノンは嘘は吐いていない。 彼女なりに身を挺して、姉妹や家族を守ろうという意思は本物で、考えに考えて下した決断である。 ただ、多少、未来予想がバラ色に染まっているだけである。 ノンもまた、知能は高く、自分の守るべき物を守る意志を強く持ち、 固執するべき、築き上げ手に入れた物の大きさはケロのものより遙かに大きいのだ。 だからこそ、その意思によって蟲毒の宿主に認められた。 守るべき物を失う痛みを、蟲毒になった実装石達が求めたのだ。 ケロの優しく、知恵がある故に感じる罪の意識を喰らうのと同じように… そうして力を手に入れたノンは、自らの意思で守るべき物を守るために舞い戻った。 だが、待っていたのは、自らの制御できない力の暴走と、 自分を”バケモノ”と恐れ、怨嗟の叫びをあげながら”彼女に”食われていく姉妹や我が仔達の姿。 ノンは築き上げた建物すらも、その蟲毒で食い尽くしたのである。 ノンの敵はいなくなった… だが、ノンが守りたかった物も彼女の前から失われた。 それ故にノンは逆恨みするべき相手を失って狂った。 それは、守りたかった者達が彼女の腹の中で、怨嗟の声を上げて彼女を責め上げたからだ。 彼女に残されたのは、その痛みから…確定した結果から逃れるための”理由”である。 全て、元はと言えば”自分以外の者”が自分の言う事を聞かないのが悪い… 自分以外が裏切り者であり、全ての責任を背負うべき敵なのだ。 その為に、自分を産み育てた敬愛するサンに対しても怨嗟の恨み言を叫んだ。 そこに格好の敵が現れたのだ。 殺しておいたというのに、ノコノコと顔を現した見慣れた顔… まさに自分の行為を帳消しにするに相応しい相手… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 男は、コドクと自ら名付けた仔実装を壺の底から掬いだした。 溺れ、パンパンに膨らんだ腹を投げ出し「ギュプギュプゥゥゥ」と苦しみ、毒を嘔吐する仔実装。 そのふくれあがった腹によってすっかり比率の崩れた手足をパタパタと動かし悶える。 人間の掌一杯分を啜っただけで、ケロの様な成体ですらのたうち回る毒である。 その呪いは、呪法によって守られて居なければ、皮膚を通してすら身体を蝕むモノだ。 その呪の海に沈められたのだ。 「デペェ!ジュピュピュピュピュ、ペチャァー…」 舌が自然に千切れるのではないかという程に延び、ピンと上に向かって突き出される。 汗も涙も糞も出ない…代わりに透き通ったエメラルドに輝く液体が流れ出る。 「ンンンンンンンン…プチャァー!!」 あっけない叫びと共にパタリと仔実装の動きが止まる。 『まぁ、喰らうべき知能や意思が有ってこそ、無差別な恨みを抱く塊の蟲毒は宿主にする。 それが無い未熟な仔実装ではこんなものか…』 男が飽きたという感じで、のっそりと立ち上がり踵を返す。 『毒自体もまともなら、2匹も喰らって生きているのが居るんだ。 文献の内容から、実装石で作れば、並の蟲毒など比ではないと思ったが、俺様の目の付け所は正しかったな。 ただ、宿主の方も実装石ではいささか無理が有るみたいだ。 今度はこの実装蟲毒を人間に飲ませて使えるか試してみるか… 成功すれば、このクズな国ぐらいコテンパンに潰してやる…はははははははは… は…あっ…ぐぁぁぁぁぁ』 男が苦しみ出す。 ポケットに入れた手…毒を掴み、仔実装を掬いだし、ケロに飲ませた片腕が、 煙を上げて、斑に焼け爛れ始めていた。 『な!なんだと!』 男が膝を付き、仔実装を振り返る。 腹を膨らませ、事切れていたハズの仔実装に異変が起きていた。 みるみると風船のように膨らんでいた胴体が元の状態に戻り始めている。 それだけではない、仔実装が吐いたモノ、出した汗、流した涙、漏らした糞… そのエメラルドの液体だけが、まるで、逆再生のように仔実装の肉体に還っていく。 それでいて、ゆっくりとその胴体は元の大きさにしぼんでいるのだ。 『まさかぁ!!蟲毒が食われて宿主と認めたというのか! 何故だ!文献と違う!食うべき意思のないモノが宿主になるなどあり得ない! 巡り巡って、ようやくこの公園で得た賢い者ですら中途半端な成功だというのに』 ノロイを防ぐためにノロイが掛けられている腕が僅かだが食われていた。 「ペチュー…」 仔実装は何事もなかったように身体を起こす。 その手足の動きは、ややぎこちないが、ケロ達から比較するとスムーズに見える。 やはり舌の回転が悪いようだが、目線のズレも無い様で、ポテポテと歩き出す。 男は、焼け爛れている左手をニヤリと笑って眺めると、 目の前にやってくる仔実装にゆっくりと手を伸ばす。 『ふはははは…完璧な蟲毒の完成だ!バカな仔実装なら尚のこと使いやすい! 俺の…私達の…我が一族の念願が叶うのだ! 屈服しろクズ共め!いや、コイツでたっぷり脅して、謝罪と賠償を搾り取り尽くしてから滅ぼしてやる』 仔実装は迫り来る手をぼーっと小首をかしげて眺める。 男の手が小さな仔実装を掴もうとしたとき… 仔実装が、その手をいやがって「ペペペッペジュン!」と身をよじる。 ジュジュジュジュ… 『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ…』 男の左手の手首から先がみるみると溶け落ちた。 『ひっひぃぃぃ…お、俺を食うのか…食うのか…』 男が失禁しながら身動き一つ取れずに、僅か30cmの仔実装に怯えていた。 覚悟が出来ていると口にした男だったが、 現実に絶対的な力を眼前に突きつけられて恐怖していた。 男の覚悟は、所詮は、命をもてあそぶ側の目線で口にするスタイル的なモノでしかなかった。 仔実装は男の前でギギギと小首をかしげると、 「ペチュー…ペチャァ!プキャキャキャキャ〜♪」と男を指さして笑った。 失禁した男の姿を嗤ったのだ。 そして、ポテポテと左右に揺らぎながら男を無視して歩き出す。 『おい!お前…お前の名前はコドク… そう、何処へ行っても何を探しても、もう、お前は永遠に”孤独”なんだよ』 それだけ言い残して、男はうずくまった。 幸か不幸か、男は仔実装コドクが興味を示さなかったという一点において死を免れた。 いや、その価値すらないというだけなのかもしれない。 仔実装は、ゆっくりともと来た道を引き返すように去っていった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− コドクは、懸命に記憶を頼りに、”あの場所”に戻ってきた。 林の中、僅かに開けた場所… そこに仔実装達がスヤスヤと寝息を立てていた。 古いタオルの切れ端や新聞紙を布団に身を寄せ合っていた。 「ペチューン!ペチャーン!」 コドクが懸命に叫ぶと、寝ていた仔達は、ビクッと鞭打たれたように跳ね上がり、 抱き合ってキョロキョロと頭を振る。 「ペチャーン!ペッチュチュ〜♪」 「デッ…ビックリしたデチュー…イチバンお姉ちゃんデチ」 仔実装には不釣り合いな鉈を掲げていた、中で一番大きな仔実装が安心して重い鉈を降ろす。 「テェ〜、お姉ちゃーん…ママは見つかったテチュ?」 まだ小さな仔実装が、テトテトと駆け寄ってくる。 コドクはそれに、目を細めて手を伸ばして頭を撫でようとする。 「ペーチュッチュッチュン♪」 「お姉ち…テェヒュッ!テチャチャチャチャチャ!」 撫でた仔の頂点から煙が出ると、仔実装はコドクの目の前で頭を抱えてしゃがみ出す。 そして、煙を上げながら届かない頭の痛みに涙しながら転がり回った。 「アチアチアチアチアチアチアチ!アタマアタマ!!」 みるみる服を残して溶けていく仔実装… やがて、頭が無くなったというのに、仔実装は胴体だけでバタバタと藻掻き苦しみを訴えて転がり回る。 その様子を見て、仔達は一斉にプパァとパンツを膨らませる。 「レヒィィィ!オネオネオネ…ちっちゃいお姉ちゃぁぁぁぁん…レペッ」 親指の1匹は、スーッと顔が真紫になると蛆を抱えたまま前のめりにブッ倒れる。 「レゲペッ!重いレフゥゥゥ、お姉ちゃん重いレフ…レッレッ…イキが…身体が潰れるレピィィィィィ」 ショック死した親指に抱えられたままのし掛かられた蛆実装は、 上に乗ったのが、体格が似たものの親指のために即死は免れたが、その力ではどう足掻いても抜け出す事は出来ない。 ジワジワとその重さに身体を潰され、それに逆らうように息を止めて全身を力ませ支える。 息切れしてはメリっと潰され、再び、顔を赤青に変えながら力む。 その間にもパニックになった仔達は、腰を抜かし、それぞれその姿勢のままや、ハイハイの姿勢でバラバラに逃げ出そうとする。 「テチィィィィ!!お姉ちゃんがおかしいテチィィィ!ちっちゃいお姉ちゃんチンで大変な事テチュゥゥゥゥゥ ナナバン妹ちゃんも大変な事にチンじゃったチッチィィィィ」 「テチッテチッテチッ…た、お姉、おねっ、大変なちっちゃいドロドロがお姉ちゃんな事にバケモノレチィ!」 「レチャ…チャッチャッ…イチバンお姉ちゃんがバケモノレチィ!マ・ママァァァァ」 「レヒィィィィ…ちっちゃいサンバンお姉ちゃんがチンじゃったレフゥゥゥゥ… ナナバンお姉ちゃんもチンじゃったレフゥゥゥゥ…レェェェェンレェェェェン」 「レフーレフー…お姉ちゃん達、パンツコンモリレフー…ミットモナイレフゥーン、 ワタチはそんなにみっともなくないレフッ、オカしいからウンチピュッピュッしちゃうレフゥ〜」 コドクは何が起こったかも判らず、その仔実装達の慌てふためく姿が心配で、 ヨタヨタと近寄ろうとすると、立ちはだかるように少し大きな仔実装が、不釣り合いな鉈を構えて立ちはだかる。 「テシャァァァァァ!!妹ちゃん達はワタシが守るデチィ!!ママとの約束デチュ! イチバンちゃんとも約束したデッチュー!ニセモノはやっつけるデチ」 動揺した小さな仔や親指、蛆たちも勇敢な姉の姿に自然とその後ろに寄り集まってしっかりと抱き合う。 コドクはとまどった。 (ワタシがあなた達のイチバンお姉ちゃんデチ…) 「ペッ…ペチュー…」 コドクは記憶が混濁しながらも、それだけは理解が出来た。 そして、なぜ、自分が、バケモノと呼ばれ責められ恐れられるのかは判らなかった。 ただ、コドクは、可愛い妹たちにいつもの挨拶をして、 ただ、家族と共にママを大人しく待ち続けたい。 もう、言いつけを破って一人で出歩いたりしない…。 例え、このままお家もないままでも、がんばってママを待ちたい。 ただ…それだけなのに… 「ちねー!!くぉぉぉんのぉぉぉバケモノデチィィィィ」 ザクッ…コドクの肩口から大きな鉈が振り下ろされる。 「やったぁぁぁ!ニバンお姉ちゃん流石テチィ!バケモノブチ殺したテチィ」 「レッチュ〜ン♪ニセモノお姉ちゃん真っ二つレチュー」 「デェ…デェ…やったデチ…みんなを守ったデチュ! これで、ワタシはママが戻ってきたらイチバン最初に名前が貰えるデッチュン♪ きっと、勝手に出歩いたバカなイチバンちゃんよりカッコイイ名前が貰えるデチュ〜ン♪」 だが、次の瞬間、肩口から裂け落ちたコドクの上半身と下半身から液体が延び、 ゆっくりと落ちた上半身を持ち上げ、運び、元通りの位置に戻す。 それは、実装石の”再生”というレベルの話ではなかった。 そこに、金属製の鉈の刃が有ろうと、その上に乗っかり、それを”食って”すら元通りに繋いでいったのだ。 その間も哀しそうにコドクは泣く。 「ペチューン…ペチャァーン…ペッチュー」《どうして?ワタシがイチバンちゃん…コドクデチュ》 一方、鉈を叩き付けた仔実装達の方は、その異様な光景に、もはや身動きを取る事も出来ない。 ただ、その場で「デ…デ…デ…」とパクパク口を玩具のように開閉させ呻くだけであった。 胴を両断した鉈を持っていた仔は、ガタガタと震えながら鉈を動かそうとするが、 その鉈は、今はまるでコドクの胴体に密着しているように動かない。 ジュー… 煙が上がると、パキンと鉈がその中心部分から折れる。 その巨大な刃は、コドクの胴の形に無くなっていた。 「デデデェッ」 仔実装が尻餅をつく。 「テッチャァァァァ」「レピィィィィィ」「「レフーレフー」」 蜘蛛の子を散らすように、その仔実装の背にいた仔達が逃げ出す。 取り残される形となった仔は、腐食して無くなった鉈を眼前で掲げる姿勢のまま、 まだ、パクパク口を動かして固まっていた。 「デ…デ…デ…」 彼女の思考の範疇を超越した光景に、そのあまりに容量の低い脳がショートしたのだ。 「ペチューン…ペチューン…」《妹ちゃん大丈夫!?》 「デ…デ…デデッ!!デッ!テッテッテッチーューン♪テテッ…レッ!レチュ♪…レチュ♪デヂュァァァァァァァァ」 仔実装は、迫り来るコドクにその姿勢のまま、 恐怖の絶頂で鳴き声だけで媚び始め、やがて、親指声でも媚びだした。 その仔をコドクは、起きあがらせようと両肩を抱いてやると、 その媚びは、大音響の絶叫に代わった。 コドクの目の前で醜く歪み苦しむ仔実装の表情は、すぐに表情だけでなく外観そのものが歪み出す。 そして、コドクは崩れさる同じ歳の姉妹の姿に悲しくなって泣いた。 その涙は、エメラルドに輝く半透明の液体で、コドクの両目からキレイに孤を描いて噴き出した実装蟲毒は、 地面に落ちると意志を持って動き出し、コドクの抱える仔を、逃げる仔を、死んだ仔を追いかけ食らいついた。 「ジヂァァァァァァ…」 小さい仔はソレに足を掬われ転がされると、真上から覆い被さるソレに絶望の失禁をしながら覆われた。 「何レフ!?レプププ、おもしろいレフレフッ♪レッフ!!イタイレフ!ヤメルレフ、アツイレフ、ヤメルレフ、ヤメルレフ!!」 状況の理解できない蛆の1匹は、周りを囲まれ、針のように細い触手となった蟲毒が蛆を何度も襲い、 蛆の全身をツンツンとからかうように、いたぶるように責め、 蛆は連続して、至る所から襲う痛みに身をよじって苦しみ、恐怖の末に自ら液体に飛び込むまで苦しんだ。 親指の手を引き、蛆を脇に抱えた小さい仔も懸命に逃げるが、 蟲毒は狡猾にその幾手を何度も遮り、何度も逃がし、仔実装が疲れ果てるまで狭い範囲を走り回らせる。 コドクの蟲毒は、ただ相手を喰らうだけではなく、相手に絶望や恐怖を感じさせる為に動く。 コドク自身が仔実装で、深層的な罪の意識が明確でないためである。 コドク自身の本能的に純粋な無邪気さと、蟲毒にされた実装石達の恨みが融和して、 蟲毒はまるで玩具を与えられたように、命を弄んで殺そうとするのだ。 「レッフゥ〜ン♪ウンチアナがキモチイイ…レピピピ♪もっと弄って欲しいレフ♪レッレチァァァァァ…」 疲れた仔実装の抱える蛆の排泄口に蟲毒触手が挿入されると、蠕動しながら液を流し込む。 最初は快感で紅潮して喜んでいた蛆は仔実装の手の中で、内部から食われて苦しみだした。 煙を上げながら苦しみ熱を出す蛆実装を、仔は思わず手から落とす。 「テェェェ!蛆ちゃん、蛆ちゃぁぁぁぁん!!」 「レペッ!ヒドイレフ…イタイレフッ…オネイチャン…おなかいたいレフゥゥゥゥゥゥ!!」 蛆実装が生きながら溶け出して苦しむ様を見ながら、 仔実装と親指実装は、周りを取り囲まれている事にも気が付いて、 ジャバジャバと、もはや大半が尿の水分になっている水糞を止めどなく流し、 2匹でひしっと抱き合うと、ガクガク震えながら膝が崩れて天を仰いで涙を流し叫ぶ。 「テチャァァァァンテチャァァァァァン!!ママァー、ママァー…」 「レチェェェェェンレチェェェェェン!!お姉ちゃぁぁぁぁぁん、ママァァァァァ…」 グチョ… 2匹は、その抱き合った姿勢のまま液に飲まれ、液の中で抱き合い口を動かし溺れながら溶けはじめる。 その様子をコドクはグスングスンと鼻を啜りながら泣いて見守った。 コドクは悲しかった。 だが、悲しい事と罪を感じる事、責任を負う事は実装石には何の関係もない。 まして、未熟な精神の仔実装…悲しみを”感じる”だけでも稀少である。 ケロやノンとコドクが違うのは、その点でしかない。 コドクには見た事に関して悲しいと感じる事は出来ても、それが自分のしている事という意識は感じられない。 蟲毒とコドクは意識を共有しながらも、コドクは幼く愚かすぎない程度に無知で、 蟲毒の飢えや怨嗟も、捕食される獲物の痛みや苦しみも、他人事なので都合良く感じない。 普通の実装石の持つ”他人の痛みを感じない”無関心ではない。 これは、むしろ他人が苦しんでいる姿を”見下し楽しむ”という意思が働いている。 コドクは、まだ、それを理解して楽しむ事も、ケロの様に共感する事も出来ない。 しかも、蟲毒によって、絶対的な不死の肉体を得たコドクは痛みを”感じない”。 自身に感じる痛みがないので、余計に目の前の光景が現実味のない”他人事”になってしまう。 それが、より残酷に蟲毒を動かす。 より蟲毒を支配できてしまう。 コドク自身に喰われるべき意思がないのだ。 それでいて、”同化”してしまう程、愚かで快感に容易に身をゆだねてしまう仔とは違った。 だから、生物としての意思と欲望の塊となった実装蟲毒は宿主を支配できず、支配された。 コドクの蟲毒は、それ故に他者に対しては攻撃的である。 コドクは、その場で泣き続けた。 悲しい…家族が死にゆく姿が悲しい…しかし、その痛みはコドクには分からない。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ケロとノンの蟲毒同士の戦いは、あっけなく決着が付いていた。 おなじ蟲毒同士では、喰らうべき意識の強く残る方の蟲毒が強いのだ。 ノンは守るべき全てを失い、後に残ったのは欲望だけであった。 それは、生を渇望するだけの実装蟲毒と”共有”ではなく”同化”である。 ケロにはまだ、家族を守るという意思が残り、 それを喰らおうとするケロの蟲毒にノンの蟲毒は容易に吸収された。 あの桜の木の下でケロに喰われた2匹と同じである。 ノンも蟲毒と”同化”して、その欲望を満たす快感に身を委ねたのである。 ケロとノンのまき散らした蟲毒は、周辺を土からして腐らせた。 ケロは、再び、自分の犯した罪に苛まれながら、ヨタヨタと歩き出す。 生き物が居なくなった世界を…。 家族のもとに…帰らないと… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− まだ、日付がようやく変わったばかりというのに役場の当直の人間は、鳴り続ける電話の対応に追われていた。 あの公園の付近住民から『異臭が酷い実装石の仕業ではないか?』『実装石がうるさいなんとかしろ!』 という抗議の電話が鳴り続けていたのだ。 また、実装石か… 役場に当直が置かれるのも、こうした実装石がらみの抗議に対応するための電話番が必要になったためだが、 大抵は、翌日対処するという旨を伝えれば、取り敢えず事は収まる。 だから、保健衛生課の電話番の1名だけしか当直は居ない。 ところが、今日は異常なのだ。 『公園の様子がおかしい』という電話も来る。 それ以前に、こうした抗議でも、流石に真夜中は神経質な人間による1・2件程度しか掛かっては来ない。 その近辺の住人が一斉に目を覚まし、これほど抗議する異臭は尋常ではない。 流石に手が回らず、担当者は衛生課長に指示を仰ぐ。 1時に叩き起こされた衛生課課長は、憤慨しながらも、 この無理難題を聞いてくれそうな実装駆除業者の名前を何社か挙げる。 担当者は、その何社かに連絡を取るが、大半はこの時間に出るはずもない。 しかし、なんとか連絡は取れるが、やはり社員が出社してからと言う対応。 それでも、根気よく業者と連絡を取り、1社…なんとか3名程緊急で人手を出せると返事を貰った。 担当者はほっと胸を撫で下ろした。 これで自分は、「業者がそちらに向かっている」とさえ答えれば、自然に電話の鳴る件数は少なくなる。 大幅に水増しされた時間外労働費が請求されるだろうが、それは市民税から払われる物だ。 文句を付ける住民自身が、巡り巡って負担する物で、住民がそれを望む以上、自分には関係がない…。 この時、誰もが、その法外な請求が予想より遙かに大きく、 それが、「補償費」…慰謝料と葬式代という呼称になるとは想像だにしていなかった。 そして、眠い目を擦り招集された3人の労働者が、トラックに駆除捕獲器具を乗せて走り出したのが深夜の2時であった。 まさか、特別賃金が自身で受け取れないという事態になるとは予想もせず、 社長の約束した臨時報酬と特別休で、明日の夜はキャバクラか豪勢にソープにでも行くかという話で盛り上がっていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ノンすら喰らい、その分の蟲毒すら勝ち取ったケロは、 さらに苦しくおぼつかない足取りで歩いていた。 心を責める蟲毒の怨嗟が、小さなケロを執拗に痛めつけ続ける。 なにせ、この公園に元から居た、蛆も含めれば2千匹近い実装石を凝縮した蟲毒がケロと共生しているのだ。 1つの身体に、数千の純粋な欲望が封じ込められている。 その中には、ノンの激しい嫉妬も含まれている。 それでも、ケロは守るべき家族のために、その道を選び受け入れたのだ。 ケロが戻るべき唯一の場所…我が仔達の待つ場所へ歩を進めた。 ケロの前の家へ記憶はしっかりとしていた。 それだけ、ケロの思いが強いと言う事だが、その風景は一変していた。 迫害を受けていた頃、この辺りは草の背も高く、植え込みの木も多く、 場慣れしていない実装石には道に迷う危険のある場所だった。 それがケロたちには天然の防壁として、同族や人間から高い確率で守られる。 それが、キレイさっぱり枯れ果てていた。 「ジェジュー!!ベジュー!!」 ケロは叫んだ。 ろれつの回らぬ不自由な舌で…我が仔達を呼んだ。 そして、ポテッポテッと時に側転しながら付近を歩き回る。 ケロは、焦っていた。 「ベツジャァァァァァ!ペジェェェェェェェ!」 不自由な肉体では走りづらく、歩く事から走る動きに変わった瞬間に足をもつれさせ転ぶ。 焦りが半狂乱の鳴き声になって行き、転んだまま起き上がるのも手間とばかりに這って動き出す。 速く走りたいと願う気持ちが肉体を変質させていく。 「ベッジィィィィィ!!ベッジュァァァァァァ!」 はいずり回り狂乱し叫ぶ姿は、もはや実装石ではなく、 その面影を残す異形の生物である。 激しい動揺と焦りで、もはや、身体の形すら実装石のそれに収まっていない。 四肢があり得ない形で稼働して動く姿は、蜘蛛の如き姿での動きである。 「ペチュー…ペチェェェェェェン…ペチェェェェェェン」 微かに聞こえる音に、ケロが気が付き向かったとき、そこにあったのは… ケロと同じ蟲毒を身体から出し、腰を落として足を投げ出し泣き続ける仔実装の姿である。 その眼前には、小さな仔実装と親指が抱き合って、蟲毒に飲まれジワジワと溶かされている。 かろうじて、仔実装と親指というのが、大きさで判別できるか出来ないかに溶かされ、 すでに有っても無くても同じと言われる骨格がむき出しになっている。 しかも、その状態でその仔と親指は、手が盛んに動いて、まだ生きて苦しんでいるのだ。 おそろしく残虐な殺害である。 「ベジュァ!!」 「ペッ…ペチェッ!!」 仔実装…コドクは呼び止められて驚き振り返る。 そこにいるのが、母親とは判る。 だが、その動き…もはや容姿すら奇怪なバケモノである。 「ペッ!ペペッ…」腰を抜かしたまま2、3歩後ずさりをするコドク。 《おまえ…おまえがこれをやったデス!?》 心に直接響く声にとまどいながらも、母親の呼びかけに安心するコドク。 《ママ…ママァー!ワタシデチィ!コドクデチィ!!》 《コ…ド…ク?》 《そうデチィ!ママに付けて貰った…と思うデチュ》 両者とも確かな記憶がない。 《ワタシ、ママがとっても心配でイッパイイッパイさがしたデチュ…》 《デッ…どうして、ママの言いつけを守らなかったデス!》 《ママが心配だったデチ…どうしてそんなに怒るデチュ…ワタシを責めるデチュー。 ワタシはママの為に一生懸命デチィ!ママがいないの寂しいデチー、後はニバンちゃんに任せたデチュ でも、ママが居なくて、手の上でほめて貰ったらニンゲンさんの溺れて、 戻ってきたら、ママを探しに行って、みんなドロドロで、お腹がすいたんデッチュー とっても怖くてワタシは泣いてしまったら、みんな普通に待っていてくれたのに、挨拶したんデチューン それなのにニバンちゃんがニンゲンさんで、おもしろかったので、バッサリ切られてしまったデチィー》 仔実装は蟲毒のためでなく純粋にパニックに陥り、話が繋がらなかった。 だが、ケロには話が分からなくても、この仔が家族を殺したのは明らかだった。 怒りが全身を駆けめぐる。 ケロが命をかけて守ろうとして全てを犠牲にした家族を、我が仔が全て台無しにしたのだ。 いや、我が仔の姿をしたバケモノなのだ。 ケロもまた、生きるための拠り所、生きるための目標を見失った。 後に残るのは、自分の”罪”を正当化するための敵作り…他者への憎しみだけだった。 それはノンと同じく、蟲毒の宿主ではなく、蟲毒と同化する事を意味していた。 《オマエは言う事を聞かなかったデス…ママの言いつけを守れない悪い仔デス オマエはみんなを食べてしまったデス…良い仔達をみんな食べてしまったデス どうしてオマエナンカガイキノコッテシマウデス…カエセカエセ…オマエガワルイ》 グジュ…ケロの口が裂け始める。 覗く赤と緑の無数の目が妖しく光る。 だが、同時に、ケロの目ももはや同じ妖しい光を放ち、しっかりと相手を凝視していた。 《デヂィィィ…ワタシはママの為に頑張ったデチュ…ママが心配で心配で仕方なかったデヂュ 言いつけを守らなかったのはゴメンナサイデチュ… でも、みんなは知らないデチュ…ワタシのせいじゃないデチー 突然、ああなって、ワタシはトッテモトッテモかなしいんデッチュー それなのに、ママがママが…どうしてワタシを責めるデッチィ〜!!デチィィィィィィンデチィィィィィィン!!》 同時に叱咤されたコドクの感情も高まった。 両手を目に当てて泣き出す。 あの悪魔の涙を…。 蟲毒同士の戦いは、宿主に蟲毒がどれだけ順応しているかが決め手となる。 それで居て、蟲毒の欲と最後の一線において、乖離していなければ自分の蟲毒の方に喰われる。 そうなると、入れ物を失った蟲毒は現世に留まる力が弱くなる。 ノンがケロに負けたのは、その為であり、それを吸って強くなったハズのケロが負けるのもその為であった。 コドクの蟲毒は、まるでうねる蛇の様に地を這いずり回ると、ケロの口から吐き出された蟲毒を、 ズルズルとスポンジが水を吸収するように取り込みだした。 そして、それを吐き出す口に逆流して入り込むと、 「ベジュルバァァァァァァァァ…」 ケロの胴体が瞬く間に3倍近くに膨らみだし、ケロを生きたまま内側から崩壊させる。 ただ、あるものを”喰らう”だけのケロ達の蟲毒と、無邪気な仔実装コドクの蟲毒は違うのだ。 無惨に生きる事を奪われた数千の実装石、その生きたい欲の塊の実装石が、 他者の命を自在に弄ぶ力を得たのが実装蟲毒の真の姿… 底辺生物と呼ばれる力無き小さなナマモノに、人間に倍する欲が封じられていて、その欲の方が具現化した存在。 それは、どんな方法で作られる蟲毒よりも残忍で無慈悲で絶大なのだ。 そう、それは人間を依り代にすれば、数万人もの意思を封じ込めても作れない”呪”を 実装石は僅か数千匹で実現させてしまうのだ。 「ジギギギギパァ!!」 ケロの肉体の方は、すでに胴が風船となり、それでもパンクさせるほど入り込んだ蟲毒に、 目も脳も内臓も身体の外に押し出され投げ出されていた。 それでも、ケロはパンクした肉体で、その部品を身体の中に戻そうともがいて動き続けた。 それは、ケロをただ溶かして取り込むのではなく、ケロに肉体の完全なる死を突きつけて、 その心を完全に屈服させて飲み込む為の儀式である。 屈服するまで、肉体にも精神にも痛みを味合わせ続けるのだ。 実装石という”存在”でなくても、その殺され方は残酷だ。 「ペジュ!?ペッペッペッ…ペチャー…!?」 コドクが泣きやんだとき、ケロの姿はそこには跡形すら存在していなかった。 コドクは…全てが夢であったと思った。 そう思いたいと願い、そう思いこむ事にした。 ただ、ここには何もない… コドクは寂しくなって、誰でも良いから甘えたくて歩き出した。 ”生きている物を探して” 「ペチャァー!ペチィペチャペッチュー…ペチャチャチャチャー」 《ワタシ、一人はイヤデチュ!寂しいのキライデチュ…ママが欲しいデチュ…妹ちゃんが欲しいデチュ》 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 駆除業者の3人が公園口に車を止め、駆除道具を準備して公園に向けて歩き出したとき、 その得も言われぬ異臭に気圧された。 いくら”糞絞りマシーン”と字される実装石でもこれほどの臭いはない。 それでも、いつもの防護マスクを装着すれば特に気にならない。 『さてと…お仕事お仕事…』 『しかし、なんでこの公園なんだろうな? この公園って先月末に、なんか大騒ぎで勝手に殺し合ったとかで、アイツら数少なくなっただろ? だから、駆除は当分後回しになっていたのになぁ?』 『ああ、あれか…あの時も俺、呼ばれたけど、勝手にやり合っていたから無視したよ… 変な男が居てさ…「勝手に数を減らしているからわざわざ入らなくて良い」とか… 翌日見に来たら、キレイに掃除されていたし、アイツら全然見えなくなっちまったからな』 『なんか公園に生えた変なキノコでも喰ったんじゃないか? ん…おい、アレ…桜…咲いて居るぞ』 『ほんとうだな…まぁ、季節外れの桜はたまにニュースになるからいいじゃないか? しかし…大騒ぎという割に全然居ないな…糞蟲共…おっ居た居た』 ようやく見つけた実装石は、その両目を剥き出して頭を抱えガタガタ震えていた。 そして、人間の姿を認めているだろうに、逃げる様子も媚びに来る様子もない。 叫びも泣きもせず、ひたすらプリプリと柔らかい糞を垂らし続けている。 男が、トングで拾い上げても、その姿勢の置物のように固まったまま糞を垂らしている。 恐怖で精神が壊れているのだ。 『こいつら、服も割と手入れされていそうなのに、張り合いがないな… なんだ!?これだけ探して1匹か?少ないな…前の騒ぎの後より少ないんじゃないか?』 『おお、こっちにも居たぞ…親仔で3匹GET!…でも、確かに少なすぎだな』 そこに、2人の男が現れる。 1人はもう1人に寄りかかって苦しそうに歩いている。 『おい、アンタ…大丈夫か!?何があったんだ?』 業者の男が近寄ろうとすると、苦しそうな男を抱えている男が、近づくなと言う意思表示をする。 その態度の尊大さに、業者の男は顔をしかめる。 『いやいや、何でもないですよ…早くからお仕事ご苦労様です』 苦しそうな男の方が穏やかな口調で答えるが、それを抱える男の顔は業者達に威圧的なままだった。 手を服の胸元に入れているのが気になった。 『なんだ?ありゃ…人が親切でこえをかけたってーのに…』 まぁ、仕方がないと思った、高圧的な態度の男の方は、明らかに・・・な正常ではない表情をしていたからだ。 あんなのに係わり合いをもって突然、何かの気に触れて刺されるなんて事件はおおい。 それより、自分たちは仕事を終わらせるのが先だ。 自分たちの仕事は実装石駆除であり、公園の異変を調べる事じゃない。 とにかく、異臭も騒ぎも実装石が原因と思われている以上、公園の実装石を一通り探して麻袋に詰めていくだけだ。 それにしても、その実装石自体がまるっきり居ない… まずは、定番の実装石達が入りそうな場所を回って見た物の3人で2桁にも届きはしない。 普段の公園なら30分もすれば袋は、叩いて押しつぶしても一杯になる。 もう1時間…何度か粉砕器付タンクを備えたトラックを往復しても可笑しくない。 広場から一旦、公園口に向かおうとした男達が相談する。 『これは少なすぎだろ…これが本当に大騒ぎの原因か? 幾ら1匹でもうるさい糞蟲でも、こんだけじゃ一番近い家にも鳴き声は届かないぞ…』 『どこかに隠れているのかな?面倒くさいけど、このまま林の中もさらってみるか?』 『そうだな…こんな手ぶら同然な状態じゃ、言い訳どころの話じゃ無いしな…ん?』 男が視線を向けた先には、1匹の仔実装がヨタヨタと歩いてきていた。 仔実装は男達を認めると、両手をバンザイさせるようにして「ペチュ〜ン♪ペチュ〜ン♪」と鳴きながら駆けてくる。 その仔実装は、男達の足下で、盛んに甘えるように鳴く。 『なんだ、こいつの鳴き声…舌っ足らずだな』 男がしゃがみ込んで頭を撫でてやると、その手に甘えようとパタパタ動き回る。 『ずいぶん人慣れしているな…首輪はなしと…身成は良いが飼いじゃなさそうだが…1匹だな』 男が仔実装を手で遊ばせながらも周囲を伺う。 普通の実装石が人間に寄ってくる場合は、幸せ脳で何かを人間にして貰えるという態度が見られる。 人慣れは、代償を求めずにとにかく甘えたり愛想を振りまいててくる者で、 基本的には飼い実装の行動であり、知能の低い野良には少ない。 仔実装が人慣れしている場合は飼い実装か、でなければ そうするように親から教育を受け、人間に飼われようとしている仔である事が多い。 つまり、親が近くで様子をうかがっていると考えるのが業者の知識である。 『この頃なら、人慣れしていればまだ可愛い物だが…ま、運がなかったと諦めろ』 男は、その間もなく中実装になろうかという仔実装を掴むと、ゆっくりとその手を強く握る。 「ペチャ!ペチィチィチィ!!」 仔実装があえぐ。 男の手をポフポフと叩いて暴れ出す。 ようやく、自分の立場が理解できたか…男はそう思った。 握りつぶした仔を入れるために、片手で麻袋の口を開けた。 そして、その麻袋の上で、トドメに力を込めて握り始めた… コドクは、ただ、甘えたかった…寂しいのが嫌だった。 誰もいない…だから誰でも良い…何でも良い。 そして彷徨い、目に付いた人間に甘えようとした。 男の手が優しく迎えてくれた気がした。 だから、目一杯の感情表現でその手に甘えた。 飼って貰うとか、何かして貰うとか…そんな事は関係なく、コドクは嬉しさを表したかった。 ママ…ママ…と。 その温もりのある手がとても安らいだ気分になった。 その手が自分の胴体を締め付けて潰そうとするのがとても悲しく、怖かった。 だからコドクは泣いた。 悲しい事を否定したくてコドクが泣き、死の恐怖に蟲毒が鳴いた。 『うわぁぁぁぁうがぁぁぁぁぁぁ…』 その為に男の悲鳴が上がった。 それを助けに来た2人の男も、撒かれた蟲毒に飲まれた。 実装石の形だけの骨とは違い、後には喰いきれなかった白い骨が残った。 最後に骨となった人間の指が微かに動いた。 助けを求めるように…。 恐るべきは、肉体の死を見せつけても生かして意思を喰らう蟲毒の力の恐ろしさであった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− コドクな実装石 …つづく
