コドクな実装石 〜 惨劇 〜 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 寒さに仔実装が目を覚ます。 キョロキョロと辺りを見回す。 ママは居ない… 再び、天頂に水滴が落ちると、仔実装は「テチァァァ!」と自分が被っていた布団…大きめの葉っぱを手に跳ね上がる。 「テ・テ・テチュー…」 周りを警戒しているのか、再びキョロキョロと頭を大げさに左右に振りながらテトテトと歩き出す。 ママはとても大事な事をしにいったのだ。 自分達は、そのママの帰りを待つ… 一番のお姉ちゃんの自分が皆を守らなければと真剣に何か代わったことが無いかと歩き回る。 「妹チャン達!」 仔実装はすぐそばでクークーと寝息を立てる自分の妹たちを見つける。 土の上、草の上、薄汚れた布切れや新聞紙を布団にして、 仔実装と同じ大きさの仔実装が1匹、かなり小さい仔実装が3匹、親指実装が2匹、大きさの異なる蛆が3匹居た。 それを見た仔実装は少し安心したのか「テチュー」と鳴いて再びテトテトと歩き出す。 仔実装は自分たちが寝ていたはずの家が見えないか、寝ている妹たちを起点に、くるくると回るように歩いて、 徐々に外へ外へと範囲を広げていく。 やがて、妹たちから1m程離れたところまで歩き回った時点で諦めて戻る。 「ママ…ママはドコテチィ」 1匹の親指が寝相悪く布団をはねのけてコロコロ転がっているのを見て、 その仔の布団にしている古いタオルを追いかけて被せてやる。 そして、その場でポテッとしりもちをついて座り、考える。 やがて、コクリコクリと頭が揺れ、カリカリと歯軋りをして眠りに落ちそうになる。 ママはどこかで自分たちのために戦っている… 心配だ…とても心配だ… 仔実装は何かを思い出したように起きあがる。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− あれから数日… 公園は平和であった。 新しい…そう… これこそが本当の意味でのコミュニティーと呼べる物が、 特に賢い一族の老実装サンを中心に築かれていたのだ。 惨劇の傷も癒え、すでに臭いはなかったが、そのために新たに住処を求めてくる実装石達は日に日に増えている。 だが、結束して交代で公園を警戒するケロ達に阻まれ、公園に流入する事は出来なくなっていた。 元が賢いだけに、その秩序や統率は高く、警戒は抜け目がなかった。 ただ、それに忙殺されるため、これまで”主流派”が占拠していた土地への理想郷作りは進まなかった。 それでも、皆が協力し合って、1件ずつ共同で何重にもダンボールや木の板を用いた丈夫な家が作られていた。 それだけに1件作るのに普通より時間が掛かる。 さらに、彼らが力を入れているのは、自力での農業開発だ。 公園内の自然が比較的豊富でも、取れる木の実や種には時期もあり数も限られる。 足りない分は人間のごみを漁って補うしかない。 だが、それを続ける限りは、自分たちが害獣になるのをサン達は知っていた。 成長の早い草を選んで決まった場所に植え、味の良い花を保護して受粉させ育てる。 種の収穫の一部を温存して蒔き、また、暗室を作り菌糸類を増やす。 その秘密にしていたノウハウを解放し、本格的に推し進めるのだ。 自分たちの糞も、一カ所に集め、土や味の悪い草と混ぜて発酵させた肥料作りも始めている。 サンの知恵と統率力は、皆が平均以上の高い知力の物だけが集められた、 ごく少数の集団で大きな齟齬無く機能していた。 親仔200匹は効率よく、警備、建築、公園外内の餌集め、育児、雑務、休暇の担当をローテーションさせていた。 天下を取ったからと、自分の種を無意味に産めよ増やせよという方向に走らない。 しっかりと、学校のような育児担当をおいて教育して育てるため、悪戯にその負荷になる数を産まないのだ。 彼らは、日陰の生活により、知恵や知識が大切な物である事を学んだ、 限りなく野生種に近い謙虚な実装石となっていた。 その謙虚さが健全である限りは、彼らは僅かずつでも、しっかりと繁栄できる希少な例の見本となったであろう。 皆が、あの惨劇を忘れようとしていた。 それどころか、男の存在も忘れ去ろうとしていた。 普通の実装石のように簡単には忘れられないため、彼女たちは意図して忘れようと努力をしていた。 ただ、あの男が、この公園で一番大きな古い桜の木の根本に仕掛けた巨大な壺… この公園にいた数千匹の実装石の死体が蓄えられたあの壺だけが、 未だに彼らにすら表現できない異臭や”音”を放って、ソコにあり続けた。 それも、彼女たちが自分達の引き起こした惨劇の心の傷を忘れる事が出来ない要因でもあった。 罪の意識が理解できる程賢い…何より、それを罪と思うからこそ、これまで矮小な嫉妬心で虐げられてきたのだ。 その罪の意識が、壷への興味という形で現れる。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ある日、ケロは休暇を与えられ、一家でピクニックに茂み…前に住んでいた場所を巡っていて、 どうしてもソレが気になって、ソレを覗いてみようと思った。 小さな仔や親指達を、昔の家…自分たちの家を建てる順番が来たときの為の材料を置いてある場所… そこで遊ばせて置き、自分は長女2匹を連れて桜の木を目指す。 薄く土が盛られ、ムシロの上に薄く土を盛って存在を隠されている。 ムシロをめくれば、木の棒板が何枚もしかれてある。 その板を外せば下に壺の空間が見える。 しかし、板を外す前から、あらゆる物を腐敗させた臭いと共に、 「う゛ぁぁぁぁぁぁぁう゛ぁぁぁぁぁぁぁ」と音が、声が響いている。 その声は、悲しんでいるような、苦しんでいるような、怒っているような、哀れんでいるような… 複雑な何重にも折り重なった叫びのようで、ケロが板をまくろうとする手を震えさせ、何度も躊躇った。 「ママ…これは何テチ…」「お・恐ろしい声テチィ…」 「ママも怖いデス…一体、ニンゲンさんは何を残したデス…ワタシ達に何をさせたデスゥ…」 ケロはついに意を決して板を1本1本外していく。 外すたびに沸き上がる異臭と吹き上げる生暖かい風… 3枚目の棒板を外したとき、外の光が差し込んで中を淡く照らす。 「「う゛ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」」 「デスゥ!!!」「「テチィィ!!!」」 ドテッ…プシァァァァァァァ ケロと2匹の仔は、思わず見た瞬間に腰を抜かし、尻餅をつくと、 彼女ら程賢い者が、音を立てて水のような尿を多く含んだ軟便をタダ漏らしにした。 だが、ケロ達は、おそるおそる、一瞬目に飛び込んだ映像の真偽を確かめるために覗き込む。 ころすぅころすぅ…ころせぇころせぇ…助けて…コロされる…だせぇだせぇ…イタイ、イタイ…ころしてぇぇぇ… いくつもの声が響く。 いくつもの目がそこにひしめいていた。 生きているのではない…だが、死んでも居ない… それは1匹であり、数千匹の実装石でもある。 集合した1匹の意思であり、数千匹個々の意思でもある。 肉体はあり、肉体は存在しない。 手も足も何もなく、全てが手であり足である。 それは…肉の液である。 緩やかに脈打つ液面は、一定の形を持たず、それで居て意志を持っているように静まる事もない。 完全な液体ではない。 粘り気のある液体だ。 ただ、目玉である赤と緑の玉だけが、緑色の半透明の液体の中で、 浮かんでは沈み、液体の中をゆったりと動き回っている。 それも、2つ1対の物が並んで動く物があれば、1つ1つランダムに動いている物もある。 それが光が差し込むとしばらくして、まるで光を求めるように荒々しい波としてうねり、 壺の縁にベチャベチャと当たり付けられている。 光を受けるそれは、エメラルドの様に光を反射して輝いていた。 まったく異質な光景…それは実装石の彼女たちが見ても、人間が見ても同じ事を口走るであろう。 混沌(カオス)と… ここに入れられた実装石は、完全に肉体も偽石までもが液化して溶け込んでいた。 公園の実装石達は、彼女たちによって生きたままブツ切りにされ、ほとんどが偽石まで破壊されて捨てられる。 しかし、中には、同族に殺され、実装石的に不完全な死の物もいる。 ぶつ切りにしても、偽石が無事で、再生に耐えられれば完全な死ではない。 だが、彼らもココに捨てられる。 偽石さえ生きていれば、時間は掛かるが肉体は再生する可能性が稀に存在する。 むしろ、こんな場所は、その為の触媒となる栄養…肉も豊富なはずである。 偽石が肉を結束して再構成し、肉を喰らって栄養を補充する。 普通ならば、何千匹もの死体を集めれば、再生を果たす物が何十匹もいるはずである。 それらは、未だに、この中で死体を喰って生きていられる… 生き延びるためなら自分の排泄物すら喰う事に躊躇いはないのが実装石。 その為、閉塞環境でも生きている事は十分に考えられた。 ケロ達も最初はそれだと思っていた。 壺の中、脱出する術もなく、日にちの経過で腐敗する肉を構わず生き残りが貪り呻いているのだと。 ケロ達は”こんな形で生きている”とは想像していなかったのである。 その余りの異形に、ケロ達は抜けた腰で、なんとか板を敷き直し、ムシロを戻し、 土を多めに掛けて元に戻した。 「ママ…あれはみんな生きているテチィ…」 「ママ…ママ…怖い怖い…アレは何テチュゥゥゥ」 ガタガタと震えて抱き合う2匹の仔… 一番最初に生まれた2匹だけ連れて来たのは正解だった。 他の仔が見れば、特に弱い親指や蛆は、この異質な声を生で聞いただけでショック死してもおかしくない。 「いいデス!?お前達…誰にもコレの事は言ってはダメデス…」 ケロにもコレが何かは判らない。 だが、とても良くない物だという事は理解できた。 何もかもが尋常ではないと…。 さらに、数日が過ぎ、公園が彼女たちの物になってほぼ1ヶ月… 治安は守られ、家も少しずつ増えていた。 順調に仔も教育・成長させられ、僅かずつではあるが全体数も増えて、全ての作業も負担も少なくなってきている。 特に簡単な物ではあるが、農業の成功により、高望みしなければ餌の不安が小さい事も大きい。 もう、あの惨殺を行わなくても済んでいる。 あの惨劇ももう、過去の物となった。 まだ、完成にはほど遠いが、理想郷『楽園』はきっと出来る…。 だが、この公園にはまだ、いっこうに人間の姿は回復していない。 人間との公園のシェアも賢い彼女たちは考えていたが、身の丈を知る彼女達は、 それがうまくいかない可能性も考慮し、人間が来ない事はむしろ自分達に都合がよいと思った。 その理由が、あの桜の木にある事は、彼女たちも薄々気が付いていた。 あの桜の木を中心に、草木が枯れ始めている。 彼女たちは慣れがあるが、臭いも音も公園中を微かに覆っている事は判っていた。 サンを中心に、あの壺の中身をどうするかが検討され始めた。 さすがに、皆、気になるのか、ケロ達だけでなく、やはり何名かが中身を覗いたのだ。 だが、その証言が集まれば集まる程、自分達にはどうする事も出来ない事を知った。 そんな時、公園に人間が訪れた。 それは、あの人間であった。 その知らせを受けたサンは、 「あのニンゲンには、いかなる形とはいえ恩があるデス…全員で出迎えるデス。 あの武器を返せと言うかもしれないデス…スグに準備するデス」 といい、ひときわ大きいコミュニティーの集会所を出た。 閑散と家の建ち並ぶ広場の開けた場所に、サン達は、仔から蛆に至るまで整列して人間の前に現れた。 男は微かな笑いを浮かべて口を開く。 『よぉ、うまくやっているようだな。 ちゃんと管理しているようだな?粛正な事だ』 ケロには、人間の笑みで分かった…言葉の半分も心に無い言葉であるのが。 「ニンゲンさん…大変お世話になりました。 お陰で我々は順調デス…お借りした武器はワタシ達には不要デス…お返ししますデス」 『ああ、それはお前達に授けた力の1つに過ぎない。 言っただろ?最初の力はお試しに過ぎない…それは無償だ。 現にお前達は、何も失うことなくここまでこれた。 今まではな…』 「今まで…デス!?」 実装石達は男の含みを持たせた口調にザワザワとし始める。 『ふふふ…お前達は知っただろ?見ただろう?体感しただろう? どんなにお前達が賢くても、人間の知恵と力には、また実装石という種がどれだけ足りない物か… しかも、コレは、お前達に無償でくれてやれる入れ知恵のレベルに過ぎない… それですら、お前達は何倍もの数の実装石を排除できたんだ。 お前達は、かつて人間が火を自分達で起こして使えるという分岐点に立ったのと同一だ。 自分が何処まで進化できるか知りたくはないかな?』 「ニンゲンさんは…何を言っているデス…」 『”力”の素晴らしささ。 どうだい?力を使った感想は…』 「ワタシ達は、もう、あんな事をしなくてもやっていけるデス… 勿論、作戦を教えてくれたニンゲンさんには感謝しているデス。 ワタシ達が他のナカマより賢い自負はありましたデス… でも、とてもワタシ達では彼らを排除できなかったです。 それを、ニンゲンさんは、直接見もしないで、全て判っているかのような作戦をくれたデス。 その力という物には素直に感心しますデス…でも、もう必要ないデス」 『そんな事を聞いているんじゃないんだなぁ… せっかく進化出切る分岐に着たんだ…なら人間と同じく神の世界に踏み込まないか?と聞いている。 それに…”力はいらない”と言うのは例えリーダーとしてでも、お前個人的意見でしかない… 他のヤツラはどうだ? 力に興味がないか?代償を払えばより凄い力が手に入るぞ』 再び、集まった実装石達がザワザワと動揺する。 ここにいる実装石達が、並みの実装石であれば我先にと手を上げるもので大混乱だろう。 「ワタシ達は、もう力は必要無いデス! ワタシ達はこれから穏やかに暮らすデス。 ニンゲンさんには迷惑を掛けなくするからニンゲンさんも満足デス!?」 『満足さ…それにはな。 ただ、俺は力が欲しければ、代償さえ差し出せば欲しいだけ力をくれてやると言っている。 人間が神の法則すら支配して生物の頂点、文明を築いたときに生まれた力を…。 それに比べれば、お前達が手にした力などお遊びみたいな物だ。 お前達が衝撃を受けた、アレすら児戯にも等しい…。 お前達は、もう力を使わないと言ったが、お前達はまるで数が少ないし増える速度も遅い… この公園を完全に自分達の物にしたとは言えない。 余裕があれば、公園の外の野良達は、いつでも大挙して住み着こうとするぞ…。 日に日にヤツラの数は増えていくが、その時にお前達は今まで通りで追い払えるのか? 同じ事を延々と繰り返すのか? ある力は使えばいいさ…だが、それでもお前達は今のままを繰り返す。 俺は、最初の力ならこの公園の糞蟲ぐらいは根絶やしに出来ると言った。 本当に、この世界から糞蟲を絶滅させたければ、もっと強い力が居るのじゃないか?』 「それでも、代価を取るという力は受け取らないデス! それを拒否する事は自由だと言ったハズデス!?」 男が力説するサンの前で、ニヤリと以前に見せた笑みを浮かべた。 『そう自由だ。 自由なんだよ…判るか? 白髪の貴様…貴様が長として、お前は全体の意見を集約して発言しているようだが、 それは、群れの利益を計算して有利か不利かを判断したお前個人の意見に過ぎない。 それは、群れの方針であって、個人の考えの全てではないし、個人の意見を拘束する権利はないだろう? 特に、俺とお前達、個々の立場に置いては、群れの方針は俺には関係のない事だ。 お前はそうだが、お前は?そこのお前は?ソッチのお前は?どう考えている? 受け入れを拒否するかは自由だ、あくまで個々の自由だ…欲しい者だけが手に入れればいい。 ただし、よく考えろ…ここでは何を代価とするかは言わない。 ただ、力を手に入れれば、何者にも怯えずに済む…。 そう、外敵にも…”何者にも”勝てる力だ…そう、人間にも勝てるかもしれない…』 「だ、ダメデス! そんな力があったとして、ワタシ達がこの身体では、どうする事も出来ないデス! 過ぎたる力は滅びを呼ぶデス!! ワタシ達は、ワタシ達にふさわしい力で十分なハズデス」 サンが声を上げると、その一族がそうだと声を上げる。 すると、全体からも、サンを指示する声が上がる。 ”もう十分だ”と”力はいらない”と… サンの血を継ぐ者は、この中では多い…いわば、束ねる実力もそうだが、それ以上に一族組織が強大である。 全体数から言えば、勢力は三分の一を僅かに上回る程度でしかない。 だが、それが率先してサンに従う意思を見せれば、中間意見の浮遊層は大半がそれにつられて過半数を占めてしまう。 サンがそう言えば、一族は従い、それは全体意思としての決定とされ、反対的な意見は言いにくい。 逆に言えば、その場は多数意見に従って結束するが、本当に心の底にその気持ちがないのかどうかは判らない。 言いたい事が言いにくくなったために、むしろ、結果論では強制的に決を採らされたと感じる物である。 自分達が、知識家と認める者を上に立てたはずが、一族の組織力で上に立っているのでは?という疑念が生まれる。 言っている事が正しければ、民衆は従うが、男がサンの意見に疑念を生じさせる言葉を使ったために、 それが正しいと理解できる賢い実装石達も、過去の功績にわたってまで疑念を持ち出した。 そこで自制や思慮が強く働くほど実装石という生き物は賢くは無い。 だが、それでも、この場はどちらの意見を聞くかと言えば、やはり同族のサンである。 『まぁ、いいさ…じっくり個々が考えて、個々が答えを出す事だ。 長の言葉に従うも、この世界を守る勇者となるも、より高い世界を手に入れようとするのも… 個々が決めればいいし、必要ないという者に無理強いはしない。 俺は、定期的にこの公園に来る…あの一番大きな木の所に居るときに話しかけてくれば色々と説明してやろう… よく考えるんだ…お前達が手に入れた力など、まだ、頭脳遊びに等しいと』 そう言い残して、男は去っていった。 男が去っていった後、仔も含め300匹に増えた仲間は、無言のまま徐々に持ち場に戻っていった。 後に残ったのは、サンとその一族のコミュニティー幹部クラスであった。 ケロは一族ではないが、男が去った後に青ざめて崩れるサンを心配して残った。 「やはり、恐ろしいニンゲンだったデス…あのニンゲンの言った言葉で、 ワタシの統率力は全てが無駄になったデス… 言葉だけで…ワタシ達にナカマを駆除させた時と同じように、ワタシの地位は破壊されたデス。 考えだせば…疑い出せば、誰もが誰をもを信じられなくなるデス… 特にワタシ達一族は、他の方々に受け入れられなくなってしまった…敵になったも同然デス だから、ワタシはあのニンゲンから貰った武器を…せめて武器だけでも返すつもりだったのに…」 「ママ、どうして武器を返そうとしたデス? あれがあれば、ダメなナカマが公園に住み着くのを追い払うのが楽デス。 癪デスが、ワタシ達の作れる道具では、ダメなナカマは見下してズカズカ入って来るデス。 負ける事はないデス…でも、また戦いになるデス…ニンゲンの道具は見せるだけで逃げていくデス」 「ノン…よく考えるデス…ワタシ達がそんな気はなくても、 もし、誰かが、ワタシが上に立っている事に疑念を抱けば、 ワタシ達が殺した、あのナカマ達がいつもしていた事と何も変わらないデス。 力の強い者が上に立ちたがるデス…その野心にニンゲンが言った力は魅力的過ぎるデス。 どんなに賢くてもワタシ達は実装石なのデス…逆らえないサガがあるデス。 あのニンゲンが、我々群れとしての意見より、個々の意見で動けと言うのは、それを促す言葉デス…。 そして、ワタシ達…そう、ここに生き残った者達は、アレを経験して力を知ったデス。 もし、力を欲しなくても、ワタシ達には武器があるデス… ニンゲンの武器が手元にある限り、誰かがワタシを裏切れば、ナカマ同士で殺し合いが生まれ、 アレをワタシ達が再現する事になるデス…」 「では、今からニンゲンに貰った武器を集めてどこかに捨てるデス!」 「カンよ…もう遅いデス…一度手に入れてしまった物を今更簡単には捨てられないデス。 ニンゲンに返す…それが一番誰もが納得し諦められる方法だったデスゥ… あの武器があればこそ、今のワタシ達は外のナカマを公園に入れずに済んでいるのは確かデス。 それはニンゲンが言ったとおりデス…日々増えるダメなナカマを防ぐに必要な力デス。 代わりの武器では、確かにワタシ達はナメられて、いずれ数で圧倒されたら、また、戦わないといけないデス。 それはノンの指摘通りデス。 他にも、捨てた武器をこの群れ以外の者が見つけてしまうかもしれないデス。 それに、ワタシの指示でそれを命令すれば、さらに余計な疑いの種になるデス… ワタシ達がそれを率先して捨てれば、裏切りたい者のいい標的デス…まして捨てた事自体が信じて貰えないかもデス。 みんな賢い人たちが残ったデス、賢くて、アレを経験すれば、疑問を抱けばそれは膨らむばかりデス… それを、あのニンゲンは知っていて武器を受け取らなかったデス。 あのニンゲンは巧妙にワタシ達が自滅する道を用意していたのデス。 賢い者だけで集まれば、誰かが上に立ち群れを指揮する事を知っていて、 それをいつでも思いの通りに利用して、この公園から”全ての実装石”を手を汚さずに排除できるデス」 「ではどうするデス?ワタシ達の知能ではとてもあのニンゲンには勝てないデス。 ニンゲンの言った”力”でも手に入れないと…」 「それもきっと罠デス、そんな力を手に入れたら、それこそ最後の1匹までワタシ達は殺し合う事になるデス。 それに、そうしても、ニンゲンがどうして簡単に自分達と互角になれる力をくれるデス!? ワタシの考えでは、ニンゲンはワタシ達の自滅を望んでいると考えなければ話が合わないデス。 そう考えればワタシ達に殺させ、今も罠を仕掛けた理由がピッタリ来てしまうのデス… 受け入れるデス…起こる事を受け入れるデス… あのニンゲンは、個々で考える事が自由と言ったデス。 ならばワタシ達は、あくまで自分の身の丈にあった生き方をするデス。 ワタシ達一族は、最後まで、代価を払う力を手に入れてはいけないデス… きっと誰かが判って受け継いでくれるデス」 そういったサンがガクリと膝をついた後突っ伏して倒れた。 心労で疲弊したのだ。 サンの小さな身体で、人間と心理戦をするというのは、それほど大変な事であった。 「サンさん…こう言うのもなにデスが、もういちどみんなを集めて話し合うデス。 そして、一度自由にこのことを協議させてみるデス…自由に意見すればみんなスッキリするものデス。 その上で最後に意見をまとめて、それでも、もしサンさんに不満を持つ者が多ければ、 サンさんはリーダーを一度退いて、群れの知恵袋になるデス。 今の役割ではサンさんが全てを仕切ってタイヘンデス」 「ケロさん!あなたは若いのに特に賢くて、ワタシ達も目を掛けて遺恨にしているデス! でも、言って良い事と悪い事があるデス! サンママは偉大なママデス!リーダーはママ以外にいないデス!!」 「やめなさいノン…ケロさんはワタシの身体を心配してくれたデス。 でも、ケロさん…ワタシはリーダーを辞めるわけにはいかないデス… この群れは強い指導力がまだ必要デス…強い統率力と知恵が必要デス…完成にはほど遠いデス。 まだ、台風や冬の過ごし方も、駆除が入ったときの対応も未熟デス… ワタシはそれを全て伝えるまでは…辞めないデス」 サンは、一族の者達によって集会所に運ばれて安静となった。 サンが予見したのは、組織の内部崩壊であり、その予見は見事に的中した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− それは、本当に些細な事である。 あの出来事の翌日、数名が本来の作業をサボった。 前日にあんな事があったのだ、皆、思考が混乱して、中には考えすぎで知恵熱を出して体調を崩す物が居たのだ。 ただ、そう言う理由で本来の仕事に就けない者はそれまでも普通に居たが、この日は、周囲の反応が違った。 実装石は自分の事にはルーズであるのに、他者の事となると潔癖な反応を示す。 それは、人間も同様にして、より顕著にディフォルメされた反応だった。 特に、あんな事があった翌日だけに、休んだ者への風当たりは強い。 彼らもまた、散々、自分達の生活や男の言葉で悩んでいるだけに、イライラが募っていた。 それが、疑念になる。 何か含むところがあって従わないのか…何か企んでいるのではないか…ニンゲンに力を貰いに行く気ではないのか… それが、より大きな疑念の渦を産み、意見の違いを産み落としていく。 この段階で、あの人間の力を貰いに行こうとする者は1匹もいない。 色々考えても、結局は、何かの代価を払わなければいけないし、 その代価とは何か、得られる力はどんな物なのかが判らない。 それに賢いだけに、サンと同じく、結局はニンゲンがニンゲン自身を倒せる力を与えるはずがない…それは嘘だと考えた。 そこはサンの考えとは大きく違っていた。 皆、それなりに苦しい生活を本能に逆らって細々と生きる事で知恵は身につけていたのだ。 しかし、サン自身がそう考えたように、”自分達は嘘だと思うが、他人はどうだろうか?”と思えば、 それだけで実装石の知能範囲では十分な疑念である。 人間の言った力は眉唾だろうが、力を貰いに行こうとする者…そうした裏切り者が居るのは落ち着かない。 思考を張り巡らせ妄想に浸れば、眉唾と思った力が、もし本当にあったら…と言うところまで肥大化する。 そう、その時点で、長老たるサン自身も男の術中に落ちていたのである。 疑念が生まれれば、コミュニティーの規律が高度で緻密である程崩壊は早い。 大抵の野良コミュニティーがうまく機能しているのは、 リーダーの実装石の知能が、実はそれほど高くは無いため、取り決めごとが曖昧なのである。 少なくとも自分が持っている力は、他人も持っていて、それを他人がどう使うかは自分には判らない。 あの野良を壊滅させた策謀と武器の力を、彼ら自身が理解しすぎたのだ。 それだけに、他者が少しでも普段と違うと感じると、何かを疑わずには居られない。 彼らは、現時点ですら”知恵”と鉄製の武器の”力”いう過ぎたる力を手にしているのだ。 疑われた方も、自分が何故疑われるか、問いただされるのか判らないだけに、 疑って掛かる方にこそ、何かやましい事があるのではと疑いを向ける。 その牽制が始まれば、もはや、これまで通りの共同作業が出来なくなる。 普通に妊娠してすら、子種を増やして、一族を増やし何を企んでいる…との疑いになれば、 まっとうな共同体制など取れるはずもない。 そして、コミュニティーの執行部も、その流れを止める事が出来ない。 コミュニティーが力支配、中央集権型の強権を持つ体制ではなく、 全て賢い故の共同協力分担型体制は、賢さや協調性により、こうした諍いが起こらない事が前提の体制なのだ。 そこを、強権を発動して制すれば、今度は執行部自体が支配力強化を疑われる。 やがて、コミュニティーの機能が徐々に弱体化すると共に、 野良が入り込んで定住する隙が生まれ出す。 だが、その野良の排除すらお互いが牽制しあって、追い出しに動かない。 何とか2名が、戦闘の末に敷地から野良達を追い払うが、今度は、その2匹が味方に囲まれた。 「勝手に抜け出して何を考えているデス?野良達で次の戦いの訓練デス?」 「何を言っているデス?ワタシ達はみんなのためを思えばこそアイツラを追い払ったデス」 「その調子で、次はワタシ達デスゥ?それともサンに代わって天下とるデスゥ?」 「お前達こそ…ワタシ達が戦う間、何もしなかった腰抜けデスゥ! 他人に戦わせて、疲れたところを後ろからバッサリデス? ワタシがアイツら戦っている間に、こっそりサン様でも倒しに行くつもりデスゥ! ゴメンなさいデス!クズ共を追い払うのが早すぎて、アナタの出世を邪魔しちゃったみたいデス」 ただ、口で言い合うだけで、なんだかんだで群れを守る事は自分達のためでもあり、 この村の為を考えている者はまだ多く、牽制し合いながらも機能する最低ラインでは機能を保っている。 だが、こうした諍いが生まれれば、次の噂が流れるのは早い。 その噂とは”誰かがニンゲンに力を貰いに行った”という物だ。 それから異変は拡大した。 誰もが好き勝手に行動を始めたのだ。 それぞれが、勝手なスケジュールで餌を集め始め、分け合うことなく、家に溜め込みだした。 ”学校”に仔を預けに来る者も居なくなりだし、育児や教育をする者も現れなくなった。 公園に外部の野良は侵入し放題になったが、それらが目立つと、 夜になると瞬く間に数名の”村”の者に惨殺されて定住できなかった。 相手が外部の野良とはいえ、殺す事によって排除する事は、 あの惨劇を思い出すために、タブーとなっていたが、ついに守られなくなっていた。 誰が、いつ、どんな力を得て、何に使うかが判らないため、 ピリピリして高ぶり、篭もり、恐れた。 やがて一部が暴走した。 まるで暴力を使う事が安心と感じるのか、外部野良達を見つけた途端に先を争って攻撃するようになった。 自分が持てる、自分の身の丈を超えた力を誇示して居る間は、不安を和らげられるのだ。 みんな、暴力を知りすぎたのだ。 ケロも立場を選択しなければいけなかった。 今や非戦を望むサン一族の執行部傘下にいるか、反サン派に組するか… サンの仔供達は多くいるが、いずれもサンの考えに従って非戦を唱え、一応、実行している。 団結力は高いが受け身…その為、群れ全体に対してその組織としての力は機能していない。 反サン派は、それに対し数は少ないが、武闘派で、先制して攻めに出られるが、 団結力が低く、彼らの存在は”惨劇”を再現させるため支持はまだ得られていない。 だが、早くしなければ、反サン派は、すぐにでも自分たちの不安を取り除くのに、 もっとも信頼できる手っ取り早い方法に訴える事は目に見えていた。 ”邪魔者を取り除く事” ケロは悩んだ末に決断した。 ケロは我が仔に後を託して、向かった…あの桜の木の下へ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ケロは、桜の木の下に来ていた。 桜の木の周辺は、少し前まで緑鮮やかな下草に覆われていたが、今は何も残っていない。 全て枯れていた。 そして、あの”壺”がぽっかりと口を開けていた。 その側にあの人間の男が立っていた。 『思ったより遅かったな…俺が思ったよりお前達はずっと我慢強かったようだ。 人間より我慢強いかもしれないな。 そう言う意味では貴重な群れを”生贄”にしなきゃならないようだ…いや出来る幸せかな? お前が最初のお客だ』 その男の言葉から理解した。 まだ、”誰も、より強い力”を手にはしていない。 「ニンゲンさん…ワタシは力を貰いに来たのではないデス。 ニンゲンさんの言う力が何なのか知りに来たデス…そして誰かが手に入れたのかをデス。 みんなが不安でおかしくなっているデス! このままでは、ワタシ達でニンゲンさんとつきあえる公園にはならないデス」 『力の内容を知れば、不安が消えると思うのか? まぁいいさ、教えてやるよ。 お前が最初の客…あれから、ずいぶん騒がしいが、誰も貰いに来なかった。 ここにあるのは、人間が何千年も語り継いだ純粋な毒、”呪(しゅ)”と言う物だ。 お前らにはわかりにくいだろうがな…コロリやドドンパとは次元の違う毒だ』 壺の中身は、さらに醜悪な臭いと、低い呻きに支配されていた。 毒と言われずとも、毒以外の何物にも見えないだろう。 「デッ…こ、こんな物は誰も食べないデス! 食べなければ何の意味もないデス!ニンゲンさんの毒がいくら強くてもデス」 ケロがムキになって怒りを表すと、男はクククと低く笑った。 『そうだな。お前達は食べる毒しか知らないんだな。 それ以前に、毒と呪は全く別物だ。 言っただろう?人間すら倒せる力だと。 これは、飲ませても、飲んでも、いや…地面に撒いてすら効果を発揮する。 手に入れて使う者の考え1つで何にでも変化して、何でも飲み込むモノになる。 全ては、ここにどれだけの意思が蓄えられ、使う者が何を望むかでも変化する。 効果も決まった形も存在しない物…それが”呪”だ。 説明するより試してみるのが早いのだけどな』 「だ…だましたデス!ニンゲンさんは、最初からワタシ達にコレを作らせるために…」 『そうだよ』 「デデェ!」 『ただし、残念だが嘘は言っていない。 俺はお前達を集めたときに言ったはずだ”この世界には糞蟲が多い…お前達が滅ぼしてみるか?”と。 ”糞蟲と同一視されたくなければ糞蟲をお前達が滅ぼせ”と。 別に、ここに理想の楽園を作り上げて人間に受け入れられろとまでは命じていないのを忘れたか? そもそも、人間が作った公園を占拠して定住している時点で人間から見れば迷惑な話だ。 それは、お前達が勝手にそう解釈しただけの話だ。 俺は、最初の”お試し期間”として無償で力の一端をくれてやるから、 まず、この公園の糞蟲を滅ぼしてみればいいと提案しただけだ。 そして、その時から俺の問いかけは変わっていない。 力を手に入れたくはないか?とね。 だから、俺はその為の準備をして、お前達に手伝って貰った。 お前達は、その代わりに何も失わずにお前達で与えられた力を試した。 対等な取引であり、最初の交渉はまだ答えを聞いては居ないから、俺は待っている…それだけだ。 俺も”呪”は怖いのでね…実装石に嘘は付かない。 ”呪”とはそうした”力”だ』 「キ、キ、き、詭弁デス!」 『そう考えるのもお前達の自由だ。 教えてやるよ…この力はとても強い。 古来、1つの壺に多数のあらゆる毒を持った生き物を詰めて、最後の1匹が一ヶ月生き残るまで放置される。 そして、最後に生き残った者が全ての毒の凝縮された最も強い毒になると言う生成法から来ている。 純粋に強い”力”の選別だ。 やがて、人間はその中から毒以上の神秘の力を引き出した。 生物が追いつめられてもなお、絶望の中から”生きたいと願う”純粋な生命力、意思の結晶。 それがノロイという力だ。 ただ、純粋に生きたい、存在したいと願うだけの死を恐れた”塊”だ。 存在したいが為に、命そのものを啜り生きるだけの”塊”だ。 人はそれを自身を守る力とし、時に障害を取り除く武器とし、野望のための道具とした。 ノロイに善も悪もない。敵も味方もない。人も動物も植物もない。生物と神の隔てもない。 他者に飲ませれば、力が消えるまで他者を蝕み殺し続け、地に撒けば、力が消えるまで地面を腐らせ飲み込み続ける。 自らが飲めば、延々とその力を生み出し、撒き、飲み込み続ける』 「お・恐ろしい話デスゥ…」 『お前…理解できるのか?』 「ゼンゼン理解できないデス…ただ、恐ろしい力なのは判ったデス」 『まぁ、知識的に無理でも、感覚的に理解できるという事もあるだろう。 なにせ、この力はお前達と大変相性の良い力だ。 お前達は存在自体が呪われている。 お前達は、元からして極端に死を恐れ、生きるためなら仲間も親子の概念もなく、本当に”自己”の事しか頭にない。 死に対しての存在としての足掻き…無駄な多産、再生能力、雑食性、傲慢な意思、脆弱な精神。 全てが、この”呪”を作るに相応しい…まるで、この”呪”を作るためにお前達はいるようだろ? そして、その脆弱な存在が、この力を渇望する。 お前達には存在を脅かす者が多すぎる…憎むべき敵が多すぎる…時には家族すら自己の敵となる』 「でも、それでニンゲンさんは何が望みデス!その力でワタシ達がニンゲンさんを襲ったらどうするデス!?」 『その時には間違いなく俺は死ぬだろうな…でもどうでも良いんだ。 こんな国は…世界は…人間なんか滅びてしまえばいい』 「く…狂っているデス」 『お前達にそう言われるのなら、俺は狂っているのを自覚できるな』 「そんな力は必要ないデス!それだけは良く分かったデス! そんな力はニンゲンさんが勝手に使えばいいデス!ワタシ達にはワタシ達の楽園があるデス。 今の話をナカマにすれば、きっと騒ぎが収まるデス」 ケロは男に背を向けて駆け出す。 『そうだな、それが懸命だ。 お前達は、人間より我慢強いかもしれない…いや、お前だけかもな。 急いだ方が良い…ずいぶん騒がしくなったからな。 だが、お前は、またここに来る事になるさ…何故なら、お前は実装石…人間じゃない… この国のヤツらと一緒だ…人間じゃない』 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ケロが再び、村に戻ったとき、 あちらこちらでナカマ同士が武器を手に睨み合っていた。 ケロはそれに関わらないように、大きく迂回して集会所に向かった。 贅沢な板ゴミやプラスチックのゴミを集め、一際大きく、丈夫に作られたのが彼女たちの集会所だ。 迫害されていた頃から、彼女たち…(特にサン)が苦しい生活の中で得た知識を元に、 アイデアを暖め作り上げられただけあって、実装石の力では容易に壊せる代物ではない。 その集会所の前には10匹近くが武器を手に叫びを上げていた。 「サンを殺すデス!一族を殺すデス!」 「ワタシ達の自由を取り戻すデス!!ヤツラはぬくぬくと贅沢をする気デス!」 「あいつらは、ニンゲンの力を手に入れて、ワタシ達を奴隷にする気デス!!」 賢いとはいえ、迫害されていた者が抑圧を失い、脅威が無くなり、 同時に、見えない恐怖と疑念を抱いたのだ。 彼女たちは、迫害されていてこその知恵と工夫の維持を他人に委託して失ったのだ。 なまじ、暴力に手を染め… なまじ、平穏な時間を知りすぎた。 そう、その土台となるのは、あの惨劇のときに開放した憎しみと言う力。 それにより、彼らは高度な集団になったが、彼ら自身は、より実装石らしくなってしまったのだ。 それは、実装石の持つ”願った望が叶うと、途端にそのレベルが当たり前の物となる”本能感覚が蘇った為。 そして、自分たちの本来の力では無い力を手にした為なのだ。 力がある限り、その力で上を求めなければ気が済まない…。 彼女たちは、形は違えど、等しく、かつてこの公園を占めていた実装石と同じになったのだ。 ケロは急いだ。 ニンゲンの言った”力”がおぞましい物である事を、幻想である事を伝えれば、 誰も力が必要ない事を判ってくれる。 そうすれば、どちらも、また元の正常なナカマに戻ってくれる。 ケロが裏口から集会所に入ると、そこには横になる1匹の実装石と、それに寄り添う2匹の実装石がいた。 「ノンさん!カンさん!どうしたデッ…デェェェ!!」 そこには肩口から何かに身体を裂かれて体液を流すサンの姿があった。 そして、胴体にも何カ所か鋭い物で突かれた穴が見られる。 すでに胴の穴は再生効果で塞がりつつあったが、肩口から切り下ろされた傷は、 大量の体液の海を作り上げていた。 再生しながらの消費…さらに実装齢の高いサンの再生力は、そこで限界を迎えていた。 「村の者が、今後のことで話があると言うことでママに面会を許したデス… そしたら、突然暴れ出してママを…ママを…」 「ヤツラは言いたいことを言うデス…ワタシ達が一番働いているのに、ワタシ達が独占しようとしていると…。 キノコ工場はワタシ達一族だけの知恵デス… それを教え、収穫は集めて必要なときに分け合うのデス…それがヤツラに判らないデス。 ワタシ達がニンゲンさんの力も手に入れようと考えているとまで言うデス…。 そうなる前に殺すのだと騒いでいるデス」 「今は、ワタシ達一族以外は誰もワタシ達に手を貸してはくれないデス、反対派がとても有利になったデス。 逆にヤツらに手を貸す者達も多くなってしまったデスゥ… 今はにらみ合いになっているデス…」 「ケ…ケロさん…ワタシ達ではもう、誰も意見に耳を貸さないデス… まだ、睨み合っている内に、一族でない貴方から、皆を説得して欲しいデス…グゲェェェェ」 サンは激しく吐血した。 皺が急速に増え、肌の水分が失われていく。 肉体の維持に必要な体液の補充を、偽石が肉体の生命維持に不必要な部分の栄養から行おうとしている状態。 傷を治せる程の栄養が偽石本体に残っていないという末期である。 「わかりましたデス!ワタシがやるデス… その為に、あのニンゲンさんに話を聞いてきたデス!」 「デデ!ニンゲンさんの元に行ったデスゥ!?」 ノンとカンの表情が一変する。 それは、敵をみる表情だ。 「ニンゲンさんの元に何をしに行ったデスゥ!!」 「まさか、自分だけ力を手に入れてワタシ達を裏切って殺すつもりデス!!!」 「デ!ワ・ワタシは、ニンゲンさんの力の正体を確かめに行っただけデス! 力の正体を知れば、誰が手に入れたのか、何をするか判るデス! 力のことを知ってみんなに話せば、この騒ぎを収められると思っただけデス。 あれは、とても恐ろしい力デス!誰かを裏切るとか支配とか、そんな話ではないデス!!」 ノンとカンは、背中に背負った鉈をすでに手に構えていた。 「嘘を言うなデス…この裏切り者がデスゥ…どんな武器を隠しているデッスゥ!?」 「力は持っていなくても、恐ろしくなければ受け取るつもりだったデス。 裏切る気があったからニンゲンさんの元に行ったデス…そんなヤツの言葉なんか信用しないデス!」 この時、ケロは、全てがニンゲンの罠で、自分たちがどれだけ頑張っても無意味であることを知った。 自分たちは、あの野良達を殺すために、低層野良達に”流言”の罠を使った。 それがある限り、自分たちは他者の言うことを信用できなくなってしまっていた事を。 「や…やめる…デッ…スゥ…ケ…ロ…こっ…ころし…イケナ…」 サンは懸命に娘達を引き留めようとしたが、体力を失い、声のかすれたサンの言葉は誰にも届かなかった。 「デギァァァァァァァァ!!」 ケロの悲鳴が響く。 カンの鉈がケロの左手を肘から切断し、ノンの鉈が、サンと同じく、 ケロの右肩から中央に向かって斜に引き裂いて止まっている。 「デギェェェェデァァァァァァ…」 ケロの無念の悲鳴が広い集会所に響く。 反響した叫びが大きくなり、スピーカの様に外に悲鳴を響かせる。 「裏切り者は死にやがれデスゥ!このウンコカス!」 主流派や低層派に追われて、集団を築けない中、 近所として仲が良かったノンが、ケロに向かって最後に吐いた言葉であった。 ケロの胴を、ゴミの様に足蹴にして、止まった鉈を引き抜く。 「ジグベァァァァァ…ゴボァァァァァ…」 体液を吹き、動く足と、肘から先を失った手をばたつかせて苦しむケロの身体をまさぐる2匹。 「ニンゲンからどんな武器を貰っているデス!?」 「きっと、ワタシたちのこの武器より強力デス…こいつはママが死んだか探りに来ただけで持っていないかもデス」 「どちらにしろワタシ達、本当に賢いサンママの一族以外はみんなクソムシな敵デス! これでハッキリしたデス!! サンママは優しすぎたデッスゥ…こんなヤツにまで優しくしてデスゥ。 ワタシ達の一族だけが本当に選ばれた楽園の民なのデスゥー!!」 「テェェェ!!ノンママ!カンママ!外のヤツラが攻撃してきたテス!」 ケロの悲鳴が響いて、均衡していた睨み合いが崩れたのだ。 「慌てずに建物を利用して防ぐデス!!」 「集会所以外の一族が心配デス…作戦を練るデス」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ケロは苦しみに悶えながら、止めを刺されず放置されたことによって、時間を掛けて負った傷を癒して一命を取り留めた。 どれぐらい時間が経ったか判らない。 側にあるサンの死体は、すでに緩やかな消耗による、実装石にしては穏やかなる死を迎えていた。 偽石が原形を保っているため、その死体は自然的腐敗によってのみ土に帰るだろう。 そとから騒がしい音が響いてくる。 ケロは、消耗しきった肉体をフラつかせながら、入ってきた裏口から抜け出した。 深くえぐられた肩の裂け目は完全に塞がっていない。 切り落とされた左手もまだ完全に生えては居ない。 村は、完全にサンの血を引く一族と、それ以外に分かれ争っていた。 反サン派に直接参加しない者も、まだ圧倒的多数いたが、 だからといって反サン派を宥めたり止めたりもしないし、 むしろ、反サン派には、その沈黙だけでも有利な援助であった。 数の上では僅かに反サン派が圧倒していたが、サン派も知恵をこらし、ごく少数の家や建物に篭もり、 その出入り口を利用して応戦していた。 反サン派も、敵の作戦を恐れて、下手な手出しが出来なかった。 数が圧倒していれば、裏から建物を壊してはいる手も使えただろうが、 建物は、壊せないことはないが丈夫で、気付かれて迎撃されることが彼らにも予想できた。 お互いが、敵の力を恐れ、あのニンゲンに教わった作戦を使えないまま正面から戦った。 ただ、睨み合うと言うには、いささか多くの血が流れていた。 ケロは、なんとかその争いを避けて、自分の家を目指した。 家に残してきた我が子達が心配だったのだ。 幸い、戦闘が本格化していないために家は無事であった。 両軍入り乱れての戦いとなれば、どちらが勝っても、犠牲になるのは無力な仔供達である。 「「テェェェェェン!!ママ〜ママ〜…」」 「ママー!お外怖いデチ…怖い夢と同じ音デチィィィィ」 「ママァ!!どうしたデチィィィ!身体壊れているデッチュー」 「レチィィィィ!ママがイタイイタイ事になっているレチィー」 「怖いレフゥー怖いレフゥー」 「大丈夫デス…ママは大丈夫デス… 心配しなくてもいいデス…さぁ、持てるだけの物で荷物をまとめるデス。 前のお家は覚えているデス?怖いことが起きているから、あそこに隠れるデス」 「判ったデチュ!おじゅんびはワタシ達に任せるデチュ!」 「そうデチュ!ママは休んでいるデチィ!妹ちゃん達、一緒にお仕事するデチィ」 「親指ちゃんと蛆ちゃんはママの看病デチュ、お仕事はワタシ達と妹ちゃん達に任せるデッチュ!!」 「「お姉ちゃん判りましたテチュー!!」」 「蛆ちゃん…ママは今、ダッコは出来ないレッチュ…」 「ママ…コレ食べて元気出して欲しいレチィ…死なないで欲しいレチュ」 「「ママー、ママー、怖いレフ…ママもイタイイタイレフゥ!?」」 ケロは心配そうに木の実を差し出す親指の頭を震えながら撫で、 安心させるために、その木の実を受け取ると口に運んだ。 ケロはなんとか、この仔達だけでも守り抜かなければならないと思った。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 幸い、外の主戦闘は特定の建物内外での物であったが、 それでも、その外を支配する反サン派は、基本的に纏まりを欠いており、 隙を見ては、他者の家に入り込み、食べ物を物色したり仔を襲う者もいた。 その数の割合は、かつての主流派実装から発生するソレより圧倒的に低いが、 知恵があるだけにその略奪行動は巧妙で計算高かった。 ケロは、それを警戒しながら、荷物を抱える仔達を守って、かつて住んでいた林の奥に引きこもった。 とりあえず、しばらくの間は、この場所は安全なはずであった。 一旦、身体の回復のために仔達と共に軽い休憩を取ると、 仔達が眠る前に、みんなを集めた。 「いいデス?決して家族離ればなれになってはいけないデス。 お姉ちゃん達…仲良く、みんなの面倒を見るデス。 名前を付けてあげられなくて残念デス…もっとしっかりしてからと思っていたデス。 でも、お前達は十分、しっかりしているから大丈夫デス…。 ママがお前達を守るデス…でも、ママが帰ってこなかったら、お前達でしっかり暮らすデス…。 デェェェェン…もし、ママが居なくなっても、ママはずっとみんなを守っているデス。 ここに居れば大丈夫デス…」 ケロは鼻水を啜り、涙ながらにそう言って、鉈を残して草むらに向かった。 この場所からでもはっきりと、あの桜の木が見える。 あの桜だけが、妖しく若々しい葉を蓄え、季節外れの蕾すら抱いているのだ。 ケロが振り返ると、下の仔3匹がそれぞれ蛆を、上の仔2匹が親指を抱え、 それぞれ、眠そうな目を擦りながら、身を寄り添わせ、そのケロを泣いて見送っていた。 ”この仔達は何としても守らなければ…何を犠牲にしても守らなければ…” ”それには、あのニンゲンの呪という力を貰うしかない” ケロはまだ痛みの残る肉体で駆けだしていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ケロは、再び、あの桜の木の元に駆けだしていた。 疲労は限界に達している。 すでに肉体の激しい損傷は、表面的には大分癒されている。 損傷を回復する再生能力は十分に備わっており、命の別状はない。 ただ、それで肉体的、精神的疲労が癒されるわけではない。 むしろ、肉体の再生に大きく栄養が消耗され、また、再生機能が今も働いているために、 それらは普段の倍の勢いで増幅し、何でもない動きでも、肉体は激しい重りの枷を付けられている様に感じられる。 傷もまだ表面的な物であり、走る激しい運動では、肩や腕がひきつれる痛みをケロに課した。 ケロは、それでも、休むことなくあの場所を目指した。 まだ、初夏というのに木々は枯れ、葉すらない。 葉のない細く鋭い枝が肉体を傷つけるたびに、普段より痛みも疲労も強い。 だが、目的地に近づくと、それが気にならなくなる。 木の枝の方が脆くなっているのだ。 ケロの身体に触れるたびに、まるで砂を固めた芸術品のように儚く、粉々に砕け散った。 地面も足下が少し緩くなっている。 土すらも腐り出しているのだ。 ケロは、自分達がとんでもない物を作り出す手伝いをさせられたことを深く噛みしめざる終えなかった。 開けた場所に出たときに、ケロは男と目があった。 『お前か…やっぱり来たか…必ずお前なら来ると思ったが、予想より遅かったようだな』 「ゲギョォォォォォォ…」「ガビベボォォォォォ!!」 男の足下には、2匹の実装石が、激しくのたうち回っていた。 肌の色は青白く、見開かれた目は転がり落ちないのが不思議な程に飛び出し、 あらゆる穴から、そこからでるべき物質と共に体液が混じって出てきている。 のどに当てられた手は、服すらも構わず掻きむしられ、 舌が、例えデタラメな実装石とはいえあり得ない程だらしなく飛び出している。 目の色は、赤と緑だけではなく、様々な色がイルミネーションの様にデタラメにチカチカと点滅し色を変えていた。 それは強力なコロリ毒の末期症状にも近いが、よりの酷い状態であり、 しかも、死に至る様子が感じられない。 『あれから先客が沢山来たのでね…約束通り、自由に”力”を与えたよ。 ただ、持つに相応しい資格がない者も結構いたようだな…』 その2匹だけではない。 この一帯に、まだ、何匹かの”動かない”実装石…そして、実装石だと判別できるモノが転がっていた。 何匹かは、争ったと思われる傷を負って死んでいた。 何匹かは、その2匹同様に転がり回ったと思われる形で死んでいた。 何匹かは、破裂したような残骸。 何匹かは、溶けてゲル状になっていた。 「資格デス!?それは何デスゥ!?」 『生き物の業(カルマ)と言うヤツだよ。 実装石は、この”呪”の”種”になるには相応しい… だが、相応しすぎて使うことは出来ない。 知性も何もなく、無意味にこの世にとどまりたい強い欲望を人間以上に抱いているからだ。 ただし、お前達、賢く協調性を持つ者達には、持てる可能性があった。 罪の意識が存在するからだ。 だから、お前達に”仕事”をさせて罪を増やし、”守るべき物の価値を上げてやった”んだ。 知能、知性、業…それらが、並の屑蟲程度では、この”呪”…蟲毒(コドク)に飲まれるだけだ。 この蟲毒を使う者には、”後悔”の念を”呪”が消えるまで抱き続けなければならない。 ”人を呪わば穴二つ”とはよく言った物だ。 いや、この呪が、元からそう言う代償を払うように出来ているのだろうな』 男がすでに動かない1匹を掴み上げると、フンと鼻で笑って地面に叩き付けた。 『だが、コイツらは真の代償を払う資格すらなかった。 代わりの代償がコイツら自身の命と言うことだ。 ここに集まって来るなり言い争い醜態を見せて争う者もいた。 飲んだは良いが、賢いと見込んだのに、 すっかり先の野良殺しのせいか、権力欲しさで性格が変わっていたか、糞蟲化していたモノもいるようだ。 罪の意識なき者は、欲に飲まれて自ら毒に同化するか受けきれずに破裂した。 とんだ醜態だ。 成功したのは3匹、そこの2匹…と1匹は先に適応して降りていったぞ。 さて、どうする?お前はこのことを薄々理解しながらここに来たのだろう? 大切なモノのために、全てを敵に回す覚悟でここに来たのだろう? 元凶たる俺が憎くてここに来たのだろう? さぁ、お前の口から言ってみな…何をしたいのかを』 ケロは拳を握り、一度唾を飲むと、 「その”力”をワタシにくださいデス!!!」 とあらん限りの声で叫んだ。 『やはり、俺が見込んだ中で一番の素材だ。 その覚悟やよし! 急いだ方が良い…コイツらが適応すると何をするか判らん。 コイツらでも適応はしたが不完全なのだ。 毒を飲めば、コイツらと同じく適応するまで動くことは出来ない。 同じ毒を持った物同士は殺し合えるからな。 保証はしないが、お前の覚悟と精神力なら、今から飲んでもコイツらより適応はずっと早いはずだ。 ほら、コレを一気に口に含み飲み込むのだ』 男は、素手で地中の壺の中から蟲毒となった実装石の”身体”を掴み差し出す。 『この蟲毒は、強い毒だが、まだ誰の物でもない。 だから、常人には触れる代物ではないが、俺には通用しない。 なにせ、俺はお前達底辺生物から見ても狂っているのだからな。 こんな毒では侵されない。 でも、この毒が主を得れば、俺ですら手に負えなくなる。 俺を殺したければ飲み干して見せろよ…そして、強い意志で使いこなせれば意識を保って、俺を敵だと思える』 ケロは、その差し出された両手のゲル状の液体に口を付け啜った。 特に味はない…と思った矢先、 ケロの腹の中から頭に直接、響くような音が聞こえだした。 殺す・殺す・殺す・殺す… 殺して・殺して・殺して・殺して… 助けて・助けて・助けて・助けて… 苦しい・味わいたい…あの肉を裂く感触、あの肉を食う感触… 見たい…あの怯える様を、恐怖に歪む顔を… 怖い…あの痛み、この世界、お前達の顔… お前が味合わせた…ワタシ達に味合わせた…酷い苦しみだ…憎い・憎い・憎い… 生きている物が憎い…ワタシがこんなに苦しんでいるのに… ワタシの身体は何処? ワタシの身体はソレだ! ワタシの身体を用意しろ! 何でも良い、入れ物が欲しい…入れ物があればワタシは生きられる…きっと生きられる。 命を引きずり出して喰らい尽くせ! ワタシ達の方が生きるのに相応しい… オマエ達より、どんな実装石達より、どんな生き物より、どんな人間より… ワタシが生きる事が相応しい… ワタシがこの世でイチバンデス!イチバン賢く、イチバン美しく… 全てがワタシに跪いて当然デス!! さぁ、ワタシに贅沢させるデス…腹を満たすデス…あらゆる命を食べさせるデス!! ケロは、激しくのたうち回り、藻掻き苦しんだ。 何をしても、頭の中に聞こえる声は大きくなるばかり… あらゆる痛み、苦しみ、憎しみ、嫉みが襲いかかり、ケロに現実の苦しみを味合わせた。 そして、飲んでも居ないのに胃にソレがどんどんと流れ込んで溜まっていくのが判る。 それが、この蟲毒の元になったナカマの味わった苦しみであるとケロは理解した。 そして、ケロは肉を…内臓を…命を…心を…蟲毒に食い尽くされた。 壷の中から自然と這い出してくる蟲毒が、次々と新しい入れ物に入れるだけ入ろうとする。 その様は、まさに僅かな餌に群がる飢えた実装石のようである。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 【蟲毒…コドク】 正式には「 蠱 毒 」と書く。 1つの壺に、毒蛇、毒蛙、毒蜘蛛、毒鼠、毒蛾など、 あらゆる毒を持った生物を詰め、食いあわせることにより、 最後に生き残った者の体内に全ての毒が蓄積されるという古代の儀式に端を発する。 さらに、毒を持たない物…犬猫を使う犬蟲などという蟲毒も存在するが、 それらがどういう役割を果たすかは不明とされるが、犬の首を用いる”犬神信仰”が犬蟲の流れといわれる。 飢餓を利用した共食い、殺し合い、極限の生存状況により力を高めると言う呪術的な要素から、 密教においては、強い魔を払う力(破魔)と強い呪を掛ける力(祟り殺し)との両面性をもつと言われている。 また、その呪術的効果が強いためか、存在から使用法まで全てが倫理的に人道を外れるためか、 外法(げほう…倫理的に戒められている禁忌の法術)とされ、その儀式を行うことは許されず、 現在では、その名称と概要しか残っていないとされ、 只単に、壷を地中に埋め、蟲を入れるという話のみが存在している。 その為、地方には未だに毒消し・魔除けとして蟲毒の儀式の面影を残す風習もある。 蟲毒皿…という言葉もあり、これは「毒を喰らわば皿までも」という諺の元であるとされ、 ”毒を持って毒を制する”という故事の元となったとも、蟲毒の効果を指しているとされる。 やはり、蟲毒の使われ方や効果の2面性を色濃く表している。 ちなみに、実装石で蟲毒を造ったという文献は、残念ながら存在しない。 一説には、実装石そのものの生態自体がすでに蟲毒故で、 そのために”糞蟲・屑蟲”等の”蟲”の字が多く表現に使われているという説もある。 民明書房 燈 士暁(トゥ・シアキ)著『新刊 異聞毒物珍書』より −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− コドクな実装石… つづく
