俺は「」。しがない大学生。 唐突だが、実装石を虐待するのは近所迷惑である。 自宅を持っている者や、個人の虐待部屋を持っている者、虐待派が管理する設備の 充実したアパートに住める者は、はっきり言って少数派。金持ちの勝ち組である。 俺のようなアパート暮らしの大学生は、長期間の虐待をすることはできない。臭い も鳴き声も近所迷惑になるし、設備も金がかかる。 昼間は大学に出かけていて虐待できないし、万が一部屋を空けている最中に逃げら れたら、アパートには住んでいられない。 そこで、実装仮想現実体験装置。 先日秋葉原に出かけた時に偶然見つけたものである。 十万円もしたが、貯金を叩いて購入した。それに伴い必要なものも、近くのホーム センターで購入。バイトで稼いだ貯金がほとんど消えたが、よい買い物をしたと思う。 「おー。かかってる」 大学から戻ると、窓の下には気絶した実装石。 40cmサイズで、服装からして知能はやや賢いくらいだろう。 窓を割って室内に忍び込もうとしていたようである。この辺り一帯の窓ガラスは強 化ガラスなので、侵入されることはない。 窓の下には、気絶性ネムリが撒いてあった。金平糖型でもなく、甘い匂いもない。 四角い錠剤で、微かに食べ物の匂いがする。 アパートの住人はまだ帰っていない。 こいつは、俺がじっくり虐待できる。 うーん。侵入未遂の実装石を虐待するのは、やはり風情がある。 「では、実装石一匹、ご招待!」 俺は実装石を掴みあげた。 ■ 「起きたか」 「………! ………!」 水槽に入れられた実装石は口をぱくぱく動かし、アクリルの壁を叩いている。その 程度では、水槽は壊れない。 俺は水槽の前に卓袱台を置き、ノートパソコンを立ち上げていた。 気絶した状態のまま、トイレで低圧ドドンパを食わせ糞抜きをした後、服を脱がせ て偽石を抜き、強力洗剤とタワシで三十分丸洗い。脱臭剤や裏ドドンパ、廉価版活性 剤などを注射し、服を着せて水槽に放置。 ちょうど目が覚めたところである。 「何で声が出ないって顔してるな?」 「……!」 実装石は喉を押さえていた。 「実装ショップで見つけた実装ダマリって、喉を潰す薬だ。声帯を火傷したような状 態にするらしい。一生声はでないぞ」 「………!」 抗議の声を上げる。というか、上げたようだった。 騒がれないようにするためである。うるさい声が出なければ、近所迷惑にもならな い。栄養剤と一緒に脱臭剤を毎日注射すれば、臭いも気にならないだろう。 「注目。これが実装仮想現実体験装置だ」 俺はパソコンの横に、黒い箱を置いた。 実装石は構わず暴れている。 ……見てくれないと、寂しいんだけど。 見た感じ、大きめの外付けハードディスク。横置き。 国語辞典ほどの大きさで、全体が黒い。シンプルな構造で、電源スイッチがひとつ と、上面の右下に小さな蓋が付いている。側面から電源ケーブルとUSBケーブルが伸 びていた。電源はコンセントに、USBはパソコンの端子に繋がっている。 端には、実装研究所のマーク。 付属のジョイスティックが二本。USB端子でパソコンにつながっていた。 既に電源は立ち上がり、準備は万端。 「で、これがお前の偽石な?」 「……! ……!」 小瓶に栄養剤と一緒に、翡翠色の偽石が浸かっている。 それを見て、さらに暴れる実装石。 俺は装置右下にある蓋を開けた。 中は5cm×5cm×1.5cmほどの空間になっており、中央に丁度偽石の収まるほどの凹 みがある。厚さ1.5cmほどの蓋にも、凹みがあった。凹みの表面には、およそ百本の 微少な針が並んでいる。 俺はピンセットで偽石を取り出し、凹みに嵌めた。スポイトで偽石保護剤を垂らし 、 蓋を閉める。パソコンの処理が終わるまで、しばし。 実装石は疲れてへたり込んでいた。 一分後、解析完了の文字。 「オッケイ」 ガッツポーズをする俺。 ウインドウに左側に実装石の姿が現れた。白い背景に、水槽の実装石と同じ姿の実 装石がCGとして再現されている。目の前の実装石の不安げな動きとリンクして、画面 の実装石も同じ動きをしている。 ウインドウの右半分には、体力や満腹指数などの身体データや、ストレス度や幸福 度などの精神データが、数値として表示されている。 「うおー。すげー」 『ニンゲン、早くここから出すデスゥ』 「嫌だね」 実装石の考えが、文字として顔面に表示されている。偽石とリンクする高性能リン ガルと仕組みは同じ。声は出ていないが、言おうとしたことが文字で表示されるのだ 。ちなみに、音声再現も可能である。 俺が言葉を理解したとわかったのか、続けて訊いてきた。 『……ワタシはこれから、どうなるデス?』 「不法侵入しようとした罰で、俺に虐待される」 『出すデスゥゥゥ!』 ぺふぺふと水槽を叩き、再び暴れる実装石。 俺はマウスを操作し、虐待モードを選択した。 パラメータの表示領域が右上半分になり、体力、痛み、苦痛、ストレス、精神状態 、偽石エネルギーなどの虐待に関わるデータが優先的に表示される。 右下半分に、虐待の項目が表示された。 殴打、切断、刺突、破壊などから、電気ショック、精神攻撃、病気、監禁など。 一番下のX指定虐待の部分には、パスワードがかけてあり、さらに凶悪なものが入 っている。使い込むとパスワードが表示されるらしい。 頑張るぞ! 「でも、最初は普通に叩くで」 殴打のアイコンをクリックすると、道具選択が表示される。 実装叩きや竹定規、すりこぎ、鉄の棒、バールのようなもの、ハンマーから、土木 建設用杭打ち機まで、手広く揃っている。種類は百五十種類。 『デス〜ン♪ ワタシの魅力にメロメロになるデスゥ』 泣いても効果がないと察したか、必死に媚びてくる。 俺は実装叩きを選択し、力具合をやや強めの6に調整。マウスを動かし、顔面に狙 いを定める。 クリックで一撃。 『デシャ!』 画面内の実装石が倒れ、水槽の実装石も倒れた。画面内の実装石の顔には、叩きの 跡がついているが、水槽の実装石には何の跡もない。 左手で二本のジョイスティックを操り、画面の実装石をひっくり返す。背中に狙い を定め、右手に持ったマウスをクリック。 『デヒャ!』 背中を押さえ、悲鳴を上げる実装石。 俺は二本のジョイスティックとマウスを操り、実装石をくるくると回しながら連続 で全身に叩きをお見舞いする。 『デヒ! デヒャァ! デア! デスァ! デボォ! 痛い、痛いデス!』 三十回ほど叩くと、画面の実装石は痣だらけになっていた。 水槽にいる実装石は傷ひとつない。しかし、画面内の実装石と同じ全身痣だらけの ように、泣きながら痛みに悶えている。 俺は切断のファイルを開き、次の道具を物色。 ナイフ、包丁、竹ヒゴ、刀剣、ステンレス定規、のこぎり、ダンボール紙、チェーン ソー、グラインダー、裁断機。刃物でないものも混じってるのは、御愛嬌。 のこぎりを選択し、切れ味3、速度3、回数12、深さ100%の切断と設定。 ジョイスティックとマウスで、右足の膝に狙いをつけた。 クリック。 のこぎりのCGが実装石の右足を切断していく。 『デギャアァァァァァァァアアアアアオオォォォォォオオオオァァァァ』 右足を抱え、無言で激痛に悶える水槽の実装石。声も上げられず、画面に長い悲鳴 を表示させていた。切れ味の鈍いのこぎりで、ゆっくりと、12回に分けて右膝を切 断されているのだ。痛みは半端でない。 画面の実装石の右足が切断されると、水槽の実装石は右足から手を離した。ぴくぴ くと痛みに痙攣している。 足は繋がっていて傷もないが、動かない。 『デスゥゥゥ……やっと痛みが収まったデスゥ……でも、足が動かないデス』 「見ての通り、実際は繋がってるけど、お前の偽石は切断されたものと誤って認識し てるから動かないぞ」 『ニンゲン、ワタシに何したデスゥ……』 怯えながら、俺を見る。 身体には傷ひとつないのに、本物の痛みを感じている。何が起こっているのか、理 解できないだろう。 俺は装置を指でつつき、 「この装置を使って、偽石に身体が傷つけられてるって偽の情報を送ってるんだよ。 そうすると、実際に傷がなくとも、本当に傷を負ったように錯覚する。錯覚だけど、 痛みは本物だからな。頑張って耐えろよ」 『デェ!』 「俺はお前に、多彩な苦痛を思うがままに与えられるんだ。実際は傷ひとつついてな いから、部屋が汚れることもない。喉を潰してあるから、言おうとしてることは伝わ っても、悲鳴は出てない。でも、痛みは本物だ。文明ってすばらしいねー♪」 『悪魔デスゥゥ!』 切れ味1、速度2、回数20、深さ96%で、左足にクリック。 『デギォオオオオオオァアアアアアァァアァァ……』 実装石は長々と悲鳴を表示させた。 でも、実際に聞こえるのは水槽内で暴れるぱたぱたという音と、喉から空気が漏れ る音だけ。静かである。 歯応えがないとか言うのは勘弁な。 ■ 二十分後。 画面の実装石は達磨になり、両目両耳を潰され、舌を抜かれ、二十本の針を全身に 刺され、皮膚を剥がれ、あちこちが黒く炭化している。瀕死の重傷だった。 しかし、本体は無傷。 水槽の底に仰向けに倒れたまま、天井を見ている。 五感はほとんど働いていないが。 「んー。もう続けられないか」 これ以上、虐待のしようがない。 普通の実装石なら、偽石の自壊を起こしかねない。 しかし、偽石自壊の心配はほぼ皆無。最低限の栄養素のみで偽石の自壊を防ぐ仕組 みが、装置に設けられているらしい。企業秘密らしいが、無意識下に強烈な快楽を感 じさせるようなものだろう。多分。 俺はウインドウの端にあるリセットボタンをクリックする。 『デシャアア!』 実装石が跳ね起きた。 死にそうなほど恐怖に顔を引きつらせ、ぎょろぎょろと部屋を見回した後、自分の 身体を見下ろす。どこにも傷がなく、服も髪も無事であることを確認すると、安堵の 息を吐き出した。 『ケガがなくなってるデス。助かってよかったデスゥ……』 「いや、そこ安心するところじゃないから」 俺は突っ込む。 実装石は俺に気づき、恐怖に震えた。 俺は愛護ファイルを開き、撫でるをクリック。 恐怖が緩む。 「いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」 にっこりと笑いかけた。一度言ってみたかった言葉である。 『デ……先に、いい知らせをお願いするデス……』 「お前が感じているのは偽者の苦痛だから、身体に傷は残らないし、髪も服も無事だ し、どんなことをしても身体に傷はつかない。リセットすれば、いつでも健康状態に 戻れるし、開放される時は無傷で開放されるぞ」 その言葉を聞いて、安心したように脱力する実装石。髪も服も無事で、目に見える 傷もなければ、問題なく実装社会に復帰できるだろう。 声が出てないことは忘れているらしい。 『悪い知らせは何デス?」 「所詮、偽者の苦痛だから、簡単にリセットできる。死ぬほどの状態になっても、ボ タンひとつで後遺症も無く全回復。仮想体験だから、実装活性剤も一切不要。何十回 でも、何百回でも、俺のやる気が続けば、何千回でも地獄の苦痛を味わえる。いや、 凄いね、ホント」 『デ……?』 一度首を傾げてから。 俺の言った言葉の意味を理解する。 『デギャアアア!』 絶望の悲鳴を表示させて、再び水槽内を暴れまわる実装石。 ヘフーヘフー、パタパタ、ポプポフ。 室内の音を表すなら、こんな感じ。 実に静かである。これなら、ご近所の迷惑にもならない。 そろそろ晩飯の時間なので、俺も食事を用意せねばならない。その間虐待はできな いので、上げて落とすのを目的として、飴を与えることとする。 「じゃ、天国へご招待」 俺は天国ファイルを開き、金平糖をクリック。 暴れていた実装石が途端におとなしくなり、至福の表情で口をもごもごと動かして いる。口の中に金平糖がある状態を体験しているのだ。 『デフ〜ン。コンペイトウ、甘くて美味しいデス〜』 無論、口の中は空っぽ。 しかし、舌と口は金平糖の甘さと形を認識している。仮想現実の金平糖を噛み砕い たとしても、装置が察知して、次の金平糖を認識させる。 やがて、いくら食べても次々に金平糖が現れることを理解したらしい。悶絶しそう なほど喜んで口を動かしていた。 『ここは、天国デスゥゥゥ!』 「偽者だけどな」 冷静に呟き、俺は台所に向かった。 ■ 三十分後。 実装石が食べた金平糖は、1239粒だった。 カウントは秒速1粒の割合で増えている。 水槽の中では、実装石が形容しがたい顔で、痙攣していた。生まれて初めてだろう 。金平糖を死ぬほど食べるなど。 終了ボタンをクリック。 『デ? デ? デェ?』 口の中から金平糖が消えたことに戸惑う実装石。 水槽の中を金平糖を求めて走り回り、俺に気づいた。 『デシャアアア! クソニンゲン! ワタシのコンンペイトウを返すデス! さっさ とよこすデス! なにもたもたしてるデス! まったく、ご主人様に対する態度がな ってないデス! そこに土下座してワタシの糞を食いながら、足を嘗め——』 土木建設用杭打ち機。 クリック。 『デギョ!』 悲鳴とともに痙攣し、実装石は動かなくなった。 痛みを感じる暇すらなく、身体が粉々になってしまっている。水槽の底に倒れたま ま動かない。あっけないというか、何と言うか。 さくっとリセット。 『デヒャ!』 跳ね起きた実装石が、俺を見て慌てて土下座する。 つい三十分前に、自分を瀕死の状態に追い込んだ人間と思い出したらしい。その人 間に、暴言を吐いてしまったことも。 『ニンゲンさま。ごめんなさいデス、ごめんなさいデス、ごめんなさいデス! 無礼 は心の底からお詫びするデス! どうかお慈悲を! お慈悲をくださいです! お願 いしますデス』 「却下」 俺は破壊のファイルを開いた。 なにやら表示される命乞いは無視。 棒、ハンマー、ミキサー、シュレッダー、スライサー、裁断機etc スライサーを選択。 秒速0.5回転で、幅は0.5mm、切れ味は10 画面の実装石が、円筒形の容器に収納される。野菜などを切る調理器具。底の部分 に回転する刃があり、2秒ごとに足元から0.5mm間隔でスライスされていくのだ。切 れ味は高いので、痛みは小さく鋭い。 『何デス! この筒みたいなものは』 両腕動かし、実装石が騒ぐ。 装置が、偽石に情報を送っているため、自分が仮想現実の中でどんなことをされて いるのかもわかるのだ。実装石は、現実と仮想現実の両方を体感している。 「スライス、スタート!」 俺はスライサーを動かした。 『デヒァァァ! 痛いデスゥゥゥ! 足が無くなるデスゥゥゥゥ!』 実装石が足元から徐々にスライスされていく。 実際にこれをやるには、大型業務用の料理器具数万円が必要だ。しかも、血と肉が 飛び散り、片付けもメンテナンスも大変である。 実装石の身体が半分ほどになったところで、俺は薬品ファイルを開いた。 ドドンパ、ゲロリ、ネムリ、シビレ、トロリetc 多数の薬品名が並んでいる。ど れも、即効性、遅効性、致死性など強さも数段階ついている。 つーか、実装関連の薬品ってこんなにあったのか。ちょっと感心。 俺は迷ってから、実装活性剤を選択した。 実装ショップの棚に並んでいるのを眺めるだけで、正規品には触ったこともない ぜ! 高いんだよ…… 『その薬は、何デスウゥゥ!』 希釈10倍、量20ml 使ったこともないので、割合は適当。 注射器は針直径1mm、刺す深さ30mm、注射時間6秒 設定値固定はもう少したってからだな。 マウスとジョイスティックで指す場所を決める。 左目。注射。 『デゲゲゲ! 目がぁぁぁぁ! 目がぁぁァァァァ!』 本体の実装石が左目を抑えた。 希釈活性剤が注射され、実装石の身体が物凄い勢いで回復する。腰の辺りまで無く なっていたのが、一瞬で足先まで再生された。 すごいなー、活性剤。 『デデデデデ……!』 「………強すぎたか?」 いっこうに身体が小さくならない。 足先がスライスされると、一瞬で再生する。そして、再生した部分がスライスされ 、再び刃が来る前に再生。スライス、再生の繰り返し。 スライサー設定を変更する。 秒速8回転で、幅は1mm、切れ味は3 『デボボボボ! やめるデス! お願いしますデスゥゥ!』 足先からゆっくりと切られていった。スライスの速度が再生を上回ったらしい。切 れ味を落としてあるので、痛みは増している。 俺は悶える本体を眺めつつ、薬品ファイルを開いた。 「ドドンパ、行くか」 即効性ドドンパを選択。 効果は10分。 注射。 『デギョアアアア!』 画面の実装石が、断面から大量の糞を噴出する。 溢れた糞は、勝手に消えていた。 さきほど食べた金平糖が胃の内容物として記憶されている。満腹度が見る間に下が っていく。満腹度がなくなったら止まるだろう。 本体は死にそうな顔で悶えているだけで、総排泄口からは何も出ていない。実際に やったら凄いんだろうけど、どうにも張り合いがない。 「とりあえず、リセット」 実装石がぴたりと止まり、跳ね起きる。 恐怖にぶるぶると震えながら、水槽の隅に丸くなった。 「次は何がいい?」 『デヒィ……」 ■ 『デフ〜ン♪』 夕食後、20回ほど仮想死を体験し、現在金平糖の上げを楽しんでいる。水槽の中 に寝転がり、顔を歪めて甘さに悶える実装石。 時計を見ると、夜1時。 「そろそろ寝るかー」 俺は世界体感ファイルを開いた。 街中、草原、森、砂漠、高山、雪原etc 内容は300m×300mの無限にループする仮想空間を体験させるもの。街ならどこまで も街で、草原ならどこまでも草原、砂漠ならどこまでも砂漠。 気温や湿度。天気も操作できる。 暑い雪原など、現実に存在できない世界も可能だ。 「今日はこれでいいな」 俺が選んだのは、空白空間。 300m×300mの何もない空間。白い床に、太陽も雲もない白い空。体感気温は15℃と 暑くもなく寒くもなく、明るくもなく暗くもなく。床に血の跡などをつけても、150m 離れると、消去されてしまう。本当に何もない空間だ。 こんなところに放り込まれたら、俺なら発狂する。 だが実行! 空白空間をクリックすると、本体は意識を失った。 『デ? 何が起こったデス! 金平糖どこデス!』 画面に表示された無限の空白空間の中で、辺りを見回す実装石。 偽石が体感している世界が、画面に映っている。 実装石は今、無限の空間を仮想体験していた。 「おー。こんなスクリーンセイバー見たことあるぞ」 『ニンゲン! 出てこいデス! さっさと金平糖をよこすデス!』 金平糖上げを体験するたび、俺を勝手に奴隷と認識している。一発痛みを覚えれば その妄想は吹き飛ぶのだが、同じ過ちを繰り返す辺り、さすがは実装石。 しばらく騒いだ後、俺のことを思い出し、土下座する。 『ごめんなさいデスごめんなさいデスごめんなさいデスごめんなさいデス……』 さらにしばらくした後、俺が反応しないことを理解し、歩き始めた。 俺は時間設定を×2048に設定。 現実の2048倍の速度で時間が流る。 1分でおよそ34時間を体感。 画面の実装石も超高速で手足を動かしていた。歩き、倒れ、起き上がり、歩き、眠 り、起きて、歩いて、止まって、叫び、寝て、起きて、媚びて、泣いて。 5分ほどで動かなくなる。 「餓死」 そんな文字が、画面に表示された。 速度を元に戻す。 死んだらしい。 何もない空間に、俯せに倒れていた。 が、次の瞬間には平然と何もない空間に立っていた。 『何が起こったデス……ワタシは野垂れ死んだはずデスゥ! 何で生きてるデス!』 デギャデギャと騒いでいるが、大したことは言っていないので割愛。 再び時間設定を×2048に設定。 再び高速で動いた後、3分ほどで動かなくなる。 「精神崩壊」 そんな文字が、画面に表示された。 速度を元に戻す。 床に倒れたまま、実装石は薄ら笑いで空を見ていた。自傷行為を行ったらしく、手と 足の半分ほどがなくなっていた。髪も服も靴もパンツもない。 今度は壊れたらしい。 が、次の瞬間には平然と何もない空間に立っていた。 手足も服も髪も、全て再生している。 『デデ……』 恐怖と絶望に顔を引きつらせた。 ここでは、死ぬことも、発狂することすらできない。文字通り、永久の時間に彷徨うこ ととなるのだ。その恐怖は、想像を絶する。 『デェェェン! 誰か助けるデスウゥゥ!』 、泣きながら走り出す実装石。 ほどなく力尽き、崩れる。 実装石が死んだり、壊れたりして、続行不可能と判断されれば、バックアップデー タを読み込み、強制的に正常状態へと復帰させる。肉体も精神も。 その状態で、再び空白空間を彷徨うのだ。 地獄である。 「現実にこんな虐待不可能だな」 感心しつつ、俺は速度設定を×32に設定。 長期間の時間加速×100以上は偽石に負担となるらしい。 明日俺が大学にでかけ、帰ってくるまでの16時間。32倍の速度の時間の中、お よそ500時間、つまり約20日、ひたすら何もない空間を歩き回ることになる。 5回くらい壊れるか死ぬかを繰り返すだろう。 俺は装置にデータをアップロードし、パソコンをシャットダウンした。 装置は単独で動きつつ、虐待を続ける。 水槽の中で意識もなく、人形のように動かない実装石。 意識は、超高速の時間の中で、何もない地獄を漂う。 明日、こちらの世界に帰還させたら、どんな態度を取るだろう。 そんなことを考えつつ、俺はベッドに潜りこんだ。 「明日、空き地でヒャッハーしてこよ」 ぼそりと呟く。
