今日も山道には人の姿が絶えることがない。 この山の頂上の展望台からは市を一望することができ、市街地から歩いて登れる手軽なハイキングコースとして親しまれている。 今も登山道に三十人ほどの集団が立ち止まっている。 「先生、烏帽子山にはクマとかはいないんですか」 「ははは、クマとかイノシシみたいな大きな動物はいないな。町からすぐの低い山だからね」 この市の小学生とその親たちだ。中年の温厚そうなリーダーが子供たちの質問にこたえている。 「実装石はいるんでしょ」 「そうだね。山実装はあまり数は多くないけどいるよ。群れを作らないし行動範囲も狭いから見かけることはめったに無いけどね」 彼らは市が主催する自然教室の参加者たちである。営林課の職員などを始めとした山に詳しい者が講師となって山を案内し、子供たちに自然に親しんでもらうのだ。 「むかし山実装狩りが盛んだった頃にほとんど絶滅しかけたんだけど、食用実装石の育成法が確立されてからは狩も行われなくなって数が増えてる」 彼らはふたたび山頂に向けて歩き出した。 「生息数が少ないところの実装にはプレミアがつくから、中にはそういう数が激減した山の山実装を専門に狙うマタギとかもいたんだよ。それでね、この山では…」 子供たちが通り過ぎてしばらくしたあと、岩の陰から実装石たちが顔をのぞかせた。 「デェェ… もう疲れたデス休みたいデス」 「のどが渇いたデス」 全員が段ボール紙や生ゴミを詰めたポリ袋を引きずっている。 うららかな初夏の昼下がり。二十匹ほどの実装石の群れが道から少し外れたところにへたり込んでいる。 この市で実装石規制条例が施行されてから一月が経つ。 市街地に住む野良実装たちは行政の大規模な駆除により大きく数を減らしていた。 「みんな、今のニンゲンがこの上に広場があるって言っていたデス。そこまで今日中に行くデス」 体の大きな一匹がみなを促す。 彼らはそれから四時間後、日が暮れかけた頃に山頂広場に到着した。 「美味しいデスー」「生き返るデッス」 先を争って公衆便所の便器の水を飲む実装石たち。 「危険デス。飲み終わったらすぐに隠れるデス」 市内に点在する公園のほとんどで掃討作戦が実施されている。 この一団は公園生活を断念し、山林への移住に一縷の望みを託すことにしたのだ。 「とりあえず今夜はここで過ごすデス」 みなを率いている実装石が広場のはずれの草原でそう宣言した。 一応ここは砂利敷きの駐車場なのだがほとんど使われておらず、草がぼうぼうと伸びっぱなしになっている。 「ゴロさん、ここはよさそうデス。ご飯も水も手に入るデス。」 広場のゴミ箱には食べ残しの弁当などが捨ててあるし水はトイレだけでなく水のみ場でも手に入る。 しかしゴロと呼ばれたリーダーはその言葉をすぐに否定した。 「ダメデス。ニンゲンがよく来る場所はもう危険すぎるデス」 「みんな早く家を組み立てるデス。今日はもう動き回らずに明日に備えるデス」 西の空の残照が弱まっていく。草原にはいくつもの粗末なねぐらが建設途中である。 一匹の実装石が独り言のようにつぶやいた。他の実装に比べて小奇麗な格好をしている。 「早めに明日の予定を立てましょうデス」 「早起きして夜明け前にゴミ箱から食べられるものを探すデス。明日からはワタシたちの村になる場所探しデス」 手早く自分の段ボールハウスを組み立てて、他の実装に指示を出しているゴロが答えた。最初に口を開いた実装石が背を向けたままぽつりと言う。 「ニンゲンの近寄らない水場がどうしても必要デス。加えて食料調達に便の良いところ」 聞いていた実装石が口を挟む。 「あしたもみんなで一日中歩きまわるデスか?」 「いいえ、留守番役を何人かだけ残して子供達と荷物は残していきますデス。 これからは仕事は分けて行うデス。食料調達係、掃除洗濯係、道具の作成、大工に子守」 「サンダル、振り分けはアナタがするといいデス」 奇妙な名前の実装石は無言で頷いた。 実装石が公園で暮らすのはいくつも理由がある。まず人家の近くなら水や餌の入手が容易、ということが大きい。 だがそれと同じかそれ以上に大きい理由がある。人と接触しやすいということだ。 街を虐待派が跋扈していても、愛護派が躾済みペット実装だけを養育の対象にするようになっても、野良たちはいつか人に飼われるという夢を捨てていない。 山に隠れ住むということは飼い実装になる未来を捨てるということだ。たとえそれがどれだけ狭き門であったとしても。 頭では危険と分かっていても人の姿を見ればつい自分を迎えに来たのかと期待してしまうのが実装石の悲しい性である。 ゴロの提案に賛同しここにやってきた者はみな飼われる事にすっぱりと諦めをつけている。本能より理性が勝っている賢い個体たちである。 三日後、山の頂近くを実装石の群れが荷物を抱えてのろのろと移動していく。 ゴロたち指導者は登山道から離れた、川が流れ出すあたりを新天地と定めたようだ。 「この流れがよどんでいるところがいいデス。流れが速いと洗濯物や子供は流されてしまうデスから」 「皆さんの半分の半分は近くをまわって食べられるものを探してくださいデス。元気な人が行ってくださいデス。残りは家造り」 サンダルの指示に従って、強健な実装石五匹ほどが思い思いの方向に散っていく。 「当分は草や虫を食べることになるデス。みんな、最初はがまんが大事デス」 ゴロは開拓者たちに呼びかける。同時に心の中で人員をチェックする。 (大人が九人、子供が五人、今何人か出かけたのをあわせて…全部で十人の倍くらいデス) 無論ゴロは野良では図抜けて利口な実装石だが、それでも数が十以上になると理解が怪しい。 家々の建設が急ピッチで進んでいる。誰より早く自分の作業を済ませたゴロが指示を飛ばす。 「家は丸く輪の形に並べるデス。真ん中の広場で話し合いや仕事ができるデス。もし犬なんかに襲われてもそうすれば護りやすいデス」 十五個ほどの段ボールハウスが入り口を円の内側に向けて並べられる。 段ボール箱は横置きにされて上に枯れ草をかぶせられている。内部に石を運び込み飛ばされないよう重石とする。 「これから家も頑丈に、立派に改築するデス。でも今日はこれくらいで」 サンダルは500mlのペットボトルを抱え上げ、数匹の成体を連れて淵へ偵察も兼ねた水汲みに出かけた。 ゴロは背伸びしてサンダルたちが出かけていった方向を見やる。斜面と草木にさえぎられ川向こうの風景がまったく見えないことに安堵した。 こちらから見えないのだから向こうのニンゲンの道からも見えまい。そう考えている。 ゴロは山頂広場のゴミ漁りも食料の調達手段として考えていた。しかし人間の通る場所からは距離をとりたい。 その矛盾する二つの条件を妥協させ選んだのがここ、源流に面した川原の奥の草むらだった 実際川を越えて何もないこちら側に渡ってくる物好きな行楽客はいない。 空が夕焼けに美しく染まる。 開拓村での初日が終わろうとしている。真ん中の広場で実装石たちは車座になって座っている。 ゴロは村の約束事をみなに言って聞かせている。 みな仲良く助け合うこと。子供は付き添いなしに村から出てはいけない。食べ物はみなで分け合う。共食いは絶対禁止。 成体も仔も新しい生活への期待と不安で胸がいっぱいなのだろう。顔を上気させデスデス、テチテチといちいち声を上げて賛意を示す。 ただ一人サンダルは心ここにあらずといった風情で物思いに耽っているようだった。 ゴロを筆頭とするもっとも経験深く壮健な五匹が食料調達隊。夜明けごろに山頂広場のゴミ箱を漁り、日中は何度も山中や森に出かけ餌を村に運ぶ。 次に体の強い五匹が村周辺の探索、水汲みや洗濯を引き受ける。 経験浅い者、思慮が足りない二、三匹は手先が器用なサンダルが監督となって村内でのこまごまとした雑用や道具の製作に当たる。 子供達は留守番。成体になりかけの二体が子守を務める。 とりあえずはそう役割分担がなされた。 昼前、村は賑やかだ。調達隊が今日二回目のえさ探しから帰ってきた。 元気に遊んでいた仔が帰ってきた母親に飛びつく。 村の真ん中で一匹の実装石が仔たちに囲まれて今日あった出来事を面白おかしく語りだした。 村内で石拾いをしていた見習いたちも仕事をやめて駆け寄っていく。 水汲みに行っていた五匹も帰ってきて輪に加わる。 「驚いたデエイはまたウンコをブリブリ漏らしたデスゥ、臭かったデスー」 どっと笑いが起きる。みなの中心で話している陽気な細身の実装石はハヤアシという。名前どおり村で一番健脚な実装だ。 調達隊で一番働く彼女は開拓団内でも地位が高い。しかしそれを鼻にかけることも無く、暇さえあれば馬鹿話をして人を笑わせている。 ゴロは微笑みながら自分の家に向かう。留守番組の相手はハヤアシに任せてもいいだろう。 サンダルは一人ぽつんと座り込んで木の枝を加工している。 「みんなのところに行かないデスか」 「仕事が終わってからにするデス」 サンダルは元飼い実装である。 捨てられた飼い実装は野良たちに凄惨なリンチを受け、良くて禿裸の奴隷、 たいていは生きながらに喰われるのが普通だが、いくつかの幸運が重なってサンダルは五体満足に生き延びた。 先月の実装石規制条例で定められたのは当局による野良の数の削減だけでない。 条例の施行に伴って、今までの一般人による野良への傷害行為の禁止は廃止された。 勢いづいた虐待派は街に繰り出し存分にこの世の春を謳歌した。 公園の実装石は逃げ惑うのに精一杯で新入りをかわいがる余裕はとても無かった。 一方虐待派も捨てられたばかりでまだ整った身なりをしていたサンダルを敬遠した。 いくら野良を殺すのに文句を言われなくなったといえ、飼育下の実装を傷つけたら罰金刑が待っている。 彼女は当時ゴロが支配していた群れがいた公園のはずれでひっそりと暮らすようになった。 ゴロはサンダルに山への移住を考えていることを打ち明けた。彼女は移民計画自体は評価したものの当初同行を拒んだ。 サンダルは飼われていたころの思い出深い場所を捨てたくないと語った。 また飼って貰えると期待しているわけではないだろうが、やはり街を離れがたく思っているようだった。 「それは何デスか」 「武器デス。獣や、他の群れが襲ってこないとも限らないデス」 石ころがうずたかく積まれている。 「これは投げつけるために集めたデスね」 サンダルは手元に視線を落としたまま頷く。 「加えて子供が転んだとき危険デスし」 入植から一月。今のところ大きな問題は発生していない。 ゴロはほっとしていた。志願した他の開拓者と違ってサンダルには無理を言って着いてきてもらったのだ。 彼女の知恵が代えがたいというだけでなく心情的にもサンダルを死なせたくなかった。 それからサンダルは食糧供給の安定化が最優先である、といった意味の話を訥々と語った。 開拓団が最初の試練を迎えたのはそれから半月後である。 村付近を見回っていた実装石が傷ついた山実装を発見したのだ。 山実装は岩の隙間に足を挟まれて動けなくなっていた。 ゴロが近寄る。山実装は激しく威嚇する。 動けなくなっていることを同族に見つかればたちまち餌にされてしまうのが実装石が生きる自然の厳しい掟である。 ゴロが山実装に話しかけた。 「ワタシたちはアナタを傷つけるつもりはないデス」 「デ?」 「同族を食べたりしませんデス。助けに来ましたデス」 後ろからサンダルが補足する。 数匹がかりで村に担ぎ込んだ。 山実装は威嚇こそやめたものの目にはまだ警戒の色がありありと窺える。 薬代わりにとっておきのコンペイトウを与えた。おそらく生まれて初めて口にしたのだろう甘味にもとから丸い目をさらに丸くしている。 山実装もようやく人心地がついたらしい。 「ワタシの名前はロクというデス」 「助けてくれてありがとうデス」 ロクと名乗った山実装は自分がこの山で生まれ育ったこと、今日少し遠出したときに滑落し、石に足を挟んで動けなくなったことを話した。 「ワタシはゴロ。ワタシたちはこの村で助け合って生活しているデス」 そのとき村はずれから仔実装のけたたましい悲鳴が上がった。 野犬が侵入してきたのだ。おそらくロクの血の匂いに引かれてきたのだろう。 武器を持った人間でさえ危ない野性化した凶暴な犬の前では、実装石など何の抵抗するすべを持たない。みなそう考えていた。 しかし逃げ腰の実装石たちの中から力強く歩み出るものがいる。ゴロだった。 「みんなで力を合わせればなんてことないデス!」 「ゴロさん、これを使うデス」 サンダルが木を削って作った槍を投げる。 はっしと受け取り構える。 「力のあるものは武器をとって戦えデス! それ以外は石を投げるデス!」 ゴロの声に応じて調達隊の実装石たちがそれぞれ槍をとる。 五匹で肩を寄せ合って横隊に並び、槍衾を作る。 後ろからまだ力の弱いもの、仔までもが逃げることなく石を投げつけ援護する。 予想外の反撃に驚いた野犬は物を投げられるという犬同士の喧嘩ではありえない攻撃にひるみ、尻尾を巻いて逃げていった。 ロクはいたく感心した様子だった。 「ワタシもここに置いてもらいたいデス」 「もちろんただでとは言わないデス。食べ物の採り方を教えてあげるデス」 ロクはそのほかにも山実装特有の生活の知恵を提供することを約束し、ゴロは申し出を快く受け入れた。 その日は新しい仲間の加入と戦勝を祝って大宴会が催された。 実装石たちが村の中心で輪になって踊る。 デデロゲ、デデロゲ、デデロゲロ デッデローゲゲロゲロデデロゲロ 中心でリーダーのゴロと新入りのロクが舞う。 どの顔にも歓びが満ちている。 デロデロ、デロヨ、デデロゲロ デロデロレロエオロエデェーオ! 言葉にならない歌を力の限り叫び、手足をめちゃくちゃに振り回しながら跳びはね踊る。 普段馬鹿騒ぎには参加しないサンダルも輪の外側でかすかに顔を上気させながら控えめに歌っている。 実装石たちは誇らしげに歌った。 その晩、一匹の仔実装が夜中に目を覚ました。 山の奥からかすかに歌が聞こえてくる。美しい声だ。 声は遠く何を歌っているかは聴き取れない。 仔は傍らで大いびきをかいて眠る母の袖を引いた。 だが宴で一番浮かれ騒いだハヤアシはくたびれて泥のように眠っており、娘の問いに答えない。 仔は家の中でしばらく聴き入っていたようだがすぐにまた深い眠りに落ちた。 歌声は明け方まで途絶えることが無かった。 (続く) ———————————————————————————————————————————— 全四回を予定しています。 しばらくお付き合いください。 毎回なんの捻りもないタイトルにはご容赦を。
