タイトル:【哀】 ゴン実装
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3333 レス数:0
初投稿日時:2007/01/17-11:05:53修正日時:2007/01/17-11:05:53
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「ゴン」は飢えていた。
この数日ロクにものを食べていないし、それにひどく寒い。
しかし彼女自身はそれでもまだ何とかなった。困ったのは
「お腹すいたテチィ…」
「テテテテテテ…寒いテチチチチ…」
飢えと寒さで今にも死にそうな仔供たちだ。
彼女は迷った。あそこに行くか?ワタシを捨てたあのニンゲンの家に。
この前行ったらあっさりと追い返されてしまった。
「この糞蟲!今度来たらぶっ殺すぞ!」
そう言われて。
恐らく本当だろう。あのニンゲンは本当にワタシを殺す。
「この糞蟲!今度クソ漏らしたら捨てるぞ!」
そう言われて本当に捨てられ、この有様だ。
それでも
それでも、もうどうしようもなかった。あのニンゲンの家に頼るしかなかった。

真夜中、極寒にガチガチと歯を鳴らしながらゴンはその家にたどり着いた。
家の明かりは消えている。皆寝てしまっているのだろう。今回は様子見のつもり
なのでそれでもよかった。
とりあえず玄関に近づいてみる。
「お願いデスゥ。ゴハンを恵んでくださいデスゥ」
控えめに鳴いてみた。
「…」返事はない。
「ワタシはどうなってもいいデスから、仔供たちにゴハンをあげてくださいデス!」
今度はドアをぽふぽふと叩いてみた。
「…」聞こえるはずがない。
「デスゥ…」
まあ、今日は仕方ない。引き返そうときびすを返した時、
「デェ?」
屋外にある小屋が目に付いた。単純な脳みその中にある、余りにも短い記憶の糸を辿り
ようやくそれが何か思い出した。ゴンはそこに歩いていく。
「ジョン?ジョン、いるデスゥ?」
そうだ。ここには仲良しの——或いは仲良しだった——犬のジョンがいる。
同じご主人様を持つ身として、ずいぶん気が合った。言葉は通じなかったけれども。
「ジョンいるデス?」
そっと犬小屋の中を覗いてみる。いた。
「ジョンデスゥ!会いたかったデス!」
彼女は小屋の中の生き物に飛びついた。いつの間にか会いたかったことになっているが、
あくまでも実装石の思考回路の仕組みであり、嘘偽りはなかった。
「…」犬は首を動かさずに彼女の顔を舐める。
「動くの大変デス?」
確かにその犬は彼女が捨てられた時点でも相当な高齢だった。しかし彼女は嬉しかった。
この年老いた生き物だけは変わらずにいてくれた。しばらく言葉を介さない再開の挨拶
を交わした後、彼女はそれに気づいた。
「デ…」
小屋の前に置かれたお皿。
「ドッグフード…デス」
彼女はその味を知っていた。普段食べていたのは実装フードだったが、おしおきで外に
出された時には、この犬によくドッグフードを分けてもらっていたものだ。味そのもの
も実装フードとそんなに変わらない。彼女は恐る恐る声をかけた。
「少しもらっても…いいデス?」
これなら仔供たちでも抵抗なく食べられるだろう。味に問題はないし、固いようだったら
ワタシの唾液でぐちゅぐちゅにしてから食べさせてやればいい。
「…」前足に顎を乗せた犬はいかにも了承したように、くん、と鼻を鳴らした。
「ありがとうデス!助かるデス!」
彼女は今この瞬間にそれを食べるように引っ掴んで、たくしあげたスカートの窪みに
ばらばらと落としていく。
「これであの仔たちに食べさせてあげられるデス!」
夢中でそれを掴んでは投げ入れる。一掴み、二掴み…
恐るべきは「分けてもらう」という姿勢を忘れなかったことだろう。あくまでも「気は心」
に過ぎないが、ジョンの餌皿には辛うじて一掴み分の餌が残っていた。
「ありがとうデス!今度お返しにおいしい残飯拾ってくるデス!」
ゴンは何度もお辞儀をしながら家を後にした。

数日後、南風が吹き込む温かい夜をゴンは歩いていた。あの家を目指して。あの犬を目指して。
今日は運がよかった。なんと、焼き豚のかけらとキャベツの芯をゴミ捨て場で拾ってしまった。
仔供たちに食べさせてやりたいし、自分で食べたい気持ちもあるにはある。けれども借りは
借りだ。返さなければならない。ゴンはじゅるじゅると唾を垂らしながら歩いた。
「ジョン、いるデスゥ?」
彼女は小屋の外から囁きかけた。
「…」返事がない。それは前回も同じだった。
「お返しにご馳走もってきたデス」
そっと覗きこんだ。いない。
いない?
「ジョン?」
ゴンは抱えていたご馳走を投げ捨て小屋に駆け込んだ。中を駆けずり回った。角から角に。
寝てはいけない遭難者のように。折に閉じ込められた動物のように。
しかし、いなかった。
「ジョン、どこデスゥ?どこにいるデスー?」
小屋を飛び出しゴンは呼んだ。叫んだ。暖かな南風が彼女の声を吹き消していく。もしかして
お散歩か?いや、この時間にお散歩はないだろう。仕方ない。今日は留守なのだ。
「またくるデス」
投げ散らかしたご馳走をジョンの皿に入れて家路につこうとした時、またもや彼女は気づいて
しまった。
庭の隅にある小さな山。
「デ…デェ?」
吸い寄せられるようにふらふらとそこに近づいた。彼女の身長ほどの土が盛られ、頂上に何かが
立っている。何か書いてあるようだが、実装石に読めるはずもない。しかし彼女はそれが何だか
知っていた。
「お墓…デス?」
そしてまた知っていた。それが誰の墓なのか。
「…ジョン?」
ぽろりと目から何かがこぼれた。また、ぽろり。慌てて目を擦ると、手が緑色に汚れている。
ぽろり、ぽろぽろと涙は止まらず、とうとう彼女は墓の前に膝をつき号泣していた。
「デェェエエエエン!デェェエェエエエン!」
元の飼い主に聞かれてしまうかもしれない、などと考えもせず。
「ごめんなさいデスゥ!ごめんなさいデスー!ワタシがゴハン取っちゃったからデスー!」
泣いた。詫びた。夜が明けるまで。
それでも足りなかった。
ゴンは失意のまま家路についた。

彼女がジョンの小屋に餌を届けるようになるまでには、長くはかからなかった。
それが彼女なりのやり方だった。
もうゴンはいない——自分のせいで。
どんなにご馳走を持っていっても食べてはくれない——そこにはいないのだから。
それでもゴンはせっせと運び続けた。自分の食べる分を差し引いても。
やがて小屋の傍にあったお皿はなくなったが、持ってきたご馳走は小屋の前に綺麗に
積み上げておいた。
毎朝、
毎朝、
ゴンは運んだ。

一ヶ月だろうか、二ヶ月だろうか、暖かい日が何日から一度訪れるようになっても
彼女はまだ運んでいた。運んでも運んでも足りなかった。きっと自分は一生運び続けることに
なるのだろう。そんな予感さえあった。

暖かなある朝、今日もゴンは運んでいた。今日は少し遅くなってしまった。日がだいぶ昇っている。
「ジョン、今日は板つきのかまぼことポテトチップスと鳥さんの骨デス」
小屋の前にそれらを積み上げ、今はもういない小屋の主にゴンは語りかける。
「昨日はうちの仔供たちが初めて自分でゴハンを見つけてきたデス」
「ワタシにもわけてくれたデス…デププ」いくら人間には不愉快でも、それが彼女達の笑い方だった。
「ジョンのおかげデス」
背後からの日差しが遮られたのにも、しばらくしてようやく気づいた。
「デッ!」
ゴンは慌てて振り返った。
「…」少し離れた場所からニンゲンが見下ろしている。
「デェッ…」
ゴンは逃げなかった。
「ごめんなさいデス!ごめんなさいデス!」
反射的に土下座し、何度も何度も頭を地面にぶつける。
「デェ…」
ようやくゴンは顔を上げた。
「…」ニンゲンはまだ見下ろしている。目が合った。
「…」彼女もその目を見つめ返す。
ごめんなさい。許してください。ジョンのゴハンを取ったのはワタシです。本当にごめんなさい。
謝って済むとは思ってないけど、毎日ごちそうを運ぶのがワタシのせめてもの償いです。
赤と緑の両眼に思いの全てをこめて。
「へぇ…」男がゆっくりと歩み寄る。
「デス…」彼女は見つめたまま。
「そうか…」とうとう男はゴンの眼前に立った。
「デスゥ…」ゴンは目を逸らさない。

「テメェか!毎朝毎朝庭に生ゴミ捨てやがって!」
デエエエエエエェェェェェ…



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