タイトル:【虐】 初長編です1/3
ファイル:ニンゲンの偽石1.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4545 レス数:0
初投稿日時:2006/07/03-02:29:52修正日時:2006/07/03-02:29:52
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【ニンゲンの偽石】

1

隣家に住む、おばあさんが亡くなった。
特に親しくしていたわけではなかったが、旅行のお土産や、
実家から送られてくる野菜や果物を交換する程度には親しかった。

おばあさんは毎朝毎夕決まった時間、実装石と散歩をしていた。
おばあさんは手押し車を押して、実装石はおばあさんの服の裾を掴んで、
三十分ほどかけて町内をぐるっと回った。
僕の目には、二人は飼い主とペットと言うより、
曾孫を散歩に連れ出す曾祖母に映った。

季節は、本格的な夏を迎えようとしていた。
初七日が過ぎた頃、若い女性が僕の部屋の玄関を叩いた。
残念ながら、今の僕は女性に縁がない。
宗教の勧誘か、はたまた何かの募金か。

「隣の者なんですが……」

ああ、と僕は声を上げた。
すっと通った鼻筋を見て、あのおばあちゃんとの血のつながりに気づく。
おばあさんの皺を伸ばし、白かった髪を黒く長くすれば、
確かに目の前にいる娘さんになる。
「死ぬまでに花嫁姿を見たい」とおばあさんに言われていた、お孫さんだ。
「三十になるまでには嫁に行って欲しい」と言っていたから、
二十七、八歳、僕と同じくらいの歳だろうか。

「生前は祖母によくしていただいたようで、ありがとうございます」
「は、はあ」

気の抜けた返事しかできない僕。

「話はいろいろとうかがっています。
旅先で美味しいもの、珍しいものがあったらお土産に買ってきてくれたり、
お野菜や果物もくださったんですって」
「両親が趣味で、家庭菜園をしているものですから。
いつも一人じゃ食べきれないくらいの量を送ってきて、困っていたんです」

目を細めて微笑む彼女。

「チーにも、実装石のチーにも優しくしてくださったとか」

特別に、というわけではなかった。
散歩中に会えば頭を撫でてやり、おやつを与えたこともあった。
「可愛いですね、僕も飼うならこのくらい賢い実装石がいいなあ」
くらいのことは言ったと思う、いや、言った。

「実は、折り入って相談があるのですが」

次に続く言葉を、僕は覚悟して待った。

「祖母が亡くなり、チーは身寄りがなくなったんです。
両親は大の実装石嫌い──葬儀の間中、チーを隠しておくのに大変でした。
私は、ペットの飼育が禁止されているマンションに一人暮らしですし、
仕事が不規則でとても実装石を飼う余裕がありません」

僕はフリーランスで仕事をしている。
「フリーランス」と言えば響きが良いが、一芸に秀でているわけではない。
取材から原稿書き、簡単な誌面レイアウトまで、そこそこできるので、
便利に思ってくれる編集者がそこそこの仕事を回してくれるのだ。
おかげで、悠々自適とはいかないが、一人で食べていけるくらいの稼ぎはある。
平日昼間にぶらぶらしている理由を問われた時、
なるべく平易な言葉で仕事の内容を説明したつもりだが、
過大な評価をいただいたのかも知れない──経済的にも時間的にも、
実装石の一匹や二匹、飼うことができると思われたのだ。

「わかりました」
「えっ!?」

僕は、彼女に先んじて言った。
チーは賢い実装石のようだ。
仕事の邪魔はしないだろうし、気分転換の散歩に同伴者が増えるのも悪くない。
そして万が一にも、これが目の前の女の子とお近づきになるきっかけになれば……。
頭の中で、そんな計算が働いた。

「僕でよろしければ、チーをお預かりしますよ」
「本当ですか」

ぱあっと、彼女の表情が輝いた。
これだけでも、チーを預かった甲斐があったというものだ。

「ありがとうございます。
うちは親戚縁者も少なくて、頼れる人もいなくて。
友達に片っ端から電話したんですが、みんな断られてしまって……。
本当に助かります」
「いえ、僕も一人暮らしなんで、いずれペットでも飼いたいと思っていましたし」
「本当に助かります。
でも、しばらくでいいんです。
引き取れる状況になれば、私がチーを引き取りますから」
「あ、そうなんですか」

すっかり飼うつもりだった僕は、肩透かしを食らった。

「うちの家、ずっと実装石を飼ってたんです。
チーで何代目だっけ……。
これでチーを手放すことになったら、おばあちゃん、恨んで出てくるわ」

彼女は笑いながら言った。
僕もつられて笑った。

「じゃあ早速、チーを連れてきますね」

玄関のドアが閉まり、再びドアが開いた時には、彼女の腕に実装石が抱かれていた。

「やあ、久しぶり」

僕は言った。



チーとの共同生活は、ごく自然に始まった。
一緒に食事を摂り、散歩に行き、僕が仕事をしている間はチーは眠り、
あるいはテレビを見て、それぞれの寝床で眠った。
踏み台があれば人間のトイレで用を足してくれるので、
増えた手間と言えば食事の世話くらい。
むしろ、僕が苦手とする片付けをしてくれるので、
プラスマイナスで言えばプラスだった。

チーはよく、出窓から外を眺める。
視線の先には、道路を挟んでおばあさんの家。
そこから、庭の植え込みがよく見えた。
おばあさんが亡くなってからも、近所の人が水を与えていた。
手入れまではされないので、秩序はなくなっていたが、
草花が枯れることはなかった。

ある日の午後、昼食の買い出しからの帰り道、
出窓からガラス越しに外を眺めるチーを見た。
道路から見える彼女は、まるで縫いぐるみのようだった。
チーはポケットから何かを取り出し、じっと見つめる。
何だろう、僕は思った。
おばあさんの形見だろうか。

部屋に戻ると、いつものようにチーが玄関まで迎えに来てくれた。

「また外を見ていたね」
「はいデス」

そう答えて、チーは僕の左手からコンビニエンス・ストアの袋を受け取ろうとする。
ペットボトル入りのドリンクが入っているから実装石には無理だと、
僕は右手を振ってその申し出を断る。

「あの、つかぬことを聞くけど、ポケットの中に何が入っているの?」

僕はサンドイッチとアイスコーヒー、チーは実装フードと牛乳の昼食を終えた後、
僕は気になっていたことを聞いた。
チーはすぐには答えず、オッドアイで僕を見つめる。

「あ、別に詮索しているわけじゃないんだ。
ちょっと気になっただけだから」

沈黙を嫌って、僕は言葉を重ねた。

「笑わないデス?」
「え!?」
「信じてくれるデス?」
「何?」
「ニンゲンの偽石を持っているデス」

思わず眉間に皺を寄せる。
ニンゲンの偽石? 尿道結石のことか、と馬鹿な考えが頭に浮かぶ。

「ホラ、疑っている顔デス。
でも、いいんデス。
ワタシがこれを大切に保管している限り、ワタシたちの命の恩人は、
ずっと生きていてくれるデス」

もう一度、眉間に皺を寄せる。
この実装石は何を言っているんだ?
それとも、実装リンガルが故障したのだろうか? そんな筈はない。

「良かったら、少し見せてくれないか」
「はいデス」

僕は手を伸ばしてチーから「ニンゲンの偽石」を受け取った。
長さ十ミリちょっとの石で、確かに薄い緑色をしているが、
僕が知っている実装石の偽石とは色も形も違う。
表面は加工されたように滑らかだ。
ブローチや、あるいは指輪に使えるかも知れない。

「命の恩人って、おばあさんのこと?」
「違うデス。
おばあさんは、もう死んでしまったです」

実装石は悲しそうに言った。

「おばあさんは大切な人だったデス。
でも、偽石は持っていなかったデス。
何世代も前のワタシのママのご主人サマの偽石デス。
あのヒトがいなければ、ワタシはこの世にいなかったデス」

説明を受ければ受けるほど、僕は混乱した。

「なるほど、その偽石の持ち主はまだ生きているんだね」
「はいデス」
「それで、チーはそれが誰だかは知らない」
「……はいデス。
ワタシはママから言われ、預かっているだけデス。
一番賢い仔がこの偽石を守る役目を負うデス」

ふむ、と僕は手を顎に当てる。
知的探究心という奴が、僕のニューロンを支配する。

「なあ、チー」
「はいデス?」
「その偽石の持ち主に、会いたくはないか?」
「あ、会いたいデス!!」

チーは目を輝かせて喜んだ。
幸い仕事も一段落しており、探偵ごっこをするくらいの余裕はある。
僕は仕事部屋から使っていないノートを持ってきて、
チーが後片付けをした、ダイニングのテーブルに広げた。

わかっていることを書き出していこう。
手がかりは二つ。
一つはこの偽石。
偽石の正体がわかれば、真相に近づけるかも知れない。
ただ、ありふれたものであれば、ヒントにはならない。
もう一つはチーの証言。
「何世代も前の」チーのご先祖が世話になったという。
それが何年前のことなのか、正確に知る由はないだろうが、
その口ぶりからかなり前、数十年前であることは予想される。

とすると、チーの血統を知っている人に話を聞くのが一番だ。
僕は、思わず頬が緩んでしまうのを、抑えることができなかった。
チーはそれを見て、「デスゥ?」と不思議そうに小首を傾げた。



その日の夜、彼女が帰宅しているだろう時間帯を狙って電話をかけた。
少し前に帰宅したという彼女は、嫌がる風でなく、僕の電話につき合ってくれた。
事情をかいつまんで話すと、受話器の向こうで笑い声がはじけた。

「チーもそんなことを言ったんですか?
チーのお母さんも同じことを言ったんですよ」
「そうなんですか」
「私が子どもの頃、ちょっとした悪戯でその石を隠したことがあるの。
そうしたらチーのお母さん、アンスは大騒ぎして、大変だったんだから。
でも、どう見たって『偽石』じゃないし、高価な石だとも思えないのよね」

ふむ、彼女は知らないらしい。

「お父さんは、知らないんですか?」
「駄目駄目。
おばあちゃんが実装石をあんまり可愛がったものだから、いつも虐めていたって。
そうしたら余計におばあちゃんに怒られて」
「じゃあ、おじいさんは?」

そう言えば僕は、おじいさんの姿を見たことがなかった。

「戦後間もなく死んじゃったらしいの。
私も、詳しいことは知らないんだけど」

おばあさんは女手一つで子ども──彼女の父親を育てたんだ。
なるほど、おじいさんを見かけなくて当然だ。

「じゃあ、実装石を飼い始めたのは?」
「うん、おじいちゃんかおばあちゃん。
その子孫がチーってわけなの。
きっとおばあちゃんが、おじいさんが死んだ寂しさを紛らわせるために
飼い始めたんじゃないかな」

それは違うと、僕は思った。
食糧難の終戦直後、実装石を食糧にすることはあっても、
愛玩動物として飼おうと考える人間はいない筈だ。
それに、おばあさんには彼女のお父さんもいる。
「寂しさを紛らわせる」必要はないだろう。

「ちょっと待ってくださいね」

そう言って受話器を手で塞ぎ、横で事の成り行きを見守っているチーに聞く。

「その偽石、おじいさんのものではないよね?」
「はいデス。
おじいさんはずっとずっと昔に亡くなっているデス……」

キーになるのは、おじいさんだ。
恐らくおばあさんではなく、おじいさんが実装石を飼い始めたのだろう。
しかし、おばあさんが亡くなった今、当時を知る人はいない。
いや、待てよ。
おじいさんは復員してきた。
だったら……。

「すみません、おじいさんの軍隊時代のお仲間、ご存じないですか。
って、ご存じないですよね」
「さすがに」

彼女は笑って否定した。

「残念ですが祖父母を知る者に心当たりはありません。
でも……、ちょっと待ってください。
そうそう、亡くなったおじいちゃん宛に定期的に手紙か何かが届いていたわ。
おばあちゃんに聞いたら、戦友からの手紙だったって。
そんなもので役立つんだったら、探してみましょうか?」

是非に、と頼んだ。
次の日曜日、彼女に会える。



「これだわ」

おばあさんの家で、彼女が見つけたものは、手紙ではなかった。
戦友会発行の小冊子。
従軍した元兵士とその遺族に配布されている。
不定期刊行だが、最近になればなるほど、発行間隔が延びている。
元兵士と遺族がいなくなるまで、発行が続くのだろうか。

「じゃあこれ、お借りしていってもいいですか」
「ええ、誰も必要としないでしょうし」

そう言って、彼女は紙袋に詰めた戦友会の会誌を渡してくれた。

おばあさんと実装石が暮らしたこの家は、間もなく取り壊され、
実装石嫌いの両親が戻ってきて家を建て直すのだそうだ。
おばあさんが手入れしていた庭がなくなるのは、とても残念だ。

「私はね」

縁側から庭に出て行った彼女が、唐突に話し始めた。
庭の植え込みにはチーがいる。
僕? それともチーに話しかけたのだろうか?
彼女の真意を推し量れないまま、縁側へ移動した。

「お父さんのこと、あんまり好きじゃないの。
こんな賢いチーのことを毛嫌いしているし、
この庭だって潰しちゃうって言うじゃない。
何だって言うのよ、まったく」

彼女はしゃがみ、雑草を抜き始めた。
チーも、一緒になって雑草と格闘を始める。
僕はかける言葉が見つからず、その場に黙って立ち尽くしていた。



2

※ ※ ※ ※ ※ ※

『くさむすかばね』(第十三聯隊戦友会発行)より引用

「身中の糞蟲

(略)

上層部は最前線への兵站輸送が困難と判断するや、
糧食として使用できる動物を部隊へ送り込んできた。
その中でも実装石は、環境劣悪でも高い生存能力を持ち、
また類稀なる繁殖能力を有している。
再生能力は特筆に値し、切断された四肢は、状態が良ければ数週間で元通りになる。
給餌する必要はなく、放っておけば自ら餌を探し求める。
全く理想的な糧食用動物ではあるが、力が弱く、荷役には向かない。
兵站輸送が困難と予想される島嶼部の戦いにおいて、実装石投入の断が下された。

(略)

昭和十八年、我々は南方戦線へ送られた。
食糧としての実装石も一緒である。
「戦争は地獄だ」とは、かのシャーマン将軍の言葉であるが、
我々の場合は「戦場」こそが地獄だった。
敵兵と戦う以前に、マラリアやデング熱と言った疫病との戦いが待ち受ける。
しかも、制海権、制空権を敵に掌握されてからというもの、
補給状態は悪化の一途をたどった。
食糧は現地調達、それが後方からの命令だった。

(略)

実装石は中隊付であり、各中隊ごとに飼育されていた。
私の中隊も食糧の備蓄が乏しくなり、組織的に実装石を処分することとなった。
方法は、至って簡単であった。
その時点で、中隊では十五匹の実装石を飼育していた。
司令部と各小隊ごと三〜四匹が割り当てられることになる。
実装石は名状し難い生理を持ち合わせており、
両の目を緑に染めると妊娠、赤く染めると強制出産が可能となる。
強制出産させた仔を、我々は食糧としていただくのだ。

しかし、この強制妊娠、強制出産は実装石に肉体的、精神的な負担を強い、
回を重ねるごとに産まれる仔の数が少なくなっていき、
ついには実装石自身が息絶えてしまう。
そこで産まれた仔を一匹だけ残し、その仔を次の「母胎」としたのである」

※ ※ ※ ※ ※ ※



昭和十八年八月、南方戦線──

ミッドウェイ海戦で勝利を収めたアメリカ軍は反撃に転じ、
ガダルカナル島を巡る攻防戦にも勝利し、太平洋戦争の主導権を掌握した。
日本軍は確たる指針もないまま、連合軍の攻勢に備えた。
陸軍第十三聯隊は、連合軍の侵攻に備えも南方の島に送られた。
島は東西に長く、南北に短い。
島の南北は標高二千メートル級の山で隔たれており、
大規模な軍事行動は取れなかった。
島の北側は日本軍の、南側は連合軍の支配地だった。

海浜地帯で待機していた期間こそ、部隊は南洋の陽気を楽しむ余裕があったが、
やがて山岳地帯への移動命令が下った。
万が一の敵の来寇に備えるため、そして部隊を前進させることが
敵への牽制になると、上層部が判断した結果だった。

山岳地帯、そしてジャングルという劣悪な環境が将兵を苦しめた。
しかも、たちまち携行した食糧は底をつき、現地調達も困難であった。
魚を獲ろうと沼に入った兵士が、鰐に襲われたこともあった。
そして中隊司令部は、今こそ実装石を活用すべきだと判断した。

「ごめんな、パキラ。
お前たちを食糧にしろって命令が出たんだ」
「デスゥ?」
「他の兵士に殺られるくらいなら、自分が……」

よく陽に焼けた若い兵士が、パキラと呼ばれた実装石の頭を撫でる。

「お前たちは、花粉で妊娠するんだってな。
本当は好きな花で妊娠させてやりたいけれど、すまないなあ」

そう言って兵士は、現地の草を煮出して作った染料を、パキラの目に垂らした。

「デスゥ? デスッデスッデスーッ!」

お腹が膨らんでいくのに驚く実装石。
と同時に、自分の中に別の生命が誕生したことに喜びを感じている。

「すごいな、本当にこれだけで妊娠するんだ……」

まだ女を知らない兵士は、言い知れぬ興奮を覚えた。
そして今度は、花で作った染料をパキラの目に垂らす。
戦闘機の機体色で妊娠させ、日の丸の赤で出産させる部隊もあるという。
染料を作る手間が省けるからだ。
しかしこの若い兵士は、ペンキで目を塗り潰すそのやり方は、
どうしても許せなかった。

「デ、デスゥ!?」

目に見えてお腹の形が変わる。
中で、仔たちが暴れているのだ。
分娩の苦しみに苦悶の表情を浮かべる実装石を見て、
若い兵士は思わず彼女の右手を握ってやる。

「ッ!」
「テッテレ〜!」

奇声とともに、最初の仔実装が産まれ落ちた。
一匹、二匹、三匹……三匹目は両手足のない奇形──蛆実装だった。

「よく頑張ったな、えらいぞ」

パキラは本能で仔実装を抱き抱える。
そうして一匹ずつ丹念に、舌で粘膜を舐りとってやる。
パキラの腕の中では、テチテチ、レフレフと子どもたちが歓声を上げる。

兵士は立ち上がり、暗い表情で仔実装を見つめる。
これを、喰うのか!?
兵士は自問する。
この仔たちを喰らおうというのか!?

無邪気な笑顔を見せる仔実装たち。
母親になった喜びを体中から発しているパキラ。
兵士は、故郷に残した母を、あるいは妹の姿を実装石たちに重ねる。
できない、自分にはできない。



※ ※ ※ ※ ※ ※

(引用続き)

「私の仕事は実装石を飼育し、始末することだった。
光栄だった。
私の働きにより、隊の皆が滋養を得、御国のために戦えるのだ。
中には、実装石に故郷に残してきた肉親を思い出す者がいるという。
言語道断である。
我が大日本帝國臣民と、不浄なる生物とを同一視するなど考えられようか。

●●●(※原文ママ、伏字。以下同様)などは、嬉々として日本語を教えている。
それなど、自分たちは二等市民であり、実装石と同じ程度だと
自ら証明しているようなものである。
極めて非国民的行為であったが、小隊長のお咎めはなかった。
こうした行為こそが、部隊の士気を阻喪させ、ひいては大東亜戦争の遂行に
甚大なる悪影響を与えたことに思い至らないのであろうか。

(略)

私は、小隊に割り当てられた実装石を一匹ずつ木で作った小さな小屋に入れた。
個別に収監するのは、万一とは言え謀議を諮らせないためである。
穴の開いた椅子を置き、四肢を荒縄で縛って固定する。
排泄物は椅子の穴を通り、地面に掘った穴に落ちる。

言うことをよく聞き、たくさんの仔を産めばお前だけは助けてやる。
隣の奴の声が聞こえなくなったのは、立派な仔をたくさん産んだので、
より上等な部屋に移されたのだ。
言葉の意味が伝わっているかはさておくとして、私が採った手法、
即ち実装石どもの選民意識を煽る方法は奏功した。
実装石どもは競って仔を産み、我々に滋養を提供してくれた。

実装石を調理するのも、主に私の任務であった。
持久防衛戦に備え、仔実装のうちの何割かは干物にする。
腹を捌き、内臓を取り出し、天日干しにする。
鯵の干物に似て美味なり。
小隊長などは、好んで臓物を食べた。
一種の「薬食い」で、実装石の内臓を体内に取り込めば、
自分も再生能力が身につくとお考えだった。
私自身は、仔実装の腿肉が好物だった。
まだ生きている仔実装の脚を切り取り、表面を軽く焙る。
焦げた皮膚にかぶりつくと、中から生肉が口中に飛び出す。
血抜き処理をしている余裕がなく、口の中に血の味が広がるが、
それを我慢して嚥下すれば、鬼畜米英なにするものぞ、
一億火の玉打ちてしやまん、という気概が体内に満ち溢れるのだった」

※ ※ ※ ※ ※ ※



「貴様、それでも帝國軍人か!」

仔実装を殺せなかった兵士が、小隊長に叱責される。
栄養不足のため、目が落ち窪み、頬がこけてはいるが、
その威厳にはいささかも陰りはない。
兵士は直立不動の姿勢。
強張った表情からは、いかなる罰をも受ける覚悟がうかがえた。

「隊の全員を飢えさせる気か!?」
「しかし自分にはッ、あの仔たちを殺すことはッ、できないでありますッ」
「何を言っておる、貴様はッ!」

章体調は、今にも軍刀を振りかざしかねない勢いだった。

「知っとるぞ……、貴様、こっそり実装石に日本語を教えておるだろう」
「そ、それは」

子供の頃、立派な先生にいろんなことを教わった。
恐い先生で、鉄拳制裁は当たり前だったが、人間としてどう生きるべきか、
正しい行いとはどういうことかを教わった。
その先生の影響で、兵士は戦争が終わったら故郷に戻り、
教師になろうと思っていた。
その予行演習というわけではないが、実装石に日本語を教えていたのである。

「なら、どうして実装石に聞かん?」
「はっ!?」
「奴らは密林の中で草葉や木の実を食っているんだろうが。
どうして実装石と一緒に食糧を探さんのかと言っているんだ」
「は、はいッ!」
「わかったら、早く行け」
「はい、ありがとうございます」

兵士は踵を返すと、実装石が待つ小屋へ向かった。

「よろしいんですか、小隊長」

今のやり取りを無言で聞いていた軍曹が言った。

「人間に似た姿形をしている無抵抗な生き物を、
帝國軍人が殺せる筈もないだろうが」
「しかし食糧事情が……。
実装石を殺して喰えというのが中隊命令の筈です」
「『殺して喰え』という命令は受けておらん。
『後方よりの兵站輸送は望むことができず、食糧については、
各小隊ごと、実装石を大いに活用すべし』だ。
奴らの環境適応能力こそ、見習うべきではないか」

小隊長は知っていた。
兵士たちの多くが、実装石を自分の子供のように可愛がっていたことを。
鬼の軍曹とて、例外ではなかったのである。

「それに、幸いにも我が小隊は高山密林での作戦行動を得意としている。
粗食にも、しばらくは耐えられるだろう」
「確かに、おっしゃる通りですな」

軍曹は小屋の外に視線をやった。
ここに来る前から浅黒い肌を持った兵士たちは、日に焼け、真っ黒になっていた。
次第に口にする食事が貧相になっていったが、兵士たちは不平を言うわけでなく、
いささかも士気が低下しているようにも見えなかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※

(引用続き)

「実装石を強制出産させ、その仔を食糧に充てるという計画は、
しかし予想通りにはいかなかった。
最初の親実装は、強制妊娠と強制出産の繰り返しにより、一週間ほどで全滅した。
この程度で死んでしまうとは、情けない限りである。

戦後になって知ったことだが、ある部隊では、「偽石」を体内から取り出し、
ヒロポン漬けにしたという。
そうすることで、実装石の精神は崩壊してしまうが、
精神的破滅だけは避けることができたそうである。
結果、肉体的限界に気づかずに強制妊娠と強制出産を繰り返してしまうことが
ままあったが、より効率的な運用ができたようである。

さて、いつ糧秣補給が受けられるかわからない現状にあって、
無闇に仔実装を処理してしまうわけにはいかない。
そこで私は一計を案じた。
これまで実装石は小隊単位で割り当てられていたが、
分隊ごと、一匹ずつの仔実装を割り当て、それを食糧とした。

もちろん、丸ごと食べてしまえば終わりだ。
そこで分隊の判断で、好きな時に四肢を切断して食べさせたのである。
面白いもので、分隊によって処理の仕方が異なった。
今日は右腕、明日は左腕といった具合に、毎日少しずつ食べる分隊もあれば、
一時に四肢全てを切り落としてしまい、次に再生するまで待つ分隊もあった。

仔実装には、自分の糞を与えた。
栄養は殆どないと思われるが、他に食べる物がなければ食べないわけにいかない。
以来我々は実装石のことを「糞蟲」と呼ぶようになった。

私は、仔実装の中でも比較的体が大きなものを選び、試しに出産させてみた。
仔実装から産まれたのは、さらに体の小さい、親指実装と蛆実装だった。

親指実装は、小隊長に献上した。
小隊長は大いに喜ばれ、親指実装を生きたまま口の中に入れ、
ばりばりと噛み砕いた。
口の右端からは赤、左端からは緑の血が流れ、にやりと笑われた。
非常なユーモア・センスの持ち主だと、私は感嘆した。

蛆実装は、違う方法で調理した。
麺棒になる木の枝を用意し、平らな石の上で蛆実装をひき潰す。
できるだけ薄く、広く延ばしてから、包丁で短冊状に切る。
これを茹でれば、実装うどんになる。
全員に満足な量を配給することはできなかったが、久しぶりのうどんを口にして、
内地に思いを馳せる兵士は少なくなかった。

しかし私の努力にもかかわらず、仔実装は次々と死んでいった。
このままでは部隊の存亡も危ぶまれる。
あの忌まわしい事件が起きたのは、ちょうどその頃であった」

(続く)

──────

※文中の部隊名や戦友会発行の会誌はもちろん架空のものです。

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