この作品は、旧保管庫に投稿された『サクラの実装石』を誤字・修正した物です。 続編を白保管庫に投入するに辺り、初見の方がいらっしゃと思い、再Upをさせていただきます。 ◆『サクラの実装石1』 男とその仔実装と出会ったのは、男の家の庭だった。 その仔実装は、まだ蕾のサクラの樹の下に座っていた。 仔実装は親とはぐれた仔実装で、お腹を空かせて迷い込んだのが男の家の庭だった。 仔実装は、男と目が合うと「テチ…」と力弱く媚びた。 男は仔実装を家に入れ、餌を与えた。 コンビニで買った弁当の残り。 「喰うかな・・こいつ」 仔実装は、よっぽどお腹を空かせていたのか、弁当の残りをがっつくように食べる。 「テチテチテチ!!!」 「これも喰うか」 男はコンビニの袋から、プリンを取り出した。 「テチ?」 仔実装は、プリンの容器を見て首をかしげる。 「そうか。これじゃぁわからないよな」 男はプリンの蓋をあけて、スプーンで1口分すくっては、弁当の蓋の容器に載せる。 甘いプリンの匂いにつられて、仔実装は鼻をひくひくさせるようにして、プリンの方へ歩み寄る。 「テチーーーーッ!!!テチーー!テチーー!」 よっぽどプリンを気に入ったのか仔実装は、夢中にプリンにむしゃぶりついた。 「かわいいなぁ・・」 男は仔実装を見て、そう思う。 「これ、なんて生き物なんだろう」 そう。男は実装石という生き物に関して、何の知識もなかったのだ。 男は居間の戸棚に眠っていた百科事典を持ち出しては、 プリンに食いついている仔実装の姿を見て、該当の生き物を調べていく。 目に留まった頁の項目は「実装」シリーズ。 「実装・・燈じゃないな・・・・これだ。実装石」 百科事典には、赤い目と緑の目をした緑色の服を着た生き物が、ゴミを漁っている写真が掲載されている。 実装石:実装目実装科。日本全国に広く分布し、公園などの自然がある所に好んで住む。 知能が高く、ダンボールや道具などを使って生活をする。雑食性。 こんな生き物もいたのかと訝る男。 仔実装は腹が満ちたのか、その場で寝込んでしまっている。 「しかし・・・かわいいなぁ」 男は思い立つと同時に本屋へと向かっていた。 ペットのコーナーの書籍の中で、該当の本が見つかり、レジへと向かう。 その本のタイトルは「実装石の飼い方」 「実装石の飼い方」 (『実と装』編集部 編集) ¥980 第1章.実装石を飼う 第2章.実装石の躾 第3章.実装石の教育 第4章.実装石の殖やし方 第5章.実装石の種類 第6章.虐待派と愛護派 第7章.他の実装シリーズについて 第8章.病気かと思ったら 男は、本を読みながら、実装石がどんな生き物かを学んだ。 ・人間の言葉を解する賢い生き物。 ・生命力が強く、繁殖力が旺盛であるが、外敵も多く成体になる個体は極めて少ない。 ・野生で生きる実装石は、生きるためにあらゆる知恵を振り絞り 人間社会と交わりを持つ事を選び、里に降りて来た歴史。 ・ペットとして飼うためには、人間社会のルールを厳しく躾として教える必要がある。 ・雑食性で好んで甘い物−特に金平糖−を好んで食する。 本を読み漁るに連れて、男は実装石の魅力に取り付かれていた。 「テチュ〜…テチュ〜…」 仔実装は、ティッシュペーパーの上蓋をカッターで切り取った即席のベットで寝息を立てて寝ている。 このかわいい寝相を見て、男は、この仔実装を育てようと心に決めていた。 第1章.実装石を飼う ▼実装石を飼うためには、仔実装から飼う事が基本です。 実装石は、賢い生き物ですが、自我が強く、同属や他の種族を蔑む 傾向があります。それは、飼い主に対しても同じです。 元飼い実装や躾が行き届いた成体に関しては、飼うことも可能ですが 俗に言う「糞蟲」である成体は、飼う事は非常に困難です。 初心者の方は、ペットショップで「躾済み」の個体を購入することを お勧めします。躾済みの個体は、生活に欠かせない食事や排便などの ルールを既に学んでいることが多いため、躾もスムーズに行えます。 仮に躾が施されていない仔実装を飼うことになった場合は、2章で 紹介されている躾を施すことが必要です。 多くの実装石は、「糞蟲」と呼ばれる種ですが、然るべき躾を施せば どんな実装石でも、簡単な手伝いまでするようになります。 「躾が大事・・・と言うことか」 テチィ♪テチィ♪と仔実装は、男のそばでペットボトルの蓋で遊んでいる。 躾が大事なことは男も理解していた。 既にこの仔実装は、排便を簡易ベットの中でしていた。 それも、彼女がつけていたパンツの中でである。 本の中には、野生の実装石は、下着をおろさないで排便をすると 下着が汚れてしまう事を親実装から教わる、と書いてある。 その行為をしないという事は、彼女はその躾を受けないまま 親実装とはぐれ、男の庭に迷い込んだということだろうか。 「おまえ、母さんはどうしたんだ」 「テチィ?」 「母さんだよ、お・か・あ・さ・ん」 「テチュ〜ン♪」 仔実装は遊んでくれていると勘違いし、テチューテチューと喜んで両手を挙げている。 「う〜ん・・・」 男は頁をめくる。 第2章.実装石の躾 ▼実装石は賢い種です。 人間の子供と違い、言語体系は生まれながらに理解をしています。 これは厳しい自然環境で生き残るために備わった実装石の能力と言われています。 躾を行うには、コミュニケーションを通して、何が良くて、何が駄目なのか 諭しながら行うことが肝要です。 躾を行うためには、まず以下の道具を用意しましょう。 ○実装リンガル:コミュニケーションを取るためには必要な道具です。 最近は、躾用リンガルなども販売れているようですが 用途にあったリンガル選びは、よくペットショップの店員と 相談を行ったうえでご購入ください。 ○金平糖 :仔実装は、甘い物が大好きです。 躾がうまくいった時、お手伝いなどが成功した時など 惜しみなく与えてください。 ○針、蝿叩き :躾には鞭も必要です。リンガルで諭すだけで理解する賢い種も いますが、大部分の種は、リンガルで諭しただけでは、ルールを 学ぶ事はできません。そういった場合は、痛みを与えることが 有効です。蛆、親指、仔実装には針、成体には蝿叩きなどの 道具を使います。 躾を繰り返して行く内に、実装石達は、飼い主が躾用の道具を 取り出しただけで、先ほどの行為を「やってはいけない事」と 理解するようになります。 男は、ペットショップで「実装リンガル」「実装用フード」「実装用金平糖」を購入した。 ペットショップの店員からは、仔実装のうちに人間の食べ物でなく 実装フードに慣らせておく事が大事と教えてくれた。 仔実装の頃から、人間が食する濃い味付けの食事を与えると、成体になると実装フード などの餌を受け付けなくなるという。 男が帰ると、仔実装は「テチッテッチィィィ!」と鳴いている。 「そうだ、実装リンガル」 男は、買ってきた実装リンガルを封からあける。 男の周りでは、相変わらず仔実装が「テチチー!チィー!」と騒いでいる。 電池を入れて、男は実装リンガルをONにする。 少し興奮しながら、リンガルの液晶を覗き込んだ。 『ニンゲンッ! お腹が減ったテチ! この可愛いワタチに早く食事を用意するテチ!!』 「・・・・・・」 もっと可愛らしく食事を要求していると思っていた男は、少し肩を落とす。 しかし、仔実装が言う事だ。男は気を取り直して、ペットショップで購入した 実装フードを開けて、それを数粒皿に盛り、仔実装の前に置く。 仔実装は、鼻をクンクンさせながら、両手で実装フードを掴んだ。 『何デチか、コレは…』 口にして、子実装はそれを吐き出した。 『パスパスしてマズイテチュ! 昨日食べたあの柔らかいのを持ってくるテチ-!』 そういって、仔実装は、両手で実装フードを男の顔に投げつけて来る。 「ごめんな。今、プリンはないんだよ」 『プリンを持ってくるテチ! 持ってくるテチ!』 その場で仰向けになり、両手両足をバタつかせる仔実装。 男が途方に暮れていると、チラと顔色を伺った後、さらに「テッチー!テチテチー!」と騒ぎ立てる。 そのうち、洗ったばかりのパンツの上から排便をし始め、抗議を始めた。 「こういう時に躾をするのかなぁ」 男は、「実装石の飼い方」の頁をめくる。 第2章.実装石の躾 ▼躾をしよう。 躾をする時は、タイミングが大事です。 タイミングを逸した場合、実装石は、何故痛い目に合うのか理解できません。 タイミングを逸した躾を受けた実装石は、理不尽に受ける痛みに対して 怒りを覚え、逆に飼い主を怨む傾向になります。 躾をする場合は、次の手順を間違えないようにして下さい。 ①ルールを理解させる。 体罰を与える前に、必ず実装リンガルで、実装石が行った行為に対して やってはいけない事を理解させてやって下さい。 いきなり体罰を与えた場合は、冒頭で書いた通り、理不尽な体罰に対して 飼い主にますます怒りを感じる事になります。 ②体罰を与える 多くの実装石は、①で諭した内容を理解しません。 そういうタイミングで、躾を行いましょう。 実装石は、回復力が高い種であるため、腕をちぎるなど行為も可能ですが 最初は、針で手足をつつく程度の躾で大丈夫です。 躾けたにも関わらず、同じ過ちを繰り返すようであれば、痛みを強める事 が必要ですが、賢い種であれば、数回の躾でルールを理解して行きます。 男は針の代わりに爪楊枝を取り出して、躾に取り掛かった。 「ご飯はコレ。昨日のアレは特別なんだ。コレを食べなさい」 『イヤデチー! プリンを持ってこいテチー!』 「言うことを聞きなさいっ!」 男は少し強めの口調でリンガル経由で話しかけ、子実装の右手を掴んで そこに爪楊枝を突き立てる。 「テェ!? デチャア!」 初めて感じる痛み。昨日やさしかった人間が自分に痛みを与えることが理解できない仔実装。 「食べなさい」 仔実装は、その始めて体感する痛みに恐怖し、涎と涙を流し、歯をむき出しにして カチカチカチカチと歯を鳴らしながら、糞を漏らしている。 男は、もう1度「食べなさい。でないと、もうご飯は抜きだよ」 と言って、今度は左手を掴み、同様に爪楊枝を突き立てた。 「テェェン!テェエエン!」 仔実装は、何故痛い事をされるのか理解できず、泣き叫ぶばかり。 実装リンガルのは、「痛いテチュー!痛いテチュー!」と繰り出されて表示されるのみ。 「食べるまでそこで反省していなさい」 そう言って、男は心を鬼にしながら、そこを立ち去った。 残された仔実装は、実装フードを血まみれの両手で抱えて 「テェエエエエエン!テェエエエエエン!」 と泣きじゃくっていた。 30分後、テチュンテチュンと泣きながらも、空腹に耐え切れず実装フードを 平らげた仔実装を見て、男は近寄る。 男の姿を確認するや否や、仔実装は先ほどの痛みを思い出し、恐怖でその場から逃げ始めた。 「デ デチチー!!」 簡易ベットの隅へ逃げ込み、ガチガチと震えながら尿を漏らしていた。 第2章.実装石の躾 ▼躾をしよう。 ③褒める。 躾の後、うまくルールを守った時は、惜しみなく褒めてあげましょう。 ルールを守った事が正しいことを理解すれば、躾は完成です。 「よく頑張って食べたね。よくやったよ」 男は震える仔実装の頭を指でなでてあげる。 『テチ? 痛いことはしないテチか?』 何か知らないけど、やさしいニンゲンにもどったテチ。やったテチ。 早くあの甘いプリンを持ってくるテチ。 浅はかな仔実装は、その考えを口に出した途端、次に左足に痛みが走る。 「デヂュアアアアアア!!!!」 仔実装は、何となく人間が、何に対して怒っているのを理解した。 どうやら、プリンという食べ物を要求したのが、人間を怒らせている理由らしい。 痛いの嫌だ。ここでの生活は、人間を怒らせてはいけない。 「テチ!テチテチテチテチテチテチテチテチテチ…」 実装リンガルには「ごめんなさいテチ、ごめんなさいテチ」と繰り返されていた。 「おやつは1日1回。いいね」 「テェエエエエエン!テェエエエエエン!」 男は、泣き喚く仔実装を抱き上げて、パチンコ球を両手に渡してあげた。 「テ?」 「ほら、遊んでやるよ。ほら転がしてごらん」 「テチュテチュ」 男は愛娘を躾けるように、賢い実装石に育ってくれるように、愛を注いでいった。 男は、この仔実装に『サクラ』という名前を与えた。 サクラは、賢い個体ではなかった。いわゆる『糞蟲』の部類であった。 男は何度も躾けるが、サクラは何度もルールを破った。 「トイレは洗面所の砂場ですること。ここでしちゃ駄目だよ」 『イヤデチュ-! 早くパンツを綺麗にするテチュ! ニンゲン!』 縫い針を取り出しては、仔実装に見せ付ける。 縫い針を見た途端、仔実装は歯をガタガタ鳴らし始める。 「トイレは砂場で」 『ハ…ハイテチュ』 サクラはパンツを押えながら、糞が地面にこぼれないように洗面所に向かう。 これだけでも、うまく躾けられた方であるが、ペットとして暮らすにはまだまだである。 「ニンゲンじゃない。ご主人様だ」 『ご主人様・・それがニンゲンの名前テチュか』 駄目だ。理解していない。 ご主人様という概念を理解させるためには、どうすればいいのだろうか。 ある時期を過ぎると、縫い針ぐらいでは、躾がうまくいかなくなった。 サクラも縫い針は怖いが、数分もすれば痛みも取れる。その時我慢すればいい。 そう思う始めたのだ。 男もサクラがそう思っている事を感じ始めたので、再び「実装石の飼い方」を熟読した。 第2章.実装石の躾 ▼躾の段階 前項の②で説明したとおり、痛みを強めることが必要な段階があります。 注意することは、この行為は、虐待とは異なります。 実装石の生活に支障を来さない程度の痛みを選んで与えるようにして下さい。 レベル1)針、爪楊枝 躾の初期に使いましょう。手や足、臀部など、回復が早い場所を選んで 挿します。効果がない場合は、目などを突くことも有効です。 レベル2)デコピン、蝿叩き 針に比べて、実装石に与えるインパクトが強いため、躾には有効です。 仔実装に実施するときは、力を弱めて実施するようにしてください。 成体に関しては、蝿叩きで頬や臀部などを叩くことが有効です。 レベル1)の針よりも、長く痛みが続くため、躾としては有効な手段です。 レベル3)お灸、 火を使うことは、躾には厳禁です。実装石は、火に対する回復力が弱く 傷口などを焼かれると、その部分の細胞は死滅するため、回復ができなく なります。そのため、火を使った躾は長くタブーとされていました。 しかし、火を極力使わないお灸などは、長く熱さが続くため、レベル1 〜2)の比べて、躾の体罰としては、非常に有効な手段です。 注意すべきは、百草(もぐさ)などを使わず、火が直接触れないタイプ の貼るタイプのお灸を使うようにしましょう。 レベル4)手足の破損 実装石の回復力は、冒頭でも述べましたが、手足をひねる骨折などは 一晩、引きちぎった場合でも、栄養を与えれば2〜3日で回復します。 これは、躾の部類では、最上級の痛みの部類になります。 よほどの覚えの悪い実装石以外には、決して実施しないでください。 偽石にかかるストレスの強さもさることながら、飼い主自身に与える ショックも非常に強いからです。 注意)実装石の髪や服を奪う行為は、躾でなく虐待に部類されますので 決して、行わないようにしてください。 食事は1日3回。おやつは1日1回。 しかし、サクラは、時間以外に餌を要求する。 「餌は、あの針が7と12と2回目の7の時だけ。わかった?」 時計を指差して、男は言う。 しかし、仔実装は食欲旺盛だ。 しかし、家で飼うならば、人間のルールに従わないといけない。 男はサクラが時間以外に餌を要求する時には、心では泣きながらデコピンを放った。 パシンッ!! 「テチァ!! テェエエエエエン!」 「泣くな」 「テェェン!テェエエン!」 2回目のデコピン。パシンッ!! 「デヂュアアアアアア!!!!」 「うるさい」 3回目のデコピン。パシンッ!! 「テェエ……テェェ……」 「そう。この家では、時間以外ではご飯はなし。あと大きな声で泣くのも禁止」 「テェエ……(コクン)」 デコピンは、針よりも強烈で、サクラはデコピンを恐れた。 しかし、サクラは男を恐れる以上に、男の優しさも感じていた。 この人間は痛い事をするときは怖いけど、それ以外はやさしい。 そう。まるでママみたいだ。 ママの言うことを聞いていれば、痛い事はない。 そうだ。ママに痛い事はされたくない! ある日、サクラは、与えられた実装フードを食べ散らかす。 男はそれに気付いて、デコピンの構えをする。 「テチュー」 デコピンの構えに気付いたサクラは、体を震わせながら小さく泣いた。 男はいつもの通り、デコピンを放とうとするが、実装リンガルの表示を見て その手を止めてしまう。 『ママ…ごめんなさいテチュ ママ…ごめんなさいテチュ… ママァ…』 何度も、何度も「ご主人様」と覚えさせても「ニンゲン」と呼んでいたサクラだったが ある境に、男のことを「ママ」と呼ぶようになったのだ。 「実装石の飼い方」には、「ご主人様」と呼ばすようにと書いている。 しかし、男は「ご主人様」と形だけ呼ばせることに抵抗があった。 「ご主人様」という意味を理解し、呼んでくれるのならいいのだが、 形だけ「ご主人様」と呼ばせるのは、果たしてサクラにとっていい事なのだろうか。 しかし、「ママ」と自発的に呼んでくれたにサクラに、男は感動を覚えた。 形だけ「ご主人様」と呼ばれるに比べて、何倍も嬉しい。男は本当に嬉しかった。 男はデコピンを軽くだけ行い、「ご飯は散らかさない」と注意した後 その日は、いつも以上に一緒に遊んでやった。 ◆『サクラの実装石2』 「食事」「排泄」を覚えた頃には、サクラも仔実装から中実装ぐらいに成長していた。 身長で言えば、男の庭に来た頃は15cm程度であったが、今は30cmは超えていた。 身長が伸びると移動も早い。サクラは今まで動かせなかった引き戸を開ける事が できるし、階段などの上り下りもできるようになっていた。 『ママー、これは何テチ?』 成長とともに変わる視線の高さに、今まで目に映らなかった風景に興味を持ちだす。 子供がいれば、こんな感じだろうな、とはにかみながら、サクラの質問に男は答える。 「これは冷蔵庫」 『何をするものテチ?』 「これは食べ物を保存する箱」 『ここは何テチ?』 「ここはお風呂場。体を綺麗にするところ」 この頃になると、躾をする機会も極端に減ってきた。 30cmも超えると、食べる量も増えてくる。排泄量も多くなってくる。 男は「実装石の飼い方」にある新たなステージに挑もうとしていた。 第3章.実装石の教育 ▼自分の事は自分でやらせる 体格も大きくなって来た時には、実装石も色々な事が出来始めます。 道具を持つ、扉を開ける、蛇口をひねる、様々です。 最低限、次のことを自分でやらせるようにすれば、飼い主の手間も省けます。 ①食事の準備 これは仔実装の頃から、食事の時間を厳密に躾けた実装石だけに出来る教育です。 ほとんどの実装石は、食事が保管されている場所を知ると、時間に関わらず 本能のままに喰い散らかします。 厳しく食事の時間を守らせる躾ができた実装石だけ、この教育を実施しましょう。 食事の準備の教育をされた実装石は、食事の時間になると、自立的に飼い主の 元へ訪れ、食事の準備をしてよいかの伺いを立てます。 食事の許しを得た実装石は、自らの手で皿、実装フードの準備に取り掛かり、 決められた場所に座って、飼い主を待ちます。 賢い種類は、餌を目の前にしても、じっと飼い主の許しを出るまで待ち続けるのです。 ②排便の処理 体が大きくなると排便の量も多くなり、夏場などは非常に匂います。 実装石はもともと体臭の強い種であり、最近の実装フードは、排便の匂いを抑える 物もありますが、便も相当匂いがきついものとなります。 賢い種に、排便の処理を教育させれば、排便後、自らの手で紙袋などに排泄物を 割り箸などで掴んで捨てさせることが可能です。 ③下着の洗濯 排便を躾けた実装石でも、下着は何日もすると汚れてきます。 実装石は、清潔を好む動物です。野良実装石でも、賢い種であれば、公園の噴水 などで、自らの下着を洗濯する光景は、よく見られるでしょう。 家庭内では、もちろん噴水などはありませんので、浴室などで洗面器に水を張る 手順を教えてやり、洗濯をすることを教育しましょう。 室内では、乾くのも遅いので、実装石用の下着の干し場所と替えの下着の場所を 教育すれば、飼い主の手を煩わせずに、自ら下着を交換するようになります。 ④玩具の片付け 実装石は玩具の類が大好きです。 玩具の時間が過ぎたら、玩具の片付けは自らの手で行わせるように教育をしましょう。 「片付ける」という行為を覚えた実装石は、部屋の掃除や食事の後片付けなど 様々な事を学ぶようになります。 「サクラ、玩具で遊ぼうか」 「テチ?テチューッ!!テチューッ!!」 今日は玩具の日じゃないけど、ママのお許しが出た! 玩具で遊べる!ママと一緒に遊べるっ!!! そんなサクラは大喜び。サクラは男のズボンを掴み、居間へと男を引っ張る。 サクラは、車の玩具が大好きだった。外で走っている車は怖い。 小さい頃、近くで走ってきた車にトラウマを持っていた。 しかし、ママから貰った小さな車。サクラが跨ることもできる。あの怖い車に! そして、ママはサクラが跨った車を動かしてくれる。すごいスピードで。右に。左に。 サクラは、その遊びを大好きで、それを想像するだけで体が震えてくるのだ。 男は、サクラと丸一時間ほど遊んでやった。 遊び終わったサクラも肩で息をしながら、満足しているようだ。 「サクラ。遊んだ玩具を元の場所に片付けて」 『テチー? 片付けるテチ?』 片手を口元に沿え、首をかしげるサクラ。 「ほら、使った車を元の場所、この箱に入れるの」 男が車を手にしたのを見て、サクラはもう1度遊んでくれるのかと勘違いし 「テチュー! テチュー!」と男の腕にまとわりつく。 「違うの、サクラ。片付けるの」 「テチュー! テチュー!」 パシンッ! 軽いビンタ。大きくなったサクラには、デコピンなどの躾は弱すぎるのだ。 男はサクラの右頬を打った。それも最小限の力で。サクラに気付いて貰うために。 やさしく。傷つかないように。愛をこめて。打った。 「テァ… ヂュアア…デェエエエエエエエエエエエンッ!」 サクラは大粒の涙を流して、口を大きく上げ、上を向いて泣いた。 今までの躾もあって、サクラは決して大声で泣くこともなかった。 しかし、今はそのルールも破って泣いた。楽しい時間から一気に落とされたからだ。 『片付けるって何テチか! ママ! もっと一杯遊んでテチ! 遊んでテチ!』 躾ける時は、タイミングが大事である。 これからも、もっと一杯教育をしないといけない。 その度に甘さを見せることは、飼い実装石として、これから生きていくサクラに とっても、ためにならないことだ。 男は、涙を浮かべながら、立ち上がり、箪笥の中からある物を取り出した。 「千年灸」と呼ばれる凸型の形をしたお灸だ。 凸型の先頭に火をつけるタイプのお灸で、火が直接肌に触れる事はない。 「サクラ。片づけをしなさい」 「テッスン…テッスン…テッチー!テチテチー!」 ふぅ・・と男はため息をつくと、サクラの頭の頭巾を下ろした。 サクラの頭皮がむき出しになっているところに、千年灸のシールを剥がし 頭に貼り付ける。 「テチッテッチィィィ!」 嫌がるサクラを押さえつけて、火をつける。 極力サクラに、直接火が見えないように注意をした。 「テェエエエエエン!テェエエエエエン!…テェェ?」 すっかり痛い事をされるかと思っていたサクラは、全然痛くないことに気付く。 ママは怒ってない。もう許してくれた!ママ!もっと遊んで! 頭巾をとられ、頭に凸型のお灸をつけたままのサクラは、再び男の腕を引っ張り 遊ぼうとせがむ。 「駄目。もう終わりなの。玩具を片付けて」 「テチュー!テチュー!」 火が百草(もぐさ)の1/3ほどを焼き尽くした時、サクラは頭部に微かな熱さを感じた。 「テァ!!」 両手を頭の上に伸ばすが、実装石の体格の構造上、両手が頭の上に届くことはない。 熱さは徐々に本格的になる。 「片付けなさい」 「テチッテッチィィィ!!!」 熱さのため、立っていられなくなり、その場にうずくまるサクラ。 しかし千年灸は、ぴったりとサクラの頭部に固定されているため、どのような姿勢を 取ろうとも、熱さは満遍なくサクラの頭部を襲うのだ。 泣き喚きながら、顔をかきむしるサクラ。 「片付けなさい」 「テチァ…テチァ…テチァァァァァ!!」 辛うじて、玩具の積み木や車を手に取り、元の場所へ運ぼうとするが 熱さのため玩具を放り出してしまう。 「放っちゃだめでしょ!片付けなさい」 『ごめんさいテチ!! ごめんささいテチ!! 片付けるテチ!! 片付けるテチ!! ママァ!! 許してテチ!! 許してテチ!!』 両手両足をバタつかせながら、パンコン状態で両目から血の涙を流すサクラ。 口から泡が吹き出ている。お灸は、まだまだ1/2を過ぎたところだ。 「片付ける?」 『片付けるテチ!! 片付けるテチ!!』 「じゃぁ片付けなさい」 「デヂュアアアアアア!!!!」と叫びながら、サクラは這いずり回り、車に手をかけたところで 失禁しながら気を失った。 男は急いで頭に張り付いたお灸を取って、サクラの頭を確認する。 赤くはなっているが、火ぶくれのような火傷までは至っていない事を確認すると 安堵のため息を漏らす。 それ以降、サクラは玩具の日の後は、進んで片付けるようになった。 お灸はサクラにとって、恐怖の対象となった。 「お灸するよ」 と、言っただけでサクラは涙を浮かべ、男の言う事を聞いた。 「トイレの後は、ちゃんとお尻を拭くの」 緑色に染みた下着のまま、居間にあがろうとしているサクラに言う。 「お灸するよ」 「テチァ!!」 サクラは急いで洗面所に戻り、ティッシュを取り出して、自分の股間を拭く。 『キレイになったテチー』 緑色の糞のついたティッシュを持ったまま、居間の戻ってくるサクラ。 「拭いた後のティッシュは、ここに入れるの。何度言ったらわかるの」 『テチュー! ママー! 抱っこテチー!』 サクラは、賢い実装石ではない。むしろ糞蟲に近い個体だ。 覚えた事はすぐ忘れる。何度も躾けるが、それも忘れる。 本人は気をつけているのだが、どうしても本能に勝てないのだ。 自分はやはり実装石を飼うことに関しては、初心者なのだろうか。 嗚呼、サクラはかわいい。サクラと今後一緒に住みたい。 だからサクラには飼い実装石としてのルールを学んで貰わないと駄目だ。 男は藁にもすがる思いで「実装石の飼い方」を読み返す。 そして、男はある章を見つけた。それは「親離れ」という項。 第3章.実装石の教育 ▼親離れ 仔実装から中実装、そして成体になる過程で、必ず必要なのが親離れです。 野生の実装石は、単体で生き残れる体力がついた仔実装から離れていきます。 多くは、仔実装を巣に残したまま、その土地を離れます。 残された仔実装は、そのまま死んでいくケースが多いですが、一部の仔実装は 自立をした上で逞しく生きて行きます。 実装石をペットとして飼う過程で必要なのが、この「親離れ」行為です。 食事や寝床を与えてくれる仔実装にとって、飼い主はまさしく親です。 親がいる限り、食事の準備や排泄の始末などしてくれるのは当たり前と 仔実装は思い込んでしまいます。その依存してくる愛をきっぱりと 断ち切るのも飼い主としての務めです。 その過程を経て、仔実装は自立しなければならない事を知ります。 食事の準備、洗濯、入浴、就寝の準備など、自らの手で行えるようになれば 立派な住居人として、実装石を家族に迎え入れることができるのです。 具体的な「親離れ」の手法として、然るべき教育を行った後 1)食事の準備をしない、2)一緒に入浴をしない、 3)過度な遊びをしない 4)一緒の部屋で就寝しない などがあります。 少なくとも1週間、それを遵守し、仔実装が自立することを願いましょう。 男は翌日からサクラに「親離れ」をすることを決めた。 せめて今日だけはと、サクラを布団に招きいれ、一緒に眠った。 次の日 男の朝の日課は、サクラを起こすことだった。 しかし、男は眠るサクラをそのままに、部屋を出る。 顔を洗い、髭をあて、髪を梳く。珈琲を入れ、新聞を広げ、焼いたパンを口に運ぶ。 いつもなら、サクラが食卓の上で、実装フードを食い散らかしては、男に怒られている はずだった。 サクラは、階下でする物音で目が覚めた。 「チ…?」 いつもならママが起こしてくれるけど、今日はママが起こしに来ない。 ママは寝坊助さんテチ。起こしにこないママが悪いテチ。もっと寝るテチ。 男は朝食を追え、普段着に着替えた後、サクラをそのままに家を出る。 別に用事があるわけではない。サクラを自立させるための教育の一環である。 しばらく家を空け、一人でいることを実感させるためだ。 男は目的もなく歩みを進め、近所のコンビ二に入った。 雑誌を立ち読みし、飽きたので煙草を買ってコンビニを出た。 ふと見るとコンビニの駐車場の近くには、託児を狙った親実装石の姿がある。 「いるんだな・・やっぱり」 男には野良実装石を見るのも初めてだ。 こんな生き物がいたことすら、サクラに出会うまで知らなかったのだ。 よく見れば、近くの公園にも、実装石がうろついている。 男は、実装石という存在に興味がなかったため、敢えてそれを知ろうとしなかった。 おそらく今まで視界に入っても、不細工な犬や猫程度にしか思っていなかったのだろう。 公園へ出歩くと、デスデスと歩く親実装の姿。その後ろにテチテチと鳴きながらついて行く仔実装。 薄汚い姿だが、愛くるしい姿だと、男は思う。 でも、うちのサクラの方がかわいいな。 それは、親の欲目。 男は、コンビニに戻り、金平糖を買って、駐車場と公園の実装石に金平糖を与えてみたりした。 丁度その頃、サクラは目覚めた。 『ママ…? どこテチ?』 ベットから降りて部屋から出る。 テチーと鳴いても、階段の下からは何も聞こえてこない。 一段一段、器用に階段を降り、台所へと向かう。 この時間なら、ママがご飯を用意してくれている時間だ。 「テチー」 呼んでも返事がない。男は既に家を出た後だった。 ぐぅ〜。サクラのお腹が鳴る。いつもなら、既に朝食を食べ終えている時間だ。 「テチーーーーッ! テチーーーーッ!」 いない。ママがいない。どこにいるテチ、ママ。ママァ!! サクラはこの家に来てから、ほぼ毎日24時間、男のそばを離れていない。 その男がいない。それは、サクラにとって恐怖そのものでしかなかった。 「テチーーーーッ!テチーーーーッ!テチィィィィィーーーーッ!!!」 ・・・・・・ ほんの10秒ほど鳴き止んだ。その間、ママが返事を返してくれるのを期待して鳴き止んだのだ。 そして、何も返事のない10秒が過ぎた後、サクラは大声でテスンテスンと大粒の涙を流して 泣き始め、台所の中を駆け始めた。 居間の扉の方向へ向かい、ぺしんぺしんと居間の扉を叩く。だかママの返事はない。 台所に漂う糞の匂い。既にパンコン状態だ。 便所以外では、排便をしてはいけないと、厳しく躾けられてからは、 サクラは、ほとんどそのルールを守っていた。 しかし、今はルールどころではない。 糞が溜まったパンツの状態で、次は玄関の方向へ泣き叫びながら駆ける。 そんな状態で走ると、パンツの裾から糞がこぼれるのは仕方がない。 緑の染みを床に残しながら、玄関に向かい、ぺしんぺしんと玄関の扉を叩くが、ママの返事はない。 「テェェーーーーーン!テェエエーーーーーン!」 ママ・・どこにいるテチ・・・私を捨てたの? 怖いテチ、ママ!一人は嫌テチ! 男は昼食をコンビニ弁当で済ませた。 昼食を取っていると野良実装石親子が2〜3組、男が座るベンチに近寄り、媚を売ってくる。 実装リンガルを忘れてきたため、何を話しているのか分からなかったが 餌を求めているだろうことは理解できた。 男は、弁当の残りを実装石親子に分け与えると、親子達はその場で、その餌を仔実装に 与え始めた。 それを見て、男は家に残したサクラを思い出す。 これくらいの大きさであれば、母親の庇護が必要である。 しかし、サクラは中実装ぐらいの大きさ。あと1ヶ月もしないうちに成体となるだろう。 親離れを計画的に行わないと、きっと成体になっても、男に全てを頼ることになるだろう。 この野良仔実装も、あと数ヶ月もしないうちに、親元から離れ、自立して生活して行くに違いない。 男は、時計を見て、煙草を少しふかした後、家路へと向かった。 男はサクラが実装フードを自ら用意し、自ら食事の準備をして、食事を終えていることを期待した。 食事の準備の仕方は、何回も教えている。 実装フードの場所は、中実装となったサクラでも開けることのできる戸棚の中にある。 皿の場所も知っている。 大丈夫。あの仔は賢くはないが、しっかりと躾を続ければ、飼い実装として立派に生きていけるはずだ。 そう思い、急ぎ足で家への向かう。 サクラは糞溜まりの中でちょこんと座ったまま 「ピァァァァ…ピァァァァ…」 と、大きな息を繰り返していた。人で言えば過呼吸状態。 目は瞳孔が開き、口から涎が垂れている。 その時、玄関の方から物音が聞こえた。 サクラの瞳孔が瞬時に焦点が合う。ママッ!ママッ!ママッ!ママッ! ピンポーン♪ 「ヂャアアアアアア!!」 涙、鼻水、涎、糞、小便、吐瀉物の塊と化し、サクラは玄関の扉にぶつかる。 ぺしん、ぺしん、ぺしん、ぺしん、ぺしん、ぺしん ママァァァァァ!!!! ここテチィィィィーーー!!! ワタチはここテチィィィィィーーー!!! ママァーーーーッ!!!! 「すみませーん。郵便でーす」 これは、サクラにとって実に間が悪かった。 玄関に現れたのは、「実装ヤマト」の宅急便のお兄さんだった。 この時点では、男はまだ公園で野良実装相手に弁当の残りを与えていた時だったのだ。 サクラは、ママが帰って来たと思い、安堵の叫び声をあげる。 ごめんなさい!もう我侭は言わないテチ!玩具の日も我慢するテチ! プリンも欲しがらないテチ!便所も自分でするテチ! だから・・だから・・・・ママぁ、戻って来てテチィィ!! 「テチーテチー」という声が玄関の扉の向こうからする。 宅配便の男は、ベルを繰り返し押すが、玄関からは実装石の声しかしない。 留守時の宅配で、ベルに反応して、室内犬や実装石が叫ぶ事は、日常茶飯事の事だ。 「留守か・・・また来るかな」 そう呟き、宅配便の男は玄関から去っていく。 遠ざかる足音は、サクラにとって、希望が去っていく足音のように聞こえた。 ママァ!行かないで!(ぺしん、ぺしん) 糞まみれの手で、扉を叩く。 ワタチはここテチィ!(ぺしん、ぺしん) 糞が玄関の扉にこびり付き、それが跳ねる。 両手が痛くなった頃で、サクラはその場に座り込んだ。 そして、大きく息を吸い、 「デチチーーーーーーーーーーッ!!」 と大音量で鳴いたかと思うと、いきなり四つん這いになり、玄関の石畳に自らの頭を ぶつけ始めた。 「デデェェェェェ!」 ごつん、ごつん、ごつん、ごつん、ごつん、ごつん ごつん、ごつん、ごつん、ごつん、ごつん、ごつん、ごつん! 「デェー、デェー、デェ……」 13回、頭をたたき付けた後、そのままの状態でサクラは気絶した。 男が家に戻った時、まず目にしたのはこのサクラの状態だった。 男は頭を掻き毟りながら、「実装石の飼い方」の項目を思い出す。 第3章.実装石の教育 ▼親離れ 仔実装石の親離れには、留守番をさせることも有効です。 始めは、数時間から始め、半日、1日、2日、3日と延ばしてください。 最初は、飼い主がいないことに不安を覚え、家の中を荒らしたり パンコンを繰り返すかもしれません。 その後、仔実装石にやさしく接してしまうと、「親離れ」になりません。 敢えて、留守番の後は「無視」に徹してください。 荒らした後の片付けの指示や、食事、入浴、就寝の指示を与えてはいけません。 すべて自立的に行えるように、暖かく見守りましょう。 男は玄関で気絶しているサクラをそのままに台所へ行く。 台所に入った時にまず目に入ったのは、台所の中央の大きな糞溜まりと匂いだ。 居間の扉から壁中に、丁度サクラの身長ぐらいのところに糞の手形がある。 男はくしゃくしゃと頭を掻きながら、糞溜まりを乗り越え、居間へと向かい テレビを見始めた。 サクラは居間から流れるテレビの音量で目が覚めた。 ママっ・・帰って来てるテスか! サクラは、急ぎ居間へと走る。 しかし、強烈にパンコン状態である彼女は、うまく走ることができない。 走るたびに糞が漏れる。こける。糞を頭からかぶる。糞がついた手でそれをぬぐう。 また糞がつく。走る。こける。糞をかぶる。それの繰り返しだ。 サクラが居間についた時には、サクラは糞の塊と化していた。 その状態で、綺麗な居間に、ずがずかと入る糞サクラ。 居た!ママだ!ママが帰ってきた!ママぁ!ママぁ!! 「テチュテチュ!!」と喜び勇み、男の駆け寄る糞サクラ。 その姿を見て、男は眉をしかめる。その表情に糞サクラは気がつかない。 「テチューーーー♪」 糞サクラは、男の足に飛びつくが、男は座ったまま足を組み替えて、その突撃を避けた。 糞サクラは、頭から絨毯に突っ込み、何が起こったかわからない顔をしていた。 「・・・・・」 男は無言で立ち上がり、台所へと向かった。 「テチュテチュ!!」 糞サクラは、両手をバタつかせながら、男の後を追いかける。 男は台所から洗面所へ向かい、雑巾を取り出し、台所の糞の処理をし始めた。 「テチューー!テチューー!」 台所に糞サクラがたどり着いた時には、男は掃除に取り掛かるところだった。 その男の足に顔を埋める糞サクラ。 濃厚な糞が男のズボンに染み込んだ。 そんなことは、お構いなしに、顔を刷り込む糞サクラ。 その姿を男は無言で見ながら、片手で跳ね除ける。 糞サクラは、??という顔をして、もう1度、男に擦り寄ってくる。 跳ね除ける。擦り寄る。跳ね除ける。擦り寄る。跳ね除ける。 そのうち、サクラは涙を両目に溜め、大声で泣き始めた。 「テェ……テェエエエエエン!テェエエエエエン!」 男は無言で糞を掃除する。10分ぐらい経った後、サクラは自ら台所へ向かい サクラ用の雑巾を持ち出し、壁を拭き始めた。 「テスン!…テスン!」 サクラが自立的に掃除を始めたのを見て、男は居間へと戻った。 サクラは掃除を繰り返すが、自らが糞まみれ状態なので、掃除をせど掃除をせど 糞が再び壁や床につくのが理解できない。 せっせと頑張るが、一向に糞が綺麗にならない。 30分、1時間と掃除を進めるが、台所はもっと汚くなるいっぽうであった。 たまりかねて、男はサクラに言葉をかける。 「サクラ、先に風呂に入りなさい」 今まで声すらかけてくれなかったママが声をかけてくれて、サクラの頬に歓喜の色が走る。 「テチューーーー♪」 「お風呂に入ってから、掃除をしなさい」 お風呂という単語を聞いて、サクラは喜び風呂場へと向かった。 ふぅ〜とため息をついて、居間に戻ろうとするが、風呂場から「テチーテチー」という声が響く。 男は無視を決め込み、居間に戻ると、風呂場から、裸のままのサクラが涙を流しながら 居間に向かって走り込んで来た。 「テチー!!テチー!!」 男はリンガルの液晶を見る。 『ママッ! 一緒に入るテチ! ママと一緒に入るテチ!』 男はサクラを掴んで風呂場に連れて行く。 サクラは一緒に入ってくれるものと思い込み、テチー!テチー!と喜びの声を上げる。 男はサクラを風呂場の脱衣所に下ろし、リンガルで言った。 「一人で風呂に入りなさい」 『イヤテチー! ママと一緒に入るテチー!』 「一人で入りなさい」 『ママに髪の毛アワアワして貰いたいテチー!』 「一人でしなさい」 「テェ……テェェン!テェエエン!」 ここで負けてしまうと「親離れ」にならない。 男は涙を飲みながら、ポケットにしまっていたあるものを出す。 千年灸だ。それを見た途端、サクラは恐怖に駆られ、ブリブリプリリィィとその場に糞を漏らしてしまった。 男はシールを剥がし、腰を抜かし後ずさりするサクラの頭を掴んで、千年灸を貼り付けた。 「デヂュアアアアアア!!!!」 火をつけていないので、熱いはずはない。 熱いはずはないのだが、頭に貼られた感覚が、あの時の恐怖を思い出させるのだ。 「デビベデチベピァァァァピァァァァ…」 サクラは半狂乱になり、熱くないのに顔を両手で掻きまくる。 目から涙を流し、歯をカチカチと鳴らし、さらに糞尿を漏らす。 「お風呂に入りなさい」 「デチャアアア………」 「お風呂に入って、パンツも服も一緒に洗って綺麗にしなさい」 「デチャア…」 サクラは一人で立とうとしない。 「でないと、火。つけるよ」 「テェ!? テェェ……」 サクラは頭に凸のお灸を載せたまま、ふらつく足で、風呂場へと向かった。 サクラがその後、服や下着を綺麗にし、居間と台所の掃除を終えたのが夜過ぎだった。 男は既に部屋に戻り、ベットに入っている。 サクラは空腹で仕方なかったが、それよりも今は睡眠をとりたかった。 サクラは2階へ上がり、男の部屋の前に立った。 洗濯した服と下着はまだ濡れているため、サクラは裸のまま。 しかも、頭にはまだ凸型のお灸をつけた格好である。 まだ季節的には、まだ夜は十分に冷える。 いつもなら、「テチュー」と鳴いただけで、扉が開き、暖かいママの腕の中で眠れる。 早くママの暖かいお布団に入りたい。サクラは「テチュー! テチュー!」と鳴いた。 しかし、今日はいくら鳴こうが、扉が開く気配がない。 あれ?おかしいテス。次はぺしぺしと扉を叩いて、鳴いてみた。 「テチュー! テチュー!」 手が痛いくらいに叩いた。叩くうちに手が腫れて来て、なんだかサクラは悲しくなってくる。 「テッチー!テチテチー!」 鳴き声は泣き声に変わり、目に涙が滲んでくる。 いつの間にか大粒の涙が頬を伝い、「テェェン!テェエエン!」と泣き叫んでいた。 ママァ!入れて下さいテチ!ワタチはここデチ!ワタチはここデチ! 男は黙って布団の中で必死に扉を開けたい衝動と戦っていた。 この日は1時間毎に、階上に上っては扉を叩き、階下に降りる。 夜中の3時ぐらいまで、サクラはそれを繰り返し、4時過ぎからは静かになった。 男が朝起きると、濡れた下着と服を着込んだサクラが台所の隅で、ガチガチと震えながら丸くなっていた。 ◆『サクラの実装石3』 その日から2週間ほど、男とサクラの別居生活が続いた。 ・朝は、男が起きる前に目を覚ます。 ・サクラは自ら実装フードを取り出し、男が朝食を始めるまで、ちょこんと座ってそれを待つ。 ・食べ終わった後は、食器は浴室で簡単に水洗いし、片付ける。 ・昼間でに、昨日の分の服と下着の洗濯をする。 ・トイレは、用を足した後、自らの手で便をコンビニ袋にわける。 ・昼時には、また昼食の準備を自ら行い、食べ始める。 ・食べ終わった後は、食器は浴室で簡単に水洗いし、片付ける。 ・昼以降は、一人で玩具で遊ぶ。遊びの時間が終えると、玩具を片付け始める。 ・夕飯時には、また自ら食事の準備をして、男を待つ。 ・食べ終わった後は、食器は浴室で簡単に水洗いし、片付ける。 ・入浴は、男が入った後、一人で入る。 ・髪を自らの手で洗う。櫛で髪を梳くのも、乾かすのも自分で行う。 ・就寝は、居間で毛布に包まり、一人で寝る。 サクラは自立することを覚えた。 無論、男と会話を交わすときは、甘える。 しかし、今までのような妄信的な甘えではない。 適度をわきまえた甘え。 その中には、飼い主に対する「尊敬」という感覚も理解し始めて来ている。 男とサクラは色々な試練を乗り越えて行った。 サクラが男の庭に現れてから2ヶ月。サクラは立派な成体の姿となっていた。 「デスー」 声も立派な成体の低い声に変わり、大きさも当初ここにきた15cmぐらいの身長から 50cmぐらいまで成長していた。 『ママ。今日の帰りは何時くらいデスか』 「ああ。仕事の打合せだから、4時ぐらいには帰るよ。それまで留守番頼むよ」 『わかったデス。いってらっしゃいデス』 2ヶ月。長いようで短い時間だった。男にとっては、大変な道のりだったが、 充実に満ちた2ヶ月だった。 成体に成長したサクラは、男の手を煩わすこともなく、自らのことを自らの手で行う。 男にとっては、ペットというよりも、パートナーのような存在である。 そんなある日、珍しくサクラが男にお願いをしてきたのである。 『ママ。お願いがあるのデス』 「お願いって?」 『私も・・そのぉ・・・ママになりたいんデスゥ』 「え?ママって」 『子供を作りたいんデスゥ』 「・・・・」 『私はママに愛を受けて育てて貰ったデス。 私もママになって、同じ愛を子供たちに与えて行きたいのデス』 生物学上、子孫を残したいという欲求は、本能的なものだ。 サクラが子供を欲するという弁はわかる。 しかし、サクラはつい1ヶ月前は、まだまだ子供だったはずだ。 しかし、野生の実装石の例で見れば、サクラは子を儲ける適正年齢であった。 男は、サクラのかわいい子供時代を思い出すと、サクラの子供たちの姿を想像しては、 頬が緩んだりした。 そうだ。男は、「実装石の飼い方」を取り出し、頁をめくった。 第4章.実装石の殖やし方 ▼実装石の繁殖 実装石は適齢期を迎えると発情期に入ります。 実装石の発情期は季節的な物は存在せず、1年中発情している事が多いようです。 ですが野生の実装石は、冬を乗り越えるために、春先に交尾を行うことが多いようです。 妊娠の仕方として、大きく3種類の方法があります。 ①マラ実装石との交尾 野生の実装石で群れで行動しているコミュニティでは、一番多く見られるのは このパターンです。これは、比較的冬が厳しくない地方で見られる現象です。 マラ実装は、ほぼ1年中発情しているため、群れの雌実装石に対して、 所かまわずSEXを行います。 しかし、この交尾は激しさを増すため、雌の成体は命を落とす事も多々あります。 よって飼い実装石に対して、このパターンの繁殖はお奨めできません。 ②花粉による受粉 冬が厳しい地方で、単独で行動をする山実装石に多く見られる繁殖方法です。 実装石の総排泄口は、下着によって守られているため、通常受粉することは ありませんが、排泄などで下着を下ろすタイミングで、ほぼ100%の実装石は 受粉を行い、妊娠をします。 花粉が多く飛び交う春先に、妊娠をする事が多いため、自然と冬篭りは、親と子 のペアとなることが多いようです。 この方法は、飼い実装石にとって、一番自然な繁殖の方法です。 受粉する種の植物は選びませんが、スギ、ヒノキ、サクラなどの花粉が一般的です。 ③強制妊娠 実装石の分娩のシグナルは、オッドアイである両目が赤色になる状況で分かります。 その性質を利用し、実装石の右目に赤色の物質を混入させることにより、成体の 実装石に対して、強制的に出産をさせることが可能です。 ですが、この方法は母体に悪影響を与えること、出産後の仔実装が蛆や親指を 中心とした未熟児が多いこと、などがあるため、飼い実装にはお奨めできません。 『子供が欲しいのデス』 そう言うサクラは、「デー」と呟きながら、玩具の車で遊んでいる。 男は、「実装石の飼い方」の本を閉じ、居間から庭を見た。 季節は春。サクラの樹が丁度満開を迎えていた。 男はサクラを呼び、サクラを抱き上げ、庭に出る。 「この樹はサクラって言うんだよ」 「デ?」 「サクラと同じ名前の樹なんだよ」 「デス!デスデスデスゥ!!」 サクラは両手をバタつかせながら、喜んでいるようだ。 届きもしない手をサクラの花びらの方へ向けては、宙を掻いていた。 「サクラ。このサクラの樹で子供を作ろうか」 そう言って、サクラを地面に下ろし、一本適当な枝を折ってはサクラに渡した。 「受粉しなさい」 「デ?」 受粉の意味を理解したサクラは、感動のため体を震わして、涙を滲ませた。 「デッス〜ン♪」 実装リンガルはその場にはなかったが、サクラが叫ぶ内容は男にはわかった。 「デスデスデスゥー!」 ママ!私はママに負けない素晴らしいママになるデス! そう叫んでいるに違いなかった。 サクラはその晩、妊娠し、両目が緑色に変わった。 1週間後、サクラは風呂場の洗面器の中で出産を行った。 手伝おうか、との男の言葉を制し、一人で出産を行った。 まず1匹目が総排泄口が蛆状態で、洗面器の中に落ちる。 「レフー!」 この世に生を受けた喜びを産声としてあげる蛆状態の仔実装。 サクラは、蛆状態の粘液をやさしく舐め取ってあげる。 それは、男から教えられた行為でもなく、実装石が持つ本能故の行為である。 粘膜が取れた仔実装は、初めてみる親の姿に、早くも「テチュー!テチュー!」と甘えてくる。 『おとなしくするデス。残りの妹が生まれるデス』 サクラは、甘える仔実装を制して、4匹の仔実装を生んだ。 そう。サクラはママになったのである。 男は、4匹の仔実装に名前を与えることにした。 サクラに決めさようと提案したが、サクラは頭を悩ますばかりで決まらない。 『ママに決めてほしいデス』 サクラがそう言うので、仕方がなく、男がその4匹に名前を与えた。 長女:スモモ 次女:イチゴ 三女:メロン 四女:バナナ 「デスゥー!デスゥー!」 サクラは、男が命名した子供たちの名前に、歓喜の声をあげる。 『おまえは、今日から「スモモ」デス。スモモ、よろしくデス』 「テチー?」 『おまえの名前は「イチゴ」デス。イチゴ、立派な大人になるデスよ』 「チチチー!」 『メロン。ママのママに迷惑をかけないようにするデスよ』 「テチィ♪」 『おまえは「バナナ」デス。元気な子に育つデスよ』 「テチュテチュ」 その光景を見つめながら、男は2ヶ月前にサクラに実施してきた躾を この子達にも施す必要があると思っていた。 前は始めての躾だったが、今回は2度目だ。 次はもっと効率的に出来るだろう。 その事をサクラに告げると、サクラは男に言った。 『ママ、大丈夫デス。この子達の躾は、私がしっかりとするデス』 「え・・・大丈夫なのか」 『大丈夫デス。この子達は、私が責任を持って育てるデス!』 そしてサクラは、躾の厳しいママになった。 まずは、排便の躾。子供たちは、便意を感じると、所構わず排便を行う。 それを見つける度にサクラは、針を取り出し、子供達手足を突き刺した。 「テチァァァァァ!!」 『泣いたって許さないデス!今度、洗面所以外でウンコしたら、こうデス!』 「デチャアアア!!!」 サクラは躾に対しては、容赦はなかった。 その姿を見ては、残りの3匹も震え上がっている。 『スモモもイチゴもバナナも、わかったデスね!』 「「「テチテチテチテチテチテチテチテチ…」」」 子供たちの食事の準備はサクラが行うようになった。 朝、誰よりも一番早く起きる。 毛布の中の子供達を起こさないように、そぉっと洗面所へ向かう。 顔を洗い、子供達の食事の準備を始める。 昨晩、つけておいた食器を、タオルで器用にふき取り、お膳を並べ、 子供達の手の届かない棚の上から、実装フードの入った缶を取り出す。 均等に実装フードを分けて、それから子供達を起こしにかかる。 子供達を起こすのは、一苦労だ。 『テチュー まだ眠いテチュー』 『ママァ… 抱っこして欲しいテチュ』 『起きるデス!起きないとお仕置きデスよ』 サクラは、ポケットから針を取り出し、子供達の臀部へ容赦なく突き刺す。 「テェ!?」「テァ!!」「デチャア!」「テチャアアア!?」 メロンが余りの痛みに泣き出した。 「テェェン!テェエエン!」 サクラは容赦なく、右手でメロンを思いっきりぶん殴る。 実装石の力とは言え、成体の力だ。 殴られると、仔実装も体1つ分ぐらいは、容赦なく吹き飛ぶ。 メロンは口から血を流しながら、もっと大声で叫ぶ。 『黙るデス!ママが目を覚ましてしまうデスゥ!』 サクラはメロンの髪の毛を掴み上げ、そして持ち上げ、顔を近づける。 『黙れデス』 「テェェ……」 メロンは糞を漏らしていた。 『ウンコは洗面所以外のところでしろと言ったはずデス』 ガチガチガチガチと歯を鳴らし涙を流しながら、必死に悲鳴を止めるメロン。 『今日の朝食は抜きデス。早く洗面所に行ってパンツを脱いでくるデス』 「テッスン…テッスン…」 洗面所に向かうメロン。 『床にウンコを落とさないように歩くデスッ!』 厳しいサクラの怒号が飛んだ。 サクラの仕事は、たくさんある。 子供達が食事を終えるとその食器の後片付け。 そして、服や下着の洗濯。 まだ排便の処理がうまくいかない子供達の後始末。 粗相をした子の躾。 昼食後、ようやく手が開いた時に、子供達を膝に乗せ、玩具で遊んであげる。 遊び疲れた子供達に「デエ〜♪デエ〜♪」と子守唄を聞かせる。 そして、子供達が寝付いた後に、ようやくサクラはママに甘えるのだ。 甘えると言っても、べったりと擦り寄る甘えではない。 『メロンは、まだまだ行儀が悪い子デス』 「おまえの時もそうだったぞ」 『そんなことないデス。ママったら意地悪デスッ!』 頬を赤らめ男と談笑するサクラ。 そう。成体になっての甘え方も存在するのだ。 サクラは、男から色々とアドバイスを貰った。 躾をする時はタイミングが大事。 同じ事を繰り返す子には、もう少し痛い躾をする必要がある。 髪や服には手は出さないこと。 すべて「実装石の飼い方」に書かれていた事だが、 サクラにとってはとても勉強になることばかりであった。 サクラは、男のアドバイスを受けて、長女のスモモを重点的に躾けることにした。 人間社会では、姉妹の中で年長の者が年下の者の世話をする事が多い。 実装石にそういった習慣があるかどうかは、男は知らないが、サクラの仕事を 軽減させるには、そういった教育を小さい頃から行う必要があったと思っての アドバイスだった。 『デス。スモモ。おまえはお姉ちゃんデス。 お姉ちゃんは、他の子の面倒を見ないといけないデス』 『ハイテチ!』 スモモは聞き分けの良い子であった。 糞蟲であるサクラにしては、賢い子であったと言えよう。 『バナナ! ご飯を食い荒らしてはいけないテチ!』 食事中にも、サクラが躾ようとすると、先にスモモが注意をする事もある。 『ママ! 余所見をしてご飯を食べちゃいけないテチ!』 『あ、ごめんなさいデス』 逆に注意されることもあった。 「ははは。お母さんも形無しだなぁ」 「デスッデスッ」 サクラは顔を赤らめて頭を掻く。そんな子供達の成長が嬉しい。 子供を生んでよかった。もっと、子供達を愛そう。そして楽しい思い出を一杯作るのだ。 そう思うサクラであった。 男はサクラが子供達の世話で忙しく働いている時、子供達の相手をしてやる事が多かった。 車の玩具。 サクラが子供の頃好んだその玩具は、今、メロンとバナナのお気に入りだ。 スモモとイチゴは、スケッチブックにクレオンで絵を描いている。 男が仔実装にでも持ちやすいように削って作ってあげた特性のクレオンだ。 「テチューテチュー♪」 スケッチブックにミミズのような絵を描いていくイチゴ。 それに意見を言うようにテチテチ話しかけているのがスモモだ。 バナナは車の玩具に跨り、メロンがそれを押している。 しかし、仔実装の力では、そう動くものでもなく、男がそれを押してやる。 「テ…テチァ!!テチァ!!テチァーーーーッ!!」 バナナは嬉しそうに叫びながら、男の顔を見ては、車に夢中になる。 サクラもこんな感じだったよな。わずか数ヶ月前の記憶だ。 今では、サクラの子達が、同じようにして遊んでいる。 『バナナッ! 次はワタチテチ! 次はワタチテチ!』 「ははは、順番だよ、メロン。お姉ちゃんに譲ってあげなさい」 「テチー」 そんな団欒の場にサクラが洗濯物を終えてやってきた。 『みんな、楽しくやっているデスか?』 メロンが車に跨り、ニコニコした顔で男に言った。 『ニンゲンッ! 早く押すテチ! バナナよりも速く押すテチ!』 男の顔色が変わると同時に、サクラが駆けていた。 サクラは、メロンに掴みかかり、頬を殴りつけた。 『なんでそういう事を言うデスか! 何度も何度も教えたデスッ!私のママの事は『ご主人様』と呼ぶデスッ!』 「デェ…… デェエエエエエーーーン!デェエエエエエーーーン!」 泣き喚くメロン。泣き喚くメロンに容赦なく殴りつけるサクラ。 他の子供達は、体を震わせながら、その場でパンコン状態になっている。 「デスッ!デスッ!デスッ!」(ぺしん、ぺしん、ぺしん) 「ヂュアア! ヂュアア! ヂュアア! 」 メロンも糞を漏らして、下着をこんもりさせながら、サクラの折檻に恐怖している。 『デフー…デフー… 今日という今日は許さないデス・・』 サクラは、メロンの右手を取り、捻りを加える。 メロンの右手が、本来向く事のない方向へ曲げられた時、コツンと小さな音がした。 その音と共にメロンの大絶叫が、居間に響き渡った。 「デヂュアアアアアア!!!!」 『次、私のママにニンゲンなんて言葉を吐いてみるがいいデス。 今度は、左手を折るデス。その次は足デス。いいデスね、メロン』 『ごめんなさいテチ! ごめんなさいテチ! もう二度と言わないテチ!』 男は敢えて口を挟まなかった。 これはサクラの教育方針だ。つまり、自分が今までサクラに躾けてきた方針そのものだ。 あの時も、男は心で泣きながら、涙を浮かべて、サクラに躾をしてきたのだ。 今のサクラも、両目から涙が流れている。 自分の子供だ。 辛いに決まっている。 サクラは立派な母親になった。 男は、自分の躾が間違っていなかったことを誇りに思っていた。 仔実装達が生まれてから2週間経過した頃だった。 子供達は、躾のおかげで大部分の事が出来るようになってきた。ある1匹を除いては。 メロンだけが、どうも排便行為を至る所でするのだ。 便通が来ると、すべての思考が便意に集中してしまうのだ。 至る所で排便をするメロンに対して、サクラは自分の母としての力の無さを痛感していた。 また焦っていた。 このままでは、ママの手を煩わせてしまうことになるデス。それだけは嫌デス。 私は立派なママになるのデス! そして、事件は起きた。 『ウンコ出るテチュ』 その日、いつもの通り便意を訴え、もじもじし始めたメロンにサクラは気付く。 『メロン。トイレへ行くデス』 必死にトイレに行くことを促すサクラ。 『ウンコー! ウンコー! トイレー! トイレー!』 しかしメロンは両手でお尻を押さえ、同じところをくるくると回るのみ。 『メロン!トイレはそっちじゃないデス!』 『ウンコーッ! ウンコーッ! ウンコーッ!…トイレ? ココデチュ』 『違うデスッ!そこは台所デスゥ!』 『(ブリリリッ…) ママ ウンコ出たデチ ママ! ウンコッ! ウンコッ!』 排便をした喜びなのか、自分が出した糞を母に自慢するメロン。 『そこはトイレじゃないデスゥ!』 サクラは、メロンの胸倉を掴み、デスデスと洗面所に備え付けているトイレへ向かう。 今日と言う今日は許さないつもりだった。徹底的に躾けるつもりだった。 『ここがトイレデスッ!ここでウンコをするデスッ!』 そう叫び、メロンの顔をトイレの砂の中に押し付ける。 「ヂュアア!」 『わかったデスか!』 『テチュ… ココ トイレ』 『ここでトイレをしないと、こうデス!』 サクラは、縫い針を持ち出しては、メロンの臀部に突き刺しては抜き、突き刺しては抜く。 「デチャアアア!!!」 『ウンコを違うところですると痛いんデスゥ!悲しいんデスゥ!痛いんデスゥ!』 「テチァァァァァ!! テチァァァァァ!!」 『まだわかってないデス!浴室へ入るデスゥ!』 サクラは洗面所に面している浴室へメロンを放り投げる。 サクラは背伸びをしては、シャワーを掴み、器用に蛇口を捻った。 温度設定を50℃にする。そして容赦なく、その熱湯を服を着たままのメロンに向けた。 「デヂュアアアアアア!!!!」 『熱いデスか!ウンコをトイレ以外のところでしたら、熱い目に会うデス!』 「デチャアアア!!!」 メロンは転げ周り、シャワーのお湯を避けようとする。 しかし、シャワーのお湯を避けても、メロンの服は熱湯を吸い、熱は容赦なく メロンを襲う。 『トイレエエエ!!! ココォォォーーー!!! トイレエエエ!!! ココォォォーーー!!!』 『わかってないデス!』 そう言って、サクラはシャワーをメロンに向かって、容赦なく浴びせまくる。 『デヂュアアアアアア!!!! ウンコォォォォ!!! トイレエエエ!!! ココォォォーーー!!! ウンコォォォォ!!! トイレエエエ!!! ココォォォーーー!!!』 『デエ・・デエ・・・わかったデスか・・ウンコはトイレでするデス。 それが、この家のルールです』 「テェェ……」 メロンは真っ赤に茹でられた蛸のように、ピンク色の顔をしたまま舌を出して白目を向いていた。 サクラがメロンの服を脱がし、居間のソファーの上に寝かした後、サクラは時計を見て 食事の準備へ向かった。 食事の準備をしていると、男がサクラに向かって真剣な顔をしてやってくる。 「サクラ。メロンの・・・メロンの様子がおかしいんだ」 「デェ?」 サクラが居間にやってくると、「テェエ……テェェ……」とメロンがうなされている。 メロンの周りには、スモモ達が心配そうに覗き込んでいる。 「すごい熱なんだ。サクラ。おまえ、メロンに何かしたか?」 「デェ?」 一瞬ドキっとするサクラ。そして、その後両目から大粒の涙を流して、 「デデェェェェェ!」 と泣き始めた。 『メロン!しっかりするデス!ごめんなさいデス!ママが、ママが悪かったデスゥ!』 サクラは泣きながら、先ほどメロンに施した躾の内容を話した。 どうしてもメロンにトイレを覚えて貰いたかった事。 立派な飼い実装として、家族元気でなかよく暮らしたかった事。 メロンは人一倍物覚えが悪かったけど、サクラにとって、一番かわいい子供だった事。 「デッスン・・・デッスン」 涙を流してしゃくり泣くサクラ。それに釣られて仔実装達も泣き始める。 「テェエエエエエン!テェエエエエエン!」 「おいおい。まだメロンは死んだわけじゃ・・」 しかし、メロンの息は荒かった。額からは大量の汗。目はしっかりと見開かれており、 両目からは血の涙が止め処もなく流れている。 実装石の病気などに精通していない男でも、この状況は危ないと思った。 サクラは、手がふやけるまで、タオルを絞り、メロンの額に載せては、それを繰り返す。 食事も取らず、睡眠も取らず、食事も取らず、睡眠を取らず。 「サクラ。少し寝ろよ。俺が変わるよ」 男はそう言って、サクラを少し休ませた。 『わかったデス。ママ。何かあったら直に起こして欲しいデス』 そう言って、サクラは眠った。緊張の糸が切れたのか、サクラはすぐ寝息を立てて眠ってしまった。 男は濡れたタオルを取り替えながら、細い息を繰り返すメロンを見て、今夜が峠だろうと思った。 男はいつの間にか眠ってしまったらしい。 そうだ。メロンは。 男は、ソファーで眠っているメロンに目をやると、なんとメロンがいない。 まさか・・・ 男は居間、台所、洗面所、などを見て回るが、他の仔実装達が部屋の隅で 寝ているだけでメロンの姿はどこにも見えなかった。 男はふと、居間から臨む庭に目をやる。 そこには、春の月光を浴びたサクラがメロンを背に抱き、振り散るサクラの花びらの中 ボエ〜♪ボエ〜♪と子守唄を歌いながら、背中の子供をあやしていたのだ。 背に抱いたメロンは白目を向いた青い顔のまま、背を海老反りのようにさせ、 手はぶらんと宙に漂わせていた。 メロンは死んでいた。 ボエ〜♪ボエ〜♪ボエ〜♪ サクラの子守唄は続く。 男が居間の扉を開け、庭へ降りると、サクラも男の姿に気付いた。 そして、男の顔を、ママの顔を見た途端 『オロロ〜ン オロロ〜ン』 と、大声で泣いた。 『私は駄目なママだったデス・・私はメロンを殺してしまったデス 私はママ失格デス デスデスデスゥ・・・』 翌日サクラと男は、メロンを庭のサクラの樹の下に埋めてあげる事にした。 『メロン寝てるテチか』 『起きないテチね』 『姉チャ! 起きるテチ!』 「死」という概念を理解できていない仔実装たち。 男はスコップで、仔実装が1体入るぐらいの穴をサクラの樹の根元に彫った。 そこにサクラがメロンを入れる。 『? 何をするテチか』 男がスコップでその上に土をかぶせる。 『ッ!! やめるテチ! メロンが苦しがるテチ!』 『デス。いいのデス。イチゴ。メロンはもう苦しまないデス』 仔実装達は、土をかぶせる男に対して「デチチー!チィー!」と怒りの感情を露にする。 そして、メロンが完全に土の中に隠れた時、仔実装達は泣き始めた。 サクラも泣いた。 男はサクラの樹を見上げた。サクラの花びらはすっかり散り終わっていた。 それからというもの、サクラは躾をほとんどしなくなった。 たまにスモモ達が粗相をしても、『デス』と口で叱るだけになった。 家事を終えた時間は、ほとんど居間の窓から、庭のサクラの樹を見るばかり。 スモモ達も心配そうに、サクラの周りでテチーテチーと元気つけようとしている。 スモモ達も、もう既に中実装の大きさになり、自分の事は自分でするようになってきた。 その分、サクラの家事の量も断然減ってきているのだが、その開いた時間はすべて 居間から庭のサクラの樹を見る毎日である。 男は心配だった。 サクラの食事量が、どうみても減っている。 次第に顔もやつれて、体重も減ってきているように思える。 本人は『大丈夫デス』と気丈にも言ってはいるが、歩く足並みも 心なしかよろけているように見えるのだ。 男が仔実装達と遊んでいる時も、サクラは庭を見ていた。 雨の日も風の日も、サクラは暇さえあれば庭を見ていた。 サクラは何を待っているかのように、毎日、庭のサクラの樹を見続けた。 そして、その日がやってきた。 「デスデスゥデスデスゥ!!!!」 サクラがいきなり叫び始めた。窓をぺしんぺしんと割らんばかりに叩き始めている。 何事だと、男は窓の鍵を開けてやると、サクラはサクラの樹の方へ 一目散に走っていく。そう。メロンが埋まっているサクラの樹へ。 「デッスゥ〜!デッスゥ〜!」 サクラは、サクラの樹の下で、痩せた体でぴょんぴょんと跳ねていた。 男は遅れてサクラの後へとついて行く。そして、男は見た。 「なんて事だ」 それは、遅咲きのサクラ。 サクラの樹自体は、すでに新緑茂る葉を並々と茂らせているのだが、その1部。 ほんの一枝だけに、サクラの花が咲き誇っているのだった。 「デスデース!」 サクラは、すごい形相で男に言い寄った。 男はリンガルを使わずにも、サクラの言葉がわかったような気がした。 だから、やさしくサクラの頭を撫で、こう言った。 「いいよ。受粉しなさい」 ◆『サクラの実装石4』 季節外れのサクラの枝を渡されたサクラは、翌日妊娠をした。 両目が緑色になった彼女は、今までの分を取り戻すかのように何倍も食べ始めた。 実装石に限らず、子を宿した母体は、本能的に必要以上の栄養を確保しようとするものだ。 サクラも例外ではなかった。 今まで痩せていた頬に肉がつき、カサついていた肌は、つやが戻って来た。 子を宿したサクラは、まるで生気が戻ったように、生き生きと輝き始めた。 サクラは両目の緑色で、デエ〜♪デエ〜♪とお腹を擦りながら胎教のために子守唄を歌っている。 『元気に生まれてくるデスよ』 そう呟きながら、お腹を擦るサクラ。 「「「テチー」」」 サクラの周りで子供達は、母親が元気なった事に対して喜び、はしゃぎ回っている。 あのサクラの樹のおかげで、サクラ達家族に平穏な一時が戻った。 あの不思議な出来事には、男は驚かされているばかりだ。 遅咲きで咲いた一枝のサクラ。 まるで、メロンの命がサクラの樹に宿り、咲かせたようなちっぽけな一枝。 それを待っていたように、何日も待ち続けたサクラ。 実装石は、まったく不思議な生き物である。それが男の素直な感想である。 しかし、今はその奇跡というべき一事に感謝しよう。 今ここにある幸せが、現実なのだから。 サクラはきっと丈夫な子をまた産むだろう。 そして、次は自分が名前をつけると言い張るに違いない。 そんな家族の中に少しばかりの異変が起きていた。 『玩具ッ! 遊ぶのッ! 玩具ッ! 遊ぶのッ!』 そう。仔実装達の粗相が目立つようになってきた。 その理由は男にもわかっていた。 サクラの躾が止まったからだ。 我侭を言う子供達に対して、サクラは口うるさく「デスデス!」と注意をするのだが 子供達が言うことを聞かない。 サクラは堪りかねず手を上げるが、その手がどうしても動かない。 サクラは、子供達をぶつ事ができなくなったのだ。 理由は当然だ。 メロンを死なせた自分が、他の子供達を躾けることができるのだろうか。 「テチーテチー!」と泣き叫ぶ姿が、サクラにとってメロンと重なっている。 打てない。 当然だ。 そういった躊躇が、仔実装達の本能を芽生えさせてきた。 「糞蟲」と言われる本能を。 「サクラ。俺が躾をしようか」 「デス・・」 サクラは躾に関することを男に委ねた。子供達の叫び声を面と向かって聞ける精神状況ではなかったからだ。 男は玩具遊びを要求している3匹の前に、実装リンガルを持ち座った。 久しぶりだが、躾のポイントはサクラで散々学んでいるつもりだ。 躾はタイミングが勝負である。 「おまえたち。あまりサクラを困らせるんじゃない。 玩具の日は昨日終わっただろ。今日は我慢して、絵でも書いていなさい」 『玩具ッ! 遊ぶのッ! 玩具ッ! 遊ぶのッ!』 バナナが相変わらず、先頭に立ち訴えかけている。 賢いはずのスモモもイチゴに混ざって、テチーテチーと玩具の使用を訴えかけている。 既に子供達は中実装並の身長になっており、針やデコピンなどでの躾が有効に働くとは思わなかった。 ならば、あれだ。 「サクラ。あれを取ってくれ」 「デ?」 それは、サクラにとっても恐怖の対象。 今までサクラが教育ママを演じていた時にも使用しなかったあのアイテム。 自分が感じた最強の恐怖を、子供達には味わせたくないとの気持ちで使用できなかったあの忌まわしいアイテムだ。 サクラは震える手で箪笥の中から、それを3つ取り出した。 凸型の千年灸。サクラのトラウマのアイテムだ。 男はサクラに施したようにテチーテチーと訴える仔実装達の頭巾を一人一人後ろに外す。 ?な顔をしている仔実装たちの頭の上に、シールで一つずつ貼っていった。 「!…テプッ! テプププッ!!」 「テプププァ!!」 「テプ…テププ♪」 仔実装達は、いきなり笑い始める。 頭巾を取ったその頭に凸型のお灸を貼られた奇妙な格好を互いに見て笑い始めたのだ。 「テキャァァ!! テププーーー!!!」 「テチュテチューーーー♪」 「テチィ? テププーッ!!テプププーーーッ!!!」 腹がよじれるぐらいに笑い転げる仔実装達。 その姿を憐れと思い、ハラハラとした表情で見つめるサクラ。 男は両手両足をバタつかせながら、笑い転げる仔実装達の頭のお灸に、一つ一つ火をつけていく。 その百草(もぐさ)から煙が上がっていく。 その煙が一層、仔実装達の笑いの壷に入ったらしい。 「プギャーーーーーーーッッ!!!」 指を指して、大声でさらに笑い転げるバナナ。 「テプププーーーッ!!! テプププーーーッ!!!」 腹を押さえながら、カーペットをどんどんと叩きつけるイチゴ。 「テチュテチュ テチューーーーン♪」 うつ伏せになり、両手両足をバタつかせるスモモ。 そして、百草(もぐさ)が1/3ほど燃え尽きた時、熱さが仔実装達を襲い始めた。 最初に異変に気付いたのはスモモだった。 「テァ!! ヂュアア!ヂュアアアアア!」 頭が熱い。何故?そう思い両手で頭を掻き毟る。 「デヂュアアアアアア!!!!」 イチゴとバナナには、涙を流しながら叫ぶスモモの姿が滑稽に映ったのか より一層、笑い転げ始める。 「プギャッ! プギャッ! プギャーーーーーーーッッ!!!」 「テプププーーーッ!!! テプププーーーッ!!!」 しかし、その2匹の笑いが苦痛の叫びに変わるのに、そう時間はかからなかった。 「テチァ!! デチャアアア!!!」 「ヂュアア!」 スモモと同様に、熱さが2匹の頭を襲う。 涙を流し、歯を喰い張りながら悲鳴をあげるスモモ。 糞を漏らし、鼻から緑と赤の何かを出しながら、泣き叫ぶイチゴ。 叫びながら、頭から血が流れるくらい、頬を両手で掻き毟り、叫ぶバナナ。 それを涙ながらに見守るサクラ。 サクラはその苦しむ子供達の姿に我慢できず、駆け寄ろうとする。 しかし、それを男が制した。 『ママッ!離してくださいデスッ!子供達がぁ!子供達がぁ苦しんでいるデスゥ!』 「サクラ。我慢するんだ。子供達のためだ」 「デデデスゥゥゥゥゥ!!!」 サクラはその場で崩れ落ちるようにし、涙を流しながら、カーペットに両手を思いっきり叩きつける。 その目の前では、凸型のお灸を頭に載せた子供達が苦しんでいる。 「デデェェェェェ! デヂァ!」 カーペットを両手で掴むサクラ。その腕からは血がにじみ出ている。 そのサクラを後方に、男は躾を始める。 「お前達。サクラを困らせるんじゃない」 『ママァ! ママァ! デヂュアアアアアア!!!! 助けてテチィ! 助けてテチィ!』 『テチィィィィィィィィィィィ… ママァ!! ママァ!! 熱いテチィ!! 熱いテチィ!!』 『デチチー!! 助けて! お姉ちゃん!! ママァ!! ママァ!!』 3匹ともパンコン状態で泣き叫び、苦しみ、のたうち回っている。 男は躾の途中、違和感を感じた。 どうも、サクラの時と勝手が違うのだ。 仔実装達は今、生まれて味わった事のない苦痛に苛まれている。 しかし、苦痛の原因、つまり今の躾の原因となった自らの行動の過ちを 理解しているように見えないのだ。 「玩具の日は、明日。今日は大人しくしなさい」 『ママァ! ママァ! 頭が熱いテチィ! 痛いテチィ! 取って欲しいテチィ! 取って欲しいテチィ!』 『テチィィィィィィィィィィィ… ママァ!! ママァ!! チィィィ…』 『ウポッ!!ウポッ!! テチァァァァァ!! テチァァァァァ!!』 そう。男に対してまったく詫びてないのだ。媚びてもいないのだ。 躾を行う男が眼中にないかの如く、仔実装達は目的もなく苦しみ、 そして闇雲にサクラに対して助けを求めるだけである。 「・・・そうか」 男は「実装石の飼い方」のある項を思い出した。 第2章.実装石の躾 ▼躾における注意点 躾という行為は、生まれたての雛に対する「摺りこみ現象」と似ています。 実装石は躾を受けてルールを学ぶと同時に、躾を与える飼い主に対して 絶対的な服従関係を学んでいきます。 そのため躾を行うときは、必ず同一人物が行う事が大事です。 仮に途中で躾ける飼い主が変わると、実装石は服従関係もない飼い主に 対して、正当な躾行為であっても、理不尽な痛みを受けたと勘違いし より怨みを募らせる結果となります。 家族が多い家庭で実装石を飼う場合は、家族で交代交代で躾を行うように してください。そうすれば、実装石も、家族の中で自分が一番下であると 認識するようになり、家族の中での地位も自然と学ぶようになります。 この仔実装達に対しては、サクラが躾を行い続けてきた。 もう既に中実装の大きさまで成長した彼女らを、男が途中から躾けることは 非常に難しいのだ。 男は躾を断念し、スモモ達の頭から千年灸を外していった。 「デ?」 涙を流していたサクラも、何が起こったのか、?な顔で男の顔を見上げた。 地獄の熱さから開放されたスモモ達は、テェエ テェェと荒い息を吐きながらも なんとか平静を取り戻しつつある。 『だ、大丈夫デスか!お前達っ!』 駆け寄るサクラ。 『ママァ 熱かったテチ〜』 『テッスン…テッスン… ママァ 抱っこしてテチ〜』 『お〜よしよし。熱かったデス。これに懲りて、もう玩具を要求しては駄目デス』 サクラは一人一人の頭を擦りながら、優しく、そして、今回の躾の原因について諭して行った。 しかし、その時、スモモが男を指さして叫ぶ。 『悪いのはコイツテチッ!!』 「デデ!」 予想にもしなかったスモモの台詞に、サクラは思わずデデ!と驚き戸惑ってしまう。 『その通りテチ! コイツがワタチ達に変なのを貼ったテチ!』 「デデデ!」 『ニンゲンッ! アッチに行けテチ!』 バナナは下着に溜まっている糞を掴んでは、なんと男の顔にぶつけた。 その糞が男の顔にぶつかる。 男が指で糞を拭うが、その糞が拭った方向に跡形がつく。 その跡形のついた男の顔が、仔実装達に滑稽に映ったらしい。 「!…テプッ! テプププッ!!」 「テプププァ!!」 「テプ…テププ♪」 先ほどの熱さと痛みなど、もう忘れたのか、男の糞のついた顔を見てテププと笑う仔実装達。 『デェ!お前達、なんて事をするデス!』 『ママは黙っているテチ! このニンゲンを、ワタチ達の家から追い出してやるテチ!』 イチゴは、アンモニア臭のする尿がたっぷりと混ざった糞を 下着の中から取り出しては、男の顔に向かって投げつける。 『そうテチ! いつも思っていたテチ! なんでオマエはワタチ達の家に勝手に住んでいるんテチか! 居候ならその身をわきまえるテチ!』 先ほど糞を投げたバナナは、下着の中にもう糞がないことに気付いては、 もう1度新たに糞をひり直し、その新鮮な糞を男の顔に投げつける。 『ワタチ達は、おまえがいなくても立派に生きていけるテチ!』 『そうテチ。ママさえ居れば幸せテチ!!』 『ママの取ってくるご飯は毎日美味しいテチ』 『ママがくれる金平糖は最高テチ!』 『ママの毛布は暖かいテチ〜♪』 『お風呂のアワアワも最高テチ! ニンゲンの出る幕はないテチ〜♪』 「デデェェェェェ!」 サクラは開いた口が塞がらない。この子達は、一体今まで何を見てきたのか。 今まで躾を行ってきたが、肝心の事を、まったく理解していないのだ。 一体、誰のおかげで、毎日お腹一杯満たされているのか。 一体、誰のおかげで、毎日暖かい毛布で眠ることができるのか。 一体、誰のおかげで、毎日このような幸せな生活が送れているのか。 すべては、私のママのおかげデス!ママが私を拾って育ててくれたから、 ママが私がママになることを許してくれたから、お前たちが存在しているのデス! すべては、今まで仔実装の世話と躾をサクラが一手に引き受けたために起こった食い違いであった。 サクラは、毎日仔実装達の餌の準備をする。 仔実装にとってみれば、サクラが与えた餌を食しているわけである。 サクラは、毎日仔実装達にオヤツの金平糖を与える。 仔実装にとってみれば、サクラが与えた金平糖を食しているわけである。 サクラは、毎日仔実装達を暖かい水の出る噴水で、体を洗ってやってる。 仔実装にとってみれば、暖かい水が出るサクラの魔法。 サクラは、毎日仔実装達を雨風が凌げる暖かい部屋の中で、毛布で抱いて眠らせている。 仔実装にとってみれば、それはママの暖かい腕(かいな)の温もり。 仔実装達にとって、今の生活を支えてくれている対象は、サクラその物だったのだ。 男は、その飾りに過ぎない。 たまに玩具で遊んでくれるやさしい雑用人という位置づけに過ぎなかったのだ。 サクラは肝心な事を躾けられなかった自分に気付き、「デェェ…」と力無く嘆いた。 無論、サクラが気付くぐらいの事だ。男も同時に今の状況を理解した。 男はその場は引き下がるしかなかった。 男が居間から立ち去ると、仔実装達は勝ち誇った表情でテププテププと歓喜の声を上げた。 その横でサクラは、緑の両目に涙を浮かべながら、子供達の姿を見つめていた。 「デフー」 サクラは憔悴していた。 躾はタイミングが大事である。男に教えられた事だ。 今こそ、仔実装達に、男の有難さを教え込むべきなのだ。 サクラは悩んだ挙句、男にある計画を打ち明けた。 『ママ、お願いがあるデス』 その計画を聞いた男は、驚いた表情を浮かべ、サクラに問いかける。 「おい。サクラ。本気なのか」 『・・デス。躾はタイミングが大事デス。すぐに始める必要があるデス』 「・・・・サクラ、おまえ」 『・・デス』 その計画は、早速今夜行われた。 仔実装達が寝付いた深夜、暗闇の居間に男とサクラが立っている。 男の手には、移動用の実装ケージ。 サクラは、仔実装達を起こさないように、手際よく、仔実装達をゲージに入れる。 そして、男はサクラの手を引いて、玄関から家へ出る。 飼い実装石のサクラにとって、散歩は何度か経験している。 ママの家の周りの地理などは理解しているつもりだ。 この道を突き当たりの白い大きな家には、犬がいる。近づいてはいけない。 この先には、大きな川が流れている。向かいにはコンビニがあり、その隣には 大きな公園があるのだ。 サクラと男は、その暗闇の公園へとたどり着いた。 男の手の中にあるケージには、仔実装達が、まだ寝息を立てて眠っている。 男はサクラの計画を聞いてから、その夕刻、ある物を公園に準備していた。 公園の奥、樹の木陰に位置し、公園にやってくる通行人などの目からも逃れる事が できる場所に、それはあった。 ダンボールである。 男は、夕刻、先にダンボールの置き場所を探し、そこにそれを設置していたのだ。 それは、サクラ親子の新たな家。 サクラが提案した計画。 それは、男の庇護のない生活を、仔実装達に体験させる事である。 ダンボールハウスには、無論、お湯の出る噴水もなければ、暖かい毛布もない。 そういった生活を仔実装達に知らしめることにより、男の庇護の下の 今までの生活が如何に恵まれていたかを、身を持って知って貰うための、躾の一環であった。 その生活に、サクラは身重の体を進んで投じる事を、男に提案したのだ。 男がケージを置いて、ダンボールの扉を開けた。 「デッ!」 何と、中には抜け目なく、既に入り込んでいる先約がいた。 「すまないな。ここは俺が作った家なんだよ」 「デスデスデスデスゥー!!」 実装リンガルで立ち退きを迫るが、もちろん怒り狂う先約の実装石。 男はポケットから金平糖を取り出し、交渉を始める。 怒り狂っていた実装石は、ピタリと鳴き止み、男が取り出した金平糖をじっと見つめている。 「悪いな。ここは俺のダンボールなんだよ」 「デ〜…」 もう男の話を聞いていないみたいだ。 先約の実装石の思考は、目の前の金平糖にのみロックされている。 涎を滝のように流す実装石。 新しいダンボールに、その涎が水溜りのように溜まっていく。 それは堪らぬとばかり、男が金平糖を目の間に持って行き、その実装石を何とか 外へと釣りだした。 「すまんな。これで頼むよ」 「デス」 実装石は、金平糖を両手で掴み、その場でむしゃぶるようにして口に入れる。 その隙に、男はケージの扉を開けて、仔実装達を起こさないように、一人一人 ダンボールハウスへと入れていく。 そして、最後に入ったのがサクラだった。 「サクラ。これを渡しておく」 それは、実装フォン。実装石用に開発された小型PHSだ。 特定の飼い主とのホットラインで通信できる携帯電話である。 実装リンガル機能も備わっており、音声再生機能より、リアルタイムに 会話をすることが可能だ。大きさも実装石に合わせて作られており、 実装石の不器用な手でも簡単に操作できるように、ボタンも簡単な配置で 設計されている一品である。 「何かあったら、これで俺を呼ぶんだぞ。いいな」 「デス」 サクラは緑色の両目で、そう鳴いた。 身重のサクラの出産予定日は、まだ2週間程先である。 サクラの容態に変化があるようであれば、この計画は早く打ち切る必要がある。 男は仔実装達の教育よりも、サクラの体が心配だった。 しかし、サクラにとって大事なのは、自分の体よりも、仔実装達の教育だった。 『ママ、心配しないで欲しいデス。この子達は、きっとわかってくれるデス』 「ああ。おまえの子供だものな」 『そうデス。私の子供デス』 「何かあったら、電話するんだぞ」 『デス。さ、早く行ってくださいデス。子供達が目を覚ますデス』 「ああ。じゃぁな、サクラ。また連絡をするからな」 『デス。しばしの別れデス。デスデスデス』 男がダンボールハウスを後にすると、先ほどの実装石が既に金平糖を食べ終わっていた。 男の顔を見るなり、また「じぃ〜」と男のポケットのみを見つめる。 「すまんな、もう無いんだ」 男が両手をあげる仕草をすると、実装石はチラっと男の顔を一瞥すると、チッと 舌打ちをして、その場を去った。 男は公園を出る前に、サクラがいるダンボールハウスの方へ目をやった。 サクラ達の厳しい公園生活が始まったのだ。 ◆『サクラの実装石5』 朝、子供達が目覚めて初めて感じたのは、固い冷たいダンボールの床の感触だった。 「テチィ?」 いつも見ている高い天井とは違う風景。 目に入ったのは、すぐ目の前に見える低い天井。 光が漏れる暗くて狭い空間。 そして、体の痛み。 いつもの柔らかいソファーは? すっかり冷えている体。 暖かい毛布はどこ? そんな感想を抱きながら、仔実装達はテチュテチュと見慣れぬ風景に気付き、起き始める。 薄暗い空間には、姉妹の姿は見えるが、肝心のママがいない。 仔実装はチィーと鳴いてみたが、返事はない。 そのうち、他の仔実装達も起き始めた。 仔実装達は、見慣れぬ薄暗い空間に戸惑い、テチーテチーと必死に母親を呼び始めた。 ここはどこテチ?暗いテチ。狭いテチ。 ママ?ママがいないテチ。ママ!ワタチはここテチ! ママ!ドコテチ!ママァ!!ママァ!!! 『起きたデスか』 明るい日差しが、その暗い空間へと差し込む。 その光の逆光の中、ダンボールハウスに顔を入れたのは、他ならぬサクラであった。 テチーテチーと鳴いていた仔実装達は鳴きやみ、サクラの胸元に飛び込み、顔を埋める。 『ママァ! ママァッ!!』 『ママがいなくなって吃驚したテチ!』 『ママの匂いテチッー! いい匂いテチッー! 柔らかいテチィー♪』 サクラは仔実装を抱きながら、そのまま外へと連れ出した。 「テチッ?」「テッチィィ」「テチー?」 仔実装達は、一様に?な顔をしながら、サクラの顔とダンボールハウスの風景を交互に見る。 仔実装達は、外に広がる風景を目の前に、驚きの声をあげる。 「チィー!」 そこに広がる風景。眼前に広がる広大な緑。小鳥の囀り(さえずり)。 雲の合間から漏れる朝日に照らしだされた木々。 仔実装達が見る初めての公園の風景だった。 イチゴとバナナは、赤と緑の目をまん丸に見開いて、 男の庭より広い、今まで見たことのない目の前に広がる自然に興奮していた。 『テチュ〜ン♪ 緑が一杯テチ! 広くて気持ちいいテチ!』 『ママッ! 遊ぶッ! お外ォ! 遊ぶッ! お外ォ!』 長女のスモモは、今の状況に疑問を持ち、?な顔をしてサクラに問いかける。 『ママ! ここは何処テチ?』 サクラは、まず子供達に今の状況を説明することにした。 『私達は、ここで暮らすことになったデス』 『私達は、ご主人様に捨てられたデス』 『私達は、これからここでずっと暮らすことになるデス』 「テチィ?」 スモモは、サクラが言ってる意味がわからなかった。 母親のサクラの顔を見て、再びダンボールハウスに目を向ける。 どういうことテチ。いつも家はどこにいったテチ? ソファーは?毛布は?・・・そうテチ。ニンゲンもいないテチ。 ・・・! テププププ。出て行けと言ったから、出て行ったテチ。 そうテチ!そうに決まっているテチ。これからは、ママと一緒に幸せな生活テチ〜♪ スモモは一人納得顔で、自分が追い出したニンゲンの事を思うとテププと笑った。 残りの2匹は、能天気に宙を舞う蝶を追いかけながら、テチテチと走っている。 『さぁ、おまえ達。詳しい話は後デス。早く家に戻るデス』 イチゴがサクラの元に駆けて来ては、ダンボールハウスを一瞥して言う。 『テププ あんなみすぼらしい箱、家じゃないテチ テププ…』 『仕方ないデス 雨風が凌げるだけ私達は幸せデス』 そう言って、サクラは子供達を無理やりダンボールハウスの中へ入れた。 『いいデスね。私は今から朝食を取ってくるデス。それまで大人しく この家の中にいるデスよ。外は危険デス。決して出てはいけないデス』 入れられたダンボールハウスの中は、狭くて暗かった。 今までいた男の家とは大違いだ。 こんな所で、ママと離れてじっとしているなんて、仔実装達には耐えれなかった。 『テチューン! イヤテチ! ママと離れたくないテチー!!!』 『ここは狭くて暗いテチ! ママァ! 行かないで欲しいテチ!!!』 『テェエエエエエン! ママッ!! 行っちゃ駄目テチ! 行っちゃ駄目テチ!』 テチーテチーと騒ぐ仔実装達を何とか説得し、外へ出ようとするサクラ。 末の妹のバナナが、サクラが外に出るたびに、大声で泣き叫びながら ダンボールハウスからは外に抜け出し、サクラのスカートにしがみ付く。 『行っちゃ駄目テチー!!! 行っちゃ駄目テチー!! テェェン!テェエエン!』 サクラは、泣き叫ぶバナナを抱っこしては、頬をすり付けダンボールハウスに戻す。 再び、外に出ようとするが、今度はイチゴとバナナの2匹が泣き叫びながら外へ出る。 『行っちゃ駄目テチー!!! 行っちゃ駄目テチー!! ママァァァァッ!!! ママァァァァッ!!!』 『ママが居ないと怖いテチィ!! 一緒に居てテチッ!!! ずっと一緒に居てテチィィィ!!!』 サクラは困り顔で二人を抱き上げ、二人に頬にキスをして、再びダンボールハウスへと戻す。 それを数回繰り返し、ようやく長女のスモモが2匹をなだめたのか、サクラはようやく 外に出ることができた。 遠くでテェエエエエエン!テェエエエエエン!と泣き叫ぶ子供達の声を聞きながら、サクラは公園の中央へと歩みを進める。 この公園での生活。 男の庇護のない生活を経験させるための生活。 それは躾の一環のつもりであるが、できれば子供達にはひもじい思いだけはさせたくなかった。 サクラは、愛する子供達のために、食料を手に入れる必要がある。 それは、サクラにとって初めての経験だった。 まだ男の家に拾われる前に、サクラの本当のママの下、何度か餌のとり方を見ては記憶は微かにある。 それをまさか自分がすることになるとは、今日まで夢とも思わなかった。 「デス!」 サクラは眼前に広がる朝日が差している公園を目にし、気を引き締める。 広い。 とてつもなく広い。 右を見れば、新緑茂る森が広がっている。ママの家の庭の比ではない。 左を見れば、大きな広場。ママの家の居間の広さどころじゃない。 中央には噴水。 公園の離れには、確か池もあったはず。 目を凝らして見れば、デスデスと野良実装が朝食を集めようと、 至るところを漁っている姿が見える。 サクラは飼い実装として育てられた。 野良としての知識や技術は何も持ち合わせては居ない。 しかも身重だ。 野良実装と力で争うことは無論避けねばならないし、彼らのテリトリを犯す事も避けるべきだ。 その事を頭に叩き込み、サクラは生唾を飲み込み公園の広場へと向かった。 残された仔実装達は、狭いダンボールハウスの中で、サクラの帰りを待っている。 サクラと別れた後、テッスン…テッスン…と泣いていた仔実装達だが、この狭い空間にも 慣れてきたようである。そうなれば実装石だ。次の欲望が身をもたげて来る。 バナナがそのうち耐え切れなくなり、スモモ達姉へと訴える。 『姉チャッ! お外ォ! 遊ぶゥ! 遊ぶゥ! 遊ぶゥ?』 『駄目テチ! バナナ、ママがココに居ろと言ったテチ!』 長女であるスモモが、バナナに言いつける。 『でも、お姉ちゃん。お外はとても気持ちいいテチ。そうテチ! あの窓みたいなところから お外を見るぐらいなら、ママの言いつけを破った事にならないテチ!』 そう言うのはイチゴ。 「テチ…」 妹たちの言い分に言いくるめられるスモモ。 仔実装達は、つま先立ちになり、ダンボールハウスに備え付けられている窓を開け、外の風景を見た。 男の家から見る庭の風景は、まったく違う異質の風景。 無限まで広がるだろうその風景の先には、魅力溢れる冒険の世界が待っているように仔実装達には思えた。 今まで限定された男の家の中の生活。 朝起き食事を取り、限られた空間の中で遊び、そして寝る。その繰り返し。 退屈な生活だ。 しかし、ここにはその枠を取り払った世界が広がっている。 つま先立ちで窓を臨む仔実装達のお尻は、無意識のうちに左右に振れていた。 ワクワク… ドキドキ… ワクワク… キュンキュン♪ テチュー!!! 数分後には、スモモも含め仔実装達は、外に出ていた。 サクラは途方に暮れている。 餌の取り方がわからないのだ。 一体、どこで餌を取ることができるのだろうか。 地面を見る。 実装フードが落ちていないか、必死に探して見る。 落ちているはずがない。 樹を見上げる。 もしかしたら、実装フードが成っているかもしれない。 首が痛いぐらい上を見上げて、必死に探す。 成っているわけもない。 「デスゥ…」 かれこれ1時間近く探しているだろうか。 サクラ自身も空腹のため、腹を鳴らしている。 身重の体は、多くの栄養を要求してくる。 サクラは焦っていた。 もしも、このまま餌が手に入らなかったらどうしよう。 ママに電話しようか。 下着のゴムの部分に挟んでいる『実装フォン(PHS)』を服の上から触る。 駄目だ。今、ママに電話をして実装フードを貰う事は簡単だ。 しかし、それではママの家に居た頃と何も変わらない。 ママの家を離れた意味がまったくないではないか。 「デス!」 サクラは目の前を歩く実装石の姿に気がつく。 そうだ。彼女に聞いて見よう。餌の取り方。洗濯をする場所。 オヤツはどこで取るのか。トイレの場所などは、この公園ではどこなのか。 サクラは意を決して、目の前を歩く実装石に声をかけた。 仔実装達は、ダンボールハウスの周りで花を摘んだり、蝶を追いかけたりして 遊んでいた。 楽しい一時。空腹だが、もう少し立てば、ママが実装フードを運んでくる。 それまでは、遊んで待っていればいいのだ。 スモモもダンボールハウスから離れなければいいと思って、妹達を監視しながら 花の輪などを作りながら、遊んでいる。 その時、バナナとイチゴが姉であるスモモに異常を訴えてきた。 『姉チャッ! トイレッ! ウンコォ! トイレッ! ウンコォ!』 『ワタチモ ウンコテチ! ウンコ 漏れそうテチ!』 「テェ!?」 バナナは既に限界なのか、顔には汗の粒を浮かべて震えている。 イチゴは両手でお尻の部分を押さえながら、同じ場所をくるくる回っている。 『せ、洗面所は何処テチ!』 スモモ達は、飼い実装石として、排便行為を特定の場所ですることを 厳しく躾けられた飼い実装石である。野外でどこで排便をすればいいのか知る由もない。 ウンコはトイレでするものだ。 生まれてから、そう厳しく躾けられてきた飼い実装石なのだ。 ウンコはトイレ以外のところですると、サクラの恐怖の躾が待っている。 パンコンなどは、問題外だ。それは決してしていはいけない行為。 スモモ達は、前の家の記憶を確かに、トイレがあった洗面所を必死に探すしかなかった。 スモモは周囲を急いで見回す。 しかし、周りには見覚えのある洗面所などはどこにもない! 「テチィッッ!!!」「テッチー!テチテチー!」 妹達は訴える。スモモはうろたえる。 ウンコウンコと訴えられると、スモモ自身も便意を感じ始めていた。 『トイレェ!! 姉チャッ! トイレェ!! ドコォォォォ!!!!』 『ウンコ 出ちゃうテチ! ウンコ 出ちゃうテチ!』 『ワ…ワタチもしたくなって来たテチ…』 そうだ。前の家では、洗面所は家の中にあった。 ママは、あのダンボールハウスを「家」と呼んだ。 今日目覚めてからは、まだあの家の中をよく調べていない。 そうだ。洗面所は、あの家の中にあるに違いない。 『オマエタチ! 家に戻るテチ! トイレは家の中にあるテチ!』 スモモはお尻を両手で押さえる妹達の手を引き、ダンボールハウスの中に戻る。 「テチュ!」 暗い家の中。窓から幾分の光は差し込んでいるが、どう見ても狭い空間。 『ドコテチカ! 洗面所! トイレ!』 スモモは妹達を中に入れ、必死に壁をぺしんぺしんと叩き始めた。 『オマエタチも探すテチ! どこかに洗面所があるハズテチ!』 『トイレッ! ドコテチッ! トイレ! ドコテチッ!』 『洗面所 ドコテチ! きっと扉があるはずテチ!』 必死にダンボールハウスの壁を叩きながら、必死に洗面所を探すスモモとイチゴ。 『ウンコォ! ウンコォ! 漏れるのぉッ! 漏れるのぉッ!』 姉の後ろでは、バナナが両手でお尻を押さえ、内股で片足を『く』の字にしながら震えている。 そして、涙と汗の粒をダンボールハウスの床に落としながら『ウンコォ・・・』と呟く。 『漏れそうテチィッ!! 漏れそうテチィッ!!』 『トイレ以外の所でウンコしたら、怒られるテチィ!!』 『洗面所はドコテチィ!!! トイレはドコテチィ!!!』 そのうち、仔実装達は泣き始めた。 ウンコをトイレ以外の所でする粗相。 その粗相の後に来るであろう厳しい躾に恐怖しながら 涙を流し、鼻からも液体を流し、必死の「家」の中のトイレを探し、壁を掻き始める。 10分近くの仔実装達の必死の捜査も虚しく、そろそろ限界が近づいてくる。 顔には脂汗が浮かび、両目から涙を流しながら、振るえながら叫ぶ仔実装達。 『洗面所ォォ!!! ドコテチッ!!! 洗面所ォォ!!! ドコテチッ!!!』 足元にあるダンボールハウスの固定されていない短いフタを、ぱっこんぱっこん開けながら、叫ぶスモモ。 『ウンコォォォォ!!! 出ちゃうのォォォォ!!! ウンコォォォォ!!! 出ちゃうのォォォォ!!!』 ダンボールハウスのガムテープで張られた隙間を、必死に両手でこじ開けようとするイチゴ。 『ウンコォォォォ!!! トイレエエエエ!!! ドコォォォーーー!!! ウンコォォォォ!!! トイレエエエエ!!! ドコォォォーーー!!!』 四つん這いで尻を高く上げ、四肢を震わせながら、天に向って叫ぶバナナ。 そして、糞の濃厚な匂いがダンボールハウスの中に漂い始めた。 まず、糞を漏らしたのはバナナだった。 顔をダンボールハウスの床につけ、お尻を高く上げた状態で、パンコンした。 トイレ以外で排泄をする以上に、禁忌として躾けられているパンコン。 針。ビンタ。蝿叩き。どんな恐ろしい躾が待っているのだろうか。 それを考えると、バナナは恐怖し、まだ肛門の奥に残っている残糞を再び噴出す。 「テェエエエエエン!」 バナナはその場で座り込み、両手を目に当てて、大声で泣き始めた。 パンコン状態で座ったため、パンツの裾から、ぶじょっ!ぷじょじょっ!と音を立て 糞がせり出し、そしてバナナのスカートと床を汚していく。 『ウンコォォォォォ!!!! ダメェェェェェェ!!!! ウンコォォォォォ!!!! ダメェェェェェェ!!!!』 我慢の限界に達したイチゴは、下着をその場に下ろし 「ぶりりりぃ!!!」とダンボールハウス内で排便を行う。 「デヂュアアアアアア!!!!」 その横でバナナは、これからあるであろうママの折檻を想像しては恐怖し 自虐的に糞を手に掴んでは自分の顔に塗りたくる。 「テェエ……テェェ……」 そんな妹たちの姿を見て、スモモは排便をすまいと体を震わせながら、排便行為をひたすら耐えていた。 『トイレの場所?お前、どこの飼い実装デスか。デププププ』 サクラが声をかけた実装石は、言葉の使い方は荒かったが、親切にサクラに色々な事を教えてくれた。 野良実装には、排便を決まった場所でするという習慣はないという。 少し離れた草むらですればよいと教わった。 『実装フード?そんなものあるわけないデス。白痴が・・デププププ』 そう言いながらも、食事はゴミ箱やコンビニの周りを探すと手に入る事があることを教わる。 そして野良実装は、両目が緑のサクラを見ては、 『売女が・・・』 と言っては、出産は西のトイレでする事を教えてくれた。 『デププププ。間抜けな奴デス。飼い主に捨てられて、ざまぁ見ろデス』 そう言って野良実装石は、その他色々なアドバイスを与えて、その場を後にした。 『ゴミ箱・・デスか』 サクラは、公園に点在するゴミ箱を中心に餌を探す。 既に他の実装石に荒らされてた後なので、もう食べれるものなどあるはずもない。 しかし、サクラは仔実装たちのために必死に探した。 「デスゥ・・・」 何とか食べれそうな物を見繕って、とりあえずサクラはダンボールハウスへ戻った。 サクラはダンボールハウスに戻った時に、家の中に広がる凄惨な光景に眩暈を感じた。 「デェェェェェェ」 糞溜まりの中、両目から涙を流し、歯をカチカチと鳴らせながら、両手で頭をかかえるバナナ。 「テェエ……テェェ…」 排便を我慢し過ぎて、お尻を押さえながら泡を吐き、白目で小刻みに震えるスモモ。 「テッチー!テチテチー!」 一人無事なのはイチゴ。しかし、彼女が居た場所には、排泄物がこんもりと積んである。 サクラは、この新しい生活の中で、トイレの場所を定めていなかった事を悔やんだ。 サクラはトイレの場所を、ダンボールハウスから少し離れた茂みと定める事にした。 「どこでも排泄をしてもよい」という概念は、今までの教育と反してしまう。 ならば、ここに住む間でも、一定の場所で排泄をさせるよう仕向ける必要がある。 そう教えると、スモモは両手でお尻を押さえ、震えながらその茂みへと向かう。 サクラは怯えるバナナをダンボールハウスから出し、服と下着を脱がせた。 バナナは恐ろしい折檻が待っていると思い、恐怖のあまり裸のままでも、股間から ぶにょっ・・ぶちょちょ・・と、しきりなしに糞をもらして、涙を流していた。 こ、怖いテチ!怖いテチ! ごめんさないテチ!二度としないテチ!許してテチ!許してテチ! 涙ながらに鼻と涎を垂らしながら、赤と緑の両目を大きく見開いて 歯をカタカタと鳴らしているバナナに対して、サクラはやさして「デェ」と鳴いて その頭を撫でてやった。 『次からは、あそこでウンコをするテチ。イチゴ。あなたもデスよ』 バナナの隣で、直立で固まっていたイチゴも、サクラのやさしい態度に吃驚した。 ウンコをトイレ以外の所でしても、ママは怒らなかったテチ! 今日のママはやさしいテチ!やさしいテチッ!テチュ〜ン♪ 2匹は、サクラの胸に飛び込んで、頭をすりすりしながら、甘えた。 指定されたトイレでは、スモモが排便を終え、しばらく考えて挙句 自らのスカートで股間を拭いていた。 サクラと3匹の仔実装は、葉っぱを使って、ダンボールハウスの糞を綺麗にした。 まだ糞の匂いが漂うダンボールハウスの中、親子はこの生活初めての食事を取った。 先ほどの惨事も食事と聞いて、仔実装達はすっかり忘れてしまっている。 『ママァ! お腹が減ったテチ! ご飯テチ! ご飯テチ!』 『テチュ〜ン♪ 食事テチィー! 食事テチィー!』 『テチテチィー! きっと金平糖テチィー! プリンティー!』 『すまないデス。こんなものしか取れなかったデス』 サクラは、床にそれらを置いた。 ・アイスの棒 ・噛み終ったガム ・コオロギの死体 『?』 『テチィ?』 『何テチィ? コレ?』 仔実装達が無邪気に問うた。 『すまないデス。こんなものしか取れなかったデス』 もう一度、サクラが答える。 『テチィ?』 仔実装達は、これがサクラが取って来た「食事」という事が理解できていなかった。 新しい玩具だろうか。玩具にしては、変な形だ。 今日は玩具の日だけど、今は食事だ。 ママ、ご飯まだ?そう、仔実装達はサクラに問いかける。 『すまないデス。これが今日の朝ご飯デス』 何度かの説明で、初めて仔実装達は、サクラが本気でこれが食事であると 言っている事を理解した。 『…ママ、冗談はヨステチ いつもの丸いヤツでいいテチよ』 実装フードの事を言っているらしい。 『冗談じゃないデス こんなものしか取れなかったデス』 『……………』 『……………』 『……………』 沈黙が走る。 『あの家に居た時、あの丸いのは、どこで取ってきたのテチか?』 『アレはご主人様が私達に与えてくれた食べ物デス 私が取って来たものではないデス!』 『……テチィ?』 仔実装達は、サクラが何を言っているか分からなかった。 あの追い出したニンゲンが、食べ物をくれたテチ? 違うテチ!ご飯はいつもママが用意してたテチ。 あの丸いのも、いい加減飽きたテチ。 今日は庭が広いから、お外で食事テチ。 だから、甘いのがいいテチ。プリンがいいテチ! 『ママッ! プリンッ! ママァ! プリンッ!』 『ママァ! お外でプリン食べるテチー!』 テチーテチーとサクラに甘えだす仔実装達。 この仔実装達は何もわかっていなかった。 ニンゲンが美味しいご飯など用意するはずもない。 ニンゲンなんて居なくても、ママが居れば大丈夫。 仔実装達はサクラのスカートの上に乗ったり、肩に抱きついたりして甘える。 最近のママは痛いことをしないテチ。 ちょっと我侭言っても、怒らないテチ! 今のママが大好きテチ!ママ!大好きテチ! 仔実装達はサクラにじゃれ、サクラに甘え、サクラを溺愛する。 サクラもまんざらではなく、昔の小さい仔実装だった頃のような甘え方をする スモモ達に頬を赤らめて困ったりしていた。 『ママァ…お腹空いたテチ ご飯はまだテチか?』 テチーと仔実装達が鳴いた。 『ご、ごめんなさいデス。すぐに用意するデス。もう少し待っているデス』 そう言ってサクラは、ダンボールハウスに置いたアイスの棒などを急ぎ懐に回収し、 ダンボールハウスを出る。 ダンボールハウスを出ようとすると、バナナがサクラのスカートを掴んでは、 『行っちゃ駄目テチー!!! 行っちゃ駄目テチー!! テェェン!テェエエン!』 と泣いて、サクラを引き止める。 『困った仔達デス・・・』 昔のサクラなら、ここで仔実装達にキツイ躾を施すことだろう。 生きるためのルール。それもこの場で躾けることが必要なのだ。 サクラはできるだけ暴力は振るわず、叱り付けるような大きな声でバナナ達を叱った。 思いもかけないサクラの怒号を聞き、仔実装達は 「テェエエエエエン!」 と泣きながら、大人しくダンボールハウスへと戻る。 まだ1日目は、始まったばかりである。 サクラは重い気持ちを抱きながらも、仔実装達のために公園内を彷徨うのだった。 仔実装達には、始めての感覚が襲っていた。 飢餓感。 食欲旺盛な仔実装達は、男の家にいた頃は、食事以外の時に食事を要求すると 容赦なく躾けられた。 無論、その時も、悲しいまでの飢餓感を味わっていた。 しかし、定期的に給餌される食事のおかげで、それもすぐに解消された。 今感じる飢餓感も、いつもと一緒だ。 すぐに解消されるに違いない。 この家には、くるくる回る針が壁にはないが、もう食事の時間は回っているはず。 だから、食事を要求しても、ママは痛いことをしないはずだ。 だから、仔実装達は、容赦なく食事を要求する。 『オナカ減ったテチィ!!!』 『ゴハンッ!! ゴハンッ!!』 『ママァ!! ドコテチィ!!! ママァ!!』 しかし、この狭いダンボールハウスの中、いくら叫ぼうが母親の姿はない。 母親から放置されている寂寥感。脳に訴える我慢できないほどの飢餓感。 仔実装達は定期的に、テチーテチーと衝動的に食事の要求のため鳴いたりしたする。 しかしその要求の叫びも、この状況を打破することができない事を仔実装達は知る。 仔実装達は、ダンボールハウスの外へ出た。 動けるうちに動くべきだ。 それは、本能としての衝動。 生き残るための本能的な行動であった。 ただじっと蹲るより体を動かした方が、空腹感を誤魔化す事もできた。 ダンボールハウスから外に出る。 日は既に、頭上まで昇っている。 何時もなら、昼食を取っている頃だ。 しかし、このダンボールハウスの生活をしてから、朝から何も口にできていない。 ひもじい。空腹だ。 仔実装達は、ふらふらとサクラが出て行った方向とは、逆の方向へ歩いていく。 特に当てもない。ただの出鱈目だ。 しかし、仔実装の1匹。バナナの視線が、1匹の実装石の姿を捉えた。 『ママァ! ママッ! ママテチッ!』 バナナが指差す方向に、1匹の成体実装石の姿があった。 寂寥感と飢餓感に苛まれていた仔実装達は、一目散に両手をバタつかせながら、 その実装石に向って、テチーテチーと泣き叫びながら走り、その実装石のスカート目掛けて 飛びついた。 『テチュ〜ン♪ ドコに行ってたテチ? 寂しかったテチィ〜♪』 『ママァ! オナカが空いたテチィ!』 『ゴハンッ! ゴハンッ!』 「デェ!?」 驚きの声をあげたのは、仔実装に飛びつかれた実装石であった。 身の丈は、既に成体のそれ。 しかし、発した声がサクラのそれと明らかに違った。 まず長女のスモモが違和感を感じる。 抱きついた感触が、いつものママと違った。 いつも、柔らかく暖かいそれが、突き出たアバラのような骨の硬さを服越しに感じる。 そして、服の質。 いつものママの服は、繊維の1本1本が際立った、優しい肌触り。 しかし、今のそれは、ざらついた布地に、べっとりと湿った感覚。 ママの匂いは、石鹸の匂い。 しかし今、鼻腔で嗅いでいる臭いは、糞の臭い。 仔実装達が抱きついた実装石は、サクラとは、まったく別の野良実装石だったのだ。 仔実装達にしてみれば、サクラと間違えたのは無理のない事である。 仔実装達は、サクラ以外の実装石を見たことがない。 この広い世界に、実装石という種は、母親であるサクラと姉妹だけであると信じ込んできた世界観。 それが、この公園の中で、一気に崩れ去った瞬間。 自分の家族以外に、緑の服と頭巾をかぶり、オッドアイをした同属。 それが、「デェ!?」という悲鳴に近い声をあげて、上から仔実装達を?な顔で見下ろしているのだった。 それは、恐怖以外の何物でもない。 「テチァァァァァ!!」 スモモは両目から涙を流して震えきった。 イチゴもバナナも、抱きついた実装石がサクラでないと知るや同様に叫んだ。 ガタガタガタガガタ… 震える足。 カタカタカタカタカタ… 鳴り響く歯。シャァァァァァァァァ… 足を伝う尿。 そんな3匹の仔実装を、この野良実装は、?な顔で見続ける。 右に頭を捻って、スモモの頬をつねって見る。 左に頭を捻っては、イチゴを持ち上げて、顔を近づけては、臭いを嗅ぐ。 野良実装は、大声で「デェェェェェ…!!」と、後ろの茂みに向って鳴いた。 すると、茂みが揺れたかと思うと、「テッチー!テチテチー!」と7匹の野良仔実装が 野良実装石の周りに集まってきた。 野良実装石は、スモモ達がまざった仔実装の群れを見ては、 「デッ!デッ!デッ!デッ!デッ!デッ!」 と、数を数えるようにして、「デッ!」と続いて鳴く。 しかし、この野良実装は、数字の「5」以上の数を数えることはできなかった。 しばらく、?な顔をして再び顔を右へ捻り、左へ捻った後、自分で得心したのか 『おまえ達。ご飯デスゥ!みんなこっちへ来るデスゥ〜!!』 と叫んで、茂みの中へ入っていく。 今まで震え上がっていたスモモ達だが、「ご飯」という言葉を聴き、互いに顔を 見合わせ、テププと鳴きあった。 生まれてから、感じたことのないこの飢餓感から、ようやく脱出できる喜びであった。 スモモ達は、他の野良仔実装達にまぎれて、その野良実装の後を追いかける。 茂みの中は、少し広い空間になっていた。 そこに野良実装が立ち、仔実装達がその周りに立っている。 スモモ達もその輪の中に入った。 『今日の昼ご飯デス。たっぷりと食べるデスよ!!』 「テチュ〜♪」 野良仔実装達が、涎を流して、大声で鳴く。 スモモ達も、それに合わせて、大声で鳴く。 野良実装は、くるりと背中を向け、いきなりスカートをたくし上げる。 続いて、緑色に染まった下着を脱ぎ降ろし、少し中腰に屈んだと思うと 芝生の上に、ぶりぶりと排便をし始めた。 『みんな、仲良く食べるデス!』 周りの仔実装達は、その糞に群がるように飛びついた。 『ご飯テチー! ママのほかほかのご飯テチィ!!』 『はぐッ…もぐッ…うまいテチュー!!』 『最高テチュ!! ママのご飯 美味しいテチュー!!』 スモモ達は呆気に取られていた。 目の前で何が起こっているか、理解できない。 しかし、周りの仔実装達は、オイシイテチー! ウマイテチー! と叫びながら、我先と緑色の糞を 争って奪い合っている。 その喰らう様の表情。目の色は幸せに満ち、頬は紅潮をしている。 口から流れる涎のそれは、食欲に満ちた仔実装の欲望の現れであった。 もしかして、ウマイのではないか。 一瞬、そういった考えが頭をよぎる。 しかしどう見ても、野良仔実装が喰らっているのは、緑色をした糞そのもの。 スモモの腹がグゥ〜となった。 飢餓感に苛まれているスモモ達の目の前で、食欲を満たしつつある野良仔実装達。 時節、親実装は排便の合間にブヒィ!と黄色のガスを放屁する。 そのガスが出される度に、野良仔実装達は、両手に掴んだ糞を口に運ぶのを止め 両目を瞑って、顔を上に上げ、鼻腔をヒクヒクさせながら、うっとりとする。 『イイ匂いテチィー!!』 『ママの匂いは最高テチィ!!』 『食欲をそそる甘い匂いテチィ〜♪』 『第2弾、行くデス!』 頬を紅潮させ、鼻から荒い息を出しながら、力む親装石。 ぶりっ・・ぶりりぃぃ!! 腸に詰まったガスと共に、親実装の肛門からは、新たな糞がひりだされている。 ひりだされた糞は様々だった。 下痢質の糞。 ゼリー状の糞。 バナナ型の糞。 そして、黒くて丸い形状の糞。 丸い形状の糞を見て、バナナが叫んだ。 『姉チャ! フードテチッ! フードテチッ!』 その糞の形状は、まさしく実装フードの形状に似ていた。 バナナがふらりと糞に近づく。 イチゴもそれに倣う。 スモモも、我慢できず、野良仔実装達の群れに加わった。 そして、それを、糞を、緑色の糞を、手に取り、スモモ達は口に入れた…。 ウマイテチー! ウマイテチー! ウンコォ!! ウマイテチー! ◆『サクラの実装石6』 サクラは悩んでいた。 仔実装たちのために集めてきた食事。 それを「食事」として認識することもなく、無邪気に食事を要求してくる無垢な仔実装たち。 サクラは自分が取って来た「食事」が恥ずかしくなり、思わずそれを回収してしまった。 そして今、当てもなくダンボールハウスを後にし、公園の中を彷徨っている。 足が棒になるほど歩き続け、ようやく見つけたのが先程の「食事」だったのに。 公園を彷徨うサクラ。 「デスゥ・・」 緑の両目で鳴いた。 サクラはふと気付く。 公園のある一角に、野良実装石が集まっている一角があった。 それは一箇所ではない。等間隔に、何匹かが集まっている集団が、3つ〜4つ見られた。 サクラがよく目を凝らしてみれば、それぞれは公園のベンチの周りに集まっているように見える。 そのベンチには、それぞれ人間が座っている。 サクラは何か期待するものを胸に秘め、その集団の一つに近づいた。 「ほぉれ。喰え喰え」 サラリーマン風の男。 くたびれたスーツに、禿げ上がった頭。 営業周りのサラリーマンの昼食時だろうか。手にはサンドイッチやパックの牛乳が握られている。 男は、集まる実装石に向けて、暇そうにサンドイッチのかけらを投げたりしていた。 右にサンドイッチのパン屑を投げれば、野良実装たちが互いを押しのけるように 「デデデ・デスゥー」 「デスデース!」 「デヂァ!」 と掴み合いながら、口を大きく開け、そのパン屑を必死の形相で喰らいついている。 男は、この付近で訪問販売を営んでいる男だった。 今日も朝からノルマが達成できず、このまま帰れば部長の怒号を受けることはわかっていた。 そんなストレスの溜まる毎日。 男は、毎日の営業の帰りに、近くのコンビニで昼食を買い入れては、このベンチに座って 野良実装石を相手にすることを、一番のストレス発散としているようだ。 「ほぉれ!」 男がレタスのついたサンドイッチに一片を、今度は左の方へ放り投げる。 「デッ!!」 「デスデスッ!」 「デスゥエ!?」 レタスを目視したのか、男から向って右の一角に集まっていた実装石達は 地面におちたサンドイッチの一片を、殴り合いの様相で奪い合っている。 サンドイッチの一片は、奪い合いの最中、泥にまみれて原型を留めなくなっている。 しかし、その一片を手に入れることに成功した野良実装石は、泥と一緒にサンドイッチの 一片を口の中に入れ、 『ムッシャ…ムッシャ…ガリッ…ゴリッ…ムッシャ…ムッシャ… うまいデス〜』 と言って、頬を赤らめて咀嚼している。 「よ〜し。次は特別製だぞ〜」 男は、ベンチの脇に落ちてる犬の糞をみつけると、ポケットティッシュでそれを掴み そして、それを放り投げた。 集まる野良実装石は、男の持つサンドイッチにしか、目が行っていない。 放り投げられたそれが、食べ物以外の物など、露とも疑ってはいなかった。 犬の糞は、放物線を描いて、野良実装たちの中心に放り投げられた。 口の両側が裂けんばかりに口を大きく開け、その落下地点に顔を寄せ合う実装石達。 「デァ〜〜〜ッ!!! デァ〜〜〜ッ!!!」 「デァッ! デァッ! デァッアゥ!」 「デェア゛〜! デッアァッァ〜〜ッ!」 口を大きく広げたままで、周りを威嚇しながら鳴くため、変な鳴き声で鳴く。 犬の糞は、1匹の野良実装の頭に跳ねて、大きく後ろにバウンドした。 『デェスァ! 』 『デギャー! 触るなデスッ! これは私の物デスッ!』 『肉デスッ! この黒い光沢は肉デスッ! デシャァァァァァァ!!!』 男が大声で笑い転げる中、一匹の野良実装が、泥まみれの糞を手に掴み、 『ウムゴム…ムッシャ…ムッシャ… 中々いけるデス〜 うまいデス〜 肉はやっぱり違うデス〜』 と、犬の糞を咀嚼し、ご満悦の表情で叫んでいる。 デプププ。このニンゲン、私の可愛さにメロメロデス〜♪ デシャァァァァァァ!!! 次は私に投げるデス! まだ一口も喰ってないデスッ! はやく投げるデス! もっと投げるデス! デス〜デス〜と泣き喚く野良実装石たち。 「よ〜し。待ってろよ。次はもっと豪勢だぞ」 そう言って、鼻紙で鼻を咬みだす男。 サクラはその光景を見て、公園でのもう一つの餌の取り方のシステムに気付く。 この公園に点在するベンチに座る人間達。 皆、一様に群がる野良実装達に餌をあげたりしている。 そう。彼らは定期的にやってきては、実装石達に餌を与えているようだ。 それは、サクラが幼少の頃、時計の針が真ん中に来た時に、男から定期的に 餌を与えれたシステムに似ている。 そういったシステムが、この公園にも存在するのか! きっと、そうだ。 おそらく、時計の針が12を差したときに、人間に餌を要求できるに違いない。 そして、3を差したときは、おやつだ。 そして、夕食は、2回目の7の数字。 見れば、公園の中央。 そこには、大きな時計がある。 時計の針は、12を差している。 そう。餌の時間だ。 サクラは仔実装時代を思い出した。 時間以外に、餌を要求した時には、厳しく躾けられた。 つまり今、餌を貰わない限り、針が7まで来ないと、次の餌を要求することはできないのだ。 サクラは焦る。 躾とは言え、仔実装たちをこの公園生活に陥れたのは、サクラ自身だ。 必要最低限の食事を手に入れるのは、母親としてのサクラの勤めだ。 サクラは、公園中央の時計を見ては焦り、急ぎ人間に向って食事の要求をし始めた。 サクラは、その群れの中に入る。 『デス〜。餌が欲しいのデス。子供が3匹も家で待っているデス〜』 その野良実装石の群れは、丁度、男が投げた鼻紙を奪い合っている最中であった。 『私のデスッ! 私のデスッ! デギァァァァァァァ!! 』 鼻紙をうまく両手でキャッチした野良実装が、周りから強奪の手を恐れ、威嚇を繰り返す。 力一杯鼻紙を掴んでいるため、その手から、にゅるりと青い物が垂れている。 「あははははははっっ!!!!」 男は腹を抱えて、野良実装の様を見ては、笑い転げていた。 この時間が男にとって、一番の至福の時間だった。 家に帰っても、結婚した時にはスリムだった妻が、三段腹でケツを掻きながら 屁をこいてテレビを見ているだけだ。子供も、憎たらしい妻の顔に似だしてきた。 会社に居ても、家に帰っても、気が滅入る毎日。 男の生きがいは、この日々の昼休み。この野良実装たちと過ごす、この一時なのだ。 最初は、些細な悪戯だった。 弁当の残りなどを与えると、面白いように喰らいつく野良実装たち。 面白半分に、道に落ちていた団栗(どんぐり)などを与えて見ると、ボリッポリッとうまそうに喰う。 その悪戯は、どんどんとエスカレートし、与える餌の間に、虫の死骸や、犬の糞などを 巧みに混ぜて、野良実装たちに与えては、楽しんできていた。 「あ〜、今日も楽しかった…」 男は時計を見ては、至福の時間が終わりに近づいた事を知る。 午後は、嫌な得意先を何件か回らないといけない。 そう思うと、この至福の時間から落とされた気がして、余計憂鬱になった。 男が投げた鼻紙は、最初にキャッチした野良実装が、口の中に含んで レロレロと上機嫌で舐めているようだった。 「さて、仕事に戻るか…」 残ったサンドイッチを平らげようとした時に、急に男は激しい尿意を感じた。 「え〜と、便所便所はっ・・と」 西の方には公衆便所がある。そこに行くかと立ち上がろうとした時、男の脳裏に 途轍もない斬新なアイデアが浮かんだ。 「………(ゴクリ)」 生唾を飲み込む。 「………(やるか…)」 周りを見る。今日は幸いにして、人も少ない。 ファスナーを降ろす。野良実装石たちは、男が次に投げる餌のみを期待し、デ〜と 鳴きながら、男の一挙一動のみに注意を払っていた。 サクラも、その野良実装の中に混ざって、それを期待している。 男の一物が、ファスナーの中から現れた。 『に、肉デス! ソーセージ デスッ!』 『フランクフルト デスッ! ポークウィンナー デスッ!』 肉の登場に俄然やる気を出す野良実装たち。 大きな口を開けて、来るべき餌に備えて、口の中一杯に唾液を溜めている。 じょぉぉぉぉぉぉぉ… 男の一物から、輝く一線が放物線を描き、放たれた。 「デ…デスァァァァァァ!!」 「デギュオアァァァ!!」 「デギャー!!!」 男の一線は、容赦なく口を開けた野良実装達の口や目を襲った。 叫ぶ野良実装石たち。鼻をつくアンモニア臭に、これは排尿だということを知る。 野良実装石も馬鹿ではない。 実装石は、自らの排泄物を他者に投げる事により、己の優位性を誇示する特質を持つ。 排尿を浴びせられるというのは、それに近い行為であり、侮蔑の意味と捉える事ができる。 必然的に怒りを覚えるのは、本能的な行為だ。 『何をしやがるデス、この糞ニンゲン! デシャァァァァァァ!!!』 『臭い物を引っかけられたデスッ! 目に染むデスッ! 鼻がひん曲がるデスッ!』 『ぶち殺してやるデスッ! ぶち殺してやるデスッ!』 男は意識的に排尿を止め、左手に残ったサンドイッチを高々と上げた。 左手で、ぐしゃりと潰し、手から溢れるサンドイッチの屑を大げさに落とす。 『! よ、よこすデスッ!』 『デギャー! 触るなデスッ! これは私の物デスッ!』 『退けデスッ! 私のデスッ! 私のデスッ! デギァァァァァァァ!! 』 そこへ排尿。 『ッゲボッ… これは私のデスッ! うまいデスゥ! ッゲボッ…』 『ウポッ… ケポッ…! ムグムグ… もっとよこ…ッ…すデスゥ〜 ウパッ…!』 『うまいデスゥ〜! ッゲボッ… うまいデスゥ〜! ッゲボッ…』 基本的に実装石は、2つ以上の事を平行に考えることはできない。 今は、男の手の中にあるサンドイッチのみに思考がロックされ、男から放たれる排尿が 顔や口の中に浴びせられる事は、まったく考慮に含まれていない。 手の中のサンドイッチがなくなった後でも、実装石たちは口を大きく開け。 滝のように浴びせられるそれを、息絶え絶えに受け止めていく。 『ッゲボッ…ガボッ… (ゴクン)… 次を…ッゲボッ… よこすデスゥ〜♪』 『デスゥ〜♪ 私の魅力にメロメロのガボッ… 糞ニンゲンデスゥ〜♪』 サクラは、その排尿の飛沫をかぶりながらも 野良実装の口から洩れた尿にまみれたパン屑を拾っては、ポケットに集めている。 男の排尿が終わった頃には、野良実装たちは、濡れ鼠の様だった。 頭巾や服は、男の排尿でしっとりと濡れ、体の醜いラインが透けるように体に張り付いている。 スカートの裾からは、服が吸い込んだ尿を、松の雫のようにポタポタと地面へ落としている。 前髪は額に張り付き、口から溢れる黄色の液体は、唾液か尿かわからぬ様だ。 男が大笑いで去った後には、アンモニア臭を漂わせた実装石の集団が残されたのみであった。 「デスッ!」 男が去った後、一匹の野良実装が叫んだ。 見れば、向かいのベンチ。 そこに座る老人は、この公園でも有名な愛護派の人間だ。 手には、大量の実装フードを持ち、2,3の野良実装に対して、餌を巻いているではないか。 「デスデスッ!」 「デスデース!」 出遅れた事を悔やむアンモニア集団。 そして、彼らは駆けた。飛沫を飛ばして。 ウマイテチー! ウマイテチー! ウンコォ!! ウマイテチー! 野良仔実装たちは、そう叫んでいた。 『ウマイテチー! ウマイテチー! ママのウンコォ!! ウマイテチー!』 彼女らは、糞をうまそうに口に頬張り、咀嚼し、嚥下する。 空腹と飢餓感。昨日の夕飯から何も口に入れていないスモモらにとって 目の前で腹を満たす同属の姿を見ることは、限りなく苦痛に近かった。 スモモ達も、それに倣って、目の前の糞を手にとって口に頬張る。 しかし・・・ 吐いた。 なんだ?この不味さは。 周りを見やる。 『ウマイテチー! ウマイテチー! ママのホカホカッ!! ウマイテチー!』 そう叫びながら、食糞を続ける野良仔実装たち。 もしかして、この丸い実装フードみたいのだけが、不味いのだろうか。 バナナがそう思い、緑のバナナ状の物に手をかけた。 口に入れる。 強烈な悪臭と舌先の痺れる味覚。 吐く。 当然だ。 そもそも生物の排泄物などは、栄養素を吸収したカスのようなものである。 加えて排泄物には、生体の中の毒素などの不要物も含んで、対外へ排出する。 そんなものがうまいわけがない。 イチゴが涙を流して吐き出す。 周囲の野良仔実装の喰い様を見て、少しは食べれる物かと期待した。 だが、なんだ。この不味さは。匂いは。この口の中に広がる不快な感覚は! 仔実装達は、飢餓感と目の前の糞の匂いと舌が痺れる味とで、涙を流して叫びそうになった。 手の中の糞を放り投げようとした。 しかし、それを止めたのは、実装石としての本能。 仔実装達は、頭に突き刺さるような、粘液質な視線を頭の上から感じていた。 「デェ〜〜…」 野良実装の親が、右手を口に当て、本日の昼食を喰らう子供達を見守っている。 なんデス? 何かおかしいデス なんだろうデス。 私の子供達の数が、どうも多いように感じるデス。 1、2、3、4、5、? あれ、1、2、3、4、5・・・ 何か違うデス。何か違和感があるデス。 数字を5以上、数えられない野良実装の母は、食事をしている仔実装たちの数が どうも多いように感じられて仕方がない。 「デ〜」と頭を右に捻り、左に捻り「デ〜デ〜」と繰り返している視線を スモモ達、仔実装は感じている。 この野良親実装は、自らの糞を与えることで、子供たちの食事をまかなっている。 これだけの数の子供を養うためには、親実装自身、相当の量の食事をする必要がある。 人間が残した残飯はもちろんの事、自然界に生息する虫や小動物。野草や茸類など何でも摂取した。 それでも足りない時は、同属の仔までは、かどわかし、それを食料としていた。 そんな親実装石が、ふと気がついたことがある。 どうも仔実装たちの中で、服が綺麗な仔実装がいることに。 デ、デ、デ・・・ この野良実装石。数字の5までは数えることができた。 3匹。どうも、この3匹は周りの仔実装と違う動きをしているのではないか。 服の色もやけに艶やかな緑をしている。 見れば、食事をどうも取っている様子はない。 食事を口に糞を入れては吐き出し、入れては吐き出し、繰り返している様を見て思う。 私の子供ではないのではないか。 私の子供ではないのではないか。 その差すような視線を感じたのは、スモモである。 スモモの中にある仔実装としての本能。 仔食いの親から逃れるために、生まれながらに備わっている本能。 それが今、フル作動していた。 スモモは、赤と緑の両目を見開き、地面に落ちる糞を手に取る。 何故だか、わからないが、今はそうしないといけない気がした。 糞を口に入れる。 濃厚な糞の匂いが、スモモの鼻腔を襲う。 口に入れた糞を咀嚼する。 舌に広がる形容し難い味。卒倒しそうだった。 歯と歯の間や、歯石ポケットにも、糞が入り込む。 無意識のうちに、涙がこぼれた。 でもスモモは、 『ウマイテチィー! ママのホカホカウンコォ!! 最高テチィーーー!!!』 イチゴも、バナナもそれに倣う! 『オイシイテチ! 舌が痺れるほど、ウマイテチィ!!』 『ウンコォォォ!!! ウマーーー!!! ウンコォォォ!!! ウマーーー!!!』 目には涙。震えながら糞を口から溢れさせ、嘔吐しようとする胃の運動を 気力で抑えながら嚥下し、震えながら歓喜の声を上げた。 これも一種の媚だった。危険から身を逃れさせようとする媚。 生物学上、外敵から逃れるために行う擬態の一種を、この仔実装たちは その場で適用しながら行ったと言える。 野良実装の親は、?な顔を続けて「デ〜」という声で鳴いた。 気のせいか。親実装は、スモモ達に向けていた視線を外し、全体を見渡す。 親実装の糞は、ひとかけら残らず野良仔実装達の腹に収まった。 野良仔実装たちは、満腹テチーと膨れたお腹を押さえて満足している。 『では、晩御飯の用意をしてくるデス』 『それまで大人しくしているデス』 と言い聞かせて、その場を去っていった。 『た・・助かったテチィ…』 口の中に溜まった糞を、その場で吐き出して、スモモはその場にへたり込んだ。 『ウゲェ… デロデロ…ピチャァッ!!』 余りの臭いに嘔吐を繰り返すイチゴ。 バナナはその場に座り込んで、震えながら呆けている。 しかし、仔実装たちに安息の時間は訪れない。 スモモ達の顔に、影がおおう。 『こいつ、誰テチか?』 野良仔実装の1匹が、スモモ達を見下ろしていた。 見知らぬ姉妹がいることに、野良仔実装たちは気がついたのだ。 『見知らぬ顔テチ』 『こいつら、勝手にママのウンコを食っていたテチ!』 『ッ!! なんて奴らテチ! 無銭飲食テチ!!』 『許せないテチ!おしおきするテチ・・・』 知らぬ間に、スモモたちは野良仔実装7匹に囲まれていた。 互いに抱き合い、震えるスモモら姉妹を、その野良仔実装7匹が囲む。 「テェェ……」とか細い声で鳴きながら、目を涙で潤ませ、小刻みに震えながら抱き合う姉妹。 その姿が、野良仔実装たちには滑稽に移った。嗜虐心をそそる格好の玩具だ。 この仔実装たちは、ママのウンコを勝手に食ったのだ。 私たちのママの愛の結晶を!許されるわけがない。許す事は許されない! ママは、寛容で優しいので、この憐れな仔実装たちを見逃したのだろう。 しかし、ワタチたちは許さない。 『なんか、こいつら震えているテチ テプププ』 『泣いてるテチ 何テチ? 怖いんテチか?』 野良仔実装の1匹が、ちょんと、震えているバナナの足を軽く蹴った。 「ッ!! テチァァァァァァァァァ!!」 ちょっと触れられただけで、過剰反応するバナナ。 『テプッ! テププププッッ!!』 『プギャッ!! プギャギャギャッ!!』 テプテプと笑う野良仔実装たち。 ほんの軽く蹴っただけなのに、なんて反応。嬉しい玩具だ。 晩御飯は夕方。 頭の上の光が、あっちの木々に隠れて、色が変わるまで。 ママが帰ってくるまで、時間はたっぷりある。 今日は、こんな嬉しい玩具が舞い込んできた。 ずっと遊ぶテチ!ずっと遊ぶテチ! 野良仔実装の1匹が、スモモ達の前に立つ。 「テチュ〜ン♪」 スモモは、媚びて見た。 恐怖の中、必死に右手を口元に当てて、顔を横に傾けた。 「テチュ〜♪」 「テチィ♪」 イチゴもバナナもそれに倣った。 先程の食糞の時と同じ反応だ。 生き延びるために行う本能的な行動だ。 しかし、口元に残る糞まみれの顔。 汗と涙でぐちょぐちょになった表情で媚びるスモモ達。 その表情は、野良仔実装たちの嗜虐心に、一層の油を注ぐのは自明の理だった。 媚びるスモモに対して、チョッピング・ライト。 一閃。 スモモの顔がへこむ。 「デヂュアアアアアア!!!!」 スモモの体が後方に倒れ、他の姉妹たちを押しのけ、ニ回転、三回転と転げる。 それが、壮大なリンチの狼煙だった。 怖いテチ! ママ! 助けてテチィ! テチィィィィィ!! 来るなテチ! 来るなテチ! 痛いテチ! やめてテチ! お願いテチ! テギャァァァァァ!!! 野良仔実装たちは、馬乗りになり、仔実装の顔が2倍に腫れあがるまで殴る。 歯を折る。 髪を引っ張る。 腹を蹴る。 先程の糞が、胃からせりあがり、嘔吐する。 容赦はなかった。 「テチァ!! テチィィィィィィィィィィィ…」 「ヂュアア!! ヂャアアアアアア!!」 「デチチー!! テァ!! テチァ!! テチァァァァァ!!」 叫び声が一層、野良仔実装たちの嗜虐心を煽る。 楽しい。なんて声で鳴いてくれるんだろう。 全力で、殴ったり蹴ったりすれば、数分もすれば息があがる。 野良仔実装たちは、肩でハーハーと激しい呼吸を繰り返しながら、息をついた。 3匹の仔実装たちは、あらゆる所から血を出しながら、 赤と緑の両目から、血の涙を流し、 血が滲んだ歯茎(はぐき)をむき出しにし、 残った歯で、ガチガチと音を鳴らし、 ある者は舌を出し、 ある者は血を吐きながら、 糞と小便を漏らして震えている。 痛い。 とてつもなく痛い。 それは、躾どころの痛みでなかった。 こ…怖いテチ 痛いテチ… 助けてテチィ… お家に帰りたいテチ… お家に帰りたいテチ… ママァ… 助けてェ… 何処ぉ… ママぁ…!! 恐怖。 今まで感じたことのない恐怖。 それが、今受けている痛みを倍増させる。 もう嫌テチ。こんな事は嫌テチ。ママァ… ママァ… 暖かい毛布ぅ… 美味しいおやつぅ… お家ぃ… 帰るのぉ… お家に帰って… ウンコするテチ… ウンコするテチ… 仔実装たちは、今の状況に絶望し、テェェン!テェエエン!と泣き始めた。 『テプ…』 『テププ…』 『テプッ!テプププッ!!』 腫れた顔。 折れた前歯。 パンコンした下着。 涙し、震え、媚びるように泣く小さな声。 その哀れな様が、より一層、野良仔実装たちの嗜虐心を煽る。 さて、次はどうしてくれようか! 息を整えた野良仔実装の1匹が、仔実装の1匹を指差す。 『次はコイツで遊ぶテチ』 指をさされたバナナが、!な顔をして、後ろずさるように、這って逃げる。 しかし、野良仔実装の一人に、後ろ髪を掴まれて、ずるずると引きづられる。 「テェッ! デチチー! チィー!」 大粒の涙を流し、姉達に助けを求めるバナナ。 『姉チャッ! 助けてテチィ!! 助けてテチィ!!』 しかし、スモモとイチゴは恐怖のあまり、互いに抱きついて震えるだけで、何もできなかった。 「テチァァァァァ!!」 『黙れテチ』(ガギッ!) 野良仔実装が、踵(かかと)をバナナの顔に振り下ろした。 「テェェ……」 やけに大人しくなったテチ。 先程の叫ぶ様に比べて、いきなり大人しくなるバナナに、野良仔実装はそう思った。 躾。 そう躾だ。 その躾の痛み。 バナナを初めとした仔実装たちは、ここにいる野良仔実装たちよりも、 生まれてから、何倍もの痛みを体験してきている。 それは、サクラが仔実装たちが生まれてきてから、延々と繰り返してきた事。 それは、飼い実装石としての宿命と言えるものだ。 しかし、それが痛みに対して免疫がある、という理論には繋がらない。 痛みは、生けとし生きる万物の生物に対して、公平に与えられる特権であり義務だ。 そしてバナナ達は、その痛みに対して従順であり、そう有るべしと育てられた。 今、目の前にある「痛み」に対して不従順であれ、というのは無理な話である。 『許して欲しいテチか?』 痛みを与える当事者がそう問いかけた。 バナナが思いのかけない問いかけに、コクッコクッとすごい勢いで首を振る。 『じゃぁ、言うことを聞くテチ』 躾の原理と同じである。 痛いことは嫌だ。だから言う事を聞かないといけない。 バナナがその命令に逆らう術はない。 野良実装たちの命令は辛辣だった。 バナナは命令どおり、イチゴに馬乗りになり、その両手をイチゴの顔めがけて打ち抜く。 『テチァァァァァ!! バナナッ!! ヤメルテチィ!! ヤメルテチィ!!』 バナナに馬乗りにされ、叫ぶイチゴ。 『助かるテチィ! 助かるテチィ! これで、痛い事されなくなるテチィ!!!』 払いのけられても、なお馬乗りになり、イチゴを必要に殴り続けるバナナ。 それを見て、プギャァァァァ!!!と笑い転げる野良実装たち。 『やめるテチィィィィ!!! おまえ達ィィィィィィ!!!』 姉妹の骨肉の争いを止めようと叫び声を出し続けるスモモ。 「デチャア! テチァァァァァ!! デチャア! テチァァァァァ!!」 「デヂュアアアアアア!!!!」 「テチッテッチィィィ! テチッテッチィィィ!」 血の涙を流しながら、争うスモモたち三姉妹。 「テプッ! テプププッ!!」 「プギャッ! プギャッ! プギャーーーーーーーッッ!!!」 「テプププーーーッ!!! テプププーーーッ!!!」 「テキャァァ!! テププーーー!!!」 野良実装たちは、腹を抱えて笑い続ける。 イチゴに馬乗りになるバナナを止めようと、必死ですがり付くスモモ。 スモモは、心の底から叫んだ。 『もうイヤテチィィィ!!!! こんなのイヤテチィィィ!!!! 助けてェェェェ!!!! ママァァァァ!!!! 助けてェ!!!! 助けてェ!!!! ニンゲェーーーンッ!!!!!』 天に向って、助けを求め、スモモは叫んだ。ママを。そして、男を。 しかし、天自身が助けを差し出す事はなかった。 その後、野良仔実装たちは、バナナに様々な命令を行った。 少しでも抵抗したスモモやイチゴには、容赦なく野良実装たちがリンチを行う。 そのリンチされた姉妹の様を見て、少しでも殴る事を躊躇をしたバナナに 野良実装たちが容赦なくリンチを加える。 仕方がなく、また姉妹たちの上に馬乗りになり、殴る、蹴るを繰り返すバナナ。 そして、言われた事を素直に実行すれば、痛い事をされない事に気付き始めたバナナ。 そのうちバナナは、「テチュ〜ン♪」と言いながら地面を這いずり回る姉妹に向って、 テププと笑い始めている。 『よし。おまえ。こいつらの髪の毛を引っこ抜くテチ』 「テチ〜♪」 言う事を聞いていれば、痛いことはされなかった。 痛いの嫌だ。言うことを聞いていれば、痛い事はない。 それにしても何だ。いつも、テチテチと命令ばかりしていた姉達。 今は、ワタチに恐れをなして、歯を鳴らして、慄き(おののき)恐れているではないか。 テプププ。ワタチは選ばれたのだ。今まで、威張っていた姉達には、少しお仕置きが必要なのだ。 バナナは、前歯が抜けた血まみれの歯茎をむき出しにして、にやけた口元をして、 スモモ達に近づいた。 『バナナッ!! ヤメルテチィ!! ヤメルテチィ!!』 いつも懐いていた妹が、にやけた口元で暴力を振るうためにイチゴに近づいてくる。 『デチャアアア!!! 来るなテチィ!! 来るなテチィ!!』 まずイチゴの前髪を掴み、力を入れ引き抜いて行く。 ブチッ…ブチブチチィ… 「デヂュアアアアアア!!!! ウポッ!! ウポッ!!」 イチゴは血の涙を流しながら、必死に自分の前髪を守るために、髪の根元を押さえる。 ブチブチ…プチチチチチィィィィ!!!! 「ウポォォォォーーーーーーーッッ!!!」 前歯のない歯茎から、血と唾液の含まった体液を撒き散らしながら、イチゴは額を押さえて、転げまわる。 バナナの力では、全部までとはいかなかったが、イチゴの1/3ほどの前髪は、根元から引っこ抜かれた。 『ヤメルテチィィィ!!! バナナァァァァ!!!!』 スモモが体当たりで、バナナに抵抗する。 突き飛ばされたバナナは、抵抗する姉に対して怒りの仕草で地団駄を踏み、奇声を上げる。 「テキャアァァァァァァァァ!!!!!!」 そして、二人の取っ組み合いが始まる。 「テプッ! テプププッ!!」 「プギャッ! プギャッ! プギャーーーーーーーッッ!!!」 「テプププーーーッ!!! テプププーーーッ!!!」 「テキャァァ!! テププーーー!!!」 その様を、喜劇の一場面でも見るかのごとく、ある者は腹を抱え、ある者は涙を流し、 ある者は糞の匂いのする激しい口臭を撒き散らしながら、大声で笑っていた。 バナナが不利な場面になると、野良仔実装が一斉にスモモに容赦ないリンチを合わせる。 「テェエ……テェェ……」 リンチを喰らっている姉を見ては、テププ♪と口元に手当てて、笑みを浮かべるバナナ。 這いずり回って逃げるスモモの後ろから、バナナは馬乗りになり、後ろ髪を引っ張った。 仔実装の力では、髪は地肌を執拗に引っ張るだけで、抜ける事はない。 しかし、それが長く続けば続くほど、スモモには容赦のない痛みが襲っている。 「テチィィィィィィィィィィィ… テチィィィィィィィィィィィ〜〜〜!!!」 血涙を流し、前歯のない歯を食いしばりながら、必死に耐えるスモモ。 「テプッ! テプププッ!!」 「プギャッ! プギャッ! プギャーーーーーーーッッ!!!」 笑い転げる野良仔実装。 「テチッテッチィィィ!」 鬼の形相で髪を引っ張るバナナ。 まさしく阿鼻叫喚の地獄であった。 その場に、母であるサクラが居合わせたならば、瞬時に卒倒するであろう場面。 スモモの後ろ髪が、両者のベクトルに耐えられず、真ん中あたりでブチンと切れた後、 野良仔実装たちも、そろそろこの遊びに飽き始めてきた。 「テチィ♪テチュ〜ン♪」 一仕事を終え、パタパタと両手をバタつかせ、右手を口元に当て、醜い顔で媚びるバナナ。 さぁて。次の遊びは・・・と考えていようとしていた矢先、ある野良仔実装の1匹が言う。 『そういえば、こいつらの服。すごく綺麗テチ』 1匹の野良仔実装が呟いた。 改めて見るが、その野良実装の言う通りだった。 リンチの末、多少血と泥だらけになっているが、その生地自体の色からして違っていた。 野良仔実装の服は、生まれてから洗濯などをしたことがない。 母親である野良実装が、そこまで世話をしていないからだ。 7匹もいれば、その食事を賄うだけで、精一杯であるのは仕方がない。 だから、野良仔実装の服の色は、濃い緑。いや、黒に近いだろう。 服の繊維と繊維の間には、汗、垢、体液、そして糞や小便が染み込んでいる。 普通、風が吹けば、服は風を通す。 しかし、彼女らの服は、なめし皮のように風を通さない。 かつ、湿っているため、ずっしりと重い。 そんな服の素材で、頭からスカートまで覆われていた。 無論、臭いは強烈。 そして、不快な色をしていた。 比べて、スモモ達の服の色は、エメラルドグリーン。 毎日、サクラが洗剤で洗っているから、ふわふわぁのもっこもこぉ。 そのエメラルドグリーンの服を見ると、野良仔実装達は、ごくりと生唾を飲み込む。 『その服をよこすテチ』 『それは高貴なワタチが着た方がいいテチ』 『よこせテチ!よこせテチ!』 野良実装たちが、今まで命令に従順に従っていたバナナの服を剥ぎにかかる。 バナナは、?な顔をして、痛い事をされないように抵抗を始める。 何故テチ? 言う事聞いたテチ? 痛いことするテチ? 嫌テチ! 言うこと聞くテチ! 言うこと聞くテチ! 殴る。蹴る。ひっぱたく。 野良仔実装たちは、バナナの髪を掴み、手足を押さえ、その輝くエメラルドグリーンの 服を剥がしに掛かる。 頭巾と服が剥がされた。バナナはパンコン状態の下着一枚の姿。 その奪われんとしている服を両手でしっかり掴み、「デチチー!!」と叫びながら、抵抗する。 『ヤメルテチー!! 服ゥ!! ワタチの服ゥ!!!』 テチーテチーと叫び、両手で服をひっぱるバナナ。 『よこせテチ!高貴なワタチにこそ、相応しい服テチ!』 所詮、7対1。力の差は歴然とした。 バナナの抵抗は虚しく、服を奪われてしまう。 その結果に悔しがり、手をばんばんと地面に叩き付けて、悔しがる。 一方、スモモとイチゴは、先程暴力を振るっていたバナナの悔しがる様を見ては、 テププッ♪ テプププ〜ッ♪と侮蔑の笑いを零している。 奪われたバナナの服は、次は野良仔実装たちの間で、奪い合いが始まった。 『ワタチのテチ!』 『何を言ってるテチ!』 『よこせテチ!よこせテチ!』 7つのベクトルの力に晒されるバナナの服。 そして、それは鈍い音とともに7つに裂けてしまった。 『テチィ・・・・』 『・・・・』 裂けてしまった服を見て、落胆する野良仔実装たち。 「ッ!! テェエエエエエン!」 バナナが裂けた自分の服を見ては、卒倒しそうになる。 しかし、傷ついた体で立ち上がり、野良実装たちの足元に転がる布着れを必死に集めてまわった。 「テチッテッチィィィ!」 布と布を必死に合わせて、修復しようとするバナナ。 不器用な両手で、布を必死に掴み、切れた端と切れた端を、震える手で合わせる。 合わせた後に、片手を離してみる。落ちる。合わせる。落ちる。当たり前だ。 「デチチー!!!!チィー!!!! テェェン! テェエエン! テェエエエエエエエエン!」 嘆くバナナ。しかし嘆こうが、現実は変わらない。 バナナの絶叫に気まずい雰囲気が流れた…が、現実はより一層厳しい。 『おまえのせいテチ!』 「テチァ!?」 破けてしまった結果に、逆切れする野良仔実装。 より一層のリンチが始まった。 馬乗りに殴る。蹴る。叩く。噛む。髪を引っ張る。 その暴行の中、下着一枚の裸仔実装姿のバナナに対して、野良仔実装の1匹が、その下着を見ては叫んだ。 『パンツテチ! こいつのパンツ! 白い部分が、まだこんなに残っているテチ!』 次は、バナナのパンツを見ては、驚愕する野良仔実装たち。 リンチを続ける野良仔実装のスカートから覗く下着は、緑色だった。 元の原色である白が残っている部分はない。 野良仔実装たちは、パンツをしばらく穿けば、前後逆にする。 またしばらくすれば、今度は裏表を逆にする。 そして、また前後逆にする。 その過程をまた繰り返す。 野良仔実装たちは、そういった処方を野良仔実装たちは母親から学んでいた。 その結果の末、下着の色は、このような色になっていた。 しかし、何だ。 こいつたちの穿いている下着の色は。 無論、パンコンしているところは緑だ。 しかし、それ以外の場所。 白。 遠い昔の記憶。 自分の下着も、そんな色をしていたような気がする。 空を見上げた時に映る雲の色。 それと同じ色をした下着。 『パンツを脱がせテチ! パンツを脱がせテチ!』 『両手を押さえるテチ! 足を広げるテチ!』 その様は、まさに輪姦だった。 両手両足を、一人ずつの野良仔実装に押さえつけられ、言いようにされるバナナ。 力の前には、仔実装などは無力だ。 『イヤァァァァァ!!!! パンツゥゥゥゥゥ!!!!! アソコォォォォォ!!!!! ミエチャウゥゥゥゥゥゥ!!!!!』 頬を赤らめながら、場違いな叫び声をあげるバナナ。 バナナの下着が、ずるっ・・ずるっ・・と、糞を零しながら脱がされていく。 脱がされた下着は、また野良仔実装たち間で、醜い奪い合いが始まった。 『白いパンツは、純粋な私が似合うテチ!!』 『バージンロードは私の物テチ!私の物テチ!』 結局、今回は1匹の仔実装がそれを奪い、それを頭にかぶった。 糞が残る下着をかぶったために、糞が顔に流れ落ちるが、そんなことは無頓着に 『やったテチ〜 これは高貴なワタチに相応しい勝負パンツテチ〜』 と喜んでいる。 バナナは自らの股間を両手で押さえ、頬と耳まで赤くし、腰をくねらせながら 『オヨメッ! 行けないテチッ! オヨメッ! 行けないテチッ!』 と、目に涙を浮かべながら、静かに泣いている。 野良仔実装達は、裸仔実装のバナナに興味をなくし、エメラルドグリーンの服を 纏った(まとった)、震え上がっているスモモとイチゴに視線を向ける。 再び、略奪が始まった。 両手で奪われまいと、足を踏ん張り必死に抵抗するスモモ。 結局奪われてしまい、両手両足で地団駄を踏むイチゴ。 『ワタチの服ゥ! 返してテチ!! 返してテチ!!』 『テェエエエエエン! 服ゥゥゥゥゥ!!! ワタチの服ゥゥゥゥゥ!!!』 下着も奪われ、それも醜い奪い合いが始まる。 イチゴは破かれていく自分の服を見ては、デチチー!チィー!と叫び声をあげ、頭を地面に数回ぶつける。 しかし、スモモは冷静だった。 逃げるなら今である。 スモモは、虫の息のバナナの腕を掴み、悔しがるイチゴの腕を掴み、ゆっくりゆっくり その場から後ろざる。 『ワタチの服テチッ! よこすテチッ!』 『白のパンツ!白のパンツ! 純粋なワタチにこそ相応しいテチ!!』 『やめるテチィ! プシャァァァァ!!! 破れるテチ! 手を離せテチィィ!!』 その争奪戦の最中、一匹の野良実装が叫ぶ。 『う、うまいテチ! こいつらのウンコォ、うまいテチィ!』 下着の奪い合いの中、飛び散る糞が口に入ったのか、その野良仔実装は叫んだ。 半信半疑で、もう1匹の野良実装が、奪い合っていた下着に付着していた糞を口に入れる。 『ほ、本当テチ!! 舌がとろけそうな程、甘いテチ!』 甘いというが、金平糖の甘さのそれではない。 言ってみれば、チョコレートと和菓子の甘さの差。 微妙にその味の感覚は、それに似ていた。 スモモ達は、生まれてから実装フードを中心に育てられてきた実装石である。 実装フードの成分は、糞の臭分を抑える効果のある素材などが加えられており スモモ達の内蔵は、ほぼ清潔に保たれている。 今まで、親の糞しか味わったことのない野良仔実装にとっては、スモモ達の糞は 驚愕的に美味な物として、感じられたのだ。 『パンツ!ウンコついているテチ! ウンコ舐めさせるテチ!』 『このウンコは、ワタチの物デチ!』 『このウンコ最高テチ! このウンコ最高テチ!』 今だ! スモモは立ち上がり、2匹の両手を引き、その場から駆けた。 走った。 闇雲に走った。 後ろから、あの野良仔実装たちが、追いかけてくるのではないか。 恐怖で、何度も後ろを振り向きそうだったが、妹たちの両手を引き、そして走った。 怖い! 怖い場所だ! 外は怖い! 家だ! 家は安心だ! 家。ダンボールハウス? 違う。男の家だ。ニンゲンの家だ。 ニンゲンはどこ? ニンゲン・・・ニンゲンッ! ニンゲンの家はどこ? 『ニンゲェェェーーーンッッ!!!! ニンゲェェェーーーンッッ!!!! ドコテチュゥーーーー!!! ニンゲェェェーーーンッッ!!!!』 気がつけば、スモモ達は、元のダンボールハウスの家の前に居た。 どこをどう駆けたかは忘れたが、帰巣本能というべき嗅覚でここまで戻って来た。 テチュ〜 此処まで戻ってくれば、安心である。スモモ達は、安堵の息を吐いた。 しかし、互いの悲惨な姿を見合っては、テッスン…テッスン…と涙を流し泣く。 服と下着を奪わた裸仔実装の姿。 殴られて顔を数倍に膨れている。 その顔の至るところに糞と泥。 髪はぼろぼろ。完全に禿というわけではないが、所々が束で抜かれて禿となっている。 こんな姿で、公園をうろつくのは、死を意味するのも当然だ。 それは本能でわかっている事だ。 帰ろう。ダンボールハウスでもいい。 ママの帰りを待つんだ。 そして、ママに言おう。 ここは嫌だ。 この場所は危険だ。 帰ろう。 私たちの家へ。 ニンゲンも一緒でいい。 私たちがいるべきところは、あの家なのだ。 仔実装たちは、ダンボールハウスの中へと入った。 『金平糖デスか?』 「………」 上を見上げる裸姿のスモモ。 『金平糖デスか?』 「………」 ポカーンと口を開けて、上を見上げるスモモたち。 私たちの家のはずであるダンボールから出てきたもの。 『金平糖はまだデスか?』 それは昨晩、このダンボールを占拠していた先約実装石だった。 ◆『サクラの実装石7』 男は昨晩はよく寝付けなかった。 サクラ達を公園へ送り出し、家に戻ったのが夜の0時を回っていた。 男は、普段は酒を飲まない。 その日、戸棚に仕舞っているウィスキーを舐めながら、男が就寝したのが深夜の2時だった。 翌朝、目が覚める。 頭が痛い。 飲みなれぬ酒などを呑んだからだ。 寝室を出て、階下へ降りる。 いつもなら、机の上にサクラが配膳を終え、そこに仔実装達といっしょに座りながら、 男の目覚めを待っているはずだった。 だが、その姿もない。 男は朝食の準備をする。 いつもなら、サクラ達とくだらない話をしながら、朝食のメニューを2品、3品 作っているところだ。 しかし、その気力も失せている。 男はパンを焼いたものと、インスタント珈琲を入れたものだけを食卓に置き、 改めて、サクラが座っていたいつもの場所に目をやる。 何も盛られていない空白の皿。 静かな朝の食卓。 サクラのいない朝。 サクラと過ごしたこの3ヶ月が、男にとってどんなに大事だったのかを思い知った朝である。 男は携帯を取る。 サクラからの受信がないかを確かめるためだ。 昨日の夜半からにかけて、男の携帯への受信はなかった。 それもそうだ。 まだ、サクラが公園の生活を始めて1日も経ってはいない。 サクラは強い子である。 自分から言い出した躾。 それを放棄することはあるまい。 だが、しかし・・・ 男は考える。 餌は取れるだろうか。 子供達は泣いたりしていないだろうか。 ダンボールハウスは寒くはないだろうか。 糞を漏らしたりしてはないだろうか。 オヤツを欲しがっては、泣いてはいまいか。 玩具で遊びたがっては、泣いてはいまいか。 嗚呼・・ 考えれば考えるほど、男は居たたまれなくなった。 すぐにでも、公園に飛び出したくなる。 男は気晴らしにTVを見ても落ち着かず、雑誌を見ても落ち着かず、 煙草を一箱、空にするぐらいに吸い倒した挙句、男は、夜を待たずに 携帯電話を取り上げ、サクラに連絡を入れた。 昼を少し過ぎた頃だった。 その少し前。 公園には、餌を求めて彷徨うアンモニア集団があった。 中年の男に排尿をかけられた野良実装石の集団である。 その中にサクラの姿もあった。 実は、この日は野良実装にとって幸運な日になるはずだった。 この日は、公園の近くに住む愛護派の人間が、こぞって公園に詰めていたのだ。 普通であれば野良実装達は、その愛護派の人間達から、相当量の餌を得る事ができたはずだ。 しかし、その愛護派たちが驚いたのが、このアンモニア集団の出現である。 『デス〜♪ 私にもステーキをよこすデス〜♪』(ぷぅ〜ん) 『この可愛らしい私のために、わざわざ来てくれたデス〜ン♪』(ぷぅ〜ん) 尿を顔から垂らしながら、口元に手を当てて媚びるアンモニア集団。 その様を見せられては、流石の愛護派もたじろかざるを得ない。 『デ?なんで、逃げるデスか! まだ何も貰っていないデス!』 『デスッ!デスッ! 待ちやがれデス!』 『餌が欲しいのデス! 家にはお腹を空かせた子供達がっ・・』 サクラもアンモニア集団の一員として、必死に媚びた。 しかし、その集団の姿、匂いが愛護派の人間すら遠ざけてしまっている。 アンモニア集団は、公園のありとあらゆる人間に餌を媚びまわった。 飼い実装を連れて、公園を訪れている気だるい午後のマダム(46歳♀) 「なっ!何ザマスかっ!この臭い集団はっ!行くザマスよっ!エメラルドちゃんっ!」 「デフー」 『デ、デスッ! 可愛い私を置いて、何処へ行くのデスッ!』 会う人間、会う人間、すべて顔をしかめて避けて行く。 おかしいデス。いつもなら、私の魅力にメロメロのはずデス・・・ おい。餌を置いていくデス! 何故逃げるデスか! デギャー!!! ママー! お腹空いたテチー! 空いたテチー! サクラも、餌を媚びるために必死に、人間に向って叫んだ。 昨日から何も食べてないこと。子供がお腹を空かせているいること。 この公園で食べ物を取ることができないこと。 しかし、その叫びもアンモニア臭の前には無情にも無視され 公園内の中央には、途方に暮れた野良実装の一団だけが残された。 『き、貴様らのせいデスッ! 臭い匂いをプンプンさせて来るからデスッ!』 他所のベンチで、愛護派から順調に餌を貰っていた実装石が言う。 『何、自分の醜さを棚に上げて言ってるデスッ!』 野良実装の間で、醜い争いが生じた。仔実装も含め総勢30匹はいるだろうか。 「デスデスッ!」「デギャー!!!」「デェスァ!」「デスデスッ!」 思い思いの糞蟲ぶりを発揮し、汚い罵りあいが始まった。 『貴様の醜さのせいで、餌を貰い損ねたデスッ!頭かち割って反省しろデスッ!』 『おまえは自分の糞でも喰ってろデスッ! デシャァァァァァァ!!!』 『臭い面近づけるなデスッ! 悪臭デスッ! 悪臭デスッ! キムコッ!キムコは何処デスゥゥ!』 罵倒から始まったそれは、次第にエスカレートし取っ組み合いの喧嘩に発展していく。 その罵倒の中、サクラはどうしてよいか、オロオロと周りを見回している。 その時だ。 デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪ 少し高い音の電子音。 「デ?」 「デデッ!?」 乱闘を続けていた野良実装達の手が止まる。 高い周波数の電子音の出所を、実装石たちは「デッ?デッ?」と首を左右に振りながら探している。 デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪ その音の出所は、サクラの実装フォンだ。 サクラは顔を赤らめながら、両足を内股にし、少し前かがみになる。 下着に挟んだ実装が、バイブレーション機能により、小刻みに震えているからだ。 音の出所がサクラだと気付くと、野良実装達が、一斉にサクラの方を向いた。 「デェ?」 「デデ?」 小便で濡れた髪の毛が、額にこびり付いている野良実装の赤い目と緑の目。 糞の滓(かす)を溜めた黄色い歯が並ぶ口で、デフーデフーと臭い息を吐きながら、 ?な顔で見つめる野良実装の赤い目と緑の目。 その他多くの赤い目と緑の目。 デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪ サクラは「デ…♪」と頬を赤らめながら、下着の中からバイブレーションするそれを抜き取った。 サクラは不器用な手を使いながら、折りたたみ式の実装フォンを広げる。 この実装フォンは、緑のフォルムで仔実装の姿をデフォルメしており、上の部分には、 仔実装の耳らしき物がついており、左右には手のような物もついている。 サクラは、ボタンを押し、実装フォンを耳に当てた。 「サクラか?」 それは、男からの、ママからの電話だった。 『デスデス〜! ママッ!』 サクラは、耳元から聞こえる男の声に、思わず大きな声を上げてしまった。 サクラの実装フォンを覗き込んでいた野良実装が、その声に驚き「デェッ!」という 声を上げてのけぞってしまう。 「サクラ。今、どこにいる。仔実装達は無事か?」 『デスデス〜。子供達は無事デス。でも…餌が取れなくて困っているデス…』 やはりな。男は思った。 男は今、男の家の居間からサクラに電話を入れている。 飼い実装であるサクラが、果たして公園の中で育ち盛りの仔実装達のために、 十分な餌を取る事が果たしてできるのだろうか、と心配で電話を入れてみたが、その通りだった。 サクラの憔悴する声を聞いた男の決断は早かった。 「サクラ。そこで待ってろ。今、餌を持っていってやる。いいな。俺がつくまで待っていろよ」 『マ、ママッ! 来るデスかっ?』 「ああ。待ってろよ。すぐに行くからな」 『デス〜。ママッ!待ってるデスゥ〜!!』 そう言って、男はコンビニの袋に入るだけの実装フードを詰め、家を飛び出した。 来る・・・。ママが来るデス・・・。嬉しいデス。嬉しいデス! 仔実装達の餌すら取ることができない自分の不甲斐なさに、落胆しているサクラが やはり最後に頼ったのは、ママであった。 サクラは、男が餌を持ってくるというよりも、一晩ですらママに会えなかった寂しさが こんなに辛いものなのかと、男の声を聞いて、改めて実感したのだ。 サクラは実装フォンでの会話が終わった後、サクラは気づく。 周りの野良実装の赤と緑の視線。 「デー?」「デェェェ…?」「デデェー?」 すべての野良実装の視線が、サクラの方向に向けられていた。 今、一体、こいつは何をしていたんデスか? 何か、独り言をほざいていたデス。 ママって叫んでいたデス。あの変な玩具がアイツのママデス? おかしな奴デス。頭わいてるデス。 野良実装達にとっては、無論「実装フォン」など知る由もない。 野良実装達から見れば、何かブツブツと独り言を呟いている変な奴。 そういった感じに見られたに違いない。 『ママー あのオバチャンの独り言 変テチー』 1匹の野良仔実装が、素直な感想を母親に対して口にする。 そのストレートな感想が、他の野良実装たちの心象を見事に言い当てていた。 『デプッ…』 一匹の野良実装が笑う。 『変な奴デスゥ… デププゥ…』 笑いは伝染する。 2匹目、3匹目が、先程の滑稽なサクラの行動を、デププと笑い始めた。 『デプゥ!デプププゥ! 変な奴デスゥ! コイツ! 基地外デスゥ〜!?』 『デププププッ! ママ? その変てこな玩具が、貴様のママデスゥ?』 どうも、野良実装たちは、実装フォンに対して「ママ」と叫んだサクラの姿が滑稽に映ったらしい。 笑いは乾いた草原に広がる野火のように、野良実装の集団に一気に広がった。 デピャピャピャピャピャッ!! デプゥ! デプププゥ! テプププ、プギャアアッ!! プギャアアッ!! 野良実装の一匹は、自分の子供を片手で持ち上げ、耳に当て「デスゥ!デスゥ!」 とサクラの姿を真似ては、揶揄している。 『(声色を変えて)「デスデス〜! ママッ!」「デスデス〜! ママッ!」』 『そっくりデスッ! プギャァァァァァ!!! そっくりデスッ!』 『デピャピャピャピャ!! 頭がおかしいデスゥ〜! アルツハイマーデスゥ!』 「デ・・・デエェェェェ!!」 サクラはたじろく。 実装石は、本能的に他者を侮蔑する性質を持つ。 侮蔑することにより、他者より自身が優れている事を誇示する行動である。 逆に侮蔑されることは、自身が他者よりも劣っている事を示されている事であり それは、実装石にとって、感情的、否、本能的に耐えられないことである。 しかし、サクラは周囲でサバトに興じる狂信者のような、野良実装のニタつく笑いに震えながら耐えた。 かみ締める唇。 緑の両目には涙。 震える足を叱咤しながら、男の、ママの顔を思い浮かべて耐えた。 『デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪』 実装フォンの呼び出し音を声色を変えて声帯模写する野良実装。 『デプププ。おまえのママは知障デスゥ! 何デスか?その間抜けな鳴き声は? デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪』 サクラの顔と実装フォンに、交互に顔を近づけながら囁く野良実装石。 『助けてェ〜! ママァ〜! お友達がイジメルデスゥ〜〜♪』 直立姿勢を強要させた自分の仔実装を、実装フォンのように耳と口元に当てては、 サクラの真似事をする野良実装石。 『テチュゥゥゥゥゥ〜♪ テチュゥゥゥゥゥ〜♪』 直立姿勢を強要された仔実装石は、親が尻をつねると同時に、教えられた通りに鳴く。 まるで、小学生の教室で繰り広げるようなイジメの風景。 サクラは、その場で実装フォンを握り締めながら、緑の両目に溢れんばかりの涙を湛えながら、 必死に唇をかみ締めて耐えていた。 その時だ。 デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪ タイミング悪く、実装フォンが鳴ってしまった。 しかも、サクラは今の置かれた現状が悲しくて哀しくて、実装フォンを取るなり 『ママァ〜〜!!!』 と叫んでしまう。 無論、その様を見ては、壷にハマり、転げるように嘲笑を繰り返す野良実装石。 「デプッ! デプププッ!!」 「テプププーーーッ!!! テプププーーーッ!!!」 「プギャッ! プギャッ! プギャーーーーーーッッ!!」 「テキャァァ!! テププーーー!!!」 野良実装石達の理不尽な侮蔑と嘲笑。 それはサクラ自身だけでなく、サクラのママにも向けられている。 今まで、必死に本能に抗いながらも、必死に耐えてきた涙。 しかし、実装フォンの向こう側に聞こえるママの声を聞くと サクラはとうとう堰を切った風に泣き出してしまった。 『ママァ〜〜! ママァ〜〜! ディェェン! ディェェン! 何処にいるデスッ!! 何処にいるデスッ!! ディェェン! ディェェン!』 「・・・ッ!!」 男は公園の入り口にまで来ていた。 先程、サクラに電話を入れて、全力で走り抜いた家から公園への道のり。 そして、公園の入り口で、再度サクラに連絡を入れた時に、実装フォンから 聞こえたのがサクラの叫び声だった。 「サクラッ! 今どこだ?どこにいる?」 公園の中に入り、全力で走りながら、男は問いかける。 『デェエエエエン! ママァッ! ママァッ! デェエエエエン!』 男は泣きじゃくるサクラを実装フォン越しに説得して場所を聞き出し、 公園の中央へとやってきた。 男の姿を捉えたサクラは、両手を仔実装時代のように、上下にバタつかせ、 アンバランスな体を左右に揺らしながら、全力で野良実装の群れの間を抜け 男の胸の中に駆け込み飛び込んでいく。 男は、アンモニア臭を漂わせるサクラを平然と胸で受け止めた。 男の胸の中で頭を擦り付けるサクラを、嫌な顔一つせず頭をやさしく撫でてやる。 「デェ!」 「デデデデェ…!!」 その有り得ない光景に、驚き戸惑う野良実装石たち。 「デス〜デス〜♪」 サクラは男の姿を見て安心したのか、男の両足の間を、8の数字を描くように くるくると「デッス♪デッス♪」と甘えて回る。 時節止まっては、男の足に頭をすりすり。 そして、また「デッス♪デッス♪」と8の字に回る。 「デェ!」 「デデデデェ…!!」 野良実装石たちは、何か起こっているのか理解できない。 先ほどまで馬鹿にしていた相手が、いきなりやって来た人間といちゃついている。 相手を詰り(なじり)蔑む(さげすむ)事により、相手よりも有利に立っていたはずなのに この状況を見せつけられる事は、先ほどまでの立場が逆転している事を認識せざるを得ない状況である。 そう。野良実装石たちにとっては、上から下に落とされたような状況なのだ。 先ほどまで高揚していた気持ちが、一気に現実に落とされたような感覚。 鼻につくアンモニア臭。十分に貰う事ができなかった餌。それから来る慢性的な空腹感。 そして、目の前に繰り広げられる自分より劣る知障の同属を、あたかも娘のように あやすニンゲンの男。 何故だ。何故なんだ。 薄っぺらい板を母親呼ばわりする奇行を繰り返す白痴を、ちやほやと持てはやす! その姿は、まるで飼い実装石のようではないか! 一通り甘え倒した挙句、肩で息をするサクラを男は抱き上げ、近くのベンチへと座った。 ベンチの周りでは、怨嗟(えんさ)の炎を瞳に灯した野良実装石がデスーデスーと喚き散らしている。 『私の方が、飼い実装石として相応しいデスッ!!』 『ニンゲンッ! 何を見ているデス! この可愛い私が眼に入らないデス!?』 『知障の癖に図々しいデスッ!そこは本来、可愛い私こそが座るべき場所デスッ!』 しかし、舞い上がったサクラは、その野良実装石たちの怒号が聞こえない。 鼻から荒い息を吐き、男の膝の上で地面に届かない両足を交互にぶらりぶらりとしては 頬を紅潮させた顔で、男の顔を見上げている。 デスデスと喚くだけでは、埒が開かないことを学習した野良実装石たちは、 次は男をメロメロにする作戦に撃って出る。 『デプププ。これでニンゲンはメロメロデス♪』 『私の魅力に興味を示さない不能は、この世に存在しないデスゥ〜♪』 右手を口元に添え、デスゥ♪と媚びる。 スカートをめくり、緑の下着をチラリ。 腰を前後左右に激しく振りつけ、怪しい踊りを始める実装石。 「サクラ、吃驚したぞ。あんな声で鳴くから」 「デスデス〜デ〜ス!」 「あ・・・」 男は急いで来たために、肝心のリンガルを持って来るのを忘れた事に気付く。 「サクラ。リンガルを忘れてしまったんだ」 「デス?」 「わかるか」 「デ?」 「リ・ン・ガ・ル」 「デ・ス・デ・ス」 完全に無視されている野良実装石たち。 「デデッ!」「デエェェ!」「デスッ!デスッ!」 愛護派には通用していた得意の媚が通用しないことに、酷く自尊心を傷つけられる野良実装石。 ならば、こうだ。と言わんがばかり、過激な媚に打って出る。 オナニーを始める者。 両手で胸を揉みくだし、頬を紅潮させ、無い爪を噛む者。 大胆な者は、緑のパンツを膝まで下ろして、スカートを全開に開く。 こちらでは、後ろ向きで両足を開き、尻を高く上げては、尻の割れ目を両手で掴み 総排泄口を男の目の前で、全開にさせている。 しかし、男の視界には野良実装たちが入っていない。 『デギャァァァァ!! どうして振り向かないんデスかぁ!』 『この可愛い私の観音様をどうして拝まないんデスかッ!ブギャァァァァ!!!』 切れる野良実装石と2人の世界に入っている男とサクラ。 「そうだ!」 男は電話を取り出し、目の前にいるサクラに電話をかける。 実装フォンにはリンガル機能もついている。 実装リンガルを忘れたとしても、これを使えば会話は成り立つはずだ。 「サクラ。わかるか?」 『デス! 言葉が通じるデス!』 実装フォン越しで、男と会話を始めるサクラを、野良実装たちは不思議そうな顔で見ている。 「サクラ。ほら」 男は、膝に抱いたサクラに、鞄の中からコンビニ袋を取り出す。 それは、男が家に出る時に、抱えるようにして持ってきた実装フードだ。 「お腹減ってるんだろ。食べなさい」 「デデッ!」「デスゥア!」「デスデスッ!」 媚を続けていた野良実装石たちの動きが、一斉に止まった。 それは、野良実装たちの本能に訴える物。 良心的な愛護派から、1週間に1度、少量だけ貰うことができる幻の一品。 実装フード。 それも、袋一杯に溢れんばかりに詰め込まれている。 『デジャァァァ! ニンゲンッ! それをよこすデスッ! それをよこすデスッ!』 『ママーッ! アレ 食べたいテチー! 食べたいテチー!』 『黙るデスッ! アレはママの物デスッ! さぁニンゲン、遠慮なく渡すデス!』 野良実装石は、口から涎を溢れるほど零している。 実装フードを食べるところを想像しているのだろうか。 ゆっくりと、口を咀嚼するような振りをして、手をゆっくりと宙で掻きながら、 頬を紅潮させその想像の味を楽しんでいる。 そんな野良実装石をよそに、男は続ける。 「ほら。毛布も持ってきた」 男はバックパックの中から、サクラたちが使っていた愛用の毛布を取り出す。 「デェスァ!」「デスデスッ!」「デスデース!」 近所のスーパーの実践販売の前の主婦のような顔をする野良実装石。 「ほら。あいつ等の玩具」 それはバナナ達がお気に入りだった車の玩具。 「テチュア!!」「テチッテッチィィィ!」「デチチー!チィー!」 夢にまで見た玩具が目の前に。 輝く目をして、涙を流しながら、母親のスカートを引っ張る仔実装たち。 「ほら。金平糖も持ってきた。プリンもあるぞ」 次々と鞄の中から取り出す男。 「デジャァァァ!!」「デチャアアア!!!」「デギュオアァァァ!!」「テチァァァァァ!!」 男の鞄から溢れる夢のアイテムの数々に、興奮する野良実装石たち。 しあわせ回路全開で、すべて自分のために与えれると勘違いしデプププと頬を赤らめる。 『玩具ッ!! 玩具ッ!!』 夢の車の玩具を目の前に、その場で仰向けになって親に玩具を要求する仔実装。 その野良実装の喧騒の中、サクラは、目の前に出された品々と男の顔を交互に見ては、 実装フォン越しに男に言う。 『ママ…、これは貰えないデス』 「・・・!」 『これを貰ったら、元の生活と変わらないことになるデス』 男は激しく後悔をしていた。 わかっていた。わかっていたはずだ。 サクラなら。サクラなら、絶対にこうするはずだと。 サクラ自身もお腹を空かせているはずだ。 それも身重の体。必要以上の栄養を欲する体。 そう。彼女の実装フードを持つ手は震えているではないか。 わかっていながらも、こういった行動しか出きぬ男も不器用であれば、 こういった回答もできないサクラも、不器用な実装石であった。 男はしばし自らを叱責し、そして考えた挙句サクラに言う。 「わかった。サクラ。だったら餌を取りに行こう」 「デ?」 「俺も手伝う。餌と言っても、こんなに野良実装がいるんだ。どこかに食べれる物もあるさ」 男は毛布や玩具、金平糖に実装フードを鞄の中に入れるとサクラを抱いて立ち上がった。 鞄の中に消えていくアイテムを見ては、野良実装たちは一層に騒ぎ立てる。 「ほら。こいつらも、こんなに元気だ。ってことは、食べれる物があるってことだろ」 男がベンチを離れようとする。 「デジャァァァ!!」「デチャアアア!!!」「デギュオアァァァ!!」「テチァァァァァ!!」 夢をアイテムを持った人間をそのまま、実装石たちが放っておくわけはない。 男の前に立っては、ありとあらゆる媚や奇行を繰り返しては、男の気を引く。 『そんな知障よりも、私の方が可愛いデスッ! どうしてもって言うなら その知障の代わりに、飼われてやってもいいデスゥ?』 『馬鹿なニンゲンデス! デプププ。 その鞄の中身を置いていくのを忘れているデスゥ。』 『テチュー!! 玩具ッ! 金平糖ッ! テチュー!! テェエエエエエン!』 しかし、人間の歩幅に追いつくはずもない実装石たちは、徐々に男との距離が開いてしまい、 焦り始めてくる。 そのうち、野良実装石の一匹が気がついた。 サクラが持っている実装フォン。 あれだ。あれに違いない。 あれを使って、ニンゲンをあたかも僕(しもべ)のように扱っているのだ。 『あれデス! あのへんな玩具を使って、ニンゲンを操っているんデスッ!』 「デデッ!」 「デスゥエ!?」 一匹の叫びに反応する野良実装たち。 そう言われるとそう言う気がしてくる。 たしかに、あいつが持っている玩具に対して何かを叫んでから、人間がやってきた。 そうデスか。デプププ。そういったカラクリデスか。 『デププププ。これで私も飼い実装デスゥ〜♪ 毎日ステーキ三昧デスゥ〜♪』 1匹の野良実装が、自分の仔実装をおもむろに掴むと、それを耳元に当てた。 『デスゥゥゥゥゥ♪ デスゥゥゥゥゥゥ♪ ママ? ママいるデスか?』 「デデッ!」 負けじと、こちらでも同じ事を始める。 仔実装の服と肉を掴んで、持ち上げているため、仔実装は悲鳴を高くあげる。 仔実装のいない野良実装は、カマボコの板やスリッパを使っては、 『デスゥゥゥゥゥ♪ 金平糖持ってくるデス! デプププププ』 と叫びまわっている。 奇妙な行動を繰り返す野良実装石たちは、サクラ達が公園から出ても、日が暮れるまで、 それを繰り返していた。 そのうち人間が来るはずだ。 この美しい私を飼い実装として迎えるために、袋一杯の実装フードを抱えて。 『テププププ! 玩具テチッ! 玩具テチッ!』 『金平糖レフ! 金平糖レフ!』 『デププププ あと寿司も追加デス。糞ニンゲン』 『テチィィィィィィィィィィィ…』 『デスゥゥゥゥゥ!ママ? なんで来ないデスか! デギャァァァァァァ!!』 野良実装が奇声を公園内で発している頃、公園の隅。 男が置いたダンボールハウスの前では、サクラの仔実装たちが脅威にさらされていた。 『金平糖はまだデスか…』 安全な家のはずのダンボールハウス。 必死に野良実装のリンチの手を逃れて、帰って来たはずの安心な家。 そこに現れたのは、サクラ以外の見知らぬ成体の野良実装石であった。 (ガチガチガチガチガチッ!!) 頭蓋骨の頭まで響くほど、スモモ達の歯は鳴っていた。 (ガクガクガクガクガクッ!!) 立っていられない程、膝はガクガクと震える。 (ブルブルブルブルブルッ!!) 体は小刻みに震え、柔肌には無数の鳥肌が粟立っている。 「テテテテ… テチュ♪」 「「テチュ♪」」 お決まりの媚。 この公園は、温室の中で、蝶よ花よと育てられた飼い実装には、あまりにも過酷過ぎた。 『金平糖はまだデスか?』 そう。スモモ達は、あまりにも世間を知らな過ぎた。 「テチテチー♪」 「「テチュ〜ン♪」」 男の庇護の生活がどれほど慈悲深きものであり、母の愛がどれほど深い物かを知るには、 あまりにも幼すぎた。 『金平糖… デ、デエェェェ…』 倍に腫れた顔で媚びる裸仔実装石。 顔には緑の血や糞がこびりつき、髪はざんばら。所々抜け落ちている。 血まみれの歯茎を剥き出しにして、媚びるその様は、明らかに不快な行為に映る。 「テチュ〜ン♪」 「テチュテチュー♪」 「テチュ♪テチュ♪テチュ〜ン♪」 もうスモモたちに残された選択肢は、無様な媚を続けるだけであった。 しかし、その媚が無駄な行為と悟り、その媚が悲鳴に変わるまでに時間は、そう要さなかった。 『止めるデス』 ここで、その薄汚い媚を止める選択肢は、スモモ達にはあった。 しかし、目の前の恐怖の対象であるそれの微妙な表情の機微などを読み取るなど この仔実装たちには難しすぎる処世である。 『その薄汚い笑いを止めるデス』 「テ?」 媚がまったく通用しないと気づいた時には、既に遅い。 先約実装石は、媚びるスモモたちの髪を掴むと、ダンボールハウスの中へ引き込んだ。 「テチャァ!!」 「テギャァァァ!!!」 「テチーテチー! ティギャァァァ!!!」 スモモ達の悲鳴が鳴り響く。 仔実装たちが、ダンボールハウスの中に引き込まれた後、その悲鳴は一層高く鳴り響いた。 その先約実装石は、元飼い実装である。 この街に住む名士の娘が気まぐれで飼い始めた実装石。 躾らしい躾を施されず、娘が可愛がりたい時にのみ可愛がれ、屋敷の中では 傍若無人に振る舞い、育てられ来た。 仔実装の頃は、毎日のように娘に甘え、豪華な食事、服をねだり、糞の世話などを、 屋敷の使用人に処理させてきた。 文字通り、お姫様のように育てられてきた実装石であった。 毎日のように可愛がられてきた日々。 しかし、その生活が崩壊する日は遠くなかった。 仔を産み母となる実装石。 喜び。新しい命。母となった実装石は、仔を慈しむ(いつくしむ)。 母性としての本能は、どんな傲慢な実装石に備わっていた。 飼い主である娘も、新しい家族の誕生を喜び、彼女の子供達を迎えた。 崩壊の日の前日、実装石は気づいた。 飼い主の愛。その愛の向け先に。 飼い主は、実装石の子供たちを溺愛していた。 仔実装たちの名前を呼んでは、抱き上げ、口づけを行い、甘い金平糖を与える。 「あれ・・・私の金平糖は?」 ふと気づく。 暫くの間、あの甘い金平糖を与えられていない事に。 仔を産む前には、毎日のように飼い主である娘から、与えられていた金平糖。 しかし、仔を産み、育て、慈しむ日々の間、その金平糖は、仔実装のみに与えられている。 「ねぇねぇ。私の金平糖は?」 そう飼い主である娘に訴える。 しかし、仔実装がテチュ♪と媚びるだけで、飼い主の娘は仔実装たちに付きっ切りだ。 崩壊の日の前夜。 実装石は気付いたのだ。 金平糖を、今までどおりに貰う方法を。 実装石は、泣き叫び、生き延びるために必死に母に媚びる子供達の血と肉を味わいながら、 明日は飼い主から金平糖を貰える事を確信しながら、眠りについた。 子供達の悲鳴の声が耳に心地よかった。 そして、次の日からはよく覚えていなかった。 気がつけば、広い庭。屋敷の庭よりも広い庭。見たことのない風景。 いつも自分を世話していた人間の使用人が連れて来た場所が、この公園だった。 殺すのに忍びないと言った飼い主の最後の慈悲がそれだった。 通常、飼い実装石が野良の生活に身を落とせば、数日で命を落とすことになる。 それほど、公園の生活は厳しいからだ。 まず餌を取ることができない。 ここで、まず6割の飼い実装石は命を落とす。 残りの3割は、同属の迫害や、人間に免疫のないために虐待派などに関ることで命を落とす。 わずか1割以下。 それが、飼い実装が、野良生活で生き残る確率である。 この飼い実装が幸いしたのは、実の子供達の味を知ったことにある。 捨てられた当日から、この実装石は選んで、仔喰いを始めた。 野良実装は通常、仔実装を巣に残して餌を取りに出かける。 巣の場所の当たりをつければ、親の留守を狙って、巣を襲う。 巣では、テチーテチーと鳴きながら、親の帰りを待つ仔実装たち。 親以外の成体を目の前にした仔実装達は、悲鳴を上げて狭い巣の中を逃げまとう。 それを、片っ端から捕まえては、喰った。 旨い。 なんと子供は旨いのか。 私の子供も、いい声で鳴いて媚びた。醜い媚だ。 今、入った巣の仔実装たちも、私を見るなり、大声で母親の助けを求め、 助けがないと悟ると、媚び始める。震える手を口元にそえ、テチィ?と涙ぐんだ目で私を見る。 そこを頭から喰らいつく。 まったく、簡単だ。 この先約実装石は、そうやってこの公園で生き延びてきた。 しかし、彼女にも忘れられない味があった。 あの甘い味だ。 金平糖。 様々な色があったように思う。 赤。血の色だ。 緑。糞の色だ。 白。パンツの色。 黄。小便の色。 思えば、思うほど、それを恋焦がれる。 そして、彼女はその味に、この野良生活で初めて、めぐり合った。 「すまんな。これで頼むよ」 昨夜はこのダンボールで寝ていたら、見たことのない下僕がやってきては その懐かしい味を運んできた。 夢中でしゃぶりついた。 口の中に広がる甘味。舌が痺れる程の味。 味と共に、脳内には昔の飼い主の顔が浮かんだ。 少し媚びてやれば、毎日オヤツをくれた飼い主の娘の顔。 醜い飼い主であったが、毎日オヤツを与えてくれる所だけは褒めてやってよい。 嗚呼、懐かしい。 あの下僕は、何をしているだろうか。 そう思っていると、口の中の金平糖はすべて溶けていた。 食べ終わったのだ。 気がつくと、先程の下僕が私を上から覗いている。 そうか。これが新しい私の下僕なのだ。 先約実装石は、そう理解した。 「すまんな、もう無いんだ」 新しい下僕はそう言う。なんと使えない下僕か。 先約実装石は、抗議の声を上げようとしたが、ここは堪えた。 前の飼い主も、時間はバラバラであったが、毎日金平糖を与えてくれた。 今日は、先程食べた金平糖で許してやろう。 だが、明日は長靴一杯の金平糖を持ってこさせてやる。 わかったデス。明日もここで待ってやるデス。 そして、次の日の昼。先約実装石は、再び空のダンボールハウスに潜り込んだ。 そして、彼女は上機嫌だった。 今日も下僕がやってくるデス。やってくるデス。 デプププププ。ここは、まったくお菓子の家デス。 金平糖だけじゃないデス。 寝ているだけで、食べ物までやってくるデス。 あの下僕もなかなかやるデス。 ポリッ、コリッ、ポリッ、コリ… うまいデス。 仔実装は、甘くてうまいデス。 そう言って先約実装石は、寝転びながら、仔実装の足や手と思われる肉をコリコリと齧っている。 ぶぅぅぅ〜 時折、屁をひりだしては、ケツを掻いたりしては、仔実装の肉をついばむ。 「チィ……テチィ……」 手足のない達磨状態の仔実装が、か細く鳴いた。 仔実装の肉は、腐ってしまうと、その甘みが極端に落ちる。 それは、先約実装石の経験からわかっていた。 だから、殺さぬよう手足から、生きたまま齧る。 齧るときは、足からだ。 それは、仔実装が逃げ出さぬようにするためでもある。 「テ…デチャアアア!!!」 先約実装石の手の中で叫ぶ達磨仔実装が、最後の力を振り絞って鳴く。 『デプププ。昨日捕まえたこの仔実装は、いい声で鳴くデス』 先約仔実装の後ろ側。 ダンボールハウスの奥に、スモモ達はいた。 スモモ達は逃げ出さぬように、先約実装石に、ある細工をされている。 スモモらの後ろ髪。 先約実装石は、その不器用な手で、仔実装の銘々の後ろ髪同士を、 丸結びで結びつけていた。 スモモが前に逃げようとすると、結び付けられているイチゴとバナナが引っ張られる。 イチゴも前に逃げようとするので、残り2匹を引っ張る。 バナナも同様だ。 「テチッテッチィィィ!」 「テッチー!テチテチー! テェェン!テェエエン!」 「デチチー!! テェエエエエエン!」 恐怖の余り、本能で逃げようとする仔実装たち。 しかし、体は一向に前に進まない。 それどころか、逃げようとする度に走る痛み。 それは、後ろ髪が引っ張られているために走る痛みだった。 『デプププ。今晩の食事はこいつらで決まりデス』 後ろでデジャァァァ!!と叫ぶスモモ達をみては、デプププと笑う。 そして、先約実装石は手の中の達磨に向って言った。 『おまえ。助かりたいデスか?』 「チチチチ… テ…チュ♪」 無様な媚。デプププ。 先約実装石は、そこ媚びる仔実装を頭から齧る。 ぼりっぽりっと咀嚼をしては、口の中に広がる甘露の味に舌鼓を打った。 3方向で引っ張り合いをしているバナナの向きが、丁度、その達磨仔実装の最後の惨劇を 目の当たりにする位置に居た。 「テチャアアア!? デヂュアアアア!!!!」 同属が命を落とす様を見せ付けられ、叫び声を上げるバナナ。 癇癪を起こしたように、出鱈目に前に出ては、後ろ髪を引っ張られ、尻餅をうつ。 「テチ!テチテチテチテチテチテチテチテチテチ…」 その様を見る先約実装石。 手の中の達磨をすべて食べ終え、手についた血と糞を舐め取っては、少し腹は落ち着いたようだ。 『ゲプッ…少し、喉が渇いたデス』 ゲップをする先約実装石は、スモモたちが逃げれないのを確かめると ダンボールハウスを後にし、公園の中央の噴水に向って歩いていった。 「デチャアアア!!! デチャアアア!!!」 先程の同属の死に、まだ気が高ぶっているバナナ。 その度に、発作のように暴れる。 「デチチー!!」 「デチャア!」 そのつど、髪の痛みを訴える姉たち。 恐怖と理不尽な髪の痛み。何故か自由にならないもどかしさ。 それは、仔実装の単純な思考を混乱に陥れる十分な要素だった。 「デヂュアアアアアア!!!!」 「ヂュアア! テェエエエエエン!」 「ウポッ!! ウポポッ!!」 その時だ。 髪を結び付けていたそれが外れた。 暴れていたバナナは、勢い良く前につんのめり、ダンボールハウスの壁に顔面からぶつかる。 それは、スモモの髪。 先程の野良仔実装のリンチの際、実の妹のバナナにより引きちぎられた短い後ろ髪が幸いした。 スモモの後ろ髪が短いため、3匹の後ろ髪が結び付けられたその結び目をすり抜けたのだ。 スモモの髪の毛がすり抜けたため、その結び目は緩くなり、仔実装たちの力でも、それを外すことができた。 『デチチー!! 逃げるテチィ! 逃げるテチィ!!』 自由な体になったスモモ達は、ダンボールハウスから急いで逃げる。 逃げる。 何処へ? 自問するが、仔実装たちに答えなどは見つかるはずもない。 野良実装たちのリンチから、逃げ切った末のたどり着いた安全な家。 その安全だったはずの家には、同属たちの手足が四散していたのだ。 「テチッテッチィィィ!」 「デヂュアアアアアア!!!!」 「テチィィィィィィィィィィィ…」 裸のまま、公園内を突っ走るスモモ達。 死亡フラグを撒き散らしながら、スモモ達は公園内を、母を求めて駆け抜けた。 男はサクラの餌の収集を手伝っている。 野良実装石などは、公園のゴミ箱やコンビニの周辺のゴミを漁って生計を立てている。 それでも足りない場合は、公園の野草や池の中に小魚などを採取する。 公園の愛護派から貰える餌は、この公園に生息する野良実装石の数に比べると微々たる量なのだ。 男にとってもゴミから餌を漁る行為など、生まれて初めての体験だった。 思ったよりも大変な重労働である。 ゴミ箱の中には、腐臭を漂わせる食物もある。 蛆が湧き、子蠅がたかっている食物。思わず吐きそうになる場面もあった。 『これはまだ食べれそうデス…』 そう言って、腐った林檎の芯を拾っては、ポケットに詰め込むサクラ。 その姿を見るだけで、男の目頭が熱くなる。 男はサクラのために、せめてもと栄養価の高い物をと、体中泥だらけになりながら餌を集めた。 2人、力を合わせれば、作業も早い。 なんとか1日分ぐらいの食料は手に入れることができた。 無論、男がゴミ箱を開けたり、サクラが登れないところに手を貸したりと 男の力に寄るところは多かったが、今回の過程の中で、どこに何があるかなどを サクラは理解する。 サクラも汗だくで、体中から様々な異臭を漂わせていた。 男も同じだ。汗だくで、服が泥と染みで薄汚れている。 その有様を二人で見合い、そして笑い合った。 サクラは思う。 やさしいママ。 ずっと、このママと一緒に暮らしたい。 勿論、スモモ、イチゴ、バナナも一緒だ。 そして、このお腹の中にいる新しい家族も。 いち早く、このやさしいママの素晴らしさを、子供達に理解させたかった。 だから、少しだけでも厳しい生活を体験させるのだ。 そして、思い出して欲しいのだ。 サクラのママの素晴らしさ。ありがたさ。そして、やさしさを。 (ポツッ……ポツッ……ポツッ……) その日の天気予報は、晴れのち曇。 所により、にわか雨があるという予報。 西に傾いた太陽を隠すように雲が覆ったかと思うと、当りは急に薄暗くなる。 そして、冷たい雨が一筋二筋と、サクラとその公園に刺さるように振り出した。 「サクラ。もうダンボールハウスに戻った方がいい」 男も傘などは持っていなかった。 手で顔を覆うようにして、サクラに言う。 「デスッ!デスデスッ!」 リンガルはないが、サクラにも男の言い分はわかったようだ。 「っ!そうだ、サクラ。これを持って行け」 男は走り出そうとするサクラを呼び止めて、手のひらに3粒の金平糖を渡した。 「頃合を見て、子供達に渡してやってくれ、な。いいだろ」 「…………デェェ、デッスン」 「お、おい。泣くなよ」 男はサクラを宥め(なだめ)、サクラは男と別れる。 サクラは、雨の公園を駆けた。 右手には、餌がたくさん入ったコンビニ袋。左手には先ほど貰った金平糖。 雨の中、時節、振り向いては、男が立っているのを確認し、また駆ける。 しばらく駆けては、また振り返る。 男はサクラが見えなくなるまで、雨の中、にこやかに笑って立ち続けていた。 餌を待ち遠しく、お腹を空かして待っているであろう仔実装の姿を思い浮かべ サクラは雨の公園の中を走る。 雨脚は、ますます強くなって来た。 ダンボールハウスの密封度は高いため、豪雨と言えども、そう簡単に雨を通すことはない。 だから、ダンボールハウスの中にいる限り、この豪雨でも安心である。 見えた。家だ。 サクラは上がる息をそのままに、一気にダンボールハウスに向かって走った。 『デスッ! お前達! 大人しく待っていたデスかっ〜! ご飯を持って来たデス〜♪』 そうデス。 大人しく待っていれば、ご飯の後にこの金平糖の1個をあげてやってもいいデス。 残りの2粒は、ポケットにしまっておくデス。 一番喜ぶのは、きっとバナナデス。 スモモな仲良く分けろと、妹たちに言いつけるデス。 でも、自分の取り分よりも多く、いつも妹たちに分けてあげているデス。 あとで、妹たちが見てないところで、ギュっと抱きしめてやるデス。 とりあえず、ご飯デス♪ 家族で楽しくご飯デス〜♪ サクラは、勢いよく、ダンボールハウスの扉を開けた。 『お前達ッ! 今帰ったデスッ! ご飯デスッ! ご飯にするデ…』 (くっちゃっ・・くっちゃっ・・) 足を大きく開き、下着を全開にしながら、ダンボールハウスの壁に凭れ(もたれ)掛け、 手の中の達磨仔実装を食い荒らしている先約実装石。 ダンボールハウスの床には、仔実装の血や肉片、そして糞が四散している。 サクラがダンボールハウスに入った時に、それに気がついた先約実装石は、開口一番 『デッ! 金平糖デスかッ!』 と叫んだ。 サクラは、この光景を見て、卒倒しそうになった。 目の前が真っ暗になる。 気が動転するが、必死になって、頭の中を整理する。 私の家デス。 子供達が待っているハズデス。 外に出ないように言い聞かせたデス。 でも、変な奴がいるデス。 スモモは何処デス? 何か喰ってるデス。 血とかウンコとか、床や壁にべったりデス。 イチゴは何処デス? 何か喰ってるデス。 変な奴がデスデス騒いで煩いデス。 でも、何か喰ってるデス。 バナナは何処デス? 何か喰ってるデス。 子供達は何処デス? 何か喰ってるデ… 先約実装石が、手にしている物。 手足を食われた仔実装が「テチィ…」と儚く鳴いていた。 それが、サクラの緑の両目に映る。 「………デデェ」 先約実装石は、サクラが持つ金平糖に気がつく。 『デプププ。金平糖デス。手に持ってるそれを早く渡すデスゥ〜♪』 先約実装石が、手に持っていた達磨仔実装を床に投げ捨て、 サクラが手の持つ金平糖を奪い、それを口の中に放り込んだ。 (ビシャッ!!) 床に投げつけれた達磨仔実装は、脳漿を床に飛び散らせて、頭の中を露にする。 『これデス。この味デス。新しい下僕もなかなかやるデスゥ…』 ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!! 声無き声で叫ぶサクラ。 スモモォ!イチゴォ!バナナァ! 何処デスゥ! 何処デスゥ! ご飯デスゥ! ご飯デスゥ! 出てくるデス! 出てくるデス! デ…デ…デェェェェェ…デギァァァァァァァ!! ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!! ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!! ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!! ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!! ぺしんぺしん。 身重の体で叩いた。 先約実装石を、ぺしんぺしんと叩いた。 緑の両目から、溢れる涙を流し、声無き悲鳴を、口をパクパクさせながら叩いた。 先約実装石は、口の中の味の余韻を邪魔する目の前のサクラを見やる。 仔食いを続けた実装石に、身重のサクラのひ弱な力が通用するハズもない。 何デス? 鬱陶しい奴デス。 金平糖をもっと持ってくるデス! 長靴一杯、持ってくるデス! 腹に一撃。 「デスァァァァァァ!!」 リアルな痛みで、我に戻り、ようやく悲鳴を上げるサクラ。 無意識のうちに腹だけはと、くの字で蹲る(うずくまる)。 先約実装石は、蹲るサクラに蹴りを浴びせる。 デスッ!デスッ! 役立たずデスッ! 女ッ! ステーキを持ってくるデスッ! フリルのついた服はまだデスかぁぁぁぁ!! 使えない人間デスッ! デシャァァァァァァ!!! 金平糖の味でか、記憶が混濁している先約実装石。 昔の記憶が蘇り、傍若無人な振舞を当たり前のように繰り返す。 蹲るサクラに馬乗りになり、殴る、蹴る、叩く、髪を引っ張る。 「デェスァ!! デェスァ!! デェスァ!!」(ばしっ! べしっ! ばこっ!) 「デギャー!! デギャー!! デギャー!!」(ぶりっ… ぶりっ… ぶりりぃ) サクラのスカートから覗く白い下着が、徐々に緑色に染まっていく。 「デギァァァァァァァ!!(ぶりりりぃ!!)」 サクラのパンツはこんもりしていた。 パンコン。仔実装以来のパンコン。実に47日ぶりのパンコンだった。 手足をバタつかせるサクラ。 その拍子で、サクラのポケットから、残りの金平糖が転げ落ちる。 「デ?」 肩でデスーデスーと息をしながら、殴り続けていた先約実装石は、 サクラのポケットから、転げる金平糖に気付くや否や、それに飛びつき、むしゃぶり始めた。 自由になったサクラは、辛うじて身を起こす。 逃げなければ! 本能的にそう思うサクラ。 身を起こすと同時に手に触れたもの。 手に触れた冷たいそれが、サクラを現実へと引き戻した。 もう物を言わぬ仔実装の死体。 顔が潰れて、判別できぬ仔実装の死体。 このダンボールハウスで待っているはずの『サクラの実装石』 サクラは、手にしたその肉片を、震える不器用な両手で救い上げては、 それを頬擦りするように頬にあて、そして叫んだ。 『スモモォ!! イチゴォ!! バナナァ!!』 『デエェェェェン!!! デエェェェェン!!!』 『ママァ! ママァ! オロロ〜ン! オロロ〜ン!』 …… ぁぁぁぁ…… ざぁぁぁぁぁぁぁぁ…… 雨は完全に、豪雨となり、公園一体に激しく降り続いていた。 雨は容赦なく、サクラの肌を撃った。 その雨の中を、幽鬼のように彷徨うサクラ。 左手に掴むコンビニを袋を、地面に引きずりながら彷徨う。 あれから、どこをどう移動したかも覚えていない。 先約実装石が、金平糖を食べ終わるまでに、ダンボールハウスから逃げ出した ぐらいしか記憶になかった。 ざぁぁぁぁぁぁぁぁ…… サクラの服は、雨水を吸い、まるで拘束具のようにサクラの動きを束縛している。 引きずるコンビニ袋には、泥が大量に入り、持っているだけで億劫だ。 そんなものは捨ててしまえ。 サクラは思う。 もういないのだ。 ママと一緒に集めたこの餌を、与えるべき仔実装たちは、もういないのだ。 捨ててしまえ。 ざぁぁぁぁぁぁぁぁ…… サクラは上を見上げた。 緑の両目に一杯溜めた涙は、雨と一緒に地面に流れる。 もういい。 休もう。 このまま目を閉じて … …! そして、ゆっくりと倒れよう。 …ッ!! チー…! 豪雨の音のため、擦れて聞こえない小さな鳴き声。 テチー…! テテチー!! サクラは幻聴を聞くかのように、視界の悪い公園のそこを凝視していた。 ウポッ!! ウポッ!! テチィィィィ!!! テチィィィィ!!! デチイィィィィ!!! デチイィィィィ!!! ??? 雨の中、裸で駆けてくる仔実装たち。 そして、それは踊るように、サクラの周りをぐるぐると回る。 幻? サクラはそう思った。 ウポッ!ウポッ!ウポッ! デチチー! デチィー! デチィィィ!!! デデチィィィィィ!!! 服も身につけず、腫れた顔で、紫色の唇をしながら、 大声でサクラの周りを踊るようにして、両手をバタつかせて、回っている。 スカートにしがみ付く。 顔を埋める。 叫ぶ。泣く。喚き散らす 『デ… デデェ…』 それは、『サクラの実装石』たち。 『おまえ達…生きていたデスか…』 それは、変わり果てた姿であった。 服も身につけず、腫れた顔。どれだけ泣いたのだろうか。腫れ上がった両目。 手や足や体には、無数の打撲。裂傷。腫れた無数の傷。 冷え切った雨に打たれた裸の仔実装たちは小刻みに震え、紫色の唇からテチテチーと か細い声を繰り返している。 先約実装石から逃れたスモモたちは、この裸の姿のまま、 必死にこの公園の中で母親であるサクラを探し続けていたのだ。 雨が降り出しても、走ることをやめず、公園の西から東へ。北から南へ。 テチーテチーと、死亡フラグを立たせながら、必死に母親の姿を探し続けていたのだ。 その疲労感たるや筆舌に尽くせぬ物であったのだろう。 サクラの腕に抱かれるや否や、仔実装たちは目を閉じて、その体をすべて 母親であるサクラに委ねて、気を失ってしまっていた。 ざぁぁぁぁぁぁぁぁ…… サクラは、子供達を抱えて、雨の中で佇み、そして震えていた。 そのサクラ親子に近づく、傘が一輪。 その傘の持ち主は、傘をサクラ親子に差しては、上からサクラ親子を見つめている。 サクラの飼い主である男だった。 男は、雨が降り出したために、サクラと分かれた後に、コンビニで傘を調達しては、 一旦サクラの住むダンボールの近くまで立ち寄ろうとした。 コンビニから傘を差して、公園の中央に向う頃には、雨は本降りになっていた。 サクラは大丈夫かと、早足で急ごうとした矢先に、男は見た。 幽鬼のように公園を横切るサクラの姿を。 そして、数秒もしないうちに、裸の仔実装たちが、公園の茂みから飛び出し そのサクラの周りを回り始めては、サクラにしがみ付く。 スモモ達だ。 スモモ達は、服も身に着けず、変わり果てた姿で、テチテチと鳴きながら、 サクラの庇護を求めていた。 めりぃ… 音が鳴った。 何の音だ。男は思う。 気がつけば、男の手の拳は、これ以上ない強さで握られている。 その拳の音。 怒り。 飼い主としての自分の不甲斐なさに対する怒り。 何をやっているんだ。俺は。 もういい。 終わろう。サクラ。 いいんだ。そんなに震えなくても。 仔実装たちに馬鹿にされても、俺は全然構いやしない。 いや。むしろ、おまえの子供達は賢い。 トイレもご飯の時間も守るじゃないか。 一緒に暮らしていくには、何の弊害はない。 もう、こんな馬鹿馬鹿しいことはやめだ。 さぁ。もう帰ろう。 帰ろう。サクラ。 ざぁぁぁぁぁぁぁぁ…… 雨が、男が持つ傘を容赦なく叩き付けている。 男は、ゆっくりとサクラ親子に手を差し伸べ、公園生活が終わりである事を告げようとした。 しかし、サクラはその手に応えようせず、気絶する仔実装達を抱えてその傘の花から 雨の中へ身を投じた。 「サク・・・」 男は、サクラに声をかけようとしたが、サクラの緑の両目がそれを遮った。 サクラは、緑の両目で男を見つめ、仔実装を抱えて、公園の奥へと向う。 そう。サクラの躾は、まだ続いているのだ。 男は、サクラが公園の奥に消えるまで見つめていた。 そして、サクラが完全に男の視界から消えた後に、男は傘を投げ捨て、 持っていた鞄を濡れた地面に叩きつける。 何言ってるんだ、おまえ! まだ、頑張ろうって言うのか! そんなに体を震わせているのに。 そんなに両目を腫らして泣いているのに。 まだ、頑張ろうって言うのか! 何言ってるんだ、おまえ! ざぁぁぁぁぁぁぁぁ…… ぁぁぁぁ…… …… 雨の中、男はずぶ濡れになりながら、公園の奥を見つめ続けていた。 ◆『サクラの実装石8』 この公園は、都市計画の一環で、住宅地の外れに建設された。 広さにして、200坪近くかあろうか。 公園と言えども、遊具の類はない。 建設物といえば、公園の西に位置するトイレぐらいなものだ。 障害物を極力排したこの設計は、訪れる人に開放的な空間を提供した。 中央には、噴水と時計台。 それを囲む芝生と等間隔に置かれたベンチ。 休日には、近くの住宅街に住む親子連れなどが、芝生の上で弁当を広げる姿もある。 その広場を囲うように、颯爽と茂る木々や繁みが、心地よい新緑の匂いを鼻腔に運ぶ。 公園の奥には、小さいながらも森や池などもあり、小さな魚や鯉なども生息している。 この公園は、野良実装にとって、生活の場であり、オアシスであった。 朝になれば、野良実装たちは塒(ねぐら)から起き出し、デスーデスーと活動を始める。 子供ために朝食を集める始める。 公園の中に点在するゴミ箱を漁る者。 朝の散歩を楽しむ初老の夫婦に、餌をねだる者。 野草や小魚などを採取する者。 いつもの朝の公園の風景だった。 その中に、1匹の実装石の姿がある。 服は、野良実装にしては、清潔感が溢れていた。 その実装石は、まだ同属が手をつけていないゴミ箱を見つけると、 手際よく、弁当の残りなど漁っては、コンビニの袋に詰めている。 その実装石の両目は緑色。この実装石は、妊娠をしていた。 餌が詰まったコンビニ袋を担いでは、身重の体で走って巣に戻る。 サクラである。 この公園の生活に戸惑っていたサクラであるが、逞しく生き抜いていた。 サクラがコンビニ袋を抱いて、走る先。 公園の奥にある森。そのさらに奥。鬱蒼と茂る繁みの中を分けて入る。 その草が揺れる音に反応して、そのさらに奥から甲高い声が聞こえた。 「テチァ!!」 「デチチー!!」 「デチャアアア!!! デチャアアア!!!」 繁みの奥から、威嚇にも似た叫び声が木霊する。 サクラは、その奥に向って、やさしく声をかけた。 『デス! 私デス。安心するデス!』 「テェ!?」 「テッチー!テチテチー!」 「テェェ… テェェン!テェエエン!」 サクラの仔実装たちであった。 仔実装たちの威嚇とも悲鳴とも取れた声が、安堵の鳴き声や泣き声へと変化する。 繁みの奥から、草木を分け、モゾモゾと動く影があった。 『ママァ!! 帰って来たテチィ!! 帰って来たテチィ!!』 『ママァーーッ!! ママァーーッ!!』 『テェェン!テェエエン! テッスン…テッスン…』 繁みの奥から、草で切ったのか、体中に無数の擦り傷をつけた裸姿の仔実装たちが現れては、 手足をバタつかせながら、サクラのスカートに飛び込んでくる。 『よしよし。今帰ったデス。寂しくなかったデス?』 『テェェン!テェエエン! もう何処かに行っちゃ駄目テチィ!!!』 『残されるのはイヤテチィーーッ!!! テェエエエエエン!テェエエエエエン!』 『ここは怖いテチィ!! 怖いテチィ!!!』 仔実装たちは、開口一番、残された不安を母親に訴える。 ここは、鬱蒼と茂った繁みの奥の奥。 昼間でも、薄暗い木漏れ日。ざわつく頭上の木々の葉。 繁みの草の丈は、仔実装の背丈よりも、遥か上まで茂っており、 視界の利かないこの場所は、仔実装達の不安をより一層駆り立てるのだ。 これでも、元気になった方である。 この場所に辿り着いた豪雨の夜。 裸のまま長時間、雨に打たれた仔実装の体は、まるで氷のように冷え切っていた。 サクラは自らの服を脱ぎ、それに仔実装を包んでは、裸のまま夜通し抱き続けた。 その甲斐があってか、母親の体温で生気を取り戻した仔実装たちは、サクラの顔を見て テチュー♪と安堵の息を漏らした。 その後、サクラと男が集めた泥だらけの餌を喰った。 公園に放たれてから約40時間。 初めて口にした食事らしい食事だった。 それから、サクラ親子は、この藪の中で生活を始めたのだ。 しかし、その生活も順調とは言えないものだった。 サクラは、仔実装たちの餌を取るために、巣を離れる。 しかし、それを仔実装たちが拒否するのだ。 「デチチー!チィー!」 「テェェン!テェエエン!」 「テチッテッチィィィ! テチッテッチィィィ!」 仔実装たちは、サクラが出て行かないように、スカートを全力で引っ張る。 行かないでテチ! 置いてかないでテチ! アイツらが来るテチ! アイツらが来るテチ! 怖いテチ! 怖いテチ! ずっと一緒にいるテチ! ずっと一緒にいるテチ! それもそうだ。 初日、母親から離れたために会った災難の数々。 野良仔実装。先約実装石。不味い糞。受けた暴行の数々。奪われた服。目の前で食われた同胞の儚い鳴き声。 完全に臆していた。この生活に。 男の家で、何不自由なく暮らしていた生活から、一転して落とされたこの生活に。 仔実装たちは、涙を流しながら、首を左右に振り、全力でサクラのスカートを引っ張る。 そして、最後には、こう言い出すのだ。 『お家帰るノォーーーッ!!! お家帰るノォーーーーッ!!!』 サクラは途方に暮れるのだ。 サクラは、毎日食事を運んでくる。 腐ったタクワン。カビたご飯。使いかけの醤油の袋。 どれも、これも、男の家で与えられた実装フードの比ではない。 不味い。 不味いどころか、喰うと腹を壊す物まであった。 『嫌ァーーーーッ!!! フードォォォォォォ!!! フードがいいのォーーー!!!』 バナナが暴れながら、サクラが取って来た餌を放りなげる。 サクラが汗だくになり、必死になって取って来た餌。 サクラも聖母ではない。理不尽な行動を取られると頭にも来る。 こういう時は、躾だ。そう思い、手を握り締めては、バナナの前に立つ。 握り締めた手が止まった。 殴れない。殴れないのだ。 聞こえてくるのは、躾の末、殺してしまった娘の叫び声。 この生活の中、仔実装たちの我侭を聞くたびに、何度躾ようとしたか。 その度に、脳裏には、娘の、メロンの姿が浮かぶ。 泣き叫ぶ仔実装たちの声を聞くと聞こえるのだ。 3つの泣き声に重なって、4つ目の泣き声が。メロンの叫ぶ声が。 『もう嫌テチィ!!! こんな生活ゥーーーーッ!!!! テェェン!テェエエン!』 『テェェン!テェエエン! お家がいいノォーーーッ!! ココは嫌テチィーーーーッ!!!』 『ママッ!! 甘いモノが食べたいテチィーーー!!! 食べたいテチィ!!!』 『デヂュアアアアアア!!!! ウンコォォォォ!!! トイレエエエ!!! ココォォォーーー!!!』 『デ…デェェェ…』 サクラは、短い両手で耳を押さえながら、その幻聴に耐えた。 夜。 夜の帳が下りると、実装石たちは眠りにつく。 昼以上に、不気味な様相を醸し出す繁みに対し、仔実装たちは不安な声を上げる。 『さぁ、おまえ達。寝るデスよ』 そう言って、サクラは仔実装達を抱き寄せる。 野良生活の夜は早い。 男の家で暮らしてきた頃では、TVを見たり、玩具で遊んだり、まだ楽しくしている時間だ。 『ママ… 玩具遊ぶゥ…』 遊び足りない仔実装たちが訴えてくる。 『デス。もう寝るデス。暗いデス。何も見えないデス』 「テチュ…」 『ママが子守唄を歌うデス。ボエ〜♪ ボエ〜♪』 周りが暗くなると、することもない。 仔実装たちは、サクラの美声にうっとりしながら、眠りにつく。 「(テチュテチュー)………(テチュテチュー)……」 寝息を立てて眠る仔実装たち。 しかし、この野良生活での恐怖の記憶は、安穏である夜でも仔実装たちを襲った。 『テチャァァァァァ!!! 足ィィィーーーー!!! 私の足ィィィーー!! 食べちゃダメェェェェーーッ!! 』 『デ! 何事デスゥ?』 「デヂュアアアアアア!!!! デヂュアアアアアア!!!!」 イチゴだ。 悪夢でも見たのだろうか。その場で、ブリブリと水のような糞を漏らしながら、 両目から涙を流して、自分の足を抑えている。 その叫び声で、目が覚めたのだろう。 『テチャアアア!? アイツらが来たテチッ!! デヂュアアアアアア!!!!』 飛び起きるスモモ。 『起きるテチィィ!! バナナァ!!! 喰われるッ!! 喰われるテチィッッ!!!!』 『ウッ!? ウポッ!!!』 寝起きが災いしたが、狂気錯乱している仔実装たち。 『お、落ち着くデス! おまえ達! すべて夢デス! 大丈夫デス!』 スモモたちの悲鳴に驚いたのだろうか。 近くの欅の木に止まって寝ていたムクドリが驚いて、木々を揺らして飛び出した。 その木々の揺れの音に、さらに過剰反応する仔実装たち。 『デヂュアアアアアア!!!! 来たテチ!! 来たテチ!! アイツらが来たテチィィィィ!!!!』 『ッ!! 喰われるテチ! 喰われるテチ! テチ!テチテチテチチテチテチテチ…』 『ウンコォー!! マズイノォォォ--!! ウンコォー!! マズイノォォォ--!! イヤァァァァァッ!!!!』 『夢デス!! 悪い夢デス!! ママデスッ!! ママは此処にいるデスッ!』 しかし、仔実装たちの寝ぼけにも似た暴走は止まらない。 『デチャアアア!!! ごめんさいテチ! 言う事聞くテチ! ごめんなさいテチ!』 その場で土下座をして、額から血が出るまで、地面に額をこすりつけるバナナ。 『言うこと聞くテチ! 痛いのはイヤテチィッッ!!!! デヂュアアアアアア!!!!』 そう叫んで、バナナはスモモに馬乗りになり、殴り続ける。 『や、止めるデス! おまえ達! 夢デス! 全部、夢デスゥ!!!』 「テェ!?」 「テェエ……テェェ……?」 「テチュー…テチュ?」 サクラの抑止のおかげで、仔実装たちも落ち着いたようだ。 『悪い夢デス。もう忘れるデスゥ』 サクラはスモモを抱き上げて、慰める。 『ママァ… 怖いテチィ…』 『寒いテチィ・・・』 そう言えば、スモモたちは裸のまま。 5月とはいえ、夜になると気温は下がる。 悪夢を見たために、寝汗を大量に掻いたのか、スモモたちは、ブルブルと震え上がっている。 裸のままの仔実装たちを、サクラは服の中に入れてあげた。 サクラの肌と服の間で、大喜びで奇声をあげながら、もぞもぞするスモモ達。 『デス…♪』 サクラは、自分の服のお腹辺りで、もぞもぞする子供達を服の上から撫でてやる。 サクラは、スモモたちが、またお腹の中に戻ったような錯覚を覚えて、頬を赤らめた。 母親の素肌に触れた仔実装たちは、安心して寝息を立てている。 ボエ〜♪ ボエエ〜♪ 月夜のシルエットを描きながら、サクラは子守唄を歌う。 公園の夜は更けていった。 そんな生活が続いた。 しかし、仔実装たちの生活も、既に極限に近づいていた。 餌も満足に食べる事ができない。慢性的な空腹感。 餌と言っても、腐った生ゴミや蟲の死骸。 金平糖も食べる事も適わない。 余りにもの空腹感に耐え切れず、食事の時間は餓鬼のように その餌にがっつくが、空腹感を上回る不味さに、テェェェン! テェェェン!と泣き始め、餌を投げる。 硬い地面。冷たい外気。毎夜、魘される悪夢。 公園のそばの道路を、夜間走る大型トラックの音がする度に、驚き目が覚め、 テェェェン! テェェェン!と夜鳴きを繰り返す。 茂みの中でひたすら息を潜める生活は、仔実装たちの精神を蝕んでいく。 公園の喧騒に怯え、風の音にすら恐怖し、テッスン…テッスン…と泣きながら、ひたすら母の帰りを待つ一日。 血と汗と垢と糞がたまったその肌は、異様な異臭を醸し出し、虫に喰われては、そこを掻き毟る。 暖かいアワアワの風呂を夢みては、痒い体をさらに、むさぼり掻く。 美味しいフードもなければ金平糖もない。 暖かいお風呂もなければ毛布もない。 楽しい玩具もなければ、何もない。 1歩この繁みの外に出て、公園内に戻れば、あの恐ろしい恐怖の記憶がよみがえる。 同属のリンチ、そして成体の仔喰いの的に晒されるのだ。 そんな絶望と不満の生活の中。 その日、サクラの帰りが遅かった。 餌の調達に時間がかかってしまったらしい。 迫り来る不安。もしかして、このまま帰って来ないかもしれない。 どうしよう。どうしよう。そんな気持ちが、必然的に仔実装たちを駆り立てる。 気がつけば、繁みを掻き分け、公園内の舗道近くまで来てしまう。 そして、仔実装たちは、繁みの隙間から見てしまった。 『ご主人タマー。今日のオヤツは何テチ?』 「ウフフ。今日はリリィの大好きなプリンよ」 『テキャキャキャッ!! やったテチ! プリンテチ! プリンテチ!』 それは、スモモらと年も変わらぬ、飼い仔実装の姿。 優しそうな人間に抱かれた彼女は、頬をサクラ色に染め、幸せを満喫しているような表情で、 愛らしい視線を飼い主に向けている。 その飼い仔実装のいでたち。 皐月の新緑の風に靡くサラサラな髪。 その輝く髪と交互にゆれる青色のリボン。 綺麗なレースで編みこんだフリルのついたピンクのドレス。そう。まるで桜の色だ。 「じゃぁ帰って、まずアワアワのお風呂に入ろうね。リリィ♪」 『テチュー♪ ご主人タマ、大好きテチー♪』 「テェェ……」 儚く泣いた。 ざんばらの薄汚れた髪の毛。 泥か糞ともわからぬ汚物まみれの裸姿の仔実装たちは、 人間の女と飼い仔実装の姿が去る姿が見えなくなっても、いつまでもその方向を見つめていた。 『もう嫌テチ… こんな生活…』 その日の夜、スモモはサクラに言った。 『ご飯も不味いテチ… 金平糖もないテチ… お風呂もないテチ…』 スモモは目に涙を浮かべ続ける。 『アワアワもないテチ… 毛布もないテチ… 玩具もないテチ… もう嫌テチィ!! こんな生活ッ!!!』 『仕方がないデス。ここでは、これが普通デス』 その夜の餌を並べながら、サクラは言う。 しかし、仔実装たちは肉体的にも精神的にも極限に近づいていた。 そんな状況の中、仔実装たちが取り得る選択肢は、限られている。 それは、サクラに対し、ひたすらに泣き叫び、媚び、そして訴えるしかないのである。 『お家帰るゥ!! お家帰るゥ!!』 バナナが、その場で仰向けになって暴れる。 『もう帰れないデス!私たちは捨てられたデス!』 サクラが暴れるバナナに対して、怒鳴りつける。 『さ。くだらない事を言ってないで、食べるデス。今日はご馳走デス』 食卓には、ミミズや梅干の種などが並べられている。 『テチィ… また不味いミミズテチ…』 『嫌ァ!! フードがいいノォ!! フードがいいノォ!!』 『我侭言ってはいけないデス!』 まったく、言うことの聞かないイチゴとバナナ。 躾で言えば、今が絶妙のタイミングだ。 我侭を言う仔にはお灸を据えないと、ここでは生きていけない! サクラは、拳を握り締め、そして右手を振りかぶる。 仔実装たちは、その姿勢に恐れをなしてか一層反発を繰り返す。 「デチチー!! デチチー!!」(ウンコォォォォー………) 『デェ…!』 その手が止まった。 聞こえる。聞こえるのだ。 手を振りかぶるとき。躾をしようと、心を奮い立たせるとき。 メロンの姿が。メロンの叫び声が、サクラを思いとどませるのだ。 サクラは、軽くぺしんと叩くことしかできず、 仔実装たちに言い聞かせるようにして怒鳴りつける。 『食べるデス!』 『デギャァァァァァ!!! 嫌テチィーーーーーーーーーッ!!!!』 両目から涙を流し、訴えるイチゴ。 『食べるデスッ!』 『デチチー!! フードじゃなきゃ嫌ァーーーーーーッ!!!』 仰向けで地団駄を踏むバナナ。 『どうして言うこと聞いてくれないデス! ママは必死に頑張っているデス!』 サクラは、緑の両目に涙を溜めて、必死に仔実装たちに向って叫んだ。 『お家ィ!! 帰るゥ!! お家ィ!! 帰るゥ!! 』 スカートを引っ張り、繁みの外へ連れ出そうと必死なバナナ。 『金平糖ォ!! 金平糖ォ!!』 『テェエエエエエン! プリンッ! テェエエエエエン! プリンッ!』 駄々をこねるスモモとイチゴ。 『ないものはないデスっ!』 『だから帰るノォ!! お家帰るノォ!!』 『捨てられたのデスッ! もう帰れないデスッ!』 『ヂャアアアアアア!! テェェン!テェエエン!』 『泣いても無駄デスッ! 何も変わらないデスッ!』 『テェエエエエエン!テェエエエエエン! ママなんか死んじゃえテチィ!!』 『ママが死んだら困るデスッ! おまえ達は餓死するだけデスッ!』 仔実装たちは、ここでの生活の鬱憤をすべて晴らすように叫び続けた。 涙し、声を震わせ、糞を漏らし、叫んだ。 『ママなんか… ママなんか… 死んじゃえテチィ!!!!』 バナナが、地面に落ちた糞を拾い上げ、なんと、それをサクラに向って投げた。 『デ… デェェェ…!!』 (ぺしんっ) その糞は、サクラの頬にぶつかる。 『デェェェ!!』 サクラは、頬についた糞を拭っては、それを見つめる。 哀しかった。苦しかった。惨めだった。 一人で必死に頑張ってきた自分が、まるでピエロを演じているように思える。 『デェェェ… デスン… デスン…』 「テェェン!テェエエン!」「テェエエエエエン!」「デチチー!! デチチー!!」 『デエェェェェン!!! デエェェェェン!!!』 修羅場だった。 サクラにとっても、この生活を今後続けられるかどうかの正念場だった。 しかし、思うように躾ができない。もどかしい。悔しかった。哀しかった。 もう嫌デス。 もう駄目デス。 この仔たちは、言うことを聞いてくれないデス。 デスン デスン 私はどうしたらいいデス? デスン デスン 私はママ失格デス!! 『テェェン!テェエエン!こんな生活もう嫌テチ!! 死んだ方がマシテチィ!!!!!』 そして、スモモがそう叫んだ。 デスンデスンと泣いていたサクラ。 しかし、そのスモモの一言を聞いては、サクラはピタリと泣きやむ。 『今、何て言ったデスか…?』 サクラは静かに言った。 『今、何て言ったデスか…?』 サクラは静かに言った。 『死ぬなんて…』 サクラの両目には、止め処もなく涙を溢れては落ちる。 『死ぬなんて…』 ワナワナと震える唇。 『死ぬなんて… 口が裂けても言ってはいけないデスッ!』 バシィィィンッ!!! 打った。スモモの頬を。 『死ぬなんてッ!!…死ぬなんてッ!! 口が裂けても言ってはいけないデスッ!』 ボコォッ!! バギッ!! ドガァッ!! ベシィ!! 堰を切ったように、サクラは仔実装たちを打つ。 緑の両目から涙を流し、歯を食いしばって、仔実装たちを打った。 『おまえ達は、死んではいけないデスッ!』(ボコォッ!!) 『おまえ達は、メロンの分まで、幸せになるデスッ!』(バギッ!! ) 『だから、おまえ達は、死んではいけないデスッ!』(ドガァッ!! ) 折檻の間、サクラには、メロンの叫び声は聞こえなかった。 サクラの脳裏には、生まれたばかりのメロンの姿。 聞こえるのは、メロンの可愛らしい声。 そして、お腹に感じる確かな感覚。 どくん。 お腹の中の仔実装が動いた。 熱い。熱い感覚だった。 サクラは、お腹を押さえつつ、涙を流して、仔実装たちを打ち続ける。 この公園生活を始めてから、受けた初めての躾。 その母親からの痛みは、スモモたちが生まれてきてから、延々と繰り返されてきた 飼い実装としての教育を、必然的に呼び戻すものだった。 『デチャアアア!!! ごめんなさいテチ!! ごめんなさいテチ!! 許して欲しいテチ!!』 『ママァ!! 許してテチ! もう我侭言わないテチ!』 『ヂャアアアアアア!! ウポッ!! ウポポッ!!!』 長い長い呪縛だったように思う。 自らの子を殺めたこの手は、二度と子を躾けられないと思っていた。 その汚れた手に楔を打ったのもその子であり、解き放ったのもその子だった。 長い呪縛は溶け、サクラは、この厳しい生活の末、ようやく躾を取り戻したのだ。 躾を取り戻したサクラは、時には厳しく、時には優しく、愛を育み家庭を守った。 『食べるデス』 少しでも餌を食べないフリをすると、サクラは仔実装たちの髪を掴む。 サクラは、泣き喚く仔実装の顔に、自分の顔を近づけて言う。 『生きるということは食べるということデス』 「デヂュアアアアアア!!!! テェェン!テェエエン!」 『喰えデス。バナナ』 『テチャーーーーッ!! 食べるテチィ!! 食べるテチィ!! テェェン!テェエエン!』 バナナは地面を降ろされ、涙を流して、ゴキブリの足を齧る。 「デチチー!! デチチー!!」 『ふぅ… 子供達の我侭にはこまったものデス』 躾のおかげか、仔実装たちも、よくこの野良生活に順応し、我慢することを覚え始めた。 サクラの取って来た餌を我慢して食べる。 サクラが出かける時も、泣かずに耐える。 そして、サクラが戻ってくるまで、この繁みの中で、ひたすらサクラの帰りを待つのだ。 公園での生活は過ぎていく。 また1日、また1日。サクラと仔実装は、共に苦しみを分かち合い、楽しみを分かち合う。 ある日サクラは、子供達の服を調達してきた。 服は、夜も冷えるので必要だが、裸であること自体、同属からの迫害の的にされやすい。 見た目としては、スモモ達の前髪や後ろ髪など、1部束になって抜けてはいるが、まだ仔実装。 成長につれ、残った髪の毛が伸びるにつれて、禿は隠せるはずだ。 だから、服さえあれば大丈夫だ。 噴水にも連れて行ける。ここに来て、まだ1度もお風呂に入れていない。 奥の池にもつれて行ってやろう。おそらく魚を見るのは初めてのはずだ。 『ママァ! 帰って来たテチィ!!』 バナナがいち早く、サクラの帰宅に気付き、歓声を上げる。 『おまえ達! 服を持ってきたデス! さぁ早く着替えるデス!』 「服」と聞いて、仔実装達の頬が紅潮する。 初日に野良仔実装たちに、目の前でビリビリに破かれてしまった服。 見得を尊重する実装石たちにとって、命の次に大事なもの。 その「服」を持ってきてくれた。さすがはママだ! テッチー! テチテチー!と、喜びの声を上げる仔実装たち。 『さぁ、まずはバナナからデス』 サクラはコンビニ袋を手に、裸のバナナの前に座る。 あのコンビニの袋から、どんな服が出てくるのだろうか。 バナナは男の家に居た時に見た雑誌の服などを想像する。 フリルのついたピンク色のドレス? 白いワンピースに、リボンのついた青い帽子? いや。ウェディングドレスに違いない。そうだ。違いない! 頬を紅潮させ、目を潤おわせ、ドキドキワクワク、母を見つめるバナナ。 『はい。万歳するデス』 バナナは、キャッキャッ!と奇声を上げながら、白いドレスを待った。 サクラは、コンビニの袋を手に取ると、それをバナナの頭からかぶせた。 『デス。なかなか似合うデス。次、イチゴ来るデス』 「………?」 バナナは、両手で着せられた服を触ったり、引っ張ったり、ぺちんぺちんと叩いたりして首を傾げる。 『次、スモモデス』 3匹は、コンビニの袋に穴を開けたそれを、服のように着せられた。 スモモは、セブンイレブン。 イチゴは、サンクス。 バナナは、ファミリーマートだ。 『いま流行のファッションデス。あー、かっこいいデス。最高デス。ママも鼻が高いデスゥ♪』 無論、口からの出任せだ。 いつもの緑の服でないことに、仔実装たちは、反発するであろう。 だから、反発がでないうちに、褒めて、褒めて、褒めたおした。 『ほぉら。バナナの服の文字。かっこいいデスゥ♪ しびれるデスゥ♪』 胸の逆さになっている「FamilyMart」の文字を見て、頬を赤らめ照れるバナナ。 スモモとイチゴは、?な顔をして、自分の服を両手で掴んでは見ている。 『イチゴもスモモも、イカスデス。ナウいデス。まったく、ヤングですねおまえ達は〜♪』 頭を掻きながら照れる姉たち。 サクラが執拗に褒めると、その気になってくる仔実装たち。 今までの裸に比べれば、確かに利便性は高い。まず、この草むらの中動き回っても 草などで、肌を切ることはない。 寝転んでも、小さな石の痛みを感じることも少ないのだ。 ごわごわして、通気性が悪く、肌に汗を掻くが、裸よりも幾分もマシなのだ。 良く見れば、胸の文字がおしゃれのような気もしてくる。 イチゴなどは、その気になり、その姿でしなを作って見せる。 そんな姿を見て、スモモとバナナはドキドキを隠せない。 テチュー♪ 仔実装達は、その格好を気に入り、テチュテチュとサクラに甘えた。 服を手に入れてから、仔実装たちは、繁みの中を移動することを覚えた。 今までのような裸のままでは、草の中を移動するだけで、草で体中を切ってしまう。 血の匂いは、色々な虫を呼び寄せてしまう。 でも、この服を着ていれば大丈夫だ。しかも雨が降っても雨をはじく。 なんて機能的なんだ。 ある日、サクラが留守の間、仔実装たちは辛抱できず、小さな冒険へと出かける。 繁みの周りには、大きな木や排水溝など、色々な物があることがわかった。 仔実装たちは、繁みの中を分け入って進むいく。 繁みを分けたその先。そこには、公園の舗道があった。 好奇心旺盛な仔実装たち。 繁みの中から覗く公園の風景に、仔実装たちは興奮していた。 その時だ。 『姉チャッ!! アソコッ!! アソコッ!!』 バナナがイチゴの服を引っ張る。 『何テチ? バナナ』 『アレッ!! アレッ!! ニンゲンッ!! ニンゲンッ!!』 スモモもイチゴも、バナナが叫ぶ方向を見た。 『テ…テ…テチュ〜♪』 『ニンゲンテチ… ニンゲンテチ…』 公園の舗道。こちらに向って歩く人間の姿があった。 その姿を確認し、震える仔実装たち。 『ニンゲンテチュ!! ニンゲンテチューーーーッ!!!』 『ニ、ニンゲェェェーーーーン!!!!!』 『テェェン!テェエエン!ニンゲェェェーーーーン!! ニンゲェェェーーーーン!!』 仔実装たちは、思わず繁みの中から飛び出した。 帰れる。これで帰れる。こんな嫌な生活からも抜け出せるのだ。 玩具。お風呂。暖かい毛布。金平糖。おいしいフード。 頭の中が、ぐるんぐるんと、それらで一杯になり、走る途中でこけた事も気付かず 仔実装達は、大声でテチューテチュー!と叫びながら、人間に駆け寄る。 迎えに来てくれたテチ! 迎えに来てくれたテチ! 家に帰れるテチ! 家に帰れるテチ! ご飯テチ! 金平糖テチ! 暖かい毛布テチ!! スモモたちは、目を潤ませて、頬を紅潮し、両手をバタつかせながら走った。 一番足の速いイチゴが先に人間の足元に辿り着く。 見上げる。 人間だ。人間だ。 帰れるんだ。あの家に。 みんなで過ごした、あの暖かい家に。 「テェェ… テェェ… テェエエエエエン!」 思わず感無量で泣き出してしまう。 そうしているうちに、スモモやバナナも追いついて来た。 『帰るテチィ!! ニンゲンッ!! お家に帰るテチィ!!』 『ココは嫌テチィ!! 一緒に帰るテチィ!!』 『嫌ナノ!! ココォ!! 帰るノォ!! 帰るノォ!!』 仔実装たちは叫んだ。 心の底から。この公園での嫌なこと。大変だったこと。ご飯がまずいこと。 頭の中に浮かぶ、ありとあらゆることを、心の底から叫び続けた。 そして、人間のズボンを引っ張り引っ張り、家へ向わせようと必死だった。 戸惑ったのは人間の方だった。 「なんだ?こいつら」 この男、サクラの飼い主でも何でもない。 ただ気晴らしに、公園をぶらついていた近所の男である。 帰れるテチ! これで帰れるテチ! 嬉しいテチ… やっと帰れるテチ… テェェン! テェェン! ママを呼ぶテチ! ニンゲンが迎えに来たテチ! ママァ! ママァ! コンビニ袋姿の実装石は、涙を流してテチテチ♪喜んでいた。 スモモ達は、生まれてから、飼い主の男以外の人間に会ったことはない。 この公園で初めて同属と会ったように、仔実装の世界観はあくまでも サクラと男と姉妹だけで形成されている。 無論、この世に男以外の人間がいるとは、想像だにもしていないことだ。 自分の姿より大きく、自分たちと同じように2本の足で歩く影を、公園の 繁みから見たとき、その姿はすなわち「サクラの飼い主」=男であると 勝手に思い込んでしまっているのだ。 スモモ達は歓喜の声を上げて、コンビニ服を揺らしながら、男の周りを回る。 頭の中は、金平糖、毛布、玩具、実装フード、アワアワのお風呂、と いろんな夢のアイテムが回っている。 男は頭を掻いて、その場を離れる。 特に実装石に関しては、無関心のようであった。 驚いたのはスモモたちだ。 『テチァッ!! ニンゲンッ!! 待つテチ!!』 『デチャアアア!!! 置いてかないでテチィ!!』 『テェェン!テェエエン! ニンゲェーーンッ!!! テェエエエエエン!』 所詮、人間の歩幅に追いつくはずもない。 30秒もしないうちに、仔実装たちは男を見失う。 『テェェ… ニンゲンッ…』 スモモ達は、途方に暮れながら、男の去る方角を見つめていた。 その夜。 『デスッ! 勝手に巣を出てはいけないと言ったハズデスッ!』 サクラの折檻が待っていた。 スモモもイチゴもバナナも、鼻血が出るまで殴られた。 『テチ… ワタチタチ… やっぱり捨てられたテチ…』 しばらくすると、スモモが辛勝な口調で語り始めた。 昼間に人間に置いてきぼりにされた事が、堪えたらしい。 『テェエエエエエン! お家ィ!! ニンゲェェン!!!』 バナナも、泣き始める。 『テチュ! 泣き止むテチ! ニンゲンがいなくてもママがいるテチ!』 イチゴが、スモモとバナナを元気付ける。 『イチゴ… 立派デス』 サクラは、イチゴを抱き上げて、頬擦りをしてあげて、スモモたちに言った。 『デス。昼間に会った人間は別の人間デス』 サクラは、人間にも多くの人種がいることを語った。 やさしい人間。悪い人間。餌をくれる人間。痛い事をする人間。 だから、闇雲に人間に近づいてはいけない。人間に近づく時は、よく観察をしないといけない。 サクラは、子供達に、人間について、色々な事を教えていった。 その中で、サクラは特に、ご主人様、つまりサクラのママの事を、毎晩寝る前に 物語のように子供達に語った。 『実装フードはご主人様がくれたものデス』 『テチ… ご主人様?』 『そうデス。他の人間とは違うデス。ご主人様デス』 『テチ? ご主人様。テチ?』 『金平糖もご主人様がくれたものデス』 『金平糖ォ… 食べたいテチィ』 『ご主人様の優しさは、天井知らずデス』 『ママァ!! アワアワは? アワアワは?』 『アレもご主人様が与えてくれた物デス。シャワーもご主人様の魔法デス』 『マホウ…凄いテチィ…』 『毛布もご主人様が与えてくれたデス』 『毛布…ママの毛布も暖かいテチ』 『もっとこっちに寄るデス』 『テチュ…テチュ…』 『テチュ…テチュ…ご主人様…』 『デ?イチゴ。頬が赤いデス』 『ッ!! な、なんでもないテチ!! 明日も早いテチ!! もう寝るテチ!!』 『デス?変な子デス』 いくら泣こうが帰れないのだ。 いくら叫ぼうがもう戻れないのだ。 それは、サクラに散々、この生活の中で言いつけられたこと。 私たちは捨てられたのだ。 でも、仔実装たちは忘れる事ができなかった。暖かなあの家の生活を。 サクラと人間が、ニコニコ笑いあう、あの暖かい生活を。 そんなある日、サクラのお腹は、目立つようになってきた。 この公園に来て1週間。あと1週間もすれば、お腹の子供は生まれてくるだろう。 この身重の体は、だんだん生活に支障を来してくる。 餌も、以前のように思うように取れなくなってきている。 敏捷性が劣ってきているのが、サクラにもわかって来ている。 そろそろ、この生活も終わりだろうか。 サクラは、そう思いながら、餌を取りに行く以外は、できるだけ巣で子供達と一緒に 過ごすことにした。 『デェ… また動いたデスゥ』 お腹をさするサクラ。 仔実装たちは、大きなサクラのお腹を見ては、興味津々だ。 『ママァ! お腹一杯テチ! ママは食いしん坊さんテチ』 イチゴが言う。 『違うデス。もうすぐ、あなた達の妹が生まれるデスよ』 「ッ!!」 「テチァ!!」 「テェ!?」 衝撃の事実を知り、驚く仔実装たち。 『妹が生まれるテチ!?』 『そうデス』 『メロンが帰ってくるテチ!?』 『デス。メロンが帰ってくるデス』 『姉チャ 帰ってくるテチ!! 姉チャ 帰ってくるテチ!!』 『バナナ。違うデス。こんどはおまえがお姉さんデス』 『テ? 姉チャ? ワタチ 姉チャ?』 『そうデス』 『ッ!! ワタチッ! 姉チャ!! ワタチッ! 姉チャ!! テッチー! テチテチー!!』 仔実装たちは、生まれてくる家族に興奮しながら、サクラの大きくなったお腹を 触りながら、テチュテチュ甘えていた。 『デ… また中で動いたデスゥ♪ くすぐったいデスゥ♪』 サクラは上機嫌だ。 仔実装達も、サクラの周りで上機嫌だ。 『テチュ♪ ママッ! メロン また動いたテチュ♪』 『デスンッ! そんなに激しく動いたら、奥に当たるデスゥ』 サクラは思っている。 もうこの生活も終わりに近づいている。 新しい家族。それを迎えるときはママも一緒だ。 もう少しだけ。もう少しだけ頑張ったら、ママを呼ぼう。 サクラは、下着の横に挟んでいる実装フォンの位置を確かめる。 もう少し。もう少しだけ頑張ろう。 この子達のため。そして、このお腹の中の子のためにも。 『デッス〜ン♪ 私のお腹、今、女の子デスゥ♪』 サクラのお腹の中では、新しい命が躍動をしていた。 ある日、サクラは身重の体で、何とか餌を取り終え巣に戻る。 朝食であったが、身重の体のため、時間がかかる。 空の太陽が既に真上に来ている頃であった。 お腹を減らせてテチュテチュと待っているであろう。 繁みをわけて、戻って来たにも関わらず、出迎えのない仔実装たちを訝しるサクラ。 見れば、スモモたちは、一生懸命何かを作っている。 『おまえ達。何をしているデスか?』 サクラが覗き込むと、イチゴがそれを後ろに回して、それを隠す。 『な、何もしてないテチ!!』 『あやしいデス。何を隠したデス?』 『な、何も隠してないテチ!!』 『見せるデス』 サクラは強引にイチゴが隠したそれを取り上げた。 『デ…』 それは、色々な花で作られた花の冠であった。 まだ編み掛けのせいか、冠の形には、程遠い。 『ママァ、見てテチ 見てテチ』 スモモとバナナが、同じように冠を見せる。 『ママにあげるテチ』 『ママにあげるテチィー!!』 スモモとバナナの共同作品だろう。 サクラは、花の冠を頭に載せ、頬を赤らめ、涙ぐむ。 『デスン… おまえたち』 『姉チャ、まだできないテチ?』 バナナが冠の作りかけを見て、そう言う。 『バナナ。イチゴも一生懸命作っているデス。そう急かすものでは…』 イチゴがモジモジと隠しながら、作っている冠。 それはサクラの頭に載っている冠と同じ作りだが、どうも違う。 大きすぎるのだ。サクラの頭の2倍ぐらい大きさだろうか。 それは、まるで人間のために作っているような大きさなのだ。 『イチゴ。もしかして、それは…』 『ち、違うテチ! ひ、暇だから作っているだけテチ!!』 『姉チャ? 真っ赤テチ? 風邪テチ? 風邪テチ?』 『違うテチ!! ご主人様のためなんかに作ってないテチ!!』 イチゴは頬を真っ赤にして否定した。 『お、大きく作りすぎただけテチッ!! べ、別に欲しいって言うなら、あげてやってもいいテチッ!!』 テチテチと騒ぐ仔実装たち。 それを見ながら、サクラは頬を赤らめ、鼻息を荒くつく。 サクラは、辛く厳しかったこの野良生活を思い出し振り返る。 この生活を通して、仔実装たちは一回りも二周りも大きくなり成長した。 この子たちは、たぶん大丈夫。いや絶対大丈夫だ。 明日、実装フォンでママに連絡を入れよう。 躾はうまく行ったと伝えれば、ママが迎いに来てくれるはずだ。 仔実装たちは、きっと驚くだろう。 どんな感動的な再開を演出しようか。 サクラは、そう思うと、ウキウキするのだ。 『さぁ、おまえ達。ご飯にするデスゥ』 『テチュー♪』 イチゴ。ご飯が終わったら、その冠。ママも手伝うデス♪ おまえ達も手伝うデスよ 明日までに仕上げれば、きっといい事があるデス♪ きっと、いい事があるデス♪ 封鎖された公園。 四方の公園の出入り口には、ネットが張り巡られ、警官隊がその四方に固めていた。 泣き叫ぶ人間の母親。子の名前を、何度も何度も繰り返しては叫んでいる。 横には、グレーの作業着を着た男たちが、銃らしきものを持ち、命令を待っている。 封鎖された公園の入り口には、警官隊のほか、多くの野次馬などの声で溢れていた。 その喧騒中、一人の警官がパトカーの無線を使い、本部と連絡を取り合っている。 「こちら現場。○○公園に到着し、公園内の住民の退避および 公園の出入り口の封鎖は完了。 現在、近辺の住宅街に、外出禁止を勧告しております。 野良実装石の群れは、公園内に生息中。ここからは、目視で 10体から20体ほど確認できます。 森の中をあわせると、およそ100体前後の群れかと思われます。 公園の中央には、被害者と思われる赤ん坊の死体。 その周囲には、数体の実装石が、被害者を捕食している模様。 報告のあった、残り2人の幼児の姿は見えません。 おそらく、森に連れ去られた可能性があると思われます。 ええ。はい。了解しました。 禽獣駆除班が到着次第、駆除を開始致します」 サクラはウキウキしていた。 大きなお腹の周りには、仔実装たちが頬を寄せて眠っている。 また動いたデスゥ♪ また動いたデスゥ♪ 幸せ一杯のサクラ親子は、夢の中で、男の家のリビングで楽しく遊んでいた。 男の膝の上にはサクラ。その周りに四匹の仔実装が、走り回っていた。 (続く) ================================================================== 【あとがき】 作者です。 旧保管庫閉鎖と同時に休みを頂いていました。 ご心配をおかけしましたが、最後まで頑張って書き上げたいと思います。 ハイヴェンと命名してくださった方、ありがとうございます。 糞蟲業界では、ウンコは最大の賛辞(?)かと思います。 あと趣味シリーズの4のデイトレに絵を描いてくださった絵師の方、 ありがとうございます。PCの壁紙にして、毎日見ています。 サクラシリーズは、最後まで書き続けますので、もう少しお付き合いを。 では。 ハイヴェン
