幸福の約束 2 『ママァァァ……ママァァァ……テェェェェン、テェェェェン…』 「ママを、葬ってあげようよ」 『テスンテスン……テェェェェ…』 しばらく乗っていなかった自転車を引っ張り出し、かごにマルの亡骸を包んだビニール袋を 入れ、仔実装は胸ポケットの中に入れる。 必要な物を確認すると、俺はここから一番近い河川敷を目指して走った。 その辺から適当な可燃物を集め、その上にマルの亡骸を横たえる。 ふと、赤い刺繍の入った前掛けが目に止まる。 形見代わりにそれを外そうと思ったが、あえて止めた。 これは、マルがとても大切にしていたステイタスシンボルでもあった。 天に昇るまで持たせてやるべきだろう…… 初めて見るマルの悲惨な姿に、さらに大泣きする仔実装。 だが俺は、母親の死を認知させるため、あえて見せ付ける事にした。 血涙を流して、マルにすがろうとする仔実装。 俺はそれを制しながら、火をつけたマッチを放った。 「ママが天に昇るところを、見守ってやろうな」 『テェェェェン!! ママァ! 逝っちゃイヤテチュゥゥゥゥッ!! テチャァァァァン!!!』 火の回りは意外に早く、マルの亡骸はあっという間に炎に包まれる。 俺の手の中で泣き叫び、喚く仔実装。 俺は、飛び出していかないように必死で包み込んでいた。 涙が止まらない。 炎が、かすんで見える。 仔実装の泣き声が、いつしか俺の嗚咽とシンクロしている。 マルは、天に昇った。 四年前、両親から俺に与えられた実装石。 俺が虐待の限りを尽くした実装石。 俺が殺そうと思った実装石。 そして……そんな俺を深い暗闇の底から救い出してくれた、とても大切な実装石—— 炎が消えるまで、俺と仔実装はずっと見つめ続けていた。 マルだった灰をかき集め、付近の地面に埋める頃、もう俺達の涙は乾き始めていた。 悲しみが尽きたわけじゃない。 それより先に、涙が出尽くしたんだ…きっと。 「ママにお別れを言いな。ママは、これからずっとここで眠り続けるんだ」 『ママ……死んじゃったテチュ…もう会えないテチュ…』 「さあ、さよならを言おう」 『はいテチュ…。ママ、さようなら…テ、テェ……』 マルの墓に敬礼をしながら、再び泣き出す仔実装。 その姿は、俺の心の中に深く染みこんだ。 灰にして埋めれば、マルの死体が他の実装石に荒らされる事はない。 本当はこれは違法投棄行為なのだが、これが今の俺に出来る精一杯の弔いだった。 焚き火の後始末を入念に行った後、俺は、仔実装と共にアパートへ戻る。 その日はもう、とてもじゃないけど仕事の事など考えられる心境にはなれなかった。 ※ ※ ※ アパートに戻った俺には、あらたな課題が待ち構えていた。 この仔実装の、今後の事だ。 言うまでもなく、この仔を一人だけで外に放り出すという事は見殺しにするというのと同じ事 だ。 それだけは絶対に避けなければならないが、このアパートはペット禁止。 しかして、プータローの俺にはすぐにアパートを変えるだけの資金などありはしない。 どうすればいいんだ…… 仔実装が、不安げにこちらを見上げている。 俺が悩んでいるのがわかるようだ。 マルの忘れ形見となったこの仔を、捨てるわけにはいかない。 マルには、口では言い表せないほどの大恩がある。 それなのに、その欠片も返してやる事が出来ないままだ。 もう二度と、あんな選択肢を選ぶわけにはいかない。 散々悩み、俺は—— 「おい」 『テ…ニンゲンママ…ワタチ……』 「まずは、お風呂にしようか」 『テ?』 「ちょっと汚れすぎちゃったしな。お風呂でキレイになってから、ご飯にしよう」 『テ…こ、ここに居てもいいんテチュ?』 「ちょっと約束が早まったけどな。お前は今日からここの仔だ。いいな」 『テ…テッ、テッ、テッ……テッチュウッ!!!』 「よしよし、今お湯を沸かしてやるから、ちょっと待ってろよ」 この仔は、マルの仔だ。 まだ一人立ちなど出来ない、とても儚い存在。 もしこの仔を見放してしまったら、俺はマルとの絆を本当に失ってしまう。 そんな危機感があった。 管理人にはナイショで飼うとしよう。 幸い、このアパートには今は俺しか住人がいないから、よほどの事がない限りバレる心配は ない。 新しい所に引っ越せるようになるまで、なんとしても誤魔化しきらなければ。 俺は、そんな身勝手な思考を組み立て、勝手に納得していた。 やかんで沸かしたお湯を水で薄め、普段食器洗いに使っているプラスチックの桶に注ぐ。 出水時のゴボゴボ言うポンプ式水道の違和感には、いまだに慣れない。 簡易バスタブにした桶の中に、裸にひん剥いた仔実装を入れてやる。 服を剥かれる時はさすがに抵抗するが、いざ風呂に入ったらすぐに「テッチュ〜ン♪」と気持ち 良さそうな声を上げる。 さすが実装石、現金なものだ。 お湯に浸る仔実装の身体を石鹸で洗い流してやる。 髪も丁寧に洗ってやり、こびりついた汚れを指でしごき落としていく。 たっぷり20分近くもかけて入浴を済ませる。 すっかり綺麗になって暖まった仔実装は、さっきまでの悲しみを忘れたような、とても幸せ そうな笑顔を浮かべていた。 『テチュテチュ。ニンゲンママありがとうございますテチュ。すっきりしたテチュ☆』 使い古しのタオルの上で身を転がしながら、仔実装が話しかける。 落ち着きを取り戻したのを確認すると、俺は、これからここで住むにあたっての注意事項を 説明することにした。 人間の住む場所に入るのだから、これからはママとは違う厳しい躾を行うこと 絶対に粗相は許さないこと ニンゲンママの言う事には絶対に従うこと どんな事があっても大声は出さないこと。また、泣き喚いたりしないこと 守れなかったら、すぐに外へ裸で放り出すこと これらを、しっかりと言い聞かせる。 昔、マルを躾ける時に参考にしたマニュアル記述の応用だ。 仔実装は、それを聞いて不安そうな顔をしていたが、守れさえすれば可愛がってやるし いっぱい遊んでやるという言葉に、再び笑顔になる。 『ママが言ってたテチュ。言う事を一杯聞いて良い仔になれるとエライテチュ。ニンゲンママ、ワタチ もっと偉くなれるテチュ?』 「なれるかもな。——よし、じゃあ服を洗ってやるから、しばらくは裸んぼで我慢な」 『テチュ?! お、お服ないと困っちゃうテチュ…』 「いいんだよ、ここには他に実装石はいないんだから」 『テェ……ホントに大丈夫テチュ?』 「ああ。それに何か紛れ込んできても、俺が助けてやるから心配するな」 『テッチュウ♪ わかりましたテチュ。我慢して待ってるテチュ!』 ピシッ! ようやく納得したようで、仔実装は笑顔であの敬礼をしてみせた。 本当に良く笑う奴だ、この仔実装は。 ——仔実装…か。 そういえば以前マルと、この仔の名前について話した事があった。 「なあマル、この仔にまだ名前は付けていないのか?」 『はいデス。ワタシ達の名前は、やはりニンゲンさんが付けるべきだと思うデス』 「どうしてさ?」 『いくら親でも、同じ実装石が付けた名前とニンゲンさんが付けて下さる名前とでは、重みが 違うデス』 これは俺にはピンと来ない概念だったが、とにかくマルは、たとえ自分の子供でも安易に 「名前」を付ける事はしたくないらしい。 名前は、実装石にとって最大級のステイタス。 仮に「ボケ」とか「カス」とか「マラジッソウ」とかイタズラに付けたとしても、そいつが言葉の 意味を理解出来ていないなら、それはそのままそいつにとっての誇りになってしまう。 例えるなら、それは外人がおかしな意味を持つ漢字のイレズミを彫って悦に入るようなもの か。 そんな歪んだ誇りを与えるくらいなら、しっかりした意味のこもった名前をいただくべきだ。 名前をもらえるという事は、それだけその実装石が人間に認められたという事。 同時に、それだけ自分自身を精進させたという意味でもあるのだから。 そんな風に、マルは述べていた。 この仔の名前は、俺が付けるべき。 マルも、きっとそれを望んでくれているだろう。 しかし、マルの考えを尊重する以上、うかつな名前はつけられない。 別れた妻の名前を付けたり、友達の飼い実装の名前をパクったりなんてもっての他だ。 カトリーヌちゃんやエメラルドちゃん、マデリーンちゃんやアントワネットちゃんなんてのもダメ だ。 …なんとなく、プレッシャーを感じてしまうなあ… でも…避けてはいけない。 「よし…じゃあ、もっと躾を身に着けたら、そのご褒美に名前を付けてあげようか」 『テチュ?! ワタチにお名前がもらえるテチュか?』 「ああ、今すぐじゃないけどね。言う事をしっかり聞けたら、立派な名前を付けるよ」 『テチューッ!! ワタチ頑張るテチュ! 頑張って早くお名前もらうテチュ!』 どうやら、仔実装はすっかりその気になったようだ。 もっとも、それがどこまで続くものか心配ではある。 所詮は実装石、物忘れの激しさや都合の悪い事を記憶から抹消するのは、日常茶飯事。 こいつもきついお仕置きや体罰を受けたら、すぐに忘れてしまう事だろう。 まあ、せいぜい俺は覚えておいてやろうか。 だがその後、俺はこの仔実装を過小評価していた事を思い知らされた。 物忘れが激しいだろうなんて、とんでもない言いがかりだった。 菓子箱にトイレットペーパーを敷いて作ったトイレを指示すると、仔実装はそれだけで何も 聞かずに用を足してみせた。 驚く俺に説明する仔実装。 どうやら、マルは仔実装が一人で立って歩けるようになると、すぐにトイレの仕方を教えた らしい。 特定の場所でする事、それ以外の場所では決してしてはならない事、下着の中でウンチを しない事。 粗相をするという事が、どれほど他者に迷惑をかけるかという事。 そして、漏らしたら最後、それは死をも意味する事。 昔俺がマルに説明した事そのまんまのような気がするが、この仔はそれを出来る限り忠実に 守っていた。 言われてみたら、こいつは今まで俺と遊んでいても、興奮して漏らしたりする事は一度も なかった。 実装石を初めてお風呂に入れると、その快適さに高確率で湯内脱糞するのだが、それも なかった。 感心する俺に対し、仔実装は「ウンチした後はどこにまとめればいいテチュ?」とさらに尋ねて きた。 なんと、その後の後始末も必要だという事を理解しているらしい。 さすがの俺も、これには思わず声を上げて驚いた。 次は食事。 これについては、以前から何度も様子を見ているからよく知っている。 この仔はちゃんと「いただきます」「ごちそうさま」が言えて、しかも許可を貰わない限り絶対に 手を付けない。 また、一度食べ始めると決して余計な事はせず集中して食べる。 もちろん溢したりはしないし、周りや自分の服を汚すような真似もしない。 うっかり前掛けを汚してしまったとしても、すぐに頭を下げて詫びを入れる。 失敗してもそれに対する反省の態度とその意味を理解しているのなら、これはお仕置きの 対象にするわけにはいかない。 一応悪い事だから「次から充分に注意しろよ」と簡単な説教はするが、それで充分だ。 さらに加えて、食べ足りないとか別な物を寄越せとか、そういう実装石的要求もまったくない。 そんな食事の態度は、マルという直接の監視者がいなくなっても変わる事はない。 試しに尋ねてみると、これについては想像を絶する厳しい躾があったようだ。 仔実装は躾を受けていたときの事を思い出すと、血涙を流しながら右腕をさすり、嗚咽を 交えながら懸命に説明しようとする。 差し当たり、腕を折られるかもぎ取られるかしたのだろう。 あまりに嗚咽が混じりすぎてリンガルが翻訳できないほどだから、相当辛い思い出だったと 思われる。 なので、もうこれ以上追及しない事にした。 さて、困った。 ここまで基本的な事が完璧だと、新たに躾ける事がない。 さすがに仔実装が身に付けた躾は100%完璧ではないだろうが、名前を与えるきっかけに なるような「新しい躾」が入り込むような隙がないとなると、色々とまずい。 しまった、もっとこの仔の性質を見極めてから約束をするんだった。 躾が出来ないという事は、大きな問題の発生に通じる。 それは、飼い主に対する態度と考え方の矯正。 基本的に自我が強く、世界の中心に立つ至高の存在だと認識している実装石にとって、 飼い主との力関係が理解出来ないという事は最悪の事態を招く兆候に繋がる。 やがて自己中心的な態度を増長させ、飼い主を下僕扱いし始める。 こうなったらもはや処分するしかないわけだが、そうさせないためにも荒っぽい躾はどうしても 必要になるのだ。 つけ入る隙がないからと言って無意味に暴力を加えても逆効果で、そうなると実装石は 不信感をつのらせ強烈なストレスから逃れるために自閉的になっていく。 こうなっていくと、もはや「飼う」のではなく「介護」に近い生活になるだけだ。 ここ数年で少しずつ需要を伸ばし始めているという「躾済み飼い実装」は、あらかじめ人間の 脅威と恐ろしさをも刷り込まれているため、よほどヘタに飼わない限り関係を崩す事はないという。 この仔実装が、そんな躾済み飼い実装と同レベルだったら話は楽なんだが、いくらマルが 育てたとはいえさっきまでは野良だった存在。 そんな期待など出来るわけがない。 散々悩んだ結果、俺は多少無理矢理にでもこいつの欠点を見出し、そこから躾ける事にした。 だからしばらくは、仔実装の態度の観察である。 ちょっと姑息な気もしなくはないが、これも仔実装のためだ。 『テチュ? ニンゲンママ、抱っこしてテチュ♪』 悩んでいる俺に、両手を伸ばして甘えてくる。 まあ…何も問題を起こしていないなら、別に遊んでやる事は問題じゃないよな。 そう心の中で確認すると、俺は仔実装を抱き上げてやった。 『テチュー♪ ニンゲンママの匂いがするテチュー♪』 「はやくお前に名前つけてやらないとなあ」 『ワタチ、ニンゲンママの付けてくれるお名前を大切にしたいテチュ! 一生懸命頑張るテチュから、 いろんなことを一杯教えてくださいテチュ!』 「お、おう…」 なんだか、仔実装はものすごく気合が入っているようだ。 漫画で表現するなら、背後からメラメラと炎のようなオーラでも昇っているかもしれない。 ううっ、プレッシャーが…。 ※ ※ ※ その日は結局、仔実装は大きな問題を見せず仕舞いだった。 だが、さすがにいくつかボロは見え始めていた。 余り物のダンボールを加工して新聞紙を敷き、簡単な専用部屋を作ってやる。 夜の間だけは、そこに仔実装を入れる事にした。 タオルを使った布団を与え、夜中に喉が渇いた時のために水皿を用意する。 仔実装をそっと箱の中に降ろすと、突然不安そうな顔つきになった。 『テチュ…この中暗いテチュ。独りポッチはイヤテチュ…』 「独りぼっちじゃないよ。すぐそこで俺も寝るから」 『ニンゲンママのお顔が見えないテチュ!』 「仕方ないだろ。どっちみち電気も消すから、ここじゃなくても顔は見えないよ」 『テェェェ…ワタチ、ニンゲンママと一緒がいいテチュ!』 「ワガママ言わないで、云う事を聞きなさい」 『テチャアァァ……ニンゲンママぁ…テェェェ…』 「? どうしたんだ、突然?」 仔実装は、箱の底で両手を伸ばして、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。 早くここから救い上げてくれといわんがばかりだ。 ここに来て、突然のワガママ発生。 今まで完璧にこなしてきた分、仔実装の態度は随分とアンバランスに思える。 「ダメだ。ここで独りで寝なさい」 『テチャァァッッ!! イヤイヤ、イヤイヤテチュウ!』 「嫌がっても、朝までここからは出られないよ」 『テェェェェン!! ニンゲンママ、ニンゲンママ、いじわるイヤぁっ!』 「これからは、独りで寝る事を覚えなさい。それから、早速“大声は出さない、泣き喚かない” ってのを破ってるぞ」 『テェェェ…!!』 「これ以上ワガママ行ったら、裸にしてここから外に放り投げるぞ」 『……テ……』 随分不満なご様子だったが、仔実装は俺の言葉に口を閉ざし、すごすごと引き下がった。 布団に潜り、悲しそうな目でこっちを見つめている。 「じゃあな、おやすみ」 『…おやすみなさいテチュ…』 電灯を消して、万年床に潜り込む。 今日は本当に疲れた。 マルの死と埋葬、仔実装、色々な事が脳裏を駆け巡る。 仔実装から離れると、だんだんせつなさがこみ上げてくる。 当分糸を引きそうな感じだな、これは… 俺は、マルとの思い出を反芻しようとして……止めた。 おやっ? 「テスンテスン、テスン……テェェェ……テェェェン……」 仔実装が、泣いている。 一生懸命声を殺そうとしてはいるが、どうしても漏れてしまうようだ。 おかしいな、こいつ、こんなに泣き虫だったっけ? 一応、実装石の子供についての知識はあるつもりだ。 生後数週間、特に三週間頃までの仔実装は、親への依存度が著しく高い。 元々他者に鎌ってもらえないと生きていけない生物だから、自分を保護してくれる存在に 対する依存度が高い。 だが、あれだけしっかりした躾をマルから受けている筈の仔実装が、どうしてこの程度の事で 泣いてしまうのだろうか? やっぱり実装石が行う躾には限界があるという事なのだろうか…? 「テェ……テェェ……テスンテスン」 泣き声は、その後二十分以上も続いた。 いい加減気になって仕方なかったが、本人は懸命に声を押しとどめようとしているようだから、 今回だけは大目にみてやる事にする。 これは、俺が耐えるしかない。 俺は布団を頭まで被って、無理矢理眠る事にした。 明日は面接…それまでに、少しでも精神にリセットをかけておかなければならない。 感覚で三十分も過ぎる頃には、もう仔実装の泣き声は聞こえなくなっていた。 ※ ※ ※ 翌朝。 俺は目覚ましで起きると、すぐに仔実装の様子を確認する。 どうやら泣き疲れて眠ったようで、頬にくっきりと涙の後が残っている。 しばらくして、仔実装が俺の気配を悟って起き上がる。 眠そうな目をこすりながら俺の方を見上げ、寂しそうにテチテチ鳴いている。 リンガルを通して、話しかけてみるか。 「おはよう。寒くなかったか?」 『テチュ…ニンゲンママ、抱っこしてテチュ…』 「起きた時の挨拶忘れてないか?」 『テチュ…! あ、ご、ごめんなさいテチュ。——おはようございますテチュ!』 「よし。じゃあ朝ごはん用意してやるからな」 『テチュ…抱っこ……』 両手を伸ばし、懸命に甘えようとする態度をあえて無視し、朝食用の実装フードを盛りつける。 挨拶をしてちょこんと座り、カリカリとフードをかじる仔実装。 今日は寒いから、後で温かい飲み物でもあげるとしようか。 そんな事を思っていると、仔実装が、ものすごくせつなそうな顔でこちらを見ている事に 気付いた。 「こらこら、ご飯を食べている時によそ見しちゃダメだろう?」 『テチュ…』 「ちゃんと全部食べたら、少し遊んでやるから。しっかりな」 『テチュ! 遊んでくれるテチュ?』 「良い仔にしてたらな」 『テチュ!』 途端に元気を出す仔実装。 さっきまでとは全然違うスピードと集中力で、ひたすら食事に向かう。 なんだかしらんが、とにかくよし。 十数分後、しっかり綺麗に食べ終えた仔実装は、ぺこりと頭を下げてご馳走様の挨拶をする と、じっと俺の反応を待つ。 よし、溢してもいないしちゃんと集中して食べたから、いいだろう。 俺は笑顔で仔実装を抱き上げてやると、箱から出して畳の上に置こうとした。 すると—— 『テチュウ♪』 「ん、なんだ? 手から降りていいぞ」 『もう少し、このまんまがいいテチュ』 「?」 仔実装は、俺の手の平にぎゅっと頬をつけ、目を閉じながらうっとりしている。 今までそんな風にした事はなかったから、ちょっと面食らう。 なんだか…ものすごくなつかれてないか? マルが居た時はそんなでもなかったのに。 「おい、降りなくていいのか? このままだと遊べないぞ?」 『ニンゲンママの抱っこがいいテチュ♪』 「…?」 なんだか奇妙なリクエストが来たので、俺はとりあえず両手の中に仔実装を乗せてゆりかご のように揺らしてやった。 当の仔実装は、頬を真っ赤に染めてなすがままになっている。 うーん、粗相がなくて躾が出来ているのはいいが…ちょっと甘えすぎだな。 俺は、夢心地の仔実装をちょっと乱雑に畳の上に降ろすと、びっくりしているところにスポンジ のボールをぶつけてみる。 『テチャッ! …テェェ?』 「ほらほら、遊びはお前の日頃の運動も兼ねてるんだから、しっかりやらないとダメだぞ」 『テチュウ…遊んだらまた抱っこしてくれるテチュ?』 「だーめ」 『テッ?!』 「抱っこは一日一回だけ。さー、こっちに転がしてごらん」 『テチュウ…テッ!』 コロコロ… 精一杯押したつもりらしいが、スポンジボールは俺と仔実装の中間で止まる。 俺は苦笑しながら、しばらくたどたどしいキャッチボールに付き合ってやった。 数分も遊んでやると、仔実装はもう抱っこをせがまなくなった。 うん、自分の欲求を引っ込める事も出来るなんて、大したものだ。 それにしても、野良上がりでこんなに躾が行き届いている奴がいるなんて、俺は初めて 知った。 いったい、こいつとマルはどういう生活を続けてきたんだろう? 俺は、こいつらの過去に少し興味を抱き始めた。 ※ ※ ※ 面接に行く時間になった。 俺は出来るだけましな服を選んで身にまとう。 その様子を見ていた仔実装が、また騒ぎ始める。 『テチュー! ニンゲンママ、何してるテチュ?!』 「ちょっと出かけてくる。しばらく留守をよろしくな。静かにしてろよ」 『ワタチも行くテチュ! 連れてってテチュ!』 「バカ言うな。仕事のために行くんだぞ」 『ニンゲンママと離れるのイヤテチュ! それだけは絶対イヤテチュ!』 「おいおい、俺が出かけられなかったら、お前との約束だって守れなくなるんだぞ?」 『テ…?』 俺が出かける事と約束の内容が、頭の中でかみ合っていないらしい。 やむなく、俺は仕事に出てお金を稼ぐ必要性を、できるだけわかりやすく説明してやる。 仔実装は難しそうな顔をしていたが、とにかく、俺が出かけなければいつまで経っても自分が 本当の飼い実装にはなれない、という事は理解したようだ。 それでも、寂しさだけは消せないようで、ダラダラ涙を流しながら必死で堪えている。 俺は、帰りにお土産を買って来てやると告げると、必要なものを確かめて部屋を出た。 「あれっ、としあきさん!」 突然声を掛けられる。 見ると、アパートの隣にある大家の玄関から子供が顔を出している。 こいつはやおあき。大家の孫だ。 まだクリクリのガキで生意気盛りだが、結構俺になついていて可愛らしい。 「どっか行くの?」 「ああ、また仕事探し」 「今度は決まるといいねー」 「ぬかせ。今度こそきっと決めてやるぜ!」 「あはは、だといーねー」 「お前な、せめて“うまく行く事を祈っています”くらい言えねーのか?」 「何だよそれ?」 話しながら自転車を引っ張り出そうとしていると、やおあきがアパートの中に入ろうとしている。 こいつは前からやたらとこのアパートの中に勝手に入り込んで遊んでいる事があるのだが、 今はちょっとまずい。 イタズラ好きなこいつに仔実装の存在が気付かれたら…。 「おい、アパートに入るなよ」 「え、どーして?」 「だって俺が出かけるんだもん」 「僕も鍵もらってくるから大丈夫だよ」 「つか、ここに住んでる俺がやめてくれっつってんの!」 「ちぇーっ」 唯一の住人の俺は、出掛ける度にアパート自体にも鍵をかけていかなければならない。 各部屋の入り口が建物内の廊下に向いている構造だから、そうしないとまずいわけだ。 もっとも、玄関のドアの薄いガラスを割れば簡単に鍵が外せるので、全然防犯になってない 気もするが。 やおあきはなんだか気が削がれたみたいで、アパートには入らずどこかへ駆けていった。 俺はアパートの玄関に鍵をかけると、少し慌てて自転車に飛び乗った。 今回の面接先は、ペットショップ。 実装石関連のグッズも扱っている比較的新しめなところで、確かどっか大きな企業が経営 しているチェーン店だったと思う。 そのせいか、店そのものはすごく小さくてもかなり充実した品揃えを誇っていて、店頭をさらり と眺めた限りでも、相当数の品物が並べられている。 そんな所に面接に来た俺。 二十代後半くらいの女店長が、優しい声で色々と尋ねてくる。 俺は、自分の経歴に加え実装石を飼っていた経験がある事も付け加える。 店長はそれを興味深そうに聞いていたが、やがて表情を引き締め、一つだけ突っ込んできた。 「ところであなたは、実装石を虐待した経験はありますか?」 「え…?」 思わぬ質問に、思わず言葉が止まる。 何か、引っかかるような事を言ってしまったのだろうか? 少しだけ間を空け、俺は「ありません」と答えてしまった。 店長は目を閉じて「なるほど…」と短く呟くと、後日あらためて結果を伝えるので二日後に連絡 してくれと言ってきた。 それ以上特に変わった事はなく、面接はごく普通に終了した。 店を出てから、少し反省する。 虐待経験は……正直な話、ある。 いや、そんなものじゃ済まないレベルの事をしていた。 俺の手にかかって死んだ実装石の数は、十や二十なんてレベルじゃない。 確かに「虐待」ではないが……いや、それはもう昔の俺だ。 今は、もう普通に実装石を躾けられるし、普通に接する事が出来る。 マルをあんな目に遭わせたような糞虫共でもない限りは…! 体中が熱くなってきている事に気付き、慌てて深呼吸して落ち着ける。 たった一日で随分平静になったなと思っていたが、自覚がないだけで、やはりマルを殺された 怒りは煮えたぎっているようだ。 このままだと、無関係な実装石にまで何かしてしまいそうで怖い。 俺は考えを改め、今は部屋に残してきた仔実装の事を考える事にした。 そうだ、何か買って行ってやるって約束したっけ。 財布の中にまだ百円玉が何枚か残っている事を思い出すと、俺は近くのコンビニへと向かった。 ※ ※ ※ 「ただいま———って、げっ!!」 部屋に帰りつくと、仔実装は————死んでいた。 というか、正しくは箱の中で仮死していた。 舌をべろっと出し、焦点の合わない目線を漂わせ、ひっくり返っている。 「おい! な、何があったんだよ?!」 部屋の中の様子を調べてみるが、別に誰かが侵入した形跡もないし、ゴキブリやネズミに 襲われたわけでもなさそうだ。 仔実装には外傷はまったくない。 訳がわからず呆然と仔実装を見つめていると、やがて、ピクピクと手足が動き始めた。 『テ…テチ…』 「おい、大丈夫か?」 『テチャ……テェェェ……』 「何があったんだよ、なあ?!」 『テチャアア……テェェェェン、テェェェェン!!』 止められていたカセットテープが、また再生されたかのようだ。 仔実装は、泣きながら甘えようとしてくる。 質問に答えられるような心境ではないらしく、ただ、伸ばした俺の手にすがり頬をこすりつける。 「ひょっとして…寂しかった……だけ、か?」 『テチュ……。ワタチやっぱり独りぼっちイヤイヤテチュウ!!』 「う、う〜ん…」 『ニンゲンママが居ないと、ワタチダメダメテチュウ!!』 「…」 必死で泣き叫び、俺にすがろうとする仔実装。 いつのまにか、大声を出さないという約束を破っているが、本人はまったく気付いてない。 それだけ俺と離れているのが辛かったのか。 しかし…まさか「寂しくて仮死してしまう」ほどとは…そんなの初めて聞いたぞ?! 俺は、心を鬼にしてすがる仔実装をデコピンでふっ飛ばす。 『テチャッ?! テェェェ!!』 「泣き喚くな、と言った筈だろう。さすがにもう許すわけにはいかないぞ」 『テ、テェェェ…』 「お仕置きだ」 『テ、テチャアァァァ!!』 と、つい勢い任せに言ってしまったものの、どういうお仕置きをすべきか悩んでしまう。 寂しさで仮死するような奴で、しかもついさっき蘇生したばかりの状態。 とてもじゃないが、激痛を加えたり長時間精神的負担を強いる躾は出来ない。 散々悩んだ末、心体に直接のダメージを与えない「夕食抜き」に落ち着ける事にする。 買って来た金平糖は、明日のおやつだな。 『ママ…』 仔実装が、涙目でこちらを見上げている。 まだ、どこか焦点が合ってない。 まるで、俺を透かして天井を見つめているようだ。 『ワタチ……ママのお願い聞けなかったテチュ…』 「…」 『ママのお言いつけを守れないテチュ…。ワタチ…どうすればいいテチュ?』 「俺に頼らなくても大丈夫なようにならないとな」 『テチュ…わかんないテチュ。ワタチ、悪い仔テチュ?』 「そんな事はないよ」 『テ…』 酷く意識が困惑しているようだ。 話している事が、とりとめなく乱れている。 俺はニンゲンママ、お前のママとは別。 俺の顔を見ながらママって呼びかけても、なあ… 『ママ…そんなお顔しちゃイヤテチュ…ワタチ…』 「もういいから、今は少し休むんだ。後で少し遊んでやるからな」 『テェ……テスンテスン……』 泣きながら目を閉じ、眠ろうとする仔実装。 俺は、額を軽く指先で撫でてやると、ふぅと息を吐いて壁にもたれかかった。 仕事…決まったら、本当にどうしようか。 まさか仕事場に連れて行くわけにはいかないしなあ。 いくらペットショップだからって、けじめはつけないとまずいし。 それから俺は、仔実装の動きや態度に大変な神経を遣い続けるはめになった。 こいつの異常な寂しがり屋ぶりは、単なるありがちな躾でどうにかなるようなものではない気 がする。 他の部分が完璧だった分、こっちの問題は根が深すぎた。 とにかく、寂しいからってしょっちゅう仮死されてはこっちの神経も磨り減るし、なによりこの仔 の偽石が受けるダメージの蓄積が心配だ。 仔実装は、何かあると俺にかまって欲しがり、テチュテチュと甘えてくる。 俺も、あまり良い事じゃないと知りながらもつい反応してかまってしまう。 仔実装は、やがて元気を取り戻した。 餌もしっかり食べ、身体も動かして気持ちよく風呂に浸かる。 だんだんご機嫌度が高まってくるのはいいが、その度にこちらは不安が増大していく。 実装石との生活で必ず発生する、増長を警戒しているのだ。 このままではいけないと考えつつも、俺は、仔実装を目一杯可愛がった。 そんなこんなで、あっという間に約束の二日後になった。 俺は、残高の少ないテレホンカードを持ち、電話をするために外出しなければならない。 外出って言ってもほんの十数分程度だから、それくらいなら……大丈夫だよ、なあ? ※ ※ ※ 「——え? そ、それって…」 『本採用という事です。それでは、早速明日からよろしいですか?』 「はい…はい! どうぞよろしくお願いしますっ!」 吹きっ晒しの公衆電話。 受話器を戻し、残高が限りなくゼロに近付いたカードを抜き取ると、俺は思わずその場で拳を 振り上げた。 「いやったぁ———っ!!」 どれくらいぶりのバイト確定だろう! 先日のペットショップ…まさか、採用してくれるとは思わなかった。 気分が高ぶる。吹きすさぶ寒風など、今の俺には関係ない。 よっしゃあ! まずは! 第一歩!! 待ってろよ仔実装! 一生懸命働いてすぐにお金を貯めて、ペットOKのアパートに引越して みせるからなっ!! 公衆電話の前、顔を赤らめて飛び跳ねる俺を奇異な目で見ながら通り過ぎる人々。 その視線にようやく我に返り、俺は、慌ててその場から退散した。 さらば、悲しき日々よ。 もう戻らない、もう帰らない! 財布の中身が足りなくて、コンビニでバイト情報誌を立ち読みした日々よさらば! 公衆電話代と履歴書代だけで所持金を使い果たし、せっかく決まった面接を泣く泣く逃した日々 よさようなら! 有り金はたいて確実な手応えを感じつつ向かったのに、出会い頭に不採用を言い渡されて 三時間歩いて帰宅した日々よアディオス! 書き損じた履歴書を修正する修正液が買えなくて、そのせいで不備扱いされて無駄になった 履歴書に泣いた日々よグッドバイ! 面接に行ってみたらスーツ着用義務付きの職場で、赤っ恥かかされた日々よフライアウェイ! そうさ、もう明日からの…いや、今日からの俺は今までとは違うのだ! 俺はコンビニに寄り、ささやかなお祝い用の飲み物とお菓子を買うと、スキップ交じりで帰宅 した。 ——ご期待通り、仔実装は見事に仮死していた。 「お、おいーっ!! またかよぉぉぉ!!」 『テ……テェェェン…ニンゲンママぁ…!』 声を掛けたら、仮死していると思った仔実装がすぐに反応する。 良かった、仮死ギリギリの時点で黄泉の国から救えたようだ。 さっきは面接の結果の連絡をしにいく事に意識を奪われ、ほんの十数分なら大丈夫だろうと 油断していた。 まさか、それでもアウトだとは思わなかったが。 俺はため息混じりに、仔実装に話しかける。 「あのな、お前…そんなに寂しがりでどうするんだよ」 『テチュ…ワタチ、寂しがり屋さんじゃないテチュ』 「だって、俺が居なくなるとすぐ仮死しちゃうじゃん」 『テ…そ、それは…』 「せっかく仕事が決まったのに、そんなんじゃ俺、安心して出かけられないよ」 『テチュ? お仕事?』 「なんだもう忘れたのか? 説明してやっただろ。お前をちゃんと飼えるようになるためには、 頑張って仕事しないといけないって。それがやっと少し叶ったんだよ」 『テ……テテ…!! テッチュゥゥゥッッッッ♪』 俺の言葉に、仔実装はとても大喜びして飛び跳ねた。 おおっ、いつもの倍はジャンプしています!(それでも5センチも跳ねてないけど) さっきまでの半ベソは即座に消え去り、いつもの明るい笑顔を浮かべている。 俺は、ついそれに反応して頬を緩めてしまった。 『凄いテチュやったテチュ素敵テッチュウ♪ ニンゲンママ最高テチュウ!』 「喜んでくれるのはいいけどな、そのためには出かけなきゃならないんだぞ。お前、我慢できる か?」 『テチュ! そういう事なら大丈夫テチュ!』 なんだあ? いきなり態度が変わったぞ? 留守にする度に仮死するような奴がそんな事言っても説得力あるかっつーの。 「信用できん」 『テ?!』 「本当に大丈夫だってんなら、その証拠を見せろ」 『テ…テテ、ど、どうすればいいテチュ?』 「じゃあ、俺はこれからまたしばらく出かけてくるから、それまで独りで遊んで待ってろ。それが 出来たら信用する」 『テチュ! わかりましたテチュ!』 「おいおい、本当かよ…」 数分前に寂しさで仮死した仔実装は、今度は絶対大丈夫だと言い張り、自分の胸をぽふっと 叩く。 では、その自信の程を見せてもらうとしよう。 俺は一旦出かけた振りをして、一時間ほどアパート内の別な部屋に潜む事にした。 ものすごく不用心だが、今このアパートの中は201号室以外自由に出入り可能だ。 やおあきが遊び場にしているのもそのためなのだが、俺は向かいの203号室に入り、適当に 本でも読む事にした。 十五分後、出来るだけ音を立てないようにして、ドアの隙間から中を窺う。 仔実装は、こちらに気付く事もなくテチテチとスポンジボールで遊んでいる。 さらに十五分後。 また覗くと、さっきと同じようにテチテチ遊んでいる。 またまた十五分、さらにさらに十五分… 一時間経過したが、仔実装は約束通り寂しがりもしなければ仮死もせず、まるで今までの事 が嘘だったかのように健常に過ごしていた。 『おかえりなさいテチュ!』 部屋に戻った俺に対して、明るく声をかける。 「——なんで、大丈夫なの?」 『だから、ワタチは寂しがり屋さんじゃないテチュ』 「う〜ん、なんだかよくわかんないけど…とにかく、もう大丈夫なんだな?」 『はいテチュ。ワタチはもう安心したから、絶対大丈夫テチュ』 「安心? 何の事だ?」 『テチュ♪』 最後の質問には答えずに、仔実装は俺の足に飛びついて頬を摺り寄せてきた。 本当に頬擦りが好きなんだな、こいつは。 まあ…これは、一つ自分の問題を解決した、という判断をしていいのかなあ? 『ワタチ、ニンゲンママをずーっと見守りたいんテチュ♪』 手の中に移した仔実装が、手の平に頬を付けながら呟く。 なんだこいつ、昔のマルと同じ事言ってやがる。 そうだなあ、お前に見守っていてもらえたら、俺も嬉しいかも。 そういえば、俺はマルにもずっと見守ってもらっていたんだ。 マルという名前も、「み“ま”も“る”」 から取ったんだっけ。 ……マル……? 俺の頭の上に電球が浮かび上がり、パリンと割れた。 「マリ」 『テチュ?』 「ちょっと単純かな?」 『テ…それは…』 「お前の名前…マリ。嫌か?」 『テチ……お名前? ワタチの、ワタチのお名前? テチュ?』 「うん。マルと同じように【み“ま”も“り”たい】から取ったんだ。名前の響きも似てるし。どうかな?」 マルの子供だからマリ。 見守りたいから、マリ。 自分でも少し安直すぎたかなとは思ったが、これ以上の名前が思いつかない。 俺は、方針している仔実装の顔をじっと見つめ、反応を待った。 ポロポロ…… 仔実装は、透明な涙を流しながら、潤んだ目を向ける。 『ニンゲンママ…嬉しいテチュ。とっても…とっても嬉しいテチュ…』 「気に入ってくれたかい?」 『ママが言ってたテチュ。お名前を貰えるって事は、とても大事な事なんだって。…ワタチ、 ニンゲンママにとって大切な実装石になれたテチュか?』 ああ、と返事をしかけて、あえて止める。 俺は咳払いをして、わざと口調を変えて続けた。 「いや、これは前払いみたいなものだ。お前は、これからもっとしっかり躾を身につけて、もっと 立派で偉い実装石になってくれ」 『テ…テチュ! それでも嬉しいテチュ!』 「頑張ろうな、一緒に」 『テチュウッ! ニンゲンママ、大好きテチューッ!!』 仔実装は…いや、今や「マリ」となったこの仔は、本当に嬉しそうに飛び跳ねた。 俺の手の中から落ちそうになるのも構わずに。 こんなに喜んでもらえるとは、思わなかった。 俺は、とても複雑怪奇な経緯があった事もあっさり忘れ、ただマリの歓喜を楽しく見つめていた。 (続く) ---------------------------------------------------------------------------------------
