「はぁ〜、呑んだ。」 入学して初の、クラスコンパの帰り道。春とは言え、深夜はまだ寒さが身にしみてくる。 尿意を催すものの、辺りにコンビニなどは無い。 「公園のトイレを使うか・・・」 住宅街の脇に公園があった。敷地の周りは樹木で囲われているものの、 入り口からは奥まった場所にあるトイレが、街灯に浮かび上がっていた。 中の電気は点いていないようだが、誤爆するほど暗いわけではない。酔の回った頭でも何とか用を足せそうだ。 入り口に足を踏み入れようとすると、無数の緑と赤の小さな光が薄闇に明滅した。 「デス!デス!」「テチュ〜ン♪」「レビャアアァァァッ!!」 床の上の無数の何かが、耳障りな声をあげて蠢いている 「・・・!?」 そういや学生生協のパンフにもなんか書いてあったなぁ。生活ガイドの項目で「実装石」って生物(ナマモノ)について。 まぁ、いいや。事は急を要する。床を埋め尽くす実装石たちを足で左右に払いのけながら、小便器の1つを確保した。 足元でデスデス文句を言っているようだが構わず両足を肩幅に開きファスナーに手をかける。 「ふぅ。」ベルトで締め付けられていた下腹部に余裕が出てくる。 「デッ? デデッ!? デシャアァァァーッ!!」背後の大便用個室の方で悲鳴らしきものと争うような物音が聞こえた。 確かパンフは「不快生物」との見出しだった。ゴキブリやハエみたいなモノかな。 それに酔いと開放感から高揚してるので大した気にならない。 振り返りもせず用を足し終えると公園を後にして家路を急いだ。 玄関を開け、靴を脱ぎ捨て、まだ住み慣れていない部屋に入る。 電気のスイッチを探すのももどかしい。 窓際に街灯からの光で仄かに浮かび上がったベッドが見える。 火照った体を冷まそうとあわただしく服を脱ぎ、放り投げた。 「ヂッ」 脱ぎ捨てた服から鳴き声らしきものが聞こえ、アンモニアの様な臭いが鼻を突いた。 何事かと、急いで部屋の電気を点ける。 「テッテレ〜♪」 床に脱ぎ捨てられたパーカーのフードから、 手の平に乗るくらいの緑色の人型がこっちを向いて両手をバンザイの形にして立っていた。 「ああん・・・?」 飲み過ぎたのか、未だに目の焦点が定まらない。 床に手をついて四つんばいになって、緑色の人型に顔を近づけた。 「緑の服に緑と赤のオッドアイ、これってさっきの?」 田舎から出てきた俺は実装石になじみが薄い。 「サイズからして仔実装ってヤツかな。フードに緑の染みが点々としてる…うわ、パンツこんもりだ。臭い」 体がだるいので顎を床につけてまじまじと眺めていると、その仔実装は俺に駆け寄り鼻に抱きついて来た。 「テチテチテチィ? テチュウ〜ゥ」 俺の小鼻を両手で抱え込みいとおしげに顔をスリスリ。腰もクネクネと動かし鼻の下に密着させ、こすりつけてくる。 「うおっ。クセェ!!」 反射的に顔を上げて右手で仔実装を払いのけると、 息を止めたまま洗面台へ駆け込み、水を流しながら口元を激しくゆすいだ。 口元のヌルヌルとした感触がなくなってから、ようやく息をした。それほど臭かったのだ。 つめたい水で酔いが醒め、改めて室内を見回した。 「テ…チィ? テチ…ィ」 弾き飛ばされた仔実装は緑色の染みを壁につけ、 更にその染みを引き摺り、軌跡として床に描きながらこちらに這って来た。 「テッチィ…テッチィ……」 何を言ってるんだか判らない。あ、確か入学祝に貰った携帯にリンガル機能があったはず。 「ニンゲンさんひどいテチィ…痛いテチィ」 這い蹲りながらもにじり寄ってくる仔実装はさらに言う。 「嫌わないで欲しいテチィ。飼って欲しいテチィ。」 仔実装を摘み上げ、ゴミ袋を敷いた床の上においた。 「言葉が判るか?じっとしてろ。」 目を離している隙にウロウロされるのはかなわないので、大きい飴を与えた。 「テチュ〜ア?テチュ〜ゥン♪」(これは何テチ?甘くて美味しいテチ♪) 精一杯かぶりつくも、口に入りきらないほどの飴にすっかり夢中だ。 顔中が涎でてかってくる様子は親戚の幼児を思い出す。 その間にPCを立ち上げ実装石を検索する。 ウィキペデシャアァー!に一通り目を通すと仔実装は飴を食べ終えたようだ。 両足を投げ出した姿勢で座りながら、右手を口元にあて小首をかしげる。 「テチッ。テッチュ〜。…テー?」(おいしかったテチ。オナカいっぱいテチ。…ママは何処テチ?) どうやらトイレで小用を足していた時に託児されてしまったようだ。 基本的にはコンビニなどの袋を目掛けて子供を放り込むものだと聞いていたけど。 しかし、何も知らないとは哀れなものだ。 「ママはここにはいない。ニンゲンに育てて貰おうと、預けられたんだ。」 「テェ…テチ……」 うな垂れて肩を落としている仔実装がちょっと可哀想になって来た。 ふとパーカーのフードに目をやると、内側にこすれた粘膜がちぎれてへばり付いているのが見えた。 生まれて間も無く放り込まれたんだ。千鳥足で帰宅する間に粘膜がこそげ取れてくれたのは運が良かったのだろう。 「じきにママに会えるかも知れないよ。」 「テッ?」 表情がパァっと明るくなる。親実装は託児した仔実装の臭いを追ってくる事がままあるらしい。 仔実装とともに飼ってもらおうとする者や、厚かましくもとって代わろうとするのもいるとの事。 「約束は出来ないけど。何はともあれお風呂に入ってもらうよ。」 糞と涎にまみれた実装服は、生まれたばかりの筈なのに汚れが酷く異臭を放っていた。 バスルームに連れて行き。服を脱がせようとした。 「テチイィーッ!?テッジャアァァァッ!!」 狭い室内に仔実装の甲高く耳障りな悲鳴が響き渡る。 携帯リンガルは湯気の多いところでは故障しそうで使いたく無い。 隣から苦情が来そうだ。このままでは引っ越してきて間もないというのに、次の物件を探す羽目になる。 仕方が無いのでそのまま桶に溜めたお湯へ仔実装を入れてやる。 バタバタと暴れていたが、お湯の温かさ、心地よさに気付いたのか大人しく底に座った。 肩まで浸からせてあげようと、お湯を注ぎ足してやる。 「テチュン♪ チュチュアァ♪ テッテッ♪」 目を閉じ、鼻をピスピスと膨らませて御満悦なようだ。 「テ〜チュ〜アァ〜♪」 長く息をついたかと思うと、お湯の濁りが酷くなり異臭が漂った。 あまりの心地よさに生まれたばかりの幼い仔実装はついゆるんでしまったのだろう。 このままでは綺麗にならない。仔実装の服をもう一度脱がそうと試みる。今度は大人しくしている。 裸にした仔実装をもう1つのお湯を張っておいた桶に入れて置く。 汚れた方の湯は交換、洗剤を入れて服の洗濯をしてやった。 仔実装も洗剤で洗ってやらないと。 左の手のひらに載せ落ちないように柔らかく指で包み込み、右手のスポンジで優しくこすった。 スポンジがこすれるたびに両ひじを体につけ、イヤイヤするようなポーズで ピクッ!、クニャ〜ラ、クニャ〜ラと、なにやら内臓の蠕動を思い起こさせるような動きをする。 気持ち良いのは判るけど…ちょとキモイ。 床に敷いたタオルの上に座らせ、包む様にして拭いてやる。 洗ったばかりの肌はスベスベのプニプ二だ。 つい肉付きのいいオナカとほっぺを軽く摘んだり突っついてしまう。 「テッチュ〜ン♪」 服も乾いたので着せてやる。おっと、リンガルを。 「大きなまん丸おいしかったテチ。お風呂も気持ちよかったテチ。服もいいにおいでうれしいテチ。」 忙しなく俺の前をテコテコと8の字を描くように動き回る。 話すたび立ち止まり、こちらに潤んだ目を向け、両手を上げてバンザイする。 はちきれんばかりの喜びがこちらにも伝わってきた。 「お前を飼ってやるよ。」 一人暮らしを始めて寂しいのもあったが、何よりこの小さいナマモノが可愛く思えた。 「テェッ?本当テチ?うれしいテチィー!!!」 喜びは最高潮に達しているようだ。湯上りでほんのり赤いほっぺはますます紅潮し、 息が荒くなった鼻は大きく膨らむも、ハナが垂れてきている。 ハァハァと口からも荒い息を吐き、舌は口からはみ出しその舌を伝わって涎が滴り落ちる。 歩くペースも速くなってきて、両目からは血涙を流している。 風呂上りだというのにパンコンしてしまうのも時間の問題かと思われた。 「でも、厳しい躾をするからな。言う事を聞かなかったら容赦しないよ。」 「テッ!? わかったテチ…頑張るテチィ。」 仔実装を少しだけど現実に引き戻せたようだ。 どうやら糞蟲と呼ばれる性格ではなさそうだ。オツムはちょっと弱そうだけど、それがまたカワイイかな。 「よろしくお願いするテチ。」 仔実装は立ち止まると同時に頭を下げる。前につんのめって顔から床に倒れ込む。 「ヂッ!…テチィ。」 左手を床につき体を起こし、右手はぶつけた箇所をさすっている。 「ああ、よろしくな。」 そんな仔実装を微笑ましく思い返事を返した。
