「不味いな」 「ああ、不味い」 男たちは情けなさそうに顔を見合わせた。 テントの外は猛吹雪である。 地上7500メートル。体感温度はマイナス30℃を下回っているだろう。 男たちがつついているのは蛆実装キムチ鍋である。 ヒマラヤ登山というものは大変な金が掛かる。登る山がエベレストとなれば政府に納める登山料も含め、一人当たりの出費は大企業のサラリーマンの年収近くにもなる。 だからローゼン社の簡単な実験に協力してくれさえすればスポンサーになろう、との申し出を聞いたとき男たちは小躍りしたものだった。 そして男たちは糞もろくに洗い落とせない状況で煮炊きした実装石を食べる羽目になった。 実装石は目の色がそろいさえすればいくらでも仔を産む。この物理法則に反しているとしか思えない特性を利用すれば極限状況での食糧問題を解決できるのではないか。 ローゼン社はそう考えたのである。 「双葉、もういい」 リーダーの声を受けて隊員の一人が成体の実装石の片目を緑色のマーカーで塗りつぶした。 総排泄孔からの糞混じりの蛆の奔流が止まる。 親実装は四肢を切り落とされた上に口を縫い合わされており、抗議の声を上げることすらできない。 山男たちのメニューにはこれから三食実装料理の予定である。いや、登山の途中の行動食もだ。 大体実装料理などというものはそれ用に養殖された無菌実装を使い、専門の板前が作るものだ。 強制出産で産まれた蛆実装を使い、薄い大気の中で判断力が低下したろくに道具もない登山隊が料理したものなど食えたものではなかった。 匂いの強いキムチと一緒に煮込んでみたものの、一向に臭みは薄まらない。 通常の食料ももちろん有る。しかし、実装石は非常食以上のものになりうるか、悪条件の中で出産石が何回の強制出産に耐えるか、 低温状況下での生態の観察、その他もろもろを実験し、報告せねばならない。 男たちの気は重かった。 「テ、テチィ……」 テントの片隅で仔実装がうずくまっている。彼女が震えているのは寒さのせいだけではない。 ママがだめになったら次は自分の番だ。彼女は自分の境遇を生後一週間にしては驚くほど正確に理解していた。 生まれてからの苦しみは到底口ではあらわせない。。母は話しかけることも、なでることもしてくれなかった。妹たちは産声を上げると同時に煮られ、焼かれて食われていく。 自前の実装服では雪山の寒さに耐えることなどできない。仔実装は一週間で十回以上仮死と蘇生を繰り返していた。 悪天候が続きパーティーは三日間テントに閉じ込められている。意気消沈している隊員に囲まれ、リーダーは苦しい決断を下した。 「明朝一旦ベースに戻る」 みな無念に唇をかむ。 「どうするんすか、これ」 一人の隊員が実装石たちを指差した。 「いらん重さだ。捨てろ。報告は適当にごまかす」 男たちはほっとした表情で出産石とフリーズドライ蛆をテント外に放り出す。 破滅の予感に仔実装はパニックを起こした。テント内を走り回り、コッヘルをひっくり返す。 「テチャ!」 雪を融かしてつくった飲み水をかぶる。 「おい、こら! 待て!」 早くここから逃げ出さねば。何もしなくてもすぐにテントからほうり捨てられることは一緒なのだが、極寒と薄い酸素により朦朧とした仔実装の頭には人間たちから逃げ出すことしかなかった。 親と妹が投げ出されだ入り口からは暗黒の闇が広がり、寒風が吹き込んでくる。仔はそれを唯一の希望と信じ飛び出した。 「テッチャアァァァ!」 悲鳴はすぐに止んだ。すさまじい吹雪によって仔実装の体は一瞬にして凍りついたのである。 全身に浴びた水が気化する際に大量の熱を奪い、通常ではありえない速さで仔の血と肉を凍結させた。 偽石が割れる暇も無かった。 不要のごみをすべて始末した隊員が疲れた表情でテントの入り口のジッパーを下ろす。 「おいトシ、こぼれた水拭いとけ」 翌朝、吹雪の弱まる隙をうかがいながら登山隊が降りてゆく。後には凍死した出産石とその娘たちが転がっている。 いや、逃げ出した仔実装だけは死んでいない。生命活動は停止しているが、家族と違って偽石は凍結し、保存されている。 死ぬことも許されず、心は極寒に打ち震え続けるのだ。 数時間後には雪が厚く降り積もり、仔の姿は見えなくなった。 仔が取り残された氷河はゆっくりと流れゆく。 ふもとに流れつき、融けだすのは数百年後だろう。
