「レチ?」 男が家に帰ってみれば、袋の中の菓子は親指実装と大量の糞に化けていた。 ネットでも見ながら夜食代わりに食べようとでも思っていたのが、とんだ災難だ。 枯れ葉も目立ってきた事であり、そういう季節ではあると認識していたがなんとも迷惑な話だ。 「まあ、丁度いいか。実験材料が欲しかったところだし」 「レッチュ〜ン」 職業柄常備しているリンガルには『よろしくお願いしますニンゲンさん』などと浮かんでいる。 安物ではなく、ほぼ完璧に実装石の言葉が伝わるものであるからその翻訳に間違いはないだろう。 男の台詞など理解していなく、完全に自分が飼い実装になれると思い込んでいるようだ。 「よーし、お前を飼ってやるよ。ただし、トイレはあそこだ。それさえ守れば他は何も言わない」 「レチ!」 使わなくなった灰皿を指差すと、親指実装はお辞儀してみせた。なるほど、親も期待の子を託児したのだろう。 男は溜息を吐きながら親指実装を持ち上げ、ハムスター用のケージに灰皿と共に放り込む。 そしてケージごと実験用の部屋へと隔離し、大き目の棚の上へと置いておく。 「それじゃあエサをやるからな。ちょっと待ってろよ」 「レチレチ」 ありがとうございますとでも言っているのだろうか、野良とは思えぬほどの礼儀正しさだ。 もっとも、本当に礼儀ができてるものなら人間のものを勝手に食べはしないだろうが。 中々に間抜けな糞蟲のために男は鞄を開け、試作品と書かれた袋から飴を一つ取り出すと手ごろなサイズに砕いて親指実装に渡した。 リンガルは既に見る気はない。親指実装が何をしてようが、関係がないからだ。 「美味しい、美味しいエサだからなあ。じっくり味わえよ」 「レチ!」 男から飴を奪い、親指は直ぐに口に放り込む。随分と食い地の張った奴だが、そうでなくては男も面白くない。 託児された時には己の運の悪さを呪ったが、実験が直ぐに実行できるのは幸運であるし、親指は丁度欲しかったところだ。 「美味しいか?」 「レッチューン」 あまりの美味さに興奮したのか、脱糞しながら媚びのポーズを取る親指に男は苦笑するしかない。 だから実装石は嫌いなのだ。そう呟きつつ、男はボロボロのタオルをケージに投げ入れる。 もう季節は冬だ。毛布代わりになる物くらいは与えておいた方がいいだろう。 「じゃあな、暖かくして寝ろよ」 親指実装の反応はない。どうやら飴に夢中で、男の言葉など耳に届いていないのだろう。 が、それは男の方も予測済み。男は電灯のタイマーをセットし、さっさと部屋から出て行ってしまう。 残ったのは飴を口に含み、幸せの絶頂に浸る親指実装のみ。 「レチ、レチレチ!」 そして男がいなくなった事にようやく気付いたのか、親指が何やら喚き出す。 怒り狂った様に声を上げている事から、碌な事を言っていないのは想像が付くが。 喚き疲れたのか、それとも自分の願いが叶う事がないと悟ったのか。やがて親指は毛布に包まり、静かに目を閉じた。 そしてそれに合わせるかの様に、灯りが消えて辺りに暗闇が訪れる。 その頃にはもう親指は熟睡していた。見知らぬ部屋や環境への警戒などまるでない。 完全に飼い実装になったと、この部屋が自分の物になったと勘違いしているのだろう。 そう、これからは幸せな生活が待っていると、信じているのだ。 「夜分遅くにすみません、『』ですが。ええ、はい……丁度今日託児されて親指が手に入ったもので…… ええ、実験は続行できそうです……はい、はい。都合が付けば直ぐにでもお願いします……はい、それでは失礼します」 部屋の外では男が上司と連絡を取り合っている。実験を行うために、道具が足りないのだ。 別に彼は趣味で実装石を飼っているわけではない。そんな事は金でも払われない限りお断り。 あくまでも、仕事の一環として飼っているのだ。 これから実験を始めるにあたり、色々と準備しなければいけないものがある。 男は煙草に火を付け、パソコンの電源を入れた。 「さあ、朝ご飯だぞ」 翌日。男はリンガルを携え、餌箱に実装フードを盛るとケージの中へと入れる。 栄養たっぷりであるが、味は最低ランクのもの。それでまずは様子見だ。 「レチ! レチチ!」 案の定、親指実装は一口齧っただけの実装フードを投げ捨て、威嚇するように歯を剥き出しにして怒る。 文句など聞くつもりもないが、男はリンガルのスイッチを入れ、親指に訊ねた。 「なあ、今日の餌は実装フードと昨日の飴とどっちがいい?」 「ニンゲンさんはアホレチか、昨日の飴に決まってるレチ!」 糞蟲丸出しの台詞だが、ニンゲンさんと言っている辺りがなんとも間抜けだ。 大方親にそう言い付けられたのだろう。そして、それ以外の事は守れていない。 ニンゲンさんに失礼な態度を取ってはいけない。なんて曖昧な言葉は理解できなかったのだろう。 「そうか、それじゃあ今日から三食それでいいか?」 「いいに決まってるレチ! さっさと今日の分の飴持ってくるレチ!」 「分かった。今持ってくるよ」 そう、その言葉が男は聞きたかったのだ。 男はリンガルのスイッチを切り、飴を取り出して親指に与える。 もう親指の言葉など、理解する必要もない。 「レチレチ」 「お腹一杯食べろよ」 お礼の様な事を言って頭を下げていたが、実際は何を言っているか分かったものではない。 どうせこれも、親に教わったから実行しているに過ぎないのだろう。それも、自分の分かる範囲で都合良く解釈してだ。 事実、この親指実装は親からニンゲンさんの食べ物を食べてはいけないと教わっているにも関わらず、袋の中に入っていた菓子を食い漁った。 ニンゲンの姿が見えなかったから、ニンゲンの物ではないと勝手な解釈して。 まさに糞蟲。中途半端に知恵があるところから、親の前では上手く振舞っていたのだろう。 「さて、お腹一杯になった事だし、何かして遊ぼうか」 やがて飴を舐め終え、膨らんだ腹を押さえる親指に、男は優しく声を掛けた。 勿論、リンガルの電源は入れておく。一応は相手の意思を尊重しないといけないだろうから。 「ニンゲンさんは馬鹿レチか? 私はお腹一杯だから動きたくないレチ」 「ああ、ごめん。そうだね、水と遊び道具はここに置いておくから、好きに使ってくれ」 「当然レチ。ニンゲンさんは私の召使いなんレチから、それくらいはしてくれないと困るレチ」 よくよく聞いてみれば、親から禁止された言葉などが推察でき、中々に面白い。 だがそういった観察は今やるべき事ではない。男は親指のケージを棚へと戻し、別のケージを取り出す。 他にも十数匹実装石を飼っているので、世話が中々に大変だ。 大抵男が食事をするのは、九時を回ってからになってしまう。 「よう三十二番。元気だったか?」 「元気テチ、ご主人様。私は、大丈夫テチから、遊んで、くださいテチ」 ケージの中の仔実装は明らかに痩せ細っており、嘘を付いているのは明らかだ。 主人に気を遣っているのだろうか。そう考えると面白くなり、男は意地の悪そうに口元を歪める。 「おいおい、凄い痩せてきてるじゃないか。本当に大丈夫か? 正直に言わないと、怒るぞ」 「……実は、大丈夫じゃ、ないテチ……なんだか……分からないけど、身体に、力が、入らないテチ」 捨てられていた元飼い実装だっために礼儀正しく、男も中々気に入っている固体だ。 触れたら折れてしまいそうな細い四肢となり、立ち上がる事すら満足にできない仔実装。 顔は青白く、既に危険な状態に入っているのだろう。そしてこの仔実装は、その理由をまるで分かっていない。 「ようし、そうだな。それじゃあ、まずは朝ご飯にしよう。実装フードと実装ドロップ、どっちがいい?」 「飴が、いいテチ。あれは、凄く、美味しい、テチ」 もう声を上手く出せていないし、目の焦点が合っていない。 何処まで優しいご主人様を求め、痩せこけた頬で無理矢理笑みを浮かべている。 「ご主人様が、こん、な、に美味しい、餌をくださっ、ているの、に体調を悪、くしてしまい、…し…わけ…りま…せんテチ……」 「気にしなくていいさ。一杯食べて、早く元気になってくれよ。そうしたら、また一緒に遊ぼう」 「はいテチ……あ……と…ま……さ……」 そうして瞳を開けたまま、仔実装は動かなくなった。 自分が何故体調を悪くしているのか分からぬまま、男に対して絶対の忠誠を誓ったまま。仔実装は静かに逝った。 その顔はどこまでも幸せそうで、伸びた手は主人の方へと向けられていた。 「死んだか。やっぱり仔実装には無理みたいだな。そうなると期待は親指君なんだが、上手くいくかねえ」 動きを止めた仔実装を見て溜息を吐き、男はその死体をゴミ袋へと放り込む。 目的は達成できなかったの筈なのだが、男の顔は何処か満ち足りていた。 「まあ、俺としてはどっちに転んでも美味しいんだがね」 口元を緩め、毛布に包まっている親指実装へと視線を向ける。 期待のホープは、何も知らずに昼寝を満喫していた。 「ほうら行くぞ」 しばらくして目を覚ました親指実装に強請られ、遊びに付き合ってやる真っ最中。 男はそう言うとスポンジのボールを弾き、親指実装の方へと転がしてやる。 それを親指は全身で受け止め、全力で蹴り飛ばして男へと返す。 実と装に書かれていた実装石との遊びの一つらしいが、愛護派でもない男にとっては退屈で仕方がない。 「今度は少し強めにいくぞ」 「レチレチ!」 だが今は我慢。虐待するために飼っているわけではないのだがから、ストレスで死なれたり弱られては困る。 実装石は妙に生き汚い癖に、他人に構ってもらえないとストレスで精神がやられたり、酷い時には死に至るのだ。 面倒だが最低限は構ってやらないと、彼の実験が成り立たない。 「さあ汗を掻いたし、風呂に入るぞ。飼い実装なら、何時も綺麗にしとかないとな」 「レチ!」 風呂にも入れる。勿論親指実装のためではない。親指とはいえ実装石。 直ぐに臭いがキツクなるため、周囲からの苦情や部屋に臭いが染み込むのを抑えるためにも欠かせない。 だからこそ人間の湯船には入れるわけがなく、古びた風呂桶にお湯を注いだだけのもの。 後は石鹸で身体と髪を適当に洗ってやればいい。多くの実装石を飼っているのだから、時間を掛けてはいられない。 本音を言えば消毒液にでも浸けてやりたいところだが、それでストレスでも溜め込まれたら堪ったものではない。 「今日のエサは実装フードと実装ドロップ、どっちにする?」 「一々聞かなくていいレチ! 飴を早く寄越すレチ、この役立たずテチ!」 「はいはい、分かったよ」 食事の時のお約束を追え、親指が美味しそうに飴を頬張る。 我侭一杯幸せ一杯で、親指実装は男の家で暮らしていた。 毎日実装ドロップを舐め、好きなだけ寝て。親の言い付けも忘れていくほどに。 「お前さあ、今幸せか?」 「当然レチ! お腹一杯食べれて、好きなだけ寝れて……幸せ一杯レチ!」 嬉しそうに微笑むその姿を見て、男は口元を緩めた。 そして朝食を終え、親指が眠りに付いのを見計らい、男はパソコンの前へと座る。 「三十一、三十八、三十九が死んだか。これで三十番代は全滅。予想していたとはいえ、なんともまあ」 男は夜の間に冷たくなった仔実装の死骸を淡々と処理し、キーボードを叩き出す。 仔実装たちの体重の変化、生存日数、様々なデータを入力し、レポートを作成していく。 「四十二番も、この分だとな……」 二週間前託児された親指実装は四十二の番号を与えられ、同じ様にデータを採取されている。 以前よりもさらに増徴させ過ぎたのも不味かったか、飼育には気を遣う様になってきた。 遊んでやる事や遊具によってストレスは大分解消されているが、我侭な分溜まるのも早い。 それに加え四十二番の体重は下降の一途を辿っており、そう遠くない内に死に至るだろう。 餌は三食やっているし、傲慢な実装石には珍しくオヤツは強請らない。 だが体重の減少は紛れもない事実。男は実験の失敗を悟り、小さく溜息を吐く。 「他に四十番代で良さそうのもいないし、これは本格的にダメみたいだな…… 蛆ならいけるかもしれないが、チリィあいつらで実験してもなあ」 吸っていた煙草を灰皿へと押し付け、男はコーヒーを啜った。 レポートの作成や実装石の世話で忙しく、自身はまだ朝食も済ませてはいない。 パンを齧りつつ、男は寝ている四十二番へと視線を落とす。 「潮時、だよなあ。まあ、せっかくだから最後まで楽しませてもらうがね」 そして更に三週間が過ぎた。 男の予想通り四十二番は痩せこけ、その姿は骨と皮が服を着ている様にしか見えない。 それでもまだそれなりに元気なのだから恐ろしいが。 「レチ、レチレチ」 「お、なんだやっと起きたか。で、一応訊くが実装ドロップと——」 「ドロップに、決まってるレチ……まったく、使えない、奴隷レチね」 細まった顔で飴を口に放り込み、四十二番はよろめく様にして床に倒れた。 本能からこのままでは不味いと感じているのだろうか、何時もならば言わない言葉は彼女は口にした。 「もう一個、もう一個、持って、くるレチ。これじゃあ、足りない、レチ」 「ふむ、分かった。それじゃあもう一個な」 もう一つの飴も砕いて渡してるが、それでも四十二番の顔色は優れない。 むしろ腹が膨れ上がり、逆に苦しさを見せるほどだ。 「ニ、ンゲン、まさ、か餌に、毒を……」 なんてトンチンカンな。それが四十二番の答えなのか。 三十二番とは真逆の言葉。糞蟲らしい責任転嫁がなんとも可笑しく、堪らず男は噴出した。 ある程度予想はしていたが、まさかここまで言ってくれるとは。中途半端に知能がある分、男を楽しませてくれる。 「いいや、毒なんて入ってない。これは本当だ」 「嘘レチ、じゃあ、なん、で、こんな、ことに……嘘に、決ま、ってるレチ……」 「本当さ。ただ実装ドロップには、お前たちの栄養になる物がほとんど入ってないんだ」 親指が男の家に来て一ヶ月と少し。普通ならばとっくに仔実装へと成長していても不思議ではない。 答えは単純。成長に回すだけの栄養が取れていなかったから。それに尽きる。 あの三十二番もそうなのだ。 最後まで男の事を良き主人だと思いながら、栄養失調で死んでいった。 盲目なまでの忠誠心から、一片の疑いを抱くことのないままに。 もっとも仔実装だったためか栄養が足りな過ぎて、拾って二週間も持たなかったが。 「実装ドロップは、親指や仔実装のままで成長を止めるためのものなんだよ。 仔実装では栄養が足りな過ぎたらしいが、親指でも無理だったみたいだ。 それに、再生が遅いってのも困りもんだな。ただでさえチリィのに、余計死に易くなっちまう」 実装石ブームの終焉により、大幅な開発規模の縮小。 バース社に専用の実験場があったのは昔のことであり、今は社員が頼まれたりもする。 勿論手当ても付くし、大きな場所を取るわけでもないのでちょっとした報酬代わりだ。 引き受けたのは『可愛らしい実装石を何時までも』をコンセプトとして作られた、実装ドロップのテスト。 体の再生に栄養を回していたり、ストレスで成長が止まった例は多々ある。 それらの情報を元に、必要最低限の栄養だけで育て続ける事が考えられたのだ。 勿論、愛護派が喜ぶ様に元気に動き回れるレベルでないといけない。 既に理論は完成しており、親指や仔実装まま天寿を全うした実装石も確認されている。 成功したブリーダーは、厳しい躾と食事制限によって成し遂げのだが、それを誰もが真似られるわけではない。 気を抜けば直ぐに大きくなってしまったり、死んでしまうのが実装石なのだ。 成体になれば小さなケージや水槽では飼えないくらいの大きさになり、体臭もキツクなる。 体長四十cmまで育った成体実装の末路は、大抵は保健所か公園行きだ。 それを回避するためのものだが、如何せんたった一種類の餌でそれを成し遂げるにはやはり無理がある。 「おまえ……虐待派だったんレチか……」 「心外だな。だから毎回食事の度に訊いただろ? 実装フードと実装ドロップのどっちがいいかって。 遊んでやって、風呂にも入れてやって、餌も好きな物をやる。ここまでやって、なんで虐待派って言われないといけないんだか」 もう身体の維持も限界だろう。偽石は身体の中に入っているし、このまま楽に死ねるだろう。 だが、ここで楽に死なれては男も面白くない。男は予め用意していた物を、四十二番の前へ置いてやる。 「ほうら、栄養満点の実装フードだ。これさえ食べれば助かるかもしれないぞ」 「レ、チ?」 四十二番の瞳に希望の光が灯る。先ほどまで毒を与えたと言っていたのに、現金な事で。 弱った身体に鞭を打ち、足を引き摺りながら実装フードを手に取る。 「……不味い、レチ、もっと、まともな物、寄越すレチ……」 そして吐いた。味だけは上等な実装ドロップが与え続けられていたのだ、今更最低ランクの実装フードが食べれる筈がない。 腹の中の未だ消化出来ずにいた、飴の欠片を吐き出す。 傲慢な四十二番がオヤツを強請らなかったのは、異常なまでに腹持ちする実装ドロップが原因だ。 「分かった。それじゃあ今から買ってくるけど、それまで持つかな?」 「レチ……」 その意味を悟ったのだろう。背に腹は変えられないのか、実装フードを無理矢理齧る。 だが飲み込めない。しばらくして吐き出してしまい、咳き込んで苦しむ姿を晒す。 「なんで、食べら、れないレチ?」 「お前さあ、腹一杯だろ。朝の分、まだ消化できてないんじゃないか?」 そう、幾ら栄養を制限しようとも、実装石が勝手に何かを食べれば計画は台無し。 その事を想定しているために、実装ドロップは十分な時間を掛けなければ消化されない。 それを分かっているからこそ、男はいやらしい笑みを浮かべて四十二番の姿を嘲笑う。 卑しくも多めに実装ドロップを食べた事が、ここに来て仇となっているのだ。 だがそれは四十二番自身が望んだ事。男に文句を言うのは、責任転嫁でしかない。 「さあ、早く食べないと死ぬぞ? 吐いてりして、まだ弱っただろうし。 言っとくが、お前が死なない様に俺は努力してる。その努力を無碍にするのはお前自身だぜ」 食べたい。食べなければ死ぬ。 必死の形相で実装フードを齧るが、やはり飲み込む事ができない。 もう満腹なのだ。どう頑張っても、血の涙を流そうとも、これ以上食べる事はできない。 「お前さあ、ここに来た時言ってたよな。お腹一杯食べて、好きなだけ寝るのが幸せだって。 だったら、お前は今幸せだよな? だから寝てもいいんだぞ。そうしたら、もっと幸せになれるさ」 「……レ、チ……」 虚ろな瞳はもう、何も映してはいない。精神が逝ったのだろう。 男としては、もう少し楽しませてもらいたかったところだが。 やがて偽石の砕ける音が響き、四十二番はその活動を停止した。 「やれやれ。お疲れさん。まあ、お前の尊い犠牲は無駄にはしないさ。 精々、別の使い道の方を報告しとくよ。そうすれば、お前の仲間も増えると思うぜ」 「『』君、君の提出したレポート、素晴らしい仕事だったよ。売上も好調だしね」 「いえ、私でなくとも誰が同じようなものを書きましたよ。偶々担当したのが私だっただけで」 「謙遜しなくともいいさ。そうだ、今夜どうだい? 可愛い子が揃ってる店見つけたんだよ」 「いえ、三次はちょっと……(友人と会う約束があるので)」 後日、あの欠陥商品、実装ドロップは発売された。 腹持ちする事と味が良い事を前面に押し出し、飼い実装のオヤツ用として売上を伸ばしている。 実装石を不快にさせる事なくダイエットさせられる愛護アイテムとして、実と装にも取り上げられたほどだ。 勿論、別の使い道としても人気らしい。 今日もまた何処かで、喜んで実装ドロップを頬張る実装石が居る事だろう。 それが幸せに続くのか、不幸に続くのかは別にして。
