「思春期2」 敏明は仔実装とアパートに住み始めて一週間がたった、その間にカレンダーは12月になっていた。 あれから14インチのテレビと、暖房に大安売りをしていたコタツを購入した。 コタツに入って何となくテレビを見ていると、敏明の脇のコタツ布団から、仔実装が仰向けに顔を出した。 「テチィィ・・」 ニコニコと笑う仔実装は、敏明に構って貰いたくて仕方が無い。 仔実装に一度目をやると、敏明はまたテレビをぼーっと見る。 遊んで貰いたいのか、仔実装は敏明のズボンを引っ張ったり、背中をポフポフと叩いた。 敏明はまったく反応しない、コタツに両肘を立てると、傍らにあるタバコに火をつけた。 カチ!ジジジ・・・ 『ふぅー』 この暮らしは敏明にとってはとても快適だった。 うるさい母親のいる実家は朝にはちゃんと起きて、それなりの規律を守らなければいけない。 ご飯時には父親と一緒に食べなければいけなくて、どこか後ろめたくおいしく感じなかった。 母親は顔を合わす度にがみがみとうるさい、実家では敏明に平穏な時間は少なかった。 ここに移ってからは好きな時に寝て起きて、嫌な思いもせずに食事が出来る。 暇な時は仔実装をいじって遊んで、テレビを見て一日を過ごした。 そんな日々も残金の事を考えると、少し頭が重かった。 敏明はアルバイトにでもと考えはするのだが、怠け癖は簡単には治ってはくれない。 ただその日が無駄に過ぎて行くだけで、特に何かをする訳でもない。 そんな事を考えていると仔実装が業を煮やしたのか、コタツによじ登りテレビの前で視線を塞ぐ。 仔実装はこの部屋へ来てから、今までと全く違った環境に驚き、 一日中部屋の中をドタドタと走り回っている。 この快適な空間は、今までの自分が置かれた環境と全く違う。 飼われた事の幸運を体中で感じている。 そしてここには自分の大好きな人間がいる、この人間は素っ気無いが、 怒った時以外は自分に危害を加えず、母親が教えてくれた危険な人間とは違った。 母親や姉は自分の相手をしてくれる事も無かったのに、この人間はたまにだが遊んでくれる。 捨てられて公園をさまよっていた自分を、救い出してもくれた。 仔実装はこの人間に感謝の様な気持ちを感じ、また淋しい気持ちを和らげてくれる象徴に思えた。 大好きなこの人間との快適な空間。 外の過酷で危険と隣り合わせに暮らした日々。 誰も自分を相手にしてくれなかった淋しい日々。 それを思えば天国にいるような気分だった。 『おいテレビが見えないって』 『どけよ』 仔実装は自分の相手をして貰いたくてしょうがない、わざと敏明の邪魔をした。 「テチィ!テチチ♪」 目の前で変な踊りをしている仔実装に、敏明はタバコの煙を吹きかけた。 「テチャァァ!ケホケホ!」 「テチィッ!テッチャー!」 からかわれて怒っている仔実装を無視して、タバコを消すとそのままこたつで横になった。 敏明はトラブルと言う物が嫌いな男で、何かあると逃げる様に今まで生きてきた。 怒らないのは仔実装を怒るのが面倒なだけで、感情を表に出さないだけだ。 横になると、うとうとしだし眠ってしまう。 コタツの上で様子を見ていた仔実装も下に下りてきた。 敏明の横に来るとうつ伏せになり横になる、敏明の脇で自分の体をを密着させると不思議と安心出来た。 昼過ぎになると敏明はよく昼寝をした、仔実装も敏明に合わせて昼寝をするようになった。 仔実装にとってこの時間はとても幸せな一時である、ずっとこのままで良いと思っていた。 仔実装は夢を見ている、それはかつて自分が暮らしていたダンボールの中だった。 目の前には姉が二人で何かを話している。 仔実装は姉実装達に近づいて行くと、長女が仔実装を睨みつけた。 それでも構わず甘えようと近づいた時、隣の次女が仔実装の後ろ髪を掴んだ。 「馴れ馴れしいチビテチ!」 「お姉ちゃんに何の用があるテチ」 そう言うと仔実装の髪を引っ張り、仔実装は尻餅をついて倒れた。 「テチャァ!やめてテチ!やめてテチ!」 倒れた仔実装を見下ろすと次女が言った。 「まったくお前はとんだ出来損ないテチ」 「そこに這いつくばってるがお似合いテチ」 仔実装は次女が恐ろしくて仕方が無い、何かにつけ姉に取り入り仔実装を苛めてきたからだ。 長女は仔実装を苛めるような事は無かったが、関心を示す事も無く相手にしていなかった。 仰向けに倒れている仔実装を一瞥すると、鼻でフンと笑い後ろを向いた。 そんな二人の態度に仔実装は泣きたくなったが、泣くと次女からさらに苛められる事は分かっていた。 くちびるをぐっと噛み締めて涙をこらえている。 ダンボールを切り込んだ扉が開くと、母実装が餌を持って帰って来る。 「仔供たち大人しくしてたデスゥ?」 「今日はご馳走デス、愛護派の人間が食パンを撒いてくれたデス」 「お前達の為に沢山拾って来たデス」 長女は二コリと笑うと母実装にお礼を言った。 「さすがはママテチ、いつもありがとうテチ」 次女は姉に合わせて相槌を打った。 「お姉ちゃんと一緒に大人しくしてたテチ」 座っていた仔実装は母実装が帰って来るなり立ち上がると、母実装の元へ駆け寄ってくる。 「ママ!ママ!淋しかったテチ!」 「もうどこにも行っちゃ嫌テチ」 「ずっとここにいてテチィ!」 仔実装は母実装のスカートにしがみついて困らせてしまう。 姉二人はその様子を、疎ましいと言う眼つきで睨んでいた。 「お前はいつまでも甘えん坊デスゥ」 仔実装をあやしながら、母実装は今日の夕飯を広げた。 ビニール袋の中身は食パンを千切った物が3個と、腐った野菜屑が入っている。 「みんなで仲良く食べるデス」 仔実装が食パンに飛びついた所、長女がそれを制した。 「何やってるテチ!先にママが一番いい物を取るに決まってるテチッ!」 次女もそれに続く。 「何の役にも立たないお前が取れると思ってるテチ?」 「まったくこれだからいつまで経ってもチビのままテチ」 仔実装はしょげ返ると、最後に残った野菜屑を取った。 「わたちもパン食べたかったテチ・・・グス」 その様子を見て母実装が仔実装に声を掛ける。 「ママはお腹一杯デス」 「半分はお前が食べるデス」 姉実装達は「チッ」と言う顔をする。 「ママはお前の将来が心配でたまらないデス」 「いずれは一人で生きて行かなくてはいけないデス」 母実装は仔実装には優しく小言を言うと、仔実装は母実装に抱きつき甘えた。 「ママは優しいテチ」 「ずっとずっと私のママテチ」 『おい!』 『おい!』 『起きろコラ!』 「テスーテスー・・・・むにゃ」 夕方になって仔実装が起きた。 敏明はキッチンで夕飯の準備をしていたが、いつまでも寝ている仔実装を起こした。 「ママ・・ママがいないテチ・・・」 「テチィ・・お家じゃないテチ」 仔実装は起きると部屋を見回し、ダンボールハウスで無い事を確認した。 この部屋に来て夢を見ると決まってこの夢だ、夢だと分かると小さな胸を痛めた。 仔実装は立ち上がると、キッチンで焼きそばを焼いている、敏明の所へ走って行く。 そのまま敏明の足に捕まり甘えて見せた、仔実装に気付いた敏明は、足を上げて仔実装を振り払う。 「テッチィ」 振り払われ仰向けに手をついて倒れたが、立ち上がるとまた足にしがみ付いてくる。 何度か同じ事を繰り返すと、敏明は仔実装を掴みバスルームに投げ込んだ。 『邪魔だよおまえ、そこに入ってろ』 扉を閉めようとする敏明を追いかけて仔実装は駆け寄っていく。 バタン! 間に合わず扉にすがり扉を叩いたが、扉は開かなかった。 仔実装は母親のいない寂しさを、敏明に甘える事で紛らわしたかった。 ただ敏明は幾ら仔実装が甘えて見せても、素っ気無いだけで相手にしてはくれなかった。 元々敏明は仔実装を、暇潰し程度の存在にしか考えていない。 纏わりつかれると、とたんに不機嫌な表情を見せた。 仔実装にはそれが分からない、ただ甘えれば優しくしてくれるのでは無いかと思っている。 母実装の様に甘えても優しくしてくれない敏明に、自分の甘えが足りないと勘違いをしていた。 もっと甘えれば敏明も自分を好きになってくれる、 盲目的ではあるが仔実装は、敏明に対してある種の感情が芽生えていた。 コタツの上で一緒に焼きそばを食べていると、敏明がリンガルを装着した。 『明日からしばらく、俺は外に出て行く』 『オマエ大人しく待っていられるか?』 敏明はこれからの為に、アルバイト先を探しに行こうと思っている。 それは始めてみせる積極的な行動だった、さすがにお金が無いと生きていけない事は分かっている。 実家に無心に行く事は避けたかった、それは敏明なりのプライドでもある。 「ずっと一緒テチ・・」 「お外に行っちゃ嫌テチ」 敏明は仔実装の反応が、こう来るだろうと分かっていた。 『焼きそば旨いか?』 具はキャベツだけの焼きそばを指差し敏明が聞くと、 前掛けはソースでベタベタで、焼きそばを素手で手掴みに食べている仔実装は答えた。 「おいしいテチ!」 「焼きそば大好きテチ」 仔実装にとってお腹一杯食べられるだけでも幸せである、 こってり油の乗った焼きそばは、ご馳走以外の何者でもなかった。 敏明は一回頷くと、仔実装に説明をした。 『その焼きそばをまた食べるには、俺が外に行かなければいけないんだ』 『俺が外に行かなければ、明日からエサも無しだ』 『それでも良いのか?』 食べるのをやめて焼きそばを見つめると、仔実装は答える。 「焼きそば食べたいテチ・・」 「大人しく待ってるテチ」 『それじゃ大人しく待ってろ』 『良いか・・・糞漏らしてたらお仕置きだぞ』 お仕置き・・その言葉を聞くと仔実装の動きが止まり、喉をゴクリと鳴らす。 今まで仔実装は何度も糞を漏らし、その度にお仕置きと称して殴られている。 糞をすると言う行為は実装石にとって幸せの瞬間だが、仔実装にとっては恐怖でしかない。 何度も殴られその度に泣いてきた、最近やっと糞をバスルームでする事を憶えたばかり。 毎回そう出来る自信は仔実装に無かった。 敏明がもう一度聞いた。 『糞のする場所は分かってるよな』 『部屋でなんかしたら、必ずお仕置きが待ってるぞ』 「わ・・・分かってるテチ」 「大丈夫・・大丈夫テチ」 『よし約束だぞ』 『早く焼きそば食っちまえよ』 話し終わると敏明はリンガルを外し、片付けを始める。 明日は早いのですぐに就寝時間となり、敏明はロフトに上がった。 仔実装が慌ててついて行く、どうしても一緒に眠りたかったからだ。 はしごを昇る敏明に掴まったが、振り払われ落ちてしまう。 やはりぴょんぴょんと飛んで見せるが、敏明は気にもしてくれない。 暫くロフトを見上げていると、敏明が顔を出す。 『オマエの寝床はそのタオルだ』 『良いか糞垂れだけはするなよ』 そう言うと電気が消され部屋は真っ暗になった。 仔実装は肩を落としタオルに潜り込むと、一人淋しく眠りについた。 翌朝になり敏明はアルバイト探しに出かけた。 出る間際に仔実装に糞の事で釘を刺すと、振り返りもせずに出て行く。 部屋の中でぽつんと一匹取り残され、仔実装は電気の点いていないコタツに潜り込む。 反対側から顔を出すと仰向けになり天井を見つめた。 いつも走り回っていた部屋も、一匹だとそんな気分にならない。 一度溜息をつくとそのままコタツで眠った。 仔実装はまた夢を見た、今度の夢はこの部屋でコタツに眠ったままの自分が出てくる。 目を開けると横には敏明があぐらをかいて、コタツにほうづえをついて溜息をついていた。 仔実装に気付くと抱え上げ、あぐらをかいた足の上に乗せた。 見上げると敏明は笑っている、仔実装も嬉しくなり笑った。 頭をなでて貰い敏明にしがみつくと、敏明は何かを話している。 仔実装も自分の事や母実装の事、そして敏明を大好きな事をたくさん話した。 敏明は微笑んでそれを聞いている、何だか恥ずかしくなった仔実装は顔を赤らめた。 目を開けると天井の模様が飛び込んでくる、現実に引き戻されたのだ。 時間はまだ昼前である、パンツを確認したが糞は垂れていない。 ほっとして夢の余韻に浸っていると、敏明の眠るロフトが目に入った。 コタツから這い出ると、ロフトへ昇るはしごの前に来た。 「この上に行けば一緒に寝られるテチ」 「一人で寝るのは淋しいテチ」 仔実装ははしごに掴まると、よじ登り始めた。 掴む所がつるつると滑り昇りにくいが、それでも何とか昇れそうである。 段にすると八段程だが、仔実装にとっては果てしなく高い所に感じた。 一段また一段、仔実装は確実に上に昇っている。 三段ほど昇った所で一度休憩を入れる。 「簡単テチ、なんで今まで登らなかったテチ」 仔実装は敏明と一緒に寝ている所を妄想すると、いても経ってもいられなかった。 「一番上まで行くテチ」 はしごの縦部品に捕まると、摩擦を利用してまた一段上に昇る。 四段目に差し掛かると、腕が疲れ力が出なくなっている。 仔実装は自分の靴を脱ぐと、今度は両足ではさみ一段上に昇った。 五段目には両手両足もしびれ始め、皮膚は赤く腫れてきた。 上の段を見つめるとあと少しだ、仔実装は自分に気合を入れて昇り始める。 「テチャァア!」 昇り始めたのは良いが次の段へ届くあと少しで、縦の部品にしがみ付いたまま動けなくなる。 見上げれば手を伸ばせば届きそうな距離だ。 それでも手を離した瞬間、落ちてしまいそうな位力が無くなっている。 「う・・動けないテチ」 「どうするテチ・・やばいテチ」 「そうテチ、一旦下に下りれば良いテチ」 そう思って下を見た瞬間、仔実装は目眩を起こした。 今までこんな高い所には昇った事も無い。 はしごを掴む腕と足に脂汗が出て、掴んでいるのも難しくなってきた。 ツル!ツル! 掴んだ手と足が滑る、下はフローリングの硬い床だ。 この高さから落ちれば、仔実装では一溜まりも無く潰れてしまう、高さは既に一メートルを超えていた。 「テァァァア・・ニンゲェェン!」 「早く助けるテチィ!」 「死んじゃうテチ!死んじゃうテチ!」 「テチャァァァァァア!!」 仔実装はここにいるはずも無い敏明に助けを求めた、落ちれば死が待っている。 ブルブルと震える手はやがて感覚も無くなって行く、落ちるのは既に時間の問題だ。 仔実装は極限の中、妄想で気持ちを和らげた。 その妄想は落ちる寸前の仔実装を、敏明が駆けつけて危機一髪で助けてくれるものだった。 「テエエン・・良かったテチィ」 「きっと来てくれると信じてたテチ」 ツル!! その瞬間、仔実装の手がすべり、はしごから落ちてしまう。 「テァァァァァア!!!」 はしごの段に何度か当たりながら、仔実装は床まで落ちていく。 「テチュゥゥゥ!!!」 「テチャ!テッ!」 「テギャ!!」 落ちたのが足からなのと、何度か引っ掛かったのが幸いして、仔実装は生きている。 ただ落ちる途中、段に掴まろうとして左腕の骨を折っている。 そして床に落ちた衝撃で両足が膝から下、全て潰れて吹き飛んでしまった。 「い・・生きてるテチ」 「腕が痛いテチ、体中も痛いテチ」 「何だか息も出来ないテチ」 それでも仔実装は痛くない右手で、起き上がろうとするが起き上がれない。 足の感覚が無く、ただ熱く感じるだけだった。 仔実装は恐る恐る自分の足を見た。 「チュァァァァァア!!!」 「あ・・あし・・足が無いデジュゥゥ!!」 ブバァッ・・ブリブリブリッッ!!! 仔実装は自分の姿に恐怖して脱糞をした。 ブリリッリリッ!! 見る間にパンツが盛り上がりパンパンになって行く。 「ニンゲェェェン!!」 「早く・・・早く戻って来てテチィィィィ!!!」 「死んじゃうテチッ!!死んじゃうテチィィィ!!!」 「テッチャァァァァァア!!!」 仔実装しかいない部屋で、いつまでも仔実装の声が響いていた。 敏明が帰って来るのは、この後5時間経ってからだった。
