【おしっこのきれがわるいレフ】 小便器の中から、蛆実装が私を見上げていた。 会社のトイレで、何故? 蛆実装が私の疑問に答えてくれる筈もなく、ただ小首を傾げ、 口の片端から涎を垂らし、物言いたげそうな表情を浮かべている。 「レフ?」 「こいつ……、馬鹿にしているのか?」 私は思う。 会社では上司からはとうに見離され、若い部下からは突き上げをくらい、 家に帰れば給料のことで妻に小言を言われ、子どもは言うことを聞かない。 そんな私を、お前まで馬鹿にするというのか? 心の中で呟くが、蛆実装は「レフ?」を繰り返すだけ。 やはり、そうか。 お前は私のことを馬鹿にしようというんだな? わかった、目に物見せてくれようぞ。 ファスナーを下ろし、人差し指と親指で陰茎を引っ張り出す。 私はしなびたそれを蛆実装に向ける。 頭の中で幼少の頃に観たロボット・アニメの戦闘シーン、 スコープの中心が蛆実装の顔に重ねられる光景を描く。 「もらった!」 尿道からほとばしる液体。 しかし、私のイメージとは裏腹に、ビームのように一直線に便器には向かわず、 尿はだらしなく放物線を描く。 「ちぃっ!」 私は舌打ちをする。 もはや、排尿に往時の勢いはない。 勢いがないため、俯角射撃では重力の影響を強く受けてしまうため、 命中させるためには仰角をつける必要がある。 山なりの尿が蛆実装に当たろうとしたその瞬間、 「レフー」 と、蛆実装は体を転がして避けた。 「馬鹿な、直撃の筈だ!?」 縮んだ陰茎では照準修正が困難なため、体全体で射線をずらす。 今の私は自走砲だ、いや、短砲身の三号突撃砲B型だ。 「どうだ? ホレ、どうだ?」 蛆実装は、射速の遅さを嘲笑うかのように、右へ左へ回避運動を行う。 「レフー、レフフー」 もちろん、蛆実装は既に小便にまみれている、が、そんなことは問題ではない。 直撃を与えられないことが問題なのだ。 つまりは、私のプライドの問題なのだ。 私は、まるで新米の戦闘機乗りのように残弾── 膀胱内の残尿のことをすっかり失念していた。 いや、残尿感は確かにあるのだが、陰茎は力なくうなだれ、 小便器に届かなかった尿がぽとぽとと足元に落ちる。 小便器の上の「一歩前へ」の貼り紙が、私を苛む。 残弾ゼロ──正確には尿道に残っているが、それを押し出す力は私にはない。 残尿が、後で白いブリーフに染みをつくることになるのだろう。 私は、蛆実装との戦いに、そして自分の「老い」に敗れたのだ。 もちろん、怒りに任せて蛆実装を捻り潰すことは簡単だ。 だがそれは、この戦いから逃げることでもある。 思えば、私の半生は戦いから逃げてばかりだった。 会社では上司の顔色をうかがい、部下を甘やかし、 面倒だからと妻の愚痴に耳を貸さず、子育ても任せっきりにしてきた。 その時、私は気づいた。いや、蛆実装との戦いを通じて気づかされた。 戦いから逃げているだけでは、何の解決にもならないということを。 私は、動かすたびに残尿が漏れ出る陰茎を苦労してブリーフに収納しつつ、 蛆実装を真っ直ぐに見据えた。 蛆実装はレフレフ言いながら小便器の中を彷徨っている。 「まさか、蛆実装に教えられるとはな」 自嘲気味に笑い、私はトイレを後にした。 ビルの1階に下り、自動販売機でミネラル・ウォーターを手に持てるだけ買う。 自分の席に戻り、ごくごくと飲み始める。 「主任、水飲みダイエットですか?」と珍しく女子社員に話しかけられたが、 私はゆっくりと首を振って目だけで答えた。 私の、人生をかけた勝負なんだと。 500ミリリットル入りのペットボトルを6本も飲むと、嫌でも尿意に襲われる。 私は浮き足立つ気持ちを抑えて席を立ち、トイレに向かった。 トイレの中が騒がしい。 私の部下が、何か喚いているようだ。 「てめぇ、この蛆野郎。なめてんじゃねぇぞ!」 赤黒い、グロテスクな陰茎を振りかざして、小便器内の蛆実装を威嚇する。 なるほど、彼の陰茎は確かに大きい、だが、それだけだ。 勢いだけでは、あの蛆実装を仕留めることはできないだろう。 鈴口から放たれた若い尿が、蛆実装を襲う。 その刹那、蛆実装は頭を支点にしたピボット・ターンで体をくねらせ、 華麗に尿を避ける。 「チッ、避けるなよ」 「レヒャッ」 蛆実装は、明らかにこの若い男を弄んでいた。 私は彼の肩に手をかけ、振り向かせる。 「お前にこの蛆実装は倒せん」 そのまま力づくで部下を小便器から追いやった。 私の気迫に押されてか、彼はそそくさと自分のものをしまった。 「勝手ながら、蛆ちゃん、と呼ばせてもらうよ」 「レフゥ?」 「今度こそ決着をつけさせてもらう!」 言うが早いか、私はファスナーを下ろし、排尿の準備を整えた。 膀胱には十分な量の尿。 さっきの私と同じと思ってもらっては、困る。 まずは3連射。 きゅっきゅっきゅっと肛門を3回締め、ぴっぴっぴっと小刻みに放尿する。 往年の切れが戻ってきたようだ。 蛆実装に回避されないよう、真ん中、右、左に1発ずつ放つ。 しかし尿が便器に届く寸前に右、左、真ん中に体を転がし、巧みに尿を避けた。 「さらにやるようになったな、蛆ちゃん」 「レフッレフッ」 「ならば、これはどうだ!?」 腰を回し、小便器に円を描くように排尿する。 円の中心には蛆実装。 徐々に円を狭めていき、確実に目標に命中させる「オール・レンジ攻撃」である。 一気に膀胱が空になるが、蛆実装に逃れる術はない。 「沈めぃ!」 「レフン!」 身動きが取れない蛆実装。 次第に尿のサークルが狭まっていく。 そして、ついに中心に照準が合わせられた時、蛆実装は予想外の行動に出た。 「まさか!? 蛆ちゃん!!」 蛆実装は口を大きく開き、私の尿を飲み込んだのだ。 「エブエブエブ」 食道をかっと開き、ごくごくと尿を飲む。 苦悶の表情を浮かべているとばかり思ったが、そうではない、 満ち足りた笑みを浮かべている。 何故だ? お前は勝負に負けたんじゃないのか? どうしてそんな優しい笑顔ができる? 私は、蛆実装の無垢な笑顔を見て悟った。 戦いを目的にしてはならないということを。 本当に大切なのは、お互いを愛することだということを。 上司を愛し、部下を愛し、妻を愛し、子どもを愛せよ! そう、彼らとは戦うべきじゃない、愛し合うことが大事なんだ。 尿で虹がかかり、私と蛆実装とをつなぐ架け橋となった。 放尿が終息するにつれて、鈴口から伸びる放物線が短くなってゆく。 名残惜しそうに尿を飲む蛆実装のため、私は小便器に近づく。 貼り紙の「一歩前へ」は、愛を深めるキーワード。 蛆ちゃんは、すっかり丸々とお腹を膨らませていた。 「ありがとう、蛆ちゃん」 「レプレプ」 「実装リンガルを持って来い」と、私は部下に命じた。 私はこの蛆実装と、より深いレベルでコミュニケーションを 取りたいと思った。 自分の体を張って、戦うことの高貴さ、 それ以上に愛し合うことの喜びを教えてくれた蛆実装に、私は感謝した。 尿がついていたって構うもんか、自分の尿だ。 私は両手で蛆ちゃんをそっと包み、小便器から持ち上げた。 「レプゥン」 「そうか、嬉しいか。何なら、おじちゃんの家に来るか?」 「レプレプゥン」 「おいおい、何て言っているんだい?」 「主任、遅くなりました」 部下が、実装リンガルを開く。 「えーと、『おっさんのきれのわるいおしっこは、甘くておいしいレプ。 もっと飲ませるレプ』」 そうだ、私は糖尿だ。 糖尿のどこが悪い、この糞蟲め! 今までのことは、全部私の思い過ごしだったというのか!? 私は、目の前で蛆実装を握り潰した。 レブゥッと、蛆実装は破裂した。 尿のシャワーが、私を襲った。 甘い臭いが、した。
