「思春期」
季節は11月の終わり、吹く風もどこか冷たくなって来る頃だった。
『敏明!!二度とこの家に戻ってくるんじゃないわよ!』
『当座のお金は恵んであげるから、とっとと出ていきな』
男は母親らしき者からお金を手に取ると、とぼとぼと当ても無く歩き始めた。
敏明は生来の怠け癖が災いして、その日実家から勘当されてしまった。
大学を数ヶ月で辞めて毎日働きもせず、ただ一日中ごろごろと無気力に生きていた。
何事にも関心を示さず、激高する事もここ何年も無い。
『なんだよお・・・チクショー!』
母親にしてみれば本気ではなかった、このまま家でごろごろしていると、良くテレビで見るニートになるのでは?
そんな思いから息子をとにかく家から出して、一人で生きて行く辛さを学ばせようとした。
ただ当の本人はこれからの不安と、息子を捨てた親へ怒りが残るだけだった。
『はーとりあえず部屋を探さなきゃな〜』
行く当ても無いので、とりあえず近くの公園のベンチに座り溜息をついた。
ぼーっと公園を眺めていると、この公園には実装石が沢山住んでいることが分かった。
親子連れや手を引いて歩く姉妹、噴水の前では成体実装が集まって話をしている。
『あいつらは俺と違って一人じゃないんだな・・』
暫く観察していると一匹の仔実装が目に涙を溜めて、何かを必死に探していた。
その仔実装はトイレの中、草むら、ゴミ籠、遊具の回り、捜せる所を何度も回って一生懸命の様子だ。
そしてよせば良いのに、他実装のダンボールハウスまで覗き込んだ。
バキ!
「デスゥ!デデスッ!」
ダンボールハウスの中から成体実装が飛び出して、仔実装を殴りつけた。
よく見るとその実装石の後ろには何匹かの、仔実装が親の陰に隠れるように見つめている。
皆一応に口を手にあて「テププ」「チププ」と殴られ倒れた仔実装を笑っている。
睨みつけひとしきり文句を言うと、親実装は仔実装と共にダンボールハウスに帰って行った。
「ティェエー」
一人残された仔実装は、殴られた顔を押さえて座り込み泣きだした。
「テェェェン!テェェェン!」
そんな様子を見つめながら、敏明はこれからの事を考えていた。
預かったお金は全部で50万ほど入っている
『これだけあれば部屋くらいは借りられるか・・』
『当面はしのげるけど先細りだよなー』
空を見上げてぶつぶつと呟いていると、横でがさがさと何かの動く音が聞こえた。
音の方へ目をやると音の主は、さっき泣いていた仔実装だった。
仔実装はベンチ周辺の草むらや、ゴミの溜まった周りを手で掻き分け、やはり泣きながら捜している。
無言でその様子を眺めていると、ベンチの下に潜って行く。
暫くすると足の間からひょっこりと、四つん這いの仔実装が顔を出して見上げ、敏明と目が合った。
仔実装は何かを聞きたそうな顔で、じっと敏明の顔を見つめた。
敏明は特に興味は無かったが、間が持たなくなり話しかける。
『俺になんか用か?』
「・・・・・・・」
仔実装はじっと見つめて何も話そうとしない。
『なんだよ!なんか用かつってんだろ!』
少しいらついた敏明は軽く仔実装を横に蹴飛ばした。
「テチャッ」
「・・・・ウウ・・テェェェ」
「ティエエン、テェェェン」
仔実装はうつ伏せのまま、両手を顔に当て大きな声で泣きだした。
これには敏明も困り仔実装を抱えると、ベンチの上に座らせた。
仔実装は暫く泣いていたが、泣き疲れるときょろきょろと回りを見回し、隣に座る敏明を見上げた。
『お前さー何捜してんだよ』
仔実装はベンチの上で立ち上がり、手を広げてゼスチャーをするが、何の事かは分からなかった。
「テチィ テチャァ テチテチ」
『ああ何て言ってるか分かんねーな』
『悪いが俺も暇じゃないんで行くわ』
ベンチから立ち上がると敏明は公園を出て行った、仔実装はいつまでもベンチの上で敏明を見つめていた。
その日の内に近くの不動産屋に行って、部屋を探してもらう。
幸運な事に実家近くのワンルームアパートが、すぐに借りられる事になった。
15万ほど預けると鍵を貰う、クリーニングは済ませてあるのですぐにでも入れるそうだ。
とりあえずその部屋を見に行った、部屋は一階の端っこで鍵を開けると中に入った。
『おおお、ここが俺の部屋かぁ』
8畳の部屋は良く見るとロフトもあって、住み心地も良さそうだ、エアコンも備え付けてある。
それ以外には何も無い、布団や洗面道具、他にも色々買ってこなくては。
とりあえず近くのホームセンターに買い物に行った。
色々と買い揃えるていく10万位は使ったろうか、ペット売り場の前を通ると実装石が売られていた。
水槽に入った実装石は元気が無さそうだ、うずくまり外を見ていた。
『一日中こんな所に入れられてりゃ、気も滅入っちまうだろうな』
回りを見ると実装石用の小物が売られている、その中のリンガルに目が行った。
『ふーん2980円か・・・』
敏明はリンガルを手に取るとレジに向かう。
荷物はホームセンターで運んで貰い、敏明は全ての作業を終えた。
帰りに公園に向かうとベンチの前に来た、あの仔実装が気になったからだ。
(あいつも俺と一緒で、はぐれっぽいよな)敏明はなぜか気になってしまった。
コンビニで今日の夕飯を買うと公園にやってきた、子実装は辺りやベンチにはいない。
『なんだよ、せっかく餌を持ってきてやったのに』
敏明はベンチに座ると弁当を食べ始めた、気が付くと回りには実装石達が群がっている。
実装石達は手を差し出し一様に「デスゥ、デスゥ」と愛想を振りまく素振りをしていた。
『そうだよな、ここじゃこうなっちまう』
実装石の群れの一番後ろに、あのこ汚い仔実装が立っている。
その身なりからまともに食べてるとは思えない、敏明は仔実装を呼んだ。
『おい!お前を待っていたんだ』
『良いからこっちに来い』
回りの実装石を掻き分けて仔実装が近寄って来る、敏明は仔実装を抱えると隣に座らせた。
とりあえず仔実装をひっくり返したりしながら、身なりを確認してみる。
服装は泥や誇りで汚れ真っ黒な物がこびり付いている、臭いも家畜のような匂いで臭い。
パンツは緑色の糞がこびり付き、それが固まっている。
いたぶり回されている間この仔実装は何故か大人しく、安心している様な様子だ。
『大人しくしてたご褒美だ、ほれ』
敏明は食べていた弁当のハンバーグを箸で半分に千切ると、仔実装の前にベチョリと投げた。
「テッ・・テテ・テェ〜」
敏明とハンバーグを何度も見て、仔実装は目の前のご馳走に慌てふためいている。
『どうした?・・・食えよ』
敏明の言葉を聞いて仔実装は、ハンバーグに喰らいつき食べ始めた。
その様子を見ていた実装石の群れはが、ざわざわと色めき立ちベンチに殺到する。
「デスッ!デザァァ」
「デススス!」
敏明は立ち上がると、実装石の群れを蹴飛ばした。
『邪魔だ!お前らぁ!』
ドカ!ガス!
「デジャァァ!デヒィィ!」
実装石の群れは、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
足元には蹴飛ばされた実装石が、足の骨を折ったのか転げまわっている。
「デギャァァァ!」
目の前で悲鳴を上げている実装石を掴むと、少し離れた噴水まで引き摺って行き、そこに置いてきた。
『お前らに用は無いんだ、こっちに来るんじゃねーぞ』
その様子を物陰に隠れ、遠巻きに見ている実装石達にも伝えるとベンチに戻った。
ベンチの仔実装は、そんな様子に気付く事も無く、無心に食べ続けている。
分けるのが面倒になった敏明は、弁当を丸ごと仔実装に与えた。
仔実装はその弁当に飛びつき、味わう暇も無い位急いで口に運ぶ。
半分位は食べたろうか、これ以上はお腹の中には入らないようだ。
口に入れては戻しまた入れるを繰り返した、これ以上食べられない事に、仔実装は悔し涙をを流している。
「ティェェ・・」
「ゲホゲホ!」
落ち着いた仔実装を確認すると、敏明はポケットからリンガルを取り出した。
『おい聞こえるか・・お前に言ってるんだ』
仔実装は弁当を見つめていたが、話し始めた敏明に目をやった。
『お前に聞きたい事があるんだ』
『弁当を全部やったんだ返事位しろよ』
人間が自分に話しかけている、仔実装は体をビクリとした後、返事をした。
「テッテテテ・・な・・なにテチ」
『おっ通じるな、安物でも使えるんだ』
リンガルの調子を確かめると、仔実装に話し始めた。
『お前さぁ一人で生きてるのか?』
「ち・・違うテチ」
「家族とはぐれてしまったテチ」
『家族って誰だよ』
仔実装は少しうつむくと、家族の事やどうはぐれてしまったかを話し始めた。
「ママが・・ママが今日は遠くの公園に行こうって、それでテチ・・」
「遊んでたら居なくなったテチ」
「一緒に遊んでたお姉ちゃん達も、振り向いたら消えたテチ」
『ふーん、でその時周りに人間はいたか?』
「いなかったテチ、公園は実装石だけだったテチ」
どうやら虐待派に家族が殺された訳じゃ無さそうだな。
と言う事はこの仔実装は捨てられたみたいだ。
見た目にも頭は良さそうにも見えない(間引きって奴だな実装社会では当然か)
『置いて行かれたんじゃないのか?』
「テュッ!ど・・どういう意味テチ」
『いや・・だからさお前ママに置いていかれたんだよ』
その瞬間仔実装の顔色が変わって行くのが、手に取る様に分かった。
本当に今までそう思っていなかったんだろう・・・
「何でママが置いていくテチィ!」
「置いていくわけ無いテチ」
「お前は意地悪な奴テチ!」
(ここは現実を知った方がコイツの為でもある、このままじゃ一生ここで捜しかねないな)
『置いて行ったと言うか、お前はママに捨てられたんだよ』
『ママやお姉ちゃん達は、どこか態度がおかしくなかったか?』
仔実装はアウアウと口を動かすと黙ってしまった、思い当たる節があるらしい。
黙って見ているとやがて仔実装が口を開いた。
「いつもと違ったテチ・・・ママが凄く優しかったテチ」
「いつも私の顔を見ると小言を言ってたのに、あの日は何も言われなかったテチ」
「お姉ちゃん達もいやに優しかったテチ、いつも苛められてばっかりだったのにテチ」
「お姉ちゃん達が遊んでくれる事なんて無かったから、嬉しくてはしゃぎ回ったテチ」
「テチィィ・・」
話し終わると仔実装はまた黙りこくってしまい、それからは一言も話さなかった。
暫くはお互い無言で、時間だけが流れていく。
傍らで聞いていた敏明も、人事とは思えなかったがので、つい聞いてしまった。
『お前これからどうすんだ?』
仔実装はうつむいたまま力無く答えた。
「テチ・・ママを待ってるテチ」
「ずっとここでママが来るまで・・・」
『ママは帰って来ないよ、いらないから捨てたんだ』
『考え方を変えなきゃここじゃ生きていけない、事実エサの一つも満足に取れていないじゃないか』
「テェェ・・」
仔実装に説教しながら、敏明はまるで自分に言い聞かせている様な気がしてきた。
そう考えると仔実装の考えも分かる気がしてくる。
(コイツはいきなりママに捨てられて、一人で生きて行かなくてはいけない。
全ての物をいきなり失くしてしまった、依存対象のママに捨てられたと思いたくは無いだろうな)
そんな事を考えていると敏明はこの仔実装の事が、不憫でしょうがなくなってくる、そして。
『お前とりあえず俺んちに来いよ』
『家になんも無いから暇なんだよ、お前でもいたら暇潰し位にはなるだろう』
突然の飼い実装の申し出、普通の実装石なら嬉しいだろうが、
右も左も分からない仔実装は少し考えた後、こう答えた。
「ここからは離れないテチ」
「ママが・・ママがもし迎えに来たら・・テチ」
仔実装にとってはママの存在は絶対の物、どんな細い糸でも繋いで置きたかった。
『・・・・・気にいらねーなママもお前も』
『ママはお前を捨てたんだぞ!いつまでもぐじぐじ待ってんじゃねーよ』
『一人で生きてママやお姉ちゃんを見返してやれよ!!』
「そんな・・分からないテチ、なに言ってるテチ」
敏明が怒鳴ると、仔実装はおろおろとその迫力に動揺する。
仔実装の頭巾を掴むと、そのまま持ち上げた。
余った弁当を手に取ると、噴水に座り込んでいる実装石に差し出し。
『蹴飛ばして悪かったな、それで勘弁しろよ』
弁当を手渡すと、その実装石は足が折れたことも忘れて弁当を食べ始めた。
敏明は仔実装を連れて、自分の部屋まで戻ってきた。
玄関にはホームセンターで買った荷物も届いている。
荷物はとりあえず置いておいて、仔実装を部屋に入れた。
フローリングの床に置くと、部屋の中をキョロキョロと眺めた。
『そこで大人しくしてろよ』
敏明は仔実装にそう告げると、外の荷物を中に入れ始めた。
30分ほどの作業で全ての作業は終わった。
一階の一番端の部屋は8畳一間のワンルームで、実家の自分の部屋よりは広かった。
奥はキッチンになっており、並びにはトイレと風呂シャワーが一緒になったユニトバスがある。
『ふぅ疲れた・・』
普段から体を動かしていないので、ちょっとした労働でも疲れてしまう、部屋の真ん中で大の字になった。
天井を見つめ普段と違う模様に、あの家から出て行った事を痛感した。
横を見ると仔実装が四つん這いになって、何かを踏ん張っている。
ブピピピィ!
ボトベチャ
『あぁぁてんめー何やってやがる!!』
敏明は仔実装の頭をげんこつで殴る。
『この馬鹿!』
ゴス!
「テッチャァァ!」
ブビビビィ!
殴られた仔実装は、なぜ殴られたのか分からず泣き始めた。
「ティェェエン!テェェエン!」
『うるせー!泣きてーのはこっちだ馬鹿!』
『いいかまた糞垂れやがったら、今度はこんなもんじゃねーからな!』
漏らした糞を片付けると、仔実装を連れてユニットバスに行きシャワーを出した。
『おっお湯が出る・・不動産屋め手回しが良いな』
買ってきた洗濯石鹸で服のまま、ごしごしと洗う。
仔実装は泡まみれで、何とも情けない顔をして泣いているが、敏明は構わず洗い続けた。
糞と汚れの入り混じった黒い湯が流れていく、洗っても洗っても一向に透明な湯にはならない。
『この!ちょっと服脱げほら』
「テチィィィ!」
服を脱がすと洗面器に入れた。
『付け置き洗いするしかないな』
裸の仔実装を洗うと、やっと流れるお湯が透明になって行く。
その頃になると仔実装もシャワーに慣れたのか、気持ち良さそうな顔をし始める。
「テチャァァ♪」
「テチィ♪テチィ」
鼻歌を歌いシャワ-を満喫する仔実装は、生まれて初めて体を洗った。
仔実装をタオルで拭くと部屋に置いて来る、敏明はそのまま自分もシャワーを浴びた。
付け置いた洗面器は既に真っ黒になっている、そこからドブの臭いが漂って気分が悪くなった。
敏明がシャワーを浴びて部屋に戻ると、しきりに裸の仔実装が「テチテチ」と話しかけてくる。
床に投げてあるリンガルを付け、仔実装の話を聞いた。
『んー何だよ』
「服はどこテチィ」
『あぁ今日明日は無理だな暫くは裸でいろよ』
敏明の言葉にいきなり怒り出した。
「何言ってるテチ!」
「服が無いと死んじゃうテチィ!」
「早く持って来いテチィ!」
両手を上げてしきりに文句を言う仔実装に、自分の体を拭いていたタオルを投げつけた。
『うるせーな、これでも巻いてろ』
バサリと頭からタオルを投げられ、仔実装はタオルの中でもがいている。
仔実装を無視して買ってきた新品のスエット上下を着ると、部屋の中でやっとくつろいだ。
傍らでは仔実装がまだタオルと格闘をしている。
敏明はこれからの事を考えていた、残金は25万程度しかなくなっている。
一ヶ月もすればお金は使いはしているだろう、
さりとてあの母親が家に戻って迎えてくれるとは、到底思えなかった。
頼みの綱は父親だが、仕事一筋で融通の利かない性格は母親と似ていた。
母親と違うのは敏明に対して無関心と言うか、
放任主義で仕事の邪魔さえしなければ関心の無い男だった。
『いざとなったらオヤジにでも小遣いを貰ってくるか・・』
『考えても始まらん、今日は寝る!』
新品の布団を敷いたロフトに上がると、寝床に入った。
その頃になると仔実装もやっとタオルから顔を出す。
辺りに人間の姿がないと、仔実装にしては大きな声で叫び捜し始めた。
「テチィィィ!!」
「テッチャァァァ!!」
敏明はロフトから顔を出して、怒鳴りつけた。
『うっせー!!静かにしてろバカ!!』
敏明の姿を見て安心したのか、仔実装は大人しくなった。
ロフトに近づきぴょんぴょんと跳ねてみせる。
『お前はタオルを巻いて下で寝てろ』
『布団に糞でもされたら大変なんだよ』
そう言うと敏明は部屋の電気を消した。
「テチャッ!」
暗闇の中で暫く「テチテチ」と仔実装は何かを言っていたが、やがて大人しくなった。
翌日久しぶりに心地良い疲れで起きると、刺激臭が鼻にツンときた。
床に下りるとタオルの中から、裸の仔実装が飛び出してきて、足にしがみついてきた。
「テッチィ、テッチャァァ」
『うるせーなエサなら後でやるよ』
仔実装を振り払い刺激臭をたどって行くと、部屋の隅にこんもりと緑色の糞が垂れてあった。
敏明は目眩をおこしその場で両膝をついた、そこに無邪気に仔実装が駆け寄ってくる。
「テチィィ♪」
『糞ばっか垂れてんじゃねー!!!』
『この糞蟲がっ!!!』
その日は朝から激高した。
この仔実装にあってから、敏明自身も何かが変わり始めていた。
