タイトル:【観察】 ちょっと流れが駆け足デスゥ
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3901 レス数:0
初投稿日時:2006/11/04-07:43:25修正日時:2006/11/04-07:43:25
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長い雨  (7) 梅雨の予感

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翌日、ミーは朝の異変に大忙しとなった。
目を覚まし漂う異臭…突っ伏してうつ伏せに倒れるメー…
既に何時間も糞がパンツの中で篭り、醗酵する臭いが撒き散らされている。

その臭いに3匹の仔が目を覚まし大暴れだ。
何せ、トイレは普段、部屋の隅にあり、臭いは僅かでも近くの壁の隙間から逃げるが、
メーは中央付近に突っ伏していただけに臭いは部屋中に充満する。

その原因を作ったキーも何事も無かったように騒いでいる。

ミーはメーに駆け寄る。
幸い、メーは死んでは居なかった。
仮死に限りなく近い失神状態だ…偽石崩壊で完全に死んでいれば肉体も糞が醗酵するように腐っていただろう。
何度も揺するうちにメーは目を覚まし、ミーの腕の中で自らの糞の臭いに嘔吐する。

ミーは、そのメーの下着を脱がせてキーにメーを預ける。
キーは、食に関しては貪欲であったが、その本性が顔を出していない間は(腹が満たされ食い物が傍に無い時)
まだ、ミーがこれだけはと任せることが出来る面倒見の良さがあった。

キーは漏らした糞がこびりつくままのメーを気にせず受け取ると、あやしながら新聞紙の切れ端で尻を拭きだす。
メーがキーに抱かれるとき、不自然にガタガタと震えだしたが、ミーは気分が悪いのと漏らした為の動揺だと思った。
「マ・マ・マ・マ・ママ…なっなっなななな何でも無いテチー…ゴッゴメゴメゴッゴメンナサイテッチ!!」
酷い動揺だった。
しかし、口から出掛かった言葉は消え、キーを見上げて謝り出した。
メーの方は前日の…いや、その前の恐怖の記憶によって余計なことを口に出来ない状態だった。
ミーは、それを粗相をした事を謝っているのだと思った。

キーの方も、数時間前の深夜の態度とは打って変ってメーを優しく抱いて尻を拭いた。
「もー、メーちゃん、だめテチィ…寝ぼけておトイレ間違えたテチ?」
怒るでも、あの恐ろしい顔をするでもなく、笑顔で面倒見てくれる姉に、
メーは、次第に昨日の事は夢だったのでは?と思うようになる。
それは、メーに備わった精神の防御本能が、恐怖を忘れたいと願望するあまり、最も簡単な方向に逃げたのだ。


外は雨が続く…。


そんな日は、公園口に実装石の姿は少ない。
雨の日は人間が滅多に来ないために、団地組の大半は、食料が豊富なうちは家に篭ってしまう。
脳が無い連中でも糞蟲性格でも、一応は野良として生きてきた連中である。
家を持つ類の実装石は、たとえ、人間から餌を貰う事になれた連中も、
毎日その餌を得られるわけでなく、その場合には普通に生ゴミを喰らう割きりが出切るし、短期の空腹には耐える。
家という空間を持つ事で、多い少ないの差はあれど備蓄の思考も存在する。

”人間”という寄りかかるものが無ければ、黙って自然の摂理に従う。
彼らも、得体の知れない、そして理解を超越した自然の天候に歯を剥いたり媚を売る事はしない。
己の不幸を嘆く事はあってもだ。

だから、雨の日はのんびりと怠惰を貪るのだ。
只でさえ人間より遥かに寿命が短いくせに、人間の24時間にして2/3の時間を睡眠に使う彼らは、
こうして人間以上に無為の時間を浪費する。
生物としては元来、それは正しい行動ではあり人間が異常なのだ。
だが、同時に彼らは野良実装であり、野生生物より人間社会に寄生する事でも成り立っているので、
そんな怠惰が身を滅ぼす事も多いのではあるが…。

そんな中、雨の日に元気な者も居る。
特定の家屋を持たない低層実装達は、団地組が少ない事をいいことに、
それらを数で駆逐して、公園口を占拠し、行きかう人間に媚を売り続けている。
この日ばかりは勢力が逆転するのだ。

稀に雨の日も餌を持ってくる人間も居り、それを目当てに低層野良は活発になる。
だが大抵の人はこんな雨の日に餌など持ってくるはずも無く、ただ通り過ぎるだけで、
彼らはその通り過ぎる人間を追って公園の敷地外で大挙して騒ぎ立てるのだ。
その程度と言うものを知らない低層野良達の行動に、通る人は無視するか、蹴り飛ばすだけである。

そんな日は何度かあった。
でもまだ月は5月を過ぎたばかりであり、雨は長く続いても2日程度…それだけにミーも回りに習って外には出ない。
出てもトイレの中身捨てや、せいぜい水汲み程度で必要以上に遠くには行かない。
ある種、悪天候慣れしている低層実装が、ここぞと元気に徘徊しているのだ。
団地勢力奥深くも平然と闊歩しては、狙いやすい獲物、襲い易い家が無いか捜し歩いているのだ。

雨の日はミーの気も重い。
何度か、そうした低層集団に家を狙われた。
しかし、その度に丈夫な家は、しっかりとミー達を守り続けていた。
だが、雨の日になると起こる家の戸や壁を叩く音にミー達は恐怖を覚え、
”雨の日は良くないことが起きる日”と思うようになっていた。


そのミーの陰鬱な気持ち通り、朝から大騒ぎである。

次の騒ぎは昼頃…。

ミーは備蓄の実装フードを取りに行って「デッスゥーーーー!!」と、マヌケな大声を響かせる。
まだ、1袋あると思っていた実装フードが開いていて、その量も半分になっていた。
ここに来て、初めてミーは何者かが備蓄のフードをくすねている事に気が付いた。

そして、すでに起こった事態から犯人探しをすれば体格から容易に想像が付く。

せめて、全体量を把握して日々の量を計算できれば、速いうちに事件の臭いをかぎつけられたであろうに…。

ミーはイラ立った声で乱暴に最後の実装フードの袋を4匹の仔の前で投げ捨てる。
それは、もはや、飼い実装特有の優しさある姿ではなかった。
もはや堪忍袋の緒が切れ、1ヶ月以上もの長いストレスによる負荷も手伝って、爆発したのだ。

「昨日はまだ1袋あったデス!これが最後の袋デス!
 お前達の食い物はコレが最後デス!頼んでも泣き叫んでも何処からもゴハンは出てこないデス!
 そんなにママを蔑ろにしたければ好き勝手に食い散らかせばいいデス!
 好き勝手に探しに行って野良に堕ちやがれデス…」

そういうと、ミーは、ドカッと部屋の隅で、仔達に背を向けて自分用のゴミが入った袋から、
白菜の芯を出してバリボリと齧り出した。

我慢し続けた反動と言うものはすさまじいものがある。
なまじ、我慢ができる飼い実装…その中でも我慢強さで言えば、ミーは格別に高い種類である。
精神的支柱も目的も目的が終焉する先すら曖昧な状況で、
1ヶ月間も人間の目線や指導が無い状態で、
仔の為に身を削り、仔を守り、糞蟲化させない事だけを考えて尽くしてきたのだ。
実装石の基準からすればとんでもない期間の我慢が、裏切り行為によって破綻したのだ。

その結末が、反動として一気に育児放棄にまで跳ね返ったのだ。

投げ出された袋を囲んで、突如怒り狂った母親の姿に唖然とする4匹…。
しばしの時間が過ぎて始まったのは犯人探しだ。

「ワ・ワタシは食べてないテチィ!」
「ワタシも食べてないテチュー!」
ピーとポーは判で押した答えだ。

「ワタシもそんな悪い事はしないテチィ!誰がこんなヒドイ事をするテチィ!
 ねっ、メー…」
キーに相槌を求められたメーは、その目のニヤニヤした表情にビクッとしながら「テ・テッチュ…」と首を縦に振った。

見れば、4匹の中で大喰らいの姿を見せ、唯一肥満のキーが犯人なのはわかるが、
そういう、疑うなどの行動を知らずに育ったピーやポーには、犯人探しなどできなかった。

結局、言い合いの挙句に、キーが誘導したとはいえ、
会話の外に居る母親が犯人では?と言う意見でまとまろうとするぐらいである。
しかし、その4匹の総意を母親に伝える事は出来ない。
何故なら、流石に事件の張本人たるキーが母親に責任を擦り付けるための”矢面”に立つのを拒否したのだ。
そんな事をすれば、賢い母親に逆襲されると言う恐怖が一応は備わっていた。
長女が拒否をすれば、下の妹達には何も出来ない。

仕方なく、4匹は、残ったフードを分け合うことにした。
何せ、外が雨では、どのみち母親は外に出ない。
自分達が食べ物と認識しているものはコレしかないのだ。

そうして、母親がサボタージュを決め込んだために気まずい空気が流れる中、
昼間の時間は過ぎ、夜食の時間となる。

だが、4匹は母親が1日ずっと横になっているのを横目に、部屋中を探し回るが最後の空袋しかない。

「ママ…ママ…ご主人様にゴハン貰ってきてテチ…金平糖…パン…おせんべい…」

「そんなもの出て来ない事は、ここに来たときにしっかり言い聞かせたデス…」

結局、その日は4匹とも、何も口にしないまま水だけで腹を満たして眠りに付いた。
4匹は、それが清潔なミネラルウォーターと信じているが、実のところ水道水やドブの水であるのだが。

良く見れば、ミーはワザと生ゴミの入った袋を無造作に置きっぱなしにしている。
どうやら、ミーは、サボタージュするフリをして何とか仔達に生ゴミの固定概念を捨てさせようと言う考えのようだ。
完全に育児放棄を決め込んだわけではない。
水の事を見ても判るとおり、4匹の仔には知能がある分、固定概念が強くて生ゴミを食べ物とは思わない節がある。
そこにミーが気が付いていたようである。

しかし、強情と言うか、4匹の仔は飼われているときのまま生ごみには興味も示さない。
それは、本来、ミーには喜ばしい事であるだろうが、餌が無い状況では生き残る為の妥協が必要でもある。


珍しく雨は長く続いた。

その間も、仔達はひたすら水だけで空腹に耐えている。

真っ先に陥落したのは、やはり、キーである。
夜にガサゴソと生ゴミをあさりだした。
食には貪欲なキーも、固定概念が強いためか、美味しいと思いながらも「グゲェェェ…クサイテチィ」と文句を呟く。
続いて、メーが耐え切れずにキーに分けてもらう。
キーも、先入観からか、あまり美味しくは無いものとの感覚を捨てきれないので独り占めするほどではない。
あんな事がありながらも、結局、家族の絆があるために、なんだかんだで2匹は仲が良い。
おそらく、格下のメーが従っている間は…であろうが。

そうして、雨の4日目、ミーは生ゴミを食べられるようになったキーとメーを囲んで食事にした。
だが、4日たっても、ピーとポーは、何も手を付けようとはしなかった。

これまで、長女がキーと言う事で陰に隠れていたが、この2匹は、飼い実装としては非常に優秀な能力を持っていた。
飼われているときも今も、何事もキーが優先的に教えられる。
キーは、結局、最初に生まれ、唯一ミーの手元に残った仔である。
一人っ子特有の愛情に恵まれているからこそ、特にミーに目を掛けてもらえていたのであるが、
2匹は、同じ時期に生まれた仔で、ずっと2匹で育てられた双子に近い存在である。
何事も2匹で協力すると言う、特に強い絆が存在し、その協力関係によりキーにはない知能の育成が自然と行われてきた。
それは、野良実装の世界ではほとんど存在しない道徳世界を育成する。
そのため、ミーは気が付いていないが、知能などは、この2匹が若干優れている。
この4日の様子でもそうだが、飼われると言う事に対しての忠誠心や道徳心は、仔実装にしてミー並みに備えている。

しかし、まだ、教育課程の仔実装だけに、ミーの様に知識を応用するとか柔軟な考えは持っていない。
むしろ、屋外で生きるには、道徳心がベースの知能は、その柔軟性を奪ってしまう。
まだ、飼われている頃の教育…教えられたことが絶対なのである。
今の状況であっても、ゴミを食べる事は飢えても許されないことと決め付けているのだ。

ミーは、キーやメーに、味の強いものがどんなに危険かを言い聞かせながらも、
今の状況では飢えたときには仕方の無いことだと説明しながら食べさせる。
それは、拒み続けるピー、ポーへの説得でもあったが。
結局、彼女達は拒み続けた。


騒動から5日目…ようやく薄曇ながら晴れ間が見えた。
ミーは、飢えるピー、ポーを引きつれ、後をキーに託して家を出る。
まともな食事とか取れない2匹に根負けし、2匹に餌取りを教えることにしたのだ。
ミーの生ゴミのストックもなくなっているし、協調性を欠くキーが餌取りにはまったく不向きであると思ったからだ。

そのミーの判断は正しかった。
2匹は、ミーの言う事をしっかり守って、貢物を貰う方法を聞くだけで身に着けたのだ。
5日間何も食べていないと言うのに、ちゃんと口に含んでも飲み込まずに溜め、
ミーの出す袋に「これはキーお姉ちゃんの分テチィ」「これはメーちゃんが喜ぶテッチィ♪」と、
顔を腫らしながらも喜んで入れていく。

ミーは今更ながらに、この2匹の知能や協調性の高さに気がつき、
なぜ、最初からこの仔達に知識を優先して伝えなかったのだろうと後悔した。
でも、そこがミーの頭の弱い面でもあった。

キーの協調性の無さは、ミーが育てたものなのだ。
ピー、ポーの知能も、2匹が同じ生まれで常に協力するという関係で偶然育ったものなのだ。
それに、飼われている不自由の無い生活では、4匹の性格や知能の差などあってない様な物だったのである。


続いて、難関と思われた”生ゴミ”集め…だが、自分達は食べる事を拒否するが、
2匹は、ミーや姉・妹の為ならと喜んでその重労働に協力した。

野良の世界的には、2匹は生後7週目なら、既に十分な労働力として認められる大きさだけに、
ミーの収穫は2倍近くに跳ね上がった。

だが、それでも4匹の仔を抱え、2匹は新鮮で調理されたものしか食べ物とは思わない。
その状況では、ニンゲンに媚びて貰える餌では到底足りなかった。
2匹はニンゲンの供物を必要とするのに、残り2匹もニンゲンの食べ物があれば4等分しなければならないからだ。
事実、家に戻れば、肥えたキーと育ち盛りのメーは当然の様に、
真っ先に金平糖やパン屑を配分しろと言ってくる。
2匹も、飢えているのに、誇らしげに「イッパイ取れたテッチュー♪」と収穫を話してしまう。
これでは、せっかく生活の頼りになる2匹が、栄養不足で弱ってしまう。

翌日、夕方の家への帰り道…ミーは、他の家の裏手に2匹を誘導する。
そして、ポーチから供物用の袋を出して、中身を半分取り出し、その半分を2等分して2匹に手渡す。
「これはオマエ達のおこずかいデス…」
「テェェェ!でも、これはみんなのお食事テチィ!」
「そうテチィ!お姉ちゃんやメーちゃんの分が減ってしまうテチュ!」

「食べるデス!ママはコレを食べなくてもゴミを食べるデス!
 お前達が頑張るおかげで、ゴミのゴハンも沢山取れるデス…キーもメーもゴミのゴハンを多めに食べればいいだけデス!
 でも、お前達はニンゲンさん味しか食べられないデス…それなのに分けていたらお前達が弱って死んでしまうデス!」

ミーは、野良化をギリギリのラインで防ぐ為に、食事を種類で3種類に分けて認識させる事にしていた。
まず、実装フードを普通のゴハン、金平糖や加工食品をニンゲンさん味、
最後に腐って捨てられたものをゴミのゴハンとして。
人間にとって見れば、なんでもないただの言葉遊びに過ぎないだろうが、
それは、人間が無意識でそれを区分けできる知能を持っているからであり、
実装石…それもミーの様なある程度の知能と常識感覚を持ち合わせた者には、区分け・格付けと言うのが理解力を高める。
この区分けのお陰で、4匹はステータスとしての食事のランクを保ち、生ゴミの味に傾倒するのを防いでいる。
勿論、そのための弊害も多々ある。
只でさえ飼い常識に縛られる2匹は、より、生ゴミ餌に手を付けにくくなっていた。
元の知能基準が低い為に、簡単に感化される仔実装では、知能が高いほどその影響で先入観が強くなる。
2匹は、生ゴミを食べようと努力しても先入観と臭いに吐いてしまうだけである。

「でも…ニンゲンさん味は貴重テチ…みんなで分けるテチィ…」
「分けたら、お前達がとてももたないデス…お前達は頑張ってくれたデス
 その気持ちだけでママはお前達を誇りに思うデス…でも、みんなで生きてご主人様のお迎えを待つお約束デス。
 その為には、お前達も元気になれるように食べるデス…。
 お前達が元気に育てば、きっと、沢山ニンゲンさん味も手に入るデス!そしたら、皆で仲良く分け合えるデス。
 いいデス!この報酬の事はママとお前達だけのナイショデス」

「わかったテチィ!ワタシ、頑張ってイッパイ貰える様になる為に、早く大きくなるテチィ♪ングング…」
「早く大きくなってタクサンゴハンを貰って幸せになるテッチュー♪ングング…」

どうやら、ミーは、何とか解決策を見つけたようだが、
その為に、本来の目的を妥協しなければならないことには、微妙に気が付いていない。
外で暮らすことと、飼われている頃のままで居る事、
外で暮らすことと、全員が無事で居る事…。
もともと、最初の目的は、相反する行動を要求されているのだから無理も無いことではある。
ただ、それを肝心のミーは、その場その場で悩みこそすれ、明確な戦略と戦術を持つ事をしなかった。
何を残し、何は妥協でき、何は切り捨てるべきなのか?
その一貫性が無いのである。

それでも、ミーは、2ヶ月目に入っても生きている。
そして、コレだけの縛りやハンデがありながら、少なくとも生き残るだけならば、
安定に生活する術を確保するところまで組みあがっている。
それでいて、ミーだけなら野良と飼いの両方の戒律を使い分け出切るところまで”進化”している。
それは、ミーに飼い主を待つという戦略目標があるからであるが、仔に対する戦略目標が何も決まっていない。
今まで無事に生きてこれたのは、ある種の幸運に支えられているに過ぎないものだった。
それは、もう1匹のミーが5ヶ月間生き残れたのとまったく変わりが無いのだった。



6月…晴れた日は暑く、それでいて天候は不順…雨も多くなってきていた。

ミー達は日々、安定した生活を続けていた。

キーは既に40cmの大きさになり、相変わらず食欲旺盛で、知能は停滞し、日に日に性格の低脳化も進んでいるが、
こと家族への愛情だけは失っていない。
今は、ミー達が居ない間、メーを連れて散歩することもできるようになった。
実装フォンを見せびらかす事が楽しみで、ボロボロだが良い素材の服も相変わらず手放す気が無い。
そして、いざ、低層野良達が襲ってきても、成体2・3匹程度なら威嚇して追い払えるほどの勇猛さでメーを守っていた。
そう、性格が歪んだ事で、本能から消されていた威嚇を戦闘行動の1つとして学んだのである。

ピーとポーは、既に中実装の域に達し、飼いの頃とは逆に、今はミーの付きっきり教育を受け、
日々、ミーと共に餌を運んでいる。
ミーの教えることを立派に吸収して効率を学んではいるが、相変わらずゴミは食べられない。
そして、服が流石に合わないのか、ミーが取っておいた実装服を身に着けるが、
それでも、すっかり小さくなった前掛けやリボン、ポーチや水筒は捨てていない。

メーも、立派に成長していた。
だが、知能の程度は、やはりミーと行動する時間が短いため、ここに来たときのまま停滞している。
身体こそ大きいが、程度は生後2週間の仔実装と何の大差も無く、
ピーやポーと違う意味で、飼い実装の頃の基準で野良化している。
共に居るのがキーという事もあるのだろう。
飼い実装の精神や生活のまま、基準と性格が野良化しているのである。

ミーも、ピーポーの助けもあり、負荷が減った為か、すっかり元の肉体に戻っていた。


気になることがあるとすれば、キーとメーの凸凹コンビが、やたらと体臭を気にする事だ。
もはやシャンプーはおろか、石鹸すら尽きたと言うのに、毎日、小川に体を洗いに行く。
ミーのルールでは、危険な外で、体を洗いに行くのは2日から3日に一度の隔日である。
シャンプーがなくなった今は、わざわざ危険を冒さなくても、
毎日、濡らしたタオルで身体を拭くだけでも十分清潔さを保てるというのがミーの考えであり、
毎日、タオルで体を洗っても、川に行って水浴びをするのはむしろ4日に1度に減っていた。
それも、細かく、時間は日が暮れてから、雨の前後には行かない、荷物は最小に、浮き輪も持っていくのは晴れの日のみ、
ミーが川の様子を見て、ダメな日には入らない…という事が徹底されていた。

だが、キー達は、皆が出払う事をいいことに、さらに、散歩馴れしたことに気を良くして、
毎日、昼間に川まで散歩をして体を洗いに行くのだ。
気分は飼いの基準なのに、ゴミ食で体臭が増している。
それが2人には耐えられない。
なにより、新しい玩具も遊びも、娯楽が殆ど無い生活の中で、水浴びだけが、飼いの頃とは大差の無い娯楽に思えるのだ。
その時だけ、明確に、あの最後の日の風呂での楽しい時期が思い起こされるのだ。


今までは何事も無かった。


危険なことも気配も何も無い。
何故なら、昼間のこの川辺は、公園から柵を越え、少し斜面を降りれば、誰(実装石)でもたどり着ける。
だから、この川辺には同じように沢山の実装石が水浴びに来るのだ。
水浴びだけではない。川の石にこびりつく藻を集めたり食べたりしているものたちも大勢居る。
その数は夜の比ではない…とにかく、騒がしいほどの数が毎日楽しそうに集まるのだ。
キー達はそれを見るたびに、ワザワザ寒くて寂しい時間を選ぶ母親を馬鹿にしていた。

キー達は、川辺で手際よくきつくなった服を脱ぐと、水に浸してガシャガシャと洗う。
脱ぐ度にほつれていく。
それだけではなく、服も下着も着ているだけで繊維の構成は広がり、スケスケで元に戻らない状態であるが、
当人達は、シースルー服のつもりなのだろう…もし、誰かがそう質問したら、きっとそう答えるに違いない。

「暖かくて、お洗濯が進むテッスゥ〜」
「本当テッチ!キレイキレイにするテッチュー♪」

「本当にママはアホテッス…あんなのはクサクサのビカビカのボロ野良になってしまえばいいテス
 本当の美しさは、毎日のお手入れが大切テッスゥー♪
 こうして、毎日、服も髪も体もお手入れしていれば、ご主人様もワタシを可愛がるテスン。
 あんなボロクズのママ達はきっと捨てられるテスゥ…テププププ
 お前も恵まれているテッス!ワタシの様な賢い者に従っていれば、無事にお迎えが来るテッス!
 いや、もっと良いニンゲンがワタシを見初めて、毎日、ニンゲンさん味も夢ではないテッスゥ♪」

「わかったテッチュー♪メーはキーお姉ちゃんに従うテチュ♪クサクサはイヤテッチュ〜」

洗濯が終わると、服を拡げて乾かし、石を置いて飛ばないようにすると、
自分達は裸のまま水に入り身体や髪を洗い出す。
臭いには敏感ではあるが、様々な事象で敏感なのは精神的なものが強いのが実装石。
身体から染み出る臭いは水で肌を擦ったところで取れるはずも無いのだが、
肌を擦っている感覚で満足してきれいになったと錯覚するのだ。
元々、器官としても鼻は良い方だが、結局は自分の体臭なので精神的なものが無ければ自分の臭いには馴れてしまう。
ただ、今日は入っていないと言うのが許せないのだ。

ただ、キー達は自分の目が節穴と言う事を知らない。

確かにキーたちの様に裸の実装石もいるが、大半は服を身に着けたまま水浴びをしている。
そして、楽しそうなだけが実装石の世界ではない。

少し注意深く見れば、低層野良達も多く徘徊しているし、少し離れた場所では、
服を脱いで楽しむ様な馬鹿で無防備な輩の残した服を、自分のボロと入れ替えて身に着けている低層野良達も居るし、
まともな身なりのものも、盛んにそうした服を探している。

彼らは、そうして脱ぎ置かれたり隠してある服を見つけては、
楽しそうに遊ぶやつに見せびらかし、目の前で破いたり糞を落としてやるのだ。

そうしていたぶる方も、日が変われば平気で裸になって水浴びしていたりするのだが、
少しでも弱みを見せれば、徹底的にいたぶらなければ気に済まない実装石世界らしい弱肉強食ぶりである。


そして、ソレは当然の様に均等の確率で襲い掛かってくる。
今まで無事だったのは、ここに居る全体の数が多い為に確率が低かったと言うだけで、ゼロではなかったのだ。
そう、不幸の確率とは大きい小さいではなく、当たるか外れるかである。

そして、今日は当たりの日となった…それだけの事である。


2匹は体を洗い、浅瀬で水を掛け合って遊んだり、石を拾い上げて薄く貼り付いた藻を舐め取ったりしていた。
生ゴミの味になれた2匹には、味的に物足りないが立派なおやつである。

それに夢中で岸での様子に気が付くのが遅れた。
既に3匹の仔実装が服を手にとって居るところである。
まぁ、キー達の警戒心では注意していても、気が付いたときには彼らのほうが服に手を伸ばすのが早かっただろう。

「テッス!オマエ達!何をしているテスゥ!」

「テピャピャピャピャ♪ハズカシイ格好で醜いブタが何か言っているテチュ♪」
確かに、全裸で肥えた実装石が半分自ら身体を出して喚いても迫力の欠片も無い。

「この汚いのオマエの何テチュ?ワタシ達はてっきりゴミと思ってお行儀良く拾って捨てに行くところだったテチュー♪」
「デププププ…あらあら、どうやら服だったみたいテチュン…お姉ちゃん、あのブタに失礼テチ」

「許せないテチィ!大切なご主人様からの服を取り返すテチィ!!」
「オマエタチ、クズが逆立ちしても貰えない高級品テスゥ!何かしたら只では済まさないテッスー!」

ザバザバ…
凄んで駆け出しても、実装石の体格で足が水中と言う事は必死の表情に反比例して非常に遅い。
さらに、水の抵抗とデコボコの足場に何度もバランスを崩しかける。

3匹の仔は腹を抱えてその様子を眺める。
そして、笑いながら服を掲げて煽って見せる。
「何テチィ!コレ!ボロボロのビリビリテチュン!」
「スケスケのダボタボテチィ!なんてみすぼらしいモノテチィ!?」
「テチャチャチャチャ!ニンゲンに貰ったなんてウソッパチテチュー!
 このおパンツなんか、黄色や緑を通り越してまっ茶っ茶テッチュ♪そこら辺の枯れ葉と見間違ったテチュー♪」

「ムッキィィィィィィ!!デシャァァァァァァ!!それは最新モードテスゥ!
 オマエタチの様なカス共には到底理解できない芸術テスゥゥゥゥ!」
「キーお姉ちゃん!あいつ、ワタシのシルクパンツをバカにしたテチィィィィ!!」

しかし、無様な姿では反論すればするほど、彼らを調子付かせる事になる。

すぐに3匹はそれぞれ、2匹がキーの服の両端を引っ張り合いをし、
1匹がメーの服をグシャグシャにまとめて、その上に糞を垂らしだす。

その様子に焦ったキーが何度か転倒する。
その間に小さくて遅れていたメーが先に岸にたどり着き、3匹に服を返せと立ち向かっていく。
だが、所詮は仔実装1匹…それも自分より大きいもの相手である。
立ち向かったは良いが、3匹の目の前であえなく失速し、
口をパクパクしながらも一言も発する事無くプリプリと軟便を垂らした。

そして、為す術なく前髪を捕まえられると、メーは流石に両手でその手を叩き抵抗した。
しかし、相手は団地野良で、その行動を見て判るとおり弱者イジメが娯楽の連中である。
一応、体格的格下のものからなら殴られなれている。

ブチブチィ!

メーの前髪が千切れる音がして、相手が離れる。
メーの目に、相手の手から自分の前髪が風に舞い飛んでいるのが見える。

「テチァァァァァァァァァァァァ!!」
ブバァ!と垂らしていた軟便が、悲鳴とともに炸裂するように放出される。
同時に涙がブワッと噴出す。
必死に、両手で前髪を探る…髪はある…だが、ザラザラやグジュグジュして触ると痛いところもある。
毛根から抜けたり、皮ごと引き抜かれたのだ。
その様子でさらに3匹が歪な笑みを浮かべる。

バチィ!
1匹が頬を張り、手を払いのけ、再び前髪を掴むと、引き抜かない程度に引っ張る。
引っ張って小さな輪を描くように走らせる。
メーは泣き叫び、体格の違う相手に合わせて走り続けなければならなくなる。

そして、1匹はキーの服を破り続け、1匹はメーが前を通過する度に、
「汚い服をワタシ達のおウンチで清めてやるテチュ♪」
「喜ぶテチュ、ワザワザこの汚いゴミをワタシが洗ってやるテチ…あっ、手が滑ったテッチュ〜♪」
などと言い、糞を垂らしたり、川に流しだした。

「テピリャァァァァ!!髪イタイ!ワタシ!ワタシのシルクパンツ!」

「テェェェェッチャチャチャチャチャ…あんな深いところに流れたテチィ!」

「前掛けも沈んだテチィ!もう取りにいけないテチィィィィィ!ヒドイテチィィィ!テアッ!」
ブチッ!
服に気を取られた瞬間、足がもつれて転倒する。
その弾みで前髪が引き抜かれる。

「リピィィィィィ!髪髪髪髪…ワタシの髪ィィィィィ」全身汗だらけの身体に、ソレとは違うネットリした汗が浮かんでくる。
顔は蒼白となり、目からは内部の擬似血管が切れたのか血涙が涙とともに溢れ落ちている。
普通の実装石にとっても髪は命に準じるものとして大切だというのに、メーは飼い実装の気分を残している。
美的感覚を優先する飼い実装にとっては、髪と服は、まさに命に限りなく等しいものである。

「髪…髪…か…グベェェェェェェ」
涙、鼻水、油汗、糞では飽き足らず、遂には口から嘔吐までし始める。

ソレを見て3匹は最高潮に達する。

「テァリャリャリャリャ!!面白いテチュー、コイツ、ウンチマシーンテチュー♪」
「面白いテチュー!コイツ奴隷にしてやるテチィン♪」
「後ろ髪も抜いてやるテッチュー」

「オマエラ…いい加減にするテス…」
その3匹の後ろを取ったのは、転んで遅れたキーだった。
転んで水を飲んだのを溺れたと勘違いして、股下までしかない浅瀬でもがいて遅れたのだ。
石の浅瀬でもがいたため、全身生傷だらけではあるが、怒りの両目が3匹を見下ろす。

キーにとって、メーは、今や家族であると同時に”自分”の小間使いである。
キーが元々もっていたミーから受け継いで育まれた愛情が、性格の劣化とともに歪んで現れていた。
自分の家族と奴隷の2つの地位を持つメーを迫害するものは、キーには絶対に許すことができない存在だ。
その生殺与奪の権利は、この世で最も優れた自分にしか与えられない特権。
だからこそ、つまみ食いを見られたときには平気で半殺しにしたり脅したが、それ以外はどの妹よりも溺愛しているのだ。
少なくとも、この見知らぬ3匹よりメーの地位的価値は上だという考え方である。

3匹は、先程のメーの醜態を自分達が晒す事となった。

キーは、あと僅かで完全に声変わりして成体になれる実装齢…
3匹より身長が高い上に、その横幅も豊かである。
数の理論を優先する彼らでも、熟慮をしない仔実装の彼らでも、
3匹程度の徒党では、圧倒的体格差を覆すことは出来ない。
只の体格差だけなら、そうでもなかっただろうが、キーの怒りに打ち震える姿と気迫は、
戦闘力はどうか知らないが、威嚇の音量で成体ですら怯むほどである。
脂肪で肥えている分、威嚇で顔を歪めると、成体実装ですら攻撃意欲を失うほど怖く醜い顔になるというのもある。
とても、川の中で醜態を晒していたモノとは別実装である。
あの時は、バカな3匹の仔実装には、大きさの比較で、これほど大きいとは考えていなかったのである。

1匹が隣のものをキーの方向に突き出して逃走し、1匹は腰を抜かして這って逃げようとする。
差し出された1匹は、ヘナヘナと腰を落としてパンツを膨らませると、
涙目で震えながら片手を口元にやってカクンとぎこちなく首を傾げて媚を売り出す。

「ワタチはアナタのイモウトチャンテ・テッチュ♪カワイがってほし…(グジュ)ビベェェェァ!!」

キーはソイツの頭を両手で押さえると躊躇なくかじりついた。
哀れな媚仔実装は、頭部から目にいたる左部分を1口で齧りとられた。

「ギベァァァァァ!デヂャァァァァァ!!」

痛みにのたうつ仔を放置して、這って逃げる仔の背後に立つと、
川原の石を手にとって頭の高さ(手の長さから目の上辺りまで)に上げると、
何の躊躇も無く、その高さから石を投げ捨てた。
「(グシャ!)テチァ!足足!足がつぶれたテッチ…(グシャ!)リピィィィィ!腕腕!
 (グシャ!)カハァ!オ・・・おも…息が…出来ない…ゆる…て…テッ…チュ」
容赦なく石を投げつける。
そいつが動かなくなるまでに7つの石を落とし続けた。

そして、キーは、頭を齧って転がる仔実装の元に戻り、その胸倉を掴むと、
「よくもワタシのカワイイ、メーを苦しめたテスゥ!メーちゃんの服を今すぐ拾ってきやがれテス!」
と、川に向かって突き飛ばす。
「テエッ!テエッ!」と仔実装は痛みも忘れて、バタバタともがくように深みに向かって這い出す。
もはや、恐怖心で体が反応しているようなものである。

あわれ、仔実装は深みまで這っていき、溺れても這うことを止められず流れに飲まれていった…。


後に残ったキーは、メーの元に行って、メーを抱きしめる。
本当に、キーの感情は真摯な愛情と欲望の愛情が歪んで入り混じっていた。
「メーちゃん…お家に帰るテスゥ…気を落とさないテスゥ…お姉ちゃんが付いているテスゥ」

そうして、裸の姿のまま家に戻るキーとメー…
戻りは他者の嘲笑の的となったが、凄みのあるキーの気迫に手を出される事はなかった。
それでも、人間どころか、同族に笑われるのは耐え難い屈辱ではある。

夕方、ミーが戻ると、裸のままタオルに包まっている2匹の傷だらけ(治りかけ)の姿に驚愕した。
2匹とも、キーの武勇伝の方を誇らしげに話すが、事情がわかってミーは激怒した。
激怒とはいえ、ミーにできるのは激しくののしることしか出来ない。
そして、しっかりと保管されていた実装服を渡す。
最初は着れるのかと言うほど小さい服だったが、無理やり袖を通す間にジワジワと大きくなって袖が通り、
身体を通り、スカートの長さも適正になる。頭巾も靴もサイズが合うようになる。
自分の持ち服ならではのデタ…いや、魔法のような効果である。
嫌ってはいても、裸よりは数段もマシである。

その日、キー達は大人しかった。
痛い目に遭った屈辱は、他者に戦果を誇示して一時的に拭えても、当人には堪えている。
ただ、その事自体を十分に記憶できれば、この後の悲劇は起きなかったのかもしれない…

なぜ、危険だから川に行くのは、家族全員で、そして、ミーが慎重に警戒して良いと判断したときだけなのか…
その意味を”体験した事によって”考察できる事が出来ていれば…

6月…それは長い梅雨の季節…
”雨の日は良くないことが起きる日”
その雨が何日も続く、人間でも陰鬱になる季節の足音が響いてきていた。

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長い雨… つづく

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