二度目の駆除戦の翌朝。 ホウは頭の怪我がある程度回復すると、寝床から外に出て村を回った。 山頂の村では、未だに負傷した獣装石達の悲痛な呻き声が満ちていた。 辛うじて人間を撃退したものの、能天気に喜ぶ者は居ない。 今更であるが、自分達がどれだけ強大な敵と戦っているのか理解できていた。 「 皆の具合はどうデス? 」 「 怪我なんかは時間さえ有れば……食べ物さえ十分なら治るデスが… 」 ホウの問いかけに看護をしていた実装石の一匹が途中で口を閉ざした。 現在の村の食糧事情は厳しい。 冬に備えての備蓄は有ったものの、この二度の駆除戦のために多くの食料を消費してしまった。 幾ら再生能力の高い獣装石といえど、それは十分な栄養の摂取が第一条件。 身体再生のためには普段よりも多くの食料が必要である。 「 ホウ、例の偵察が戻ってきたデス 」 移住先を探索していたテンの部下の獣装石達が戻ってきた。 セキ、チィ、テン達を集めると、その居並んだ場所で偵察獣装が報告を始めた。 「 ここから北東へ二つ山を越えて、住みやすそうな場所を発見したデス 」 「 み、見つけたデスか!? 」 「 デスが… 」 「 どうしたデス? 」 そこは見晴らしも良く、今のこの場所以上に大きく開けた場所と言った。 水場も近くに存在し、更に見て回ると付近には山菜が豊富だという。 その土地なら今の村の者が住むには十分である。 だが、その場所へ行くには、幾つも谷や川を越えないといけない。 自分達獣装石が全速力で走っても数時間はかかる距離。 多分、ここにいる実装石達が辿り着くのは最低でも2日はかかるだろう。 「 …それにニンゲン達が見逃してくれるとは思えないデス 」 今、この山に人間達の注意が集まっているのは知っていた。 そしてそのような状況で200に近い個体の隠密の移住が如何に困難であるか。 足の遅い実装石や仔実装、そして負傷した獣装石。 特に重傷の獣装石達にいたっては普通の歩行さえ難しい者もいる。 人間達の追撃を受けずに移住するのは不可能と思えた。 そして三度目の人間の駆除は、ほぼ確実におこなわれるであろう。 それも間も無く。 もう、考える時間も残されていなかった。 「 ……ワタシ達の話を聞いてくれるデスか? 」 結論を下せないホウ達に、この村の実装石達が加わってきた。 「 なんデス? 」 「 ホウ、アナタには感謝してるデス… 」 実装石達は傍らに、自分達の仔を連れていた。 「 ワタシ達、実装石がここでニンゲンを食い止めて時間を稼ぐデス その間に獣装石達は、この仔達を連れて新しい山に向かって欲しいデスよ… 」 鈍足な実装石は足手まといにしかならない。 だが、獣装石だけなら逃げ延びる可能性は高いであろう。 しかも体力的に勝る獣装石ならば、仔実装や仔獣装程度を背負っての長時間移動も可能である。 「 獣装石の皆は、今までこの村を守るために戦ってきたデス 今度は、ワタシ達が戦う番デスよ 」 「 馬鹿言うなデスッッ!! 」 チィが、あらん限りの声で実装石達に怒鳴りつけた。 「 お前達も、この村もオレが守るデスッ! 親が死んで、仔供達が悲しまないと思ってるデスか!? 」 巨大獣装石が吼えた。 「 ニンゲンなんて、オレだけで全部倒してやるデス!! オレだけで…! オレだけで……!! 」 巨大獣装石が泣きながら吼えた。 獣装石として並外れた体格を有するチィ。 そのチィさえ、押し寄せる人間の波には敵わないと自覚していた。 桁違いに強いと思っていた自分の、無力を痛感していた。 仔供たちを悲しませるのが、親実装達を死なせるのが、仲間の獣装石達が倒れていくのが悔しかった。 準備が完了し、直ぐにでも出発すべきであったかもしれない。 だが、時間を稼ぐために戦った獣装石達の状態が皮肉にもそれを許さなかった。 やはり重傷である獣装石達に今の移住は困難であるから。 そこでホウは重傷の者へ優先して食料を回すように指示した。 走れる状態までとは言わない。 せめて他の者達から力を借りず、自力で歩行が可能ならばそれで良い。 移住開始は明日に決定した。 それまで重傷の者達は出来うる限り身体を休め、体力を回復するよう通達された。 「 …では作戦を説明するデス 」 ホウの声の下、更に獣装石21匹が集められた。 他の獣装石達は全て行動不能。 昨日の戦いによって獣装石の戦力は最大時の4割以下である。 まだ現時点で人間達の駆除の気配は無い。 だが駆除が始まった場合の迎撃方針だけは決めておかねばならない。 「 これを見るデス 」 ホウは近くにあった木に地図をかけて皆に見せた。 「 ここがワシ達の山で……ここが偵察で見つけた山デス 」 ホウは今の自分達の所在地を示し、更に移動してもう一つの山を指差した。 地図上にして僅か30㎝足らずの距離。 「 この地図を見れば分かるデスが、報告通り、幾つか河と谷を越える必要があるデス 」 二つの地点を結んだ線が、幾つかの河や谷、そして人間達の道路によって分断されるのを示した。 「 ワシ達、健康な獣装石でも走って半日はかかる距離デス しかし実装石や、怪我の治ってない獣装石では……2日、もしくは3日かかるかもしれないデス 」 ホウが言わんとしているのは人間の追撃を如何にして振り切るか。 大勢の足の遅い者達が、新しい土地に辿り着くまで人間に見つからずに済むかどうかである。 十中八九、間違いなく人間達に補足されるであろう。 そして実装石や負傷した獣装石の足では逃げ切ることはできない。 「 …そこで考えたデス 」 するとホウは、山とは反対方向を示した。 そこは山の麓。 即ち、駆除の人間達が毎回集合地点としている場所である。 「 ここへ突撃をかけるデス 」 「 デ…! 」 指揮獣装達も他の獣装石達も、ホウの意図が読めず、驚きの声を上げた。 それは人間に対し、少数で特攻することを意味していた。 「 ホウ、それはどういうことデス!? 」 「 最後まで聞くデス 」 ホウは更に地図上の位置を差しながら移動した。 駆除員達の集合場所から更に山から遠ざかり……それは人間達の居住区にまで伸びていく。 「 今回はニンゲン達の間を中央突破するデス 」 ホウは木にかけられた地図を叩いた。 「 なぜ、そんなことをするデス? 」 「 …囮デス 」 「 囮? 」 ホウは、その場に居た全員に説明を始めた。 行動可能な獣装石の群れで、集合した人間の駆除員達の中を駆け抜けて突破。 そのまま人間の居住区まで走り抜けると。 その間、実装石及び負傷した獣装石は出来うる限り早く移動する。 つまり中央突破を試みる獣装石達は囮である。 移住する者達が安全な場所に到達するまで、人間達の目を反対方向に惹きつけるのが目的である。 「 獣装石達がニンゲンの住処にまで入り込めば、山狩りどころで無くなるデス 必ず、ニンゲン達は追ってくるに違い無いデス 」 人間が自分達の居住区の安全を無視してまで山狩りをおこなうとは思えない。 そこに居た者達はホウの作戦を理解した。 だが同時に、一つの点に気付いてテンが意見する。 「 その作戦……中央突破する獣装石はかなり危険でないデスか? 」 そこにいる獣装石全ても同じことを考えていた。 これまで二度の戦いで人間の強さはよく分かった。 その人間の中へ、僅かな獣装石での中央突破。 果たして何匹が生き残れるというのであろう。 「 …危険デス だから足の速い者を集めて……テン、お前が指揮を執るデス 」 「 ワ、ワタシがデスか…? 」 「 戦うのが目的では無いデス できるだけ人間達の目を惹きつけ、素早く逃げ回るのが目的デス そしてチィ、お前はワシと一緒に移住する者達の最後尾デス 」 「 なぜ、オレもテン達に参加できないデス? 」 「 お前達は足が遅いデス……テンの足手まといになるだけデス それより人間が追いかけてきたら食い止めるデスよ 」 そこで最後の指揮獣装、セキが声を上げた。 「 ワタシはどうなるデス? 」 「 セキは、ここに留まるデス 」 「 ここデス…? 」 つまりそれは今の村の居住区であるこの山頂。 「 そうデス……何をするかは後で教えるデスよ 」 3匹の指揮獣装各々に任務が与えられた。 テン 16匹の獣装石を引き連れた囮 チィ 3匹の獣装石と共に移動中の者達の最後尾守備 セキ 2匹の獣装石と共に山頂にて待機 だが、やはりセキだけは自分の役割の意味が想像つかなかった。 「 セキ、部下の2匹を連れてこっちへ来るデス 」 会合が終わると、ホウはセキ達3匹を自分の住処へ集めた。 「 …3匹でこれを持って行くデス 」 それは今までホウが書き溜めた書類、書籍であった。 既にそれらは纏められ、3つに分けられている。 「 ホウ、これは…? 」 「 …今までのワシの経験や獣装石達の訓練に関することを書いた物デス セキは文字が読めるデスし、役に立つと思うデス 」 村の長、ホウが数年間書き溜めた今までの知識。 いわばそれはホウにとって最も重要な財産であろう。 「 …なぜ、これをワタシに渡すデス? 」 「 それも明日の出発の時に教えるデスよ… 」 それだけ言うと、ホウは他の実装石達の指示に向かった。 残されたホウの知的財産。 セキはそれらを手に取りながら、やはり自分に与えられた仕事の意味が分からないでいた。 そして夕刻。 山の麓の様子を見に行かせた見張り獣装が山頂へ駆け込んできた。 「 ホウ、ニンゲンが来たデス 」 「 ェ…!? 」 その場に居た者達に戦慄が走る。 まだ昨日駆除が行われたばかりなのに、早くも三回目が始まったのかと。 直ぐさまホウは、獣装石達に集合をかけようとするが、見張りがそれを制した。 「 …それが違うデス。ニンゲンの子供が山に入ってきたデスよ 」 「 子供が…デス? 」 「 しかもセキの名前を呼んでるデス… 」 皆はセキの方を向いた。 「 ワタシ……デス? 」 セキ自身、見張りの報告が理解できずに首をかしげる。 なぜ人間が自分の名前を知っているのであろうか。 「 その子供は女の子だったデスよ… 」 「 ……ッ! 」 付け加えられた見張りの言葉に、セキに一つの予感が走る。 自分の名前を呼ぶ人間の女の子に、たった一人だけ心当たりが有ったのだから。 『 セキ〜!セキ〜!どこにいるの〜!? 』 陽は傾き、只でさえ薄暗い山の中は、一層暗くなってきた。 その中を、大した装備も着けずに登っていく女の子が一人。 昨日のニュース放送を見た冬香は、駆除の実施された山に来ていた。 この山の回りは大きく立ち入り禁止のロープが張られてあったものの、人目を盗んで中に入り込んだ。 あのニュース番組で報じられた巨大な片目の獣装石。 姿こそ写されてはいなかったものの、あれがセキであると冬香は直感で分かった。 もうセキのことは忘れていた筈なのに、この山に住んでいると分かると居ても経っても居られなかった。 冬香は朝からこの山へ向かい、到着した頃には薄暗くなっていた。 ガサッ 『 キャッ…! 』 不意に冬香の前へ、茂みの中から一匹の獣装石が姿を現した。 「 ふ、冬香お姉チャン…? 」 『 あ………セキ…セキだ……!! 』 前に比べて背が伸びた冬香が、セキに抱きついた。 『 良かった、会えて……心配したよ、セキ… 』 冬香の下を飛び出して1年。 セキも背が伸びていたが、冬香も同じく背が伸びていた。 「 冬香お姉チャン… 」 『 セキ…こんなに大きかったんだね… 』 1年ぶりに出会った弟のような獣装石。 冬香は暫くの間、セキに抱きついて離れようとしなかった。 『 さぁ、セキ……帰ろう?お母さんもセキを待ってるよ。 』 抱擁の後、冬香はセキを連れて山を降りようと、その手を引っ張る。 だがセキは、そこから動こうとはしない。 『 …セキ? 』 「 …… 」 セキは俯いたまま、無言で自分を連れていこうとする冬香の手を見ていた。 「 …ゴメンなさい、冬香お姉チャン……ワタシは行けないデスよ 」 『 え… 』 「 …ワタシはここに残るデス 」 『 そ、そんな……ダメだよ、セキ! 』 冬香はセキの両肩に手を置き、その顔を見つめた。 『 私ね、ここに来る前に聞いたの。 明日、たくさんの人が実装石狩りをするためにやってくるって。 』 「 … 」 『 詳しくは知らないけど、100人以上が集まるって……そう聞いたの。 』 セキの両肩に置かれた手が震えていた。 小刻みに震えて、セキの身体を揺すっていた。 『 だから私と一緒に帰ろう? ここに残ったら、絶対に殺されちゃうよ…… 』 「 お姉チャン…… 」 『 今なら、まだ間に合うから……私がセキを守るから…! 』 「 …… 」 『 セキ、お願い……私と……私と一緒に帰ろう……? 』 あの日と同じだった。 冬香は身を挺して自分を庇い、涙を流してくれる。 セキが獣装石と覚醒し、家に居られなくなった時も守ってくれた。 そしてセキ自身は、そんな自分が、この世で一番幸せな獣装石だと思う。 冬香は自分を連れ戻すため、こんな遠くの山にまで来てくれた。 世の中に飼われている実装石は多いけど、こんなに愛してくれる飼い主は他に居ない。 けれども、それなら尚更帰るわけにはいかなかった。 自分はこれまでの戦いで、多くの人間を傷つけた。 そんな自分が冬香の所へ戻ったらどうなるであろう? 冬香はともかく、他の人間達が許してくれるとは思えない。 そして間違い無く自分の飼い主である冬香にも風当たりが強くなるであろう。 冬香は最後まで自分を庇ってくれるかもしれない。 だが、冬香を悲しい目に合わせたくなかった。 これ以上、自分のために悲しむ必要は無いと思った。 「 …冬香お姉チャン、ゴメンなさいデス……ここには仲間がいるデス 今まで、一緒に暮らしてきた仲間デスよ… 」 『 そんな… 』 「 お姉チャン、あの日……黙って出て行ってゴメンなさいデス… 本当にゴメンなさいデス… 」 明日には、仲間達と一緒に殺されるかもしれないけどセキは嬉しかった。 最期に最も逢いたかった人に逢えた。 心残りを謝ることができた。 最も大好きな飼い主に抱きしめてもらえたのだから。 「 もし次は獣装石でなく、実装石に生まれ変わったら… 」 隻眼の獣装石は少女の手を取って顔を見つめた。 「 ……その時は、ずっと冬香お姉チャンと一緒にいたいデスよ 」 『 セキ… 』 その時、麓の方から大人達の声が聞こえてきた。 冬香を探しに来た人間達であるのが、セキにも聞き取れた。 「 今まで…今まで本当にありがとうデス! 」 セキは冬香の手を離すと、振り返ることなく山中の闇に消えた。 冬香の手に、セキの手の感触だけが残される。 『 セキ……セキィィ!! 』 山中に冬香の叫ぶが空しく木霊した。 「 ……… 」 背後に冬香の叫びを残しつつ、セキは逃げるように奔っていた。 その右に、並行して獣装石が奔って現れる。 「 …本当に良かったのデスか? 」 テンの問いにセキが走りながら首を縦に振った。 更にセキの左へ、並行して巨大な獣装石が奔って姿を現す。 「 馬鹿デスね、オマエは… 」 言葉ではセキを罵るチィだが、その口調にトゲは無かった。 指揮獣装の2匹は、セキが女の子と一緒に山を降りても決して追わなかったであろう。 既にテンとチィは帰る場所も無ければ家族も居ない。 この村以外に自分達の居場所は無い。 だがセキは違った。 飼い主が心配して迎えに来てくれたのだから。 だからこそ、自分達に最後まで付き合う必要は無い。 他に帰る場所や気遣ってくれる者が他にいるのなら、そこへ帰れば良い。 しかも先の冬香の話から、三回目の駆除で人間は更に数を増している。 明日の戦いで生き残れる保障は全く無い。 3匹は無言で暗い山道を駆け抜けた。 『 …ねぇ、どうしてあの子達を殺すの? 』 『 お嬢ちゃん… 』 それは冬香が山へ入っていくのを見ていた地元の人達だった。 山中から連れ戻した冬香から、泣きながら問いかけられる。 『 そんなにあの子達、悪いことをしたの?殺さなきゃいけないの? 』 『 今までにたくさんの怪我人が出てるんだ。 あんな危険な実装石達は野放しにできないんだよ。 』 『 そんな…あの子達は、住処を守ろうとしただけじゃないの…? 』 冬香は大人達に問いすがる。 だが女の子に問いかけられた大人達は、目を逸らすばかりで満足に答えられない。 『 …上の偉い人達が決めたんだよ、もう仕方ないんだ 』 『 そんな……そんな… 』 大人達も、どうすることもできなかった。 もう個人で何とかできる問題ではなかったのだから。 『 お願い……お願いだから殺さないで… 』 この日、山の獣装石狩りへ大規模な人員投入が決定した これまで二度に渡る駆除を退けた獣装石達 次こそは完全に駆逐するため、投入予定人員は前回の4倍に近い130名以上 その中には駆除業者のみならず、応援として地元青年団や消防団まで含まれていた 更に万全を期すため、今まで大きな被害をもたらした巨大獣装石対策として、雇われた猟師が3名 対する獣装石達に、迎え撃つ力は残されていなかった
