敷金・礼金無料 11 俺の名はやおあき。 自らは手を下さない、観察型の虐待派だ。 俺は友達のにじあきと協力して、賢い実装石一家をさらって来た。 今彼女達は、俺達が整えた(実装石にとっては)最高の住処…古い木造アパートの中に居る。 雨風をしのげ、外敵から守られる反面、真夏の猛暑に容赦なく晒されるこの密閉環境の中で、彼女 達はどのように生きていくのだろうか? ●アカ組:親×1、仔×1 ●キイロ組:親×1、仔×1、蛆×1 ●ミドリ組:仔×2、親指×1 ●ムラサキ組:親×1、仔×1、親指×1 以上四家族、親3匹、仔5匹、親指2匹、蛆1匹…合計11匹。 アパートの構造と部屋割りは、以下の通り。 ■1階 部屋番号は、左上→右下の順で、101〜103、105〜107(104はない)。 (入り口) _ || □||黄 □||□ 緑||赤 ■||▲ | → 二階へ ‾‾‾‾ □は空き部屋、▲はトイレ、■は風呂場。 廊下の奥、トイレの脇には、二階へ昇る階段がある。 ■2階 部屋番号は、左上→右下の順で、201、202、203〜206(204はない) ____ ▲||紫 □||□ ■||□ | → 一階へ ‾‾‾‾ □空き部屋 ■は洗面所 ▲は秘密 三階や地下室はない。 入り口には鍵がかけられていて、脱出は不可能。 (前回のあらすじ) あれから一週間。 実装石達は、食糧難に悩まされていた。 アパート内にまだ隠された食料があのではないかというミドリ親指他の意見により、あらためて アパート内の探索が行われる。 階段下の物置や、各部屋の死角となっている所から、次々に有用なアイテムが見つかっていく。 しかしその中のいくつかは、実装石間の溝を深め、関係を悪化させていく。 翌日二階の探索を行うという事で解散した面々。 しかし、深夜のアパート内では親と引き離された、ある仔実装の泣き声が響いていた。 ■ 第十一話 「レッド・アラート」 ■ 俺はその朝、自分の不運さを呪った。 いや、むしろ迂闊さというべきか? 夕べ観察を終えた後、アパート内ではちょっとした面白い事が起こったらしい。 そんなおいしい場面をまるっと見逃したのは、俺にとって痛撃以外の何物でもない。 朝になり監視を始めたら、すでにムラサキ親が起きていた。 どうやらムラサキ仔がいなくなってしまったらしく、203号室内を懸命に探し回っていたらしい。 結局室内にはおらず、他の家族にも尋ねて回る事になったが、どの家族も心当たりがないという。 しかし、アカ仔とミドリ仔がムラサキ親を見てデププと笑っていたところをみると、こいつらが何か関わって いるらしい。 ひとまず、アパート中のカメラを切り替えてムラサキ仔の行方を捜してみる。 トイレ・風呂・玄関…どこにもいない。 もちろん各家族の部屋にもいないわけで、そうなると、残るは「誰も住んでいない部屋」。 俺はキーボードを叩いて連続でカメラを切り替えて、ムラサキ仔の姿を捜し求めた。 ——いた! 禿裸のムラサキ仔の姿を発見する。 どこに居たか? いや、これは今はあえて黙っていよう。 ムラサキ仔は実装服やパンツや靴、ムラサキ色のリボンのすべてを剥ぎ取られ、所々歪んで錆び付いた ステンレスの上で丸くなっている。 どうやら泣き疲れて眠ってしまっているようで、目の周りが赤い。 アカ仔とミドリ仔め、ムラサキ組から仔をさらって、ここに放り込んだんだな。 これは同族虐待というより、むしろ「いじめ」に近いな。 ある程度賢くかつ「性格の悪い奴」は、人間のいじめにも似た行為を取るという事なのだろうか? 一応、これについてもメモしておくとしよう。 さて。 ムラサキ親が懸命に仔を探している最中、ムラサキ仔はぐっすり寝入っていたため存在はまったく 気付かれなかった。 こいつは、ムラサキ親が唱えていた「死角」そのものに居たのだが、実際にはほとんど注意を払って もらえなかった。 やはり主張は主張、捜索は捜索で別ということか。 おっと、そういえばここには… よく見ると、ムラサキ仔はそこに置かれていた「ナニ」を枕代わりにして眠っているようだ。 そーかそーか、一応「発見」したんだな、「ナニ」を♪ ムラサキ仔が枕にしているものは…… いや、これは他の連中がここに辿り着いた時に説明しようか。 ■□□ その後、にじあきから連絡が入り、久しぶりに見学に来る事になった。 俺は奴が来るまで観察を続けようと思ったが、突然、母が声をかけてきた。 「やおあき、三軒隣の西島さんの家に、また野良の実装石が入り込んだんだってさぁ」 「うわー、あそこもう三回侵入されてるんだよね。酷いなあ」 「この前は、向こう路地の田鍋さんの家でしょ。あそこなんか子犬がさらわれて死体で見つかったんだって さあ」 「ええっ、アレってそんな大事になってたの?!」 「この前のうちのアパートの音もさぁ、ひょっとしたら実装石が入っちゃったんじゃないのかねえ?」 この前の、というのは、当然糞蟲組の事だろう。 まずい、あのアパートに今気を向けられるのは、すこぶるまずい。 「あんたはずっとここに閉じこもりっ放しだからねえ、アパート見て来てって頼んでも聞いてくれないでしょ?」 「そ、そんな事ないって。ちゃんと見てくるから。今はこのままでいいからさ…」 「町内会の人も、保健所に頼んで駆除を始めるって話しているからねぇ。もしあのアパートが巣にでもなって たら、中に入ってもらわないとダメだろうね」 「げ、そ、それは…まずいな」 つい、口に出してしまう。 いぶかしげな表情の母親に、俺は慌ててフォローを入れる。 「ほら、あの中って俺がまだ必要な物しまってるからさ、あんまり人に入って欲しくないんだよね」 「また、おかしな物しまってるんでしょう! まーいいけど、アパートの事気をつけて見ててね、あんたが ワガママ言わなかったら、すぐにでも取り壊したいんだからさぁ、あたし達は」 「わ、わかってるよ…」 母は、どこか納得がいかないといった態度で部屋を出て行った。 …まずいな、まさか野良の連中がそこまで好き勝手やっていたとは。 いつかは市が保健所の駆除係を派遣してくる事になるかなと警戒はしていたが、予想よりも遥かに動きが 早い。 もしアパートの事に気付かれてしまったら、大の実装石嫌いの母のことだ、中に係を入れて一斉駆除を 依頼するに違いない。 そうなってしまったら、せっかく軌道に乗り始めたこの実験は、前の大失敗実験よりも短い期間で終了 してしまうことになる。 まして実装石が入り込みやすい環境だと判断されてしまったら、母は父を説得してアパートの取り壊しを 強行するかもしれない。 そうなってしまったら、いくら俺があのアパートの管理をやっていると言っても抵抗のしようがない。 頑固者で、一度決めたら何があっても意志を変えない父と母だ。 俺がどんなに抗っても、あのアパートは崩壊してしまうだろう。 駆除係が野良実装の一掃を終えて今の騒動を落ち着けるまでは、なんとしても気付かれてはならない。 俺はにじあきが到着したら、その件で相談をしようと考えた。 □□■ さて、観察の続きだ。 102号室での朝食時、ムラサキ親と親指は姿を現さなかった。 正しくは、一旦やってきて朝食分の食料を分けてもらうと、すぐに仔探しに出かけたのだ。 心配するキイロ親とミドリ姉も、食事を終えたら手伝う事を約束する。 だがミドリ親指は、そんな事よりも探索を優先させるべきだと主張した。 どうせ、探索をしているうちに見つかるだろうという言い分だ。 臆病で力も身長もないムラサキ仔が真っ暗闇に近い状況下で姿を消したわけだから、そんなに遠くへは 行けないだろうという意見も出た。 だから、当初の予定通り二階探索をしていれば、いつか見つかる筈だという連想だ。 確かに筋は通っているし、効率は良い。 だが、キイロ親とミドリ姉はムラサキ親の不安も考慮し、分担探索を主張。 結局、探索部隊は二手に分かれる事になり、一階はキイロ組とミドリ姉とムラサキ組、二階はアカ組と ミドリ仔・親指の姉妹が向かう事になった。 丁度探索を開始しようとする所で、ピザデブンな肉体を揺さぶってにじあきが俺の部屋にやって来た。 手にはデッカイコンビニ袋にみっちり詰まったスナック菓子と、2リットルコーラ。 「よお、昼飯はキッチンくいしん坊のスタースパ食いに行こうぜ!」 俺は奴の嬉しそうな顔と揺れる腹を見ただけで、2キロはやせた。 ■■■ それから、約二時間後。 一階を探索していたチームは結局ムラサキ仔を発見できず、途方に暮れていた。 風呂桶の中に落ちたのではないかという説も出たが、今のキイロ親達でも重い蓋を持ち上げる事は出来ず、 とてもこの中に入り込んだようには思えなかった。 各部屋の流しや押入の中も確認したが、当然何も出てこない。 遺留品らしいものも皆無で、結局「一階には降りて来ていない」という結論を出さざるをえなかったようだ。 ムラサキ親と親指の悲嘆はかなりのものになっており、キイロ親が結論を出した時は、まるで死んで しまったかのように大声で泣き叫んでいた。 ところが、二階の方では……ちょっと時間を遡って見てみよう。 赤親「まったくお前達は。こんなヒマな事やってるんじゃないデス!」 赤仔「だって、こいつナマイキなんデス」 緑仔「アカママ、こいつにはワタシ達の強さと怖さを骨身に染みさせる必要があるデチ。まだ、親元へは 返さない方が楽しいデチ」 緑親指「それは賛成レチ!」 赤親「まあ…それはそれで面白いからいいデスけど、これからどうするデス?」 第二班が居るのは、202号室。 連中は、真っ先にここへ来て流しの中を覗き込む。 そこでは、ステンレスの中で縮こまっているムラサキ仔の姿があった。 そう、どうやらアカ仔とミドリ仔が結託して、夕べのうちにムラサキ仔をここへ放り込んだようなのだ。 仔をさらわれて全然気付かなかったムラサキ組のマヌケさもさることながら、何の抵抗もせずにここに 入れられたムラサキ仔も、相当アホだ。 モモ組の時もそうだが、飼い実装って野良に比べて眠りが深いのかな? やがて、ムラサキ仔が目を覚ました。 流しの中に居るため、周囲は高い壁に覆われている状態だ。 15センチほどの身長しかないムラサキ仔にとって、この壁の高さは身長にほぼ等しく、外の様子をまったく 窺えない。 しかし壁の向こうからは、ミドリ仔がニタニタ笑いながら覗き込んでいた。 わざわざアカ仔に踏み台になってもらって、ガス台まで上ったのだ。 紫仔「テ、テチッ?! ここはどこテチ? あなたは…」 緑仔「デプププ♪ 禿裸にはそこがお似合いの住処デチ」 紫仔「テ、テェェェ!! か、帰してテチ! ママのところに帰してテチ!」 赤仔「ダメデチ! お前は今日からワタシ達の玩具デチ!」 わざわざ下から呼びかけるかよ、アカ仔… 紫「玩具?! ワタチは実装石テチ。おもちゃじゃないテチ!」 緑仔「お前に拒否権はないデチ!」 バスン! 紫仔「チベッ?!」 流しの壁の向こう側から、ミドリ仔に張り倒される。 30センチ超えクラスの体格から繰り出されるビンタは、たとえ力が乗ってなくても15センチぽっちの ムラサキ仔にとっては大ダメージだ。 横の壁に即頭部を叩きつけられ、ムラサキ仔は、緑と赤の体液を流して昏倒した。 いや、ひょっとしたら仮死かも? 緑仔「静かになったデチ」 赤仔「ミドリ、そいつにそこで泣き出されるとやっかいデチ。なんとかうまく隠す方法はないデチ?」 緑仔「うーん、そうデチね……って、アレ?」 お、ついに発見したか。 思ったより、辿り着くのが早かった? 流しの中にあったもの…ムラサキ仔が枕代わりにしていた「アレ」…が、ミドリ仔の目に止まる。 それは、「鍵」。 濁った金色のメッキがところどころ剥げ落ちている、古びた鍵。 ちょっとだけ分厚く、先細りしている独特の形状の鍵。 5センチほどの長さのそれは、吹っ飛ばされたムラサキ仔の足下あたりに落ちている。 緑仔「何かあるデス! 取ってくるデチ」 赤仔「マジデスか! 回収よろデチ!」 赤親「あれまあ、予想外の発見デス」 緑親指「オネエチャン、後で見せて欲しいレチ!」 しばらくして降りてきたミドリ仔は、鍵を皆に見せて首を捻っていた。 赤仔「これは何デチ?」 緑仔「よくわからないデス…キイロ達なら知ってるデチ?」 赤親「いや、今これを奴等に見せるのはまずいデス」 緑・赤仔「「デ?」」 緑親指「あいつらは妙に神経が細かいレチ。これを見つけた場所を教えたらここをさらに調べようとして、 “オモチャ”も見つけてしまうかもしれないレチ」 赤仔「そ、そんなものデチか」 赤親「コレは隠しておいて、この部屋には何もなかったと報告するべきデス。そうすれば、あいつらの注意も 逸れるデス」 緑仔「なるほどデチ!」 どうやら、こいつらは鍵というものを知らなかったようだ。 よく考えれば、第二班は全員生粋の野良。 いくら賢くても、知識として元々持っていないものはわからないし、使い方も把握できまい。 こればかりは、どうしようもない事だ。 もっとも、それでも気付いてもらわないと…あそこへは辿り着けないわけだが。 これは、もう少し成り行きを見守る必要があるな。 緑仔「ところで、あいつどうするデチ?」 赤仔「喉でも潰して、泣けなくしてやるといいデチ」 緑仔「それがてっとり早いデチね」 玩具の処置をあっさりと決めた二匹は、また協力して流しの上に上ると、まだ仮死状態から覚めていない ムラサキ仔の喉に、何発も蹴りを叩き込んだ。 紫仔「チベ?! ベベ……テ………!! !!!!」 やがて、静かになる。 これで、ムラサキ仔がここに居るという事は、しばらくはわからない。 赤仔「退屈したら、ここに来てあいつをブッ飛ばすデチ!」 緑親指「オネーチャン、たまにはワタチにも甚振らせて欲しいレチ」 緑仔「もちろんデチ。一緒に遊んでやるデチ。デプププ♪」 赤親「仲良き事は美しき哉デス」 ああ虐待、されど虐待。 いかんなあ、今いじめは深刻な社会問題なんだよん。 見ているこっちは大変和むけどさ。 ムラサキ仔は、叫び声を上げる事もままならないまま、食事も水も与えられずに流しの中で放置される事に なった。 ま、それも喉が治るまでの短い間だけどな。 その後、順番にムラサキ仔を弄んでボロボロにした後、第二班は部屋を出て、別な部屋の探索に向かった。 流しの中のムラサキ仔は、顔が腫れ上がった上に左半分が歪み、両腕はぐしゃぐしゃにへし折られ、 両脚は丁寧に潰され、あまつさえ両耳を食い千切られた。 さすがに身体の一部を食われたりはしてないので、そんなに時間をかけずに回復するとは思うが…って、 もう傷が治り始めてるじゃん! 「おっ、ここに持ってくる前に活性剤打ち込んでおいて正解だったかな」 「ナニ? そんな事しといたのか?」 「ああ、一時的に回復するものじゃなくてな、実装石の代謝機能を向上させる性質のある特殊な薬品 なんだけど、それをやや濃い目に打ってある。だから多分、こいつは他の連中の倍くらいの速度で回復 できるんじゃないかな」 「はあ〜、またどうしてそんな特殊なものを?」 「たかが観察のために、これだけ大掛かりな仕掛け作るお前に言われたかないよ」 ポテチをボリボリ食いながら笑うにじあきに、俺は大胆不敵な笑みを見せる。 「いや、それがね。実は少し経費が回収できるかもしれないんだ」 「えっ?」 「後から思いついたんだけどさ、この観察が、ひょっとしたらおいしい話に繋げられるかもしれないんだよ」 「お? お? そうなのか? どういう事だよ?」 「今はヒ・ミ・ツ♪ だよ。俺の目論見が巧く行きそうになったら、教えてやるって」 「エエー、なんだよもったいぶってぇ!」 俺は実装石のようにデプププと笑うと、再びモニターに見入る。 第二班は、ムラサキ組の住む203号室に辿り着いたが、特にイタズラや破壊行動は取らず、事務的に 調べてとっとと退出した。 ここには、何の隠しアイテムもない。 翻って、今度は205号室“知恵と技術の間”。 キイロ組の住んでいる部屋だ。 ここはキイロ組が調べ尽くしているだろうと判断して、スルーする。 最後に、因縁の206号室“堕落の間”。 ここは、色々な騒動が発生した割には、意外に調査が行われていない。 アカ組は、アカ仔2が殺された時の事を思い出してブルっていたが、ミドリ親指に急かされて渋々侵入する。 流しの中を確認し、押入の奥に緑仔が入る。 緑仔「? 何かあるデチ!」 奥で何かを発見したミドリ仔は、それを引っ張ろうとするが、一匹では動かない。 やがて、アカ仔が援助として上がってくる。 二匹で協力して、奥の物を引っ張り出す。 結構時間がかかったが、なんとか光に照らせる所まで移動させる事に成功した。 それは、閉じられた段ボール。 と言っても、蓋を互い違いにしているだけなので、実装石でも楽に開けられる。 20センチほどの高さで、横幅と奥行きが40センチくらいの箱。 額に汗を掻いた二匹は、アカ親に許可を求めてから、ゆっくりと蓋をこじ開けた。 赤仔「えーと、これは……デゲッ?!」 緑仔「どうしたデス、アカちゃ……チギャァッ?!」 緑親指「オネーチャン達、何があったレチ?」 赤親「キリキリ報告するデっス!」 赤仔「お、お菓子デチ!」 緑仔「また一杯出てきたデチィ!!」 赤親・緑親指「「チゲッ?!!?」」 ——そう、実は“堕落の間”には、もう一セットお菓子が仕込まれていたのだ。 前回用意されていたものは、主に賞味期限の切れたスナック菓子と甘さの強い清涼飲料水(にじあき提供) が中心だったが、今回のものはすべてが甘いもので統一されている。 ミニドーナツ、チョコフレーク、ポッキー、カスタードクリーム入りのチューブ、定番の金平糖、各種キャンディ、 M&Mチョコレート、ねるねるねるね、ちっちゃいゼリー菓子、はちみつ、オレオのクッキー、キャラメルコーン、 森永ミルクキャラメルなどなど… 飲み物は、MAXコーヒー、ドクターペッパー、ファンタ・ゴールデンアップル、チェリーコーク、旧ポストウォーター、 熱血飲料、サスケ、みっくちゅじゅーちゅ、ジンジャーエール、ミロなどをはじめとした、めっちゃ甘味のしつこい ものや懐かしのドリンク類。 この中の一部は、俺の古い友人であり絶版食品コレクターのひろあき(※「替えても、いいですか?参照」) が提供してくれたものだ。 それぞれのパッケージが小さいので箱も前よりコンパクトだが、その破壊力と吸引力は、むしろ前よりも 強烈だ。 箱の内側を厚手のビニールでくるみ、匂いが外に漏れないようにしておいたが、蓋を開けばもはやそこは 素敵な世界。 探索部隊第二班は、瞬時にしてその甘い香りに心を奪われた。 しかし、アカ仔達がそれに手を出そうとした所で、アカ親は大事な事を思い出したようだ。 赤親「この部屋で開けちゃダメデス! それを少しずつ下に降ろすデス! そしてワタシ達のアジトに隠す デス!」 赤仔「ママ! 奴等はワタシ達が食べ物を隠すのを警戒しているから、それはダメデチ!」 緑仔「むしろここは、このまま隠し続けてこっそりひっそり食べていくのがお利口デチ」 緑親指「でも、迂闊に食べたらまたゴキブリやネズミが来るレチ!」 赤仔「アッ! そうだったデチ。それはマズイデチね」 赤親「どこか、良い隠し場所があるといいんデスが」 緑仔「あの扉が閉まっている部屋に入れればいいんデチけど…」 ミドリ仔の言葉に、皆が頷く。 あそこなら、きっと何でも隠し放題だろう。 このお菓子だけでなく、あのオモチャ(ムラサキ仔)だって監禁できる。 赤親「もう少しこの部屋を調べてみるデス。ひょっとしたら、あそこを開ける手段が見つかるかもしれないデス」 アカ親の指示に全員が頷き、あれほど魅力的だったはずの菓子箱が閉じられる。 おお、こいつらも学習してるな。 さすがに犠牲者も沢山出ているし、被害に遭った奴も居るんだから、そうでないと賢いとはいえない。 普通の野良だったら、今頃何の考えもなしに食い漁り、押入の上に上ってくれない奴を小馬鹿にして調子 付いていたことだろう。 最悪の性格の連中が集まった第二班だが、やはりこいつらなりに賢さの片鱗は見えている。 その後、さらに細かく室内を探索したが、もはや何も出てこない。 結局、彼女達はあの菓子箱と鍵だけしか見つけられなかったのだ。 …というか、それしか用意してなかったから、当然なんだけどね。 ■□□ 「なあやおあき、あの鍵ってまさか」 「ピンポン。あれは201号室の鍵だよ」 「あんな所に放り出しておいて良かったのか? ってか、俺、201号室の仕掛けについては何も聞いてない んだけど」 「あの部屋はな…あえて命名するなら“寝室”だ」 「し…寝室?」 にじあきは、訳がわからんといった顔付きだ。 そりゃそうだ、そう感じるようにわざとボカしているんだから。 「あそこの仕掛けは、このアパート内で何かしらのコミュニティ…というか協力体制が整わないと、多分攻略 は出来ない。それほどの仕掛けが準備されている」 「な、なんかすげえなそれ! お前、俺すら一歩も中に入れてくれなかったのは、そういう事だったのか」 「でもな、中に入ったからってすぐに仕掛けが作動するとは限らない。ひょっとしたら、何も起こらないかも しれないんだ」 「…え?」 「あの部屋のイベントは、あいつらが賢ければ賢いほど発生しやすく、バカであればあるほど発生しない。 穏便に生活を続けたいなら、何もしないに越した事はないんだ。だけど…」 「あいつらなら、何かしでかしてくれると、確信しているというところかな?」 「そんなところだ。まあ、楽しみにしててくれ。俺が“虐待派”だという事をイヤというほど証明してやるから♪」 だがあの部屋でイベントが起こった時。 それは恐らく、この実験が終わりに近付く事に繋がるだろう。 だから俺は、心のどこかであの部屋はまだ開けて欲しくないと考えていた。 □□■ その日の夕方前。 第一班と第二班が102号室に集まり、それぞれの報告を行った。 当然ながら、第二班は菓子箱とカギ、そしてムラサキ仔の事は話さない。 アカ親は、キイロ親に尋ねた。 赤親「二階の奥にある部屋だけは、どうしても中に入れないデス。あれはどうして開かないと思うデスか?」 黄親「鍵が掛けられているからデスね。それをなんとかしないと、ワタシ達だけでなくニンゲンでも中に入る事 はできないデス」 赤親「カギ? カギって何デス?」 アカ親の質問に、キイロ親は丁寧にその仕組みを説明した。 その仕掛けがある事で特定の者以外行き来が出来なくなる事や、大事な物をしまっておける事、秘密を 隠せる事など。 その説明は大変わかりやすく、今まで鍵の概念を知らなかった野良実装達は、深く感心して頷いた。 緑姉「それで、あそこは開かなかったデスか!」 赤親「ニンゲンがカギを仕掛けたという事デスか?」 黄親「多分そうデスが、今のワタシ達にはあそこを開ける鍵を見つける手段がないデス。もし、また食糧不足 になったら今度はあそこを開けないとならないデスが、いったいどうしたら…」 アカ親は、その説明を聞いて手の中の鍵を握り締め続けている。 どうやら、提出は取り止めたらしい。 なかなか賢い判断だ。 緑姉「カギのかかった部屋の中に、ムラサキちゃんが居るってことはないデスか?」 その言葉にミドリ仔とアカ仔、ミドリ親指が目を剥くが… 紫親「それはないデス。カギが掛かっているという事は、あの仔が入り込む隙もないという事デス。あの仔は きっと、このアパート内のどこかに居る筈デス…オロロ〜ン…」 紫親指「オネェチャ〜ン…レェェェェェン!!!」 泣き出すムラサキ組を、キイロ親とミドリ姉が慰める。 ひとまず今日の探索は打ち切る事になり、明日になってから再開する流れになった。 今度は、全員で一斉にムラサキ仔を捜すのだ。 ムラサキ仔には可哀想だが、暗闇の中で捜索したのではどんな危険が起こるかわからないというキイロ親 の意見が通り、ムラサキ親も泣く泣く納得した。 すでに暗くなり始めていたので、皆はいつものように風呂とトイレタイムを済ませ、それぞれの部屋に戻る。 失意に暮れるムラサキ組は、今日は珍しくキイロ組の部屋で泊まる事になった。 どうやら、キイロ組が皆で二匹を励ましてやるつもりらしい。 本当に、他人の面倒見の良い一家だ。 ムラサキ組も素直に申し出を受け、105号室へと入っていった。 キイロ仔達とムラサキ親指は楽しそうに遊び、親達も世間話に花を咲かせて巧く気を紛らわしているようだ。 やがて夜も更け、俺達も夕食を済ませて解散する。 しかしにじあきは、帰宅直前に 「今夜これから起こることは、なるべく録画しといてくれ」 と、頼んでいった。 おおさ、心の友よ。 嫌だと言っても録画して見せてやるつもりだから安心せぇよ♪ というか、すでにもうこの瞬間も録画が進められているんだが。 ■■■ 時計は、午前2時頃。 俺はコーヒーを用意して、ひたすらアパート内の様子を窺っていた。 10分に差しかかろうという頃、107号室で動きがあった。 アカ親とアカ仔、そして泊り込んでいたミドリ仔が部屋を抜け出したのだ。 行き先は、言うまでもなく206号室“堕落の間”。 まずはここで菓子箱を回収する。 押入の上と下で何度もリレーしてすべての菓子類を降ろし、前にスナック菓子が入っていた段ボールにも 分け入れて一つあたりを軽くし、持ち運びやすくする。 箱の重ささえ緩和できれば、アカ子とミドリ仔で端を持って運べるようだ。 準備を整えると、今度は202号室へ行く。 そして流しへ上るが… 赤仔「あれ、ムラサキの奴がいないデチ?」 緑仔「え、マジデチ? アカママ! ワタチも上らせてくださいデチ」 赤親「どっせい!」 流しの上に、限りなく成体に近い仔実装が二匹乗る。 かなり足場が狭くなるが、代わりに隅々まで調べられる。 部屋の中は薄暗く、アパートの脇に立っている街灯の明かりが微かに差し込むだけだ。 そんな状態で手探りしていると、水道の真下辺りに何か手応えがあった。 緑仔「見つけたデチ?!」 ?「レ……ヒ……」 緑仔「? なんか変デチ。こいつ、カサカサしてるデチ」 赤仔「あっ、危ないデチ! こいつ、ここにウンチしてるデチ!」 緑仔「キャア! 踏んじゃう所だったデチ! こいつめ、バッチイデチ!」 パスン、パスン ?「ヒ……」 緑仔「? なんかこいつ、手応えが全然ないデチ。妙に軽くなってるデチ」 赤仔「ひとまず下に降ろすデチ」 ムラサキ仔の変化に気付かぬまま、二匹はソレを下に降ろし、窓際に持って行って街灯の明かりに晒す。 そこには… 紫仔「カ……ヒ……イ………」 赤仔・緑仔・赤親「「「デ、デシャッ?!?!」」」 なんということだろう。 ムラサキ仔は、全身の水分を奪われてすっかり干からびていた。 正しくは、水分がまったくなくなったわけではない。 まだ身体はしっかりしているし、昨日の傷もすっかり治癒しているのだが、体の厚みはだいたい三周り くらい細くなってしまっている。 干物かミイラの一歩手前というところだ。 こんな状態でも、偽石を取られているせいかムラサキ仔は死ねずに生き続けていた。 俺は、どうしてこんなになったのかを考え、すぐに結論に辿り着いた。 以前ここは、アオ組が住んでいた。 ここは、アパート内でも最も暑くなる部屋。 日中は一階各部屋よりも気温が上がり、夕方には西日が容赦なく差し込む。 真夏日の時は、最低でも遮光カーテンと扇風機なしでは生きていけないほどの灼熱地獄になるのだ。 しかも、太陽光は流しのステンレスにまで届き、太陽光を乱反射させ一部の温度を高める。 さすがにヤケドするほどではないが、触るとじわじわと熱く感じるくらいにはなる。 俺も小さい頃、爺さんに触らせてもらって驚いた経験がある。 そこに、ムラサキ仔は裸で一日以上放置されていたのだ。 脱水症状を起こすのも無理はない。 まして、15センチ程度の体格の仔実装など、体内保有水分量はたかが知れている。 そのほとんどが汗と体液として流れ出たのだろう。 普通なら、絶対に死んでいるはずだ。 しかし、元被虐待実装のムラサキ仔は偽石を抜き取られている。 死にたくても死ねないのだ。 赤仔「プゲラゲラゲラ♪ 惨めな姿デチ!」 緑仔「まあまあアカちゃん。それよりこいつをあそこに隠す事が先決デチ」 赤親「そうデス。あの部屋を開けるカギをワタシ達が持っていると気付かれないうちに、必要なものを隠す デス。そのチャンスは、今夜しかないんデスから」 赤仔「わかったデチ!」 緑仔「こいつには、後で水でもぶっかけてやるデチ」 赤親「じゃあ、早速あの部屋に向かうデス。キイロ達に気付かれたらやっかいデス」 赤・緑仔「「アーラホラサッサ、デチ!!」」 どこで知ったのか大変興味深い号令の後、三匹は行動を開始した。 まず、アカ親が201号室のドアの前に行き、カギ穴を探る。 廊下が暗いため、なかなかうまく探り当てられないようで、何度もガチガチ金属音を立ててしまう。 赤仔「ママ! 音が響いてしまうデチ! 早く開けてデチ!」 赤親「そ、それが…その、うまく…いかな…デ…」 赤仔「貸してみるデチ! ……あ、アレ?」 赤親「デス? 手が届いても、穴が小さくてカギが入らないデス」 緑仔「何グズグズしてるデチ? あまりまごまごしてると、下の奴等に気付かれるデチ〜」 201号室の真下は、無人の101号室。 また202号室の真下は食堂で夜は誰もいない上、その隣の103号室にいるミドリ組は、一度寝るとよほど の事がないと目覚めない。 そう読んで行動を開始した三匹だったが、201号室扉前は、キイロ組の居る105号室扉前の真上でもある。 彼女達は、その事に今になって気づいたらしい。 結局、聞きかじった程度の知識しかないアカ組に、暗闇の中で鍵を開けるという動作は厳しかったらしく、 結局断念せざるをえなくなった。 え、それくらい普通ならなんとかなるだろうって? そうでもないよ〜、試しに目を瞑って自分の家の鍵を開けようとしてみよう。 まずストレートにはいかないから。 まして鍵穴が自分の身長より上にあり、背伸びしてやっと届くという位置なら、尚更難度は高い。 俺は、アカ組の苦労がなんとなく実感でき、モニターの前で熱い涙を流した。 うそぴょん。単にあくびしただけ。 赤親「だ。ダメデス。とてもじゃないけど、開けられないデス」 緑仔「ど、どうすればいいデチ? 明日皆で調べられたら、ムラサキの事もお菓子の事もバレてしまうデチ!」 赤仔「それだけじゃないデチ! ワタシ達が知ってて黙ってたって事もバレてしまうデチ!」 赤親「し、しまった…それじゃ絶対ヤバイデス! あ、あのキイロが怒ったら…ひ、ヒイイイイ!」 アカ親が、突然頭を抱えてうずくまり、震えだした。 初めてここに来た時のように、ガクガク震えている。 今度は、演技ではないようだが… 赤仔「マ、ママ! こんな所で発作を出しちゃいけないデチ!」 緑仔「発作って、何デチ?」 赤仔「ママは昔、ワタシ達を守ろうとしてマラ実装に犯された事があるデチ! それに三人も姉妹を殺されて しまったデチ。ワタシともう一人の妹はなんとか助かったデチが、ママはワタシ達が逃げてる間、ずっと 犯され続けてたんデチ」 緑仔「デ、デゲッ!」 赤仔「だからママは、それからその時の事を思い出すと…」 よく生きてたなぁ、アカ親! それに、そんな発作持ってて今までよく平気でキイロ親と接してたな! ああ、ひょっとしてマラさえ見えてなければいいのかな? 或いは、単に忘れてたとか…忘れようとしてたとか。 そういえばこいつ、前に死んじゃった方のキイロ親見て怯えてたけど、アレはマラを見せられたからだった のかな? まあ…なんだか色々とテキトーな奴等だ。 だがまあ、こいつが怒ったキイロ組に頭が上がらない理由はわかった。 しはらくしてようやく落ち着きを取り戻したアカ親は、一度荷物を202号室にまとめ、街灯の明かりの下で 作戦を練り始めた。 と、その時。 ふとアカ仔が、窓の外を見つめた。 赤仔「前から思ってたデチが、ここから外へは出られないデチ?」 緑仔「外に出るより、この中にいた方が安全デチ。ネズミとゴキブリも、公園のあいつらに比べればずっと マシデチ」 赤仔「そうじゃなくて、ここを開けて外に出て、隣の部屋に移れないデチか?」 緑仔・赤親「「デデ?!」」 アカ仔は、自分の考えた作戦を話しはじめた。 以前キイロ仔に、この「窓」というものについて聞いた事があるという。 これは外壁と明り取りを兼ねているもので、ニンゲンの家には必ず付いているのだという。 このアパートにはすべての部屋に窓が付いていて、しかも同じ向きにあるから、ここから外に出たり、 隣の部屋の窓に辿り着ける筈だというのだ。 今までは体格の問題や労力を費やしてまで窓を開ける意味が理解出来なかったため、こんな考えは 浮かばなかったが、成長して大きくなった今の自分達か大人の実装石ならなんとかなるのではないか? と思ったというのだ。 隣の部屋に移動できれば、部屋の中から鍵を開ける事が出来るかもしれない。 赤親「それはいい考えデス!」 緑仔「でも、うまく行くか心配デチ」 赤仔「迷ってる時間はないデチ。ぐずぐずしてると夜が明けてみんなが来てしまうデチ! ムラサキの事が バレたら、ワタシ達はとても居心地が悪くなってしまうデチ!」 赤親「わかったデス。…で、誰が行くデス?」 赤・緑仔「「当然、一番身体が大きいママデチ!!」」 多数決により、瞬時にして決定された。 ■■■ 赤親「ヒ…!! た、高いデス! お、落ちたら一撃で即死デス!」 赤・緑仔「「ママー、ガンガルデチー」」 …見上げた心意気だ。 紆余曲折あり、アカ親は本当に地獄のタイトロープに挑戦するハメになった。 アカ仔とミドリ仔に支えられ、窓際まで上ったアカ親は、ネジ巻き式の鍵を四苦八苦しながらも開き、少し 硬くなっている木製の窓をズリズリと開けた。 ちょっと大きなきしみ音が出たが、特に問題は起こらなかった。 窓の外には小さな鉄柵があるため、アカ親がすぐに落下してしまう事はない。 かろうじて立っているのが精一杯という程度ではあるが、ここに居る間はまず安心だ。 隙間に足が落ちてしまっても、身体全体は落ちないから、最悪でも「おマタ痛いデチー」程度で済む。 上下左右に広い空間があるため、アカ親は、まるで宙に浮いているような心境なのではないか。 ここまでは、結構スムーズに進めた。 さあ、本番はこれからだ。 ここから先は、俺の仕掛けたカメラでは映像が追えない。 窓の外に出るとは思っていなかったので、さすがにそこにまではカメラを仕掛けてないのだ。 ただ、状況は大まかに判断できる。 窓に設置された鉄柵は、あくまでその部屋の窓枠の幅までしか長さがない。 隣の201号室の窓も、同様の作りだ。 つまりアカ親は、今居る鉄柵を乗り越えた上、かなり距離の離れている隣の部屋の鉄柵までジャンプ しなくてはならない。 しかも、太さ約3センチほどしかない鉄の棒の上に立ち、実装石の短い足を使って。 失敗したら、まっ逆さまに落下して地面の染みになる。 はっきり言って、絶対に不可能なアクションだ。 ここで強行したら、間違いなくアカ親は死ぬ。 それは、予想ではなく「確信」だ。 だが、その確信を持っていないのは、現場に居る当の三匹だけだ。 202号室では、アカ仔とミドリ仔が期待に満ちた眼差しで窓の外に立つアカ親を見ている。 だが、当のアカ親はすでに青ざめているようで、足がガクガク震えている。 恐らく、可愛い娘達の励ましの言葉も耳に届いてはいまい。 十分経ち、二十分が経過する。 アカ親は、まだ「離陸」出来ずにいた。 赤仔「ママ! 時間がないデチ!」 赤親「こ、こ、こんな所に立たされてるワタシの身にもなってみろデス〜!」 緑仔「ならここは一つ、太古の昔から伝えられる不思議な“度胸の出るおまじない”を使うデチ! さあ一緒に唱えるデチよっ。せーのっ…」 赤・緑仔「「 フ ァ イ ト ぉ —— ッ !! 」」 赤親「 い っ っ ぱ ——— つ っ !! 」 びょいん! あ。 アカ親の姿が、カメラから消えた。 あいつ…ホントに跳んだんかい!! 俺は、思わず部屋を飛び出し、アパートへと向かった。 ■■□ 202号室の窓は、我が家の脇の細い路地に面している。 俺は実装石達に見られないように、街灯の設置されている電信柱の影に走り寄ると、窓際の様子を確認 した。 結論から言うと、アカ親は下に落ちていなかった。 鷲のマークのご加護なのか、はたまた本当に呪文が効いたのか、アカ親はかろうじて201号室の窓の 鉄柵にしがみついており、必死になってよじ登ろうとしているところだった。 後ろ姿しか見えないが、恐らく凄まじく必死の形相で上ろうとしているのだろう。 非力極まりない実装石が、果たして自重を支えて上り切る事が出来るか心配だったが、どうやら必死の 努力が実ったようで、十数分後には無事201号室の窓際に立つ事が出来た。 さすがに疲弊しまくっているようで、すぐには動きが取れないようだ。 202号室の窓からは、デチーデチーと子供達の鳴き声が聞こえている。 ほっ。 良かった、こんな所でアホな死に方されても困るからな。まあ結果オーライとするかい。 俺は、アカ親の無事が確認できただけでひとまずこの場は良しとして、すぐに部屋に戻る事にした。 ——しかし。 その様子を見ているのが俺だけではなかった事に、この時まったく気付いてなかった。 ?「何、アレ? 実装石?」 ?「あれは双葉さんの御宅のアパートじゃない?」 ?「ちょっとぉ、イヤだわあ。あんな所にまで忍び込んでるものなの?」 □■■ 俺がモニターの前に戻ると、201号室進入作戦は佳境を迎えていた。 実はこの部屋には、鍵付き扉以外にも二つの進入経路がある。 一つは、隣の202号室の押入上段から天井裏を伝って行く方法。 そしてもう一つが、今の様に窓を伝う方法だ。 実は、201号室の窓ははじめから鍵がかかっていない。 成体実装なら比較的楽に開けられるようになっている。 だから、すでに201号室の窓際にたどり着いたアカ親は、すんなり中に入る事が出来るのだ。 だが実は、この窓を開けておいたのには別な理由がある。 本当は特殊進入を許容するための処置ではなく、もっと別な意味を持たせてある。 だから現在アカ親達が取っている行動は、正直俺にとっては意外なパターンでもあった。 というか、理屈の上では出来そうに思えたが、本当にやるとは思ってなかったという意味だ。 何はともあれ、アカ親の勇気には脱帽したい。 しかして当の本人、窓を開けようとした時点で「自分が今出てきた窓には鍵がかかっていた」という事実を ようやく思い出したようだ。 その証拠に、なかなか201号室の窓を開けようとしない。 実際試してみれば簡単に開くのだが、本人は現在ひどく絶望中のようだ。 赤仔「何してるデチーママー!」 緑仔「早く窓の鍵を開け…アッ!」 ようやく子供達も気付いた様だ。 しかし、さすがというか。 アカ親は、念のため窓の枠に手を掛けてスライドさせてみた。 赤親「フンヌッ!」 ギ…ガラガラガラ…… 赤親「…デ? あ、アレ? 簡単に開いたデス?」 赤仔「開いたデチ!」 緑仔「なんて不用心デチ! このアパートのニンゲンはダメダメさんデチ」 悪かったな、おい。 赤親「とにかく、入れたのならこっちのものデスー!」 アカ親は、窓からぴょんと飛び降りると街灯の明かりを頼りにドアへ向かい、内鍵をカチャンと外す。 これで、ようやく“開かずの間”は解放された。 これは、当初の見込みより一ヶ月以上早い結果だった。 二ヶ月と予想した奴も居たっけな。 この報告をしたら、恐らく皆も驚くんじゃないだろうか? ■■■ アカ組達は、その後問題なく201号室への侵入に成功した。 ここはちょっと他の部屋と様子が違うので、少し説明をしておこう。 まず、基本構造そのものは他の部屋とまったく同じだ。 真下の101号室をそのまま二階に持ってきたようなものと思っていただいていい。 ただし、さっきも触れたがこの部屋のみ、窓にカーテンが弾かれている。 これは遮光カーテンで、完全に閉じると真夏の真昼でも室内はかなり暗くなる。 流しの様子も、ちょっと変わっている。 なんとここには実装石が利用できるサイズの土台があり、しかも側面部にはゆるやかな階段が設置されて いるため、仔実装でも簡単に上る事ができる。 ただし、仔実装が上っても土台の上面にたどり着けるだけで、流しの上や中に移る事まではできない。 アカ組達ほどの体格なら、問題なく上に上がって流しを利用できるだろう。 当然、ここは水を出す事ができるし、排水実験も完璧にチェック済みだ。 もう一つ変わっているのは、ここの部屋のみ“テーブル”があるということ。 ちゃぶ台ではなく、高さ40センチくらいの木製のテーブル。 大きさは80センチ立方の正方形型。 足は収納できないタイプの上、それなりに重いので実装石達にはまず運べないだろう。 このテーブルを挟むように二つの座布団があり、これは結構フカフカだ。 すでに、ミドリ仔が上で横になり、頬をつけてふにふに感を堪能している。 テーブルの上にはアルミの灰皿が置かれている。 もちろん、中身には吸い殻などもなく、完全に綺麗な状態だ。 それが、ただテーブルの真ん中にぽつんと置いてあるのだ。 押入は完全に閉じられていて、隙間はまったく開いてない。 押入の前には、流しに置かれていたものと同じような土台がいくつか積み重ねられていて、うまく 組み合わせれば補助無しで上の段に上がれるくらいの高さになる。 しかし、現在はこれはバラバラに崩れているので、使うためには成体実装数名で協力して組み直さない とならない。 そもそもこれを使わないと、押入の襖自体開けられないという側面もある。 本棚も置かれている。 本棚と言ってもせいぜい高さ80センチ程度の木製のもので、中にも上にも、何一つ本や小物は入ってない。 ただし、本棚の上からは小さな縄ばしごが垂れ下がっている。 これは小さすぎて、逆に成体実装には使えないサイズだ。 親指実装か、或いは特に小柄な仔実装が利用できるサイズだろう。 本棚の中は三段構成になっていて、上二段は高さがそれぞれ30センチ弱ある。 仔実装が潜り込んで遊ぶには最適の環境だろうか。 さらに加え、ここには芳香消臭剤が使用されており、ほのかな良い香りも漂っている。 アカ仔が鼻をひくひくさせているから、まだ充分香りが効いているのがわかる。 赤親「なんだか…とっても変わってる部屋デス」 緑仔「でも、なんとなく…気味が悪いデチ」 赤仔「さっきまで、誰かが居た様な感じがするデチ」 このアパート内で、唯一例外的に家具が置かれている部屋。 どことなく、人間の生活感が残留しているような雰囲気の部屋。 それが、201号室。 アカ組達は、荷物を隠す事も忘れて部屋の様子をつぶさに観察している。 だが、引っ張ってきたムラサキ仔が「テ…」と鳴いた事で、本来果たすべき目的を思い出した。 赤親「押入を開けるデス。そして荷物を中にしまうデス」 赤仔「こいつはどうするデチ?」 緑仔「ここにも蛇口があるデチ。ここに放り込んで水かけるデチ。貸してデチ」 ミドリ仔に手渡されたボロ布のようなムラサキ仔は、何の抵抗も出来ぬまま流しに放り込まれる。 そして、突然の水流責め! ジャー…… 紫仔「テ…!? ガ…ガボ?! ゴボゲボ…ガボ……ゴボ……!!」 緑仔「アハハハー♪ どんどん飲むデチー! 死ぬほど飲むデチー!」 赤親「あまり沢山流すと音で奴らに気付かれるデス。少しずつ流してやるデス」 緑仔「わかったデチー」 すっかりアカ組の一員となったミドリ仔は、アカ親の言うとおり蛇口を捻って水流を細めに調製し、流しの 中央でジタバタしているムラサキ仔に水が当たるようにする。 哀れムラサキ仔。 今度は、水分を供給される代わりに“夏でも冷たい地下水”の洗礼を受け、体温を急激に奪われて ガチガチと震えだした。 もはや、微かな悲鳴すら上げられない。 しかし、三匹はすでに荷物隠しの方に移行してしまっている。 誰も蛇口を捻って止めてくれない。 これではまるで、滝に打たれる修行を強制されているようなものだ。 アカ親の指示で土台が組まれ、押入が開けられた。 子供達のリレーで、菓子箱は上の段に押し込まれる。 だが、ここでもミドリ仔が何かを見つけた。 緑仔「何かあるデチ。この奥に何か仕舞われているデチ」 赤仔「暗くてわからないデチ」 赤親「それは、いずれワタシ達で調べるデス。それより今は早くここを脱出して、奴らに気付かれる前に 部屋に戻るデス」 赤仔・緑仔「わかったテチ!」 押入に物をしまい、流しの流水を止めると、子供達はアカ親の後に付いてドアから出て行ってしまう。 取り残されたムラサキ仔はある程度身体の張りが回復してきたものの、先程以上の暗い室内と不気味な 雰囲気、そして死の匂いを感じさせるほどの極寒状態に、すっかり怯えてしまっているようだ。 紫仔「テ…コ、コワイテチ…サムイテチ…お腹空いたテチ…ブルブル……ママ…、親指チャン…」 201号室のドアのカギは、開け放たれた状態だ。 しかし、ムラサキ仔には流しから脱出する術がまったくない。 ミドリ仔が使った土台も、15センチの身長にとっては遙か下の床面に等しいことだろう。 ましてムラサキ仔は、その土台自体見る事ができない。 結局部屋が移り変わったことで、先ほどよりかえって厳しい環境に追いやられただけなのだ。 紫仔「どうして…ワタチだけこんな目に遭うテチ? ドウシテ…どうして生まれた時から、一度も幸せに なれないテチ? ママ…ワタチ、何か悪い事をしたんテチ…?」 ——ジ その時、201号室内に、物音が響いた。 ものすごく微かな音だが、それはムラサキ仔のミミにも届いたようだ。 傷が塞がりかけた耳が、ピクリと動いている。 紫仔「テ……? 誰か…居るテチ…?」 ムラサキ仔の声は弱々しく、マイクでもかろうじて拾える程度のものでしかない。 仮にここに誰かが居たとしても、そいつの耳には間違いなく届いてないだろう。 謎の音は、その後二度と鳴らなかった。 ムラサキ仔は耳を澄ますのを止めると、もう何もかも諦めたような態度で、そのままステンレスの上に ごろんと横になった。 その後は、アパート内のどこにも変化は見られなかった。 他の家族も、201号室の展開には気付いてないようで、呑気に惰眠をむさぼっている。 アカ組達も、107号室に戻るやいなや、すぐに寝息を立て始めていた。 昨日の反省を活かし、アカ組就寝後一時間は粘ったのだが、さすがにこちらもきつくなってきたのでもう 眠る事にする。 うーむ、結構遅くなってしまった。 ——そういえばアカ親、2001号室の窓、締めてないなあ。 ■■■ 翌日の朝。 俺は、いきなり母に叩き起こされた。 「ちょっとやおあき! 起きなさいよ!! いつまで寝てるの?!」 「え? え? 何〜?」 母は、なぜか妙に怒っているようだ。 頭から湯気でも出しそうな勢いで迫ってくる。 「何があったんだよ〜もう」 「お隣の芝坂さんから教えてもらったのよ! 昨日、うちのアパートの二階の窓に実装石が張り付いて たんだって! あんたが何もしてないから、やっぱり住み着かれちゃったじゃないのよ!」 「んなっ?!?!」 しまった! まさか…アレを見られていたのか! まじい、それは非常にまじい。 アパート内の展開は佳境を迎えつつある。 今、こちら側でイザコザを起こす事は避けなければならない…何があっても、だ。 「もう保健所に電話して、駆除係の人に来てもらう事になったからね! まったく…あんたはいつも頼りに ならないんだからねえ」 「く、駆除…?!?! 、ちょっと待って!」 「な、何よ?!?!」 俺は、母の言葉に耳を疑った。 もう…連絡を済ませたのか?! な、なんてスピーディなんだ! それは…それはひっじょ〜に困るっっ! 「待った! 保健所の介入だけは待ってくれよ」 「もう遅いわよ。あと一時間もしたら、係の人が来るわよ」 ——全身から血の気が引く。 …保健所の駆除係って、そんなにフットワークが軽いもんなの? なの? 時計を見た。 俺は、よりによってこんな日に寝坊していた。 時計はすでに午前11時。 いつも観察のために起きる時間より四時間も遅い。 まー…夕べは四時くらいまで起きてたから、仕方ないかなあ……って、それどころじゃない! 「ダメだって! あの中には、俺が大事に保管ている物が沢山あるんだから、ヘタな薬剤なんか噴霧 されたら…」 「だったら! あんたが係の人説得して止めなさいよ! それと、今度こそあんたが直接実装石駆除して きなさい! ホラ、すぐ着替えて!」 「い、今すぐやるのかよ!」 「当たり前でしょ! いっつも後で後でって言って、あんた結局一度もちゃんとやらないじゃないのっ!」 「イテテ、う、腕ひっぱるなよ!」 その後、俺は母に引っ張られて家を出て、保健所の係が来るのを外で待つハメになった。 保健所の係は相当無理なお願いをされて渋々駆けつけてくれる事になったそうなので、それを現場で さらに断るというのは、相当な覚悟が求められる。 そしてその後、俺は母親が遠目に見ている状況下でアパート内に入らなければならなくなった。 言うまでもなく、もはや実装石達の前に姿を現さないわけにはいかない。 助けを求めようにも、にじあきに電話をしているヒマもない。 どうやって、実装石達に与える影響を最小限に留められるかを考えていたところ…… キイッ、バタン…バタン 「こんにちはーっ、○○市保健所から参りました……」 タイミング悪く、予定よりかなり早い時間に到着しやがった。 …30分近くも早いぞ、オイ。 それとも、保健所にとって実装石駆除とは、それだけ優先させなければならない事柄なのだろうか? 俺は、重い足を引きずって保健所の係の許へ歩いていく。 顔がこわばっているのが、自分でもわかる。 まるで、小学校の頃に教員室へ呼び出された時のような気分だ。 ふと、アパートを見上げる。 201号室のカーテンが、窓の外から少しはみ出して揺れていた。 ——なんで? (続く) ----------------------------------------------------------------------------- ■ 現在の状況 □ ●アカ組:親×1、仔×1 ●キイロ組:親×1、仔×1、蛆×1 ●ミドリ組:仔×2、親指×1 ●ムラサキ組:親×1、仔×1、親指×1 残っている実装石:11匹 これまでの犠牲者:21匹 ・モモ仔1、2、蛆 …エレベーター実験の犠牲になり死亡 ・アカ仔2 …206号室で、ゴキブリに襲われて死亡 ・アオ親指2 …206号室でアオ仔4に首を落とされて死亡(事故) ・アオ仔2、4 …206号室でネズミに襲われて死亡 ・アオ親指1 …アオ親に壁に叩きつけられて死亡(事故) ・アオ仔1、3 …激昂したアオ親に踏み潰されて死亡(事故) ・アオ親 …子供全滅のショックで、偽石崩壊 ・モモ新仔1、2、3 …出生直後、キイロ親2に間引かれる ・モモ親 …子供をほとんど失い、ショックで自壊&偽石崩壊 ・糞蟲仔1、2 …トイレ拷問中、糞蟲親に偽石を破壊され死亡 ・糞蟲仔3 …糞蟲親に蹴飛ばされて死亡 ・糞蟲親 …キイロ親2の必殺技を受けて自壊・死亡 ・キイロ親1 …糞蟲親によるダメージと精神的ショックのダブルパンチで自壊・死亡 ・モモ親指 …ミドリ姉に抱き締められて圧死 ● 覚え書き ○ ・アパート内は猛暑状態 ・201号室、解放 ・ムラサキ仔、201号室内に監禁 ・保健所から、実装石駆除係が派遣される ・やおあき、アパートに強制突入… ----------------------------------------------------------------------------- もう少しだけおつき合いください。 そろそろ、エピローグに突入します。
