まだ夜明け前の刻。 朝靄の中を4匹の獣装石が歩いていく。 「 テェ……テェ… 」 その4匹の内、隻眼の獣装石の背負うリュックサックのポケットで1匹の仔獣装が寝息を立てている。 今回の巡回で引き取ることのできた仔獣装であった。 ホウは、この仔も成長すれば逞しい獣装石になってくれると言った。 「 見えてきたデス 」 「 ここが…デスか 」 朝靄の向こう、薄っすらと山の影が見える。 産まれて初めて立ち入る山に、野生の血のせいか、セキの胸が昂まる。 4匹は麓から山道へ入っていった。 山道は薄暗く、木々の葉と枝によって日の光は遮られている。 その勾配は緩やかに急となり……すると、視界が開けた。 「 デェ…… 」 そこは谷だった。 セキの視界に、緑の山々が広がる。 今まで人間の建物より高い物を見たことが無かった その谷の片側、斜面に踏み固められた道を獣装石達は進む。 セキは開けた視界から、辺りを見回した。 谷道から開かれた景色は、全てが緑の山に覆われており、今までセキが見たことの無い光景だった。 「 ……ホウ! 」 暫く歩くと、前方から何者かが声をかけてきた。 見たことの無い2匹の獣装石が谷道に。 「 今、帰ったデス! 」 ホウは出迎えの見張り獣装石2匹に、帰ってきた事を告げた。 「 おかえりなさいデス、ホウ! 」 谷道を登りきると、そこには平坦な場所が大きく広がっている。 約20メートル四方の野原に設けられた居住区。 辺りには古いベニヤ板で覆われ、草や枝葉で紡がれた住居が立ち並んでいる。 この山頂に開けた日当たりの良いスペースに、ホウの作ったコミュニティが構えられていた。 そしてホウの姿が見えると、辺りで作業をしていた獣装石と実装石達が集まってくる。 「 今回はどうだったデス!? 」 「 心配したデスよ! 」 傍らで見ていたセキは、ホウが皆から慕われているのが分かった。 誰もがセキの帰還を喜んでいる。 「 今回連れてきた新しい仲間デス 」 ホウはセキと1匹の仔獣装を皆に紹介した。 「 セキというデス、よろしくデスね 」 「 デェ……強そうなのを連れてきたデスねぇ… 」 「 デスゥ… 」 やはり、この場にいる獣装石達と比べてもセキはふた回りも大きかった。 その体格に、集まってきた者達は皆、圧倒される。 そこへ更に2匹の獣装石が姿を現した。 「 確かに大きいデス 」 「 まぁ、オレよりは小さいデスがね 」 「 デ……! 」 一匹はセキに匹敵する程の、やはり平均以上の体格を持った獣装石。 そしてもう1匹は、セキを更に凌ぐ程の巨躯の獣装石。 「 テン、チィ、留守中に何か変わったことは無かったデス? 」 「 いつもと変わらなかったデス 」 「 オレに任せれば問題なんて無いデス! 」 前者の獣装石はテン、後者の巨躯の獣装石はチィ。 テンはホウに淡々と留守中の出来事を伝え、チィは豪快に笑い飛ばした。 2匹はホウから山の留守を任された指揮獣装である。 「 ところでセキ、今更デスが最初に言っておく事があるデス 」 「 デス? 」 「 ワシ達は、この山に無理矢理引きとめるつもりは無いデス 」 「 どういうことデス? 」 「 ここの生活が合わないと思ったら、出て行っても構わないという意味デスよ それに皆と一緒に生活する以上、仕事をしてもらうデス 」 「 仕事… 」 「 あの河川敷の村と同じように、食料を調達して貰ったりするデス 」 「 それなら当然デス! 何をやれば良いデスか? 」 セキは胸を張って、ホウの言いつけを了承した。 「 …いや、ちょっと待つデス 」 だがホウは何かを思い出し、言いかけた説明を途中で止める。 「 …デス? 」 「 セキは前まで、ニンゲンに飼われていたデスね? 」 「 それがどうしたデス? 」 「 もし文字が読めるなら、ワシの手伝いをして欲しいデス 」 そう言うと、セキは自分の住処からノートを持ち出してきた。 そのノートにはびっしりと数字が書かれている。 「 これは村の実装石と獣装石をまとめた記録デス 」 それは群れの個体のリストだった。 獣装石 65 仔獣装 12 実装石 45 仔実装 60 そこへたった今、村へ加わったセキと仔獣装が書き加えられた。 「 獣装石が66、獣装石の仔が13……全部で184匹になったデスね ところで、どうして獣装石だけがこんなに多いデス? 」 「 他に行く場所が無いからデスよ 」 この群れは規律が厳しい。 そのため、怠惰な実装石はすぐに飛び出して村を離れる。 別にこの山にこだわらなくても、公園などで勝手気ままに暮らせば生きていける。 しかも人間の残飯は、山で採集される食べ物よりずっと美味い。 山の天気は変わりやすく、冷えることもしばしばある。 それでもここに居座る実装石達は、たとえ厳しい生活でも仔の安全を優先する個体ばかりだった。 確かに仕事などはあるが、この場所は公園や河川敷よりも外敵の心配が無い。 仮に野生動物が襲来したとしても、仲間の獣装石達が守ってくれるのだから安心である。 一方、獣装石の場合は事情が異なっていた。 ここを飛び出し、他のコミュニティーへ訪れても受け入れられる事は稀である。 たとえ受け入れられたとしても、実装石と獣装石との溝は決して浅くない。 そして仮に公園などへ行ったとしても獣装石の本能がそれを許さない。 獣装石の本能が野生を欲していた。 それは人間の生活に耐えられなくなったセキもよく分かっていた。 「 セキは文字も読めるし、計算もできるデス だから明日からは、ワシの手伝いをしてもらうデスよ 」 セキの新しい生活が始まった。 新入りでありながら、リーダーのホウに付き従う光景に不満を抱く獣装石達は多かった。 だが自分達の読めない文字や意味の理解できない数字を使いこなすセキを見れば、納得せざるを得ない。 また、ホウ以外には理解できない地図を使いこなせたのはテンを除けばセキだけであった。 等高線や表記記号を理解し、地図から山の立体図をイメージする。 セキの計算は正確で、村の穴に蓄えられた食糧の備蓄量に狂いは無かった。 この村では、全ての個体に仕事が割り当てられている。 実装石は獣装石に比べて体力的に大きく劣るが、仕事ができないわけでない。 山野を移動して山菜や木の実、野生のキノコといった食料を採集する。 同時に大きくなった仔達を同伴し、食べられる種と食べられない種を教え込ませるのも重要な仕事であった。 セキの指示により、2体の賢い実装石には薬草の採集が命じられていた。 再生能力の高い実装石や獣装石であるが、薬草は更に治癒能力を促進してくれる。 また身体が弱く、熱を出しやすい仔供のために解熱の効能を持った薬草、 更に解毒剤や下痢に関する薬草などが村にストックされた。 そして、その薬草類を使いこなして村の実装石達を治療する医療実装も存在した。 獣装石達には、その運動能力を活かした仕事が割り当てられる。 並外れた行動可能範囲から、実装石では日帰りできない隣の山にまで食料調達に出かけた。 中でも高い運動能力を有する獣装石達には狩りが命じられた。 山の谷川に生息する川魚を、野生の熊の如く狩ることのできたのはテン以下、数匹のみ。 如何に爪が生えていようと、並外れた反射神経と速さが無ければ獲ることは不可能。 特にテンは、この村で最も鋭く速く長い爪を持つ獣装石であった。 また時々、野生のイノシシが出現して村の実装石達を脅かした。 イノシシの突進は、通常の獣装石では数匹がかりで立ち向かうのがやっとである。 だが並外れた巨躯を持つチィだけは真正面から受け止め、更に打ち倒すことができた。 チィは唯一イノシシ狩りの可能な、村で最も力の強い獣装石であった。 テンとチィが、ホウから指揮獣装として抜擢されたのは統率力も去ることながら、並外れた力量故である。 しかしセキもまた、2匹に劣らぬ力を見せる。 水面の下の川魚を、上から水しぶきを上げつつ獲ることができた。 その巨躯を活かし、チィ程ではないがイノシシと互角に肉弾戦を渡り合えることができた。 そして、このコミュニティーが他と大きく異なる特徴が一つ存在する。 「 今日は何をするデス? 」 「 戦いの訓練デス 」 「 訓練? 」 「 そうデス、ワシ達は戦いに備えているデスよ 」 ホウの指揮の下、60匹以上の獣装石が山野を疾走する。 指揮獣装のテンとチィには、各々10匹の獣装石が宛がわれ、統率を任していた。 本隊のホウの元には40余の獣装石。 3つに分かれた獣装石の群れは、住処の山の麓から居住区までの間の山林を縦横無尽に駆けた。 「 セキ、お前はテンとチィの群れの違いが分かるデス? 」 「 テンの群れは足の速い者達ばかりデス それに比べてチィの群れは、足は遅いデスが力の強い者達が集まってるように見えるデス 」 「 その通りデス 」 ホウはセキを傍に置き、指揮に関する事を重点的に教えた。 戦いとは戦力を整えることから始まる、と。 テンとチィの群れは、各々の適正に合った役目を割り当てれば良い。 長所を活かすように配置するのが大切だと。 老獣装は他の獣装石が聞いたことの無い知識をセキに教授した。 ホウに教えられ、セキは指揮に関する知識を身に付けていく。 だがその反面、獣装石達を訓練するホウを見て、セキは疑問を持つようになった。 ( 何に対する戦いの訓練なのデス…? ) 戦いならば、当然だが敵の存在を前提とする。 しかし、これだけの数の獣装石、しかも厳しい訓練をこなした者達ならば、 どんな乱暴者の実装石の群れであろうと、マラ実装1000匹と戦っても楽に勝てると思う。 仮に万が一、獣装石の群れと戦う事になっても、負けるとは思えない。 そもそも、獣装石は個体数が少なく、群れ自体が非常に珍しいことであるが。 他に山犬やイノシシといった野生動物との戦いを想定しているようにも思えなかった。 「 ホウ、これは訓練デスね? 」 「 それがどうしたデス? 」 「 何と戦う訓練なのデス…? 」 ある訓練中、セキはホウに疑問を投げかける。 しかしホウはセキの質問に対し、暫く時間を置いてから答えた。 「 実装石の群れデスよ ワシ達の住処を奪う実装石がやってきた時に備えての訓練デス 」 ホウはセキの問いかけから逃げるように訓練の指揮を続けた。 その答えが偽りであるのはセキにも察することができる。 この老獣装は、まだ他に隠し事をしていると。 そして一ヵ月後。 ホウは、村の全ての実装石と獣装石を集めて発表した。 「 セキを3匹目の指揮獣装に任命、 テン、チィと同じく10匹の獣装石を部下に付けるデス 」 僅か一月で指揮獣装への抜擢だが、その時になって納得しない獣装石は居なかった。 テンとチィに比肩する運動能力を有し、ホウ以外に唯一文字と数字を使いこなせる獣装石。 実力的には申し分ない上に、村の仔達を守るため、襲い掛かってきたイノシシにたった一匹で立ち向かった事もあった。 勇敢であり、村の者達のことを優しく気遣ってくれる仲間であるのだから。 「 テン、チィ……ワシの言うことを聞くデス 」 3匹目の指揮獣装任命後、ホウがテンとチィだけを集めて話を始めた。 「 ワシがなぜ、セキを指揮獣装に任命したか分かるデスか? 」 「 狩りも上手いデスし、ホウみたいに難しい仕事もできるからデスか? 」 「 オレには及ばないデスが、セキも力を持ってるデス! 」 するとホウは、2人の言葉に首を横に振って否定した。 「 お前達もデスが、部下を持つには必要な条件があるデス… 」 経験豊かな老獣装は語った。 多くの獣装石を率いる指揮獣装には、次の5つの条件が必須である。 一つ、常に冷静に判断を下し、容易に混乱せぬこと 一つ、階級にこだわらず、他の者達を思いやること 一つ、自らに与えられた仕事は、必ずこなすこと 一つ、規則は守り、いかなる時も罪は犯さぬこと 一つ、決して仲間を裏切らぬこと 「 それがセキやお前達を指揮獣装にした理由デス 」 老獣装が始めて打ち明かした話に、若き2獣装は聞き入った。 「 ワシは、テンとチィも同じ理由で指揮獣装に任命したデス デスが……セキには、お前達以上の素質があると思うデスよ 」 「 素質……デス? 」 「 …ワシも年老いたデス もしワシに何か有った場合は、セキをこの村の次の長にするデス そしてその時、お前達はセキに力を貸して欲しいデスよ… 」 ホウが自分の話を聞いていたテンとチィに深々と頭を下げた。 「 ホウ、頭を上げて欲しいデス 」 「 そんな弱音は聞きたくないデス! 」 深々と頭を下げたホウは、なかなか頭を上げようとはしない。 暫くして2匹がセキへの協力を仕方なく約束すると、ようやくホウは頭を上げた。 「 まだセキは、この村に来たばかりデス デスから、直ぐに今の話に納得できないかもしれないデスが……いつか、きっと分かってくれるデス 」 老獣装は一応了承したものの、まだ渋い顔をしている2匹を優しく諭した。 「 ワシが死んでも、セキが村の獣装石達を率いてくれさえすれば…… 」 自分達が親と敬う老獣装の呟きから、ホウが村の行く末を案じていると思った。 村の実装石と獣装石の未来のため、セキの力に期待しているのだと。 だが2匹はホウの真意に気付いていなかった。 ホウは村の行く末など露ほども気にしてなかった事を。 更に日にちが経ち、セキが指揮獣装として役割に慣れてきた頃。 ホウは再び、付近のコミュニティーへ巡回へ行くと言い出した。 前回から期間が経っており、その間に産まれたであろう仔獣装の引き取りが目的である。 だが、その巡回に指揮獣装の2匹は反対した。 「 ホウは、この群れのリーダーデス こうも山から離れてもらっては困るデスよ 」 「 もう歳なんデスから、大人しくしてるデス! 」 ホウが育て上げた若き獣装石のテンとチィ。 前まではホウの代役として、留守中の山を任せられていた。 更に今はセキも指揮獣装として加わり、村の運営に滞りは無いであろう。 しかし、だからといってホウの存在意義が消えたわけではない。 依然ホウを慕う者達は多く、またテンとチィもホウを自分の親のように思っていた。 一応、ホウには付き添いで獣装石を同行させるものの、何か不測の事態が起こらないと限らない。 まだホウは群れにとって無くてはならない存在であった。 仔獣装の引き取りだけならば、他の者達に任せれば良い。 しかしホウは今回も、これだけは譲れないと皆の反対を押し切って巡回に向かおうとしている。 「 ……そろそろ話してくれても良くないデス? 」 沈黙を保っていたホウに、テンが口を開いた。 「 ホウの目的は、獣装石の仔達の引き取りだけでは無いデスね? 」 「 テン、それはどういう意味デス? 」 「 ……チィ、ワタシは前からホウが別の何かを探しているのに気付いてたデス それはホウの自由デスし、無理に聞くまでも無いと思ってたデスが… 」 ホウがテンを指揮獣装に任命したのは、冷静且つ鋭い洞察力を有していたからであった。 チィが猪突猛進なタイプであるのに対し、テンは非常に思慮深い。 全ての局面において頼りになる指揮獣装である。 だが、それゆえにテンはホウの真意を見抜いていた。 「 ワタシもチィも長い間、この山で頑張ってきた仲間デス そろそろワタシ達を信用して欲しいデスよ ホウは一体、何を探しているデスか…? 」 信頼している指揮獣装に詰め寄られ、老獣装は返答に窮した。 「 …確かに、そろそろ話しても良いかもしれないデス 」 俯き、視線を逸らしていた皺の深い老獣装は向き直る。 「 ワシは長い間、特別な実装石を探していたデス それは…… 」 ここは山頂の居住区から離れた崖の近く。 他には誰も聞き耳の立てる者の居ない場所で、老獣装は自分以外に初めて秘密を打ち明けた。 夜が更けてきた。 山の夜は冷えやすく、体調を崩しやすい。 セキもまた早く寝床に入ろうとするが、その前に食料の備蓄報告をするべくホウを探していた。 「 デピャピャピャピャピャ!!! 」 「 ……? 」 崖の方で、辺りに響き渡る程の大きな笑い声が聞こえた。 声の主がチィであるのは分かった。 その他にも獣装石の気配を感じ、セキはそこへ向かう。 「 ピャピャピャピャ……! ホウ、それは本気で言ってるデスか…!? 」 セキが来た頃、チィが腹を抱えて大笑いをしていた。 その一方、テンは渋い顔をしながら、老獣装と向き合っていた。 「 …チィ、お前は笑いすぎデスよ、少しは抑えるデス しかし、ホウ… 」 テンはチィを窘めつつ、ホウに向かって厳しい口調で話しかけた。 「 ワタシもチィと同じ意見デスよ そんな実装石が、この世にいるとは思えないデス いえ、それはもう実装石とは呼べない生き物デスから… 」 それだけ言うと、テンはチィと共に自分達の寝床に向かった。 その場にはホウ、そして会話を理解できず呆然と立ち尽くすセキが取り残される。 「 ……ホウ、何があったデス? 」 老獣装はテンとチィの反応が辛辣だったせいか、暗く沈みこんでいるように見えた。 そのホウを気遣ってか、セキが声をかける。 「 いえ、何でも無いデス 」 言葉とは逆に、普段と違って今のホウに精気は感じられない。 呆然としつつ虚空を見つめている。 まるで魂が抜けたかのように力無かった。 「 ……やっぱり居ないデスかね 」 満天の星空を見上げつつ 老獣装は寂しげに呟いた
