『 ただいま! 』 「 冬香お姉チャン、おかえりデスゥ! 」 学校から帰ってきた冬香の姿を見て、家の中からセキが走ってきた。 今まで家に一匹だったのが寂しかったのか、一緒に遊ぶのをせがんでくる。 冬香に拾われてから三ヵ月。 セキの体躯は立派な獣装石に成長していた。 頭巾の隙間と袖口から、獣装石独特の体毛を伸ばしている。 あの時、冬香の胸に抱かれていた瀕死の仔獣装は、今では冬香の肩程の高さにまで背が伸びた。 既に平均的な成体実装石よりも背は高い。 『 セキは、こんなに大きくなっても甘えん坊なんだね。 』 「 デスゥ〜! 」 あの後、母親から簡易的ながらも実装リンガルを買って貰った。 今の冬香達には無くてはならないアイテムである。 「 それより、お姉チャン、早く外へ散歩に行くデス! 」 『 うん、行こうか! 』 冬香はセキを連れて外に出た。 帰宅後の散歩を兼ねた遊びは、既に日課となっていた。 『 こんにちは〜! 』 『 冬香ちゃん、こんにちは! 』 「 こんにちはデスゥ! 」 『 セキもこんにちは! やっぱり、ウチの実装石に比べてセキは大きいね〜。 』 「 デスゥ〜! 」 街中にある空き地は子供達の遊び場。 数人の子供が遊んでいる中へ、冬香とセキが入っていった。 始めは遠慮がちに皆の輪の中に入ろうとした冬香も、今はすっかり打ち解けていた。 その理由の一つはセキの存在。 幼い仔獣装の育て方などを教えて貰っているうちに、他の子と馴染む事ができた。 セキの育児は、近所の子達との話題の接点となっていたから。 まだ時々戸惑う事もあるが、冬香は近所の子供達の一員となっていた。 『 よう、セキ!ちょっと付き合えよ! 』 男子数人が、サッカーボールを持ってセキを誘う。 「 もちろんデス! 」 体格が普通の実装石より二回りも大きいセキは、男子の遊びにさえ付き合う事ができた。 通常の実装石は、非常に動作が緩慢で走る速度も高が知れている。 だが獣装石であるセキは、子供達に負けない動きをする手段を身に付けていた。 「 デスゥ!! 」 『 わわっ!!……セキ、お前ってまた動きが早くなったんじゃないか? 』 男子の1人が駆けながら蹴っていたサッカーボールを、セキが真横から奪い取った。 その時のセキは、通常の実装石とは異なる四足歩行。 獣装石としての体質上、四足となったセキは実装石とは思えない程の俊敏な動きを見せた。 『 冬香ちゃん、セキって凄いね…。 』 『 うん、あんな実装石は見たこと無いよ…。 』 『 う、うん……あはは…。 』 今では近所の子供達と運動さえできる程成長したセキ。 あの時、誰よりも強い仔になるようにと願った冬香だったが、その心境は複雑だった。 最初は隻眼であったため、普通の生活ができるかどうか不安だった。 だが、セキはそんな冬香の不安を他所にして逞しく成長する。 セキは自らが隻眼であるのを不便で思った事は無いと言う。 またセキは小さい頃に間引きされた体験を微かに覚えてるせいか、冬香に拾われた自分は幸運であると自覚していた。 あの時、冬香が自分を助けてくれなければ確実に死んでいた。 そして、一度は捨ててくるようにと言われた自分を庇ってくれた。 元々知能が低くないセキは、冬香に迷惑をかけぬよう、言いつけは全て守った。 尚且つ、その体格を活かして、母親の家事などの手伝いさえこなした。 ある意味、セキは、あの時の冬香が望んでいた理想的な飼い実装と言えた。 だが、そんなセキを見て冬香は時々、不安になる。 小さい頃は気にならなかったセキの身体。 今は成長し、普通の実装石とは明らかに異なる幾つかの点。 その緑の服の下は体毛で覆われており、普段は見えないものの、鋭く大きな爪が隠されている。 近所の実装石の背丈をあっという間に追い越し、今では冬香の肩ほどの身長。 そして明らかに普通の実装石以上の非常に高い運動能力。 この時の冬香は、まだ獣装石という言葉も存在も知らない。 だが直感的に、セキが普通と違うのは分かっていた。 怖くて、実装石に関して詳しく調べる気にもならなかった。 なぜあの時、産まれたばかりのセキが実装石に殺されそうになったのか、その理由を考えるようになった。 そして、この事が後になって大きな不幸を呼び込まないかと不安になった。 『 …ねぇ、セキ?みんなと走り回るのは楽しい? 』 「 とっても楽しいデス! 」 自宅への帰り道、遊び足りないセキが冬香の回りではしゃいでいる。 そのセキを冬香は不安げに見ていた。 『 なんでセキは、手を使って走るの? 』 「 …デ? 」 『 なぜ、他の実装石みたいに足だけで走らず、四つん這いになって走るの? 』 何気ない冬香の質問、セキは直ぐに答えられない。 最初はセキも二本の足で走っていた。 だが近所の男子達と遊んでいると、自分の遅さを恨めしく思う。 そんなある時、両手も地面についてみようと思った。 そうすれば早く走れるのでは無いかと、根拠は無いがそう思えた。 それが獣装石特有の本能で有る事をセキは知らない。 冬香は、そんなセキの頭に手を置きつつ撫でて言い聞かせた。 『 セキ、みんなと一緒に遊ぶのは良いけど、お前は実装石なの。 』 「 デ…ス…? 」 言葉の意味を理解できず、セキが冬香を見上げた。 『 だからね、無理に早く走る必要は無いの……お前は実装石らしくしてれば良いの…。 』 自分を撫でながら優しく言い聞かせる冬香は、どことなく弱弱しく見えて。 その時のセキには、冬香の悲しげな瞳の意味が分からなかった。 「 今日のお勉強は、これデスね…。 」 日中、冬香も母親も居ない時間帯、セキは家に1人で留守番をしていた。 母親は仕事に、冬香は小学校へ。 その時間帯を使い、セキは冬香から与えられた課題をこなしていた。 「 デ……デ………。 」 生後三ヶ月のセキは、既にひらがなとカタカナの読み書きをマスターしている。 不器用ながらも、シャーペンを使って白い紙に文字を書き写していく。 今は、画数の少ない漢字を勉強し、新聞などの文章を断片的だが読み取れるようになった。 母親からは、冬香よりも頭が良いのでは、と褒められたりしている。 またセキ自身も、この勉強は嫌いで無かった。 文字を読めるようになれば本を読める。 本は知識の宝庫だった。 自分の知らない事が多く詰まっている。 そしてセキが特に興味を惹かれたのは歴史本。 人間の歴史の興亡、戦記をなぜか食い入るように読んだ。 勝者の軍は、如何にして敗者の軍に勝利したか。 冬香の父親は歴史書を所蔵しており、セキは留守中に読み耽った。 そして何時しか、子供達と遊ぶ時とは異なる別の高揚感を感じていた。 「 デ……デェ! 」 突然、本を読んでいたセキが手を抑えて呻き声を上げた。 居間に向かうと、壁に大きなベニヤ板が立てかけられている。 ( がり……がり…… ) ベニヤ板にセキが爪を立て、何度も何度も傷つけて研ぎ始めた。 冬香達は猫と同じく、セキが爪を研ぐのに必要だと思い、手ごろな板を用意した。 しかし、セキの中では別の思いが現れていた。 < 何かを…何でも構わないから切り裂きたい…! > 運動能力に秀で、体力を持て余したセキにとって、近所の子達との遊びは唯一のストレス解消だった。 だが、近所の子達との遊びでは満足できなくなった自分に気付き始める。 ……ッ! セキが手に力を込めると、白刃の爪が手から伸びる。 その爪は鋭く、研がれて鈍く光る。 顔を上げ、窓の外を見ると青空が広がっていた。 留守番をしている家の中に比べ、外には無限の世界が広がっている。 自分の知らない世界が待ち受けている。 何時しかセキは、広々とした野原で縦横無尽に駆け回る自分を夢見ていた。 そして更に一ヵ月後。 いつもの様に夕方は、近所の空き地で子供達と遊んでいた。 『 セ、セキ!少しは手加減しろよ!! 』 「 デススッ♪ 」 やはりセキは、四つん這いになって駆け回っていた。 成長した隻眼の獣装石は、子供達には追いつけない程の脚力で簡単に引き離す。 そんな光景を離れた場所で複雑な表情で見つめつつも、冬香は強く止められないでいた。 日中は家の中に閉じ込められているセキが不憫であり、嬉しそうに動き回るのを止めるのは可哀想だったから。 「 ギャッ! 」 突然、近所の子が連れていた実装石が悲鳴を上げた。 そこにいた冬香達もセキも動きを止め、悲鳴の主に振り返る。 「 大人しくするデス…! 」 服の汚れた実装石……野良実装が、飼い実装の1匹の腕に齧り付いていた。 『 キャッ…!か、返して!! 』 飼い主の子が悲鳴を上げると、齧られている飼い実装を取り返そうと詰め寄る。 だが、それを阻むように多くの野良実装が物陰から続々と出てきた。 その数、20匹以上。 どの個体も飼い実装に比べて着ている服は破れ、酷く汚れているのが分かる。 「 今から、ここはワタシ達の場所デス! 」 「 この実装石は今までの使用料として、ありがたく受け取ってやるデス! 」 「 ニンゲンは、さっさと出て行けデス! 」 それは野良実装達のコミュニティーの集団移動だった。 「 た、助けてデス〜! 」 捕まった飼い実装が飼い主に向かって手を振り回して助けを求めている。 『 おいおい、お前ら……洒落になんねー事をしてんなぁ? 』 『 さっさとソイツを離して謝った方が身のためだぞ? 』 『 俺は許さねえけどな…! 』 セキと遊んでいた男子3人が怒りを露わにして近寄った。 「 デププ……たった、3人で何ができるデス? 」 リーダー格らしき野良実装が、数を頼りに虚勢を張った。 見れば、野良実装達は手に小石や棒を持ち、既に臨戦態勢にある。 男子3人は他の女子や飼い実装を後ろに下がらせると、野良実装と睨み合った。 『 ……セキ、どうしたの? 』 遠く離れた場所から成り行きを見ていた冬香はセキの異変に気付いた。 「 デェ…!デェ……ッ! 」 産まれて始めての戦いを前にした緊迫感に、セキの鼓動が激しく高鳴る。 無意識のうちに手から爪は伸び、両手を地面について飛び掛る態勢に入っていた。 野生の本能が戦いの始まりを敏感に察していたのだ。 『 ダメよ、セキ…! 』 冬香はそんなセキの身体を抱きしめ、背中をさすって落ち着かせた。 『 良いから…! 直ぐに、終わるから……あの子も帰ってくるから…! だから静かに…落ち着いて…! 』 「 デ、デェ……。 」 耳元で冬香に囁きかけられ、セキが理性を取り戻した。 未だに爪が収まらないものの、セキの中の野生が再び眠りに付こうとしていた。 『 …落ち着いたね。ねぇ、あなた達? 』 セキが冷静を取り戻すと、冬香は小走りで男子と野良実装の間に割って入った。 『 こ、これをあげるから、その子を返してくれない? 』 冬香の手には金平糖の入った袋が握られていた。 本来なら、近所の飼い実装やセキのオヤツにする筈だった物だ。 『 おい、冬香! 』 『 ンな物、やる必要ねえよ! 』 『 余計な事をすンな! 』 『 お願い、ここは…。 』 拳を振り上げていた男子達から怒りと不平が零れるが、冬香はリーダー実装に金平糖を渡した。 「 まぁ、仕方ないからこれで勘弁してやるデス…♪ 」 「 ギャッ! 」 金平糖を手に取ると、リーダー実装は捕まえていた飼い実装を飼い主の女の子の方へ蹴飛ばした。 『 大丈夫…!?うん、これくらいなら直ぐに治るから…。 』 解放された飼い実装を、飼い主の女の子が抱き上げた。 腕からの出血が激しいものの、命に別状は無さそうだ。 「 …というわけで今日から、ここはワタシ達の土地デス! お前たちは、さっさと出て行けデス!! 」 『 何だと、お前ら! 』 冬香の反応を見て、リーダー実装が更に増長し、調子に乗り始めた。 一度は冬香に制せられた男子達だが、流石にこれ以上は黙ってられない。 『 待って、みんな!喧嘩とかは…! 』 『 冬香はお人好しすぎるんだよ! 』 『 これ以上、舐められてたまるか! 』 『 ぶちのめしてやる! 』 「 デププ……馬鹿ニンゲン、さっさとソイツ等を止めるデス 」 更に男子達を止めようとする冬香と、その冬香を下僕か何かと勘違いして嘲笑う野良実装達。 だが、冬香の注意はそこに無かった。 少し離れた場所で、こちらの動向を伺っているセキに向けられていた。 これ以上、セキを刺激したら……何か恐ろしい事が起きるような気がした。 『 …痛ッ! 』 不意に冬香の頭に小石が投げられ、ぶつけられた。 その小石を投げた者は…。 「 トロいニンゲンデス…♪ 」 『 ……てめぇ! 』 『 動くな! 』 『 コラっ! 』 小石が当たり、冬香が頭を抑えて、その場に屈みこんだ。 遂に堪忍袋の尾が切れた男子3人が野良実装達に殴りかかった。 だがそれよりも早く、男子達の間を縫って背後から何かが飛び出す。 野良実装の群れに切り込んだ影が有った。 ( …ポトッ ) 「 ……ェ…? 」 冬香に小石を投げた野良実装の腕が地面に落ちた。 切断面から赤と緑の体液が流れ落ちる。 突然の出来事に、切られた野良実装は事態を理解できない。 「 ェ……ェ…!?………! 」 数瞬後、痛みと恐怖で声を張り上げようとした時、頭部と胴体が永遠に分かれた。 バランスを失った胴体は地面に崩れ落ち…その後ろに仁王立ちするセキの姿が野良実装達の目に入った。 「 じゅ…獣装石! な、なんでこんな所に獣装石がいるデス!? 」 実装石達にとって、ある意味人間以上に恐れられる獣装石。 パニックに陥った野良実装達は、一斉に散らばり逃げようとするが、セキは逃さなかった。 「 助け…ギャ! 」 「 ギャァア!! 」 「 デギャ! 」 セキの影が駆け抜けるたびに、野良実装達は一体一体が分解されていく。 ある者は腕、ある者は脚、ある者は胴体を真っ二つに切断された。 広々とした空き地の地面は、子供たちの遊び場は瞬く間に野良実装達の体液の色に染まる。 「 デ、デェ……! 」 金平糖の袋を持った野良実装が逃げていく。 この群れを率いていたリーダー実装。 仲間が殺されても金平糖の袋だけは握って離さない野良実装は、わき目も振らず必死に逃げ出した。 「 ……! 」 そのリーダー実装の前に、隻眼の獣装石が立ち塞がる。 成体であり、平均的な実装石よりも大きな身体を誇るはずの野良実装。 だがセキは、更にその上から見下ろしていた。 「 こ、これをやるから助け……ギャァァ! 」 鈍い光が奔った。 するとセキに差し出そうとした金平糖を持った両腕が地面に落ちて転がる。 そして後ずさりをする野良実装へ、更にセキが両腕を振り上げた。 「 〜〜〜!! 」 耳を削ぎ取られ、肩から腕を切断され、胴体の切断面から臓物が溢れ出る。 かろうじて身体を支えていた両脚も、セキの一閃で胴体と離れ離れになった。 足を失い、支えきれなくなった身体が地面に崩れ落ちた。 「 お願い…デ…ス……もう……許して……デェ… 」 達磨のようになって地面に転がる野良実装をセキが見下ろす。 セキが足を上げた。 その先は野良実装の頭部。 今にも息絶えようとしている野良実装の頭を、セキが踏み潰そうとしていた。 『 止めて、セキ!! 』 「 ……! 」 背後から何者かに抱きつかれて、セキは正気を取り戻した。 「 冬香…お姉チャン……。 」 手を見ると、今まで自制していた筈の爪が見た事も無いほど大きく伸びている。 自分の服は、野良実装達の返り血で赤と緑に染まり、辺り一面にその残骸が散らばっていた。 それはセキが今まで抑えてきた衝動を解放した瞬間。 背後から、冬香が嗚咽を繰り返しながら抱きついている。 その背中越しに冬香の泣いてるのが分かった。 セキは獣装石として覚醒した。 『 な、なぜなの、お母さん!? 』 『 ダメよ、冬香……こればっかりは仕方ないのよ。 』 『 セキは何も悪くないよ!! 』 獣装石と実装石は似て非なるもの。 実装石は飼い実装として社会に定着しているものの、獣装石に関してはそうでない。 そもそも、野生の本能が強い獣装石が人間に飼われる事例は非常に少ない。 幼少時はともかく、成長するに連れて本能の押さえが効かないのである。 そして、その運動能力は実装石を遥かに凌駕する。 産まれつき、他の獣装石に比べて更に巨躯のセキは、戦闘力は覚醒した今、人間に匹敵するかもしれない。 そんな獣装石を檻も格子も無い普通の一般家庭で飼うのは無理だった。 今回の件で子供達の口から親へ、更に近所の人間達へセキの正体が知れ渡るのは時間の問題だろう。 将来的にセキが何か問題を起こさないとも限らず、自分達への風当たりは強くなる。 冬香の母親はセキを保健所に連れて行くべきか迷っていた。 『 イヤよ、イヤだよ!! 』 『 冬香……。 』 だが母親もまた、セキを喜んで処分したい訳では無かった。 この隻眼の獣装石が来てから、冬香は少しづつ明るくなり、近所の子と一緒に遊ぶようになった。 外から泣きながら帰ってくることが少なくなった。 逆に家の中でも、最近は笑顔が多くなった。 それに4ヶ月とはいえ、セキと一緒に暮らしてきた。 冬香に迷惑をかけぬよう、拾ってくれた恩返しをしようと家事を手伝ってくれたセキをよく知っている。 洗濯や部屋の掃除を手伝ってくれた。 そんなセキに母親も愛着がわくのは当然だった。 母親にとっても既にセキは、家族の一員だった。 けれど人間として社会に生きる以上、社会のルールを守らなくてはいけなかった。 「 ……冬香お姉チャン……ママサン… 」 その2人を物陰からセキが、見ていた。 自分にとってこの世で最も大切な2人が悲しんでいる。 特に冬香があんなに泣くのを見るのは初めてだった。 そんな光景を見るのが非常に辛かった。 あの時、冬香は自分に実装石であると言い聞かせた。 なのにセキは、その事を理解できず、本能の赴くまま行動してしまった。 隻眼の獣装石は己の迂闊さを心から後悔した。 「 ……… 」 深夜3時。 まだ誰も起きていない時間帯にセキはベッドから起き上がった。 産まれて4ヶ月、今まで身体を横たえてきた古いベッドを暫く見つめる。 これは冬香が赤ん坊の頃に使っていた物らしい。 この家の人達は、獣装石の自分を人間と分け隔てなく扱ってくれた。 部屋を出ると忍び足で台所に向かい、実装フードの袋を一つ、音も立てず手に取る。 そして以前、買ってくれた安物のリュックサックに入れ、更にノートと使い慣れたシャーペンを詰め込んだ。 音も立てず冬香の部屋のドアが開く。 『 すぅ……ぅ…… 』 ベッドでは冬香が安らかに寝息を立てていた。 今は暗闇で分からないが、おそらく涙で目を晴らしているのだろう。 セキは手を伸ばし、冬香の肩にまで布団をかけ直してあげた。 その寝顔を見て、セキの隻眼から涙が溢れ出す。 思えば冬香は、いつも自分を庇ってくれた。 産まれた直後、親にさえ見捨てられた自分を憐れんで拾ってくれた。 一度は母親に拒絶されながらも、自分を見捨てることができず、一緒に寒い夜道を歩いた。 そして今、獣装石として処分されようとしている自分を、必死になって守ろうとしている。 この世界で唯一の自分の味方 そんな大切な冬香に、これ以上迷惑をかけたくなかった。 冬香は、自分を最後の最後まで守ってくれるかもしれない。 しかし、そのせいで冬香や母親に大きな迷惑をかけることになるだろう。 だからセキは、この家から出ることに決めた。 「 …… 」 ベッドの傍らに立ったまま、セキが頭を下げた。 その頬から涙が伝い、床に水滴が落ちる。 寝息を立てている冬香に向かい、深々と…いつまでも頭を下げていた。 ( パタン…… ) 早朝、音を立てないように家の扉を閉める。 リュックサックを背負ったセキが今一度、家の中の2人に向かって頭を下げた。 振り返れば、真っ暗闇だった空に一筋の光 白み始めてきた空 朝日に照らされる町並みと白い雲 目の前に広がる未知の世界 「 …デッ! 」 セキは町並みを抜け 朝陽を背に受けながら奔り始めた 『 冬香、早く起きなさい!学校に遅刻するわよ! 』 『 …はぁ……い……お母さん…。 』 目を開けた冬香が最初に見たのは窓の外に広がる紺碧の空 冬香は目を擦りつつも布団を捲り ベッドから立ち上がる 朝の冷気に体温を奪われつつ いつものように扉を開けて部屋から出ようとした時 机の上に覚えの無い紙片が置かれているのに気付いた 『 何これ…? 』 冬香は手に取って見てみる そのメモ用紙には稚拙な文字で一言だけ書かれていた ”あ り が と う ”
