タイトル:【観察】 デシアで1週休んだデスゥ
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3892 レス数:0
初投稿日時:2006/10/26-22:58:39修正日時:2006/10/26-22:58:39
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長い雨  (6) 苦悩

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飼い実装として、身の危険も無く飢える事も無く育ったミー、
彼女は第8世代と呼ばれる、糞蟲化しにくい知性と道徳心を持つ実装石で、よく飼い主の言葉に従った。
特別に賢いわけでもないが、余計なことを身に着けるほど愚かでもなく、
特別に幸せではないが、不幸という言葉は彼女には存在しなかった。

知能優先の飼いとしては中庸であるが故に…黙って従う事が幸せと感じるが故に…
得られていた幸せは、飼い主の都合により崩れ去った。

彼女は彼女が思い描く事が出来ない半年と言う期間、彼女達の力だけで、
野良実装とともに公園という世界で生き抜いていかなければならないのだった。

ただ一時の絶頂と呼べる幸せと飼い主への思いを唯一の糧として…
その時間に戻る為に…

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もう1匹のミーと分かれて、数週間が過ぎていた。

その間の生活に何の変化も無かった。

4匹の仔は、それぞれ過ぎた時間に相応しく大きくなっていたが、
野良として生活するミーには、その仔達の無邪気な危機感の無さが重荷ではあった。

危険な外に連れ出す時間は最小に留めていたが、その為、仔達だけで過ごす時間が多い。
それは、ペットとして本来、教育に裂かれるべき時間を無為に過ごすという事に他ならない。

ペットとして飼われていれば、殆どの時間は親仔はともに安全な場所で行動し、
その無意味に長い時間を飼いに相応しい教育に費やすものである。

野良の場合でも、仔はある種の消耗品であり、弱肉強食世界に生きているだけに、
連れ歩いても生き残ったものだけが親から学び、自ら経験して生きて行けるようになる。
親自身はそれを否定し、仔が死ねば悲しむものが居るとしても、種族としての節理はそう出来ている。

ただ、稀に居る特に仔への愛情の強い個体…それは飼いから野良に落とされた個体に特に多いが、
それらは、仔の安全を優先するあまり、このような過保護に走るものも居る。
ミーには仔を危険にさらすという選択肢が無いために、危険に気づいてからは一人で外を出ることが多いのだ。
その為、4匹の仔は、それぞれ何の成長も危機感も無い。
ただ、悪戯に時間と物資を消費するだけの存在である。

それだけに、そうした親は、大概、人間の手が加えられずとも、
自らが過保護に育てた仔が原因で排除なり全滅の憂き目を見る事になることが多い。
高度な知能生活を営みながらも、知能が低い矛盾した実装石にとって”経験”以上の勉強が身に付く確率は低い。

それも、生半可に知能があるだけに、生半可に良い環境があるだけに、
仔達も進んで自ら外に出るという選択をすることは無く、ひたすら4匹で家の中で遊ぶだけである。
好奇心は、ある種、本能がもたらす学習意欲の方向性である。
学ぶ事をしなければ知能は向上するはずもなく、ただ幼いままであるが、
自分が居ない、あるいは、側に置いて学ばせないミーには、
自分が同じ大きさの頃に憶えていた事が出来ない仔達は退化すらしているように感じられ、
その誤った愛情によって、余計に連れ出す事を億劫にさせていた。

食事に関しても相変わらず、ミーが苦労して持ってくる生ゴミ類には一切手を付けない。
手を付けたら付けたで、面倒な事になるのは明白だが、苦労を踏みにじられる事ほど辛いものは無い。

日に日に実装フードのストックは目減りしていき、
ミーは、仕方なく、あの公園口の集団に加わって人間から餌を貰う事も欠かすことは出来なかった。
あのマリア程ではないが、やはり”接待”を必要とする飼い実装も多く、
大人しいミーは、頻繁に接待要因として差し出され、悪戯に生傷を増やしながらも、
僅かばかりの人間の食べ物を手にしていた。

だが、その人間の食べ物を迎える仔達の喜ぶ顔だけが、いつしかミーの癒しになっていた。

人間の食べ物を貰う事も、人間のゴミを食う事も、僅かな差でしかないのにである…。

事実、仔達は、味の無いに等しい実装フードの食欲すら落ちていた。
ミーがなんだかんだで、高い確率でソレを持ってくるからである。
ソレを空腹で待ち続けるのである。

そして、ソレが無いときは母親を侮辱して、我慢した分の実装フードを要求して”腹を満たす”のである。
消費する量は変化は無いが、実装フードに対する考え方はすっかり変わってしまっていたが、
ミーはソレに気が付かず、一人、誰も食べない生ゴミを食う毎日である。
普通の実装石にとっては、実は味がある生ゴミを腹いっぱい食べられる方が幸せではある。
しかし、半端に賢く尊厳を持つミーには、落ちぶれ、日に日に野良臭を自覚する事は苦痛に他ならない。
その姿を仔達に罵倒されれば尚更である。

ミーの服は既にシルクの部分がボロボロに裂け汚れていた。
それは洗ってどうにかなるというレベルではなく、
まだ、裏地が普通の実装服素材である分、服としての体裁を保っているだけである。
身体も、体格がほぼ規格化している実装石達と比べればずいぶんと細く、肌の色もくすみだしている。
その姿にも、日々、ミーは鏡を見て落胆を隠せないで居た。


それでも、ミーは健気に4匹の仔を守っていた。


そして、今日は、長女のキーを連れて、外の事を教育するつもりで居た。
既に、体の大きさが40cmと大きくなり、声質も変わり始めたので大丈夫と判断したのだ。
むしろ、遅すぎるほどである。

「キー、準備は出来たデス?」

「イヤテチィ、どうしてワタシがお外に行くテチ?
 お外なんていったらワタシのこの服がママの服みたいにボロボロになるテチィー」

身体はデカイが、思考は公園に来た頃と何も変わらない。
すでに、服はパツンパツンに張り付いている状態である。

実装服は宿主の身体にあわせて大きくなるが、それ以外の服はそんな魔法のような効果は無い。
それは、同じ実装服から作った素材でも、汚れが落ちやすく肉体の再生効果が落ちない以外は普通の服と同じだ。
持って生まれた服以外は、身体の成長と共に着られなくなる。
その為、爆発的に短期に成長する仔実装に服を買い与える事ほど無駄なものは無く。
ソレを持ってセレブ連中が自慢のネタにしたがるのである。
成体になってすら、汚れでの繰り返される洗浄の磨耗には耐えられない為に特注服は贅沢品である。
そういう面では、もって生まれた実装服は恐ろしく磨耗には強く、
成長機能に付属して、僅かだが再生効果を持っていると言う説すらある。

それなのに、ミーも仔達も、結局、元の服を着るという選択肢が生まれないのが実装石の性であり思考の謎である。

もはや、お気に入りのポーチも水筒も襷掛けには出来ない。
既に実装ミネラルウォータの備蓄は底を付き、空いた容器にミーが夜の水場に詰めに言っているのだが、
仔達はまだ水があると信じているのか、
「お外の水なんてフケツで飲めないテチュー」
といそいそと、ペットボトルから水飲み皿に移した水を、さらに水筒に掬い入れている。

「準備出来たテチィ!じゃあ、お散歩行って来るテチュ〜ン♪」

まったく飼い実装気分が抜けていない…というか、公園に来て外に出る機会が減った為に、
むしろ、完全に置かれた状況を忘れ去っていると言って良い。


ひとたび外に出れば、すっかり慣れきったミーは、そのボロ衣装に相応しく堂々とし、
まだ汚れの無いキーは、完全に浮き、通りで堂々と繰り広げられている惨劇に恐れ泣き叫んでいる。

ミー単体なら、この実装団地でも割と顔が知られた実装石になりつつあるのだ。
認知されてくれば向こうから挨拶をしてくる団地組みも増える。

「おはようデスゥー今日も供物を貰いに行くデス?今日は仔共連れデスゥン?」

「そうデス、この仔達にもお勉強させるデスゥ〜、まだ飼われている頃の気分が抜けないデスゥ」

ミーは、そのあしらい方も十分に覚えた。
どの程度の会話が大丈夫なのか、無難に嘘を付く方法…
それは、狡猾になると言うことに他ならないのだが、それを身に着けなければ野良の集団の中では生き残れない。
たった一言の言葉の食い違いが、排斥を生むことすらあるが、
まったく会話の接点も持たない者もまた、排斥の槍玉に挙げられるのだから。
ミーは、そのギリギリのラインを自分の意思と知能で判断して会話の程度を選ぶ。

この公園の特徴としては、飼いの数が割と多い為に、この程度の会話は危険ではなかった。
むしろ、それを利用して、動揺する不慣れな仔達を偽装する事が出来ると考えたのだ。

”飼いの気分が抜けない”のであれば、仔達がこうして怯えて「ご主人様タスケテ…」などと口走ろうが、
他の連中からは妄言と理解されるからだ。
ようやく、ミーはその”程度”というものが理解できるようになって来た。
あまり多用や強調しすぎれば怪しまれるが、この程度ならミーさえ堂々としていれば見抜かれることも無い。

しかも、ミーの頭の中でもそれは大きな嘘ではないために、そこは詰まる事無くスラスラと会話が出来る。
実装石にとっての嘘は大きく2つあり、1つはごく一般的な実装石の吐く”妄言幻想系”の嘘と、
賢い実装石の吐く”嘘と理解している嘘”である。
妄言系の嘘の事はいわずもがな、嘘の概念が理解できる知能と道徳があって、
それでも付く嘘は人間どころか実装石が聞いても嘘とわかるほど動揺する。

「そうデスゥ?今日は久しぶりに天気がいいからイッパイ人間が来るデスゥ〜ン♪」


そして、ミーは日課の公園口に待機をする。

「デププ…今日も来たデス、お前は近年まれに見る供物を貰える実装石デスゥ♪」

近年まれに見る…とはいえ、そういう立場の実装たちもそれほど長くこの公園に居るわけではない。
只の誇張表現である。

「今日は仔を連れているデス?デププ…これはポイント高いデスゥ!
 ささ、早くこっちに来るデスゥ〜ン♪今日もガッポリ稼ぐデスゥ〜ン♪」

口は悪いが丁寧な実装石達の招きにキーは最初戸惑っていたが、
すぐに慣れ、「テチュ〜テチュ〜♪」と回りに自分の容姿を見せびらかす。

しかし、その余裕も人間の訪問とともに消え去る。
周りの実装石にとって、ミーやキーなど、人間の関心を引く道具に過ぎない。
餌が撒かれれば、巻き起こる奪い合いはむしろ、人間の関心を引くが故に集中するミー達に多く降りかかる。

ガツ!ベキ!ガスッ!

ミーやキーは餌を拾う余裕は与えられず殴りかかられる。
とはいえ、別にリンチを加えているわけではない。
彼らにも一応、人前ではそういうことを見せることの不利さは十分にわかっている。
ただ、餌に集中するとそんな思考はどこかに飛んで醜態をさらすだけであるが、
一応、彼らの中では、”冷静な人間”から見れば十分な惨状も、彼らの中では醜態ではないと思っている。
だから、ミーは、自分のところに餌が撒かれても身体を可能な限り小さくするためにしゃがんで受身に徹する。
攻撃が執拗なリンチの為ではない限りは、防御に徹すれば被害は最小でとどまる事を経験で学んだ。
受身をしながら、自分のそのしゃがんで、本当の眼前にやってくる物だけを素早く口に詰めるのだ。

一応、そのことはキーにも説明してあるのだが、
いざ餌撒きが始まると、キーはそんな事を忘れて撒かれる餌に飛びつこうと無防備でバンザイする。
それは、同じようにその餌に手を伸ばす連中と接触し殴られる的である。

「デチィ!デギァ!デチュェェェェ!グポァ!」

接触し、怯んだところに飛びついてきた連中の手がチョップの如く襲い掛かる。
それでもパンの欠片を手にしたと思った瞬間、その手の先ごと食いちぎられる。
痛みにのた打ち回る事など許されない…倒れた瞬間、餌を求めて跳ねた者が、キーの腹に着地したのだ。
口から胃液を噴出し、パンツがエアバックの様に瞬時に野球ボール大に膨らんで染まる…糞と赤い血の色に…。

この混乱から身を守るには、立ってとどまる事も、身を低くしすぎる事も危険なのだ。
混乱から動き回って逃げるか、どうしても物が欲しければミーの様にしゃがむのが被害を最小限に出来る。
少なくとも伏せるほど低くなった時の様に踏まれて悪戯に酷い傷を負う事は避けられるし、
立っている時の様に飛びつく連中の手が不要に当たる確率も低くなる。
せいぜい、突進してくる連中の腹当たりを喰らうだけで住む。
ただ、まったく動く事は出来ない。
餌を取る確率すら相当に低い。
まして、キーがボコボコに踏まれているのをミーは確認できるが助けることは出来ない。

加えて言うが、これはリンチではない。
餌が別の方に撒かれれば、無事なものや軽症なものがそちらに駆け出していくのである。

その後に残るのは、キーと同じように集団の中にあって”ツキ”の無いものである。


一つの波が去ったとき、ミーは、慌ててキーの側に寄り、キーの手を引いてその場を離れる。

「キー!キー!大丈夫デスゥ!!こんな・こんなハズじゃないデス!」

キーの自業自得なのだが、無意味に自己の責任と感じるのは情操教育を経た飼い実装らしい思考だ。

「・・・・・・」

キーは、ピクピクと痙攣するだけの姿になっていた。
頭はまるで不良品のゴルフボールの様に足形手形のディンプルが刻まれ変形し、腐ったみかんを握ったように額が割れていた。
手足は間接で無い部分から多角的方向にいくつも曲がり、踏まれた腹はそこだけきれいにへこんでいた。
そのご立派な実装服は、僅かこの数分によってズタボロになっていた。

息こそまだあるが、呼びかけに反応しないキーに、ミーは慌ててポーチからあるものを取り出す。
丁寧に緩衝材に包まれたそれは、飼い主が荷物に入れてくれた貴重な”実装活性剤のアンプル”である。

使い方は簡単だ。
先端のキャップを外せば針になっている。
キャップを外してから短時間のうちにそれを実装石の何処でもいい、ただ突き刺すだけで、
容器内部の圧力で自然と皮膚下にスポンジに染みる水の様に浸透していく。
不器用な実装石の為の高額な一回使い切りタイプだ。
コレが必要な実装石は自力で飲用できないケースが多い為に注射式になっている。
基本は人間が使うものだが、一応、実装石でも使えるように、内圧を高めて自然注入出来る仕組みになっている。
賢い飼い実装なら、普段使わない道具でも、なんとか2行程ぐらいなら手順を覚えられるので、
キャップを外す→刺すで使えるようにしてあるのだ。

実装活性剤の成分は不明だが、その値段の高額さと、実装石にしか効果が無い事から、
世間ではドリンク剤成分以外に偽石か実装石そのものがどういう技法かで溶け込んでいるのではないかと噂されている。
それだけに、その再生補助力というか再生強化力といってよい劇的な回復を実現し、
しかも、偽石の負担がまったく無い為、まさに瀕死の淵からの再生も可能という薬品だ。

その効果が現れて、キーの肉体はまるで別の生き物の如く蠢いて再生を開始する。

モノの数分でキーは、上半身をムクっと起す。
服こそボロボロだが、キーは、その豊かな肉体をツヤツヤにしてキョロキョロ辺りを見回す。

「キー!キー!大丈夫デス!?良かったデスゥ!」
ミーは、キーを抱きしめようとするが、キーは、ムクッと立ち上がり、

「ニンゲンさんが食べ物配っているテチュ〜♪」とポテポテ駆け出していった。

頭が割れていた事から、中の脳も一旦死んだのだろう。
一時的な記憶の消失を起し、あの騒ぎで自分が死に掛けた事がすっかり頭から抜け落ちているのだ。

ミーは、何とか騒ぎに飛び込もうとする寸前でキーを引き止め、
もう一度、身の守り方を説明する。

脳は一時的な記憶をとどめて適切処理をしているに過ぎない器官なので、無くなるのは一時的な記憶だけである。
再生した直後は、余計な”記憶”の無いまったくまっさらな状態なので、親であるミーすら理解できない状態だ。
一度言い聞かされた記憶が脳内にダウンロードされ、さらにミーから再度言い聞かされた事で、
今度はキーも身の守り方を納得する。

人間の躾けで言えば、一度説明し、粗相をした直後に注意を加えた状態だ。
一応、第8世代血族の仔であるキーには、それで自分が失敗した事を何とか納得して学習できる。
お陰で2回目の争奪戦の時には大きな傷を負わずに済んだ。


そして、ミーは素早くキーの手を引いてその場を離れる。

そして、誰も居ないのを確認してからポーチから買い物袋を取り出すと、口の中の物をペッペッと吐き出す。
袋に包めば隠し持っても臭いが漏れにくい事を学んでいた。
毎回、金平糖、パンくずが主な獲物だ。

「さっ、キー、皆の為に取ったものを吐き出すデス」
そう言ってキーに差し出すと、キーは「なんで?」と言う様にカクンと首を傾げる。

「なんでテチ?ワタシが貰ったものテチィ♪ワタシ食べて当然テッチュー」

キーは、他の実装石同様に、獲物をその場で食べていたのだ。

キーには飼い実装特有の我慢の無さと野良特有の協調性の無さが混在していた。
これは、特異な状況下における両極端な行動理念の半端な生存教育が半端な理解力によってもたらされる。
教育も半端であるが、行動で学ばせず、間違いを肉体で教えなかったツケであり、
知識ばかり肥大した糞蟲種の性格に傾く危険な兆候である。

いくら野良の生活方法に慣れたとはいえ、それと教育価値観は別物である。
ミーには殴ってでも教えるという価値観は非常に少ない。
彼女にとって、体罰を伴って教えなければならないことは、飼い主を侮辱したり、直接迷惑をかけた時だけなのだ。

結局、彼女は延々と彼女の知能と基準で、何故そうしなければいけないかを説明し続けるだけであった。
妹達の為、自分の為に学ばなければいけない、我慢し分け合わなければならない…生きていくために…。
飼われている頃のキーならば、それを真面目に聞くかもしれないが、
今のキーには、それは無駄に長いお小言でしかない。

「では次には公園のお外に行くデス!」

「お外テチィー…」
キーは不満そうに鳴く。それもそうだ、お小言さえ黙って聞けば、また、人間に餌が貰えると思っていたからだ。

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「お散歩はゼンゼン楽しくないテッチィー!」

ダンボールハウスに戻って開口一番のキーの不満であった。

わらわらと3匹の妹達が寄り集まってくる。
「「キーお姉ちゃん、おみやげおみやげテチュ〜♪テテッお姉ちゃん服がボロボロ汚いテッチュー…」」

「テテッ!テチァ!ワタシのお洋服がボロボロテチィ!」
昼までの餌貰いに参加してから何時間たつであろうか…キーは指摘されて始めて自分の姿に気が付く。
飼い実装としては、とても許されないほど破れた服に…。
慌てて部屋の手鏡に自分の姿を映すと「デェェェェェェ!」と叫んで崩れ落ちる。
その反応の鈍さもさることながら、物への執着心は酷いレベルに達している。

そして、「「お姉ちゃんお土産テッチィ〜♪約束テッチィ♪」」と寄り付く妹達を、
怒りの表情で手を使って払い飛ばす。

キーはもはや、飼い実装としても野良としても割り切れない中途半端な存在として固まっていた。
妹達のために身を挺して餌を取るという意識もなければ、
新しいルールを覚える努力も自発的にはしない。
自分が置かれた状況を考える事すらしようとは思わない。

仕方なく、3匹の妹達はミーに空腹を訴えるしかない。

ミーは、仕方なくポーチに入れた本日の収穫を取り出し分けようとすると、キーが妹達の隣に位置して手を出す。

「キーは、自分の分を昼間に食べたデス!」

「「お昼食べたテチィ!?ずるいテチィ!ずるいテチィ!」」

「黙るテチィ!ワタシがこんな姿になってガンバって取ったテチィ!分け合うのは当然テチィー」
そう、言い放ち、手で妹達を突き放すと、いち早くミーの手から金平糖をより分けて奪い去る。

しかし、ミーには強く反論できない。

出来ない理由がある。

説明が遅れたが、問題はキーの体格にある。
身長こそ仔実装としての週齢に相応しい大きさだが、横幅が僅かに大きい肥満の兆候がある。
実装石は周知の通り、制限しなければ大変な大喰らいであるが、その食欲に対して体格は、
食べているものも、多めに食べたものも体格体重は均一化されている。
知能や性格に突然変異はあっても、外観の突然変異は恐ろしく少ない。
マラや獣装石が少ないのとは別の意味で、体格と言うものが生まれながらに規格外に大きいと言う例は自然に存在しない。
食事による栄養という要素があって規格外の肉体に変化する。

簡単に痩せるが、これは栄養の低下もあるが餌が食べられないという精神的ストレスから来るものが大きく、
ミーがやつれているのも生活の苦労をストレスにしやすい、知能ある実装石ゆえの事である。
大抵の痩せた実装石は、ストレスが無くなれば平均値まですぐに回復する。

それが、僅かでも規格からはみ出るほど太るという事は壮絶な食事量を取っているという事に他ならない。
そして、その僅かの余剰栄養たるや、僅か1cmの胴回りの違いで、
人間では常人と力士ほどの差があり、養分の何分の一かが本来の肉とは違う脂質に変化する。
つまり、僅か1cm程度の太り方が、体重やそれに伴う戦闘力を飛躍的に拡大させる。

生物底辺の例え通り、太ろうが痩せていようが、実装石が他の生物に与える力は基本的に弱い。
しかし、実装石同士では僅かな違いがタイマンでは大きな力の差になる。
キーは、何故か、この生活に入ってから異常な肥満型に進化していた。
他の仔は、その週齢に相応しい大きさなのにである。
一方で成体とはいえ、日々の苦労でミーは食事を規定量取りながらも痩せていた。
その為、今やミーとキーは、単純な力比べでは互角の力関係になりつつある。
まして、その状況にありながらも、ミーは”我が仔”ゆえに理性で対処する事しか選択には無い。

しかし、今回ばかりは、そのあまりにも低脳な行動にミーも心の端に”排除”という言葉が浮かんだ。
昼間は貴重な薬まで使って命を助けた仔に対してである…。
そう考えてしまうほど酷い行動である。

このままでは、この1匹のために、自分達全体が危機に陥るという計算が頭の中で繰り返される。
今からでも…”悲しい事”をすれば、今後は危険性はなくなる。
この大きさまで共に過ごした仔に対して”悲しい事”を考えなければならない。
その思考の中には、感覚的に障害やストレスの要因の一番がキーであるという潜在的なものも含まれているのだろう。
だが、今や体格だけの優位しかない。
いざ、排除しようにも、身長の違いで有利なのは足の速さしかない。
捕まえたは良いが、その後、抱き上げる事も転がして優位を取る事も出来ないだろう。
その重さを押し倒す事が出来るかも今のミーには難しいと思えた。
その本能的戦闘力計算も、ミーは僅かに賢い分、余計な要素を組み入れて考えてしまうのだ。


せっかく知恵と知恵を活用する方法を習得したというのに、状況がミーに優位に運んでくれない。


そう悩むミーを余所目に、キーは涎を垂らして見つめる妹達の前で、
金平糖だけを貪り食う…
まだ、ミーの持ってきたもの全てを奪い取らないだけ、家族の繋がりがある…クモの糸の様に細いものだが…。

仕方なくミーは、残った、涎の染みたふやけたパン屑をさらに小さくして分け与えた。

当然、そんなものでは量的に足りる筈も無く、ミーは、部屋の奥から実装フードを出してきて容器に分ける。
わざわざ実装フードの袋を出してくるのは、その量がどれだけ少なくなっているかを知らせるためだ。
それが、理解できてくれば危機感から節制や生ゴミ餌も食べるかもしれない。
そんな淡い期待も込める。

そんな中、実装スプーンで容器を叩いて待つものが居る。
キーである。
金平糖を喰らいながら、今また、みんなの分を奪い取ったというのにフードも食わないと気が済まないのだ。
「ワタシは頑張ったテチィ〜♪頑張った分、イッパイ食べる権利があるテチィー♪」
他の仔達が、人間の味のものを食べてから、食欲が無いのに対して、
キーは、まったくコレまで通りの量を腹に収めているのだ。

ザザ…大目に食べた分少なく入れると、カンカンと容器を叩く。
「どうしてピーポーより少ないテチィ!!ワタシはお姉ちゃんテッチィ!体が大きい分、こんなのじゃ足りないテチュ!!」

「もうゴハンは残り少ないデス…みんな節約して食べるデスゥ」
ミーは流石にイラッとした口調になる。
ワザワザ言葉にしないために少ない袋を見せ付けながら配っている。
他の仔が食欲が少ないのは、味だけではなく、無意識でも、その母親の意を組んでいるか策に乗せられている面もある。

それなのにこの態度である。
流石のミーも堪忍袋と言うものはある。

この時、ミーは、食料がコレまで異常な減り方をしていることに気が付かなかった。
総量から日々その日の分配を決めるまでは出来ても、総量の計算管理までは出来ない。
そこが、ミーが格段に優れた実装石ではない証でもあった。



早めの夜食が終わっても、ミーに休む暇は無い。
キーに勉強させる為に、外のゴミ捨て場を回って色々と物資を調達したのだ。

日が暮れて、仔達と共に家の外に出ると、拾い集めてきた買い物袋を拡げる。
そして、自分達の家を見上げる。
既に1ヶ月…周りの家に比べればまだしっかりした威風…いや異風を漂わせる家だ。
晴天の日ばかりではない。
何日か雨の日もあったが、野菜の輸送に使われる一際丈夫な厚手のダンボールはビクともしていない。
それでも、表に張られたチラシ紙は溶け、落書きが汚れになり、「ミーのお家」と言う文字も古代文字の様になっていた。

「コレでお家の屋根を丈夫にするデス、ご主人様に頂いたお家をボロボロにしてはいけないデスゥ」

ミーは、もう1匹のミーから教えられたことを実行しようとしていた。

小さな箱組み立て、仔達と共に積み重ねて階段を作り、自分が上がり、続いて一番小さなメーを上がらせると、
段の途中に軽い順に配置させ、ビニール袋と石をリレーで上げさせる。
ビニール袋が来るとそれを2匹でキレイに敷いて、次にその中心に石を置く。
それを繰り返して、屋根一面をビニール袋数枚で覆ったのだ。

ちゃんと水が入り込んだりしないように外側に位置する袋の端の上に内側の袋を重ねるのも、
もう1匹のミーが飼い主に教えられた知識であった。

知能は中庸とはいえ、それは飼われた先での生活に合わせての事であり、
世には、特定科目だけ集中すれば大学レベルの数式が出来る実装石も居る。
ミーも、それ同様、普通とは違う方法で”人間に従う”ように作られている。
付随して知能も記憶力も、並の実装石より遥かに高い素質があるが、
使う機会が無いだけで、こうして生きるために必要とすれば、知識面においては幾らでも賢くなれる。

でなければ、ミーの様な飼い馴らされ過ぎた実装石など、1・2日で全滅しておかしくは無いのだ。



家の屋根作りが終わると、隔日の日課である風呂の時間…。
もはや、シャンプーもリンスもなく、実装石鹸の小さな固まりだけであったが、
それでも、無いよりはましであるし、こうして体を洗っていると感じるだけでも、
仔達だけでなくミーもストレスが和らぐ気がするのだった。

シャンプーが切れた事による仔達の不満を紛らわせる為、
今は浮き輪を持って来ている。
その浮き輪を毎回、4匹分膨らませるのは実装石には、口の形状や肺活量から大変な作業である。
それでも、仔達が楽しむ姿はミーには安らぎである。


そして、仔達を眠りに付かせた後、水を汲みに走り、トイレの中身を始末し、家の電気や実装フォンの充電器の電池を換える。

電池は、資源回収ゴミから拾ってくるのだ。
拾ってくる電池は大半が役に立たないが、いくつかは短い時間役に立つ。
たまに、3日分ぐらいは部屋の豆電球をまかなえる掘り出し物もある。

使い終わった電池にペンで目印を付けて置いておき、いくつかをリュックに収め、次に公園の外に出向くときに捨てていくのだ。
動きの邪魔になるリュックは公園の外に出るときしか使わない。
元が捨てられたものだけに、部屋には何十本も目印の付いていない電池が置かれている。
ダメな電池も同じだけあり、部屋の狭さは相変わらずだ。

そうして、ミーの一日は、写真へのオヤスミの挨拶とカレンダーへの印付けで終わりを告げるのであった。

”もう、キーには任せられない…まだ、危険は多いが、ピーとポーを連れ歩こう”
そう考えながら眠りに落ちるのであった…。

ポツポツ…バララバララ…
雨が降ってきたようだ。
雨が屋根を打つ音はビニールの音も混じって騒々しい。
しかし、ミーが見上げた天井は、前の雨のときに現れたシミが現れない。

ビニールの屋根の効果に安心し、やがて眠りに落ちた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






真夜中…

ガサゴゾ…ガサ…ザザ…

ガリガリ…グチャグチャ…ゲフゥゥゥゥゥゥゥ…


ミーすらも寝静まった時間…部屋の隅に蠢く影があった。

それは、やはりと言うべきか…キーであった。


キーは深夜にこうして起き出して、こっそりと備蓄の食料に手を付けていたのだ。
ミーにばれない事を知ってから、日に日に量を増やしつまみ食いをする。

毎日、その食欲に歯止めが掛からなくなっていたのだ。
キーもまた、人間に怒られた”記憶”を有している第8世代の立派な血族。
しかし、生まれてこの方…人間に…飼い主から形として躾けも受けなければ怒られたことも無い。
そこが飼い主に飼われる前は教育を受けていたミーとの決定的な違いである。
人の目があれば、キーもまた賢く躾が行き届き、怒る必要の無いレベルにある実装石の仔であった。

安全な生活の保障があり、その中で教育が続けられれば、
成体になる頃にはミーの後継として十分な資質は備えていたであろう。
しかし、人の目線が無い事で、キーは気を使うこと、配慮する思考を停止した。
思考の停止は、関連する思考を停滞・停止させ、それに注がれるべき力を自己の為に使うようになる。
そして、もっとも柔軟に吸収する仔の時に、それが形作られたものが”狡猾な糞蟲”という手に負えない存在となる。

見られていないために欲に走り、
皆が寝静まった頃に目を覚ますという睡眠本能に反する行動も、欲の為には習慣となる。
ミーが、仔達の生活のために睡眠本能に逆らって短い睡眠時間で朝に起きる様に、
キーは、自分の欲を満たす為に熟睡からでも深夜に目を覚ます。
そして、咎められない為に増長し、さらなる欲に溺れていかないと満たされなくなる。
それがいずれ、その為に己の知能を傾け、手段を選ばなくなった時に、人間が呼ぶ”糞蟲”の称号に相応しくなる。


「お姉ちゃん何をしているテチュー…テテ!また食べているテッチュ!」
突然の声に驚くキー…
キーが横を向いたときに立っていたのは、一番小さなメーであった。

眠気眼を擦り、タオルを抱きしめて立つメー。

「ママが残り少ないといっていたテチュ…ワタシ達の分がなくなっちゃうテチィ…」

メーは、震え、タオルをギユッと胸元で握りながらも姉の姿に抗議をする。

「ゴハンはみんなのモノテチュ!キーお姉ちゃん、お昼も食べたのにいっぱい食べてヒドイテチュ!前も一人で食べたテチィ!!」

メーがキーの行為を目撃したのは1度ではなかった。
それを記憶していたのだ。
その時は、まだ、メーもこのゴハンが無くなる事を考えもしていない時期だったし、言えない理由もあった…。

それでも、今は、母親のやつれ方と、日に日に少なくなる袋の数が理解でき、危機感を感じ取れるようになっていたのだ。

「もうダメテチュー!ママにいいつけるテッチュー!」

それを聞いたキーの表情が変わる。
ゆっくり立ち上がると、そのふくよかになりつつある身体をメーに向ける。
ただでさえ、キーとメーは、1ヶ月以上の生まれの差がある。
それに、キーの今の体格では威圧感がまるで違う。
母親たるミーを凌ぐ威圧感である。

「妹のクセにナマイキテチィ!!
 そんな事をしたら”また”耳の穴に綿棒突っ込んで脳味噌かき回すテチュー!!
 今度は、中身を掬い出して、カラッポ頭にウンチをぶち込むテッチューン!!」

ポテッ…ブリブリブリ…パタン!

メーは尻餅をついて、盛大にパンコンすると、一言も無く前のめりに倒れて失神した。

メーは思い出したのだ。
初めてキーの行為を目撃したとき…あの時は寝ぼけた姉の足が当たって、自身も寝ぼけながら目を覚ました…
そして、キーの行為を見て同じように寝ぼけて「ママに言いつけるテチュ…」と口走った。

その時のキーは、焦りから咄嗟にメーの口を封じた。
近くの綿棒を取り出し「メーは寝ぼけているテチィ…夢テチィ…お耳を掃除するから眠るテチュ♪」と招きよせ、
優しく膝の上に抱え、頭巾を取り、耳掃除をするフリをして、綿棒を耳の穴に思いっきり突っ込む。
「イタイ!イタイ!お姉ちゃんイタイテチィィィィィィ!テピエェェェェン!!」

しかし、熟睡すれば滅多に起きない実装石…メーの悲鳴にも誰も目を覚まさない。

「テペペペペ…妹のクセにナマイキテチィ…テチャチャチャチャ…」
キーは、外傷が残るとバレると思い、徹底してわかりにくい場所を攻撃する事を思いついたのだ。

「ワタシに逆らうともっとヒドイ目にあわせるテチィ…いい気味テチュ〜♪」
刺した綿棒をグリグリと容赦なくかき回す。

「レ!ピ!ポ!チャ!キ!ペッ!ポペッ!!」
かき回されるたびに舌を、手を、足を、デタラメに動かして、
恐怖を覚え、混濁し、忘れた…。

翌日、メーは、脳が再生するまで只の呼吸する人形と化していたが、別にミーが連れ歩くわけでもないので、
キーが遊ぶフリをして、誰もメーが脳味噌がシェイクされると言うひどい仕打ちをされたとは気が付かなかった。
脳が再生すると、その時の記憶が抜け落ちているのでメー自身も”された事”自体は忘れ去っていた。
しかし、その恐怖は完全に消えたわけではなく、思い出す必要が無いために偽石の記憶に封じられているだけだった。
それが、フラッシュバックの様に脳にダウンロードされたために失神したのだ。

そのメーの姿を見て、キーは「テチャテチャチャー」と笑うと、最後の1袋を破り手を付けだした。
”どうせ、誰も気が付かないテチィ♪みんな底なしのお馬鹿テッチュ♪”と笑いながら…。

キーが完全な”糞蟲”に堕落していないとすれば、家族を殺さないという、
クモの糸の様に儚い繋がりを残しているという一点においてのみである。

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長い雨… つづく

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